嫉妬
明日の再決定には、費用を半分にするという案を提出し、賛成票を狙うことに決定した。あの後も色々話し合ったのだが、有効そうな打開策はあれ以上に出てこなかったのだ。
明日の昼まで時間があるのだし、何か思いついたら、また話し合うということで、締めくくられた。
マルは言葉通り、夕食時以外はひたすら部屋に篭っていた。
こうなったら邪魔するわけにはいかないので、俺たちも各々が時間を過ごす。ギルは何かしら仕事が忙しい様で、店の方に行ったきりだし、ハインも、何かしていたのだが、いつの間にやら姿がない。とはいえ、何処かでなにかしらの仕事をこなしてるのだろうし、別段用があるわけでないので、俺も部屋に戻っていた。そんな訳で、今はサヤが俺についていて、俺の複雑に結わえられた髪を解いている。そう…いつもなら紐を解けば髪は勝手に解れていたのだが、今日は複雑でそうもいかなかったのだ。
「明日はどんな風にしましょうか」
「明日も……するのか……」
若干絶望してしまった。別に誰かの視線が痛かったわけではないのだけれど、もっと凄いことになったら嫌だなと思ったのだ。貴婦人の夜会用の頭みたいにだけはしないで欲しい……。
「嫌ですか? でも、本当によく、似合ってらっしゃったんですよ?」
「……だってこれ、本来は、女性の髪型なんだろう?」
サヤが異母様に引き抜かれ掛けた時、男の髪型だと嘘を付いたのはつい先日だ。
あとでそれが嘘であり、サヤの国の男性は基本的に短髪だと知った。そして、女性が主に結わえているのだと。
なら、俺は本来女性のする髪型をしてるってことだよ……ね。
そう考えると気落ちしてしまう。しかし、サヤは俺のその言葉にムッとした顔になった。
「違います。
女性がすることが圧倒的に多いのは、女性に長髪が多いからです。男性の長髪の方だっていますし、結わえますよ。中国という国の一部族には、辮髪という髪型があって、男性が長い三つ編みされてたりしますし」
え、そうなの?
なら、それほど恥ずかしいことではなさそうだ。胸を撫で下ろす。
「もうっ。それに、ちゃんとかっこよく見えるように考えてますっ!
女の人みたいにはしてないです。そんなこと心配してたんですか⁉︎」
「い、いや……サヤがきちんと考えてくれているのは分かってるよ。
ただその……俺は……母似だからさ。なんとなくその……昔の様に間違えられたら嫌だなぁと、思ってしまって……。
学舎にいた頃とか、ふざけて女性扱いしてくる奴がいたり、女物の服を着せられそうになったり、色々あったんだよ。それで若干……苦手意識があるというか……。まあ、サヤが悪いんじゃなく、女顔なのが諸悪の根源なんだけどね……」
女に間違えられることが嫌なのだ。ただでさえ不甲斐ないのに……サヤにまでそんな風に扱われたら男としての自信を失ってしまう。
今はハインより背が伸びたし、流石に間違えられないと思うけど、いつまで経っても可愛いとか女顔だとか言われてるので、つい警戒してしまう。
今までは、俺もサヤも似た様な髪型だったから、気にしてなかった。でも今日みたいにゴテゴテと飾り立てられてしまうと、なんだか社交界や夜会の貴婦人みたいで、なんとなく嫌だったのだ。
「私は、レイシール様が今のお顔で良かったって思いますけど……」
思考に没頭していたときに、そんなサヤの呟きが聞こえて、俺はつい振り返ってしまった。
解いていた髪が引っ張られて、ピッと頭に痛みが走るが、それよりサヤの発言に意識がいっていた。
「なんで?」
俺の顔って、サヤの好みに沿うものなの? それなら満更でもないのだけど……。と、少し期待したのに、サヤは何故か、しまったという顔。
意図せず呟いてしまったらしい。そして、俺から視線を逸らす。……なに、その反応は……。
「サヤ……どういう意味?」
「えっ、いえ……その……レイシール様のお顔は、う、美しいので……好きですよ?」
「違うよね。さっきの言葉は違う意味で言ってたよね」
「ええっ……いえ…………たいした意味ではないので……」
「たいした意味じゃないなら、言えるはずだね?」
じっとり目を見上げてると、サヤが凄く困った顔をした。
両手の指を所在無げにモジモジとさせつつ、視線を逸らし、それでも黙っている。
俺が更に見つめ続けていると、言うまで引かないと、やっと理解してくれた様だ。
「い、え……あの……は、はじめだけ、ですよ?」
と、謎の発言。
「ちゃんと、分かるように、教えて」
「うううぅぅ……その……泉から、出た瞬間に、目が合いましたよね?」
え? はじめって、そこ? 本当に一番初め。サヤに出会った瞬間のことだった。
「凄く綺麗な女の人だと思って……しかもその上に落ちてしまったから……私、本当に気が動転してて……つい触れてしまったんです、レイシール様に……」
凄く後悔した! 聞くんじゃなかった‼︎
「さ、サヤは俺を、女だと思ったから、触れたの⁉︎」
思い出した、ゆさゆさ揺すられ、頬を触る感触……。あれはサヤが、俺を女だと思って警戒していなかったからだったのか。そういえば、はじめのはじめから、サヤは俺に触れてたんだよな……。
「はじめだけですよ⁉︎ 喋ったら声が低かったし、立ったら背が高くて……ちゃんと分かりましたよ⁉︎ 髪の毛も長かったし、それで余計に勘違いに拍車が掛かってただけなんです!」
いや、それ……顔だけ見てたら分からなかったって言ってます……。
グサグサと、心臓に短剣を突き立てられたような心地だ。俺は胸を押さえて打ちひしがれた……。
なんてことだ……サヤに勘違いされていたなんて……。サヤは女顔なら警戒が緩むのだろうか……。そりゃ、悪気が無かったのは分かってる。でも男として見られてないのだと改めて実感した心地だ。
……………………………………あれ?
……まさかとは思うけど……サヤが、俺を怖がらないのって…………女顔だから? 男だと、思われて……ない、から?
「あの、でも、もしもですよ? もしも初めて出会ったのが、ハインさんやギルさんだったら、私多分、逃げ出してます。きっと怖くて、あそこにいられなかったと思うんです。
だから、勘違いしてしまったのは申し訳ないのですけど……はじめに出会えたのがレイシール様で良かったなって……。
それに、今はそんな風に全然、思ってませんよ?」
サヤが一生懸命そんな風に言ってくれるけれど、俺は自分の気付いてしまったことの衝撃から立ち直れなかった。
サヤは、俺にだけ警戒が薄い。
傷の手当てすら逃げたって、ギルが言った。
確かに前から、出会った日から、サヤは俺には触れてた。髪を結わえてくれたし、馬車で手が触れたりもしたし、日に日に警戒が緩んできて、肩に触れても、抱きしめても怖がらなくて……。
でもそれが、男として警戒してないだけって意味だったら…………。
「う、うん……そっか。良かった」
口先だけでそう答えたけれど、俺はその衝撃から全く抜け出せていなかった。
サヤは俺を男扱いしてないだけ………。
男の範疇に入れられていないだけ………。
考えてみればそうだよな……なんで俺だけって、不思議に思うべきだった。
サヤは見られるだけでも警戒してた。
ギルとの初対面なんて、震え上がっていたのだ。
女性を見る目で見られることに過剰反応するのに、俺だけ平気なんておかしい。だって俺は……サヤのことが好きなのに……。サヤを女性として見てると自覚してる。なのにサヤは、怖がらない……。
サヤが俺を警戒してないのは……警戒するに値しないから……でもそのお陰で、俺はサヤのそばに居られる……。サヤの大切な記憶に分類しててもらえる……。ならこれでいいのかな。そもそも、サヤはカナくんが好きで、俺なんか元から眼中に無いんだし……男として見られてない以前の話で……。
なんだろう……分かってたのになんか、凄く、痛い……。
サヤにとって俺って、なんなんだろう…………。
考え出したら、モヤモヤなのか、イライラなのかよく分からない感情が、胸の奥を掻き毟りだす。
俺って、なんなの? 女友達の分類? ルーシーと一緒に思われてる?
そう考えると凄くイライラしてきた。
でも、サヤに必要とされてる。生物的には男なのに、怖がらないでいてもらえてると思うと、モヤモヤするのだ。嬉しいのか、腹立たしいのか、全然分からない。
俺が沈黙したからか、サヤはまた、俺の結わえられた髪をを解しにかかる。
しばらくされるがままに任せ、俺は一人モヤモヤとイライラを募らせていた。
「はい、終わりました。
癖がついてしまってますから、湯で濡らした手拭いで拭きますね。もう暫く、じっとしておいて下さい」
手桶につけた手拭いを取り出し、絞る。
それを使い、俺の髪を少しずつ、丁寧に湿らせていくサヤ。髪の癖が落ち着いてきたら、今度は柘植櫛でもって梳いていく。
心地良くて、好きな作業のはずなのに、今はなんだか、あまり嬉しくない……。
モヤモヤとイライラがずっと胸を圧迫していて、それが煩わしくて仕方がない。
落ち着けよ……女顔なのは今更。間違われるのも今更だ。学舎にいた頃なんて、サヤみたいな可愛らしい勘違いじゃすまない奴らだって沢山いたじゃないか。
サヤの勘違いなんて、ささやかなものだ。お嬢ちゃんと声を掛けられたわけでもないし、なんで女物の衣装を着てないのかって言われたわけでもない。今日まで女だと思われてたこと自体気付かなかったのに、今更怒るって度量が狭すぎだ。
そんな風に自分を、一生懸命宥めていると、ふうっと溜息が聞こえた。
「それにしても……今日はなんだか騒がしいですね。何かあったんでしょうか……」
「え、騒がしい?」
思いもかけないサヤの呟きに、つい聞き返す。
俺には何も聞こえない……いつも通りの静かな夜だ。そう思ったのだが……。
「何かずっと、ざわめきの様なものが聞こえるんです。
こちらの夜って、とても静かだったから……なんで今日はこんなに騒がしいのか……なんだか不安ですね」
事件とかじゃなければ良いんですけど……と、心配そうな声音だ。
サヤに言われると、なんだか俺も気になりだした。
衛兵が出てくる様な騒ぎでも起こってるのか? ギルに聞いてみた方が良いだろうか。
俺がそう考えた矢先、サヤの髪を梳く手がピタリと止まる。
「あ……ギルさんがいらっしゃいました」
そう呟いてから柘植櫛を小机に置き、足早に扉に向かう。相変わらず俺には聞こえもしない足音で誰かを察する……どうして分かるんだろう。
「サヤ、なんでギルだと思うの?」
「ストロークが長いので。背の高い、足の長い方です。
ここではギルさんが断トツですから、分かりやすいですよ」
ストローク……って、なんだ……。
俺がそう聞く前に、サヤが扉を開く。すると、今扉を叩こうとしていたといった姿勢で停止した、ギルが立っている。ちょっとびっくりした顔だ。
「ギル、調度良かった。サヤが外が騒がしいって言ってるんだけど、何か騒ぎでも起こってるのか?」
ストロークが何かは後で聞こうと思いつつ、俺がギルにそう聞くと、ギルは顔の前で手を振りつつ苦笑顔だ。そんなもんまで聞こえてんのかよ。と言いつつ、説明してくれた。
「違う。けど、実はそれで声掛けに来たんだ。
すっかり忘れてたんだけどな、今日から夜市だぞ。明日以降はどっちに転んでも忙しくなるんだし、ちょっと息抜きでもして来ないか?」
「よいち?」
「あ、今日からか」
サヤがこてんと首を傾げ、俺はそういえばそんなものがあったなと思い出す。
「あの、よいちって、なんですか?」
「商業広場でな、雨季の前に、ちょっとした祭りみたいなことをしてるんだよ。
今日から三日間だけ、夜の市が開かれてる。出してる店も普段と違うのが多い。まあ……夜なんでな、酒やら飲んでる連中も多いし……気がすすまねぇなら行くこともないが……。サヤは今日ならその鬘もあるし、陽除け外套無しで出歩けるぞ。どうする」
ギルの言葉に、サヤがピコンと跳ねた。
その動作が、なにやら幼く感じる。行きたい! と、身体で答えたように思えたのだ。
なんだかムッとしてしまう。ギルに、幼い反応を返す姿が、甘えているようで、随分と近しくなったようで…………なんか、嫌だ。
「レイシール様、行っても良いですか?」
こちらを振り返ったサヤは、なにやらとても嬉しそうに見えた。
ギルと一緒なのが嬉しいってことだよな……。そっか……そんなに嬉しいのか。
「……いいよ。行ってきたら?」
「えっ……レイシール様は、行かないんですか?」
キョトンとした顔で返されて、自分が勘繰り過ぎていたと気付く。
だけど、イライラしモヤモヤてる俺は、じゃあ俺も一緒に行くと言える気分じゃなかった。
「こういうのは、あんまりね。
髪が長いから、貴族だってすぐ分かってしまうし。
それに、貴族がいたんじゃ、みんな気兼ねなく楽しめないから」
少し不機嫌そうに聞こえてしまっただろうか……。でも嘘は言ってない。事実、俺なんかが参加しても、周りは何も嬉しくないはずだ。
俺の返事に、サヤは何故か、シュンとした。
えっ……? 行ってきたら良いって言ったのに、なんで?
「行っておいでよ。ギルが案内してくれるから、大丈夫だよ」
「あー……。悪いんだけどな、俺は無理。今急ぎの仕事があるんだよ。
ハインも書類仕事の目処が立たねえって言うし、レイにお願いしようと思って来たんだけどな……。
ほら、サヤは夜市はじめてだし、男装したって子供だし、一人で行かせるわけにはいかねぇよ。そもそも祭りの時に、時間が空くことも、なかなか無いだろ?
サヤは特に、あまり自由がきかねぇんだしさ……連れて行ってやってくれよ、髪は帽子で隠せばなんとかなるだろ? サヤと一緒なら、お前の護衛もいらねぇし」
ギルが、子供を諭すみたいに言うので、なんだか大人気ない態度を見透かされているような心地になってきた。
俺がサヤを好きだってことは、知らないのだし、これも俺の勘繰り過ぎなんだと思うけど……。
「……髪を解いてしまったから……結わえ直すのが、手間じゃないかな……」
「手間じゃないです!」
「……って、サヤも言ってることだし。な、レイ」
「………………分かった」
結局折れた。
するとギルは、よしっ! とばかりに、サヤに応接室に行ってくるようにと告げる。
「夜市に行くなら、給料を取りに来いってハインが言ってたから、サヤは行ってこい」
「給料……? なんのですか?」
「……今日まで、従者見習いしてきた分の給料だろ」
「えっ⁉︎ 見習い期間にもお給料があるんですか⁉︎」
サヤの反応に、ギルがじっとりした視線を俺に向けてくる……。そういえば、給料については全く説明していなかったような気が、する……。しまった……。
「部屋も家具も用意して頂いて、食事だって賄いが出てる状態で、お給料まであるんですか……なんだか好待遇すぎる気がします」
「しない! 普通だから。貴族の従者をするってそんなものなんだよ。
じゃあサヤ、受け取っておいで。俺もその間に着替えておくから」
礼服のままじゃ、帽子で髪を隠したって貴族だと分かってしまう。
サヤは、はい! と、元気に返事をして部屋を出て行った。サヤを見送ったギルが部屋に入ってきて、上着を脱ぐ俺の横をすり抜け、長椅子に座る。
「サヤには着替え、手伝って貰ってねぇんだな」
「当然だろ。男が苦手なんだから……服着てない男でぶっ倒れたらどうするんだよ」
「ははっ、そりゃそうか。ってことは、湯浴みもだよなぁ」
「当たり前! 男装させてるからって、そこまで配慮無くないよ、俺だってそれくらい考えるから‼︎」
変なことを言ってくるギルに、俺はつい八つ当たり気味に声を荒げてしまう。
そもそも始め、夜の部屋に呼ばれただけでサヤは体調を崩しかけたのだ。
それなのに、着替えや湯浴みを見せるわけないだろ⁉︎
そりゃ、今はもう怖がらなくなったし、髪は洗って貰ったりしてるけど、夜着を着てからだし、ちゃんと配慮してるはずだ。
……俺の裸じゃ、サヤはびっくりしないかもしれないけど。なにせ、男だと意識されてないみたいだし……。
衣装棚を漁って、できるだけ目立たない色合いの衣装を探す。
紺地の上下に白い長衣を見つけて、これで良いかと着替えを始めた。
「上着はやめとけ。金持ってるって言ってるようなもんだぞ。
短衣と中衣辺りにしとけ。あるだろ?」
ギルに言われ、そういえばそうかと気付く。
最近、中衣はあまり着ないから、ついいつもの普段着感覚で選んでしまってた。
なんか俺も、貴族の普段着が普通に馴染んじゃったんだな……。
学舎にいた頃は、ギルと一緒に遊びに言ったりすることも多かったし、上着なんて着ないで、中衣で過ごすことが多かったのに……。そんな風に考えていたら、ギルが口を開いた。
「……サヤとなんか、喧嘩したって訳でもなさそうだな。
何イラついてんだよ。お前がそんな風だと、また気を使わせるぞ」
「……っ。分かってるよ!」
くっ……やっぱり気付かれてた……。
どうせ俺はギルと違って大人の対応できない未熟者だよ。そして、こんな風にギルに八つ当たりしてる時点で更に未熟だよ。だけど……。ギルはサヤに男だって意識されてる。サヤはギルを、男前だって褒めてた。更に、先ほどのあの態度……。それを思うとなんか、嫉妬してしまうのだ。
サヤはギルの見た目について、褒めてるんじゃないって分かってるし……。それで余計、焦ってしまうのだ。
焦るの自体がおかしい。サヤはカナくんが好きで、ギルが男前だからってきっと関係ない。でも……。
俺がイライラしている理由を、ギルはそれ以上突っ込んで聞いてはこなかった。その代わりのように、夜市の注意点を俺に話し出す。
「お前、サヤの怪我、忘れんなよ。人が多いと思うから、できるだけ気をつけてやれ。
あとな……顔出しで歩くんだから、男に気を付けてやれよ。一人にすんな、絶対絡まれるぞ」
それも分かってるよ!
内心思いつつ礼服を脱ぎ捨て、細袴を手に取る。返事をしない俺に「をぃ……」と、若干低い声で言うから、渋々「分かってるよ……」と、言い直す。
しかしギルは納得してない様子だ。
「分かってねぇと思うから、言ってんだぞ。
酔っ払いが多いんだ。箍が外れて、サヤに遠慮ない視線を寄越す奴や、卑猥な言葉を掛けてくる奴が多いぞって、言ってんだよ。
サヤの体調に気を付けてやれ。気分が悪そうだと思ったら、すぐに連れ帰るんだぞ」
「……ギルは……サヤのこと、随分良く分かってるんだな……」
「はぁ?……妬いてんのか?」
「知らないよ!」
なんかムカついたのだ。
ギルは女性に甘い。それはよく知っている。誰に対しても気遣いのできる奴だけれど、こと、女性に関しては本当に、羽毛を扱うかのように丁寧だ。
ギルは女性に優しくて、見目が良くて、男前だ。
そのギルがサヤを気に入っているということも、分かってしまう……。
サヤへの気配りから、ギルがサヤを、好意的に見ているのが見えてしまうのだ。
サヤが変に気を使わないように……。居心地悪い思いをしないように……。不安になったりしないように……。ありとあらゆることに気を使っているのが、ずっと、見えている。
サヤが、ギルを男前だって言ったのは、そんな部分なのだ……。
ギルが、本気でサヤを好きだと思ってしまたら、どうしようと……そんな風に考えてしまうのは、当然のことだと思う。
何もない俺じゃ、ギルになんて太刀打ちできない。
カナくんがいるのだから、関係ないって、分かってるのに……ギルに勝てない自分にイライラする。サヤに男として見てもらえないイライラを、ギルに八つ当たりしてるだけだと分かっていてもイライラするのだ。
そんな態度の俺に、ギルは何を思ったのか、急に、意地の悪い顔をした。
「お前さぁ……サヤに触れられる唯一の男って自覚してるのか?
俺が一緒に行ったところでな、サヤとは手も繋げねぇの。一歩の距離を保ったままなの。
サヤが体調を崩してもな、俺じゃ抱き上げもできねぇんだよ。
お前は、触れられるし、手も繋げる。肩も抱けるし……口付けだってできるよな?」
ん、な……っ⁉︎
「ふざけんなよ⁉︎ 茶化すのもいい加減にしろ‼︎」
思いもしていなかったことを言われて、俺のイライラは怒りに変わった。
サヤがそれを望まないなんて、百も承知だろ⁉︎ 男に見られるのも、触れられるのも嫌なサヤに、そんなことをしたらどれほど傷つくと思っているのか。サヤの苦痛を分かってない言い方に、本気で腹が立った。
お前だって見たはずだ。俺たちの視線に背中や肩を晒され、気絶するほど恐怖に震えたサヤを。
サヤがあの時、どんな風だったか、間近で見たはずだ!
ただ見られるだけでもああなのに、サヤの嫌な記憶を土足で踏みにじるのか。
話すだけで、思い出すだけで震えてしまうほど、まだサヤは過去の記憶に雁字搦めなのに。
その上に更に、恐怖を上塗りするようなことを、冗談のように 言うのか!
巫山戯てそんなことを口にするな! サヤの恐怖を茶化すな‼︎
俺が本気で怒ったのに、ギルはどこか、気の抜けた顔をした。
「そんな風に怒ってくれるから、サヤはお前を、怖がらなくて良いんだと思うぞ。
お前、男の欲を優先しねぇからなぁ」
急に話の方向が変わって、意味が理解できない。
眉間にしわを寄せる俺に、ギルがやれやれといった顔をする。
「巫山戯た物言いをしたのは悪かった。
けどな、自覚しろ。サヤを守れんのは、お前だけだ。
俺でもハインでも、サヤは落ち着けねぇよ。
触れられたくないって思ってる奴が一緒に歩いてて、本心から楽しめるわけねぇだろ?
サヤが気を許してんのはお前だけなんだよ。だからお前に行けって言ってる。
何にイラついてんだか知らねぇけどな……サヤを置き去りにするような、突き放すようなイラつき方してんじゃねぇよ。
お前が引きこもってた間、サヤがどんだけ心細かったか、どんだけ張り詰めてたか、お前は見てねぇだろ? 簡単に、サヤを遠ざける様な物言いしてんじゃねぇ」
ギルの言葉に、俺は言い返す言葉をなに一つ、持たなかった。
ギルに随分慣れてて、親しげに口をきいてて、そればかりが目について……。
俺なんか居なくても、サヤはやっていけると思った。全然、平気なんだと、思ったのに……。
「そんな訳なんでな。お前が引きこもってる間、あいつかなり無理してたぞ。
そのあとあの騒動で、怪我までして、更に交渉やら、会議やら、働き詰めだ。
弱音も何も吐かねぇでも、お前の見てない所で無理してるって気付け。
んで、その分を労ってやれ……。
お前も、貴族とか氾濫対策とか、そんなんは一旦、全部忘れろ。一緒に楽しんでこい。
お前が楽しまないんじゃ、多分サヤも、楽しめねぇよ」
敵うわけないギルに、更に距離を空けられた心地だった。
俺がちっぽけなことにうじうじしてるのに、ギルはこんな風に、気を回すのだ。
「……ごめん。……あ、ありがとう」
男と思われてるかどうかなんて、些細なことだった。
大切なのは、サヤが心穏やかに、恙無く過ごせるかどうかだよな……。
「うん。気をつけるよ……。それで、サヤが楽しめるように、俺も楽しむよ。
ごめん、ちょっと、イライラしてた。もう、大丈夫だ」
「ふん。まあいいけどな。自分の中だけでモヤモヤして、うわべだけヘラヘラ笑ってるよか、八つ当たりされる方がよっぽどマシ。
けどな、マシってだけだからな。モヤモヤすんなら、一人で考えてないで相談しろっつーの」
相変わらず兄のような顔で、ギルはそう言う。
ああもう、ほんと敵わない……。
「うん……ありがとう」




