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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十四章
395/515

王都到着

 数ヶ月ぶりの王都。

 夏の盛りのそこは、暑い……。

 都市全体が石畳みだから、熱が蓄えられてしまうのだ。

 よって、早朝と夕方に仕事を集中させ、日中はうだうだ半死人のようになってダレる。というのが、夏の風景になる。


「だから、夏の長期休暇後の授業が地獄のようだったよね……」

「雨季が長期休暇だったのですよね? どうして、雨季だったんでしょう。雨季に勉強して、その暑い盛りを休みにすれば良いのでは?」

「雨季は武術の講義が中止になりまくるからじゃないかな。

 特に学年が上になればなるほど、野外授業や実戦訓練が増えていくから。

 遠征実習とか、数日間にわたって行われるものもあるし、雨続きだと色々支障が出るんだ」

「思い出しますわね。八の月の講義。屋内、野外関係無しに、必ず数人は倒れて医務室送りになってましたもの」

「あぁ、なってた。俺が三学年になった頃から、八の月は水差しの持ち込み許可が出たんだ」


 今回も、バート商会のお世話になる。

 前回同様、離れを丸ごと貸してくれたので、荷解きをしつつ話をしていたのだけど、皆、汗が凄い……。荷物を入れ終わる頃には全身がベトベトだった。


「王都暑い……」

「セイバーンって、涼しかったんですね……。こんな暑さ、久しぶりです」


 首や額に髪の毛を張り付かせたサヤ。頬も紅潮しており、倒れやしないかと心配になる。

 大丈夫かと問うたら、京都は暑い所だったので、慣れてはいるんですよと、笑顔で答えてくれたけれど。


「サヤさんのお国も、暑いところだったの?」

「はい。……いえ、盆地だったので、熱や湿気が篭りやすい場所だったんです。

 街中がここみたいにアスファ……石畳で覆われていたし、建物も石造り。やっぱり熱が篭るんですよね」


 ここも城壁で囲まれていますから、盆地と同じ条件ですもんね。と、サヤ。


「まぁ、どの地域だって、大抵夏場は暑いわよね」


 ヨルグがそう言い、ごめんなさいねと謝りつつ上着を脱ぐ。背中や脇は汗で短衣が貼りつき、薄い青色が濃く滲んでいた。

 あぁ、涼しい。と息を吐く向こうでテイクなど、もう上半身肌着のみだ。

 庶民の夏場は薄着が基本。

 貴族社会は何故上着を脱げないのか……。涼しそうにされていると恨めしくなる。


「じゃあレイ様、僕、昼食作りに入るけど、荷解きは……」

「いい。こっちでやっとくから」

「……レイ様は動くから暑くなるんだと思うけど。

 普通、貴族は下々にやらせてじっとしとくもんじゃん」

「だって皆が忙しくしてるのに……」


 俺だけ涼しい所でボーッとしてるなんて、居心地悪いったらないよ。


 全てを言葉にはしなかったものの、俺の考えは伝わってしまったよう。テイクは笑って「レイ様も上着脱いじゃえばいいじゃん。ここ、王宮の中じゃないんだし」と、そんな言葉を残して調理場へ。

 ふむ……一理ある。

 ただ、現在俺が着ている長衣は、去年サヤが考案した背中の大きく開いたあの意匠なのだ。脱いだら背中が丸見えなんだよな……。絶対に涼しいに決まっているけれども。


「まぁ、いいか。背に腹は変えられない……」


 現在上着を脱いでいない面々は、皆同じ、背中の大きく開く内着を身に付けているのだろう。

 俺が脱げば、皆が脱げるか。


 そう思い、上着を脱いだ。

 襟だけ付き、前掛けのようになっている俺の長衣。

 上着にも風を通す加工は色々あったのだけど、脱いだ方が涼しいに決まっている。


「あああぁぁぁ、涼しい!」

「まぁ、レイ様! それ去年人気だったあの短衣の……!」

「うん。それ。長衣でも作ってもらった」


 背中が直接外気に晒されるから、物凄く涼しい。

 観念したのか、ハインを筆頭に、ユストやシザーも上着を脱いで、皆で日陰に集まった。

 女性陣が目のやり場に困っている様子であるのが申し訳ないけれど。


「うわ、これはもう辞められないやつだ……涼しい」

「セイバーンって本当に豊かですわね。まさか使用人皆さんがこれだなんて……」

「だって、これ作ったのバート商会だし。支店がメバックだし」


 しかも意匠を考案したのもサヤだ。だから、こちらに優先して回してもらえる。


「王都では手に入りにくくて、凄い競争率だったのですよ⁉︎」

「聞いてる。夏場に来年の夏物の注文が殺到したのは初めてだって、ギルが言ってた」


 そして現在は来年どころか、三年先の予約すら入ってくる状態だという。


 バート商会は、今年の春から秘匿権の放棄を宣言し、抱えている秘匿権を捨てはしないものの、無償公開に踏み切っている。

 予約のある秘匿権はまだ秘匿維持をされているのだが、現在入っている予約のものが終わり次第、その秘匿権も無償公開に踏み切ると言っているにも関わらず、予約が入るのだ。


「まぁ、無償開示したとしても、まずは技術を身に付けなきゃならないしな……」


 初めての意匠というのは、得てしてそうだ。

 だから、他の店がこの内着を売り出せるとしたら、次の年からとなるだろう。


「そうと分かっていても、やはりどうせ手に入れるなら、考案先のバート商会でとなるのは頷けますわね」

「模倣先は、バート商会より値段を下げるなり、何か特徴を付けるなり、売り方を考えた方が良いのかもしれないな」


 そんな話をしていたのだけど、ルーシーがアリスさんに呼ばれ、そちらに走って行き……キャーっと、歓声をあげた。そうして、喜びの弾けた声でサヤを呼ぶ。

 なんだなんだ? と、見ている中で、女中頭も含め、女性らが皆呼ばれて、何やら盛り上がっていたのだけど……。

 そこをするりと抜けて、サヤがこっちに走って来た。


「あの、女性は水浴びの用意をしたから、いらっしゃいとのことなのですが……」

「あぁ、行っておいでよ。男は井戸で水をかぶれるから、こういうのは女性が優先なんだ」

「そうなんですね」


 むずむずと、喜びをひた隠す様子が微笑ましい。俺たちに申し訳ないなとでも考えているのだろう。


「残りの荷解きは夜にしよう。もう昼間は疲れるだけだから、ここまでにする。ほら、皆ですっきりしておいで」

「はい……では、行ってきます」


 ひらりと身を翻して、サヤが走っていく。

 そうして姿が建物の奥に消えてから、俺たちも身を清めようかと、皆に声を掛けた。

 井戸を借りて、濡らした手拭いで身体を拭いたり、もう面倒だと頭から被ってしまう。どうせ全身着替えるのだし。


「懐かしいなぁ、幼い頃は、よく水遊びしたよな、ここで」

「ギルも来れたら良かったのですけどね」


 ギルはこの前まで居残りだったもんな。さすがにとんぼ返りだしって断られてしまった。


 シザーは足の包帯があるから、頭から被っちゃ駄目だぞと、ユストに止められ、少し悲しそう。

 因みに俺も止められた……。髪が長いから、乾かすのに難儀するので却下だそうだ……。

 他の面々はもう童心に返り、好き勝手に水を浴び、全身ずぶ濡れ。

 そんな中……やはりオブシズは、どこか表情が暗い。


「オブシズ」


 考え事をしていたのか、俯き動きを止めていた彼に声を掛けたら、はっとこちらを向く。そこに俺は、思いきり盥の水をぶっ掛けた。


「れ、レイシール様……」

「さっさと水浴びしないからだ」


 前髪から落ちる水滴を手で払うオブシズだったけど、また横手からバシャリと水を掛けられ、ボタボタと頭から水を滴らせる。

 キッとそちらを睨むと、騎士らがしてやったりと笑い、お前らな……と、一歩を踏み出したオブシズの頬に、またパシャリと水が掛けられた。

 あわあわと慌てるロビン。その後ろにサッと隠れたユスト……。

 結局皆で水の掛け合いになり、シザーも包帯を濡らし、俺も髪を濡らし……。


 悪鬼の形相で怒るハインに半時間、炎天下で説教された……。



 ◆



 一日を、発表のための原稿見直しに費やし、王都到着から二日後。


 今回の会合は、春に始まった女王陛下の王政、その方針に添い我々が進めるべき事業の、報告会だ。

 長の全てが参加しているわけではなく、それぞれの事業、ないし役割の、責任者という立場を持つ者が集っている。

 大臣が責任者となっている事柄が多いから、長の立場で参加している者は、全体の三割ほどの人数に留まっていた。

 その中での最年少はもちろん俺で、相変わらずどこか周りは一線を引いている様子。


 けれど、騎士団の長となる、将らは違った。


「あの湯屋、白騎士団の訓練所にも設置できぬものか?」

「うちはとりあえず汲み上げ機だけでも欲しいのだが」

「今予約しても来年とな⁉︎ 何故それほどまでに時が掛かるというのだ⁉︎」


 会合前の空き時間なのだけど、厳ついうえに威圧感のある武将に囲まれている俺は、側から見たら獅子に獲物認定された兎のようであったろう。


「順番だからです」


 そう答えたら、白騎士団の団長であろうその方は、怒りに顔を歪めた。


「我々は国の盾、白騎士団ぞ!」

「存じ上げております。けれど、春にお伝えしました通り、順番です。

 今は職人が少なく、また木炭にも制限がありますから、急に生産量を増やすことなどできません。

 だから前もってお伝えしたのです。予約順だと」

「王都は国の要、それを差し置いて、地方や田舎の依頼を優先するだと!」


 威圧感いっぱいにがなり立てる将の方。

 年齢に見合わぬ我が儘さ加減にうんざりする。なんで地方の優先順位が低いなんて、簡単に考えられるのだろう。


「では伺いますが。何故セイバーンへ書簡なり、送ろうとなさらなかったのでしょう? それで予約されても良かったのですよ?

 国の防衛に重要であると言うならば、現物が王宮内にあるのです。もっと早くに検討できたはず。

 そもそも、地方より王都が優先されるべきと言う、その根拠が私には分かりかねます。ここには男手の、しかも体力自慢が揃っているではないですか」


 自力で水くらい汲み上げられるでしょう? と、反論すると、ぐっと言葉を詰まらせる。

 だから俺は、そのまま言葉をたたみかけた。


「田舎や地方を守るのは、女性や、年寄り。こちらに有望な男手を取られることが多いのですから、当然そうなりますよね。

 だから汲み上げ機の重要性を早々と理解し、予約をされているのです。

 まだ試験段階で、値が張る品であるにも関わらず、ご注文くださった。

 我々の事業はいわば挑戦を繰り返す、博打のようなもの。

 ですから、その事業や、品の重要性を理解し、早くに注文をしていただいた方を優先するのは、当然のことと、ご理解頂きたく存じます」


 まず要望を一方的に突きつけ、否を言えば脅しに切り替える。

 そんな我が儘に付き合ってられるかと突っぱねたら、更に顔を怒りに染めた。

 不敬だと、そう言い俺の襟元に伸ばされた腕。けれど、それは横手から伸びた手が、やんわりと遮った。


「少しでも早く、手にする方法ならば、ございますよ?」


 そんな言葉と共に、俺の横に立ったのは、ここへの立ち入り許可を得てきたのだろう、クロードだ。

 長を賜っていない彼が会合に立ち入るなど、本来ならば許されないのだけど、俺が成人前であるため庇護者が必要という体で、手続きに行っていた。


「おかえりクロード」

「お側を離れまして、申し訳ございませんでした。案の定、こうなっておりましたか」

「大丈夫。皆様は立場ある方。いきなり襲い掛かったりしてこない、紳士ばかりだったよ」


 今襲い掛かろうとされていた気がしないでもないが、何も無かったよと擁護しておく。

 ここでややこしくするのもあれだしな。


 公爵二家の血を引くクロードを、男爵家の成人前が呼び捨てにし、しかもクロードが俺に敬語を使う。そのおかしな展開に唖然とする騎士団の方々。

 噂は聞いていたろうに、やはり目にすると信じられない気持ちが勝るようだ。

 固まって動かなくなった将の方々を、クロードは一人ずつ見て、にこりと微笑む。リカルド様によく似ているのに、どうしてこんなに雰囲気が違うのだろう。


「で、先程の続きなのですが。

 汲み上げ機でしたら、領地の鍛治師をセイバーンへと派遣していただければ、予約順を待つより早くに、品を得られる可能性がございますよ。

 その鍛治師が研究に協力して下されば、汲み上げ機の精度が早く向上するやも知れませんし、その後は領地で汲み上げ機を作り上げることが可能となります。

 とはいえ、ブンカケンへの所属と、規約の厳守が求められますし、技術の低い職人でしたら、体得も難しいかもしれませんので、それなりの実力者を寄越してもらわねばなりませんが。

 どうしても必要である。来年まで待てぬと仰るならば、一度地元に戻られて、急ぎ検討してみては如何でしょう?」

「あ、あぁ……そうさせてもらう……」

「一度ブンカケンに所属したら、その先職人が作り上げた秘匿権はブンカケンの品となりますから、そこを特に、しっかりと吟味しておいてください」


 念押しされ、すごすごと引き下がった将の方。どうやらクロードより、血の地位の低い方であったのだろう。

 けれど本来なら……たかだか長である俺の、更に部下となるクロードは、役職的な地位が無いに等しい。

 将であるあの方は、クロードより立場が上であると主張することも可能だった。……しなかったけど。


 まぁ、後々を考えたら、主張できるからってしないよな……。


 そう振る舞ったことが、役職を離れた時に悪く影響するかもしれないと、大抵の人は考える。

 だから、最も高い位を基準に行動を決める貴族が多いのだ。

 つまり、俺が侮られるのは、侮っても問題無いという判断の元、そう振る舞われている。仕方がないこととはいえ、なんとなく気落ちしてしまう。


 サヤを守るためにも地位を固めろ。って、陛下にも言われているけれど、まだまだ先は長いってことだ……。


「クロード、ありがとう。

 すまない……こんな些末ごとにまで、貴方の手を煩わせてしまう……」


 こんな優秀な人を、こんなしょうもないことに使いたくないのになぁ……。

 そう思いつつ謝罪したら、私はこのためにいるのですよとクロード。


「まだ始まったばかりの役職なのですから、致し方ないことです。

 それに、レイシール様が悪いのではございません。貴方の業績を理解できない、見識の低い方々が悪いのです。

 年齢が若いというだけで相手を低く見ようとする……。この王宮に昔から蔓延る悪習の一端を担っていた身として、申し訳ないばかりです」


 そんな風に俺を擁護してくれた。

 こんな有難い部下がいて良いのだろうか……。

 そんな優しいクロードであったけれど、席に座ってこちらを見ようともしなかったリカルド様に、何やら腹が立ったよう。


「兄上も、傍観などせず止めてくだされば良いでしょうに……」

「リカルド様は、俺の立場を悪くしないよう考えてくださっただけだよ。

 赤騎士団の湯屋の話題で俺を庇ったら、贔屓してるみたいに思われてしまうから」


 あれでリカルド様、ずっとソワソワしてたしね。と、伝えたら、溜飲を下げてくれた。


「あの兄の表情を読めるだけでも、レイシール様の凄さが垣間見えると思うのですが……」

「…………ははっ」


 リカルド様と深く接すれば、結構皆分かってくると思うのだけど……そこに踏み込むまでの勇気が必要って話なんだよな……。


 そうこうしているうちに、人も揃ってきたよう。

 騎士団の将の方々が俺に絡んできたのは、人目の少ないうちに無理をごり押ししておこうと思ったのかもしれない。

 大臣方が入室して来だしたら、どんどん空気が変わって、緊張を孕んできた。

 春から四ヶ月、その間の業績発表だものな……。緊張しない方が無理というもの。


 それぞれが席に着いて、少し経った頃、陛下のお成りと声が上がった。

 始まるようだ……。

 俺は居住まいを正し、クロードも俺の隣の席に着いた。

今週ちょっと内容少なくなった。申し訳ないです。

来週から王都をがっつりお送りしたいと思っております。


では、来週も金曜日の八時から、お会いできることを楽しみにしています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回は繋ぎっぽい感じですね。次回、オゼロとの関係はどうなるか。 あとやっぱクロードさんが強すぎぃ! >>かなり特殊な形だな……片刃なんて初めて見た。こっち側、なんでこんなにギザギザしてる…
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