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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十二章
351/515

閑話 夫婦 1

 まず子供らはサヤに殺到した。あれをやりたい! そう、俺に言ってきた。

 素手であれだけ強ければ凄い! 単純にそう考えたのだろう。

 だから俺は、彼らにまず、こう問いかけた。


「お前たちは、剣を握った相手を前にして、恐れずにいられるのかい?」


 今回のことが、どうして起こったか。

 それは、武器を所持していた職員を、恐れたからではなかったか。

 それを問われた子供たちは、返せる言葉が無かった。お互い顔を見合わせて、結局サヤに「怖くないの?」と、聞いた。

 それに対しサヤの答えは……。


「当然、怖いですよ」


 にこりと笑ってそう答え、袖をまくって腕や肩にうっすらと残る傷跡を彼らに見せた。


「鍛錬をしているだけで、傷だらけになってしまいます。一歩間違うと大怪我に繋がります。

 どれだけ鍛えても怖さはずっとあります。死と隣り合わせですから。

 なので、生半可な覚悟では身につかないと思っておいてください。

 そして、単純に考えて、素手を鍛えて武器に対抗するには、圧倒的な修練時間が必要です。まぁだいたい、剣の三倍以上は必要でしょうね。

 剣を習い、一年で身につく強さが、三年かけても身につきません。それくらい過酷な道となります」


 その言葉に、子供らは呆然とサヤを見上げた。

 異界に来て、力が強くなったり、耳が良くなったりしているサヤであるけれど、武術の腕は、本人がひたすら努力して身に付けたものだ。

 転ければ膝を擦りむくし、刃で皮膚は裂ける。凶器を前に身を晒す危険性も、恐怖心も、他の者たちと同じくある。

 だから、死と隣り合わせであるにも関わらず、無手で相手に立ち向かう胆力は、彼女がその覚悟で磨いたものなのだ。


「抜き身の剣を前にした時、人は大抵恐怖で身が竦む。逃げることすら、上手くできなくなる。

 その上更に相手に向かって行くとなると、それがどれほどのことか……お前たちは、それをよく知っているだろう?」


 ジークたちは、その恐怖を前に怯むことなく、お前たちの前に立ったんだよ。

 大怪我を負っても、武器を持たず、お前たちに立ち向かったんだ。

 一歩間違えれば、彼らだって死ぬんだ。その覚悟でお前たちに刃を向けなかったんだよ。

 その上で、武術を教えるって言ってる。お前たちを信頼したいと思ってる、大切にしたいと思っているから、それをしようとしてくれているんだよ。


 言わなかったけれど、それはなんとなく、子供らにも伝わっている気がした。


 結局それで……。

 子供たちはジークに剣を習うことに決めたようだった。

 男児の大半と、女児からも少しだけ。

 ジークの怪我が癒えたら、剣術の訓練を始めようと、皆に約束した。



 ◆



「レイシール様、馬の準備はとっくに整ってますが、大丈夫ですか?」

「あぁ、今行く。ジェイド、何かあったら……」

「さっさと行け」


 孤児院がなんとか平穏を取り戻して数日……。

 本日は朝からバタバタしていた。とにかく日常業務を済ませて、昼前には拠点村を出るつもりでいたのだけど、結局俺が一番遅くなった。


 ジェイドには手でシッシと追い払われてしまったけれど、何かあれば知らせてくれるであろうことは疑っていない。

 俺はハインと共に、厩に足を急がせた。


「すまない、待たせてしまった」

「然程でもありませんよ。では、参りましょうか」


 クロードとアーシュ。オブシズとシザー。そしてハインを従えて。馬でセイバーン村に向かう。

 皆が馬に乗れるし、馬車移動よりも速い。近場だから、特別な道具等も特に必要無いので、セイバーン村への視察は馬で行うことになった。

 そう、本日初、クロードとアーシュ、現場入りなのだ。


 本来なら、貴族が三名もいて、こんなに少ない護衛で視察なんて、許されないことなのだけど……ほら、皆がそれなりの手練れだしね。それに見えてないけど、吠狼の警護だって、どうせあるのだ。

 相手が五十人以上の盗賊団とかならまだしも、少々の相手には対応できる自信がある。だから、これで良いとなった。

 本日サヤは留守番役。

 孤児院で昼の賄いを配るのを、今日は一人で行ってもらうことになる。孤児院で働くことになるカタリーナにも、今日の昼は臨時でお手伝いをお願いしておいた。

 そろそろ、彼女を孤児院の職員として、中に入れるつもりでいる。


「クロード、だいたいは掴めた?」

「はい。作業工程は把握しました……が、頭で理解したことと、身体が理解することは別物ですからね。やはり実際に、体験しないことには」


 そう言ったクロードに、そこはかとなくリカルド様感……。いや、ヴァーリンの血なのかな。どうも思考がこう……武闘派だなって。

 文官の人って、普通身体を使うこと全般を嫌がる傾向がある。マルなんか良い例だ。嫌とか以前に死にかねないけど。……まぁ、一般の文官はあそこまでひ弱じゃないからな。

 だけどうちの文官はマル以外、そこに抵抗は無い様子。


「うん。経験の全く無い人より、ある人の方が現場をよく理解できるだろうし、広く、多くが見えると思う。経験は、絶対に采配にも活きる」


 貴族の陥りやすい失敗は、まさにここにあると思う。

 上から命を下ろすだけで現場を知らない。気分のまま、自分たちの予定のままに、ことが進んで当然と思っている。

 だから、民間を利用した事業というもので、貴族は失敗しやすい。

 人件費と、それに見合う作業内容。そこの見極めが必要なのに、それをしないからだ。


「できればクロードとアーシュには、現場の人足達や土建組合員らとも、よく触れ合ってほしいと思ってるんだ。

 騎士らの訓練が主な仕事ではあるのだけど、当然それ以外にも、作業に携わっている人たちはいるし、作業との兼ね合いもあるから。

 こういった事業の成功率って、彼ら次第なんだよ」


 そう言うと、アーシュは心得ていますと頷いたけれど、クロードは不思議そうな顔。

 基本的に貴族は、民間の業者とわざわざ交流を持とうなんて、思わないものな。特に上位貴族は、下位に命を下せばそれで終わることが多い。


「公爵家のクロードには、そもそも庶民との触れ合い自体が、ほぼ経験無いことだと思うから、余計に良い刺激になると思うよ。

 民間の、しかも専門職の者たちってさ、もう達人というか、神業かってくらいのことを、ごく当たり前にするんだ。

 それだけの時間を費やして、経験を得て、技術を磨いてきている人たちだからね。俺たちでは一生かけても体得できないようなことを、彼らは行える。それを見れるだけでも、勉強になるよ。

 ああいった現場を本当に動かしているのは貴族じゃなくて、彼らだから。彼らの本音が言葉に出せる環境作りが、事業を成功させる鍵だと俺は思ってる」

「成る程……。レイシール様、一つ是非ご教授いただきたいのですが、貴方は、如何様にして民の信を得てきたのですか? コツはあるのですか?」


 そう問い返され、どうだろうかと首を傾げる。


「うーん……? 正直信を得ているとは思ってないかなぁ……それは現場と、状況次第だよ。前がそうできたからって、今回もとは限らない。

 特に今回は、交易路計画を進めながら、騎士が現場で訓練を同時進行していく形になるだろう?

 当然、交易路計画を進める側の者達からしたら、騎士の訓練は作業の邪魔でしかない。だから、どちらかというと、大変厄介だと考えてると思う。でも彼らは、それを口にはできないからね。内心がどうでも、にこやかに対応してくれると思うよ」


 そう言うと、予想外の答えだったのだろう……急に不安そうに、表情が陰った。

 でも、ここを飾って伝えても、仕方がないからね。


「だからこそ、俺たちは彼らの態度をそのままに受け取らずに、状況を見定めなきゃならないんだ。

 心しておいて欲しいのは、俺たちの仕事と、彼らの仕事、どちらが優位かなんて、無いことだよ。

 貴族はよく、そこを間違える。身分のせいで、普段から自分たちの優位を、疑っていないから。

 だけど交易路計画は、国の事業だ。それを行ってくれる職人達は、言わば陛下の意志を、形にしようとしてくれている。王命を遂行している人たちだ。

 だから、もし彼らを蔑ろにしようとしている者がいたら、そこを伝えて諌めて欲しい。

 職人らは、立場上自分たちで声を上げられない。彼らを守れるのは、俺たちだけなんだ」


 俺はこの通りだから、土嚢を作るってことがそもそも難しい。皆が当たり前にできることすら、できないから……。

 陛下の願いを形にしようと思ったら、彼ら無しにはいかないのだ。

 なのに、居丈高にこれをやれ、あれをせよ。なんて、どの口が言うんだって話なんだよな。

 彼らがいてこそ、俺は俺の仕事が行える。


「彼らは、自分たちの立場が弱いことを分かってる。時には命懸けなんだよ。それでもこの仕事を受けてくれた。そして陛下のご意志を、形にしてくれる。そのことに感謝の気持ちを持つべきだし、それは伝えなければ伝わらない。

 彼らは蔑ろにされていると思えば、萎縮する。守ってくれる人がいないなら、自分の身を自分で守らなければならないから。そうなれば当然、作業効率に影響するよ。

 だけど、自分たちの仕事を評価してもらえている。大切にしてもらえてるって分かれば、自らの矜持に相応しい仕事をしてくれる。

 だから……仕事の出来具合が、俺たちの現場の采配が正しいか否かを表している。俺はそう考えてるよ」


 そう笑いかけると、畏まりましたと、クロード。

 正直貴族には、これが一番大変なことじゃないかと思っている。

 特に公爵家というのは、貴族の中でも特別だから。身に染み付いた地位の慣習というものは、自覚しにくいものだろう。でも……。


「俺は……二人のことは、あまり心配してないのだけどね。

 上位なのに、男爵家の俺なんかに仕えようなんて思ってくれるクロードと、身分にとらわれず、ジークやユストたちとの関係をきちんと作ってるアーシュだから。

 二人に対して、不安は無い。任せられるって、思ってるよ」


 二人は身分で目を曇らせたりなんかしないって、信じてる。


「レイシール様のご期待に添えるよう、努めます」

「…………職務ですから」


 温度差の違う二人の返事。笑ってしまったけど、二人がちゃんと真剣に考えてくれてるって、分かってる。


「身分は仕事を捗らせない。現場では、腕と経験が形を作る。

 俺もクロードたちと同じ。彼らの信を得るために努力するよ。今回の現場は、これから作られるんだから。

 彼らに信頼してもらえるよう、気持ちよく仕事がしてもらえるよう、頑張ろうな」


 そこで話をまとめて、馬に鞭を入れた。遠くに見えてきた裏山。現場はもうすぐだ。



 ◆



 交易路に携わってくれている土建組合員や人足の代表者たちに、この現場の総責任者が俺であること、そして現場を任されるのがクロードとアーシュであることを伝え、挨拶を済ませた。

 六の月よりこの現場に騎士らや、他領からの視察が入るようになる。そのことを、もう一度確認し、何か問題があれば二人に伝えるように申し渡したのだ。

 今回、ここにルカはいないのだけど、昨年夏の土嚢壁作りに参加してくれていた若手の組合員や職人、人足たちは、多く参加している。

 ルカの父である組合長も現場に参加しているけれど、彼は当然、他にも色々仕事があるから、常にではない。

 だから、今回の現場の指揮は、前回ルカの補佐となっていた組合員スタンが担っていた。


「……今回、見回りレイ様じゃねぇのか……」

「俺たちレイ様が来てくれるんだと思って、気合い入れてたのに……」


 残念がってくれる皆に、ごめんなと謝る。ちょっとここに毎日通うのは難しいんだよな、立場的に。


「だけど大丈夫だよ。たまには顔を出すし、この二人は俺も信頼してる二人だから。

 俺より地位の高い人たちだから、大抵の貴族の横暴は抑えてくれるしね。

 作業に支障があるような時、誰かが理不尽を強いられた時は、二人にそれを伝えて、ちゃんと対処するよ」

「………………え、地位が上⁉︎」

「れ、レイ様より上⁉︎」


 途端に挙動不審になる組合員たち。いやあの、大丈夫だよ?

 落ち着いてと皆をなだめていると、クロードがスッと前に進み出る。


「ヴァーリン公爵家より、レイシール様にお仕えするため参りましたクロードと申します。

 地位が上……とのことですが、地位はあくまで出自。私は、レイシール様にお仕えしております。

 ですから、レイシール様の願い、レイシール様のご意思が、この現場の全て。今までと、なんら変わりはございませんから、ご安心ください」

「お、お仕え……公爵家の方が⁉︎」

「…………れ、レイ様あんた何したんだ⁉︎」

「公爵位の人が男爵位のレイ様に仕えるってどういう状態⁉︎」

「えええぇぇ……どういう状態って言われても……こうなんだけど……」


 更に混乱した組合員たちを必死で宥めていたのだけど、暫く状況を見ていたクロードが、これは収まりそうにない……と、思ったのだろう。良い笑顔で回答をくれた。


「それはもう、この方に心底惚れたからです」


 雷に打たれたような表情になる一同。

 アーシュはすっと視線を逸らし、私は関わってませんよといった他人顔。


「……よく分かりました!」

「レイ様、あんた本当に……すげぇな……」


 なんか納得のされ方が違う気がするんだけどな……。

 だけどこれで、クロードは公爵家の人だけど、なんかとっつきやすい人だなと思ってもらえた様子。

 うん、まぁ……いいか、これで。


「それにしても凄いな……堤の部分はもう完成しそうじゃないか」


 前に来た時はまだこれからって感じだったのに、川の内側はもう石まで引かれており、土嚢壁上の道部分を除いて、ほぼ完成している。

 これならば、作業の進み具合にドキドキしないで良さそうだ。いや、万が一堤の完成が雨季に間に合わなかったら大変だと思っていたから。

 ホッと胸をなでおろしたら、それを見ていた組合員たちが顔を見合わせて笑う。


「そりゃ、ここまでは終わらせておかないと」

「万が一雨季に間に合わずに氾濫が起こっちゃまずいから、急いだんだ」

「この先は色々……そのぅ、騎士様方の訓練が入ってくると、見通しが立ちにくくなるだろう?」


 それにピクリと反応した二人。

 あぁ、やっぱりちゃんと気付いてくれた。


「ありがとう。おかげで村の皆も安心して収穫作業ができると思う。

 そうそう、その訓練のことできちんと擦り合わせをしておかなければと思って、今日は来させてもらったんだ」


 見通しが立ちにくくなる……。

 彼らはそう表現してくれたけど、作業が滞って雨季まで響かないように、とても急いで作業を進めてくれたのだと思う。

 きっと色々、無理をしてくれたのだろう。こちらの支払い以上の人員を回してもらっている可能性すらあるだろう。


「今回の訓練だけどね、貴方たちの作業を妨げるようなものにする気は無い。

 この訓練は、それこそこういった……氾濫のような、自然災害時、被害を最小限に抑え込むための技術を国全体に浸透させたいと行われるものなんだ。

 民間との連携が出来なければ、災害時になんて対応できない。だから、お互いの作業を妨げないよう、協力しあって行えるようにしたいと思っている。

 なので、作業効率を下げるような事柄があった場合は、極力進言してほしい。

 まずこちら側は、土嚢壁の練度と速度を一定以上に保つ訓練を主に行う。

 二人で現場全体は見渡せないからね。土嚢の作り方、積み方は、職人側から指導してやってほしい。

 でも、言いにくい相手もいると思うんだよ……。例えば貴族出身の者。そういった時は、このアーシュやクロードへ、その人物の何がどうか、伝えてもらえる?

 こちら側から指導するようにするから。

 この現場はセイバーンの騎士が中心だけど、まず辺境地のヴァイデンフェラーと、隣のアギーから、視察を兼ねて上位の役職に携わった者が来ることになる。

 そしてこれからも、他の領地から視察が入るようになるけれど、その方たちの対応は全てクロードに振ってくれたら良いよ」


 俺の言葉にぺこりと頭を下げるクロード。

 公爵二家の血を引くという立場を活用し、貴族の横暴は彼が抑えてくれる。

 これに関しては、クロードにしっかりとお願いしておいた。


「貴方たちは、陛下の勅命を遂行している。交易路を国中に巡らせることは、陛下のお望みだ。その進行は貴族の私たちが妨害して良いことではない。

 恥ずかしいことだけど、それを勘違いしてしまう者らも少なからずいる……。そんな者たちが貴方がたの仕事を滞らせたりしないよう、彼が対処してくれるから」


 俺の言葉に、スタンらはホッと息を吐き、肩の力を少しだけ抜いた。

 きっと彼らはこのことで、胃が痛くなるくらいの日々を送っていたろう。

 貴族対応は慣れていても緊張するし難しい。大らかな方ばかりじゃないし、不敬とみなす事柄だって、人によって違うから。


「あと、備品や必要な道具類等、買い足しが必要なものはアーシュに。拠点村で一括して発注するから。

 そうだな……三日くらい余裕をみて申告してもらえると、当日までには必ず届ける。

 私やマルクスも覗きに来ることがあると思うけど、現場の統括はあくまでこの二人。指示はこの二人に仰いで」


 他にも細々としたことを話し、質問等を含め、すり合わせた。

 それによって職人らの表情も、だいぶん和やかになって、きっと色々心配させていたろうなと申し訳なく思った。


「今日まであまり顔出しできなくって申し訳なかった。

 王都での色々も済んだし、これからはもう少し顔を出せると思う。

 食事や生活環境に関しては、問題無い? ちゃんと休みは取れている?

 交易路計画は大切な事業だから、そのためにも貴方がた職人の体調には充分な配慮を心掛けてほしい。

 数日の遅れを気にして無茶をしたりしないでくれよ。こちらで調節できることは対処するからね」


 そうして情報共有も無事に済んだら、今度はクロードたち二人に、土嚢壁作りを叩き込んでもらう時間となった。


「今後の指導のためにも、作業ごとは完璧に身につけたい所存です。

 気付いたことがあれば遠慮なくご指摘ください。

 今後、遠慮などしていては現場など回りませんから、お互い本音が言える関係を築けたらと思っております」

「私にも遠慮は無用で願います。先日まで現職騎士でしたので、体力的にも問題ありません。

 これからの騎士指導の練習台とでも思ってください」


 とりあえずまずは昼までの時間を訓練に当ててもらう。さて、じゃあその間俺は……。


「オブシズとシザー、お二人の警護に残っておいて。

 俺とハインは宿舎の確認に行って来るから」


 領主の館があった場所……丘の中程には現在、視察や訓練に来る方々の宿舎となる建物を建設していた。

 こちらの完成もそろそろのはずなのだ。土嚢壁作りをただ見守っていたって仕方がないし、この時間に俺が済ませられることは済ませておこうと思った。


 この丘に来るのは、冬の最中の……サヤとカルラに供えるための花を探しに来た時以来だ。

 ゆっくりと丘を登り、元館の門前までやって来ると、中から作業の音が響いていた。

 近付いてみると、十人弱の大工が作業に勤しんでいる。外装はもう完成しているみたいで、現在は内装を手掛けている最中である様子。

 辺りを見渡して……見知った顔を発見した。良かった、直ぐに見つかった。


「マレク、久しぶり。アーロンは今どこにいる?」

「レイシール様!」


 アーロンの弟子、マレク。暫く見ないうちに背が伸びていた。前はもう少しひょろりとしていたと思うのに……。


「親方は今内装……あ、出てきました。親方!」

「?……! ご子息様⁉︎ うわぁ、久しぶり! マルの旦那から色々聞いてはいたんだけど、ほんと顔を合わせる機会がなくて……。

 あ、この度はおめでとうございます」

「?……! あっ、いやっ、あ、ありがとう……」


  役職を賜ったことかな? 本当に、なかなか顔を合わせる機会が無かったから、彼がどれのことを祝ってくれているのかいまいち分からなかった。

 だけどまぁ、言祝いでくれるのは有難いことだ。


「宿舎の建設は……予定通り進んでいる?」

「順調そのものだよ。あ、そうそう。作り付けの家具? っていうの? あれ凄い良いね。

 壁の厚みを利用するって発想が本当に秀逸。衣装棚が嵩張らないし、部屋も広く感じる。隣接する部屋と対極にして壁を使うっていうの、あれ本当に素晴らしいよ!

 あの案、本当に秘匿権取らないの? 今後も使えそうなら使って良いって?」

「え、うん……。別に特殊な技術は使ってないからね」

「いやいやいやいや……あの発想はお金取って良いと思うけどなぁ……。

 湯屋の時も思ったけど本当、凄いよ。どうやったらあそこまで洗練できるの? どう頭使ったら、あそこまで徹底して無駄を省ける発想になるんだろう……」


 なにやら宿舎建設が殊の外楽しんでもらえているようだ。

 うきうきと嬉しげに話すアーロン。まぁ……効率化民族の頭の使い方は本当、凄いよね。うん。俺もほんと、日々驚かされることばかりだよ。


「順調なら良かった。六の月までには完成できそうだね。

 あ、今日寄せてもらったのはね、宿舎建設の確認のためもあったのだけど、もう一つ……」


 アーロンに、ききたいことがあって……と、言葉を続けるつもりだったのだけど。


「アーロン!」


 女性の声。

 振り返ると、大きな籠を抱えた女性が、アーロンを見つけて笑顔で手を振り……俺がいたために慌ててその場に膝をついた。


「も、申し訳ございません!」


 貴族がいたから慌ててしまったのだろう。

 不敬を働いたとみなされてはたまらないと、必死で謝罪を始めてしまった。

 この反応を見るに、吠狼の者ではない様子。

 顔に見覚えが無いし、きっとセイバーンを離れて出稼ぎに出ていた女性なのだと思う。ジェスルがいた頃、なにかしら酷い経験をしているのかもしれない……。


「気にしないで。私はレイシール。セイバーンの者だよ。

 貴女はアーロンの……?」


 アーロンに用事があって来たのは確かだよな? と、首を傾げて問うたら、何故か慌てたのはアーロン。


「あっ、いやあの……! かっ、彼女はこの村の女性で……その……ええと……」

「…………アーロンの恋人?」

「こっ……⁉︎ やっ、それはその……っ⁉︎」


 当たりであったようだ。

 アーロンの顔が茹でたように赤くなった。


「それはおめでとう。うん。とてもめでたく思うよ、アーロン。

 そういう話、俺は大歓迎だから」


 アーロンは吠狼の一員であるけれど、主に諜報活動が仕事の大半を占めていたという。

 だから、手を汚す仕事は受けたことがないらしい。


「妻を得て、ここでずっと大工として生活してくれるならば、俺は嬉しい」

「え……と、良い……のです……?」

「うん。本当に、嬉しいんだ。おめでとうアーロン」


 もう一度、改めて祝うと、いっそう照れたアーロンは女性を傍に呼んだ。そうして俺に、彼女の名をキキだと紹介してくれた。


「キキ、マレクと先に飯にしといて。俺はもう少し、ご子息様と話があって。

 マレク、昼休憩だ。皆にも伝えて」


 さり気なく、二人や大工らを、ここから遠去けようとしているのは、肌で感じた。

 だから、もう少しだけごめんねと、キキさんに断ってから、アーロンと二人で、少し奥……裏山側へと移動することにした。


 そうして、周りに人気が無くなったのを確認し、深く息を吐いたアーロンは……。


「ご子息様……ありがとう。

 キキには、所帯を持ちたいと言われていて……貴方が是と言うならばと、気持ちは固めてたんだ。

 だから、俺……ここで暮らしていくことにする。

 頭にも報告はしていて……足抜けしても構わないとまで言ってくれていて……。でも俺、それは考えてないんだ。これからも、皆に協力できることがあるなら、できるだけそうしたい。家移りは、あまりできなくなるけど……それでもやれることは、あると思うからさ……」

「アーロンのやりたいようにやったら良いよ。

 俺は、皆が幸せになってくれるなら、それで良いから」

「……うん。貴方は本当に、そう思ってくれているって、分かる。

 …………だから、ダニルのこともさ……なんとかできないもんかって、俺もずっと、考えてて……」


 その名が出てくるのだろうと、思っていたんだ。


「うん……。実は、俺が今日ここに寄らせてもらったのも、ダニルのことを聞きたくて……だったんだ」

またもや大遅刻すいません! とりあえず、修正は後ほどあればします!

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