閑話 息子 1
「え……、今、なんて言った?」
ジークの言葉。
俺はたった今聞き取ったことが信じられず、呆然とそう聞き返すしかなかった。
だって……ないだろそれ。
「ですよね。俺も……まさかそんな風になってるとは、思いもよらず……」
信じられないのも無理はないと、ジークが息を吐く。隣でユストも意気消沈気味。
そうして、もう一度ゆっくりと、同じ言葉を口にした。
「アーシュは、騎士を退役しておりますので、この春をもって帰郷する……とのことです」
「なんで⁉︎ だってアーシュの退役は父上奪還のためやむなく取った手段で……、それだってもう、撤回されてるだろう⁉︎」
「それが……撤回は拒否したそうなんです。元々自分で、春の戴冠式までと、決めていたようで……」
そう言われ……勘違いでも聞き間違いでもなかった現実に、言葉を失う。
俺になんの報告も来ていなかったってことは、父上とアーシュの間で、そのように示し合わせてあったということ。
俺には知らせないと、決められていたということ……。
それがどうして今、発覚したかというと……。
騎士になるためには、自腹で装備一式と馬。更に試験費用を用意しなければならないのだけど……それ自体が一般庶民にはとても難しい。
これにかかる費用は、最低でも金貨三十枚以上……馬は日常的に維持費もかかるわけで、身内に騎士がいたり、貴族に仕えていたりしない限り、なろうと思ってなれるものではないのが現状だ。
だから、実力はあれど、試験を受けるだけの費用と装備を捻出できない者たちは、衛兵や他の仕事で収入を得つつ、訓練を続けて機会を待つことになる。
ジークもそんな中の一人で、彼の剣は、退役した老兵の払い下げ品だったそうだ。
父上奪還の褒賞として、装備と馬を提供されたジークだけれど、剣は元々の、その自前品を使用していた。
剣は消耗品。どれだけ丁寧に扱っていようと刃こぼれする。そうすれば研ぎに出して調整する。何度もそうやっていくうちに磨耗して、薄く短くなっていく。
長年使われていたジークの剣も同じくで、だいぶん薄くなった刃は、刃こぼれしやすくなっていたそう。
出費がかさむが、新調しなければ仕方がない……と愚痴っていたところ、ならばこれを使えと、アーシュが自らのものを差してきたのだという。
アーシュは貴族。当然他の者らよりも良い品を身につけているのだが、その小剣は当然、ジークには手が出せないような代物だった。
そもそもアーシュも騎士であるし、自らが使う剣をおいそれと人にやって良いわけがない。
貴族であるから金銭的な余裕があり、剣を新調するついでにと、こんなことを言い出したのだろうと思ったそう。
だけど、気軽に貰って良い金額の品ではないのは、見た目で充分分かっていた。そもそも、アーシュの剣がこれとなって、まだ二年ほどしか経過していないと知っていた。
だから、そんな高価なもの貰えるかと突っぱねたのだが、餞別だし構わないと言われ、びっくりしてなんの餞別だと問い詰めたところ、口が滑ってしまったと気付いたアーシュは……。
「二人で二日間問い詰めてやっと聞き出したんです……」
「アーシュ……」
ユストと二人掛かりで二日掛かるとか……なんて強情……。
「でもなんだって辞めるなんて……。領地に帰らなきゃならない理由があるのか?」
婚姻とか、後継として戻れと言われているとか?
そう問うてみたのだが、アーシュのことを最も知っているであろう二人は、違うだろうと首を横に振った。
「そういう話は聞いてないです。婚姻とかは……元々それが億劫で出てきたようなこと言っていましたし……。
あいつは順位的にも、後継とか、そういうのが巡ってきそうにない立ち位置ですし……。
……でもまぁ……なんていうか……考えてみれば当然というか……」
「うん……。元々あいつは、ロレッタ様に仕えていたようなものだったので……」
母の名が出て、言葉に詰まった。
アーシュが俺の母をとてもよく知っており、慕っていたらしいのはなんとなく知っていたけれど、俺の母に仕えているも同然だった……というのは初耳だったのだ。
驚いた俺に二人は、ロレッタ様が農地視察に来られた時は、だいたいアーシュが付き従っていたのだと教えてくれた。とはいえ、二人は騎士試験を受けるための資金を貯めている最中で、近くへ立ち寄った時に、少し言葉を交わす程度であったのだけど……。
「ロレッタ様がもういらっしゃらないから……騎士に未練はないようなこと、前も、ちらっと言ってたんですよね……」
あの時もっと真剣に聞いてやっていれば……と、後悔している様子のジーク。ユストも、普通に騎士を続けているから、もう母のことは吹っ切れたものと考えていたらしい。
まぁ、アーシュも二人の前では特に、そう振る舞っていたんだろう……。
「……分かった。報告、ありがとう」
ちょっと、父上に事情を確認して、アーシュとも話をしてみよう。
できることなら、このままセイバーンに残ってもらいたい。ただでさえ貴族出身の配下は少ないし、これからのことを考えると、彼にはいてもらわないと困る。
そう思い席を立つと、ユストが慌てた様子で「あの!」と、俺を呼び止めてきた。
「アーシュはレイ様に対して、ちょっとキツい言動だったりしますし、思うところはあると、思うんですけど……根は、いい奴なんです!
貴族出身なのに、俺たちとつるむくらいだし、訓練だって怠けず真面目に取り組みますし……!」
ユストは、俺が彼をあまり良く思ってない……そう解釈してる様子だな。
ユストを擁護するように、ジークも真剣な表情で言葉を挟んできた。
「立場にあぐらをかかず、我々と同じ訓練を、同じようにこなす律儀な奴です。
先に騎士になったのに、金銭的な問題でなかなか試験を受けられない俺たちを、蔑んだりもしなかった。
あれは、素晴らしい騎士です。セイバーンに必要な男だと、俺も思います」
ジークがまっすぐな瞳で俺を見据え、ユストの足りない言葉を補う。
アーシュを愛する二人は、俺が彼を手放す気でいるのではと、心配したのだろう。だから、笑って「大丈夫だよ」と、言葉を繋いだ。
「アーシュが良い奴なのは、俺だって分かってるよ。
だから、一回アーシュの話を聞いてくる。残ってくれないか、お願いしてみるから」
そう言うと、二人揃ってホッと息を吐く。
けれど、すぐに表情を引き締めて「あの……」と、ジークがまた、俺を呼び止めた。
「アーシュは……ロレッタ様を、とても慕っておりました。
弟のことを、救ってくれた方だと……。旅先での、些細な出来事の恩義を返そうと、そんな風に、律儀に考える男なんです」
「うん。その話は聞いている」
「それはその……ロレッタ様をその……」
「うん。敬愛してくれていたのだって、分かってるよ。
……俺を見ていると、母を思い出すのだろうな……。だからどうしても、態度が硬くなる。それも勿論、分かってるから大丈夫」
母親似だと、自他が認める色合いと顔だ。勿論分かっていた。アーシュがつい、母の面影を探して、俺を目で追ってしまっていること。
それによって突きつけられる現実に、辛くて悔しくて、拳を握りしめているところだって、何度も目にしていた。
でもそれは、俺が指摘することじゃなかったし、彼だって俺に気付いて欲しいとは、思っていなかったろうから……。
「心配しなくても大丈夫。俺だってアーシュのことは好きだよ」
若干の苦手意識はある。
でもそれは、彼がどうこうって話じゃなく、俺に負い目があるからだ。
俺の知らない母を、アーシュは沢山知っていて、俺なんかよりよっぽど、母を大切にしてくれていたのだろうって分かってるから。
過去を引きずり、ずっと母を遠ざけていた俺は、十六年も前の母しか、知らない。母に、息子として何ひとつ、返していない……その後ろめたさがあるからだ。
「良い機会だと思う……。母についても、少し……話をしてみるよ」
二人にそう約束して、俺はひとりで執務室を出た。
まずは父上のところに向かうことにしたのだけど、途中でハインに見つかってしまった……。
「ちょっと父上のところに行くだけなのに……」
「ちょっとかどうかなど関係ございません。
ご自分の立場をいい加減、理解していただけませんか?」
物凄く怖い顔で言われた……。
いや、理解してるよそりゃ。だけどさ、ここってまだ人材教育中で、実質人手不足だし、今日ははサヤもハインも、忙しいわけだし、ちょっとくらい……。
「シザーもオブシズもいないじゃないですか!」
「だってあの二人も今、忙しそうだし……」
現在、新たな武官を確保するため、新人衛兵の訓練とか、騎士の訓練とかに彼らも駆り出されているのだ。良い人材がいたら、そこから引き抜こうと思っているらしい。
本当は従者も確保したいのだけど、俺の身の回りは色々がややこしいし、一番近い位置に置く人間になるから、他が落ち着いてからと思っている。
「新しい者が増えたせいで、まだ色々理解できてない輩も多いのですから、一人で彷徨くべきではありませんと、何度も言っているはずです」
はい、何度も言われてます。ごもっともです……。
実際それでちょっとしたことも、既に起こっていた。
貴族に仕える目的。それはやはり箔をつけたいとか、良い給金で仕事がしたいとかもあるのだが、女性の場合は行儀作法の一環として……というのがある。
これは言葉通り行儀作法を習いにきているのではなく、良縁を確保するための出会いの場としてのお勤めを指す。
貴族に仕えるのは当然、身元のしっかりしている裕福な家庭。そこの二子以降である場合が多い。後継ではないから、今後の身の振り方を考えなければならないわけだ。
そこで、同じ程度の立場の者との出会いであったり、場合によっては玉の輿……貴族の妾や第二夫人以降という立場……そんなものを求めて来るのである。
今まで俺は、ジェスルとのこともあり、使用人を寄せ付けなかったから、その手のことには縁が無かったのだけど、今は脅威も去り、雇う使用人も増え、彼らと接する機会も多くなった。
とはいえ、俺は華をサヤのみと定めているし、前から仕えている者らはそれを理解してくれている。だから、俺の部屋や身の回りを任せる女中は、女中頭の采配により、問題とならない人物ごく少数に、絞られていたのだけど……。
それでもなんやかや、絡んでくる者はまぁ、いるよね。それで夜間警備を行うために、武官を増やすって話になったんだけど……。
「あれはちょっと想定してなかった……」
まさか女性側から夜這いに来るとは……。
その日、その女中は、夜着の上に羽織を纏っただけという出で立ちで、茶器を持って俺の部屋へとやって来た。
俺の部屋の周りを夜着で彷徨く女性なんて怪しさしかない。当然隠れて警護に当たっている吠狼らが察知し、ジェイドに伝えられ、彼が俺の部屋の前で警護のふりして立っていてくれたため、彼がその女中と対峙することとなった。
「申しつけられておりました、お茶をお持ち致しました」
比較的美しい女中であったそうだけど、そもそも俺が、若い女中に夜着でお茶持ってこいなんて、言うはずない。
それが分かっていたジェイドは、無言のままそのお茶をその場で湯飲みに注ぎ、自ら煽った。で、唖然とする女中に器を返し……。
「これ、若様の好む味をしていない。サヤに習ってから出直して来たら?」
もう帰っていいよ。と、暗に告げた。
一つしか持って来ていなかった湯飲みを勝手に使われてしまい、一見お子様に見えるジェイドにそんな風にあしらわれた女中は、凄い顔でジェイドを睨んでから引き下がったそう。
因みにそのお茶には酒が入れてあり、就寝前に入眠剤として飲む者も多い、ごく一般的なものではあったのだけど……。酒に弱い俺は更に、飲まないよね……。
「酒だけで良かったな。
これじゃ、媚薬やら強精剤やら、入れられることも考えた方が良さそうだ」
翌日サヤのいない場所でそう報告され、唖然としたものだ。
まぁそんなこともあり、吠狼の目に見えない警備があるとはいえ、見えないせいで愚行に出る輩がいることが発覚した。
そんなこんなを牽制するため、武官による夜間警備を行えるよう、人員を増やそうとなったのだ。
で、後日談。その女中は俺との接点が無い場所に配属替えとなっております。
「でも今は昼間だよ」
「昼間なら何もないなどと、何故言い切れるのです?」
……そうですね。言い切れませんね。
仕方がないのでハインをくっつけたままで父上のところに行くこととなった。
ハインとアーシュ、最初の印象が悪すぎたせいで、あまり仲が良くない。だから嫌だったんだけどなぁ……。
サヤを呼べたら良かったのだけど、本日のサヤはルーシーの貸切。バート商会の新事業、女性の仕事着開発に携わる日となっている。今日をルーシーがとても楽しみにしていたのを知っているので、邪魔をするのも悪いと思ったんだ。
「父上、少しお時間を頂いて宜しいですか」
セイバーンの執務室。仕事復帰した父上は、こちらで領内の運営に関することを手掛けてくれている。
現在俺が地方行政官の仕事でバタバタしているので、本当に助かっているのだけど、何せまだ本調子ではないわけで、あまり無理はしてほしくない。
補佐であった母もいないので、ちょっと心配だったのだけど、その穴はガイウスやルフスが、なんとか埋めてくれていた。
「どうした? 珍しい……」
「はい。……あの……アーシュ……イエレミアーシュのことで、お伺いしたいことが……」
そう言うと、ピクリとハインの眉が跳ね上がったのが視界の端に見えた。だから、来てほしくなかったんだってば……。
俺の遠慮がちなその問いに、父上も何についてか、理解した様子。
ルフスを呼び、車椅子を移動してくれと命じた。俺も足を進めて、応接用の長椅子へと移動する。
「申し訳ありません。お忙しい時に」
「良い。イエレミアーシュの件、どこで聞いた?」
「ジークハルトとユストゥスから、報告が上がりました」
どこで聞いたか。……それを確認するからには、やはり俺には伏せておくつもりだったのだな……。
俺、やっぱりアーシュにはあまり良く思われてないんだなぁと、改めて納得してしまった。……うん、まぁ……分かってはいた。
少々気落ちしていたのだけど、それは父上にも見えていたのだろう。苦笑して、俺に違うぞと、言葉をくれる。
「誤解しないでやってくれ。あれは元々が、ロレッタに仕えるための仕官であったのだ。
一般庶民であり女性だからな。あれが自ら行動するより、イエレミアーシュを介して動く方が、色々都合が良かった。
だから……本来ならイエレミアーシュはもうとっくに、ここを辞しているはずだったのだよ」
母の死の直後に。辞めていて当然だったのだと、父上。
けれどアーシュはそうしなかった。辞めたと見せかけ、父上奪還のため、陰ながらずっと、耐え忍んでいた。
「そうだな……良い機会かもしれん」
そうして父上は、少し考えてから、ロレッタの事情を話しておこう……と、俺に言った。
「セイバーンの運営は特殊である……ということは、お前はもう充分理解していよう。
ロレッタは女性の身であり、貴族ですらなく、若かった。それでも私の補佐となったのは、当然その能力を見込まれたからだ。
しかし……貴族社会は、お前の知る通り、女性の立場が弱い……。貴族ですらないとあれば尚更。
あれも例外なく、その価値観の渦中にいたのだよ」
俺の知らない母のこと……。
父上と常に共に行動していたと思っていたのに、それでも母は苦労していたのだと言う。
「イエレミアーシュの弟を、あれが助けたと言う話は、聞いているのだな?
あの折も、本来ならば、あれに付けていた従者や武官が動けば良かったのだ。けれど、実際はそうならなかった……。
そしてお前のことを引け目に感じていたロレッタには、あの状況を捨て置くなど到底無理だった。……小柄であったからな……それで少なからず、命を危険に晒したのだよ」
急に走り出したロレッタを、配下の者らは追わなかった。
それは、母との間に信頼関係が築けていなかったということであり、彼らが母を警護対象と見なしていなかったということでもある。
例えばそれが俺であれば、ハインは俺が動くより先に、俺が取ろうとする行動を見抜いて忠告するくらいのことはしてくるし、俺が止まらないとなれば自らが動くだろう。
「イエレミアーシュは仕官の面接時、あの時のことを、よく覚えていると言っていた。
下位貴族であるセイバーン男爵領に貴族は少なく、本来なら身内で補う部分に割く人手すらなかった。
その事情があり、仕方なしに登用された一般女性。男で彼女ほどのことができる者がいなかった。だから採用された、特例中の特例。なのに、その体たらく。
『そのような状態では、為すべきことも成せないままでありましょう。
ですから、私がロレッタ様の補佐となります。私を彼の方の手足として、お使いください』
成人してすぐ、ここにやってきたあれは、我々より上位の子爵家の者でありながら、そう言ったのだよ」
クスクスと笑って、父上。
それはまた豪胆な……と、思ったけれど、アーシュは優秀だ。
北の貴族は他に仕官する者が多とはいえ、彼ほどならば領内でも口は有ったろう。なのににわざわざ、セイバーンへやって来た。
「イエレミアーシュがここに残っていたのは……ロレッタの死が、落馬などではないと、分かっていたからだ。
あれは本当に、忠義に厚い男だよ。一庶民でしかないロレッタに、誠を尽くしてくれた。あれが死してもなお、あれの願いに尽くしてくれたのだ。
だから私は、イエレミアーシュの願いをそのまま受け入れることにした。それだけのことなのだよ。
本来ならば、手放したくはないのだが……。だが、お前の姿を目にすることは、あれにはかなり、堪えるようだ……」
そう諭され、やはり俺の姿が母に似ていることが問題だったのだと、改めて理解した。だけど……。
「そんなに、似ていますか? だって性別から違うんですよ?」
小柄だったという母。俺の記憶の中の母は、俺より背が高かったから、全く実感が湧かない。
今の俺は男の中でも、上背はある方だし、そもそも性別が違えば、取る行動だって全く違ってくるだろう。
なのに、似ていると言われることに、違和感しかない。
そりゃ、顔は似ているのだと思うが……見て育ったわけでもないのに、他に似る要素は無いと思う。
だがその問いは、父上の笑いを誘ったようだ。
しばらく顔を伏せて笑っていたのだけど、最後に深く、重い息を吐き……。
「……何故だろうなぁ……。不思議と、似ているんだ。見た目ではなくて、咄嗟の仕草や、行動が……。
お前とあれは……ほんの幼き頃に、数年しか、共にいなかったはずなのに……」
顔を上げた父上が、思いの外苦しそうな表情であったことに、動揺した。
ガイウスとルフスが、そんな父上の表情から、視線を逸らす。
父上が、こちらに来いと手招きするから、恐る恐る近寄ると、そのまま頭を抱き寄せられた。
「私は、お前があれに似てくれたことを、嬉しく思える。
苦しくはあっても、嬉しいのだよ……。あれはちゃんと、お前の中に残っているのだと思えるから。お前に繋がっているのだと、感じれるからな。
だがイエレミアーシュは……そうもいかないのだろう。
ロレッタは……お前をあれに重ねていた……。まるで息子と接するように、接していたんだ」
だが、悪く思わないでやってくれ……と、父上は言葉を続けた。
母がそうしたのは、俺にしてやりたくてもできない。そんなやりきれない気持ちがあったからなのだと。
「親元を離れ、田舎の地で一人暮らしだ。当然はじめは、イエレミアーシュも色々と苦労を強いられた。
貴族だと知らない者からの、金持ちに対するやっかみなどもあったからな。
来て早々、訓練期間も短く試験を受け、騎士に採用されたこともまた、やっかみを買った。
自らも苦しい立場に立つ身であったから……当然ロレッタにもそれは、見えたのだろう」
あれこれと世話を焼かずにはいられなかった。
自らの下に就くせいで、アーシュが更に難しい立場に立たされることも、申し訳なく思っていた。だから……。
「どうしても、母親の目線になってしまったんだ」
「そうだったのですか……」
そしてアーシュは、唐突に母を失った。
彼からしてみれば、疑惑まみれの死因だったのだろう。だから、足掻いた。真相を追求するために。
その中で俺と縁が繋がり、会ってみれば、俺は母親を嫌悪し、名が出るだけで顔を歪めて話すら拒否していたのだ。それは、腹も立つだろう。
俺が置かれていた状況だって、彼は知りようもなかった。事実を知ったところで、信じれたものでも、なかったろうし……。
そうして今ここは……母がいなくとも、動き、日々が恙無く巡っている……。
母に似た俺が、当たり前の顔をして、母の代わりにここにいる。
それが苦痛にならないわけがなかった。
息子のように、接していた……か。
アーシュはそんなこと、俺に一言も、言わなかった。……いや、言えなかったのだな……。
「……俺と共にいることは、アーシュにとって苦痛なのですね……」
知っていた。
俺を見て、拳を握っていたことを。だけどその理由を、そこまで深く、考えていなかった。
だけど、それでも……。
……彼に残って欲しいと思うのは……俺の我儘なのだろうか……。
今週の更新を開始いたしますっ。
とはいえ、今週もあまり書けてません……これから頑張ります。
今回は閑話続きとなる予定。




