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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十三章
394/515

過去の枷

「家名を拾い直すことはできませんが、身の保証として小剣の家紋がございます。学舎の在学歴も残っているでしょうから、照合もさほど手間ではないでしょう。

 今回手続きをしておけば、今後はそれも不要となるでしょうから、お手は煩わせません。

 よって、王都での警護は私めにお任せください」


 もう決定事項である。という風に言葉を綴ったオブシズ。

 …………いや、しかしそれは……。


「レイモンドや、バルカルセ家の者に、ヴィルジールとして鉢合わせしてしまうことが、あるかもしれないんだぞ?」


 特に今回は、オゼロのダウィート殿にお会いする可能性が高い。そうなれば、当然レイモンドがついてくるだろう。


「無論、承知」


 無論というか、それはお前……。

 今回のことの、責任を取っての行動……と、いうことか?


 顔を覗き込むと、二色に色が滲む瞳に、並々ならぬ決意を伺わせる、強い意志と、後悔があった。

 家名を捨てたとしても、貴族として振る舞うこと自体は可能だ。

 ルオード様がそうであるし、ダウィート殿だって、多分同じ。

 けれど、家名を捨てて貴族社会に身を置くというのは、並大抵のことではない。(しがらみ)と共に、身の守りも捨てるのだ。

 あのお二方は、公爵家や王家の柵の内にいる。けれど俺は男爵家の成人前。俺の守りでは、無いに等しい。


 なによりオブシズの実家は、彼を一度は処分しようとした……。それが今、どうなっているのかも分からない。

 貴族の処分とは即ち……死だ。


 だからこれは、承知できない。


「……オブシズ……。この前も伝えた通り、甘かったのは俺の判断。オブシズに落ち度は無かった」

「いいえ! 私は貴方の指示に否を唱えるべきでした。

 レイモンドと直に接したことがあるのは、私だけでした。

 私は、危険を承知しておきながら、判断を、誤った。あってはならない過ちを犯したのです!」


 強い口調でオブシズは言い切った。

 それだけ彼は、今回のことを重く受け止めていたのだろう。

 けれど……二十年もの間、ずっと心の奥底に仕舞い込んでいた、彼にとって最も重く、大きな心の傷がレイモンドとバルカルセ家の過去なのだ。

 それが分かっていたから、俺もマルも、オブシズを関わらせないという判断を下した。


「今回は、運が悪かった。

 けれど、選択は間違っていなかったと、俺は思っている」

「運で済ませて良い話ではありません!」

「オブシズ。俺は、お前が否を唱えていても、同じ選択をした」


 オブシズの責任の問題ではない。獣人の潜む村であるから、この選択をしたのだ。

 オブシズの特徴的な瞳を、レイモンドは獣人由来の色ではないかと言った過去がある。それを引っ張り出されないようにだ。


「吠狼の獣人らを刺激しないため、レイモンドにお前を近付けないことを選んだんだ。

 だからこれは、オブシズの過失ではない。

 このことにお前が責任を感じる必要は、一切無いんだ」

「……では、責任云々は関係なく、私はヴィルジールに戻ります。

 王宮内での警護、武官は必要です」

「それは必要無い。手続きさえ済ませれば、オブシズで行動できるだろう?」

「お手を煩わせると言っているのです。ヴィルジールである方が、あなたの警護には有利。ご承知ください」


 オブシズは頑なだった。譲る気は皆無であるよう。

 それは今回のことが、それだけオブシズにとって、大きな事件だったということなのだろう。

 だけど、ヴィルジールと名乗ることにこだわる理由が気になった。


「今のままで良い。オブシズのままで」

「良くない! 守らせてください……お願いします!

 手の届かない場所で、いつの間にやら道を閉ざされている。そんなことはもう、嫌なんです。

 どうか、聞き入れてください。私は……俺は、お前を犠牲になんて、したくないんだ!」


 追い詰められたようなその口調。犠牲という言葉。綺麗な瞳の奥に、大きな悲しみと、決意の色を見たと思った。

 そうか。

 父親のことだ。

 オブシズは自分の過ちで、父親を苦しめてしまったと考えている。オブシズの些細な行動が、父親に心労をかけ、身体を悪くさせて、結果死に至ったのだと。

 そうだな……。死んだ人は、何も言ってくれない。現場を知らないから、何も分からない。想像を膨らませるしかできない。そしてそれは、負い目がある以上、悪い方向にしか考えられないんだ……。

 だけど俺は…………、そんなオブシズと、似た境遇だった俺は、彼に言えるのじゃないか。お父上の心を、代弁できるのじゃないか。

 前にオブシズが語った、父親の像。どんな人だった? 彼は、なんて言った?


「お父上は、きっと後悔など、していなかったと思うよ」


 俺の唐突な言葉に意表を突かれたのだろう。

 オブシズは動揺を隠せず、口を閉ざした。

 そうだろう? 今まさしく、父親の姿を、思い浮かべていたはずだ。

 オブシズを、こんなふうに育てた人。その想いを、拾え。


「オブシズの父上は、実家でずっと、静かに過ごしていた方だった。目立たぬようひっそり。息を潜めるように。

 それまで家長である兄上に逆らったことなどなかった。そういう人だったんだろう?

 だから誰も、学舎を辞めさせられてオゼロ領に戻るオブシズを、捕らえようとしなかった。

 オブシズは、間違いなくこの父の手によって差し出されるだろうって、周りは疑ってすらいなかったんだ」


 オブシズの父上は、きっと家長の命令に、あっさり首肯したのだろう。

 反抗の意思など欠片も無いのだと示した。それがとても当たり前で、自然だったから、皆がそこに疑問を挟まなかった。


「だから意表がつけた。オブシズの父上は、徹頭徹尾、揺るがなかった。全力で貴方を守ると、決めて動いていたんだ。

 父上は、今生きておられたとしても、貴方を絶対に、バルカルセに引き戻そうだなんて、されなかったと思う。

 オブシズ……、貴方の父上はね、貴方を守り切れたこと、きっと誇らしく思いこそすれ、後悔なんてされてなかったよ。絶対に」


 貴方が間違ってもバルカルセに戻ってこないよう、自分のことを顧みないよう、縁を切るって、言ったんだ。

 命を取らないのが、せめてもの温情と理解せよ……。それは、なによりも命を大切にしてくれって、その言葉の裏返し。


「不器用な人だったんだろう? だから、オブシズが絶対に実家を顧みなくて済むよう、そう言ったんだ。

 だからなオブシズ、俺は、貴方が今、名を取り戻すことは承知しない。

 オブシズが自分の意思で、ヴィルジールを取り戻したいならば協力する。貴方の命を取られないよう、バルカルセとの交渉だって引き受ける。

 けれど、そこにレイモンドが絡むことは許さない。

 あんな奴に、オブシズの髪の毛一本たりとて、与えたくない。心の欠片だって、使ってほしくない。

 分かるかな……難しいな、どう言葉を選んで良いものか……。

 今、そんな表情をさせてる……その気持ちで、ヴィルジールを名乗るべきじゃない。貴方がその名を取り戻す時は、胸を張ってでなきゃ、駄目だ」


 オブシズは、レイモンドの視線を自分に向けさせようって魂胆で、これを言ってる。

 ヴィルジールの名を取り出してきたのは、明らかにレイモンドを意識しているからだ。


 名前で釣って、標的を自分へ切り替えさせ、過去の怨恨という形で……最悪は、レイモンドを手に掛ける。そのことすら、視野に入れてる。そんな手段で決着をつけようとしている。

 許せるか、そんなこと。断じて許さない。


 あんな奴のために、オブシズのこの先の人生を、天秤にかけては駄目なんだ。


「オブシズ。これは貴方個人の問題ではない。

 だから、私怨での行動は許さない。そういった動機で王宮内に立ち入ることも許可しない」

「レイシール!」

「会合くらい、武官が不在でも切り抜けられる。その次の十二の月の会合。それまでには武官の採用を考える。それで納得しなさい」

「レイシール、お前は立場が弱い、弱点はひとつだって多く減らすべきなんだ。

 それをちゃんと分かって言っているのか⁉︎」

「分かってる。そんなことは最初から!

 だからって、それに対処する度にいちいち身を削られてたら、余計不利になるだけじゃないか!

 俺は、あんな小者の対処に、貴重なオブシズは使わない! それ以上言うなら、王都に連れて行かない!」


 俺の剣幕に、オブシズはそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 俺が本気で、拠点村への留守番を言い渡すことを、恐れたのだろう。

 か細い声で、申し訳ありません……と、謝罪の声。


「バート商会で留守番。それを飲み込むならば王都行きを許す」

「…………レイシール様……」

「拠点村に残るか?」

「…………っ、同行、します……」


 言質を取り、無理やり押し切った。

 多分王都に着いてから、また一悶着あると思うが、置いていくと、それはそれで無茶なことしそうだしな……。

 とりあえず見える範囲にいてもらう。そう言うことで折り合いをつけた。



 ◆



「良いですよ。武官の代わり」


 連れていく人員の中で、オブシズの代わりに武官ができそうな人物……と、考えた結果、ユストに白羽の矢が立ったのだけど。

 彼はあっさりと承知してくれた。良かった、ほんと助かる……。


「医官なんて普通の家には置いてないですからね。

 誰も怪我や病気をしないでいてくれれば、俺の仕事は無くなるんで、武官しますよ」

「よし。じゃあみんなの健康管理には最大限注意しよう」


 ふぅ。と、息を吐くと、ユストは笑って「苦労が絶えませんねぇ」と俺を茶化す。


「でも、武官かぁ。俺もセイバーンの衛兵や騎士にしか知り合いがいないしなぁ……。

 十二の月までに確保っていっても……どうするんです?」

「うん……どうしようかなって思ってる」


 なにせ、学舎を辞めてからは引き篭もりで、貴族との縁を作っていなかったものな。

 王都に行けば、学舎の友人にも会えるかもしれないし、相談してみようとは思っている。


「とはいえ、もう立場を持つ身だろうし……色々裏が絡むだろうからなぁ」

「あのヨルグさんやテイクさんは駄目なんですか?」

「ヨルグには店があるし、テイクも賄い作りがあるしな。

 それにあの二人は、確かに剣の腕はそこそこだけど民間人だから、貴族絡みの……しかも命がかかってきそうなことには巻き込みたくない。

 ……テイクは更に厄介ごとを呼び込む性質だから、連れ歩きたくない……」


 むしろ女性絡みの危険が寄ってきそうで嫌だ。


「トゥーレが無事に育って、いつか武官になってくれると良いですねぇ」

「気が早いよ。最短でもあと七年は必要じゃないかな」

「でも、サヤさんが成人して男爵夫人になったら、武官更に必要になりますよ。育てる方向でも、考えた方が良いと思います」

「…………あー……うん、考えとく…………」


 そうだな。サヤが貴族入りしたら、サヤにも武官は必要になる。

 だけど男は……苦手なままかもしれないしなぁ……。女性の武官となると、やはり育てる方が早いかもしれない……。

 王家が探してやっと確保できたのがたったの六人という状態だ。このままでは、女性の武官は確保できないに等しい。


 武官確保の相談に行って、問題は解決したはずなのに、更に武官確保の問題が湧いた気分だ……。


 頭を抱えながら部屋に戻った。

 まぁでも、一応目処は立ったし、明日には出発できるだろう……。



 ◆



「では、気を付けてな」

「父上も、仕事は程々に。体調優先でお願いします。

 ウーヴェ、アーシュも、村のことを頼むな」

「はっ」

「畏まりました」


 翌朝は、快晴。

 朝の早いうちに最低限の仕事は済ませ、職人らが働き出す頃合いに出発となった。

 並ぶ馬車は荷物用の荷車を含めて四台で、馬車を囲む護衛の騎士は三名のみ。

 まぁ、見えないだけで吠狼の護衛も数名ついているし、アイルとジェイドも騎乗し、護衛よろしく馬車を囲む中にいる。武官のオブシズも騎乗。だから馬車列を六人の武装者が囲んでいる形だ。

 そして、帰りには七人になる予定。


「残って休めば良いのに……。馬車の揺れが響くと治りが遅くなるぞ?」


 絶対についていくと駄々をこね、結局ついてくることになったシザー。最後の念押しにそう言って脅すと、スッと何かを差し出された……何? 長丸と四角。二つの枕のようだけど……。


「足の傷に馬車の振動が響かないように考案した、膝用の枕です」


 サヤの注釈に、こっくり頷いてみせるシザー。

 準備万端だから大丈夫。と、言いたいらしい……。ユストの許可がおり次第仕事復帰すると、息巻いている。


「サヤ……」


 いつの間にこんなの作ってたの……。


「まぁ良いじゃないですか。レイモンドがいる可能性高いんですから、少しでも警備は厳重な方が良いですよ。

 こっちはなんの痛手も被っていないと、見せつけてやるのも一興ですしねぇ」


 マルがそんな風にとりなし、俺たちは渋々馬車に向かう。

 六人乗り用の馬車が二台と、四人乗り一台。その三台に分かれて乗り込むのだけど……。


「あ、ちょっと待ってください。お見送りみたいです」


 サヤに呼び止められて足を止めた。

 お見送りったって、誰がだろう? 一通り、いるように見えるけど……と、辺りを見渡すと、人垣のずっと後ろの方から、かき分けて進んでくる小さな影。


「お父様!」


 聞こえた可愛い声。

 つばの広い帽子を被り、この夏空の下でも長袖、手袋、陽除け外套を纏う、小柄な姿。白い布がフワフワとはためいている。


 気付いた周りが慌てて飛び退いて、前が開けて、小さな影はつんのめった。それをサッと駆け寄ったクロードが、掬い上げるように抱きとめる。


「どうしたんだいシルヴィ。陽が高いというのに」


 本当だ、シルヴィ。家の外に出ている姿など、初めて目にした。


「サヤお姉様が、帽子を作ってくださったの。だから、その試験と、お見送りにきたの」


 息を切らせたシルヴィの帽子は、なんとも不思議な形をしていた。

 陽除け外套に使う薄衣を、帽子のつばに取り付け、垂らした様な……。シルヴィの肩幅よりも広いつばの帽子も珍しいが、布が垂らされているものなど、初めて目にした。

 その布には赤い丸紐の飾りが数カ所垂らされていて、花結びの飾りが途中に付いている。薄衣がはためき過ぎぬよう、細やかな抑えになっている様子。


「だけど転んでしまったら、その帽子も外れてしまうだろう?」

「外れないわ。首の下で括るようになっているもの」


 顔の前に垂れた薄衣をひらりとかき分けて、シルヴィが顔を晒したら、周りからおおぉぉと、感嘆の声が溢れた。

 白い髪が見えて、それに驚いたのだ。

「何あの妖精! 髪が白……っ」と、テイクの声が聞こえた気がしたけれど、きっとヨルグが口を塞いで黙らせてくれたのだろう。声は途中で途切れた。


「この飾り紐に釦をひっかけるとね、前が開くの。お父様のお顔も良く見えるわ。

 つばが広いから、顔に陽の光も当たらないし、平気よ」

「申し訳ありません、長く離れますので……試作品を試しておいてもらおうと、お渡ししてきたところだったんです」


 サヤがそう説明していると、パタパタと走ってきた女中。そしてセレイナの姿。

 息を切らせているから、シルヴィを探していたのだろう。


「あなた、申し訳ありません……、この子ったら、急に、お見送りに行くと、走り出してしまって……」

「シルヴィ、お母様を撒いて来たのか」

「ごめんなさい……。だって、早くしないと行ってしまうと、思ったの……」


 しゅんとするシルヴィ。

 その愛らしさと神々しさに、周りがあぁとか、ふわぁとか、謎の声を発する。

 薄絹で隠された顔が晒されたから、余計に神秘的に見えてしまったんだな。


「私の国で、市女笠と呼ばれていたものなんですけど……、元々陽除けと虫除けにって考案され、使われていたんです」

「あぁ、ここ最近作っていたの、これだったのか。てっきり干し笊を改良しているのかと思ってた」

「あ、確かに形が似ていますね」


 俺たちがそんなやりとりをしていると、クロードの腕から下ろされたシルヴィが、くるりと一回転して帽子の様子を見せてくれた。

 フワッと広がった薄絹。一枚布ではなく、数枚が少しずつ重ねられ、つばを取り巻いていたようで、広がると切れ目があった。

 けれど、シルヴィが回転を止めると、飾りの丸紐で抑えられ、さっと元の位置に戻る。

 そしてこてんと首を傾げ、はにかみながら「どうかしら」なんて言うから、もう愛らしさで顔が溶けるかと思った。


「可愛いっ、これは可愛い!」

「レイお兄様、本当?」


 本当だとも! 愛らしくて抱きしめたくなった!

 そう言ったら、満更でもないといった笑顔。


「お父様は?」

「うん。とても似合っているよ。……今度、仕事から戻ったら、一緒に散歩でもしてみようか」

「嬉しい! お父様、約束ね? 私、良い子でお留守番しておくわ!」


 一瞬だけ、シルヴィの表情が陰り、寂しさを滲ませた。

 けれど、父を心配させまいと、気丈に……なりきれず、眉の下がった笑顔を一生懸命作り上げる。

 いや、天使だ。こんな愛らしい姿を見せられたら、みんなが頷くしかない。


「しっかりお勤めを果たしてきてね」

「あぁ。お土産を持って、戻ってくる」


 シルヴィを抱き寄せ、頬に軽い口づけ。

 そうして、セレイナも抱き寄せて、さっと抱擁を交わし、クロードは馬車に向かった。

 俺たちに手を振ってくれるシルヴィに、俺とサヤも手を振り返して、クロードに続く。


「旅立ち前に心が和んだよ……ありがとう」

「いえ、お恥ずかしい……陽の光の下で娘を見れて……つい私も、舞い上がってしまいました。

 サヤ、娘のためにありがとう……」

「いえそんな。喜んでいただけて、良かったです」


 俺たちは真ん中の、六人乗りの馬車。

 ハインは御者台。中は俺とサヤ、マル、クロード。

 俺の隣に、少し間隔を開けて座ったサヤに、辛くなったら早めに言うようにと注意したら、大丈夫ですよと微笑んでくれた。


「……やっぱりメイフェイアも呼ぶ? それとも女性だけ別の馬車に集まって乗るとか……」

「大丈夫ですから! それに、少しずつだって練習が必要です」


 また、きっと大丈夫になるんですと、サヤが言う。

 六人乗りの馬車を四人で使うのだから、中は広く間隔を取れる。

 今はそれで充分ですと言うから、渋々受け入れた。その様子をクロードに笑われる。


「仲睦まじくて良いですね」

「……クロードだってセレイナに抱擁していたじゃないか……」

「それは勿論、妻ですから」


 にっこりと笑って、余裕綽々と返される……。くっ。大人の対応を見せつけられた気分だ……。

 そして心の隅っこで、良いな……と、羨んでしまう。

 良い……な。触れられるって。あの時間を、また取り戻したい。だけど……焦って、サヤを追い詰めることはしたくないのだ。だから、今は気にしないフリをする。


「でもさっきのイチメガサですか? 良いですねぇ。なにか異国の風情を感じました。陛下にも作って差し上げればどうです? 喜ばれるんじゃないですかね」

「あぁ、実は今、色眼鏡も試作中なんです。両方が完成したら、陛下にもと思っているのですけど」


 マルの言葉に、サヤの返答。

 それを聞いて、まず思ったのは……。


「……どうかなぁ、あれを渡したら、女中を影に仕立てて逃げ出されそうな気がするんだけど……」

「…………有り得ますね。いえ、やりますね、陛下なら」

「やるよな……絶対にやる」


 俺とマルの会話にクロードは苦笑。サヤも困ったように微笑む。

 誰も否定しない……。


 陛下の印象は、皆共通なのだと実感した瞬間だった。

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