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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十一章
332/515

洗礼

 訓練所で時間を潰すうち、程なくして報せが入った。

 クロードが到着したとのこと。

 で迎えに行こうとしたら、お前は彷徨くな、ややこしいことになるだろうが⁉︎ と、リカルド様に怒られてしまい、待機を言い渡されてしまった。

 もう井戸周りの有象無象は散ったから良いと思ったのだけどなぁ……。


 やってきたクロードは、俺を見るなり「大変だったようですね」と眉を寄せて苦笑顔。どうやら迎えの騎士から、多少のことは聞いたらしい。


「成人前の洗礼ですか。常のことではあるのですが……」

「ふん、男爵家の者が、学舎の卒業資格も無く長からとなったのだ。やっかみも当然あろう」

「……洗礼?」


 首を傾げると、あれ、知りませんでしたか? と、クロード。成人前の仕官には洗礼がつきものなのだと教えてくれた。


 例えば、学舎を好成績で卒業し、王宮へと望まれた場合、その人物は優秀で、留年無く卒業に至っていることが多いのだけど、そうなると大抵が成人前だ。

 二十歳に満たない者を未熟と考える貴族社会であるから、そういった成人前の参入は、まず何かしらの形で叩かれるのだという。


「武官であれば、十人抜きまでやめられない模擬戦であったり、延々と続く肉体造りであったりだな」

「文官の場合は、到底一人では終えられない書類仕事を押し付けられていたり、何かしらの失態の謝罪に巻き込まれたりしますね」


 身分によって対応はまちまちであるが、概ねそんな感じであるそうな。

 ……貴族社会って、案外ドロドロしているんですね……。

 いや、知ってたけど、そういうネチネチしたのもあるとは……。


「そう言えば、近衛のあの男の時は見物であったな」

「あぁ、あれは凄かったですね」


 誰のことだろうと思えば、ディート殿だった。

 ディート殿は、男爵家であるうえ辺境地であるヴァイデンフェラーを出たことがなかった。当然学舎の在籍歴すら無い。

 それが王宮へと見出されたのにはそれなりの経緯があったそうなのだけど、学舎を卒業しているわけでもなく、しかも成人前。それが近衛へと抜擢されたとあって、やっかみも相当であったのだという。


 当初は実力を疑われ、ネチネチした嫌がらせの末、かなり不利な模擬戦を無理矢理こなすよう強要された。

 しかしディート殿は歴戦の猛者。一対多数など日常茶飯事にこなしてきており、一般騎士が敵うわけもなく、あっさり勝ち抜いてしまったそう。


 それ以後、ネチネチは遠巻きに嫌味や小言を言われたり、こっそりとした嫌がらせをされる日々となったらしい。

 そうしたら今度は、気配を消してそのネチネチに相槌をうちにわざわざ出向き、ニコニコと話に加わったり、嫌がらせ現場にひょっこり現れたりして、そんな輩を撃退していった。

 それで結局、下手なことはできないと理解され、たまに嫌味を言われる程度になったとのことだ。


「楽しんでいたのでしょうね」


 なんか眼に浮かぶ……。

 そう感想を返すと、一瞬驚いた顔をしたクロードが、意表を突かれたとでもいうようにくすくすと笑いだす。


「その発想は無かったですね」

「彼の方、本当に豪胆だし……」


 成人前を逆に利用して、有用人物を選別していた節すらあります……。


「そもそも、順当に学舎を出て仕官が決まれば、当然成人前だ。毎年とは言わずとも、それなりにいる。

 いちいちやっかむ暇があれば鍛錬なり、勉学なり励み、己を高めれば良いものを」


 そんな風にリカルド様は言うが、そう考えられることが、この方の美徳のひとつだと思う。

 この方は、サヤに投げ飛ばされても、それを隠しもせず、また逆恨みもしていない。当然口さがない者は、影で何かと囁いたことだろうに。役職を賜っている以上、立場もあるだろうに……。

 女性に遅れをとることを矜持に関わると考え、なんとしてもそれを認めまいとする者は、きっと多いと思う。

 実際、先程だってそれを懸念して、サヤを遠去けた。


「ですが、レイシール様に絡んできた輩は悪質ですね。汲み上げ機を進呈せよですか……」

「長であるくせにその地位の意味も分からぬ輩とは……。何故有耶無耶にする。さっさと叩き潰せば良いものを。あの狸(ファーツ)め……」


 番犬扱いに狸扱いですか……。仲良いのかな、このお二人。


「そのように単純にはいきませんよ」


 苦笑しつつクロード。縁故採用とかも多数ありそうだもんな。貴族は(しがらみ)に左右される社会だから。

 あの場をああして収めたということは、柵の部分が大きく影響していたのかもしれない。

 そんな風に考えていたら、話も一区切りついたついでとリカルド様が。


「クロ、手続きは終えたか」

「はい。引き継ぎも無事終えました」

「ならば荷物の処理は下に任せ、本日は此奴に付き従え」

「無論、そのつもりです。先程のような輩がまた絡みに来てはことですからね」


 今まで王都で文官をしていたクロードは、本日辞職を正式に受理され、引き継ぎも終えたそうだ。

 切り替えの時期であったこともあり、ことはすんなり進んだらしい。

 本日はその手続きを午前中ずっと行なっていたのだろう。で、俺にちょっかいをかけてくる輩を追い払う虫除けとして、この後は俺に、クロードを従えて歩けということらしい……。

 いや、それはそれでやっかみ買うんじゃないかな……。だって男爵家に公爵家の方が付き従うって……むしろ貴族の大半を敵に回す行為では? 逆で良いんじゃないだろうか。


「何をおっしゃいます。私は自ら主を定めたのですから、何も気にすることはございません」

「いや、だけどここはそれこそ同僚とか……知人も、多いだろう?」


 そんな方々に見られたら……。そうしたらクロードに対しても、口さがない者がとやかく、言うかもしれないじゃないか。

 そんな俺の懸念を、この高貴な血筋の二人は当然察したのだと思う。


「大丈夫ですよ。元職場にはもう自己申告しておりますし」

「ふん。せいぜい周知して回れ。今後のためにも必要なことと割り切るくらいの腹は決めろ」


 公爵家の、しかも二家の血を引く方である、お二人なのに……俺を支えることを、当然のようにしてくれる……。

 そんな風に考えていることも筒抜けているのか、二人はもうとやかくは言わなかった。けれど、決定事項として話をすり替えられてしまう。


「それはそうと、サヤ。本日の装いはまた良いね。女性らしくて、でもとても凛としている」

「えっ⁉︎」


 急に話を振られて、端で従者として慎ましく待機していたサヤが、慌ててしまう。まさかそんな風に言われるとは想定していなかったのだろう。頬を染めて、しどろもどろにありがとうございます。と、賛美に対しての礼を取る。


「もう男装は終わりか」


 リカルド様もサヤの服装がいつもと違うことは気付いていたのだろう。そう問われたので、そうなんですと答えておいた。


「もう、偽る必要もなくなりましたし……」

「それで良い。性別を偽ってまで(はべ)らせていると思われるよりはな」


 やっぱり、そう思ってる人、多かったのだろうな……。


 だけど女性だと知られることが前提になると、サヤを苦しめることも増えるだろう。今は従者がハインとサヤ二人だし、ここでは選択肢の問題でサヤを連れてくるしかなかったのだけど、セイバーンに戻ったら、もう少し身の回りのことをお願いする者を増やすべきなのかもしれない。


 だけどそれは、難しい問題だ。


 俺の身の回りには獣人に関わるものが多すぎるし、そうそう簡単に人を増やせる状況にないんだよな……。

 そんな風に考えていると、大工が到着したという知らせが入り、つい反射で動こうとした俺の襟首を、リカルド様が引っ掴む。


「…………何度も言わせるな」

「はい、申し訳ありません…………」


 いや、別に聞き流しているとかじゃなくて、俺が一番身分低いし俺の呼んだ職人だって思うと条件反射っていうか、身体が自然と反応しちゃうっていうか……。


「クロ、お前の最も重大な任務は、此奴に落ち着きを覚えさせることだ。肝に命じておけ」


 そんな風に怖い顔で言われ、俺とクロードは顔を見合わせて苦笑した。



 ◆



 大工が無事到着。

 貴族関係の仕事も経験豊富な者たちであったため、礼儀作法も申し分なく、リカルド様への紹介を無事終えることができた。

 とはいえ、公爵家との取引は初めてであるとのこと。相当な縁を賜ったと恐縮しきりだ。

 けれど、それに見合う仕事はしてみせると胸を張る姿には好感が持てた。無駄に媚びるでなく、やることをやろうとする姿勢が。

 リカルド様にとっても、その気質は好ましく思う部類だと思う。


「とりあえず詰めは僕が担当しますよぅ」


 マルがそう言ってくれ、湯屋建設の担当文官も呼ばれて打ち合わせ。場所や資材の確認等をしていく。その間俺たちはどうしようかと思っていたのだけど……。


「先程、ファーツ様がおっしゃってたじゃないですか。陛下に御目通りしておいてはどうです? 帰還前の挨拶も兼ねて」


 陛下が顔を出せと言っていた件? あれはファーツ様の適当にでっち上げた言い訳じゃないのかな。

 それに事前連絡もしてないし……。

 そう思ったのだけど、なかなかこちらには顔を出せないのだし、諸々の確認はしておく方が良いとのこと。


「直属の上司ってご自分でおっしゃったんですから大丈夫ですよ」

「……まぁ一応お伺いだけ立ててみようか」


 確認はしておこうかと思い、とりあえず手続きへと向かうことにした。


「じゃあ、行ってくる」


 と、いうわけで。

 マルを残し、クロードを加えて王宮内へ。

 役職を賜っている者たちは、直属の上司に対し報告を行う義務を持っているので、そのまま印綬を示して奥へ通してもらっても良い。

 だけど流石に、王家の、しかも王に対し、直属だからって……ねぇ。

 特に用事もないのにそれをするのもなぁと思ったため、まずは受付室で陛下への御目通りを願う書類を提出。明日帰郷予定だけれど、何か御用はございましたか? といった内容。役職名を記すし、ちゃんと陛下にご覧いただくことができるだろう。

 急な謁見希望だし、用がなければ書面でも伝言でも構わないからと伝え、暫く待つ。


 庭でも散策しようかなと思ったけれど、やっぱりサヤに向けられる周りの視線が気になって、彷徨くのもどうかなと考え直した。

 だけど受付室前は人が一番通る場所だろうしなぁ。でもあまり変な場所に行くと、また確認に戻ってくるのも大変だし……。


 さりげなく視線を巡らせてみると、クロードを引き連れている俺……という謎の状況と、なんだか不思議な服装の女性を引き連れている……ということで、こちらを見て怪訝そうにしている人が多いように思う。そして当然、女連れであることに対して眉をひそめる者や、明らかこちらを嘲笑していたり、あれはあの女近衛では? と、指差していたり……。サヤがどこか険しい表情なのは、成人前の子供は乳離れすら出来ていない……なんて、わざとらしく聞こえるように、俺をこき下ろす声もしてるからか……。

 だけど、俺は別に、良いんだよ?


「……大丈夫?」

「問題ございません。やはり物珍しいでしょうし、そこは仕方がないかと」

「そう……。でも、我慢はしなくて良いんだからね?」

「はい、有難うございます」


 そんな会話をする俺たちを、オブシズだけでなく、クロードまでもがさり気なく動き、庇ってくれた。

 サヤが苦労をし、男性に対して緊張感を持たざるを得なかったという話をしているからか、自然とそう動いてくれる心遣いが有難い。

 そんな風に思っていたら、俺の視線に気づいたクロードが微笑みつつ、こんな提案をしてきた。


「レイシール様、もしよろしければ、王宮内を散策なされませんか。

 ここは慣れておりますので、落ち着ける良い場所もいくつか心当たりがございます」

「それは有難いな……。ここからは……」

「然程離れません。受付にも知らせを走らせてくれるよう、手配しておきます」

「有難う。頼む」


 スッと離れるクロード。できる文官ってあんな感じか。

 そして、俺に対しへりくだるクロードと、それを当然と受け止める俺の姿に、周りもギョッとしたのか会話が止まる。

 女連れであることより、公爵家の方がなんで⁉︎ あいつ何⁉︎ という驚きの方が優ったのだろう。

 ……クロード、当然意識してわざと見せたんだろうなぁ。ほんと、心配りが凄い。


「では参りましょう」


 先程書類を渡した受付に向かい、何言か言葉を交わしてからすぐに戻って来たクロードは、なんでもないことのようにそう言い、微笑む。

 受付室を出て、まずは入り口に向かい少しだけ戻り、途中の階段を上に促された。

 二階は、職務に携わる者たちに割り振られた執務室が続くのだけど、基本的に職務に就いていない者は立ち寄らない。よってここの階は大抵の人が素通りして、三階に向かう。謁見だの会議だのに使う大部屋はこの階にあり、四階は大臣や長らの中でも、王宮内で業務に携わる者たちの個室や執務室があり、更に上階が王家の執務室やお部屋となっていたはず。……うろ覚えの知識だけど、確か学舎でそう習った。まぁ王家の邸宅は王宮の更に奥、内壁に囲われた中に別途あるのだけど。こちらの構造は極秘事項となっているので、あるということしか知らない。

 だから二階に立ち入って良いのかな……と、思っていたのだけど、さして進まぬうちに露台へと足を向けるクロード。


「ここなど如何でしょう」


 そこは、露台ではなく、渡り廊下だった。屋根のついた立派なものなのだげど……どこに繋がっているんだろう?

 歴史が長く、増改築を繰り返されているからか? なんでここに渡り廊下? と、不思議に思う。


「この先は礼拝堂と図書館に続くのですが、出入り口は一階ですからね。結局降りなければならないので、雨の時でもなければ、利用者は殆どいないのです」


 壁こそ無いものの石造りの渡り廊下は広く、五人ほどが横に並んで歩けそうなくらいしっかりとしている。

 利用者は少ないと言っていたけれど、手入れはきちんとされている様子。

 中程に少し広がった部分があり、丸いその空間には、廊下部分以外、手摺り前が全て、作り付けの長椅子になっていた。


「中庭も見下ろせますから、なかなかに良い場所なのですよ」

「本当だ」


 成る程。露台の手すりには隙間があるものの結構がっしりしているし、東屋風に広げられたこの空間も、柱に囲まれている。この影ならば、他の階からもあまり目につかないのか。

 庭の眺めも良いな。若い緑と色とりどりに咲いた花たちに、春の息吹を感じられる……。


「ありがとう、じゃぁ、ここで待とうか」


 石の長椅子に座り、皆にも寛いでで大丈夫だよと伝えると、オブシズは警護のため辞退したものの、サヤとクロードは座ってくれた。

 王宮内へと続く渡り廊下に陣取ったオブシズは、ここに立ち入ろうとする者がいたら知らせてくれるつもりなのだろう。

 サヤの顔色も確認したけれど、まだそんなに崩れた様子はなくてホッとする。そしてクロードが、サヤの緊張をほぐすためか、話題を振ってきてくれた。


「サヤの従者服は、やはりバート商会なのですか?」

「うん。今、女性の仕事着に特化したものを作り上げようって話になっててね」


 もう丸々がブンカケン所属なのだし、クロードに話しておいても良さそうだ。

 サヤの従者服もだけど、女近衛となった方々の制服や、日常着も試作段階に入っている。ここに滞在中は、仕事が滞ることのないよう、手の空いた者を貸してくれているのだ。本店は針子も多いしで、仕事が本当に速い。

 役割分担で各部門を分けており、受注、意匠、裁断、縫い、装飾、検品と、それぞれに特化した職人、使用人までいるのだ。

 急ぎの仕事などにも対応できるよう、その中にもまた細かに分けられた班が存在する。


 これからクロードもバート商会に関わってもらうことになるのだろうし、待つ間にその話でもして時間を潰そうかと思っていたのだけど。


「人が、来ます」


 オブシズが立つのとは逆の方向。図書館側を向いていたサヤが、不意にそう呟いた。

 その表情……どこか硬く、緊張した様子に、俺とオブシズは即座に警戒を強める。


 怪訝そうに顔を上げたクロードだったけれど、オブシズはサヤの耳が良いことをよく理解している。

 ザッと動き、図書館側から俺たちを隠す位置に移動した。


「何人だ」

「一人ではないです。……複数……としか」


 サヤも立ち上がり、クロードも不思議そうにしながらも続いた。そうして、やっと人の気配を感じて、成る程と納得。

 渡り廊下のずっと先、階段を上がって来た人影。それは、白い一団だった。

 法服を纏い、その上から肩衣と大外衣。頭にも白い司教冠……中の一人のあれは、大司教冠だ。つまり……。


 俺も礼を取るため、立ち上がる。

 聖職者は身分外の存在……とはいえ、一応貴族は全員アミの民であるとなっているから、神職者には敬意を払う必要がある。

 険のある口調で、途切れ途切れに流れてきたのは、王家と公爵家に対する罵詈雑言。成る程、だからサヤの表情は強張っていたのか。

 そうして上がって来た方々は、進行方向に貴族がいたことに気付き、ギョッとした。


「…………聞かれたか。いえ、遠いですし大丈夫でしょう……あれは公爵家の……なんていまいましい……しっ、もう喋るな……」


 後方のサヤが、コソコソと交わされる会話を、まさか解説しているなんて……思ってないよなぁ。


「知らぬふりを通す」

「はっ」


 俺の呟きに、クロードは即従ってくれた。


 一団が差し掛かる少し手前から頭を下げ、礼の姿勢をとると、警戒していた一団が少しだけ緊張を緩めたのが分かる。

 視界は広を見る目に切り替えていたから、視線を伏せていても、彼らの皺の寄った手が、ギュッと握られていることや、口元が嘲笑に歪んでいることが見えた。

 そして前を通り過ぎようとするその一団の中に混じる、一つだけの、滑らかな手……。あぁ、やっぱり。


「レイシール様?」


 柔らかな口調に、俺は気持ちを引き締め、ゆっくりと顔を上げた。

 一団の最後尾、その滑らかな手の持ち主……。


「アレクセイ殿。お久しぶりです」

今週の更新を開始いたします!

今回は一話半書けてるよ!というわけで、三話更新遅刻無しを目指して頑張ります。

では今週も、お楽しみいただければ幸いです。

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