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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第一章
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喪失

 絶叫するように、彼女は泣いた。

 俺も、ハインも、それをただ見ていることしかできなかった。

 状況は未だ分からず、聞いた話の意味も飲み込めていなかったけれど、どうしようもないほどに彼女が孤独であるということだけは、はっきり分かる。

 彼女の中では、答えが出ているのだ。

 自分がこの世界に独りであるという結論が。

 だからこんなに、喉が千切れそうなほどに、慟哭している……。

 そしてそれを招いたのは……


「ごめん…………俺が……俺が、引っ張ったからだ……」


 罪悪感が、胸を潰しそうだった。

 俺は、ただ役立たずなだけじゃなく、なんの罪もない少女まで巻き込んで不幸にしたんだと思った。

 こんなふうになるなんて考えてなかった。溺れてるなら、助けなければと安易に行動した。

 そんな浅はかに動いた俺のせいで、この子はこんなに絶望している……。

 俺に関わったばかりに、彼女は大切なものを、全て失ってしまった!

 

 どうやって謝罪すればいい……どうやって元の場所に帰してやればいいんだろう……俺は、どうやって責任を取ればいいんだ⁉︎

 

 取り返しのつかないことをしてしまった。そう思ったら背筋が凍った。

 たとえ俺が何をしたところで、きっとこの子は許さない。

 それくらいの大罪を、俺は犯した!

 だが、サヤさんは、泣きながらも顔を上げ……。


「違います。

 レイシールさんは、なんも悪うない。

 だって、助けようと、してくれはったん、分かってます。

 そもそもが、おかしかったんです。あの光に釣られて池に手ぇ入れたんは、私やから。

 せやから、そんなふうに、思わんといて」

 

 ――っ。

 

 言われた言葉に、息を呑んだ。

 こんな状況、俺だったら誰かに気を回す余裕なんてない。

 お前のせいだと、全部お前が悪いんだと言われるべきだった。そう罵られて当然なことをしたはずなのに……。

 涙も止まらず、未だ悲しみの中に身を浸しているというのにこの()は、それでも俺を責めず、庇うだなんて……。

 言葉にならない俺の横で、何か考えていたハインが急に口を開いた。


「……分かりました。

 とにかく、今大切なことは、貴女は無一文で、天涯孤独の身だということですね。

 異界がどうこうは全く意味不明ですし、正直信じることも出来かねますが……」

「ハイン!」


 お前、こんな泣いてる女の子にまでそんなこと言うのか!


「落ち着いて下さい。この際異界はどうでも良いのです。

 今重要なのは、彼女の今後をどうするかという問題でしょう。

 身寄りのない十六歳の女性を、このまま一人で放り出すことはできません。そうですね? レイシール様。

 そして、ここはセイバーン領。貴方の管轄内です」


 ハインに諭されて、ハッとした。

 そうだ。責任というなら、俺はサヤさんを守らなければいけない。

 謝罪したって彼女は帰れない。謝られたって、この娘は救われないんだ。

 領内の問題で、俺が招いたことなら、彼女がこの先、きちんと生きて、いつか帰れるようにしなければ!


「そう……そうだな。

 まずは、サヤさんがきちんと生活できなきゃ駄目だな。いつか帰る日のために……。

 じゃあ……」


 十六歳の女性。まず通例では……。

 一般的に、親を亡くした子は孤児となるため神殿に保護されるが……。


「神殿の保護が受けられるほど幼くはない……」


 保護対象は十五歳前まで。それ以上で神殿の保護を願う場合は、心身を神に捧げ信者となる誓いを立て、入信することになる。

 そうすれば衣食住は保証されるものの、生活は神殿に管理され、今後の人生も全て神に捧げることになってしまう。それは帰郷を願う彼女には適してないだろう。


 十五を過ぎた者の場合、従来なら働き口を世話してやることになる。庶民ならば十五歳から大人と見なされ働くのが一般的だからだ。

 家が無くとも、住み込みで働き糧を得る。自分の生活は自分で支える。


 だが異界から来たサヤさんは、ここでのことを何も知らないと仮定するしかない。そのうえ学びの中にいた身なら、働き方も当然知らないだろう。

 と、なると、一番妥当なのは後見人探しだった。


 サヤさんは学校に通っていると言っていたし、相当高価であろう極小の時計を当然のように所持し、持ち歩いていたから多分、貴族以上の身分。貴族ならば、我が国での成人は二十歳となる。

 成人前の者は、成人貴族の庇護者の下にあらねばならない。

 そのため成人貴族は慈善活動や有望な人材確保のために、後見人という立場を取り、対象者を庇護下に入れる。

 後見人とは、庇護した人物の衣食住全てに責任を持つ身だ。当然そこには教育も含まれる。

 才能のある者を守り育て、将来出世すれば、庇護していた貴族の名声も上がるという仕組みだ。

 とはいえ女性の場合は……。


「妾になるか、養女として政略結婚の駒にされるのがオチですね」

「…………だよな」


 まともな人に託せばあるいはとは思うのだけど…………父上は受けて下さらないよな……。

 ちらりとそう考えたのが顔に出ていたのだろう。


「フェルナン様の毒牙に掛かるだけです」


 兄上の名前を出し、汚い言葉を口にしてしまったとばかりに嫌な顔をするハイン。

 その表情に苦笑するしかない。

 俺も同じことを考えたし、君の心情も分かるけども、もうちょっと取り繕ってくれないか……。

 俺が成人してれば、俺の裁量でサヤさんの後見人になれたけれど、あいにく俺も成人前。十八になったばかりだ。

 でも、後見人以外で思いつく方法なんて、あとは俺の妾にして囲うくらいしか……いやでもそれは建前だとしても絶対駄目だし色々最低の選択肢だと思う。

 となると、結局働き口を探してやるくらいしか俺にできることってなくない? でもサヤさんはこの世界の常識すらおぼつかないだろうし……。


「ああぁぁ、どうすればいい⁉︎」

「面倒臭く考えないでいただけますか。

 何故敢えてややこしい方に頭を使おうとするのです。

 普通に雇えば良いではないですか。彼女をここで。使用人として」


 …………⁉︎


「え⁉︎ 良いのか⁉︎」


 思いがけない提案だった。

 ハインは絶対にそれを許さないと思っていたのだ。

 着替えの間すら監視して、事情を聞き出すために剣で脅そうとまで提案した。明らかに彼女を俺の傍に置きたくない。そう思っていたはずなのに。

 そんな俺の思考を読み取ったのだろうハインは、嫌そうに眉間にしわを寄せて言った。


「貴方が手を引いたのですから、責任を取るしかないでしょう。

 ……九年前と同じだと思えば……まあ、頷けなくもないです」


 それだけ言って顔を背ける。

 嫌々ですからね。と、言うかのように……。

 俺はそんなハインの分かりづらい優しさに、つい口元が綻んでいた。なんだ、こいつもサヤさんを心配してるんじゃないか。

 口や態度に出さなかっただけで、サヤさんを怪しいとか危険とか、それほど思ってないってことだな。


 俺のために、厳しい対応をしていただけってことか。


 早くしてくださいとばかりに急かすハインに背中を押され、俺はしゃくりあげつつも、状況を見守っていたサヤさんの前に膝をついた。


「じゃあ、サヤさん。聞いてほしい。

 申し訳ないけれど、君をすぐに元の世界に返してやれるかどうかは、分からない。

 ……ごめんね……こんな目に合わせてしまって。

 だけど、帰れる日が来ると信じて、ここで生きていかなきゃいけないのは、分かるね?

 だから、君の帰り方を見つけるまで、俺が君を雇うという建前を取ろうと思う」

「……建前?」

「うん。俺はまだ成人してないから、君の後見人にはなれない。

 けれど、雇うことならできるんだ。これでも貴族の端くれだし、使用人がいるのが普通だから。

 一応、使用人として雇用する形で処理すると思う。

 君がここにいる間、俺が君の生活の面倒を見ると約束する」


 俺の言葉に、ハインがすかさず補足を入れた。


「貴女の特殊な事情を他に言っても信じてはもらえません。

 セイバーンは比較的住みやすい地ですが、何も知らない女性を一人にできるほど治安は良くないですし、生活も楽ではない。

 少なくとも、私どもは貴女の事情を多少は理解しました。全部信じるわけではありませんがね」


 つっけんどんな、突き放したような口ぶりに、もうちょっと言葉を選べと抗議したけれど、ハインはツンと視線を逸らして取り合わない。

 それどころか俺を無視して話を進めた。


「全く知らない他人に囲まれ、常識も生活の仕方も分からないまま働き暮らすよりは、まだ過ごしやすいと思いますが」


 サヤさんは、両手を握りしめ、膝の上に置いて、俯いた。

 考えているのだと思う。俺たちの提案がどういったものかを。

 言葉は通じても、元の世界とは違うであろうこの地は、彼女にとって心休まる場所ではないと思う。

 だから、せめて、事情を知っている俺が、助けにならなくてはいけないと思った。

 彼女は否定してくれたけれど、俺が手を引いたのは事実。責任の一端は、確実に俺にある。

 そんな俺のそばに居るなんて、嫌かもしれない……。けれど、俺は彼女の力になりたい。こんなふうに独りで泣かせたくない。

 ただひたすらそう思って、サヤさんを見つめていた。

 そうしてしばらく俯いていたサヤさんは、小さく頷いて顔を上げ……。


「分かりました。

 おおきに……よろしく、お願いします」


 そう言って、泣きながらも微笑んだのだ。


「うん……こちらこそ、よろしく」


 俺もちょっと泣きそうになった。

 罪滅ぼしにはならないと思うけど、少なくとも、彼女のために何かができるのだと思うと、少し救われた気持ちになる。

 けれどそこでサヤさんはきちんと座り直して、姿勢を正し、表情を引き締めた。


「せやけど、建前やのうて、きちんと、雇われたいです。

 レイシールさんのせいやあらへんのに、責任を負わせとうない。

 やれる事あるか分からへんけど、自分の面倒は自分で見な、あかん思う」


 泣いて真っ赤になった目をゴシゴシとこすりながら、気丈にサヤさんが言う。

 その前向きな姿勢としなやかな強さに、胸を打たれた。

 見た目は本当嫋やかで、華奢で、あえかな感じなのに……心は強く硬い、宝石でできているような娘だと思った。

 そんな姿に、ハインも多少はほだされたのか……。


「そうですか。でしたら、レイシールさんではなく、レイシール様と呼んで頂きます」

「レイシール様……ハイン様?」

「使用人に様はいりません」


 素っ気ないな……。

 なんか全然素っ気ない……泣いてる女の子に遠慮もない!

 涙が視界に入ってないくらいに頓着せず、ハインは矢継ぎ早に要求を突き付けていく。


「貴女のことはサヤと呼び捨てますが、構いませんね」

「はい、私が一番年下やろうし、向こうでもそう呼ばれてたから、構いません」

「ではサヤ、まずは、広域語を覚えてもらわねばなりません」

「……? 喋れますよ?

 お二人が話してはるんは日本語の標準語です。私も喋れます」

「…………じゃあ、なんのために訛ってるんです?」

「……地域の特色として?」


 喋れるのにわざわざ訛ってたんだ……。よっぽど愛着があるのだろうか、その訛りに。

 ハインは、そんなサヤにしばし沈黙してから、咳払い。気を取り直し……。


「それでは、貴女のやれること。特技を述べなさい。……標準語で」

「はい。やれること……ここでどのような生活をされているのかが分かりませんから、きちんとやれるとは言い切れないのですが、掃除、洗濯、料理は一通り祖母に仕込まれております。

 掃除機、洗濯機、ガスコンロはございますか?」

「それはなんの呪文ですか……」

「無いのですね……。大丈夫。はじめは上手くできないかもしれませんけど、身につけます。

 特技ですが、少林寺拳法二段です」

「……それもなんの呪文ですか……」


 ハインがサヤに質問する度、眉間にシワが深くなる。

 彼の慌てたり、動揺したりする姿が珍しく、興味津々でつい眺めていたのだけど……。


「武道……武術です」


 あり得ない単語が飛び出したから、びっくりして口を挟んでしまった。


「え⁉︎ サヤは女性だよね? なのに武術⁉︎」


 ハインもこいつマジかという顔になっている。

 フェルドナレンの貴族女性は武術など嗜まない。サヤの国では違うのだろうか?


「珍しくないとは言いませんけれど……私の通っていた道場でも、一割ほどは女性でした。

 ですから、特殊な事例というわけではないです。

 でも、二段ですから、素人よりマシな程度の実力ですよ?」


 そんな大層なもんじゃないと言うように、サヤはさらっと流してしまった。

 だが……武術を体得しているのか……それならうん。頷けるな。

 サヤの姿勢の良さや、間合いの取り方。これは偶然が重なり起こるものじゃない。

 普段の行動に刷り込まれているほどに、鍛錬されているからこそだ。


「なんか、妙に姿勢が良いと思ってたんだ。

 それに、サヤは常に間合いを測っているよな」

「いえ……あ! そうかもしれません。

 その……私、少し……男性が苦手で……無意識でしたけど」


 何かを思い出したのか、一瞬怯えたような表情をした。

 ちょっと気になったけれど、俺の気のせいかもしれないし、とりあえず追求はしないでおく。

 心なしか、若干身を引いたような気もするし……。


「素人よりマシな程度……ね。

 そうだとしても、一度見てみないと解りかねますね」


 顎に手を当て、難しい顔でハインが言う。

 うん……。サヤが素人ではない動きをしているのは分かったけれど、どんな武術なのかは名前からでは想像できないな。

 俺たちのそんなやりとりを見たサヤは、こてんと首を傾げ、しばし考えたと思ったら「じゃぁ、お見せします」と言って、部屋の少し広い場所に移動した。


 え? 今? ここでする?

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― 新着の感想 ―
レイシールさんがすごく責任を感じていて、でも小夜さんはそれを責めることなくて、二人がお互いにいい関係を築いていけそうな気がします! ここで使用人として雇ってもらうのが一番いいと私も思います(*'ω'*…
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