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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第二章
35/515

覚悟

陽も陰り、夕闇が空を染める時刻となった。

 間も無く夕飯なのだが、それまでの時間潰しに、サヤと手合わせをすることにした。

 レイは部屋に篭ったままだし、サヤはそれを気にしている……。何かやらせていないと、サヤの間が持たないと思ったのだ。

 場所は裏庭の端、普段俺が素振りをしている場所だ。

 ハインはやって来なかった。

 自室で書類仕事をこなしつつ、レイの様子を伺っておくらしい。

 俺は全力を出すべく、運動しやすい服装に着替え、髪まで括り、準備万端で挑んだのだが……。


「くっそぅ……なんでだ。全然歯がたたねぇ……」


 何度やっても地面に転がるのが俺だ!

 今回など、木刀をやめて木槍で挑んだというのに、剣よりむしろ、さっさとやられてしまった……。


「槍の方が、間合いに入られてしまうとどうしようもなくなるんですよ。

 槍は剣より重いですし、私はギルさんより軽量ですから、間合いの中に入る戦法になります。

 懐に入ってしまえば、こちらの方が有利ですよ。

 たぶん、短剣とかで相手される方が、私はやりにくい筈です」

「その間合いに、踏み込んで来られないように、しようと思ってたんだけどな!」


 思ってたんだがサヤが身軽すぎる!「穂先しか刃が無いので避けやすいです」とか言いやがった! しかも一度なんか、俺が振るった木槍を足場にして後方に跳躍し、移動しやがった。人間離れしすぎだろ⁉︎


「あああくそ! 休憩だ! 息が整ったらもう一回だからな⁉︎」


 木槍を投げ捨てて、俺は地面に転がる。

 あたりはもう暗がりなのだが、ここには常に灯を置いている。

 俺は転がりながら、次はサヤの言う通り、短刀を用意すべきか……いやしかし、なんか言われたままなのも癪に触る……などと考えていた。

 それにしても、実力が違いすぎる……なんなんだこいつは。

 普段あんなにおっとりふんわりしてるくせに、いざとなったら気迫も凄い。中身が入れ替わってるのかと思うほどに、普段のサヤとは違うのだ。

 俺も結構自分の腕に自信を持っていただけに、ヘコむ……。女に太刀打ちできないなんて日が、来るとは思っていなかった……。


「先程は、私もどうしようかと思いました。

 槍を足場にして逃げたのは、まぐれですよ。あれは破れかぶれだったんですけど、たまたま上手くいったんです」

「巫山戯んな。破れかぶれであんな動きされてたまるか!」

「ほんとですよ? 私も、私の世界では、こんなに身軽じゃなかったんですから。

 ここの世界の私は、なんだかズルしてるみたいですよね。自分でも、ちょっと戸惑います」


 そう言うサヤは、柔軟体操とやらをはじめていて、顔は地面を向いている。足を思い切り開脚し、体を倒す。これを丹念にしておかないと、動ける範囲が違ってくるそうだ。凄く柔らかいみたいだな……。それにしても、顔が見えないから、今、サヤがどんな表情をしているのかが見えない。俺は、今のサヤの言葉が、少し胸に引っかかった。


「お前がこっちに来て超人になったのだとしても、判断力や反射神経がよくなってるわけじゃねぇんだろ? じゃあやっぱりサヤの実力じゃねぇか……。お前の世界は、女でも身を守る術をここまで磨く必要があるほど、治安が悪いのか? なんで武器の鍛錬をしてないんだ。刃物持ってる方が格段に有利だろ、本来は」


 なんで素手なんだよほんと……意味分かんねぇ……そう思ったのだが。


「私の国は、銃刀法違反というのがあって、護身のためにだとしても、刃物を持ち歩く人なんていないんです」


 という、更に意味の分からない返事が返って来た。

 ええ? 衛兵すら武装しないってことなのか?


「この世界の衛兵にあたる人たちは、私の世界では警察官といいますけど、その職の方も刃物で武装したりしません。

 銃という飛び道具を所持してますけど、それもまず使いません。身の危険が迫っても、使えない場合が多いみたいです。

 通常は、警棒という……棍棒の一種が武器の代わりでしょうか」

「……刃物を振り回すような悪人はいないってことか?」

「います。それでたくさんの人が傷ついたりもします。

 でも……基本的に、平和な国だと、言われています。一億二千万人の人口で、無差別に人が殺傷されるような事件が起こるのは年に数回程度。細かい物は数えきれませんが、それでも、世界で有数の、治安の良い国として知られています。

 人が善人であることが前提といいますか……夜中に女性が一人歩きしているのも普通です。ここの世界よりは、きっと安全な国だと思います」


 サヤの話に、俺は口を噤んだ。

 サヤは、無体を働かれかけた経験があり、男が怖いのだと、レイに聞いている。

 そんなに安全な世界なら、無体を働かれそうになたというのは……かなり特殊な事例なのではないだろうか……?

 皆が平和で安全だと思っている世界で、安全ではなかったサヤは、結構心細い思いをしていたのではないか……。ふと、そう思った。

 言うなれば、ありえないとされることに、遭遇してしまったということなのだ。

 当然周りにとっては平和な世界。サヤだけが、そこで孤立していたことになる……。


 だからサヤは、自分の身を守る術を、身につける必要に駆られた……そういうことなのか?


「大きな戦争の後、武術をすることに制約が掛かった時期もあったそうですし、その辺も影響しているのかもしれません。そんなわけで、武器を持って武装という自衛手段を取れない社会なので、素手の格闘技というのが多数あるんです。少林寺拳法、空手、柔道、合気道……他にもありますよ。

 勿論、剣道や薙刀……槍の一種ですね。弓道など、武器を扱う武術もありますけれど、護身術というよりは、自己鍛錬、精神修養の意味合いが強いと思います」


 サヤは、気にした風でもなく、自分の世界の話を続けている。

 話に区切りがついたところで、俺はこの話を打ち切ることにした。


「成る程……武器の扱いを習わなかった理由は分かった。

 持てないんじゃ、どうしようもねぇよな」


 この話は、させるべきじゃないなと、思ったのだ。

 サヤの辛い記憶に直結することなのだ。下手をしたら、体調を崩すかもしれない。

 レイが引きこもってるのに、サヤまで体調を崩すなんてことになっては言い訳もできない。


「さて、息も整ったし、もうひと勝負するか。

 あー……サヤは、短剣で攻撃してもらった方が、修練になるのか?

 剣や槍じゃ、あまりお前の修練になってないように思うんだよ。実力差がありすぎて。

 お前は、こうして欲しいみたいなのはないか?」


 正直認めたくないが、俺は確実にサヤに数段実力が劣る。

 これじゃ、俺が鍛えてもらってるようなもんだ。

 だが、サヤはそんなことはないと首を振る。


「修練になっていないってことは、無いですよ?

 私の世界では、基本が素手対素手での攻防だったので、武器を相手にすること自体が良い練習です。

 でも……できるなら、本物の刃物を相手にしたいです」


 ……………………なん、で⁉︎


 呆気にとられてしまい、返す言葉のない俺に、サヤは柔軟体操は続けつつ、顔だけ上げた。


「私、実際に刃物を相手にした経験がありません。

 ですけど、この世界にいる以上……そしてレイシール様の従者を続けようと思う以上、その練習をしておくべきだと思うんです。

 なので、是非、お願いします」


 柔軟体操を終えたサヤが立ち上がる。

 顔がマジだ。真剣だ。本気で希望している……。

 俺は両手を振って、全力で拒否を示した。無理無理無理!


「無理! お、俺の実力じゃ、お前相手に手加減なんて出来ねぇぞ⁉︎

 万が一怪我でもしたら……どうするんだよ⁉︎」


 サヤは、そんな俺の拒否に、こてんと首を傾げる、あの愛らしい仕草で反論してきた。


「でも、刃物を相手にするには、練習が必要です。

 私……もしかしたら、実際の刃物を相手にすると、体が動かないかもしれません。

 木剣や模擬刀では、まだ緊張感が足りないんです。一生懸命集中してるんですけど……やっぱり、当たっても斬れないって分かってるから、どうも、真剣になりきれなくて……。

 だけど、レイシール様に刃物を向けてくる人は、レイシール様を害する気で来るってことですよね。その時になって、体が動かないのでは、どうしようもないです」


 眉毛を下げて、そう言うのだ。

 俺は頭を掻き毟りたくなった。そりゃ、サヤの言うことが正しいのは分かる。分かるが……。


「いや、それはそうだけどな……その時はハインが相手するだろ⁉︎

 なんでサヤが矢面に立とうとするんだ!」

「私もハインさんと同じ、従者じゃないですか。見習いですけど。

 それに、ハインさんより私が強いのなら、それは私の役割でなきゃ、いけないと思います」

「お前な……根本的に、間違ってるだろ⁉︎ お前は女! ハインは男だろ。女がなんで矢面に立とうとするんだって話だろ⁉︎」

「私はここで、男装して過ごすんですよ? なら、その役割が私に来るのは当然じゃないですか」

「う……っ……そう言うなら、お前は子供! ハインは大人‼︎ 子供はすっこんでろ!」

「そんな言い方無いと思います。たかだか五歳差ですよ? それに私、本気です。

 ここで、レイシール様の従者をするって決まった時、それも覚悟しました。

 それに……本当なら、私はこの世界に一人で放り出されてたはずなんです。そうであったなら、生き方に選り好みなんて出来なかったはずです」


 その言葉に、俺はもう、なんと答えて良いか分からなかった。

 従者をするって決まった時、それも覚悟したって……あの時のサヤは、いつもの、おっとりふんわりの雰囲気だったように記憶している。

 模擬刀を持った俺を相手に挑み、あっさり勝った。剣を持っている相手に怖くないのかと、レイが聞いて、危険を見極めれば大丈夫というようなことを、サヤが答えていた気がする。

 護衛をするというサヤと、それをさせると言うレイに、本気で言ってんのかと怒ったはずだ。

 実力は確かに認めたが、男の視線を怖いと言うサヤにそれができるのかと、そう言った覚えがある。あの時もう、覚悟を決めてたって⁉︎

 俺はてっきり、護衛がどういったものかも、意識していないのだとばかり……。

 軽く考え、危険だということに気付いていないのだとばかり……。

 気付いてなかったのは、俺の方だったのか。


「傷が残るような、怪我をすることも、あるんだぞ?

 怪我で済めばいい。命に関わることだって……」

「勿論、心得ています。……そのつもりです。

 けれど、命に関わる身の危険を、まだ私は体感したことがないので……気持ちだけではダメなんです。本物にしなきゃ、いけないと思うんですよ」


 口元に微笑みすら浮かべて言う。

 俺は商業広場で「守ってもらいたいんじゃ、ないのに……」と、呟いたサヤの本心を、今ようやっと、知ったのだ。


「レイシール様は、安全な場所で恙無く過ごすようにと言いました。

 私にとってはそれが、ここに残り、生活するということです。

 でも私は、レイシール様のお側にいたいんです。なら、覚悟を示さなきゃ、ちゃんとできるって証明しなきゃ、駄目でしょう?

 だから、お願いします。

 心配して下さるのは、本当に有難いんですけど……自分自身で決めたことですから、大丈夫ですよ」


 私、守られるんじゃなくて、守りたいですからと、サヤが言う。

 この気持ちを、なんて表現すればいい?

 俺は、言葉が無かった。

 サヤは芯のある、見た目よりずっとしっかりした子だと思っていた。

 だが……見誤っていた気がする。

 そんなものじゃない……この子は、宝石だ。

 自らを研磨し、輝く宝石だった。


「あっ、けれど私、ハインさんの剣を折ってしまったんです!

 一番高い剣や、大切な剣は使わないでいただけると嬉しいかなって……。

 勿論、折るつもりは無いんですけど! 勢い余ってしまうといけないので……。

 はっ、そうだ。意匠代で剣を購入して頂く方が良いかも……。いっそのこと、剣を折る練習をした方が有効かも⁉︎」


 最後の方のサヤは、今までのサヤに戻っていた。

 おっとりとして、ふわふわ優しげなサヤだ。言っていることも若干おかしい……。

 これはアレか。俺に選択権は無いのか。なんかもう、サヤの為には真剣で稽古をするしかない感じになっている。それをしなければ、サヤの決意を踏みにじることになってしまう。

 俺は髪を括っていることも忘れて頭を掻きむしった。

 女に刃物を向けるなんてのは、俺の流儀じゃねぇんだよ……。いくらサヤが強かろうが、女は女だろ。

 けれど男装して過ごすということは、女だからという配慮なんて無い。サヤの言うことの方が、正しいのだと思う。

 そして、子供であろうが、従者である以上、主人を守るのも勤めなのだ……。

 だが…………。

 傷が残ってしまったら……それはもう、別の意味で責任問題だろ…………。


「……俺は今、レイの気持ちが心底分かった気がするんだが……」


 好きな女が危険に晒されるのを、耐えろと言われれば、無理だ。

 あいつなら尚更無理だ。それくらいなら、自分を差し出す方が楽だと思う。

 しかもサヤは、こうして自分で危険に、飛び込んで行こうとしやがる……そりゃ、安全な場所に置いておこうと思うわな……。

 けれど、サヤはそんなのを望んでいない。俺やレイが思うよりずっと、覚悟を決めていた。ただ置いておかれるような女じゃない。こいつは、異界の女なんだ……。


「この世界って、女性が戦うのは相当な例外なんですね?

 でも、私の世界では、そこまで例外ではないですよ。

 それに、逆に考えてください。私だって……私を庇って、他の人が傷つくなんて嫌です。

 守るべきはレイシール様でしょう? 私はそのお荷物になりたくないです」


 ハインさんに、私も、レイシール様も守るって無理ですよ。と、そう言われ、あいつはそうなれば、レイを優先するしかないのだと気付き、俺はもう、サヤに完敗するしかなかった。

 圧倒的に正しい……サヤは刃物を相手に戦う腕を持っている。あとは場数、経験なのだ。

 サヤの安全のためにも、レイの安全のためにも、ハインの心労を減らすためにも、サヤは剣を相手にでも戦えるよう鍛錬しておくべきなのだ。

 あああぁぁぁ、説得されちまってる……最悪だ。


「…………分かった。でも今日は無理。俺が覚悟を決める時間をくれ。明日は……相手してやる」

「本当ですか⁉︎ 有難うございます!」


 サヤは嬉しそうだが、俺は全く、嬉しくない!

 なんて厄介な女に惚れやがったんだと、俺は胸中で、レイに悪態をついた。

 もう今日の鍛錬は終わりだ……無理。



 ◆



「それで、明日は真剣で修練することになったのですか」

「心底嫌だ」


 深夜。

 結局レイは一度も部屋を出てこず、レイの隣の部屋では、サヤがもう休んでいる。

 俺はハインを呼び出し、俺の部屋で状況報告をしつつ、愚痴をこぼしていた。

 今までなら、ハインの部屋に俺が出向いていたのだが、隣接する部屋では、サヤに聞こえてしまうということでこうなった。


「何が悲しくて、女に刃物向けなきゃならねぇんだぁ……。

 万が一傷でも付けちまったら……傷が残るような事態になったら……」

「サヤはそれも覚悟してると思いますが」

「覚悟の問題じゃねぇんだよ! 俺が嫌なんだ‼︎」


 項垂れる俺に、ハインは腕を組んで他人事のような顔だ。

 お前はサヤが心配にならねぇのかと睨み付けると、そんなもの、したって仕方がないとでも言うような顔で俺に言う。


「サヤは天涯孤独です。頼れる者はいない。ならば自分のことは自分で決めるべきでしょう。

 ……自分で決めるべきですよ」


 天涯孤独の身の上である、ハインがそう言う。

 誰かに委ねるべきではないのだと。

 それは確かに重みのある言葉で、俺は口を噤むしかない。

 だが……女に刃物を向けるってのは……。


「貴方がそれほど嫌なら、私が変わりましょうか。

 サヤにとっては、私より貴方の方が鍛錬になるのでしょうが、できないなら仕方がありません」


 どうせセイバーンに戻れば、私しか相手がいないのですし。と、こちらを見る。

 それ……俺に喧嘩売ってんのか?


「違います。

 私は正攻法では戦いませんから、サヤに傷がつく可能性は跳ね上がりますよ。

 まあ、サヤの武術がどういったものかは、まだ把握しきれていませんが、一般的に卑怯だとされる手段は、相手の意表をつくから、そう言われるのです。当然、危険度も高い。

 だからまずは、貴方で経験を積む方が良い。と、思うのですけどね。

 サヤを生傷だらけにしたくないなら……ですが」

「お前……サヤにまであの戦い方か…………」

「それはそうでしょう。私の実力では、そうでもしなければレイシール様を守れません。

 手段を選んでいる場合ではないのですよ」


 言うことは分かるけどな。練習の時くらいまともにやれ……。

 そう思うのだが、卑怯な手段も駆使すること自体が、ハインにとっての修練なのだろう。

 合理主義だから、どちらかの特にしかならないような時間の使い方はしないよな……。

 じゃあやっぱり、俺が相手するしかねぇじゃん……。


「サヤに経験を積ませることは、最終的にサヤを守りますよ。

 サヤに配慮できる貴方と修練するのと、いきなり殺す気でかかってくる悪漢を相手にするのと、どちらが良いかなど、考えるまでもないでしょう。

 あの娘は、ちゃんと自分の今後を考えて、必要だと思うことを求めているのです。

 付き合ってやらねば男が廃るのでは?」

「お前は良いよな。何でもかんでも合理的に処理できて。

 俺は、姫を護る為に騎士になるって、安直に考えて学舎に行ったような人間なのな。

 女を守るってのが身に染み込んでんの」

「じゃあ男装して貰えば良いでしょう」

「見た目の問題じゃねぇ!」


 責任の問題なんだ‼︎

 いつも通りの半分喧嘩なやり取りをして、俺がハインを部屋から叩き出してその日は終わった。

 だが結局、決めるのは俺ではなく、サヤだったのだ。サヤは自分で動く。あいつはどこまでも型にはまらない、異界の女なのだ。

次の更新は日曜日です。

なんとなく、出来る限り、2話ずつ更新していけたらなと思う、今日この頃。

もう数話したら、またレイシール目線に戻るかなと思います。

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