表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十三章
391/515

 サヤと話して、色々思うことを伝え合おうって決めていたはずなのに、それができていなかったことを、反省し、二人で頑張ることの、具体的な部分を共有した。

 サヤができなくなったことと、まだできることも、確認し直した。

 お互いがこれから意識しなければいけないことは、何よりもまず情報を共有すること、お互いの状態をきちんと把握することだねと。


「私は、レイが誓いを違えたとは思うてへん。

 レイは元から立場を優先することもあるかもしれへんって、ちゃんと私に言うてくれてたし、私もその立場に身を置くことになる。

 それに、子供たちの危険を顧みずに私を優先されてたらって考えた方が、嫌や。

 せやから、そういう風には考えんといて」

「ありがとう……」

「……謝らなあかんのは、私の方……。

 レイに、触れるの…………レイが怖いわけやないのに、かんにん…………。

 口づけの約束も、守れへんように、なってしもうた……」

「え? 確かに唇は、当分我慢しなきゃいけないかもだけど」


 サヤの髪をさらりと掬って口づけしたら、ボッと顔を赤らめる。こんなところにまで神経が行き届いているかのような反応。可愛い。


「俺はサヤと一緒にいれるなら、これだけでも充分幸せ。

 それに、どちらにしても婚姻はまだまだ先なんだし。それまでにまた、ゆっくり慣れたら良い。

 そんなに焦らなくても、大丈夫。きっとまた、触れ合えるようになるから」


 確かに、今までより距離感はほんの少し開いた。当分口づけどころか、髪以外に触れることもままならないだろう。

 だけど気持ちは、今までよりずっと、寄り添えたような気がしてる。


「またできるようになったら、いっぱいしよう」

「…………その言い方……」


 真っ赤になった顔を両手で覆ってしまう、そんなサヤの可愛さを愛でているだけでも楽しいよね、俺としては。


 そうこうしているうちに、思った以上に時間が経っていたようで、心配し、痺れを切らしたギルが覗きに来て、俺たちがちゃんと話し合えたのだと分かって、ほっと息を吐いた。

 その後、拳を頭に落とされたけど。


「ハインじゃないけどな、お前のその、後ろ向き思考だけは、いい加減に矯正しろ!」

「分かった。それはほんと、反省してます」


 いや、意識してなかったよ。前よりはずっと、前向きになれて、色々ができているつもりでいたし……。

 俺は、今までずっと塀の中にいて、それが取り払われた後も、出れたつもりでそこに留まり続けていたんだろう。


 ハインは、何事も無かったかのように、今まで通り。

 俺たちのお互いの気持ちなんて、初めから分かってましたと言わんばかり。


「齟齬が解消したのならば、もうこんなどうでもいいことで煩わせないでください」


 すいませんでしたと恐縮するサヤに、サヤは良いのですと擁護。


「いちいちややこしくしていたのはレイシール様ですから」

「…………分かってます。反省してます……」


 ほんと、ハインの言う通りで……。

 苦笑するしかなかった。



 ◆



 それからは忙しくなった。

 翌日になっても熱は上がらなかったし、足の調子さえ気をつけてくれるならばという条件で、俺は職務に復帰。

 長らく席を空けてしまったことを皆にも詫びた。


「次からはもう少し、連携を取りましょう。

 人手不足はまぁ、あるのですが……それでもやりようはまだ、いくらでもあったはずです」

「一番不味かったのは、レイシール様が一番に前線に突っ走ったことですから!

 ああいった行動は今後控えていただきたい!」

「前線に出るにしても、指揮権を委任してからですね。出ないでいただけると有難いですが、状況によるでしょうし。

 まぁ、慣れぬ事態に慌ててしまったのは分かりますから、次からは気を付けて下さい。……次からはと言える範囲の被害で、ようございました」


 アーシュとクロードにも苦言を呈され、ヘイスベルトは生きた心地がしなかったですよ。と、控え目に。みんなに色々言われている俺を慮ってくれたのだろうな。

 サヤも仕事復帰はしたものの、やはり男性に対する恐怖が前より強まってしまったのは、仕方がない。

 皆それは理解してくれていたし、メイフェイアを間に挟む形でとりあえずは対処となった。

 メイフェイアの勉強にもなることだし、丁度良い。

 それと、女中の中から、女性従者を目指したいと進言してきた者が、もう一人。サヤの配下に加わった。

 セルマという娘なのだが、商家の四子とのこと。


「悪い娘ではないのですが、少々ガサツな所がございます。

 サヤさんの元でならば、色々自分の学ぶべきものが、あの子にも見えるのではないでしょうか」


 とまぁ、女中頭からもそんな推薦があったのだ。

 とはいえ、武術経験は無いので、いちから鍛えなければならない。そこが一番の問題かなとなった。


「やってみて辛いと思えば辞めれば良いのでは? 見てみなければ分かりませんし」

「そうでしょうね。武術ばかりは、気持ちだけでどうにかできるものでもありませんから」


 向かないと思っていたら適性があったり、体格的に恵まれていても心がついてこなかったり……男にだってあるものな。

 で、孤児院の剣術鍛錬にセルマも混ざることになった。騎士の訓練に放り込んでもついていけないのは確実だったし、いきなりあまりな高みを見せるのもね。


「サヤさん平気でついてきましたけどね……」

「それは流石に、サヤだけだよ」


 そんなほのぼのした一幕もありつつ……。


 ブリッジスの事情聴取や、村の復興。孤児院の子供らの心的な負担がどれほどか聞き取りをしたりと、色々忙しく、やることはいくらでもあった。

 職人の中には、軽くない怪我を負ってしまった者もいたし、不安を訴える声も多かった。

 だから、騎士や衛兵による村の巡回を増やしたりと、勤務調整を行なってみたり。とはいえ……あの大捕物での負傷者もいるから、今まで以上に人員不足。あまり仕事を詰め込むわけにもいかないので、大変だった。

 そんな中でのこと。


「レイシール様、少し、お時間を頂けますでしょうか」


 ジークだった。

 トゥーレのことで、相談したいことがあるという。


「その……あの子がですね、衛兵か、騎士、武官……その辺りを目指したいと、言ってきまして……」


 あの事件に関わった子供たちも、もう普段通りの生活を取り戻している。

 野盗団は壊滅したわけだし、もう、あの子たちを利用しようとする者も、現れないだろう。

 だけど、次にああいったことがあれば、必ず職員に報告するようにと約束させた。

 厳罰を……という声が無かったわけではない。

 けれど、拒否が命に関わっていたこと、あの中でも俺たちの命を危険に晒すまいと頑張ってくれていたことを考慮に加えた。

 幸いにも孤児院の子供たちには怪我も無かったし、あの五人の子らが、ここの子たちを巻き込まないよう、一生懸命気をつけていたことも、後で聞いたから。

 けれど、もう次の配慮は無い。ということも、当然伝えた。


「良いんじゃないか? やりたいと言うならば、俺は反対しないけど」

「ですがその……本人が、気にしています。

 セイバーンの民になる前とはいえ、犯罪歴を持つわけですからね……。

 今回のことにも関わりましたし、貴方に確認がしたいと、言って聞かないのです」


 ジークの言葉で、今一度トゥーレと話をしてみることになった。

 俺は出歩けないので、執務室にトゥーレを呼ぶことになり、付き添いはジークが引き受けてくれた。


 やって来たトゥーレは、珍しくガチガチに緊張している。

 まぁ……孤児院の外に出る許可が出たことも初めてだし、こちらに来たのも初めてだものな。

 大人に囲まれているし、ハインの顔は怖いし……。ちょっと。あまり睨まないでやってくれってば。


「なかなかそちらに顔を出せなくてすまないな。

 まだ徘徊禁止が解けてないんだよ……」


 トゥーレに、まずそう声を掛けた。

 俺の様子を見て、ホッとしたように肩の力を抜く。

 きっと心配させていたのだろう。


「もう元気なものなんだけどね。足裏の怪我が完治しないことには歩かせてもらえないんだ。

 早く皆の顔を見に行きたいんだけどな」

「……サヤ……さ、んが、来てくれてるし……。こっちは大丈夫だよ。

 皆ちゃんと、元気だし……報告くらい、聞いてるだろ? っ、あ、で、でしょう?」


 おや。口調を矯正中のようだ。ジークが言ったのかな?


「それに……ちゃんと、元気になって来て、くれた方が……お、俺たちも、安心する……」


 サヤは、幼子たちに恐怖は無く、今まで通り接することができている。

 怪我も片足だけになったから、孤児院での食事は現在彼女が全て、引き受けてくれていた。


「そうか。トゥーレがそう言うなら、脱走しないできちんと治してから、伺うことにしようかな。

 ……それで、トゥーレが武術職を目指したいって話だけど……俺は賛成するよ」

「……でも俺……あくどいこと、沢山してきてる」

「お前の前歴が、障害になることは多々あると思う。

 それについて非難されることも、お前はこの仕事に相応しくないと、罵られることもあるかもしれない。人一倍、苦労することになるだろうな。

 周り以上に、自分を律していくことが必要になると思う。他よりも、お前を見る世間の目は、きっと厳しいよ」


 そう言うと、くっと拳が握り込まれた。

 正直に現状を伝えたのは、本当の覚悟が必要だと思ったから。

 人の口に戸は立てられない。今までの時間を無かったことにもできない。だけど……。


「それを承知で目指すと言うならば、俺は応援する。

 批判もあるだろうが、それでも……。

 お前の前歴が、お前を助けてくれることもまた、俺はあると、思っている」


 そう言ったら、俯きかけていた瞳が大きく見開かれ、俺を見た。


「トゥーレ。お前の過ごしてきた時間を、無価値なものにするかどうか決めるのはな、お前なんだよ。

 孤児であったお前は、きっと弱き者たちにも、優しくできると思う。

 悪事に関わっていたことがあるなら、そういった連中の思考も辿れるだろう。

 お前が言うからこそ、信じようと思ってくれる相手だってな、きっといるんだよ。

 お前は機転がきくし、頭が良いよ。度胸もある。

 あの時だって、俺を助けるために、行動してくれた。あれが無かったら……俺もサヤも……」


 無事ではすまなかったろう。


 正直、適性は素晴らしくあると思っている。

 あの状況で踏み止まって、戦ったのだ、トゥーレは。

 自分の過去と、命がけの戦いをして、勝った。最後までトゥーレは、あちら側に戻らなかった。


「騎士を目指すならば、読み書き計算は当然必要だけど、武術鍛錬、あと馬術訓練、兵法も学ぶ必要がある。

 大丈夫。全部ここにある。幼年院の、学習屋での学びを終えて、研修屋に移ったら、そのまま騎士訓練所の訓練に参加したら良い。

 十五になったら、試験を受ける費用を貯めなきゃならないし、職を持って自活しなければいけないけれど……騎士を目指しながら働く方法は、そこのジークや、訓練所の皆に教えて貰えば良い。

 大丈夫。お前が本気で目指すなら、なれるよ」


 そう言うと、トゥーレの頭にポンと、ジークの手が置かれた。


「厳しくするけどな」


 そう言って、またポンポンと二度、少々乱暴に頭を撫でる。

 愛情のこもったその動作にトゥーレは戸惑いを隠せない様子。


「俺、孤児なんだよ?」


 どこか掠れ、震えた声でそう言ったけれど……。


「ジークもそうだし、ハインだってジェイドだって、アイルだってそうだよ。先人はいくらでもいる。大丈夫だ」


 そう言うと。ぐっと奥歯を噛み締めた。涙を溢すまいとしているのだ。


「分かった。なら、俺、頑張ります」

「うん。頑張れ」


 あんな試練を乗り越えたお前だから、トゥーレならきっと、やり遂げられるよ。



 ◆



 ずいぶんと長い間巣篭もりしていたマルが、やっと部屋を出てきたのは更に数日後。


「……え」


 村を襲撃され、負傷者多数。俺やサヤが危機に瀕していたと聞き、暫し固まった。

 そうして、彼にしては珍しく長考した後。


「あり得ません。だって吠狼の守りがあるんですよ?」

「けれど実際、陽動にまんまとはまってレイシール様はこのザマです!」


 こんな時に巣篭もりしやがってと、怒り狂うハインにそう怒鳴られ、状況を聞き、村の襲撃が明らかに吠狼の存在を意識したものであったことには、彼も気付いたのだろう。呆然と佇んで……。


「仕方ありませんね……。現実を受け止めるしかないようです」


 その日の夜。緊急の会議となった。

 シザーも杖が手放せないものの、体調的にはもう問題無いと言い、顔を出した。

 また、サヤの側にも事情を知った者がいるべきだろうということで、メイフェイアも同席が決まった。

 獣人の性質上、血が濃い者は総じて忠義心も厚い。主人と決めた者にはとことん尽くす性質だから、問題無いとのこと。


 で、集まった面々を前に、まずマルが口にしたことはというと……。


「村の情報は、どうやら漏洩している。そうとしか考えられませんね。

 埋伏の虫……この村にも既に、潜んでいるのでしょう」


 その結論に、皆が慄いた。

 仲間だと思っていた隣人が、実は敵であるかもしれない。そんなことを言われて、平静を保てる人間が、どれほどいるだろう。

 皆が、お互いを不審の目で見渡す光景に、俺は……その方が危険だと感じた。


「浮き足立つな」


 そう言うと、はっと我に返る一同。


「大丈夫。ここの皆は違うよ。絶対に違う。それは俺が一番よく理解してる。

 これはさ……これすらも、相手の思惑のひとつなんだと、思う。

 俺たちがお互いを反目して、疑心暗鬼のあまりに瓦解したりする。それが狙いなんだ。

 だから……お願いだ。どうかここの皆は、そんな風にならないで……俺は皆を信頼しているし、そんなこと、何ひとつ心配していないんだ」


 そう言うと……皆が困ったような苦笑。

 だからそこに、更に言葉を重ねた。


「別に、楽天的に根拠もなく言ってるんじゃないから。

 俺が影を使うことは、もう結構な人が知っているはずだ。

 特にジェスルならば当然だろう。父上の奪還は、彼らあってこそ為し得た作戦だったんだから」

「……そうですね。僕の失言でした。

 元からこの拠点村に影が潜んでいる可能性は、相手も考えていたでしょう。

 だから、念のために陽動を兼ねた二部隊構成の作戦を取った。

 そして人員不足の我々は、それにまんまと引っ掛かってしまったんでしょうね。

 あと、要因の一つはやはり僕です。申し訳ありません。

 ちょっと調べたいことが多々あったので、吠狼の一部を情報収集に向かわせてしまいましたから、その分手薄になってしまったようです」


 マルがすかさずそう口を挟み、ホッとしたように、皆の肩から力が抜ける。


「もー……脅かさないでくださいよ……」

「まぁ、レイがそう言うなら大丈夫か……」


 と、口々に悪態をつき、場を誤魔化す。


 だけど本当のところ……村の中に埋伏の虫が潜む可能性がある……は、否定できなかった。

 でなければ、説明がつかないこともあったから。

 でも、それを前提にするのはまずい。内側から瓦解してしまうような、危険な状態になる。

 だからマルと目配せし合い、この話は誤魔化しておくことにした。


「とにかく、侵入は許したけれど、場は決して悪くない形で切り抜けられた。

 今はそれでよしとしよう。

 それに、次はこんなに簡単に、やられはしない。注意すべきことは色々見えた。だから、大丈夫だよ」


 微笑んでそう告げると、ガバリと頭を下げ、すまん!と、大きな声。


「俺が……一番理解していたはずなんだ。レイモンドがどれほど危険な人物であるか……。

 なのに俺は……っ」

「オブシズ 。レイモンドとお前を会わせないようにしようって考えたのは俺だし、マルも承諾したんだ。

 だから、オブシズが悪かったわけじゃない。そう言うなら、俺の判断が悪く、甘かったんだよ」


 そう言うと、グッと言葉に詰まり、苦しそうに表情を歪めた。

 その肩をポンとギルが叩く。


「ま。なんとか切り抜けたんだ、これに関してぐちゃぐちゃ言うのは今を最後にしようぜ。

 次はさせねぇ。それでいい。ちゃんと皆、無事だったんだからな」


 それにこくこくと頷くシザー。

 今回一番の重傷は彼だけれど、寧ろ守れなくてごめんと泣かれてしまって、逆に申し訳なかった。

 抵抗するなって指示したのは俺だったから。


「今後、村の守りは見直します。あと、表立った守りの人員を増やす。これは引き続きで。

 何にしても、少しずつ状況を改善していくしかありませんから」

「装備ももう少し改めよう。こういった時に対処できるよう、隠し武器はもうちょっと所持しときたい」

「吠狼の連携もな。潜伏組を、もうちょい使えりゃ、今回だって……。

 戦力にならねぇまでも、使いようはあったはずなンだよ」

「あの橋も考えものだな……やっぱ、近場に簡易の橋はまずかった」


 各々問題点だと思うことを挙げてもらい、改善を試みようと話を纏めた。

 とりあえず思いつくことを試していくしかない。


 そうして、この話がひと段落したら、今回の件での要注意事項。


「あの野盗団……カタリーナたちだけではなく、サヤも標的に含めていたと思う。

 俺が、あの決断に至った理由がそれなんだ。万が一にも、サヤを彼方の手に渡すことを阻止したかった」


 あの状況を、孤児院からの犠牲者無しで切り抜けられたのは、ある意味サヤのおかげだと、俺は考えていた。

 野盗団の頭は、あの場を早く切り抜けたかったのだと思う。サヤに乱暴を働こうとした男を退けたのも、時間を気にしたからではないか。

 転がり込んだ幸運を手放すまいと、手間のかかる色々を切り捨てた。そんな気がしてならない。

 サヤを馬車に閉じ込めた。あの時の笑み……。あの嬉々としていた表情が、忘れられない……。


「あの野盗団の頭目が、ただの夜盗だったかどうか、正直危ぶんでいるんだよ、俺は。

 あの男、シザーの太腿の急所を躊躇いなく狙った。それなりに深く刺し貫かなきゃならない場所だ。

 心臓や首でなかったのは、返り血を浴びないためと、防具があったからだろうけれど、ここを狙うのは玄人だと思う」


 シザーはギリギリで急所を逸らしたけれど、普通ならほぼ絶命に近い。血管を断ち切られていたら、確実に助からない場所なのだ。

 何故ならここは、圧迫による止血すらできない。


 通常の野盗というのは、基本的に学が無い。

 大抵は、食い詰めた流民やゴロツキが、徒党を組んで集団化したものが野盗であるからだ。

 傭兵崩れという場合もあるが、それだけの技を身に付けているならば、普通に傭兵で食っていけるだろう。

 俺みたいな遠距離用の武器を使う者でも、深く突き刺さなければならないあの急所はあまり狙わない。太腿は位置も低いしよく動く。狙いにくいのだ。

 まぁ、何にしても例外というものはあるから、俺が気にし過ぎなだけかもしれないけれど……。


「刺突用の急所は傭兵がそう多用するものだとは思えないんだが……オブシズはどう思う?」

「まぁそうだな……そりゃ、場所としては知っているし、必要であれば狙うが……使用慣れしてる得物の、利用頻度次第かな。

 だが傭兵に刺突系の武器を好む人間、使用する人間が少ないのは確かだ」


 傭兵であれば、斬る急所を狙う方が圧倒的に多いだろう。不特定多数を相手にする場合、そのほうが効率良い。

 人を一刺しで殺す的確な急所をきちんと理解し、それを躊躇なく実行するなんてこと、いくら実戦慣れしていたとしても、野盗の仕事じゃないと思う。

 狩人も違うだろう。矢では狙いにくい。無論、投擲……小刀でも同じくだ。深さに難がある。

 そうなるとあの場所を狙うのは、圧倒的に短剣使いとなる。


「……(うつろ)だろうぜ」


 そう言ったのはジェイドだった。

 自身が元兇手(きょうしゅ)……虚なのだ。


 やっぱりか……。


 野盗の頭はずっと顔を隠していた……。それも習慣だったのだろう。

 遺体を回収し、身元を調べたり色調を調べたり等はしてみたが、これと言って特徴的なものはなく、また、所持していた道具類に至っても徹底的に一般の劣悪品。きっちりと野盗になりすましていたようだった。


 一撃で仕留められたのは、色々と運が味方してくれたのだろうなと思う。

 貴族の俺が、投擲をするっていうのがそもそも異例なことだし、隙をつけたというのもあるだろう。なにより俺は、小刀を持っていないと想定されていたのだ。トゥーレの機転のおかげで掴めた、奇跡の糸口。


「生かしておいて情報を……なンて、欲を出してなくて良かったな。そんな生優しいもンじゃ、なかったろうぜ」


 ジェイドにそう言われ。本当になと息を吐いた。


「ふむ。野盗に見せかけていた可能性ありですか……。

 他の捕縛に成功した連中から、何か得られれば良いですが……望み薄ですかねぇ……」

「サヤのこと、命があれば良い、貞操は問わない……という風なことを、賊のひとりが口にしていた。

 だから、多少は見込めるんじゃないかな。頭とやり取りしていた人物くらいは見ていると思う。

 兇手であったことは、多分……伏せられていたろう。野盗として振る舞っていたはずだ。それも長期間」

「そうでしょうね。アギーで活動していた野盗団……それが実は兇手の仮姿……興味深いことです」

「だから皆、くれぐれもサヤの周辺に注意してやって。

 尋問中の連中から新たな情報が入れば、また伝える」


 こくりと頷く一同。

 お手数をお掛けしますと頭を下げるサヤに、仲間を守るのは当然のことだと、皆が言ってくれた。


 まだ曖昧だったことが、これではっきりとしたのだ。サヤを明確に危険に晒しているということが。

 サヤを狙っている相手が何処かはまだ絞り込めないが、北の地であることはほぼ確定だろう。

 その人物が、サヤの人格も尊厳も、全く尊重する気が無いのだということも。

 間違っても、そんな奴にサヤを渡してはならない。彼女は絶対に、守らなければ。


 そのためにも早く、相手の絞り込みと、目的を知らなきゃな……。

 十中八九腕時計が絡むのだろうが、あれをどう見て、サヤを得ようとしているのか……。


 得られた情報で、何が変わるわけでもない。だけど今まで通り、サヤと共に生きていく。それをこのまま続けていくために、できることをする。

 今は……。それしかできない……。

 内心では少々焦りを感じていたけれど、悪戯に焦って皆を浮き足立たせることになってもいけない。

 焦ったって利益は産まないと自分に言い聞かせていたら、それまでの空気をぶった切ってハインが口を開いた。


「それで、マル……。わざわざこの時期に、敢えて巣篭もりを優先した理由というのを、いい加減、聞かせていただきましょうか」


 こんな時に趣味に走ったんだ。しょうもない理由だったらただじゃおかねぇからな……と、とても悪い顔だ。

 それに対しマルは、趣味じゃなくて仕事の方ですよと、苦笑を返す。


「あぁ、それね。今のうちにやっとかないと、八の月の会合に間に合わない可能性があったもので申し訳ないです。

 けれど、サヤくんが良い足掛かりを授けてくれたので、思いの外捗りましたよ」


 村の守りを手薄にしてでも調べあげたかったこと。

 この時期に、あの状況でだ。

 それなりの日数を使っているけれど、遠方であるオゼロの情報収集。普通は、こんな日数では足りない。ダウィート殿はまだ、オゼロに帰りついてすらいないだろう。

 と、いうことは、確実に狼も利用している。

 そうまでしてマルが得ようとしたもの……。


「いえねぇ。オゼロ公爵様の目的、一応ですけど、分かったと思うんですよねー、僕。

 長年オゼロが抱えている問題と、神隠しの因果関係も。

 それで、上手くすればオゼロをこちら側に引き込めるんじゃないかって、思ってるんですけど……」


 にまにまと、どこか黒い笑顔のマル……。


「神隠し……?」

「オゼロの抱える問題?」


 神隠しの話は俺とサヤしか聞かされていなかったから、皆さっぱり理解できていないという顔だ。

 とりあえずそこから説明しなきゃならないな。とはいえ、全部伝えるのも難しい。……うーん……。

 皆に何をどこまで話すか考えつつ「会合で話をつけようと思っているの?」と、聞いてみた。

 すると、「勿論そのつもりなんですけどね……」と、瞳を細める。楽しそうに。


「木炭をこちらに都合よく融通していただきつつ、良好な関係を築けるように、ひと芝居いきませんか?」

「……それって俺がってこと?」


 嫌な予感しかしない……。あの口の回るオゼロ公、エルピディオ様相手にひと芝居って……。


「まぁ何にしても、まずは情報共有ですよ。視察の方々、どうでした?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ