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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第三章
50/515

尊いもの

 大店会議、二日目だ。

 昨日同様の手順を繰り返し、皆が席に着く。

 後継二人が、そこはかとなく不機嫌そうなのは、昨日帰った後にも一悶着、あったのだろう。

 けれど、不機嫌ながらも視線は鋭い。そして、その二人の長は昨日に輪をかけて苦い表情。

 その様子が、二人の気持ちが覆されていないのを伺わせ、俺は苦笑した。

 俺の意見が介入してしまったのではと、昨日はそう思っていたのだけれど……どうやら違うらしい。二人の顔には、確固たる意思が伺えた。長に散々何か言われただろうに、それでも意見が覆らなかったのなら、それはもう、二人の意見だ。


「では、始めます」


 ハインが開始を宣言する。すると一番に机をトントンと指で叩いたのは、商業組合長レブロンだった。


「今日の再決定なんですが、ちょっと提案があるのです」


 許可を求められたので、許すと答える。

 するとレブロンは謝辞を述べてから立ち上がった。


「昨日のことなのですが……我々はそれぞれ意見交換を行いました。

 ですが、意見交換を行った……とは、言い難い内容だったなと思うのです。

 発言の主はほぼお二人でしたしね」


 そう言って、酒造組合長オレクとギルに視線をやる。

 二人は好きでそうだったんじゃないと言わんばかりの顔だが、レブロンはそんな二人苦笑しつつ、労いの言葉をかけた。


「いやいや、お二人に大変な負担をかけしてしまったなと反省してるんですよ。

 私はどうも、面倒くさがりでね。人の意見が私と一緒なら、あえて自分が同じことを言わなくても良いかなと思ってしまう。

 少々の食い違いは目を瞑る。概ね同じだからまあ良いかとね、そう考えてしまうタチなんですよ。

 ですが、それはやはり、きちんと自分の意見を言ったとは言えないでしょう?

 ですから、今日は必ず、それぞれの意見をそれぞれの言葉で伝える時間を頂けないものかと、そう思ったのです」


 レブロンの提案に、ええぇ⁉︎ と、身を引いたのは青果組合長ヘクターだ。

 だがレブロンは、そんな反応にも柔和な笑顔で答える。


「大切なことだと思うんですよ。

 きちんと自分の責任を自覚するために。

 私もあまり口が動くほうじゃないので、ちょっと気は重いのですが……ご子息様は忌憚ない意見を求められていますしね」


 そう言って俺の方を見る。

 レブロンの提案は、俺にも魅力的だった。

 例え同じ言葉だったとしても、それぞれの表情、それぞれの声で聞きたい。


「それって俺みたいなバカでも好きに喋って良いって意味?」


 後ろの方から、ルカがそんな発言をする。隣で組合長が「黙っとれ!」と言うが、無視。


「こんな感じで、俺、意見求められてねぇんだけど」

「お前に喋らせるとお前が死ぬんだよ!」


 貴族前で不敬が過ぎるという心配か。

 土建組合長ジャンが俺の方を伺いながら、「失礼しました」と、ルカの頭を必死で下げさせる。

 俺はそれに笑って答えた。


「気にするな。昨日も言ったが、私は気にせず、好きに発言してもらって構わないんだ」

「い、いや、しかし……」


 不安そうなジャン。日々ルカの破天荒に散々振り回されているといった様子だ。

 うーん……本当に気にしなくて良いのだけれど……ただそうしろと言ったって、難しいのかな。

 なら、言葉だけではなく、態度で示すしかないなと思った。俺が彼らと同じ場所に立つのだと理解してもらう為に。


「そうか……。では、私も崩そう。

 貴族然とした喋り方が威圧的で、意見も言えないというのなら、そっちの方が問題なんだ。

 俺は、皆の意見が聞ける機会が少ない。立場もあるし、仕方がないのだけど……でも考えてみてくれ。

 今回の議題に、俺の顔色は、そんなに重要か?

 今真剣に考えて欲しいのは、俺の機嫌についてじゃない。

 川の氾濫が、君たち領民の負担になっている。それを打開するかもしれない手段が提案された。だが経験値が無い。莫大な金も掛かる。それを実行するに値するかどうか……だ。

 君たちが自分の立場から見て、どう感じるかを聞きたい。

 多少の不敬に目くじら立ててる場合じゃないんだよ。雨季は目前なんだし」


 腕を組んで、俺は一同を見渡した。

 ルカとはバッチリ視線が噛み合ったので、にこりと笑っておく。レブロンは昨日同様、柔和な笑顔で、ウーヴェは視線を机に落としている。

 一部は、俺を不愉快そうに見ていて、大半の人間はあんぐりと口を開けていた。

 まあ、だいたい予想通りの反応だな。


「昨日上がった意見はもっともだと思ってるよ。

 雨季目前での提案だったし、前例のないうえ大金を使う工事を必要とするんだ。

 本音の一つだとは思ってる。

 だが、十人いれば十通りの考えがあると思う。皆それぞれ仕事も立場も異なるんだから、そうでなくてはおかしい。

 どうせだから、それを知りたい。

 正直俺も少し悩んだ。今年は諦めて来年に……って意見は、俺たちの中でも上がった。けれど、何も検討しないうちから今年の犠牲を受け入れるのは、おかしいと思ったんだ。

 俺にとってそれは、領民の生活を切り捨てることだからね。

 諦めるしかない場合もあると分かっている。だが、まだ間に合うと思ったから協力をお願いしたんだ。

 幸い、土嚢を使った氾濫対策は、大掛かりな工事を必要としない。

 杭を立て、板を挟み、土入りの袋を積み上げていくだけだ。今からでも充分試せる。そして、時間が許す限り強化していける。やる意味があると思ったから提案した。

 ただ、それには金が掛かる。

 川のために、そこに住んでいるわけではない君たちに負担を強いるのも、間違っていると思うが、俺たちが用意してる予算じゃ足りないから、無理をお願いしている。

 こちらが無茶を言ってるのだって、俺は理解してるつもりだよ。

 だから、君たちの忌憚ない意見が欲しいんだ。

 工面するのが無茶な金額を要求して、君たちの首を締め上げていくのも俺の本意じゃない。

 誰かに犠牲になれって言いたいんじゃないんだよ」


 長々と語った俺に一同がポカンとした顔のまま固まっている。

 なんかこう……珍奇なものを見る目だな……ちょっと恥ずかしい……。


「無理な要求をしているのなら、無理だとはっきり言って欲しい。

 あと、俺は間に合うと思ってこの案を提示している訳だが、皆が揃って無理だと感じているなら、それは俺が間違っている可能性が高い。俺は浅慮だからね。

 俺一人の頭では考え付かないことも、これだけの頭で考えれば、短時間でもより良い案が出てくるんじゃないかと期待している面もあるんだ。だから、協力して頂けると有難い。

 はい。俺がしゃしゃり出るのはここまでにする。では続けてくれ」

「……というわけなので、レブロンの意見を採用するということで、一同、宜しいでしょうか」


 ハインが場の雰囲気など意に介さずそう聞くと、トントンと机が叩かれた。

 そちらに視線をやって、少々驚いた。

 確か、製紙組合長だ。名前は何だったな……。もう二年以上付き合いがある筈なのに、何か発言をしているのを一度として見たことがない。

 その彼が、発言をするというのだ。


「ならば、こんな意見も聞いて頂けるのでしょうか。

 現在、木材の価格が乱高下しております。従来の金額での取引が難しい状態だ。

 氾濫対策は、どのような基準で資材価格の計算をされているのか、それを聞きたい。

 普段の平均的な価格で計算されているなら、予算を大幅に超える可能性が高いと思っている。いくら予算内だと言われても、根拠が無いのに信じろでは、困る」


 彼の言葉に、俺は口元が緩む。

 そうそう、そういうのが欲しかったのだ。

 貴族の目が気になって予算の確認もできないなんて、話にならない。

 それに対し、ギルが答える。


「聞いている。アギーの大火災から、木材が高騰しているって話だな。

 紙作りにも影響があるのか……。

 それで価格計算だけどな……」

「はいはい。私から説明しますね。参考にしたのは二週間ほど前の価格ですが、それに一割ほど上乗せして計算してますよ。

 木材と、麻袋……特に麻袋は膨大な枚数必要なので、在庫不足で値が跳ね上がるかもしれませんから、そちらも少し上乗せしてます。それぞれ読み上げますね」


 マルが具体的な金額を述べ、想定している木材の数、麻袋の数を伝える。

 ざっくりとした予算ではなく、何に幾らという部分を細々と伝えていく。

 マルの読み上げていく項目と数値を、ルーシーとワドが大きな布に写していき、書き上がったものが川の断面図横に張り出された

 製紙組合長はそれで概ね得心がいったようだ。


「それなら問題ない様に思える。納得できた」


 製紙組合長がそう言って話を終えると、今度は精肉組合長が机を叩く。


「あ、あのぅ……些細なことでもいいんですかね……ほんと、つまらん内容ですが……。

 我々精肉組合は、組合といってもさして資金が無いし、会議の後それぞれの店舗から貸付ぶんを徴収するんですよ。

 そうやって店舗を一巡りするだけでも、人を使うし、手間が掛かる。

 例えば私がそれをすると、私は仕事にならない。店の売り上げに影響が出るんです」


 しどろもどろ、申し訳なさそうにそんなことを言う。

 その意見に、俺は頷いた。丁度良い意見が出た。

 今までも結構な負担をかけていたんだな。配慮が足らず申し訳ない限りだ。

 つまり、二回に分けて徴収する以上、負担が二倍になるということか。

 各店舗を巡って徴収するということは、返す負担もあると……つくづく手間を掛けさせてるんだな……。

 この意見に関しては全く考えつかなかった内容だ。組合によってやり方があるとは思っていたが……これは確かに面倒な手間を掛けさせているな……。

 さて。これに関しての返答は、俺でなければ出来ない感じかな。マルに視線をやると、どうぞ言っちゃってくださいと手で示された。なので、咳払いしつつ机を叩く。


「その貸付なんだが、昨日、やはり二年分を徴収していくのは、二回に分けたとしても負担ではないかという話が、こちらでも上がってね。目前の、雨季までの資金調達はメバックにお願いするしかないのだけれど、後半に関しては別口で集める算段を立てることにした。

 時間がある方を、今決めてしまう必要もない。

 なので、メバックで集める金額は、一年分のみに訂正する。

 申し訳ないんだが、その一回は勘弁して貰えるかな。

 それと……貸付ぶんから、後で徴収する税金を差し引くのはどうかという案が出ている。

 貸付に税金にと、二重に出費をするのはより負担だろうとね。

 税金の回収も組合長の担当か?…そうか。

 こちらを採用すれば、組合長の店舗巡りは回数を減らせるな。では前向きに検討する」


 俺の話に精肉組合長があんぐりと口を開ける。

 自分たちの特殊な事情をくんでもらえるとは思ってなかったって顔だ。

 暫く呆然としていたが、隣の青果組合長に小突かれて、慌てて謝辞を述べ、着席した。

 ざわざわと、会議室内に誰かが交わすやりとりが増えた。


 そこで、酒造組合長オレクが机を叩く。来たな。


「昨日、二年分を要求したのに、今日、一年分で良いという。

 何故そのように、主張がすぐ変わるのか、不安を禁じ得ませんな。

 それは賛成票を得る為の方便なのではないですか?他で工面すると言っておいて、後で無理でしたと泣きつかれても困ります」


 ああ、そりゃそういうこと考えるよね。

 俺は苦笑するしかない。それに関しては、信じてくれと言うしかない状態だ。

 昨日の今日で金の工面に目処など立たない。


「まあ、昨日思いついたからまだ何も計画が進んでいない。

 だから信じてくれと言うしかないんだ。

 ただ、さっきも言った通り、俺は誰かに犠牲を強いる方法を極力選びたくない。強いる場合も、あるよ。でも、耐えられないようなものを押し付けたくないんだ。俺はそうされるのは嫌だからね。自分がされたくないことを人にしたくない」


 肩を竦めてそう答えると、一部の人間が微妙な顔をした。

 胡散臭いなこいつ……と、そう思われたのかもしれない。


「それに俺は、最善を選びたい。これくらいの犠牲は仕方がないとか、そんな風には考えられない。考えても考えても、もうそれ以外無いという時にしか、そんなものは選びたくないんだ。

 だから、いったんこうと決まったとしても、それより最善だと思うものが見つかれば、いつでも舵を切る。今回も、その選択ができると思ったから口にした。

 口にした以上は、そのように努力する」


 俺の言葉が一区切りしたところで、マルが発言を求めた。


「レイシール様の仰った通り、昨日の今日ですから、具体的なことはお伝えできませんけれどねぇ、レイシール様は貴族社会にそれなりの人脈をお持ちです。

 慎ましい方ですから、あまりそういったものをアテになさらないのですが、領民の為にと一肌脱いで下さることを決意されたんですよ。

 領民にここまでしてくれる方はなかなかいらっしゃらないですよ? 少なくとも、僕は前例を片手で数えられるほどしか知りません。血筋ですかねぇ?

 まあ、言うからにはやれる目処が立っていると思っていただいて大丈夫ですよ」


 平民じゃないよ。貴族だよ。その言葉を疑ってかかるって相当な不敬だよ。言うからにはやるんだよ。

 そんな風なことを穏便に丁寧に隠して発言してくれたマル。とはいえ、相手のことを思って穏便に発言したのではなく、目的があって隠したいけど、釘は刺しておくといったところだろう。しかし……言われた内容に俺の方が冷や汗ものだ。

 日陰者。妾腹出自の二子に、そんな大層な人脈がある訳ない……。六歳から学舎で寮生活し、戻ったらセイバーンとメバックにしか足を運んでいない俺の、一体何処にそんな人脈を確保する時間があったというのか……。

 とはいえ、マルがそう言うのだから、何か方策があるのだと腹を括る。だから笑っておいた。


 またトントンと、机が叩かれる。麦商カスペル。どうやら反対派は畳み掛けてくる気らしいな。


「今まで通りの何がいけないんです? 長年続いているということは、そこで均衡が保てているということに他ならないではないですか。多少の犠牲はあれど、被害は最小限。これも立派な結果だと思うのですが……」


 カスペルの言葉に、俺は少なからず気分を害した。多少の犠牲……被害は最小限……。その言葉の意味を、どう捉えているのか、聞きたい。

 だが、俺はセイバーンに居て、彼らはメバックで生活している。見えているものが違うのだから、何も知らない者に察しろというのもおかしな話だ。

 だから、できるだけ感情的にならぬよう、腹に力を入れて、ゆっくりと話す。


「被害は、本当に最小限だと思うか?

 氾濫が起きる度に、せっかく蓄えた財を全て吐き出して、また振り出しに戻ることが、本当に最小限だと?

 ある子供の母親は、薬一つで治せる病で亡くなったよ。畑と家の再建に、莫大な金が掛かるのが分かっていたから、病であることを伏せていたんだ。

 父親の方も亡くなっているのに……子を残して逝くことになるのに……どんな気持ちでその選択をしたのかを思うと、俺は正直、居た堪れない気持ちになるのだけどね……。

 税金や寄付で再建するからといって、農民たちはそれに胡座をかいたりしない。申し訳ないからと、遠慮する。

 俺はね……そんな、命懸けの選択を、してほしくないんだ。村の者にも、君たちにも。

 死んでからじゃ、取り返せないんだよ」


 ユミルとカミルの母親は、そうやって逝ったと聞いている。

 セイバーンを離れていた俺は、何もできなかった。セイバーンに戻るまで、知りもしなかった。

 俺が知らないうちに、俺たち貴族が普通に生活しているのに、そんな風に道を選ばざるを得なかった人がいることが、俺は納得できない……。

 そこで机を叩いたのはルカだった。ガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。


「俺、組合長がなんて言おうが工事に参加したい!

 あんたすげぇいい奴だって思うし、土嚢のことも気になるし、もし氾濫を無くせるなら、子や孫にだって自慢できると思うんだ。俺はこんなすげぇもんを手掛けたんだぞって。胸を張って言える。

 なあ、俺一人だけでもいいかな。絶対役に立つ! 駄目か⁉︎ 俺、工事に参加したい!」


 場の空気が氷点下まで下がった気がした。前の会話完全無視か⁉︎

 土建組合長は白目をむいてしまっている。多分横合いからの殺気めいた何かはハインじゃないかな。視界の端でウーヴェが机に突っ伏してしまったのが見えるし、ギルは顔を手で覆ってしまっていた。

 こいつ、マジで何も考えず発言しやがった……! という、皆の思考が手に取るように分かって、俺は笑ってしまった。

 引き摺られ、少し燻っていた負の感情が、暴風に吹き消された心地だ。

 ほんと凄いなルカは! ここまで開けっぴろげな奴は、初めてだ。


「俺としては大歓迎するけどね。でも、組合長の心労をもう少し配慮してやってほしい。

 ルカは今、手掛けている仕事があったりしないのか? ルカが急に抜けてしまったら、他の職人にも迷惑を掛けてしまう。それは俺も申し訳ないよ。

 だから、ちゃんと戻って話し合って、調整がついてからだ。それで納得して貰えるかな?」


 そう諭すと、ルカはバツが悪そうに頭を掻いた。

「ご子息様がそう言うなら、そうする」と、答えたので、笑って「期待して待ってるよ」と伝えておいた。


 そこからは、沈黙の時間が続くことは無かった。とにかく早く、ルカの搔き乱した空気をなんとかしようと、皆が率先して口を開いたのだ。

 それぞれが疑問点や要望を口にし、話し合って結論を導き出す時間となる。

 俺は内心、喝采をあげたい気分だった。

 お互いの懸案事項を照らし合わせていくうちに、問題点がきちんと見えてくるし、その問題が解消されていたり、さして問題ではなかったことが分かってきたのだ。

 そのうち、昨日大半を占めていた否定的な意見が減んじ、土嚢を使った水害対策を行うにはどうすれば効率的かという意見まで出てきた。

 馬車で半日近く掛かるセイバーンまで出稼ぎに出るとなると、日帰りは無理だ。

 雇う者を数日滞在する前提とする方が良いであるとか、人と食料を一緒に運ぶ様にすれば馬車代の節約になるのではとか、先程の細かく上がった数字をもう少し手頃にする案が各々から上がる。


 また、想定外であったのがサヤである。

 意見が飛び交う中、挙手をしたのだ。

 サヤは意見を述べる時、何故か挙手をする。多分、サヤの国の習慣なのだろう。俺達はそれを知っているのだが、組合長らは知る筈もない。俺の背後に立つサヤが手を挙げ、組合長らの視線がサヤに釘付けになった。場が一気に静まり返る。

 ハインが「何か意見があるのですか」と話を振って、俺は初めて、サヤが発言をする気でいると知り、振り返った。いや……止めてないから、別に良いんだけど……想定してなかったな……。


「あ、あの……使用人の身で、不躾にも意見を述べることをお許し下さい……。

 日雇いの賃金についてなのですが……賄いをつけることで、手当てを減らすという方法もあるかと思ったのです……。

 屋台の設置に、結構大きな予算が組まれていますよね。屋台の賃借料、運搬料、調理人を雇う費用……。更に、食材費用、日々の食材の運搬料……。

 屋台への出費は日雇いの方々の実費ですし、それを惜しんで持参する人も増え、手荷物が増え、馬車で移送できる人数も減ってしまいます。しかも屋台での収入はあまり見込まれてません……。これは、持参する人が結構多いということですよね? けれど、屋台を利用する人がいる以上、置かないわけにはいかない。

 なので、屋台を用意するのをやめて食事を提供し、そのぶん賃金を安く設定するのはどうかと。

 日雇いの方々は、手荷物が減ります。我々も、人数が把握できれば、購入する食材をある程度絞り込め、費用を抑えられますし、大量生産すれば良いので屋台ほどの資金も手間も掛からない……。日雇いの方も、日雇いの期間に出費がありませんから、仕事を終える時には賃金が丸々手元に残る。少々割安でも、納得してくれるのではと、思ったのです」


 サヤが口を閉ざしても、場は静まり返っていた。

 居たたまれない沈黙の中、サヤがどんどん縮こまっていったのだが、うん! と、マルが口を開く。


「それ良いですね。賄い製作を村の女達に依頼すれば、調理の人員確保にもなりますし、手間賃ですみます。メバックから屋台を運ぶ必要もないので運搬代も、屋台の賃借料も、料理人を雇う費用も掛かりません。食材の厳選もできます。売れ残りぶんを捨てることもなくなります。

ざっと頭で計算しただけなんで、ざっくりした金額ですけど、ここに想定していた資金の六割は削減できますねぇ。食事をつけることで日雇いの賃金も割安にできることを考えると……結構な金額が、浮きます」


 どよりと、場が湧いた。

 サヤがますます身を縮めたが、恥ずかしがっているだけなのは一目瞭然だ。俺はなんだか誇らしい気分になってしまった。


「ところで、土嚢を使った水害対策を行うか、行わないかの賛否を問う筈だったのですが、話が先に進んでしまっています。

 先に、再決を取らせて頂いてもよろしいでしょうか」


 場の空気をバッサリと切って、ハインがそう口を挟んだ。

 それに組合長らがまた笑い、騒めく。忘れてた! とか、そういやそうだったなぁ。とか、もう決まったようなもんだろう。など、明るい雰囲気で言葉を交わす。


「あと、それぞれが意見を言う時間をという話でしたが……まだ発言していない方はいらっしゃいますか。挙手を願います」


 場が静まって、おずおずと、一つだけ手が上がった。ウーヴェだ。

 ハインがギロリと目を光らせて「再決の前に意見をお願いします」と、促す。今言え。すぐ言え。そんな圧が凄い……。


「……物資の輸送に、川を利用できればと、思ったのですが……全て馬車で運ぶのですか……」

「川?」

「その……物資の運搬は馬車より船の方が多く運べて安く、早く着くかと」

「……それも、賛否についてではなく、先の話ですが」


 ハインが冷え切った視線で突っ込むが、うっと詰まるウーヴェに長らはどっと湧いた。

 もうなにを言っても笑える心境なのかな……。


「もう良いですから、決を採ります。

 賛成の人は挙手を願います。一、二、三、四、五」


 付き合ってられないと、ハインが採決を勝手に始めてしまう。それに次々と手が上がった。

 結果は賛成九票。土嚢を使った氾濫対策が決定した。

 そこで俺は最後の通達を付け足す。


「すまない、税に関してなんだが、無理な要求をしているのに、その報いが無いのも良くない。まだきっちりと話し合ってないので、金額についてははっきり言えないが、寄付をしてくれた組合や大店からは、税の減額を検討しようと思っている。あと、貸付を行ってくれた者には貸付期間に応じ利息を払う。それでも資金繰りの負担になる場合は相談してくれ、対応を考えるから」


 湧いていた空気が急速に冷えた。

 え……まさか、この提案歓迎されていない……?

 場の雰囲気に狼狽えた俺に、レブロンが咳払いをし、口を開いた。


「レイシール様、それは交渉の席で、利用すべき情報だと思うのですが……」

「え?駄目だろ。本来はやって当然の配慮だ。

 今まで身分差で誤魔化されていた部分を正しただけだ。交渉ごとに利用することじゃない」


 俺の返答に、レブロンは苦笑し、肩を竦める。「人たらしですねぇ」と、小声で呟いた。



 ◆



 会議が無事終わり、俺は応接室にて羽を伸ばしている。

 サヤはルーシーと着替えに行き、ハインは各組合長に渡す、資材などの発注書を準備中だ。

 マルは何やら昨日の続きのようで、大手を振って資金集めが出来ると部屋に帰ってしまった。

 本来なら、俺が一人で応接室にいるのも変なのだが、ギルが一応の、護衛がわりであるようだ。店の方をワドに任せ、ここで一緒にくつろいでいた。因みに俺は執務机で書類の確認。ギルは長椅子に伸びている。


「まあ、無事終わって良かったけどな……明日からどんな予定なんだ?」

「ん? 明日一日は、寄付、貸付の受け取りと、資材の発注やら人員手配やらに使う予定だよ。明後日には、セイバーンに戻る。あっちで資材の受け取りや、置き場所を確保しないとだし」

「ふぅん……。で、サヤはどうするんだ」

「…………どう、するって?」

「馬鹿、お前ずっとそうやって有耶無耶にしてるけどな、もう限界だぞ。

 明日には帰り支度も始めるんだろ? サヤにどうするか言ってやらねぇと、色々差し支えるんじゃないのか?」


 ギルに言われるまでもない。それは俺も重々承知している。そして結論は既に出ていて、それしかないのだと納得もしている。

 ただ、少々悩んでいた。


「……ここに、残るように説得する予定だよ……。サヤはここに残って、資材発注の手はずの確認と管理を、お願いしようと思ってる」


 そう伝えると、ギルは、伸びていた長椅子から身を起こした。

 じっとこちらを見据えてくる。そうしてから、低い声で「それでいいのか」と、問うてきた。

 だから、溜息と共に「よくないと思ってるよ」と、答える。

 ギルはそれに、少々面食らった顔をした。なんだよ……だって、うだうだ一人で悩むくらいなら、相談しろって、そっちが言ったんじゃないか。


「良くないと思うから、悩んでるんじゃないか。

 夏場の男装は無理だ。ただでさえ俺の周りは人不足で、業務内容が過酷なんだから。男装の厚着で過ごせるわけないだろ。しかもこれから氾濫対策……炎天下で野外活動だ。マルじゃなくてもぶっ倒れるよ。

 ……とはいえ、ここでも環境は同じだ……。サヤは耳が特殊だから……女性の装いで過ごすことに、苦痛を感じる場合もあるみたいで……。ここで、普通に女性の格好をして、平穏に生活できたならと思っていたんだけど、どうやら俺の見込みは甘かったらしい。サヤが怖い思いをせずに過ごそうと思ったら、男装しておくしかないみたいだ……。

 まあ、セイバーンでの過剰労働は論外だとして、ここなら、ギルやワド、ルーシーが、サヤを気遣ってくれるだろう? 街中は無理でも、この屋敷の中でなら多少羽も伸ばせる。

 だからやはり、セイバーンより、ここの方が、サヤには良い環境だ。

 それに……異母様たちの目が無いというのは、重要だよ。命に直結する身の危険が無い。例え……サヤの気持ちが、どうであろうと、それが一番大切だ」


 異母様は、きっとまたサヤに手を出す。俺が何かを持とうとすることを、拒みに来るだろう。

 異母様の引き抜きは、そのうち成功する。上手く逃れられる幸運は、きっと続かない。

 そもそも、引き抜きで済むとも限らない。

 サヤの男装がバレる危険や、異母様の手がサヤに伸びることを考えると、選択肢は他に無い。


「……まあ、サヤの精神面が心配だから、異母様たちがセイバーンを離れている時くらいは……ちょっと数日、遊びに来るくらいは……許さなきゃいけないかなと、多少、妥協する気持ちになっているんだけど」


 俺のそんな物言いに、ギルはチッと、舌打ち。「妥協になってねぇよ」と宣った。

 うん……分かってるよ。でも、それしかサヤを守る方法が無い。

 きっとサヤは怒る。そして、俺の夢のことを心配する。でも、夢で死ぬ訳じゃない。

 それなら何を一番優先するかは、決まってる。


「けどサヤは絶対納得しないよなぁ。だからどう言おうかって、悩んでる。

 あと……サヤの傍にいてやれないという部分がね……。怖い思いをした時に、また我慢を強いるのかと思うと……これが本当にサヤの為になっているのかと、考えなくもない……」


 今日までサヤと過ごす中で、気付いたことがある。

 サヤは、不安な時、俺に触れてきたり、俺が触れるのを許す節があるのだ。

 とはいえ消去法で俺が選択されているのだと分かっている。

 この世界にはサヤの身内も、カナくんもいない。サヤの周りに女性の知人は少なく、事情を知らない者には縋りにくいだろう。

 サヤを異界の者だと知っていて、触れられる相手が、俺しかいないのだ。だから余計、俺に触れられることに、気を許しているのだと思う。


「震えていても、縋るものがない……。そんな環境にサヤを置く……。

俺がサヤにしてやれることって、それくらいしかないのになって……。

 駄目だなほんと。不甲斐ない主人で申し訳ないよ」


 不安な時くらい、慰めてやりたい。抱きしめて落ち着けるなら、いつでもそうしてやりたいけれど、傍にいることが最大の害になるのだから救いが無い。

 結局俺がサヤの為にできることは、サヤが望まないことを押し付けることだけなのだ。だけどそれでしか、サヤを守れない。


「明日、お願いするよ……。なんとか言葉を尽くして、分かってもらう。

 ギル、サヤを頼めるかな……。ギルの所なら、俺も安心していられるから」


 きちんと綺麗な笑顔ができている自信はなかったけれど、なんとか笑ってギルにそうお願いする。するとギルは、しばらく押し黙ったまま、俺を見つめていた。そして、視線を鋭くする。


「…………まあ、俺としては良いけどな……。

 けど……さ……。なあ、もし、サヤの体調と、異母様の問題をどうにか出来るなら、お前はサヤを、傍に置いてやる覚悟が、あるのか?」


 真剣な顔でそう聞かれ、ちょっとびっくりしてしまった。改まって聞くことか?サヤを守ってやる気があるのかなんて、愚問だよな?今更確認することじゃない。


「サヤを守るのは、初めから決まってることだよ」


 この世界にサヤを引き込んでしまった瞬間から、それは俺のすべきこと。そして今は、やりたいことだよ。

次はまた来週日曜日の予定です。

次週からまたセイバーンに戻るつもりです。でも書き溜めてた部分を使い切ったので、二話出せるか不安…。頑張りたいなぁ…。


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