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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十九章
501/515

マルの故郷

 それから状況の調整に、二日ほど使うこととなった。

 まず東の地域にジェイド率いる吠狼の一団を派遣。毛皮の適正価格や、毛皮のみの交換品を用意する指導を担当してもらうことに。

 それと合わせて、村や町で小麦の袋を利用した土嚢壁ならぬ、雪嚢壁の作り方の指導も行ってもらう。

 マルが襲撃される可能性が高いとした村が、東の地には四箇所あり、そこの処置を急がなければならないため、直ぐに出発してもらった。


 そんな諸々の手配等を済ませてから、俺たちも出発。向かったのは、西方面。

 俺の右手となる剣を入手するための旅立ちだった。

 リアルガーの縄張りの中で、一番西端にあたる場所に、マルの生まれた町はあるらしい。

 俺たちが露営していた所から、犬橇で一日近くかかる地で、位置としてはオゼロ領に近い。

 そう、つまり……。マルの町の更に先が、ハインを失った地だ……。


 この旅の人員は、俺たちお尋ね者の一団と、吠狼から数名、リアルガーの率いる狩猟組、そして西のヘカルの一団だった。

 ヘカルらは、自らの縄張りに戻るまでの道中が一緒なのと、この数日のうちにも出来上がっているであろう、武器を受け取るための同行。

 西側には、オーキス率いる一団が派遣され、指導を行う予定だ。


 まぁ、西と東に関しては、二人がきちんと仕事をしてくれると思う。問題は……マルの出身地に向かう俺たち。

 本日俺は、最近着ていなかったセイバーンにいた頃のような、貴族然とした服装をしている。

 その上から高価そうな毛皮の外套を纏い、サヤも被っていた、耳まで隠れる毛皮の帽子といういでたち。


 なんで今更、貴族の格好をさせられたんだ……?


 こんなもの、どこから調達してきたのやら……と、思っていたら、衣類は吠狼の変装用。毛皮の外套はマルの町であつらえたものであるそう。

 因みにサヤも同じく、男爵夫人に相応しい服装だし、オブシズたちも貴族の使用人風に纏めてあった。皆毛皮の外套で隠れ、見えはしないのだけどな。


「オゼロにも……荒野はあるんだったよな……」

「はい。まぁ、山脈沿いの領地はほぼ全てが荒野を有してますからねぇ」


 そう言いつつもどこか、普段よりは緊張している様子が窺えるマル。

 それも仕方がないのかもしれない。

 マルの町も……スヴェトランの標的となる可能性が極めて高いという立地だった。

 まだ襲撃の前兆は無く、日数的にももう暫く猶予はあるだろうと思われる……。仕掛けてくるにしても、後々のことを考えれば、もう少し先を選ぶはずだ。

 それでも、生まれた場所が戦場になる可能性が高いとなると、落ち着いていられるわけがない。


 ずっと木々を、右手側に見て進んだ。昼を過ぎ、休憩を挟んでから更に進む。すると、遠く離れていた山脈が、少しずつこちら側に寄ってきたような錯覚。

 木々が少しまばらになり出した頃、方向を北に切り替えた。そうして森の中へ。

 けれど森はすぐに終わった。崖のように切り立った山脈の根元に到達したのだ。

 すると森と山脈の繋ぎ目の部分をまた西へ。

 橇を走らせていくと、崖が裂けてしまったような割れ目となっている場所に出た。


 するとその割れ目に向かい、橇が進んでいってしまう。

 初めこそ橇二台が並べるほどにあった幅は、進むにつれ細くなっていった。けれど、更に先へと歩みは止まらない。

 緩やかな上り坂のようだ……。

 両側はゴツゴツした剥き出しの岩肌。ここが万が一崩れてしまえば、閉ざされてしまう……。


「山脈の中に町があるのか?」

「違います。山脈の中に小さな盆地がありまして、そこに町があるんですよ。

 雪は積もりますが、標高の高い山に囲まれているからか、比較的吹雪かないんです。

 住みやすくはありませんが、敢えて土地を狙って襲ってくる相手もいないような、辺鄙な地です」


 できる限り村の近くまで橇を利用してから、途中で降りた。進む方向とは別の割れ目の奥に、待機場所があるのだそう。

 そこは休憩所のような扱いになっており、この時期の利用者はまずいない。ここで獣人たちは天幕を張り、暫くは待機する。

 ヘカルたちに渡す武器を回収するため、使用人風に装った吠狼が複数名ついてくるのみとなった。


「街の警備をするために来たのに?」


 そう聞いた俺にリアルガーは……。


「ここは山脈で囲われてる。雪の壁を作る必要は無いだろうから、周りを巡回警備して痕跡を探すくらいで良いだろ。

 それに俺ぁ、直前まで外で待機した方が良い。

 これが目立っちまって、仮面じゃ隠しきれねぇから」


 そう言い示したのは、顎から首にかけて広がる痣……。

 彼の出身もこの町だ……。

 そんなわけで、ウォルテールやイェーナとも暫く離れる。

 落ち着かないのか耳をひくひく動かしているウォルテールに、大丈夫だからと笑っておいたけれど、彼はやっぱり不安そうだった。


「では、痕跡等ありましたら吠狼に知らせてください。そっちから僕らにも笛で知らせが入りますから」


 俺たちには獣人のメイフェイアが一緒だから、犬笛の知らせを受け取ることができる。


「分かってらぁ」

「あたしらは更に先へ戻らなきゃならないんだから、武器は早めに頼むよ」


 そんな言葉で見送られ、俺たちはまた、元来た亀裂を更に奥へと進むこととなった。


 着膨れしたマルは、転べばどこまでも転がっていってしまいそうだったが、なんとか彼の腕を引っ張って進んだ。結局、途中からはシザーが担いでくれたけど。

 そうして歩くこと半時間……。

 周りはもう薄暗くなってきており、遠い先に……木々か山か、分からないような影が見え出した。

 つまり、あそこからが開けた場所になっており、家々が立ち並んでいるのだろう。

 その影を頼りに、更に足を進めて行き着いた先にあったのは、今までとは少し様子の違った雪原。

 青白い雪の山に、小さく漏れる灯りが見える。

 やっと坂道が終わり、見渡してみた場所は……急勾配な三角屋根の家がぽこぽこと立つ、なんだか幻想的な風景。

 家が思いの外小さい気がする……。こんなに小さくて住めるのだろうか? それともここから見て分からないだけで、奥行きがある構造なのだろうか……と、そんな風に考えていたら。


「……白川郷みたい…………」


 と、隣のサヤも呟いた。

 坂道を登ってきて、すこし上気した頬。風景に興味津々なのか、瞳をキラキラさせている様子が、なんだか可愛いなと思う。

 シラカワゴウというのは、故郷の地名か何かだろうか……?

 見渡した限りでは、人の姿も、足跡もない……。まぁ、あまり目撃されない方が良いと思うのだが……。


「……なぁ、今更だけど……俺たち顔を晒してて良いのか?」


 ここまで来て言うことでもないのだけど……やっぱりやばいんじゃなかろうか……。

 俺もサヤも、危険人物として手配されているだろうし、下手したら捕まって突き出されてしまうのでは?

 だけどマルは、何も問題無いとのこと。


「大丈夫ですよ。レイ様が追われる身となったこと、ここはまだ知りませんからね。

 避難させた職人たちも、研修ってことにしてますし」


 あっさりとそんなことを言われ、寧ろ慌てた。


「えっ、それ騙してるってことか⁉︎」

「人聞き悪いですねぇ。騙すんじゃありませんよ。聞かれないから言わないだけです」

「同じことだろ⁉︎ それに……、下手したらここの人達の迷惑に……」

「なりませんって。ここの領主一族は、わざわざ税も取れないような里に、視察なんて来ないんですから。

 手配書だって数年単位で遅れて回ってくるような荒野の里なんです、誰が迷惑するってんですか」


 レイ様の手配書が回ってくるとしても、早く見積もって三年後ですよとマル。

 そうしている間にもシザーに進む方向を指示しており、彼も忠実に足を進める。

 叩いたのは、やっぱり小さくて四角い……まるで窓のような扉。想像以上乱暴に、ガンガンと叩く。


「いや、正しく窓ですよ。ここ地上の二階なので」

「そうなの⁉︎」

「この時期はだいたい一階は雪の中ですよ」


 そんな話をしていると、ガタガタと小さな扉が鳴った。カタンと押された扉の厚みが想像以上だ。そして……。


「はぁい……」


 と、やはり間延びした声。

 扉が押し開けられ、のっそり、熊みたいな巨体が窮屈そうに、身を乗り出して来た。


「エリクス。戻りました」

「ありゃ、思った以上に早かったな兄ちゃん」


 血を分けた兄弟か……? と、疑いたくなるような体格差…………。

 エリクスと呼ばれた、俺とあまり変わらないような年頃の男は、シザーよりもガッチリとした肩幅、そして太い腕をしていた。

 髪色はマルと似た赤茶色だったけれど、瞳は晴れ空のような澄んだ青。

 その瞳が俺を見て……。


「……お客さん? この時期に? いや、聞いてないよね……」

「いやぁ……僕もこういった展開は予定してなかったんですよ。だけど状況的にこうなりましたよねぇ」

「あからさまに怪しい行動取らんでくれよぉ、他にどう説明すんだよマジでさぁ」

「いつも通り狩猟民に送ってもらったで良いじゃないですか。ほら、寒いし入れてください。

 僕はともかく、この方々は偉い人ですし、突っ立ってもらっとくのは悪いでしょう?」


 いや……もう偉くもなんともないですが……。


 そう思ったものの、マルの話に合わせておくしかない。

 わざわざ罪状を晒して大騒ぎになるのもアレだし……。

 そう思い黙っていたのだけど、熊のような弟はバッと、慌てたように俺を見た。


「…………えっ、まさか……」

「義手の調整も必要でしたしねぇ。

 まぁ、どっちにしてもこの時期しか空きませんでしたよね、何せ忙しい方ですし……」

「嘘っ、法螺吹いてたとかじゃなくマジで本物⁉︎」


 ……何を吹聴してたんだ……。


 なんか良くない予感しかしないなと思いつつ、そわそわするサヤを抱き寄せてペコリとお辞儀をしておく。


「マジで本物ですよぅ。貴方の会いたがってた、僕の上司。そしてうちの大顧客です」

「うっそ、ようこそこんな辺鄙な所へ! そしてありがとうございます、こんな辺鄙な所へ!」


 二回言った……。

 そして熊のような弟は、ペコペコと頭を下げつつ、窓枠にガコガコ身体をぶつけながら引っ込んだ。メキッて音したけど窓は無事⁉︎

 焦ったけれど、手だけがまた出てきて、俺たちを手招く。


「申し訳ない、入りづらいですが、どうぞ中へ! どうぞどうぞ!」


 ものすっごい歓迎してくれてなんか余計に居た堪れないんだが……。


「さっさと入らないと、家の中の温めた空気が逃げちゃうんで入ってください」


 そう言われ、慌てて中に足を踏み入れた。

 いや、予定外に押しかけておいて貴重な薪を無駄遣いしてもらうのは更に悪いからね! 仕方ないよね!

 けれど踏み込んだ場所は奥行きが三歩分ほどしかない、ごく狭い部屋で……全員入るのも無理そうな……。

 え、無理じゃない? と、焦っていたら、扉横に控えていた弟殿が、笑顔でこの部屋の用途を教えてくれた。


「ここで衣服の雪を全部落とすんです。そうしてから奥の扉へ進みます。

 あ、一応あそこ閉めてるんで、温めた空気は逃げませんからご安心ください。雪祓いはこの櫛を使って外套を撫でれば早いですよ。

 兄ちゃん……上役の人に適当言わない……」

「言わないとこの人たち、うだうだ入るの迷いそうだったんですよぅ」


 ……上司の威厳とか全く配慮はされないんだな……と。よく、理解できたよね……うん。



 ◆



 家の中へは靴を履いて入らない。と、言われて少々驚いた。

 床を濡らして部屋を冷やさないように、そうなっているらしい。その代わり、室内は毛織物の布靴を履くのだそうだ。

 まぁ天幕生活でもそのような様式になっていたし……この地方の風習だと思うことにする。


「元々一階は埋まるのが前提なんですよねぇ。それで家の中へ冷気を持ち込まないように、あんな設計になってるんです。

 三階も窓辺の部屋は同じようになってまして。まぁ、あそこまで埋まったことって、僕の人生でもまだ一度くらいなんですけどねぇ」


 ここの村の建物は、大抵が地下一階、地上は三階まで造られているらしい。そうして近しい親族が纏まって暮らしているそうだ。

 この家にも、マルのご両親と、その兄弟の家族。エリクスの妻や子供、そして下の弟の家族も暮らしている。

 女性は嫁ぐため、まだ結婚していない下の妹は残っているが、上の妹は嫁ぎ先にいるそうだ。


「そんな感じで、大家族で暮らすのが前提になってますので、広さだけはあるんです」

「成る程。効率良く暮らすための工夫でもあるのだろうね。

 人が集まる方が空気は温まるし、温めた部屋を皆で利用すれば、燃料も抑えられる」

「そうなんです!」

「うん。セイバーンでも湯屋が同じ考えのもとで造られている。

 冬場は特に重宝しているよ。外遊びの後、暖まれるから、子供らの病も減ったんだ」

「湯屋かぁ……聞いてますけど、想像できないなぁ……。この地方では雪の季節はほぼ家に篭ってますしねぇ」


 大きな暖炉を挟み、エリクスと向かい合って座っていた。毛皮の敷布の上に椅子は使わず、直接座している。

 膝の上にも毛織物の膝掛けがあり、暖炉の熱がとどまってとても温かい。

 天幕生活で慣れてきたが、初めはこの椅子の無い生活に戸惑ったものだ……。だが北の地では、この方が暖かいのだと知った。

 俺とは逆にサヤは、床に座すことへの抵抗が皆無で、彼女の国も、そんな生活様式であったらしい。


「だけど、ここ最近は随分と暮らしが楽になったんですよ。

 全て貴方がたのおかげです。職人にも色々と手を尽くしてくださって……。

 倉庫にしても、こんな辺鄙な場所まで足を伸ばさず、もっと手前の村や街と契約しても良いのに……」

「……ここにはここの利点があった。別にマルクスが無理を通したとかではないから安心をして」


 職人に関しては、マルの采配だ。俺は関係無い……。

 そして中継地点として選んだのも、外敵の少ない立地。目立たない場所。そして利用料金等の、総合的な判断だ。


 そう伝えたのだが、エリクスはそれでも、俺への好意を引き下げない。


 かなりの贅沢品だろうに、蜂蜜を落とした茶が振る舞われ、今、家族らは総出で、俺たちの寝床を確保するため、大掃除を始めている。

 申し訳ないから、雑魚寝でもなんでも構わないと言ったのだが、全力で拒否された……。

 こんな辺鄙な場所まで出向いてもらって、それでは、申し訳がたたないと。


「……その、家に篭っているような時期に……無茶なお願いまで数々重ねてしまったね。

 特に鍛冶場を開けるのは大変だったのではない?」

「いやいやいや! 越冬中に鍛冶場が使えるっていうのは、この里にとってはかなり有難いことなんですよ!

 荒野では、革製品以外を作れる村や町は限られる。この時期はどこだって革製品を作りますから、良い値もつきにくくなります。

 そのうえ派遣して頂いた職人さんたちから、直接鋳造技術が学べるなんて……本当に、夢みたいな話なんですよ。しかも今、最先端の技術でしょう?」


 こんな有難いことってないです! と、力一杯言ってくれるエリクス。

 その言葉は有難かったが、実際はアヴァロンからの逃避行だ。なんともいえない気分になってしまった。


 一応事前に確認しておいたのだが……この町に避難してきた職人は、思っていた以上に少なかった……。

 特に、なにかと関わってきた料理人たちは、皆があの地に残ったそうだ……。それが彼らの選択だったと聞いた。

 ダニルはセイバーン村だし人だから、まだ良い。けれど……アヴァロンにいたガウリィとエレノラは心配だった。

 どうか獣人であることを上手く秘してくれていたらと、願わずにはいられない……。

 獣人ばかりでなく、俺の影としてあそこにいた者らも、多く失った……。

 館で働いていた使用人たちも……殆どがここに辿り着いていない…………。


 表情は笑顔を維持していたけれど、心はざわめいていた。

 けれどエリクスは気付かぬようで、朗らかに言葉を続ける。


「その上であんなに沢山の発注……しかも試作品製作まで任せていただけたというのは、我々にも大きな励みになっているのです。

 なにせ、娯楽も何もあったもんじゃない、こんな田舎の、辺鄙なところにある里なので、お客人自体が年に一度も訪れない。

 だから、祭りもかくやって雰囲気ですよ」


 その支払いの目処がまだ立たないのだとは言えないよなぁ……。

 後で国から国防費として捻出できれば良いのだけど……最悪俺の私財って残ってるのだろうか……やはり没収されてるよな……。

 その確認も全て、返り咲いてからとなる。何もかも皮算用で、こんな計画を立てたのが自分であるから余計、居た堪れない。

 踏み倒すことにだけはしないよう、なんとか交渉するので、どうか支払いは少し待っててください。ほんと、申し訳ない!

 内心では土下座謝罪しつつ、良い雰囲気を崩さないよう言葉は和やかに続ける努力をした。


 そうそう、ここを守る上で、気になったことがある。


「やはり……ここはかつて、捨て場の隠れ里だったんだろうね」

「……そう思われます?」

「うちの領地にもひとつあったんだよ。やはり立地条件が似ている」

「はぁ……。記録とか、そういったものは残ってませんので、なんとも言えんのですけどねぇ……兄は、そう考えてます」


 税を取らない代わりに責任も取らない……というのが捨て場だ。だから、町なのに名が無かったり、こんなおかしな場所にあったりするのだろう。

 普通に考えれば、退路が絶たれたようなこんな場所ではなく、せめて断崖の外に身を置こうとするはずだもの。

 捨て場があるということは、領主の力不足が露呈していることなので、貴族の身としては申し訳ないかぎり。

 けれど、今はちゃんと認知されている。それがまだ救いだった。


 それに、マルがロジェ村を気にかけた理由も理解できたしな……。


 そんな俺の内心を知らないマルが、全く罪悪感など無い風に言葉を続ける。


「辺鄙だからこそ、秘密厳守ができるじゃないですか! 中継地点なら荷を運び込む違和感も無いですし。小型の高温炉研究の地にはうってつけだったんです!

 大きなものはお金も掛かりすぎますし、色々弊害があって困ります。煙害や水質汚染……諸々の影響も心配ですし。

 だいたいそんな大型施設、どれほど持てる都があるって言うんです? 商売相手を探す方が難儀しますよ。

 でも小型化できるなら、ちょっとした町程度でも手が出せるかもしれないでしょ」


 ペラペラと利点を述べる。それはまぁ、尤もだと思うのだが。

 何事も相談してからにしてほしいよね……。

 苦笑していると、エルクスがそんな兄を見かねたのだろう。


「そんなこと言ってるけど、どうせ兄ちゃんが無理をゴリ押ししたんだろう?」


 本当は許可すら出してないんですけどね……。


「駄目だよそういうの。そりゃ、こことしては本当に有難いけど、そうやって身贔屓ばかりしてると、他の人たちにも示しがつかないんだよ?」


 兄ちゃんを雇ってくれる人ってだけで凄いんだからとエリクス。なんて良識的なんだ。

 何かにつけ彼は、マルと対比しているらしい。


「良いんですよ。レイ様は胆力あって心も広い、稀有な逸材ですからねぇ」

「いやいやいや……人には忍耐力の限界ってのがあるからねぇ……」

「ははは……」


 そこはほんと、懇々と言って聞かせておいてほしいですよ。まずきちんと相談! 突っ走る前に!

 内心では強くそう主張しておいた。


 そんな表面上は和やかな時間を過ごしていたのだが……席を外していたクレフィリアとメイフェイアが戻ってきたため、一旦切り上げ。どうやら大掃除が終わったようだ。


「お部屋の準備が、整いましてございます」

「長旅お疲れでしょうから、もうお休みになられますか?」

「あっ、そうですよね⁉︎ こんな季節にこんな僻地まで……気が回らず申し訳ない!」


 慌てて立ち上がったエリクスの向こうから、年配の女性もやって来る。マルの母親だ。

 先程はバタバタとした中でも丁寧なご挨拶をいただいた。

 湯浴みの準備を済ませてありますとおっしゃる奥方に、サヤの表情が輝く。


「まずは奥様からどうぞ。誠に申し訳ございませんが……部屋数に余裕が無く、身支度は時間を分けてしていただくしかないのです。何卒ご容赦いただければ……」


 深々と頭を下げての謝罪から始まるものだから、サヤが慌てて立ち上がった。


「いえ! このような時期に急に押しかけたのですから、お気になさらず!

 それに、私もレイシール様も、身支度には然程時間の掛からないたちなので、ご心配には及びません」

「ですが……」

「セイバーンも男爵家です。格式等への拘りはあまり無い方ですし、本当に、平気ですよ」


 にこりと笑って、では私、先に身支度に参りますとサヤが俺に言う。母親に気を使い、率先して動く事にしたのだろう。


「うん、ゆっくりしておいで。

 私は、もっとここの話を聞いておきたいし」


 そう言うと、はい。と、良い返事。

 サヤはメイフェイアに促され、小走りにそちらへ駆け寄った。

「どうせですから、女性陣は一緒に済ませましょう」と、そんな話し声の中、嬉しそうに表情を綻ばせているのが見える。


 ……天幕生活では、湯浴みもなかなかさせてやれなかったものな。


 近くに小川が流れているとはいえ、水は貴重で飲むなら煮沸必須。

 食事に使うのが優先されるので、せいぜい水や湯で濡らした手拭いで、身体を拭くくらいしかできない日々だったのだ。

 特に獣人らは、(おとない)無しに天幕に入ってくるので、下手に衣服を脱いでいるととんでもないことになるため、本当に気を使って身繕いするしかなかった。

 毎日風呂を使っていたという綺麗好き民族でもあるサヤには、相当堪えることだったろうに、その辺のことも何ひとつ、文句を聞いていない……。

 短くなった髪も、だいぶん艶を失ってしまっていたけれど……それにすら何も言いはしなかった。


 櫛も、油も置いてきてしまった……。もう、あの櫛は……取り戻してやれないかもしれない……。


 それどころではなかったとはいえ、本当、苦労ばかりかけ、悲しい思いばかりさせている。

 そうして今度は戦だものな……。戦場は何があるか分からないから、サヤを伴いたくない……。だけど彼女は、ついてくると言うだろう……。

 そんな風に考えて、つい表情を陰らせていた時だ。


「そうそう。この町の建造物、壁や屋根は贅沢にも丸太をそのまま加工しておりましてね、壁の厚みだけはしっかりしてるんです。

 外の冷気が中に伝わらないようにそうされているのですが、防音効果も高いんですよ」


 と、マル。


「うん……うん?」


 密談にはうってつけの構造ということか?

 後で作戦会議をするって意味だろうか……と、そう考えていたのだが。


「旅の最中や天幕では色々気を遣いましたよねぇ。あまり睦めなかったでしょうから、ここでは存分にどうぞ」


 …………⁉︎


「大丈夫。お二人の部屋はちゃんと分けてありますから、心置きなく!」


 いや、そうじゃないだろ!


「何いらない配慮してるんだよ⁉︎」

「いらなくないでしょ。貴方たち、婚姻結んでどれだけ経ったと思ってるんです?」


 真顔で言われた。

 その横で、エリクスがまんまるに瞳を見開いて俺を凝視してる。やめろ、なんで今、その話を持ってきた⁉


「ひ、人の家に来てまですることじゃないだろ。そんなことより……」

「話を逸らそうとしたって駄目です、ちゃんと真面目に聞いてください」

「っ⁉︎」


 ︎話を変えようとしたのに、それすら素気無くあしらわれる。いやだから、なんでそれを今、弟の前で当たり前の話題みたいに選ぶ……っ⁉︎

 ネタを変えろと必死で合図を送ったのだが……。


「貴方、一回こっきり交配したくらいでサヤ様が孕むと思ってんですか。人ってそんなに簡単には受胎しないんですよ」

「いっ……⁉︎」


 それを、なんでここで、暴露する⁉︎


「僕がいない間にもう少し進展してると思ってたのに、なんなんです。ほぼ全く、何も進んでなかったそうじゃないですか。

 僕、貴方たちの子にはとてつもない期待をしてるんです。お二人は人類の歩みを調べる絶好の検体なんですよ⁉︎」

「進んだよ! ちゃんと婚姻結んだし、もう夫婦になっただろ⁉︎

 ていうか、俺たちを実験材料にするのはやめろって!」


 そういうことかっ!

 サヤが純粋な人かもしれないから、誰かと交配させてその子の匂いを云々言ってたやつだな⁉︎ 諦めてなかったのかよ‼︎


「俺たちの部屋を分けるくらいなら、よっぽどオブシズを分けてやった方が良くないか⁉︎」

「ちょっ、巻き込まないで⁉︎」

「新婚なのは一緒じゃないか、しかもお前たちの方がよっぽど……」

「わー! 言わない! 言うんじゃないそんなこと!」


 ぎゃーっと大騒ぎになった俺たちを、半ば呆然とエリクスが見ている。

 取り繕うこともできず、困ったように笑われて居た堪れなさしかない! ほんとお前は、口の出し方考えてくれよ!

 常々そう言ってるのに全く、何も配慮してくれない。全然話を打ち切りにできないまま更に言い募ってくるからほんとたちが悪い。

 それどころか、まるで常識を説くみたいに言いやがった。


「あのですね、オブシズは良いんですよ。家名捨ててるんですから、後継とか全然気にしなくて良いんで。

 だけど、貴方は違うでしょ。励んでもらわないと困るんですよ」


 いや、もう立場は追われたんだから一緒だろ!


「これから忙しくなるっていうのに、一体どこで種付けするつもりなんですか」

「種付けとか言うな! そっとしといてくれ! 大体俺たち子は……」

「そっとしといたら半年間何もしなかったって聞きましたよ⁉︎」

「誰だ、こいつにいらないこと言ったのは!」


 とりあえずマルを引っ掴んで部屋の隅に移動した。

 俺たち子はできないかもしれないって言ったよな。だから養子を考えてるって言ったじゃん! お前も承知したじゃん! と、小声で必死に説明をする。

 まさか忘れてないよな⁉︎


「や。それとヤるかどうかは別問題でしょ」

「言うなって言ってるだろー‼︎」


 なんなのお前、なんでそんなに波風立てたがるー⁉︎

今週の更新を開始いたします。

とはいえ……一話しか書けてないんですよねー。そして明日も仕事みっちりっす。

なのでとりあえず三話更新は目指しますが、一日遅刻とか挟むかもしれません。

では、今週も楽しんでいただけるよう頑張ります。

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