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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十七章
462/515

披露宴そして

 白く染められた道を、二人で手を繋いで歩いた。

 歩く中も、白の花弁や紙吹雪が舞い、後の掃除が大変なんじゃないかと場違いなことを考えつつも、皆の祝福が嬉しくて……。


 隣を見ると、真っ白い衣で着飾ったサヤが、頬を紅潮させ、俯き気味に歩いている。

 同色の刺繍でほぼ見えはしないのだが、陽の光により柄が輝くように浮かぶ花嫁衣装は、本当にサヤを女神のように神々しく彩っていて、俺には勿体無いのじゃないかとちょっと思った。


 この人が、今日から俺の妻……。


 三つ編みにされ、後方に回された横髪は、纏められた部分に芍薬の花が飾られている。

 薄衣は後方に撥ね上げられているから、麗しい横顔が良く見えた。

 右耳に揺れる、新たに作られた真珠の耳飾。半分に割った真珠は、魚のひれの耳飾から外され、ここにまた使われており、俺の襟にも、かつてサヤに貰った真珠の襟飾がある。


 ……この割った真珠は今度、髪飾に直してもらおう。


 俺の妻となったサヤは、両耳に穴を開け、耳飾りを身につけることができるようになった。

 だから、この片耳だけの飾りは、もう使わない……。

 髪も切ってしまうけれど、サヤが俺に望んだように、俺もサヤに、髪をまた伸ばしてほしいと、お願いするつもりでいた。


 そうしてこれからずっと、その髪を、俺が梳いていこうと思う。

 毎日毎日。毎夜、毎朝。

 始まりも終わりも二人で。ずっと最後までだ。



 ◆



 館に戻り、父上と、貴族のお歴々に迎えられた。ここからはもう、職務としての婚姻の儀となる。


「よくぞ連れ帰った」

「はい……サヤは妻となってくれました」


 父上にそう報告すると、腕が伸び、俺たちの繋いでいた手に、その両手が添えられ……。


「サヤ、其方がこれの妻となってくれたこと、本当に嬉しく思う。これからも、どうか息子を頼む」


 平民のサヤに、父上は躊躇なく頭を下げた。

 それでもって、サヤの貴族入りは確定。サヤはセイバーン男爵家の者となった。


 そうしてその後直ぐに宴へと移動。席は、大会議室に用意されている。

 そこで数々の料理を振る舞いつつ、居並ぶ方々に、サヤを覚えてもらうため挨拶をして回る。

 会場には近衛の方々が警備として立っており、その中にはロレンの姿もあった。

 白い衣装で美しく着飾ったサヤに魅入る様子が少々気になったものの、妻となりましたサヤですと口にして回ることは、俺の不安を払拭してくれた。

 もう俺とサヤは他人ではない。誰憚ることなく、サヤは俺のものだと口にできるのだ。


 主催者側には当然父上もいたのだけれど……。

 途中で疲労の色が隠せなくなり、ガイウスからの申告もあって、退室を許していただいた。

 まぁ、領主はもう俺なので、そこまでの不敬とはならないし、皆様もご了承くださった。


「ホッとして、気が抜けたのだろうよ。其方の晴れ舞台を目にできたからな。

 親孝行だったと思うぞ」


 来客のうちのひとり、ヴァイデンフェラー殿もそのようにおっしゃってくださり、後で見舞おうと申し出てくださった。

 遠方の方だし、領地が慌ただしい時だから無理だろうと思ったいたのに、駆けつけてくださって有難い。

 あまり接点の多くないオーストからも、高官の方がいらっしゃり、挨拶と共に祝いを述べてくださった。

 マルの不在を残念に思ってらっしゃるようだったけれど、今は重要任務を預けているのだと誤魔化しておいた。


 その他にも、交易路を通して交流のある方々と言葉を交わしていく。

 一通り巡り終わった頃に、立ち歩いていたビーメノヴァ様に酒を勧められたのだけど……。


「あまり虐めてやるな」


 陛下がやんわりと止めてくださった。

 昔俺に酒を飲ませたことがある張本人だから、俺がどうなってしまうかご存知だしな。


「ふむ。では奥方殿はどうかな?」


 ビーメノヴァ様はそう言い、今度はサヤに酒を勧める。

 この方自身、多少酔っているのか、あまり思考が働いていないのかもしれない。


「サヤの国も、成人まで飲酒を禁じられているので……」

「おや、その成人を迎えたゆえに婚姻したのだろう?」


 ……あ、そうだった。


「少しくらいは飲んで、勢いをつけておく方が良いと思うけどねぇ」


 含んだような物言いをするビーメノヴァ様。

 その言葉が指すものが何か、当然俺には分かっていた。


 苛立ちを覚えなかったといえば嘘になる。サヤは特にそういったことに敏感だ。

 この日がどんな日であるか、サヤがそれを分かっていないはずがない。今だって気を張り詰めているというのに……。


 余計なお世話だ。

 けれど……。


 よりによって公爵家の方……。


 陛下が俺への勧めを断ってくださったがゆえに、サヤまで断るのは些か……。


「いただきます」


 俺が断りの文句を考えつく前に、サヤがそう言葉を返し、慌てた。

 けれど、サヤも公爵家の方への不敬を懸念し、引き受けてくれたのだろう。

 その返事ににこりと笑ったビーメノヴァ様は……。

 持ってきていた瓶を傍の机に置き、別のものを手に取った。


「初めてなら、この銘が良い。

 少しだけにしておこうな。いきなりは身体に毒だ」


 絡んできたわりに気遣ってくださる……。

 そうして、本当に少量、硝子の杯に入れられたそれに、ホッと胸を撫で下ろす。


 酒は飲まないから、味や酒精量には詳しくないのだけど、これくらいならば……。


 杯の底の、薄桃色に色付いた酒を見ていたサヤ。

 口元に近付け、香りを嗅いでから恐る恐る、口に流し込んだ。

 ちびりと本当に、少しだけ。

 けれどそこで瞳を見開いて。


「あ、飲みやすい……」

「それは口当たりが良いだろう? 酒精も然程強くない」


 杯のものを全て飲み干した。とはいえ、二口分も無いほどの量だ。サヤの変化は特に無かった。

 それを見て瞳を細め、笑みを深くしたビーメノヴァ様は、持っていた瓶をサヤに手渡す。


「この銘柄を覚えておくと良い。

 ベイエルの私に勧められて気に入ったのだと言えば、それを注いでもらえよう。

 酒は多種多様だし、酒の席は色々な輩がいるからね。線引きに、私は有用だよ」


 そう言いひらりと手を振って立ち去る。

 ……あ、これってもしかしなくても、サヤが無茶な酒を勧めなれないよう、牽制手段を与えてくれたのか?


「それは、ベイエルの酒だ」


 ビーメノヴァ様を目で追っていた俺の背に、陛下のお声。

 振り返ると、ニヤニヤと笑う陛下。

 俺がビーメノヴァ様を警戒しているのを、察していた様子だ。

 だって、ベイエルとは特別な接点を持っていないし、恩の押し売りをしてきたのかと思ったのだ。

 けれど陛下は、サヤの持つ瓶を指差す。


「あれの言う通り、飲みやすいし強くもない。サヤへの見立てとしては、確かに良いと思う」


 そう言われ、そう言えばベイエルは葡萄酒の産地だったと思い出す。

 なら本当に、ただの厚意でああしてくれたのか?


「それで恩に着せようなんて風には思うておるまいよ。あれも損はしていない。

 ベイエル公爵家のビーメノヴァから勧められた酒と言えば、今後其方らを招く席には、必ずそれを用意することになるしな」


 成る程。

 自領の特産品の売り込みであったらしい。何気にマメな人なのかもしれない。

 まぁ、女装した俺にも甘かった人だし、全般的に女性には優しいのだろう。そう思っておこう……。


「ま、お前が相手をしたなら容赦無く強い酒を注ぐ気であったようだがな……」


 お前にと持ってきたその酒、かなりの強者だぞと、机に置かれた瓶を指差す陛下。


 …………いきなり喧嘩を売られるところだったらしい。


 あのアギーの社交会後、男の俺が女装していたと知ったあの方、どう思ったんだろうな……と、心配になった。

 まぁ、わざわざ出向いてこられてるし、今回だって何も仰ってなかったし、こちらから聞くこともないだろう……うん。触れない方向でいこう。



 ◆



 宴の料理は好評だった。

 半分以上がサヤの国の料理だし、何より冷めても美味なものをと、選りすぐったから。


 毒見必須の貴族社会では、安全面を考慮するあまり、温かいうちに料理を食すということが少ない。招かれた場であれば尚のことだ。

 だから、油の固まるような肉料理や冷めた汁物は、正直味云々言っておられず、食べなければならない課題と成り下がるのだが……。

 サヤの国の料理は、その点もすこぶる優秀だ。


「食したことないものばかりで正直不安だったが……これは良い……」

「料理人もブンカケンの所属とな。……なにっ⁉︎ ヴァイデンフェラーは料理人のやりとりをしておるのか?」


 ヴァイデンフェラー殿が鼻高々に自慢していたよね……。


 ケチャップやマヨネーズ、ホワイトソースといった独特の調味料や調理法は、皆様の関心を強く惹きつけたよう。

 規約の写しを後で用意して欲しいと何組もの方に言われた。帰って検討するのだろうな。


 そんな宴の場も、夕刻前には一区切りとなる。

 領主の館がある都には大抵神殿があるから、本来ならばここから神殿へ足を伸ばすのだ。


 約束通り、アレク殿は夕刻前に、侍祭殿を引き連れてやって来た。


「恙無く、進みましたか?」

「はい。お陰様で」


 アレクの問いにそう答えると、完璧な笑顔を作り、ようございましたとアレク。

 その二人を予定していた応接室へとご案内した。


「ここで問題無いですか?」

「はい、申し分ございません」


 そう言ってアレクは侍祭殿を振り返り……。


「では、準備を頼みます」

「畏まりました」


 大きな鞄を持ってきていた侍祭殿。

 それを机に置き、中から簡易用の祭壇を一式持ち出し、組み立てていくようだ。

 神殿があまりに遠い地だと、こういった簡易の祭壇を持った司祭の巡回を頼りに、婚姻を結ぶと聞いた覚えがある。

 まぁ、貴族ではなく、収入的に旅が難しい寒村などの話として、耳にしたのだけどな。


「では、サヤさんもご準備を。

 レイさんの時で見ておられますから、ご存知かとは思いますが……首の後ろ辺りで、一括りにしていただくのが楽でしょうね」

「メイフェイア、サヤの櫛を。……ここで整えるから」


 俺もサヤも、まだ礼装のまま。

 髪を奉納した後で、慰労会へ顔を出す予定だからだ。

 そちらへは、髪の短くなったサヤを伴うことになる……。


 メイフェイアが走り、サヤの櫛を持ってきてくれた。

 長椅子にサヤを座らせ、髪に飾られた芍薬を抜き取り、三つ編みも解いて、お祖母様から頂いたという柘植櫛で髪を梳いた。

 最後はこれでと、前から決めていたのだ。

 勿論これからも、毎日この櫛を利用する。この世界での俺との時間を過ごすサヤの髪を、今度は伸ばしていく……。


 丁寧に、引っ掛かりがひとつもない状態にした。

 元からサヤの髪は滑らかだけど、更に念入りに。

 横髪の三つ編みも、緩く編まれていたから癖はほぼついていなかった。

 そうして艶めく流れをひとつに纏めて、飾り紐で結ぶ。


「あ、レイさん。

 少し下の位置で」

「え?」

「女性の方は、髪を整える余裕を残しておかれた方が……」


 成る程。そこまで考えてなかった……。


「飾り紐を、もうひとつ下にも括ってはいかがでしょう?

 その間で切るようにすれば、整えるのに充分な長さを残せるかと思います」


 助言に従い、髪を二箇所で括った。彼女への配慮が有難い。


 そんな風にして仕度が整う頃には、祭壇の準備も整っており……サヤの断髪の儀を行うこととなった。

 俺の時と同じく、アレクがまず祭壇に向かい祈りを捧げる。朗々と響く祝詞(のりと)を二人並んで聞き、広の視線でサヤを盗み見る。


 言葉を発しないサヤが、気掛かりだった。


 サヤの国の婚姻を済ませた後、館に戻ってからのサヤは、必要最低限しかしゃべっていない。

 貴族入りし、上位の方々がひしめく場に立たされたのだから緊張も当然だと思う。思うけれど……。

 ずっと、何か張り詰めているのは、肌で感じていた。

 ビーメノヴァ様の時だって、本当なら俺の言葉を待てば良かった。敢えて飲まなくても、なんとか躱す方法を考えたのに。

 上位の方々への不敬を、過度な程に意識していたのか?

 それとも、俺の耳には届いていない言葉を拾う中で、サヤのことを思わしくないと発言している声でもあったのだろうか……。


 そんな風に考えている間に祝詞は終わり、断髪の瞬間となった。


 祭壇の前で、床に膝をついて首を垂れるサヤ。

 俺は侍祭殿に差し出された銀の短剣を手に握り、彼女の黒髪を持った。


「………………」


 重いな……。

 これがサヤの人生の重さだ。


 サヤの世界からこちらの世界へ渡って来たこの髪を、今日ここで切り離す……。

 サヤの祖母の手が、両親の手が、触れてきたであろう髪だ……。


 銀の短剣を当てた。そうして後は、横に引くのみ。

 抵抗は然程でもなかった。

 サヤの髪はあっさりと切り離され、重みの全てが俺の手に掛かり、俺がしたと同じようにサヤは、頭を地につけるほど深く下げ、アレク殿の最後の祝詞を聞き、そうして儀式は終わった。


「サヤ、おいで」


 顔を上げられない彼女を、そのまま引き寄せて抱きしめる。


 どれほど辛いか……分かっていた。

 サヤはあっさりこの髪を切ると言ったけれど、それが生半可な覚悟で口にした言葉じゃないのだと、分かっていた。

 それがサヤの決意。

 この世界で生きていくのだという、決意だ。


「また、伸ばしておくれな。今度は、俺のために……」


 そう耳元に囁くと、サヤは小さく頷いてくれた……。


 サヤが落ち着くのを待ってから、婚姻の報告もその場で済ませた。

 切った髪はアレクに託し、侍祭殿が簡易祭壇を片付けにかかるその間に、セルマにお二人を待合用の客室にお通しするよう指示してから、俺とサヤはいったん自室へ。

 そしてルーシーを呼んだのだけど……彼女は飛ぶような速さでやって来た。きっと呼ばれるって、分かっていたのだろう。


「サヤ様。無事成人入りされましたこと、心よりお祝い申し上げます!」


 満面の笑顔でそう言ったのは、彼女なりの配慮なのだと思う。

 これは喜ばしいことなのだと、皆が祝い、喜んでくれているのだと、伝えるための。

 そうして、まだ何も説明していないというのに、テキパキと準備を始め……。


「髪型、どんな風にされたいですか? 私、頑張りますよ! こんなこともあろうかと、練習も重ねて来ましたしっ」


 前にカツラの前髪も整えてもらったし……っていう、軽い気持ちで呼んだのだけど、どうやらがっつり準備を重ねていたらしい……。

 呼ばなかったら恨まれていたかもな……。良かった。パッと思い浮かんで……。


 衣装に髪が掛からぬよう、大きな布を覆うように巻いてから、ルーシーはサヤの髪を整えてくれた。

 サヤの黒髪は、白い衣装に落ちれば一際目立ってしまうだろうから。

 また伸ばすつもりだからあまり切りたくないというサヤの要望により、一番短い場所に揃えることとしたよう。

 首の後ろで括っていた関係上、そこが一番短くなっており、そこから前に向けて少しずつ長くなるよう、鋏を入れていった。


「……こけしみたいなことになってませんか……?」

「こけしって分からないけど……すっっっごく可愛い。似合ってます!」


 内側の髪を薄く削ぎ、ふんわりと丸く纏まるように。

 後ろは生え際を隠す程度の長さなのだが、横髪は肩にかかるほどの長さ。

 襟足が見える。どうしよう、やばい。


「横髪は耳にかけられる方が良いかと思って。これなら髪留めも使えますし、色々遊べますよっ。

 はい。鏡で確認してくださいな!」


 鏡を見せてもらったサヤも、納得の出来栄えであったよう。

 良かったと思う一方、サヤが直視できない。いや、だってむちゃくちゃ可憐になった!

 大人っぽいのに活動的で、うなじがより一層眩しいというか……っ。

 左頬に掛かる髪を、耳に引っ掛けたさりげない仕草が、それでもなお、はらりと落ちる髪が。


「レイ様も惚れ直しちゃいました?」

「はい。それはもう……」


 誤魔化しようもないから正直に認めたよね。

 だって顔が物凄く熱かったし。

 駄目だな俺は。サヤは髪を切ってきっと落ち込んでいるのに。

 喜べる心境であるはずがないのに。

 なんでこんなに現金かな……。


「あの…………私、見苦しくないですか?」

「…………」


 新たなサヤの魅力に惑乱され、もうずっとこの髪型でも良いななんて思ってる自分が本当……駄目だよなぁと思う。


「可愛くってたまらない……」


 そう言って、サヤを胸に抱き寄せた。

 さぁ、残るは慰労会。それが終われば後は…………。



 ◆



 慰労会は、仕事の合間、普段より長めの休憩時間に来てもらう形で行われた。

 賓客の方々は戻られても、陛下は三階へいらっしゃるわけで、そんなに羽目を外すことはできないからね。

 俺とサヤもそこに顔を出し、長椅子に座して皆と話したりして過ごした。


「不思議なことをしているのですね」


 アレクには驚かれてしまったけども。


「慰労会というのは、使用人の労を(ねぎら)うためのものでしょう?」

「うん。そうだね」

「……いや、ならば何故……」

「……? あっ! 俺たちがいたら全然心が休まらないかもしれないってことか!」


 それは確かに! 俺たちの目がないところでゆっくりのんびりしてもらった方が良かったかも⁉︎

 そうだよな、俺たちの式でてんやわんやしたのに、さらに俺たちがここにもいるっていうのは良くなかったか!

 やっとアレクの疑問点が解消したのだが、当の使用人らは首を横に振った。


「いえいえ、全然大丈夫ですよ。正直気になりません」

「うちのご主人様はまぁこんな人って分かってますし」

「友人枠くらいに我々を入れちゃってるところが、うちの領主様らしさっていうかねぇ」


 ウザがられてないようでホッとした。


 女中や下男、ブンカケンで働く使用人全員がここに来て、何か食べ、談笑して過ごし、持ち場に戻っていく。

 そこにギルや、本日朝から夜まで料理しっぱなしだったテイクやユミルたちも加わって。


「あー……終わんないかと思ったわー……延々胡瓜刻み続ける夢見てるのかと思った。明日絶対腕の筋肉痛で死ぬー……」

「いや、お前運動不足祟ってるから二日後ぐらいだろ、筋肉痛」

「僕まだピチピチの二十代ですけど⁉︎」


 なんてやりとりに笑って。

 侍祭殿は女性陣に連れて行かれ、なにやらあちらで盛り上がっている様子。

 サヤも行っておいでと送り出して、こっちは男性陣で卓を囲んだ。


「有難いですよ実際。

 僕、他で働いていた時期もありますけど、正直祝い事なんて、使用人には全く関係なしの日常でした」

「本来はそれが普通なんですけどね」

「使用人なのにご馳走あると思わなかった……」

「まぁ、慰労会会場に簡易かまどまで持ち込んで、汁物提供されるのは、予想外すぎだけど」

「それなー!」


 だって冷めてるよりこっちの方が美味だろ⁉︎


 披露宴には冷製ポタージュを提供したのだけど、九の月ともなれば、日中暑くても夜は冷え込んでくる。温かい方が良いと思ったのだ。

 慰労会用に利用している会議室には暖炉が無かったし、試作で貰った耐火煉瓦を念のため床に敷き、簡易かまどを設置し、薪の代わりに炭団を使っている。

 温度が上がりすぎず火も立たず、丁度良いのだよな、これ。


「レイシール様、この温かい汁物のに麵麭浸して食べるの好きですもんねー」


 俺の嗜好まで使用人にバレている。そしてそれをアレクにもバラされる……。

 う……いや、貴族的にはちょっと宜しくない食べ方かもしれないが、美味だしっ。いつも人目があるわけじゃないしっ。

 それにこの食べ方は……。


「あー、それな。うん、やる!」

「学舎では良くやってたよなー」

「時間制限厳しかったものねぇ」


 いっせいに頷き出す男一同。


「そもそも食堂が狭すぎ! 昼の時間が一時間しかないってのがなくない⁉︎

 上級生居座って座席少ないのにさー」

「そう言いつつお前、上の学年になった時むちゃくちゃ堂々と居座ってたろうが」


 学舎組がそんな風に話を始め、たまたま顔を出していた派遣官らもその話に加わった。

 学舎あるあるなんだよなー。

 下の学年のうちは、座席の空きを待たねばならず、結果的に昼食を胃に流し込むくらいの時間しか無くなったりすることも、しばしばあったのだ。

 麵麭を汁に放り込んで食べた方が、断然速かったし、これがまた美味だった。


「あぁ、確かに速く食べれますし、美味ですもんね」

「まさか……神殿でも⁉︎」


 アレクが相槌を打つとは思わなかった!

 ついばっと皆の視線が集中してしまったもので、困惑しつつアレクは苦笑し……。


「古今東西、だいたい似たようなことをどこでもやっているのですね」


 肩を竦める正装の司教。

 その気さくな雰囲気に、皆も楽しみ馴染んでいる様子だった。


 そこにまた、新たな入室者。

 オブシズとクレフィリアが揃ってやって来て、新婚さんだー! あらやだ一緒に来たわよ⁉︎ なんて揶揄われだして……明日は我が身だなと背中を汗が伝う……。


「た、たまたまそこで一緒になっただけでだな⁉︎」

「言い訳いらねぇわ」

「私もそろそろ結婚したーい」

「いや、まずウーヴェ。お前いい加減観念しろ」

「ちょっと⁉︎ 僕まだ彼女いないんですけど⁉︎」


 なんて話が始まり……。

 そろりそろりと逃げるため長椅子を横移動したのだが、結局捕まってテイクの彼女が欲しい嘆き等を聞かされることとなった。



 ◆



 その後、流石に陛下からの呼び出し等も、この日は無く……。

 一日を無事過ごした後、風呂でハインにしつこく身体を洗われた。


「いや……それ花嫁側のするものじゃないかな……俺までするの?」


 と、やんわり抗議してみたのだが……。


「サヤ様に嫌悪感を抱かせる可能性は、どれだけ小さな芽でも摘み取っておくべきかと」


 なんて真顔で言われ、受け入れたよね……。

 うん。そりゃぁうん。その方が良いよね。体臭とかで泣かれたらもう、立ち直れる気がしないし……。


 ………………。

 ……………………。

 …………………………っ。


 マジか。マジでこの時間が来ちゃった…………っ!


 分かってたよそりゃ、婚姻の儀の後はこれが来るって分かってたけども!

 更に言うならある意味心待ちにしていたわけだけども! なんなら若干齧りかけたことだってあるけども!


 実際に来てみると、期待よりも恐怖が優った。

 そもそも俺だって経験は無い!


「……初夜に挑む顔ですかそれが」

「言葉にするなってええぇぇぇ」

「風呂でうだうだしないでください。のぼせます。

 それともあえてのぼせて初夜を素通りしたいのですか?」


 こんな時まで小言が多いな⁉︎

 ただでさえ緊張してる小心者の俺を、更に追い詰めてどうするの、何したいのお前⁉︎


「貴方よりもサヤ様の方が酷い精神状態でしょうに……」


 そう言われてしまうと、当然そうなのだよなと、跳ね回っていた心臓がぎゅっと萎縮した。


「………………」


 そうだよな。

 俺よりもずっとサヤの方が、緊張しているだろう……恐怖しているだろう……そしてそれを必死に抑え込んでいるのだと思う。

 そう考えると、のぼせて初夜を素通りするのもありじゃないかという気すらしてきた。

 だけどそれでは……恐怖を先送りにするだけだ。


「どうなるにしろ挑んでみるしかありませんからさっさと上がってください」

「……っ、なんなのお前、俺の心読んでるの⁉︎」

「読む必要ありますか? 全部顔に出ているというのに」


 風呂を追い出され、用意された夜着を着せられた。勿論この日のために用意されているわけだ。下着も、夜着も……。

 微妙な気分で羽織りを着込み、部屋へと追い立てられる。扱いが雑!

 風呂から部屋までの道中に、一切使用人とすれ違うこともなかったのは配慮なのだろうか……。


「立会人は……」

「いらないから!」

「畏まりました」


 どこまでも落ち着いた声音でハイン。

 そうして私室に戻ったのだが……。


「うっ……」


 いろいろな準備の済まされた寝室を見て怯んだ俺に。


「ではお楽しみください」


 なんて捨て台詞を吐いたハインは、無情なほど冷静な声音で、そのまま退室していった。


 ……………………あああぁぁぁぁぁぁ……。

 サヤが来るまで待つのかここでえええぇぇぇぇっ⁉︎

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