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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十三章
392/515

準備と後始末

 それから然程の日数もかからず、雨季が明けた。


「今年も、氾濫が無かったか。喜ばしいことだ」

「あの堤は充分機能を発揮するということが実証されましたね。おめでとうございます」


 報告に来たアーシュとクロードを前に、長雨の中の職務遂行、大変有難かったと礼を伝えた。

 アーシュは無言で一礼するのみであったけれど、クロードは「大変有意義な経験でした」と言葉を添えてくれた。


「水の逆巻く荒れ川は、凄い迫力でした。これを制御しうることに成功したというのは、なんという偉業かと」

「制御できているかどうかは、まだ分からないよ。今年も無事であったというだけだしな」

「……まだ、氾濫の可能性があると?」

「無い。となる理由が無い。堤だって緩むし摩耗する。雨量だって、川の水量だって変化する」

「そうですね。確かにそうです」


 長く緊張を強いられる激務をこなしてくれた二人だ。暫くゆっくり休みを取りなさいと伝えた。

 去年、俺は十日の休みを全く有意義に利用できなかったし、長すぎて疲れたので五日ほどで良いか? と、伝えたところ……。


「娘とゆっくりさせていただきます」


 嬉しそうにクロードは笑ったのだけど、アーシュは……。


「私は必要ございません。休む理由がありませんので」


 いやいやいやいや……。


「休もう。最低二日は休もうか」


 とりあえず二日間の休みはゴリ押ししておいた。


「休んで目を離した隙に、主が野盗にでも襲われたらと思うと、休まりません」


 嫌味を忘れないアーシュさんです。


「もうない。あってたまるか」


 俺だって命は惜しいしね。



 ◆



 カーリンとエクラの退院が間近となった。

 なんとか徘徊許可をもぎ取り、今日は運動がてら、杖をつきつきカーリンの様子を伺いに来たのだけど、本日は片付けの真っ最中。

 エクラは小さいものの、特に不調もなくスクスクと育った。

 ひと月程度でこんなにか! というほど大きさが変わる。


「本当なら今くらいの大きさになってから出産になる予定だったんだけどねー」

「…………出てこれるの?」


 え、この大きさで? と、思ったのでそう聞いたのだが、ナジェスタとカーリンは声を上げて笑って……。


「出てこれないでどうするの!

 だから大抵のお母さん大変なんだってば!」

「人によってはもっと大きな子産むこともあるけど、流石に産道が裂けたりするし、事前に切ったりするよー」


 とか、なんか怖いこと言ってる!


「裂けるより切る方が治りが早いしね」


 いや、理屈は分かるけども!

 身体が裂ける痛みに耐えて出産って、相当だと思うのは俺だけ⁉︎


「だからレイ様も、サヤさんの時はほんと、大切にしてあげなきゃだよ。

 出産は命がけって、そこんとこほんと、肝に銘じてね」

「お腹大きくなって働くのはほんと危ないからね」

「それはカーリンが悪いんだからね! 貴女ほんと楽観視し過ぎ」

「もうしませんっ! いやもう、ほんとに……次はもっと気をつけるから」

「ヤダァ、もう次とか考えてるんだーっ!」


 キャッキャと楽しそうな女性二人。凄い仲良くなってる……。

 俺とダニルは顔を見合わせて、まぁ、悪いことじゃないよねと苦笑した。

 退院しても、子供の経過を診察するため、ふた月に一度はここに通うとのこと。


 その前に一旦戻り、結婚式の準備をしなければならない。

 雨季が明けたらって約束になっていたからね。



 ◆



 野盗襲撃の時も、治療院は大工や石工たちによって守られた。

 たまたま早くに鉢合わせした彼らが、最優先で治療院の守りを固めてくれたのだ。

 そのお陰で、カーリンたちの安全は守られ、怪我人の治療も滞ることなく、村の治安は守られた。本当に有難いことだ。

 日々食事処の世話になっている彼らは、ダニルの環境を理解しており、あそこが一番無防備だと考え、動いてくれたという。


「初めっからキナ臭い連中だと思ってたもんなー」

「ゴロツキみたいな目ぇしやがってと思ってたら、マジでゴロツキだったわ」

「まぁこの村には金がありそうって思ったんだろううけどよ……」

「とりあえず、俺らの方でも見回りくらいならすっから。なんか困ったら声掛けてくれよ」


 そんな風に言ってくれるのが有難いやら、申し訳ないやら。彼らにとっても、ここは自分たちの村! という意識があるのだという。だだっ広い野っ原の状態からここまで立派なものにしてきたのだ。その自負は当然強いのだろうな。


 大工らにも怪我人はいたけれど、皆元気。

 雨季が明けて、また工事再開だから、そういう意味でも張り切っているようだ。


 そうそう、雨季の間って基本的に仕事ができないことが多い。けれどここはまだ建設途中の村で、時間はいくらあっても足りない。だから、雨季に入るまでに、屋根までを完成させた家屋を量産しておき、雨季の間に内装作業や建材加工を行うよう、計画を組んでいた。

 空き倉庫のひとつを作業場として提供し、村の拡張計画なんかもここで。だから土建組合員らも通い詰めだ。


「普通なら雨季の間は滅多に仕事ねぇのに、ここじゃ仕事あるんだもん。ほんと有難ぇよ」

「あと一区切りごとに支払いが入るっていうのがほんと助かります。大抵終わってからだから、借金の利子も馬鹿になんねぇんだよな」

「雨季の間は建材加工。これ確かにありだわ。規格揃ってっから使うって分かってるしできるんだなぁ」


 ウーヴェは職人の生活をよく知っており、それを踏まえて建設計画を纏めてくれている。

 更に、大工らと相談し、雨季にできる作業というのを事前準備。長雨の間も工事を続けるということをこなしてくれていた。

 お陰で村の建設は順調そのもの。少し遅れていた分も、この期間に取り戻してくれたよう。

 それどころか、この先必要であろう建材の加工を雨季に行うことで、大幅な時間の短縮を果たしていた。


 人材探しも、職人の管理もあるのに……働きすぎじゃないかと心配になる……。


「職人の管理はリタがやってくれているようなものですし、村建設の方はシェルトがだいたい担ってくれますから、手間は然程でもないのですよ」


 ちょくちょく使用人を増やしたりもしているそう。

 現在ブンカケンは、領主の館と成り果ててしまったここをそのまま領主の館とし、ブンカケンを新たに新設しようと考えている。

 なにせ兵舎やらなんやら、当初よりかなり規模が違ってきているものな。

 とはいえ、場所が離れてしまうとそれはそれでやりにくい。なので、増築という形で領主仕事用の場所と、ブンカケン仕事用の場所を分けようとしていた。


「でもこれ会合後だな……」

「ですね。今考えている余裕無いです。一応予定だけは頭に入れておいてください」


 一年でこんなことになるなんて、当初は考えてなかったなぁ……。



 ◆



 そんなこともあり、もうこの村に定住すると決めた土建組合員や、大工、石工らも増えた。

 通常、大工や石工というのは、土地に定住しにくいとされている。特に石工だ。


 石の加工というのはあまり日常的にある仕事ではない。そのため、各地を渡り歩きつつ仕事をしている石工が多く、彼らは遍歴職人と呼ばれている。

 彼らが定住する機会を得られるとしたら、かなり大きな神殿を建設する場合や、村に元々いた石工が死亡した時や、定住石工の家庭へ婿養子に入るなりした時くらい。

 だがここは出来立ての村であったし、まだ定住する石工もおらず、何より、仕事があった。


「普通石工の仕事ってのは、終わったら無くなるもんだけど……ここは水路の管理もあるし、そもそも村の拡張が続いてる。

 ずっと流民よろしく漂うしかないと思ってたのに……ここに巡り会えて運が良いよな、俺たち」


 明らかに石工一人でどうにかできる仕事量ではないので、何人もの石工を村に置いても問題が無い。

 それに、交易路計画にも石工は欠かせない。完成後にだって、舗装の整備仕事が定期的にあるからだ。


「交易路が張り巡らせれたら、石工の定住は各地でも増えると思うよ。道の管理に欠かせなくなるから」

「すげぇよほんと。世界の形が変わる……」

「それは大袈裟だろ……」


 大袈裟なもんかよと石工らは笑った。

 彼らは流れることが当然として生きてきたけれど、やはり、流れたくて流れているわけではない者が、圧倒的に多いのだ。


「何より流れてっと、結婚なんて夢だもんよ……。独り身で死ぬ遍歴職人はほんと多いんだぜ」


 若くして死ぬ者も多いという。旅生活であれば当然、自然の脅威に晒されることも増えるからだ。


「だから……ほんとすげぇよ。すげぇことしてるんだよ」


 そう言った石工の元に、弁当を持って走ってくる少女の姿。

 彼の結婚も近いかもな。



 ◆



 ブリッジスと捕縛した野盗一味は、バンスに移送することとなった。

 まだ拠点村には、犯罪者を長期間拘束しておけるほどの施設が整っていない。

 元々ここに領主の館が移ってくる予定がなかったのだから仕方がないのだけど、カタリーナのこともあるし、あまり奴をこの近くに置いておきたくなかったという理由もあった。

 ブリッジスにはどうせ近いうち、ヤロヴィから多額の賠償金や、貴族からの嘆願書が送られてくることになるだろう。


「金持ちは命を金で買える……」

「資金はいくらあっても良いですからねぇ。あんな命がこんな大金に化けるならば儲けものですよ。

 はい。カタリーナの離縁、書類はこれで整いましたので、送っておきますね」

「釈放されたらまたレイモンドと結託したりしないのか……」

「しないでしょうねぇ。自分が捨て駒に使われていたって自覚はあるでしょうし、命を拾えただけ運が良かったですが、普通は斬首されてます。

 それが分かってもう一回レイモンドとつるむ気概があの男にあるとは思えませんね」


 貴族に刃を向けたのだから、当然そうなっても文句は言えない。

 けれどマルは、彼を泳がせる方を選択した。


「中途半端に残っている方が、レイモンドには鬱陶しいでしょうし……」


 計画は失敗し、何も得られぬ上に、捨て駒にした奴は野に放たれ、下手をしたらこっちを恨んでいる……という状況は、確かに鬱陶しいかなと思うけども。


 ヤロヴィの資産を計算したマルによると、支店二つを畳むほどの賠償金額であるという。

 現在本店の後継が病床に伏し、実質ブリッジスが握っている店だからこそ支払える金額であるが、本来ならば切り捨て対象だろう。

 まぁ貴族の暗殺を企んでおいて、よく命が助かる方向で納得してもらえたねって話なのだ。


「ふふふふ、王都とプローホルの支店は潰れて、オゼロに引っ込むことになり、使用人や同業者らの信頼は失墜。まともに今後を続けることは無理でしょうね。

 せいぜい色々足掻いて、墓穴を掘り進めてもらいましょう」

「………………」


 貴族に嘆願書をお願いするのにも結構な金を使うことになるだろう。だから実質ブリッジスは立ち直りようがない。

 近いうちに頓挫する未来しか、残されていないのだ。


 無論、賠償金を払えない使用人や野盗らは罪を逃れることはできない。

 だがそれは仕方がないことだろう。


「まあ、賠償金が届くまでに、まだたっぷりと時間はありますから、情報の方も絞りとっておきますしご安心ください」

「うん。任せる」


 マルの心をえぐる尋問に、精神が耐えられなくならなきゃいいなと思いつつ、俺は状況を伝えるためにカタリーナの元に向かうことにした。

 まだ杖を付いている状態のシザーは休養中なので、オブシズがつきっきりで俺の警護にあたっている。

 今日はサヤも一緒なのだけど、俺たちより少し距離をとっている。現在彼女が保てるギリギリの距離がそれなのだ。


 孤児院に赴くと、丁度中庭を耕しているところで、孤児らの中に混じり、元々農家であったユミルとカミル、そしてその祖父であるエーミルトがいた。

 幼年院の中庭には、実は結構な大きさの畑がある。

 サヤの国の考え方で、食育というものがあり、食べ物を育てることでその有り難みを学ぶのだそう。また、何かを計画的に行うことの修練にも良いのだという。

 孤児院にいる子供たちには、出来る限り色々な経験をさせてやりたいと思っていたから、これをこの幼年院にも取り入れたのだ。


「エーミルト、久しぶりじゃないか」

「おぅ、御子息様。またぞろ結構なことになっておったようで」

「……いや、迷惑をかけて申し訳なかった……」

「あんなもの、予測できるもんじゃありゃしません。ご無事でようござったわい」


 木箱に座り、そう言うエーミルト。

 ……なんだろう。ずいぶんと元気そうと言うか、村に来た時よりもずっと、今日は若々しく見えるな。

 そう思いつつ、視線の先を追ってみて、理由が分かった。

 畑……。彼は、畑を見ていたんだ……。


「やっぱり畑はええですな」

「そうだな……。ここでの生活は、苦じゃないかい?」

「ずいぶんと楽をさせてもらっとります。けんども、やっぱりワシは、農民なんでなぁ」


 足腰を悪くしても、ずっと耕してきた畑。それが彼の人生だった。

 孤児院の畑に色々植えてみようとなった時、この村の農民は彼らだけだったから、指導をお願いしたのだけど……。

 そうだな。やはり、畑は良いか。


「何を植えるんだ?」

「菊苦菜と萵苣、芹ですな。十の月には収穫して、麦を植えますんでの」

「たったふた月で収穫できるんだ」

「葉物ですんでな。これがよう育つ土ならば、麦にも適すと言われとります」

「へぇ……そうなのか」


 それは初耳だな。

 ……そういえば、前サヤと、麦の農法について、エーミルトに相談しようと話していたのだっけ……。


 ふと、考えた。

 近く、そろそろコダンをこの村に呼び寄せて、試験畑を準備し始めるかと言う話が出ている。

 昨年の十の月辺りにセイバーンへと招いたコダンであったけれど、土地の痩せていたオーストと、セイバーンでは農法が随分と違う。

 そのため、一年間はセイバーンの農法や農地の観察を行っていたのだ。

 麦の収穫も終えたし、その一年がほぼ経過したことになる。


「……ねぇ、エーミルト。近く、試験畑の運用を始める予定なんだけどね。

 麦の収穫量は、今よりもずっと増やせるかもしれないという話があるんだ」


 作業をするユミルとカミル。

 それを手伝う子供たちと、見守る職員。そんな風景を眺めつつそう口を開くと、ほう。と、エーミルト。


「エーミルトはコダンと接点はあまり無かったよな。

 彼に、麦の収穫量を上げる研究をしてもらう予定で、農法の情報や指導を行える者を探している。

 試験畑はこの村の外れにあるから、少し大変かもしれないんだけど、そこの研究員になってもらえないだろうか。農業の指導係という感じで」

「こんな足腰で良いんですかな」

「従来の畑とは違うんだよ。

 試験だからね。例えば……寝台ほどの小さな畑ごとに、育て方を変えるんだ。

 それをした結果がどうなるか……というのを、観察し、記録し、収穫量にどう影響するかを調べる形になる。

 体力のいる仕事は若手や小作人に任せて良いんだ。コダンと相談しつつ、どんな農法が最も麦を収穫できるかを研究してほしい。

 で、さっきの収穫量が増やせるって話なんだけどね。麦は踏みつけると株が増えるらしい」

「…………ほう」

「そうすると収穫量が増えるのだって。俄かには信じ難いが……試してみたいだろう?

 コダンは土に混ぜ物をする研究に没頭しているから、エーミルトには苗をどう育てるかを考えてほしいんだよ」


 そう言うと。ふむぅ……と、唸ったエーミルトは立ち上がり、カミルに畝が低いと指示。もう少し土を盛るように言った。

 手本として少し作ってみせて、また木箱に戻ってくる。


「もっと増える……ですか。どれほどのもんなんでしょうな……」

「一粒を十粒にするくらいのことは、案外早く達成できる目標だと思っている。

 一粒を二十粒くらいにできれば、凄いんだけどなぁ……」


 現在のフェルドナレンの平均は、マルの計算だと四粒前後だそうだ。セイバーン村周辺は八粒前後。

 十粒となれば、一般的な収穫量では二倍半。夢のような話だが、セイバーンならばほんの少し増えたくらいのものとなる。

 麦を踏む……という手法が取り入れ可能ならば、これは達成できそうな気がするのだ。

 それに……目標くらい、高くても良いと思う。


「なんとも夢がありますなぁ」

「根気がいる作業だよ。

 だけど、一度に何通りも試せるし、上手くいけば各地に伝える。そうすれば、失敗を恐れず挑戦できるのじゃないかって思うんだ」

「ワシは字なんぞ書けんけども」

「大丈夫。カミルが幼年院で覚えてくるさ。

 それに合わせて、ここの畑もたまに見てもらえると、助かるかなぁ」

「湯屋の管理は?」

「あれは肉体労働で、エーミルトには少々堪えるだろう?

 カミルも幼年院が始まったら、日中はいないし……人手も増えたから、また他に探すよ。

 因みに研究員だから、収穫量は収入に直結しない。月ごとに給料を支払う」


 セイバーン村の若者や、継ぐ畑を持たない小作人なども雇う予定。

 だから、エーミルトが耕さなくても良い。彼らを使って、色々試してくれたら良いのだ。


「まぁ、考えておいてよ。また来月に、答えを聞かせて」


 今はそこで話を終えておいた。

 ユミルやカミルとも相談しなきゃいけないだろうし。

 それに本日ここに伺ったのは……。


「カタリーナ」


 声を掛けたら、端の方で畑を見守っていたカタリーナが振り返った。

 その腰にはジーナがずっとしがみついている。

 この前の怖い体験から、ジーナは怯えたままなのだ……。


「少し、時間をもらえるかな? 今後の話がしたい」


 そう伝えると、カタリーナは居住まいを正し「畏まりました」と、綺麗に一礼した。



 ◆



「ブリッジスとの離縁、形は整ったよ。

 あとは書類を送るだけだし、書類に不備が無いことは確認済み。ここから覆されることはもう無い。貴女とジーナは、自由の身だ」


 そう伝えると、ペコリと頭を下げるカタリーナ。しかし、その表情は硬い……。

 ブリッジスがもう関わらないとしても、レイモンドの脅威が無くなったわけではないからだ。


「ヤロヴィは広げていた事業を大幅に縮小することになるだろう。

 貴女方への賠償金も、然程ではないが得られそうだと報告が入っている。その辺は後でまた、書類で渡そう。

 ……とはいえ、ブリッジスが貴女を手元に置く権利を失ったというだけで、あの手の輩は色々手段を講じてくる可能性がある。

 今回のように、相当手荒な手段が取られる可能性が捨てられない」

「多大なご迷惑をお掛けいたしましたこと、誠に申し訳なく、なんとお詫びを申し上げて良いか……」


 机に額がつきそうなくらいに頭を下げたカタリーナを、サヤがそっと押し留めた。

 戸惑うカタリーナに、微笑んで首を横に振る。

 カタリーナが謝ることじゃない。彼女は、政治的な色々に利用されただけなのだから。

 アレクセイ殿が俺たちに彼女を託したのに、意図があったかどうかは分からない……。

 神殿の何者かから情報が漏れたせいで、こんなことになったのだとしても、そこにカタリーナが謝る理由は無い。関わる方を選んだのは俺なのだ。


「貴女も、俺たちも被害者。貴女が謝ることはないよ。

 それで相談なのだけどね。

 もうブリッジスらが貴女を捕まえに来ることはない。ヤロヴィは使用人に至るまで、無断でセイバーン領内には立ち入れないから。

 そうなると、貴女は神殿の庇護下に身を置く必要が無くなったことになる。けれど、貴女がセイバーンを出ることは得策ではない。

 それで、貴女が良ければだけど、このまま拠点村に勤めてもらえないかと思い、相談に来たんだ。

 貴女は教養があるし、ジーナに字を教えたあの方法も、とても良い。工夫が凝らされていると思う。その指導力を、我々は欲している。

 これからこの村は、村の子供達が当たり前に文字を書けて、計算ができるという形を作り上げたく思っていて、そのための指導者が欲しいんだ」

「お待ちくださいませ。

 ブリッジスの手出しがなくなったと致しましても、私共は色々と、柵を抱えております。

 それで、これ以上のご迷惑をお掛けすることとなっては……」

「迷惑だなんて思っていない。

 何より俺は……。ジーナがもう一度、元気に笑って駆け回る姿を、見たいんだ」


 怯えて、母親にしがみついたままのジーナ……。こんな状態の子を抱えて、放浪なんてさせたくない。

 ジーナに、ここを怖い村だと思ってほしくない。なにより……せっかくできた友達を、また、引き離すようなことは、したくないのだ。


「……このまま、孤児院の管理者を続けてもらっても良いけれど、ブリッジスとの縁が切れたから、もう、引き篭っておく必要はないと思うんだ。

 貴女が懸念する柵だって、一応は切れていることになるから、今までのようなちょっかいは出せない。

 またあのような悪どい手段でこられたとしても……、もう、この村に、手出しなどさせない」


 村の警備体制は見直すし、これからも人手を増やす。今までより守りは硬くなる。


「それでね、貴女の立場の補強と、我々の利益。その利害関係の一致を図りたくて、貴女を研究員に誘いたいんだ」

「……研究員? でございますか?」

「そう。一般庶民の教育を行うといっても、まだ手探りの状態だ。貴族向けの学舎や、大店商家向けの学院と同じことをやるには資金が足りないし、そもそも一庶民にそんな料金は払えない。需要にも沿わない。

 だから、どのような教育が必要で、どう教えることが効率良く、望ましいか。それを模索しつつ、子供たちを教育していかなきゃならないんだ。

 その、子供の教育に関する研究を行ってもらう。

 で、研究員となってもらった場合、この襟飾を身に付けてもらう。地方行政官としての身分証明。

 王家の肝煎り事業の研究員だから、身の保証にはもってこいだろう?」


 陛下直属の俺。その配下だ。立場上は貴族に匹敵するから、表立った手出しは一切できない。

 子爵家当主のレイモンドであっても、俺の配下に手出ししたならば、それ相応の対応を取られることになる。

 ただ黙って泣き寝入りなんて、させない。


「焦って考えることはない。九の月にまた、返事を聞くから。それまではこのまま、ここの仕事を続けてもらったら良い。

 それじゃ、しっかりジーナと相談して」


 そう言い席を立った。

 良い返事が聞けたら嬉しいけれど……そこはまぁ、カタリーナ次第で良いのだ。

今週の最後になります。

勉強短編とか入るとマジでキツい……40000字とか毎週できるかな……。でも頑張るとりあえず!


というわけで、来週も金曜日の八時から更新を目指してまいります!

また来週もお会いできるよう、ラストに向かって頑張ります。

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