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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十三章
389/515

純白

 村に戻ったら、問答無用でうつ伏せにされ、押さえ付けられた。

 複数の手が、更に脚を押さえる。


「手拭い、噛んでてください。じゃないと、歯が欠けてしまうことがあるので」


 真顔のユストにそう言われて、受け取った手拭いを丸めて、自ら食む。

 そうして、どうせズッキズッキと痛みを伝えてくる脚なのだから、今更増える痛みなどさして変わらないと、自分に言い聞かせたものの……。


 足の裏を抉りたくられる痛みは正直凄かった……。

 石やら枝やら食い込んでしまったりしているのだろうとは思っていたけれど……だいぶ酷い状態であったらしい。

 握る拳に爪が食い込み、脂汗で夜着がまたぐっしょりと濡れてしまった。手拭いを噛んでなかったら、相当恥ずかしい奇声を連発していただろう。

 だけど、サヤも、カタリーナも同じ状況なわけで、二人は大丈夫だろうかと心配になる。


「人の心配よりご自分の心配をしてくださいよ!

 絶対これ熱出ますから! 悪いものが入っていないはずがない状況です。最悪、病魔に巣食われますよ⁉︎」


 その時は運がなかったと諦めるしかないだろう……。いや、一応、耐えれるならば耐えようとは思うけども。


「もう今日は歩かないでください。ブリッジスは、こちらへ連れて来ますので」


 改めて身を拭き清め、衣類は取り替えた。膝掛けと羽織が用意され、一応の体裁が整えられてから、ブリッジスが呼ばれた。

 もう明け方近い時間になっているが、どうせ誰も休んではいない。熱で意識が朦朧として対処できなくなる前に、全て済ませておきたい。


 事後処理のため遅れて戻ったオブシズが、ずぶ濡れの衣服を改めぬまま、俺の左背後に立ち、ハインは右背後へ。どちらも結構剣呑な雰囲気であったけれど、敢えて諫めることはしなかった。

 ブリッジスにもそれは、致し方ないと了承してもらう。

 無論、俺ももう……配慮しようなどとは、思っていない。


 呼ばれたブリッジスは、言い訳を並べ立てるつもりであったのだと思う。

 部屋へと通されるなり、俺の足元に縋り、膝をついた。そうして懇願するように、悲壮感に顔を歪めて口を開きかけたのだが……。

 俺を見上げて、硬直した。


「控えろ。まだ口を利くことも、顔を上げることも、許した覚えは無い」


 そう伝えると、反射のように身を竦め、慌てて後方にずり下がる。

 ブリッジスの全身を視界に収め、俺はこの状況からも彼の動きや表情から感情を読む。混乱、疑惑、不審、恐れ……。

 俺は敢えて膝を組み、足に巻かれた包帯を晒した。


「ブリッジス……其方は己が何をしたか、理解しているか?」

「ご、誤解です。私は……私もこんな……」

「何が誤解だ? 私はまだ、何も述べていないが」


 そう言うと、思考が更に混乱したようだ。

 俺の雰囲気が今までと違う。それがそんなに、驚くようなことか?

 自分がやったことを顧みれば、分かるだろうに。


「まず初めに忠告しておこう。

 ブリッジス……私に偽りを述べる時は、覚悟しておくことだ。

 其方の一挙一動を、私は見ている。そしてその振る舞いが、この事態の落とし前をどうつけるかに繋がる。

 この村は、私の研究施設。私の所有物。だがそれ以前に、我が領民の生活の場である。それをここまで穢した。そのことを忘れるな」

「お、お許しください……我々も、被害者なのです! 我がヤロヴィも使用人も幾人も殺さ……」

「被害者だと? 雇用の際に確認を怠ったのは其方の落ち度。自らの怠慢を棚上げせぬことだ」


 有無を言わせぬ俺の態度に、やっと危機感を覚えてきたようだ。

 俺がお前を許すつもりはないということ、理解してくれたようで何より。

 そして……残念だ。偽りを述べる時は、覚悟をしろと、俺は忠告したのに……。


「裏手の別働隊、私の命を奪うよう、指示を受けていたようだ」

「…………は?」

「腕の自由を奪った状態で、増水した川に放り込めば、痕跡も残らず消せる……逃亡のための時間も稼げる。そういう予定だったようだな」


 そう言いつつ、袖をまくって縄跡を見せた。

 かなり力技で縛られていた上に、縄を切るため多少無茶に動かしたからな。見ての通り跡も付いている。

 別に俺を殺すことを優先していたわけではないけれど、事実は事実。脅しの材料には丁度良い。


「え……そん、そんな……し、知りません、私は!」

「私の命を狙うというのがどういうことか、よもや知らぬとは言わぬだろうな。

 ヤロヴィは歴史ある大店。貴族との(しがらみ)は多く抱えていよう。であるのに……残念でならないよ」

「誤解です! 私はそのようなこと、知りません! あの傭兵団も、贔屓にしていただいている、とある貴族の方からお勧めされた……こ、断ることも、叶わぬ方の……」

「ほう。それは災難だったな。同情するが、其方が加担したことに変わりはない」


 必死で弁明しようとするブリッジスを淡々と追い詰める作業に徹した。

 命の危機を存分に味わってもらおう。本来なら、この場で首を刈り取られたとて文句は言えないことをしたのだ。

 まあ……それをさせるために、敢えて知らされず、ことに使われた可能性も高いのは確か。捨て駒ならば、大した情報は持っていないかもしれないけれど、せいぜい絞らせてもらう。

 この男の命一つで終わらせてやるものか。


「沙汰は後日。それまでに覚悟を固めておいてもらおうか。

 それから私は、もう其方やヤロヴィを視界に入れたいと思っておらぬ。

 ヤロヴィの全て。使用人に至るまで。領内に立ち入る際は、こちらへの連絡を義務化。承諾無しでの立ち入りを、全面的に禁じさせてもらうが、よもや否やは唱えぬな?」


 とりあえずこれでもかと脅しておいて、本日はこれまでとした。

 使用人も、重役は拘束。それぞれ個別に聞き取りを行い、裏を探るように指示。

 その後も諸々の調査や事後処理をこなし、ヤロヴィの本店にも連絡を送るよう手配した。

 父上への状況報告やその他、やるべきことをこなしているうちに、一日が終わるような時間になってしまった……。

 あれ、おかしい。早朝から動いていたはずなんだけどな……。


「…………頭が限界なのですよ。いい加減休みましょう。

 熱だってもう上がっているでしょうに」


 ハインにそう言われ、あぁ、そうなんだと理解した。先程から時間の進み具合がおかしい気がしていた。


「孤児院の様子は。今日は会いに行けていない……」

「流石にあちらも事情は察していますよ。本日はテイクが当番でしたから、それとなく伝えましたし。

 それから……子供たち全員の診察も、ナジェスタとユストが行いました。皆無事ですし、怪我等はございませんからご安心を。とのことです」

「トゥーレたちは?」

「事件に関わった子らは、流石に隔離させて謹慎を言いつけております。其々から事情も聞き出しておりますので……」

「怖い思いをしたんだ。酷い扱いはしていないよな」

「……聞き取りは、孤児院の警備担当者にしかやらせておりません。慣れている顔の方が良いと、貴方が言ったんですよ」


 そうだったか? 覚えてない……。


「カタリーナたち……」

「それも先程報告しましたが? 足の方は最も軽症。特に問題は無さそうとのことですが、本日はジーナと共に部屋で休ませております!

 もう担ぎますよ⁉︎ 寝てもらいます! 同じ言葉を繰り返すにもほどがありますので!」


 横抱きは嫌だと必死で拒否して肩に担ぐ方をお願いした。

 ハインは俺と身長も変わらないから、それもそれで大変だったと思う……。

 シザーはと聞いたら、食事の量も申し分なく、深いとはいえ傷も一箇所だけだから、本人はいたって元気そうだ。とのこと。

 そういえば俺、今日食事ってしたっけな……? 駄目だ、頭が全然動いてない気がする……。


 寝台に放り出され、ユストが呼ばれた。

 熱を計り、足の状態を確認され、頬の傷や手の縄跡なんかもいちいちまた処置され、もうちょっと早い段階で呼んでもらえませんでしたか⁉︎ と、怒られてしまったけれど、頭がもうふわふわしていて話の半分も入ってこない。

 薬湯を飲まされて夜着を交換され、額の上にベシッと濡れた手拭いを置かれた。

 わざわざ氷室から氷まで持ち出されているのか、とてもひんやりとして気持ちが良い……。


「村人の状況……警備と、巡回…………」

「言われるまでもなく行なっております! 怪我人は全て処置済みですし、休みを取らせています。

 次の質問を最後にしてもらいますので、厳選してから口を開いてください⁉︎」


 つっけんどんにそう言われた。

 それは、ちょっと俺に対し厳し過ぎるんじゃないか?

 だけど、ひとつしか聞けないと言われたら、もう……。


「………………………………サヤの、様子は……」


 なんとか絞り出した質問に、ハインは一瞬の沈黙。

 そうして、やっと言いやがった……とでも言うかのように、深く息を吐き、サヤにはルーシーを付けてあります。と、続けた。


「本日は業務を休ませ、部屋で休養を取らせておりましたが、昼過ぎから熱が上がったと報告を受けております。彼女の世話は、主にルーシーと、メイフェイアが担っておりますが、女性宿舎には元から女性しか立ち入れませんから、どちらにしても心配無用ですよ」


 何が心配無用であるか、ハインは言わなかった。

 サヤが男性を酷く恐れているということを、もう察しているのだろう。だから、手続き無しでは男性の出入りのない場所で療養していると言った。

 ホッとして、だけどサヤがどんな気持ちでいるかを考えて、また気が沈んだ……。

 何年もの間必死で頑張って、やっと歩んだ数歩だったのに……また振り出しに戻されてしまった。……いや、それ以上に悪い。傷は、より深く、奥まで達してしまったことだろう……。


「怪我は手脚にある軽度の擦り傷と、足裏……特に右が少々酷かったようですが、骨等に異常は無いとのことです。

 ナジェスタの診察も受け、身体も改めましたが、サヤの純白は穢されてはおりませんでしたので、そこもご安心をと……」


 ハインの口から登った言葉に、仰天して飛び起きた。


「そんなことを、無理に調べたのか⁉︎」

「…………違います。本人が、望んだのです」


 望んだ……サヤが? 身体を改めることを⁉︎


 あんなあられもない状態で拐かされたのだ。例え何もされていないと分かっていても、正しく状況を把握するため、後に疑惑を残さないために、それは必要なことだったと思う。

 一瞬そう考えたけれど、それは違うと思い直した。


 ……必要なこと……何に? サヤの心に負担を強いてまで、調べることじゃない。


 俺が見ていたのだ! 何も無かったことは、俺が承知している。俺が…………っ。

 俺……が、報告を怠っていたから、サヤが自ら、それをしたのか……。

 っ、また俺は、サヤに負担を………………。


「…………サヤは何もされていない……。そんなこと、調べるまでもなく俺が重々、承知している!」


 ついキツい口調になってしまったのは、決してサヤが何もされていないわけではないと、分かっていたから。


 何もではない。だけど、そう表現するしかない。

 穢されなかった? 穢されていたとも! サヤの気持ちも尊厳も無視して身体を弄られ、彼女がそれに傷付かなかったはずがない!

 身体だけじゃない、心もきっとズタズタに引き裂かれた。サヤにとって、あれがどれほど、辛く恐ろしいことだったか…………。


 それが分かっていたのに、なんで俺は、動かなかった…………。

 サヤを、何よりも一番に優先すると、言ったのに……。

 俺のために彼女は、抵抗を止めたのに……。


「…………もう止めますか」


 不意に、ハインがそう、言葉を口にした。

 両手で顔を覆い、無駄に悶々と考え込んでいた俺は、その言葉の意味が汲み取れない……。

 そのまま固まっていると「サヤとの婚約、貴方が解消を求めるならば応じると、本人は言っています」と、謎の言葉が続いた。


「……は?」


 こんやくをかいしょう……婚約を……、解消……っなんでっ!


「婚約者が、近寄ることすら拒むのです。それで婚姻など、できるはずがないでしょう。

 ですから、もう相応しくないと言うなら、そう申し上げて断っ……」

「黙れ‼︎」


 ハインの襟元を掴んだ。

 強引に引いてみたけどピクリともしない。まるで動じないハインに、余計腹が立った。

 サヤが言っているだと……? お前、サヤに、何を吹き込んだ⁉︎ あの娘に何を言わせたんだ‼︎


「今までと何も違わない! 俺はサヤが成人するまで待つと言ったんだ! 俺からそれを反故にするなど、絶対に無い!」

「ですが……」

「サヤが許さないことはしない。それは初めからずっとおんなじだ! 触れられるかどうかなんて……そんな些細なことなんて、どうだっていい!」

「左様ですか。言うことがそれだけならば、とりあえずお休みください」


 問答無用で寝台に押し返された。

 その上で顔面をがっちりと鷲掴みにされて押さえ込まれ、全ての抵抗を完全に、腕一本で、無にされる。お前っ、主相手に腕力にもの言わせるって、それ従者としてどうなんだ⁉︎


「このままゆっくり養生していただきたいのですが、その前に私も少々言い足りないので、この際ですから言わせてもらいます。

 婚約者を名乗る者に、距離を取られ、視線すら合わせてもらえず、今後のことは後で考えると言われたら、貴方ならばどう思いますか」


 ギチッっとこめかみ辺りの指に力が入る。


「貴方がそんな風にしたから……だからサヤは、身体を改めるなんてことを、自ら言い出したんですよ。

 貴方が、サヤを穢らわしいみたいに、扱ったからでしょう⁉︎」


 口調は崩れていなかったが、掌は熱かった。その熱が、ハインの憤りを伝えてくる……。

 だけど俺は、そんな風にした覚えなんて、欠片も無い!


「サヤは、我々があの場に向かえなかった理由を、ちゃんと承知しておりました。

 あの状況で最優先されるべきは貴方の命。だから、動けなかった。

 それでも貴方は、子らを犠牲にしたくないと、抵抗しないことを選んだ!

 そうである以上サヤも、何をされようが、動くべきではなかった。それが貴方の命を守るということだったからです!

 貴方のために彼女はああ動いた! それが分からなかったなど、言わせませんよ⁉︎

 なのに何故あの時、逃げたんです? サヤから距離を取ったんです⁉︎」


 顔面をがっちりと掴まれ、ハインの顔は手で覆われて、見えない。

 だけど彼の怒りは、その手の圧で分かる。


「サヤに働かれた無体など、気にしていないと言ってやるべきではなかったのですか⁉︎

 怖い思いをさせて悪かったと、もう大丈夫だと、抱き寄せてやるべきではなかったのですか⁉︎

 言い訳を並べて、逃げて、視線すら寄こさずあんな風に謝られたら、誤解を招いて当然でしょう⁉︎」


 ハインの罵倒に、サヤがあれをどう受け取ったのかを理解した。

 俺がサヤを避けたって? 違う、サヤが俺を怖がったんだ。俺が距離を取ったのは…………。

 俺に、その権利が無いからだよ!


「違う! あれ以上近づいてはいけないって思ったんだ。

 ……男に、望みもしない手荒なことをされた……っ。あれがサヤにとって、些細なことであるはずがなかった……。

 それなのに俺は、動かなかったんだ。サヤを助けに動かなかった!

 その上で、あの状況の打破に、サヤを利用した。思いやる言葉ひとつすらかけず、あいつらの視線を引き付けろって、そう命じたんだ!」


 あんな極限の状態に立たされたサヤに、俺は男らの視線を引きつけるようにと指示した。

 サヤが、それをどれほど恐れていたか……分かっていたのに!


「あの時サヤは……俺が、あそこまで近づいただけで、震えてたんだ……。

 あいつらと同じだって、俺のことをそう、感じたんだろ。だから身体が拒否したんだろ⁉︎」


 全身で慄いていた。震えていたんだ! 俺が距離を詰めることを、怖いと感じていた。それが俺に対する、サヤの答えだと……。

 口先だけで逃げろと言い、何もしなかった俺に対する、サヤの答えだと……っ。


「それに俺は、サヤの前で人を、二人も、手に掛けた……。

 俺が、怖くなるに決まってる……恐ろしくなって当然じゃないか!」


 しかも、万が一失敗すれば、俺の放った小刀が外れていれば、全てが台無しだった。

 そうなればサヤは、どんな扱いを受けていたか……っ。

 俺はサヤの危険を顧みずに、他を優先したんだ!

 サヤを一番にすると言ったのに、全てサヤに捧げると言ったのに、俺の言葉は、とんだ大嘘だった!


「どんな風にすれば良かったんだ。

 俺はサヤに合わせる顔なんて無いだろ⁉︎

 あの娘に触れて良いはずないだろ⁉︎

 俺にサヤを慰める資格なんて無かった。怖がらせて、怯えさせて、嫌だも言わせない、そんな風に追い詰めるだけじゃないか!

 だからサヤが望むなら、全部受け入れようって思ったんだよ! 怖いなら、近付かないでおこうって……っ。

 婚約の解消でもなんでも、承知しようと……。だけどそれは、サヤがそれを望むならばだ!

 俺がサヤを拒むなんて絶対に無い‼︎」


 やっとハインの手が、俺を離した。見えたハインは、瞳をギラギラと滾らせていた。


「……サヤが穢されたから、拒否したのではないと?」

「俺がそんな風に思うはず無いだろうが!」


 それくらいのこと、お前は分かってくれていると、思っていたのに!


「サヤは己が穢れなき純白の蕾ではなくなったから、貴方が己を退けたのだと、そう解釈したようですが」

「どこをだ⁉︎ 穢されてなんてなかった、なんでそうなる⁉︎」

「仕方がないでしょう。あの娘は隠語を知らないのですから。

 サヤにとっては、貴方以外の男に身体を触れさせたことがもう、穢れることだったんでしょう」


 そう言われ、頭が真っ白になった。

 貴族の隠語……流石にまだ、セレイナの授業でも取り上げられていなかったのだろう。

 だからサヤは、ナジェスタに身体を改めさせた? 自分が純白でなくなったかどうか、判断するために?

 しまった、それは考えていなかった。サヤに誤解だって、伝えないとっ!

 慌てて寝台から出ようとしたら、また押し倒されて顔面を固められた。なんで顔面を掴んで止めるんだ⁉︎


「寝てください。今の状態で頭がまともに働くとお思いですか」

「サヤに誤解させたままでいいわけないだろうが⁉︎」

「サヤも今熱で臥せっています」

「一言伝えるくらいさせろ!」

「今まで仕事に逃げていた人間が何を言うんですか! もっと早くにサヤの名を出してしかるべきだったでしょう⁉︎

 なのでこれは罰です。熱が引くまでは接触禁止です」

「お前は鬼か⁉︎」


 必死でもがいたけれど抜け出せなかった。

 ハインは、全く手を緩める気が無いらしい。容赦しないその姿勢に腹が立って、手に爪を立ててみたけれど、効果は無かった。

 限界まで暴れて、体力を使い尽くし、呼吸まで乱れ、熱も上がったのか、寝ているはずなのに平衡感覚が揺さぶられる……。

 ぐにゃぐにゃとたわむ床に寝かされている心地で、朦朧とする意識の中を彷徨っていると、まるで睡魔に誘うかのような、淡々とした口調で、ハインが言った……。


「サヤは貴方の選択は間違っていなかったと言いました。

 裏切った子供らを見捨てなかったことも含め、全て承知しておりました。

 あの状況で貴方が抗えば、孤児院の子らがどんな扱いをされるか分からなかった。

 最も身分の高い貴方があの場にいることが、子供らへの手出しの抑止力であり、サヤを守る唯一の手段。貴方にできる最大限のことだった。

 だから貴方は動けない。それでも自分に逃げろと言った。

 逃げて、良いと……。

 その意味をきちんと、サヤは理解していましたよ」


 眠りに落ちてしまった後、馬鹿も程々にしてください。という更なる悪態が聞こえてきた気がした。


 くそっ、覚えてろ……。

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[良い点] ※一度削除して文章微修正しました 案外あっさりカタが付きましたね。 レイは牽制しようにも手数が足りないから即殺正解(即死してないけど)。ここで日和ったら自分が死んだりサヤがひどい目にあう…
[良い点] いやあ、ハイン、最高w ハ○ター×ハ○ターで虫編終了後の選挙でレオリオがキレてジンを殴った時、作中のモブに限らず一部読者から(特に既婚中高年男性読者)も称賛を浴びてましたが、それを思い起こ…
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