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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十九章
510/515

身に潜ませた闇

「記憶抹消刑?……記録抹殺刑ダムナティオ・メモリアエのことですか?」

「そうそれ! アレクは、その存在を消された方の御子息、学舎に在籍していたけれど、いなくなっていた方だと思う」


 俺の言葉に、サヤとマルは顔を見合わせた。

 急に俺が言い出したことに、困惑を隠せない様子。


「オゼロを落とすと表現したけど、正確にはエルピディオ様を殺害して、オゼロ領内の機能を停滞させる算段なのだと思う。

 公爵四家の一角、外交を担うエルピディオ様が討たれれば、ジェンティローニとの関係維持にも影響が出る。スヴェトランの策略的にも好手だ。

 ただ、アレクがそうするのは、戦のためというより……恨みを晴らすためだろう」


 俺の言葉にマルは表情を強張らせた。

 そうして暫く頭の中の図書館を漁っていたようだったのだけど……。


「……何を、言っているんです?」


 表情を歪め、この状況下でそんな見当違いのことをこの人が言うなんて……という顔。


「それは無いです」

「どうしてそう思う?」

「どうしてって、違うからですよ!

 髪色だけじゃない、瞳の色もです!」


 そう言われ、俺の推測が大きく的外れだったのか? と、我ながら慌てた。


「え……いや、だけど……」

「だいたい、そんなの一番初めに確認していますよ! 確かに年齢は近い……でも、類似点と言えるのはそれだけです。

 フェルディナンド・ディルミ・オゼロという人物は、黄味の強い髪色に、若芽色の瞳をしていたはず。アレクセイ司教は青緑色の瞳です」

「……マルだって、そのフェルディナンド様と学舎で面識があったわけじゃないんだろう? なら、記憶違いとか、情報の錯綜とか……」

「この僕が、そんなヘマをするとでも⁉︎」


 そう言われると、言葉が無い……。


「だいたい、オゼロがその力を持って消した存在ですよ。逃れて生き残ってるなんてあり得ない。

 役職的に顔だって合わせるのに……オゼロ公爵様が気づかないと思います?」


 だけど、俺の勘は、アレクがフェルディナンド様だと告げているのだ。


「あーもー……分かりました、じゃあ面識があるであろう人に確認してみましょう。オブシズを呼んでください!」


 半ば自棄っぱち気味にそう声を荒げたマルにより、怪我で療養中だったオブシズが呼ばれた。

 だが俺としては、事実確認よりも、あの戦場をオブシズが生き抜いてくれた喜びの方が、大きく勝る。


「オブシズ……よく無事でいてくれた!」

「いや、それは俺の言葉じゃないですかね……」


 無茶しすぎでしょうと、苦笑するオブシズは、怪我はあれど比較的軽症とのこと。さすが元傭兵、乱戦慣れしている。

 動けるから、明日から討伐部隊に組み込んでもらうつもりでいたという。

 そんなオブシズに、フェルディナンド様の話を出すと、彼は困惑も露わな表情を浮かべた……。


「……その名前は簡単に公にしちゃ駄目でしょう……」


 前に、オゼロ公からこの話をされた時も、名は伏せて伝えられたはずなのに、何で知ってるんです……。

 そう言ってマルを睨むオブシズ。情報の出所はこいつだなと思ったのだろう。

 けれど、溜息を吐き、その名は口にしないでくださいと俺に言う。マルに言っても無駄だろうなと考えたようだ。


「いや、そうも言ってられないんだ。

 オブシズ……お前はそのフェルディナンド様と、面識はあったか? 実際お見かけしたことは?」

「そりゃ……勿論、ありますが……」


 それだって二十年かそこら前の話ですよとオブシズ。

 オブシズが学舎を去ることとなった後に、フェルディナンド様は存在を消された。だから二十年以上前の記憶であり、その程度の面識だと。


「覚えている限りで良いんだ。どんな風貌の方だった? 色味や、お顔の造作等、何でも良いから教えてくれ。重要なことなんだ」

「はぁ……。

 色……色は明るい方でしたね。金糸雀色の髪に、ちょっと緑の入った、やはり黄味の強い瞳でした。

 お顔の造作……凛々しい感じの方ではなかったですよ。どちらかと言うと、女性的というか……でもレイシール様のような感じではなく……」


 女性的と言うよりは、柔和な感じ……? と、首を傾げつつオブシズは言う。なにぶん古い記憶で自信も無いといった様子だ。


「俺は立場的にも、直接言葉を交わしたことすら無いんです。

 でもまぁ……一方的にお言葉をいただいたことが一度だけ」

「何を話したんだ?」

「成る程、蒲公英か……と」


 オブシズの瞳についての言葉だと理解できた。オブシズの父親は、息子の瞳をそう表現していたと前にも聞いたから。

 ……そう考えた時、そのフェルディナンド様は、オブシズの父上、ラッセル殿とも面識があったということか? と、思い至る。


「……遠目に見れば、俺の瞳と彼の方の瞳は近い色だったと思いますよ」


 蜜色から、翡翠色にじわりと縁を滲ませたオブシズの瞳の色。

 確かに、オブシズの瞳色と、アレクの瞳色は違う。明らかに違う……でも…………。


「…………フェルディナンド様が……アレクと似ていると、感じたことは?」


 悪足掻きかと思いつつ、そう口にした途端。


「え……」


 と、オブシズは、驚いたような反応を示した。

 言われた言葉が意外すぎて驚いたという風ではなく、内心を言い当てられて動揺してしまったという感じだ。


「あるのか⁉︎」

「ある……と、いうか……今言われて気付いたというかっ。

 そう言われてみると、雰囲気や造作は近いかもしれないというか……っ」


 でも幼い頃と今では骨格から違っているので何とも言い難いと、オブシズ。

 オブシズは十七で学舎を去ったが、その頃フェルディナンド様はまだせいぜい十代前半。成長期も訪れていなかったろう。

 その言葉でマルは、だから勘違いですって。と、俺をまた諌めにかかる。


「そりゃぁ、幼少期から大人になるにつれ、瞳の色が変わったという人も稀にいますけど、濃淡の変化だったりって話で……アレク司教は色が違いすぎます。

 そもそもあの方、髪色が変わったとは聞きますが、瞳色は……」

「……あの」


 それまで黙ってことの成り行きを見守っていたサヤが、口を開く。ずっと何か考えている風に俯いていたのだけれど……意を決したように拳を握って。


「私の国の格言に、木を隠すなら森の中。という言葉があります」


 また急に、どこに話が飛んでいるんだ? と、首を傾げる俺たち。

 けれどサヤは、言葉を続けた。


「この格言、大切なものは、似たものが集まった場所に隠した方が見つかりにくい……という意味なのですが、近いものに、木はしばしば森を隠す、というのがありまして、木ばかりを見ていると、森全体が見えなくなる……一つのことに囚われすぎると、他を疎かにしてしまうという意味で使います」


 そこでサヤは少しだけ、逡巡したのだけれど……。


「あの、アレクさんは、瞳の色も変わったのだとしたら、どうでしょう?」


 とても真剣な表情でそう言ったのだけど、それに対しマルは困惑気味に返事を返した。貴方まで、何を言い出すんですか? と……。


「……いや、だから聞いてましたか? その可能性は……」

「あると思います。

 髪色を失ったことが、メラニンの生成能力を失ったからだとしたら……瞳にも影響があるかもしれません。

 前はややこしくなるので説明を省きましたけれど……メラニンという色素には種類があるんです。アレクさんは、そのうちの一つの生成能力を、失ったのかもしれません」


 そう言いつつも、サヤの表情は翳る。そして「これは私の国の知識というより……私の推測でしかないんですけど……」と、言葉を続けた。


「全然、見当違いのことを、言っているかもしれません。

 それに、私の世界とこの世界とでは、人の持つ色の幅に大きな差がありますから、私の世界の常識とは明らかに異なっているはずで……。

 正直、自信は無いのですけど……」

「聞かせてくれ!」


 それでも、サヤが可能性ありと思ったならば、そう思う根拠があるのだ。彼女は、適当なことなんて口にしない。


「聞かせてくれ。どんなことでも可能性があるというなら、聞きたい」


 アレクのことを、俺はもっと知りたいんだ。



 ◆



「私の世界の人類は、ユーメラニンと、フィオメラニンという二種類の色素を持っています。

 そのメラニンの量で肌や髪の色が変わりまして、例えば私は黒髪ですから、ユーメラニンがとても多く、フィオメラニンがとても少ないことが分かります。

 ギルさんの金髪は、ユーメラニンがとても少なく、フィオメラニンもさほど多くない……。陛下の白髪は、メラニンをそもそも持たない……。

 えっと……確か赤髪はユーメラニンがとても少なく、フィオメラニンが多い人でした。

 今までもお話ししている通り、私の世界では緑髪や青髪、紫髪等は存在しません。だから、この世界の人類は、私たちの持たない種類のメラニン色素をひとつ、あるいは複数持っているのだと思うんです。それの組み合わせによって、髪や瞳の色が変化するのではないかと。そして、メラニンというものの性質自体は、近い」


 サヤの言葉に頷く。

 陛下の色が生まれつき色素を作れない病だと言い当てたサヤ。それは実際その通りであったし、陛下とルオード様の御子が、ちゃんと色を持ってお生まれになったことで証明されている。


「元々、白い方が王家の血筋にしかお生まれにならない……と、言われていたのは、それがとても珍しい例であったからですよね。

 それを、この世界に先天性白皮症を患う人が少ないのだと過程するなら、このメラニン色素の種類が影響を及ぼしているのかもしれません。

 ひとつふたつ、作れない色素があったとしても、他が作れるならば、色を持てる。光の毒である紫外線を、極力取り込まない機能がちゃんと働きます。

 陛下のように、全てのメラニン色素を持たないという例が珍しいことも否定されない。

 それでアレクさんは、元々二種類以上の色素をお持ちだったのだと思うんです。

 それが幼い頃の怪我により、色素生成が困難になり、髪色と瞳色に強く影響を及ぼしていた色素を失った。

 けれど、少量ならば他のメラニン色素が作れる。だから、瞳色は残っているのでは。

 そう考えれば、日の光の毒を防ぎつつ、白髪となることも、瞳の色が変わることも、日に焼けることもできるのではと……」


 そう言いつつもサヤは、困ったように眉を寄せた。

 これはあくまで仮定。想像の話でしかない。そして、それを確かめる術も、この世界には無い。


「ただ……ちょっとややこしいのですけど、瞳の色はそのメラニン以外にも色々なものの影響で変化するのだと記憶しています。

 だから、メラニン色素量だけが瞳の色を変えた理由とは言い切れなくて……。

 けれど、髪色と瞳色は基本的に連動しているはずで、金髪で黒い瞳というような、瞳と髪で違う色素の特徴が強く出たパターンというのは、私の国でも聞きませんでした。

 この考え方なら、髪色と共に瞳の色が変化したとしても、一応の説明がつきます。

 それから……アレクさんが、世間から存在を消されたのだとしたら、瞳色の変化は身を隠すために都合が良かったはずです。

 髪色が変わった……ということを強く主張しておけば、瞳色までは言及されにくかったのではないでしょうか」


 木はしばしば森を隠す……か。確かにその通りだと思う。

 王家しか持たないはずの白い髪を、後天的に手にしたアレク。

 その白は神殿にとっても特別であったろうし、当然注目を集めただろう。

 そして瞳は一般的に存在する色をしていたわけで、それならば、髪に注目を集めておけば、瞳のことまで気が回らないのも頷ける。

 サヤの話に、オブシズは瞠目し、半ば呆然としていたけれど。


「そんなことが、実際あるのか?」

「あくまで仮説です……」

「でもマル、俺はこの仮説が正しいと思う。アレクはどう考えても上位貴族の出身だ。

 自分の置かれてる状況も、立場も、理解していたなら……。

 生きるためなら。

 それしか、選べないなら……」


 選ぶんじゃないか。

 何でもして生きてきたと、彼は言っていたのだ。

 そのために身体も心も使ってきた。手段を選ばずに。

 サヤの説なら、彼の出自が謎であることも、マルですら情報を辿れなかったことも、説明できる。

 マルが真っ先に可能性を潰した、まさにその先に、彼の真実があったのなら。


 マルは唸った。頭を抱えて考えに集中する。


「……信じがたい……です。でも……瞳の色が変わったならば、確かに……。あの方がフェルディナンド様である可能性は、極めて高いと思います……」


 オゼロが殺し、全力で情報を消した。

 更に髪色だけでなく、瞳色が変わって、成長期を経てからエルピディオ様と再会したのなら、エルピディオ様だって、孫とは気付けないだろう。

 そこまでのやりとりを耳にしていたオブシズだったのだが……。


「……もし、アレクセイ司教がフェルディナンド様なのだとしたら、確認する方法がひとつある」


 そう言って、右の脇腹付近をとんと指さした。


「ここに、赤い痣を持ってらっしゃると、聞いたことがある。生まれつきのものだ。

 衣服に隠れ、人目には晒されない場所だから、当時から知る者は少なかったろう」


 肌を晒すことを嫌っていたアレク。

 それがもし、フェルディナンド様であることを、隠すためであったなら……。


「……マル、オゼロに行こう。……行かせてくれ」


 エルピディオ様を、失うわけにはいかない。この状況でそのようなことになれば、他国に大きな隙を与えてしまう。

 なにより、アレクにこれ以上、罪を重ねてほしくなかった。

 散々騙され、地位を奪われた。命も狙われた。右手も、友も、配下も沢山失って、それでも俺は…………っ。


 何故かアレクを、どうしても憎めない……。


 自分に重なっていると感じてしまうのだ。

 もし俺が、五歳のあの時……オブシズに、巡り会わなければ……?

 学舎へ行かなければ?

 ギルやハインに出会わなければ?

 ジェスルの呪縛を逃れられぬまま、母の本当を知らないまま、恨み続けていたならば……。


 俺は、どうなっていたろう。


「マル、頼む。行かせてくれ……。アレクは多分……王家を乗っ取るつもりだと思う。

 アレクにオゼロの血が流れているなら、当然王家の血も流れているんだ。

 その上で彼は、白髪になった。神殿の上位に地位を持った彼が、陛下を退けて王座に就けば、この国はフェルドナレンのままあり続けることができる。

 獣人を人類の敵と見做し、尊き白を掲げ、神殿を国政に関わらせることもできる。

 彼はきっと、神殿とそう交渉したはずだ……」


 だがアレクは、本当は国になど、興味は無いんだ……。

 彼が求めているのは終焉であり、絶望。

 自分を殺した祖父を、存在することを否定した社会を、否定したい。

 今までずっとずっと身に潜ませてきた闇を、吐き出したいだけなんだ。

 この国の未来など、何ひとつ考えていない。


「彼を止めたい」


 それは多分、俺にしかできないよ。

ちょっと短い……ごめんなさいね。

今週最後の更新、一応間に合った……。

来週も、金曜日の八時からお会いできるよう、頑張ろうと思います。

三話で終わるかな……終わらないかもな……。だけど今月中に終幕を迎えられるよう、頑張ります。

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[良い点] あああ……姉妹のもう一人の方も……。 シザーはどうなったかな。姉妹より心配はしてませんが。生きてたらいいんですけどねぇ。また前線とか囮とかやるかもしれないからシザーがいたらある程度安心なん…
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