ことの裏側
その後、セイバーンに起こっていたことは、話せる範囲で、エルピディオ様に話した。
領主印のことは王家とアギー、セイバーンのみの秘密であるため伏せるしかなく、よって十六年前の、心中事件の辺りから、伝えることに。
それに加え、俺が持つ影が、マルを介して得た縁によるもので、ジェスルとは関係しないこと。
また、現在は虚から足を洗っており、俺の配下としてセイバーンに身を置いていることも伝えた。
「表向き、ジェスルとの縁は絶たれたセイバーンですが、簡単に安心できる相手ではないですからね……。
あちらが裏の顔を持ち、影を駆使する以上、こちらもそれに備えねばならなかったのです」
俺が影を持つに至った理由を、そのように説明した。エルピディオ様からも、一応の納得を得ることができた。
まぁ、自分たちも表沙汰にできない者らを使っているのだから、俺だけ咎めるわけにもいかない。
責任については念押しされたけれど、それで一応の決着となった。
規模はさすがに伏せた。エルピディオ様は俺たちの持つ影が、まさか獣人を多く含み、数百人に及ぶ規模だとは思っていないだろう。
あの人数を、公爵家の行うような運営の仕方で養っていたのでは、たちどころに資金が枯渇する。
その先入観を逆手に取って、俺の影は拠点村に隠れ住む程度の人数……数十人程度だと思い込ませた。
正直な話、吠狼は半ば自立しているようなものだから、思いの外、資金は必要としていない。
彼らに必要だったのは、冬を越せる寝床と、狼の姿を受け入れてもらえる場所だった。
流れるしかない状況では、職を得ることも難しく、出費も嵩む。それで生活が苦しかっただけで、彼らには元々、働く能力は備わっていた。
村を持ち、そこに身を置けるようになってからの彼らは、それまでの憂さを晴らすみたいに、勤勉な働きぶりを見せている。
その喜びに満ちた、丁寧な仕事が良い品を作り、その品が、行商で人気と信頼を得て、収入に繋がる。
そんな風にロジェ村は、やっと回り始めたのだ……。
だから、まだ他の目を介入させたくない。
彼らの仕事が世に認められ、その能力が社会の仕組みの中に、歯車の一つとして組み込まれてから……。
獣人も人である。
その主張を始めるつもりでいる。
それまでは、俺の影の全貌を、他に漏らすわけにはいかないのだ。
そんな感じで、話せる事情を伝えるだけでも、結構な時間が掛かってしまった。
肝心の木炭についての話がほぼできぬうちに日没となってしまい、本日はこのまま戻り、明日また改めますと伝えたのだけど……。
「夜間の方が話しやすい」
とのこと。
人の出入りが制限されるため、その方が都合が良いという。
それで急遽、オゼロ官邸でお世話になることが決まり、ジェイドがバート商会まで走ってくれた。
こいつら本当に安全なのかよと、散々渋られたけれど、何とか説得してお願いした。
結局、戻ったジェイドは、知らせと共に、一泊に必要な荷物に加え、メイフェイアとハインを連れて戻って来た。俺たちの身の回りの世話に必要という名目で。
当然ハインには雷を落とされ、メイフェイアにまで無言の圧力を掛けられまくったが、まぁ……そこは甘んじて受け入れるしかない……。
「そんなことより二人が来て良かったの? 北の人には、獣人だってバレやすいんじゃ……」
くどくどとお小言が続くのも嫌だったので、帰らないかな……と、そんな風に話を振ってみたのだけど……。
「ハインは学舎にあれだけいてバレなかったんですから、平気ですよ。
メイフェイアも外見的な特徴はありませんし、もしそれでバレたとしたら臭いのせいでしょうから、その場合は相手だって獣人です」
マルは強気だ……。
まぁ、ロゼみたいに鼻のきく人間なんて、そうそういやしないだろうしな。
バート商会の留守番はクロードが担ってくれているそう。女中頭も残ってくれているし、まぁ大丈夫だろう。
公爵家の人に留守番をお願いするという異例の事態だが、ヴァーリンはジェスルの裏の顔を知らないのだし、仕方がない。
証拠があるわけでもないから、あまりおおっぴらに口にできることでもないしな。
晩餐の後、人払いを済ませたエルピディオ様の私室に招かれ、そこでオゼロの話を聞くこととなった。
公爵家の内部事情が絡むので、どこまでを連れて行くか、人選にはほんと悩まされたのだけど……、結局、俺とサヤ。そしてオブシズだけで行くことにした。
本当はマルも同席させたかったのだけど、流石に警戒されてしまうだろうと、マル自身が辞退。
マルは俺の責任の元で、一応の自由が許されている状況だ。
エルピディオ様の私室には、エルピディオ様ご本人と、永年仕え、信頼できる執事、従者、武官。そして文官として、ダウィート殿がいた。
「……ジェスルの裏というのは、本当に厄介でね……。
動く時は動くが、動かない時は全く動かない……。
いや、其方らのことを知り、動かないと見えるだけで、その時は別の場所を優先しているだけやも知れぬ可能性が出て来たがね。
オゼロは度々、何かしらの形でジェスルの虫を仕込まれることがあった。
それは、代々の領主らが、覚書として残しているのだが……。証拠等はほぼ無く、疑いの段階を出ない話が殆どだ。
そのせいで、我々は特にジェスルには注意を払う。それが不文律となった。
だがまぁ、当然ジェスルだけの話ではないな。他からだって色々と手は出される。ジェスルはそのうちの一つに過ぎなかったんだ。
私の代にこうなるとも、考えていなかった……。
オゼロが、既に巣食われていると自覚したのは、それこそ二十年前。全てが終わってしまった後だったよ」
オゼロの秘匿権は常に狙われているという。
間者などどこからでも入ってくるし、信頼できると思っていた者でも裏切ることがある。
貴族にはよくあることだが、唯一無二の金の卵を持つこの地では、それが一層顕著だという。
「仔細を伝えるわけにはいかんのだよ。これは、長きにわたってオゼロ領主が守ってきたものだからね」
そう言いつつもエルピディオ様は、二十年前、ある秘匿権の製造過程を担当する者から、裏切りがあったのだと告げた。
その発端は、二十年前より、更に十年ほどを遡る。
「他家より婿養子に入ったある男の裏切りだった。
婚姻を結ぶ折に当然調べていた。その男の素性や、交友関係……前歴に至るまで。
そこにジェスルの名は無く、妻を立てる良い男で、その家族にとっては好条件のものだった。
その娘は末の生まれで、可愛がられていたから尚のこと、手元から離したくないという親の気持ちが大きかったのさ。
一子には直ぐに恵まれた。二人とも、後継を考えるような立ち位置ではなかったから、子の数にはあまり拘らなかった。
その婿も順調に出世して、秘匿権の関わる重要な立場を任されるようになった。
けれどそれが全部計画の上のことだったのさ。
その者は、オゼロの貴重な情報を得るために、色々な策略を巡らせていたよ。そのうちの一つがラッセルに絡まっていた。
彼を職場から遠去けるために、その家族へも手が伸ばされていた……。
結果として、情報を守ることはできたものの、幾人かの犠牲が出た。
我々は表面的な事件に振り回され、本質を見極めるまでに無駄な時間を費やしてしまった。
その計画は、何年もかけて周到に練られていたよ。まるで関係無い事柄を重ねるようにして。その切れ端を全て掻き集めるまで、何も見えてこないようなね……」
何か、引っかかる話だった。
何だろう……前に聞いていたような気がしてしまうのは、何だ?
少し考えて、マルの話してくれた、神隠しの話と被るのだと気付いた。
確か、存在を消したのは第二夫人の末娘……。家族全てが、存在を消したという話だったはず。
…………そう、か。お身内の方……。血が代々受け継ぎ守って来たものだったからこそ…………その責任として、存在を消す処置となったのか……。
「ラッセルを巻き込んだあの策略を突き止めたのは、ラッセルの没後……あれの残してくれた資料が助けとなった。
己より地位の高い相手だったその者を調べているなど、口が裂けても言えなかったのだろうな……。もしくは、完璧に言い逃れなどできぬ証拠を、掴もうとしていたのか……。
あれの身に変化が起き始めた頃から、細かく記録が残されていた。あれはそういうことを、厭わず行ってくれる、良き文官だった」
息子や、彼本人にも課せられた汚名。それにより、一度は役職を解かれたラッセルだったが、新たに与えられた職場で地道に職務を遂行することで疑いを晴らし、二年という年月をかけ、元の職場に復帰した。けれど、それから僅か半年で体調を崩し、さして経たぬうちに、病没したそうだ……。
結局、一番の主犯格であった婿養子は処分したものの、全てを狩り尽くせば、また別の虫が湧くだろう……。
それで、害の少ないと見越した虫は、残すことになったそうだ。
「状況を理解し、対処した後に、ヴィルジールのことも探したのだがね……。見つけ出すことが叶わず、長らく苦渋を舐めさせることとなってしまった。
本当に、申し訳なく思っているよ」
だがそれは、致し方なかったのだろう。なにせオブシズは、見つけられることなどないように、動いていたのだから。
彼が傭兵という道を選んだのは、傭兵は定住しないからだ。
偽名を名乗るなど当たり前で、身元を問われることもない職業というのは、案外少ない。
父の言いつけをを守るため、処分を望む身内から逃れるために、オブシズは敢えて、その過酷な道を選択したのだろう。
オゼロ領を避け、国中……下手をしたら異国まで出向いていたろうオブシズを見つけ出すことは、実際難しかった。目立つ瞳は、ずっと隠していたろうしな……。
「今からでも、其方の父の名誉を回復することはできる。其方の瞳に対する嫌疑も言い掛かり同然のものであるし、晴らすことはできよう。
どうだろう。オゼロへ戻って来てはくれまいか?」
不意に飛び出した、エルピディオ様の言葉にドキリとした。
その可能性を全く考えていなかったのだ。オブシズの名誉が回復するならば……ヴィルジールと名乗ることに支障が無くなったのならば、それも当然のこと。
オブシズがセイバーンにいてくれたのは、たまたまなのだし……。
再会した時から、共にいてくれることが当たり前のように思っていて、オブシズがいなくなるかもしれないのだということに、正直かなりの衝撃を受けていたけれど、それがオブシズの幸せならば、受け入れなければと思った。
もう父上と再会することは叶わないけれど、母上は健在かもしれないし、それならばきっと、オゼロ領内にいらっしゃるだろう。学舎での友人たちとだって、関係を築き直すべきだよな。
なにより、父上の墓前を訪れることができるようになるのは喜ばしいことだ。
俺は内心を隠すために顔を伏せた。
オブシズの思うようにしてほしいと思ったから。
「……有難いお言葉ではありますが……。私は、バルカルセを捨てました。今更あの家名を名乗りたいとも思わないのです。
父も……きっと家名など、特に拘ってはいなかったでしょう……。ですから、オゼロ様の中で父の名誉が回復しているならば、私はそれだけで……」
今後も、家名を名乗る気は無いと、オブシズは言った。
疑いは晴れたとしても、身内から処分を望まれた事実は変わらない。
元々仲が良いわけでもなかったですしねと苦笑。戻ったところで、お互い居心地が悪いだけだろう。
「それに、今の状況では……またレイモンドが何をしでかすか分かりません。
オゼロ様。そのレイモンドの件で、少々お伺いしたいことがあるのですが……」
今回レイモンドを使者に加えた経緯を、お聞かせ願えませんか。と、オブシズは問うた。
確かに。価格操作が俺たちとレイモンドの関係を見るためというのは、いささか順番がおかしい気がする。
するとエルピディオ様は、少々バツが悪そうに頭を掻いた。
「もとはといえば、あの汲み上げ機の製造を牽制するためだよ。
あれはとんでもない代物だ。それこそ、我々の木炭に匹敵する逸品だよ。
なにせ、人の生活を支配する水に、大きく絡む」
人が生活する上で欠かせないもの。それが火であり水だ。あの汲み上げ機が広まれば、きっと人の生活は大きく様変わりする。
その急激な変化をもたらす品が、たかだか金貨二十七枚だと、エルピディオ様。
「元々我々は、常に秘匿権の動きに目を光らせている。
日常的に情報を狙われている身なのでね。あそこを警戒しておくのが手っ取り早いんだよ。
昨年、急にセイバーンの名が多く上がるようになり、その違和感は元から持っていた。
急激な変化は、人の世を乱しかねない。
セイバーンに、ジェスルの者が嫁いでいたことも知っていたが……なにもジェスルの者が、全て裏に絡んでいるというわけでもない。
特別注目もしていなかったのだが……その妙に動き出したことが気になった」
結局その、妙に動き出したものが俺だったわけだ。
土嚢壁辺りは感心するだけだったそう。ただ土を詰めた袋。だがその発想と成果に、素直な称賛が湧いた。
支持と支援金を集める手法も、成功率が低いと判断され、領内では却下された事業を強行する手段として、良い発想だと思ったそう。
「組織は大きくなればなるだけ動きが鈍る……。良いとは思っていても、必ず成功することにしか手が出せなくなるものだ。
だから、挑戦者という立場を取り、責任者を外に置くというのは悪くない」
そう思ったから、支持と支援を送ってくださったのだそう。
またそれが軍事利用でき、スヴェトランへの牽制になるという発想にも脱帽したとおっしゃった。
実際、袋に土を詰めただけ。たったそれだけのものが、とんでもない発明品となっていた。
しかしそこから、やたらとセイバーンの名がちらつくようになっていった。
意味不明なものも、秘匿権が取られたりした。
「とはいえ、全ての情報が入ってくるわけではないからね。
こちらの耳に届いたもの、それ以上を急激に得ていく動きが、なんとも不気味に感じた」
……どうやら、申請された秘匿権の全貌が情報として入っているわけではなさそうだ。
ただセイバーンの地から申請が相次ぐことに違和感を感じたらしい。
そうこうしているうち、王家が慌ただしく動き出した。
四家の長が呼び出され、王家の白が病であることが発覚したと告げられ、王都は結構な混乱に突入したらしい。
ヴァーリンの急な代替わりなども重なり、王家と公爵家がやっと落ち着きを取り戻した頃に、陛下の肝煎りとして、またもやセイバーンの名が出た。
更に、王家の継承問題に振り回されているうちに、セイバーンからの秘匿権申請が跳ね上がっていた。
「…………そう聞くと、確かになんだか……凄い有様ですね……」
王家が継承問題でゴタゴタしている時というのはあれだな……。陛下に、実績を積み上げろと言われていた時期だ……。
「申し訳ありません、エルピディオ様……。
あの時期に申請が頻発したのは、陛下のご指示でした。王位継承が内々で決まったと連絡を頂き……。
成人前を役職にゴリ押しするから、文句を言わせないだけの実績を作れと、そう指示を受けまして……。
それでブンカケンを立ち上げる方向で、動き出したのです」
「なんと……陛下のご指示か」
「いやまぁ、俺を高く評価してくださり、特性を活かすという方向で、見出していただけたことは、本当に有難かったのですが……」
サヤを守るためとは言えない……。
また、父上奪還のために、サヤの知識から色々作ったりした関係上、というのも、言えない……。
なのでそこは濁して誤魔化した。
陛下はサヤの知識を手放したくないと考え、俺はサヤを守るための盾を欲した。
それがまさか、そのように見えていたとは……。
「……まぁ、分からんでもないがな。
元々其方の有能さを学舎の時より目にかけていたというなら……この機に手元に。と、考えることもままある……か」
陛下がヴァーリンの承諾を取り付け、王位を継承することになろうとは……きっと誰も考えていなかった。と、エルピディオ様。
……まさか、その発端がうちです。なんて言えない……。言えないことが多すぎる。
若干引っかかるが……と、いった様子のエルピディオ様に、青天の霹靂でしたよねと、相槌を打っておいた。
「まぁそれで任命式となり、会合での秘匿権無償開示や、あの汲み上げ機だよ。
更にはレイモンドが、なにやら影で動き出した。
これはもう……と、そう思ってしまったのさ」
成る程。
「正直、初めは木炭の金額を極限まで跳ね上げてやろうと思っていたがね。
セイバーンから度重なる木炭増産の要請。あれにレイモンドが興味を示した。
よもやあれは、ジェスルの何かしら、思惑の絡む動きでは……? という、疑惑が深まった。
だが、やはり確証は無い。それでダウィートがな……」
「立場的に、私が動くことが最良と考えました。
元々レイモンドは私の配属下におり、常々監視しておりましたので。
その上で、不確かな資金の流れ等があれば証拠になると思い……」
「あぁ。それで我々は、根拠を聞かれていたわけですか」
「…………元々口癖なのです」
そうして拠点村での出来事へと繋がったわけだ。
……レイモンドが拠点村でしでかしたこと、エルピディオ様は知らないのだな……。
ダウィート殿も、気付いていないよう。
まぁ、彼らが立ち去った後の襲撃であったし、動いたのはブリッジスだ。指示もレイモンドが直接下したのではなく、仲介した者が動いたのだろう。
そんなことを内心で考えているうちに、レイモンドの話は終わり、拠点村へと話題は移っていた。
「結局、拠点村に行き、レイシール様のお話を伺い、先を見通し、更に広範囲へと配慮を怠っていなかった政策には、正直驚きました。
不屈の責任感にもです。
我々が木炭を融通しなければ、遠回りしてでも手段を得るとおっしゃった。
この方なら、それをしかねない。いや、実現してしまうのだろうと、そう感じました」
木炭の制限は時間稼ぎにしかならないうえ、オゼロにとって大きな損害となりうる。
そう判断したダウィート殿は、自らの権限で木炭の融通を決め、急ぎオゼロに戻ることにした。
エルピディオ様に、報告するために。
「金の動きからは怪しい部分を見つけられなかった。
だからもう、力技で確認するしかないと思った。
そして本日のこととなったのだよ。
……其方らには悪いことをしたと思う。けれどな……我々の苦悩をどうか、理解してほしい。
秘匿権は、本当に諸刃の剣なのだよ……。守らなければならない。人類にとって、あの英知を捨てるのは文明の後退以外の何物でもない。
だというのに、私欲に走る者……策略に利用しようとする者……それがいくらでも湧いてくる。
諸刃の剣……いや、どちらかというと、呪いかな」
自重気味に、どこか諦めを滲ませたエルピディオ様の独白だった。
それでも、守らないという選択肢は無いのだろう。多くの血を纏め、生活を支えていかなければならない立場であるからこその、苦悩だ。
けれど……守るべきは、本当に秘匿権なのか?
そんな気持ちが、俺の中で膨らんだ。
石鹸を作る過程は、確かに危険を孕んでいるようだ。サヤがそう言い、マルが納得するのだから、そうなのだろう。
けれど、木炭は?
全てを頑なに守るから、こんな風に苦しくなるのではないのだろうか。
何より行き詰まっている理由は、助けを求めることができない立場であることが、要因であるように思う。
「其方が軽はずみに行動しているわけではないことは、分かった。だが、やはり私は、懸念を捨てられぬのだよ。
秘匿すべき情報の漏洩を、招かぬか……。それがどうにもな」
教えて欲しい。助けて欲しいと、口にできるならば、状況は違ってくるのではないだろうか……。
これから先も、オゼロはずっとこうしていくのだろうか。
民のためにと守ってきた前時代の文明を、枷として引きずって歩むなんて、そんなのは苦しいだけだ。まるで報われないではないか……。
そんな考えからもやもやと、気持ちが膨らんだ。
俺たちには、できるはずだという気持ちだ。
オゼロの協力を取り付けなければならない現実もある。それを上手く絡めて、話を進められるのではないか。
マル……ごめん。もしかしたら少し、予定と違うことをしてしまうかもしれない。
「……そろそろ、本題に入りましょう」
秘匿権の話も出たことだ。
俺は本来の目的を切り出すことにした。
木炭を希望数、融通してもらう話。これの結論を聞く。
「……木炭は希望量を用意しよう。アギー経由の輸送も了承する。
ただ、今年の木材を追加で注文する関係上、今年に限り運送費は多少増えることになろう」
その言葉で、セイバーンの越冬における木炭量は問題無いという確約が取れた。
運送費の値上げはあれど、今年のみ。王家とアギーが硝子筆を大量に購入してくれる目処も立っているから、その出費に関しては問題無い。
だが、これだけでは駄目なのだ。
木炭を希望量得られたとしても、俺たちが本来目的としていることを行うことは難しい。
サヤはそれでも、なんとかなると言っていたけれど、どうせなら、もっと高みを目指しても良いのではないか。
手押し式汲み上げ機。あれの鋳造には、木炭で得られる以上の高温が必要となるのだ……。
「……エルピディオ様。実はその木炭のことで、少々お話がございます。
まずは、これをご覧いただけますか」




