新風
会議の翌日、俺たちは少し早めに起床し、諸々の準備を始めた。
明日にはセイバーンに向けて出発する予定なので、細々したことを今日中に片付けていかなければならない。
「スランバートさん、紹介状、本当にありがとうございます」
「いやいや、馴染みを紹介しただけだよ。
それに、王宮の仕事を貰えるなんて名誉なことだからねぇ。寧ろこちらが感謝されちゃったくらいだから」
「でも本当に助かりました。祝祭の最中にも関わらず、商談を受けていただけて……。
それに、信用のおける腕の方を探し出すのは、正直一番大きな課題だと考えていましたから」
本日は、やっと寝台から解放されたスランバートさんと、アリスさん。そしてギルの兄であり、ルーシーの父であるアルバートさんを朝食に招いた。
本当は、奥方のノーラさんもお誘いしたのだけど、彼女は貴族との縁が無かった家系の方。粗相が心配と辞退されてしまった。
本来アルバートさんは本店には寝泊まりしておらず、少し離れた場所に家を構えているのだけど、迷惑じゃなかったろうか……。
だけどこの時間くらいしか、皆で揃えそうな時間が無かったのだよな。
「本当に良い腕の方でしたよぅ。あまり細かい説明をしなくとも、図面の要点をズバリと聞いていただけて助かりましたし。
なんでこんな面倒くさい構造にするんだって文句も無く、むしろ良く練ってあると感心していただけましてねぇ。
向上心のある良い職人さんです。僕も安心してお願いできましたよぅ」
マルからもそんな声が上がった。これだけマルを納得させるのだから、本当に素晴らしい職人なのだろう。
実は、俺たちが祝祭やら式典やらで忙しくしている中、マルは騎士訓練所に設置する湯屋建設。これを委託できる業者探しを、担当してくれていた。
一応情報収集は済ませてあり、あとはひとつずつ当たって実際の感触を確かめていくつもりであったのだけど、委託候補の上位にスランバートさんの馴染みの方がいて、聞いてみると、腕の方も信用できるとのこと。そしてついでだからと、紹介状まで用意してくださったのだ。
一応、貴族の仕事であることは伏せ、まずは図面を見てもらい、作れるかどうかも含め話を聞いて欲しい。と、祝祭で断られるのも覚悟して問い合わせてみたそうなのだけど、構わないと快く受けてくれたという。
「お陰様で僕の居残りも考えなくて良くなりました」
マルはご満悦だ。色々大変だったことが一気に片付いて、肩の荷が下りたのだろうな。
とりあえず今日は、昼頃にその大工と合流し、共に騎士訓練所の現場確認に立ち会い、リカルド様へと繋げる。
そしてその前……この朝食の後に、サヤとアルバートさんの商談がある。だからそのための顔合わせも兼ねての、朝食会だった。
「あの……アルバートさん。従者服の試作、有難うございます」
俺の横で食事をしていたサヤが、おずおずと言葉を発した。アルバートさんの表情が、少々緊張を孕んでいたからだろう。
本日のサヤは、女従者服として初めて作られた試作を着用している。俺たちがバタバタしている間に、これも本店が進めてくれていた。
男性用と大きく違うのは、上着の中に中衣も着込んでいること。そして、一見袴に見える、細袴だろう。
細袴の丈は少々短く、裾を長靴の外に出す。基本的に、細袴の裾を長靴の中にしまうことが多いので、これもちょっと珍しいかもしれない。
配色は、落ち着いた濃緑系で統一されており、短衣は生成り。腰帯がわりのベルトのみ辛子色で、サヤの髪を纏める飾り紐も同色だ。
実際バート商会には、店の運営方針を真っ向から覆す提案をし、受け入れてもらっているわけで、これから先に不安を感じるのは当然のこと。
そのことで、心労をかけているのではと心配していた。
だけどサヤの言葉で顔を上げたアルバートさんは、俺の表情と、サヤの不安そうな顔を見て我に返った様子。
「あっ、いや、すまない……。
少し上の空になってしまっていた。何の話だったかな?」
「サヤが、女従者服、有難うとよ」
呆れた表情で麵麭を口に放り込みつつギル。
因みにルーシーはいない。現在実家に帰宅中だ。ルーシーも明日にはセイバーンに戻るため、母娘水入らずで過ごしてもらっている。
もしかしてそのことで、やはり不安を感じているのだろうか?
後継の……しかも女性のルーシーを、セイバーンに連れ帰るのだから、そりゃ不安だよな。
だけどルーシーの目指すものを考えたら、王都よりあちらを選ばせてやりたいと思うのだ。それが、この店の将来を左右すると、俺は思っている。
だからもう一度、言葉を重ねて説明しようかと、口を開きかけたのだけど……。
「さっさと言えよ。もうレイ側の面倒ごとはだいたい片付いたんだから、機を見るとかいらねぇだろ」
と、ギルが更に言葉を挟む。
スランバートさんアリスさんに視線をやると、二人はアルバートさんから伝えると決めているのか、スッと視線を伏せた。
なんだろう……俺の都合を考えて、伏せるようなこと?
サヤと顔を見合わせ、もう一度アルバートさんに視線を戻した。
「あの、おっしゃっていただけますか」
「レイくん……私相手にそんな口調は……」
「俺の育ての親にはアルバートさんも含まれるんですよ。それがそんな、不安そうにしていたら、心配します」
「いや、別に不安では……。いや、不安……不安だな、確かに……年齢が年齢だけに…………」
そう言って、持っているだけで動いていなかった匙を、皿に戻したアルバートさんは、深く息を吐いた。
「実は……今妻が身重で……。まだ悪阻も続いているし、あまり家を出られずでね」
「………………えっ⁉︎」
「いやその…………うん。そういう理由で朝食会も辞退させていただいたんだ。すまなかったね」
「俺もここに戻って初めて聞いた。親子揃ってまた親子ほど年の離れた兄弟……。なにそれ、習性? って、言ってやってもいいぞ、レイ」
………………身重⁉︎
唖然とするしかない。いやだけど……⁉︎
「ルーシー今いくつだっけ……」
「十七歳」
「えっ、じゃあ、生まれる頃は十八歳差⁉︎」
ついそう叫ぶと、顔を背けて羞恥に耐えるアルバートさん。
モゴモゴと言いにくそうにされた遠回しな説明を分かりやすく纏めると……。
ルーシーが家を出て行方不明となり、結果的に無事見つかったわけだけど、思いの外早く娘が手元を離れてしまったこの夫婦は、少々寂しさを感じていたという。
ルーシーは明るく元気で、いつも家の中は騒々しくて、女学院に在籍いている間もしょっちゅう帰宅しており、こんなに長々と家を空けることが無かったそう。
で、その寂しさを埋めるため、二人の時間が増え……その……えっと……まぁ、うん!
「目出度いな。出産の予定はいつ頃なのだろうか、伺って良いものか?」
父上がそう口を挟み、我に返った。
そう、それは目出度いこと。まだ無事出産できるとは限らないけれど、とても目出度いことだ!
「冬になるかと。十一の月の終わりか、十二の月頭か……」
「そうか。では身体を厭うよう、伝えていただけるか。レイシールにとっても、我が子同然の思いだろうしな」
「はい! それはもうそんな気分です! あ、あの……祝いの品って、送って良いものですか⁉︎ 越冬前なら、滋養のあるものも必要ですよね⁉︎」
「気が早い! まだ春だぞ⁉︎ 全然そういった時期ではないから落ち着きなさい!」
「だけど!」
「あー、なんかこの慌てっぷりも前見た気がしますねぇ……」
「前から思ってたけどレイ、子供好きだよな……」
「ロゼにも相当顔が甘いですからね……」
「そりゃダニルに怒るよなぁ」
「…………」
こそこそ言い合う配下の面々。
だけどルーシーの兄弟だぞ⁉︎ そりゃ熱入るだろう⁉︎
「お父さんとおんなじような驚き方で笑っちゃったわぁ。
それで階段踏み外しちゃったのよねぇ」
「いやぁ、面目ない」
ほのぼのと笑い合うスランバートさん夫婦。
俺たちが戴冠式やら任命式やらでワタワタしているから、落ち着くまでこの話は伏せておこうとなったらしい。だからルーシーも昨晩聞いたのだそうだ。
「あの子は絶対黙ってられないものねぇ」とのこと。そりゃそうだよ⁉︎
「まぁ、落ち着けレイ。
兄貴の目下の大問題は確実に、収入確保だ。
経営方針の見直しもあるし、祝いたいと思うならまず商談な。
サヤの従者服を急ぎ試作したのも、その一環。こっちの意匠師との連携とかも考えていくことになるし、具体例が必要なんだよ」
早々に食事を済ませたギルにそう説明され、成る程と納得した。
そ、そうだな。焦ったって駄目だ。やることやらないと!
バート商会は、これから意匠案の秘匿権申請を全て廃止する方針となっている。
だから今まで以上に意匠案を早く形にし、売り出していかねばならないし、他の秘匿権の侵害を気にしつつ、自分たちは秘匿権を確保しないという、離れ業をこなす必要があった。
バート商会は、民の中から秘匿権の価値基準を揺さぶる大役を担っているのだ。
そうだ。こんなことしてる場合じゃない。とにかく朝食を済まそう!
大急ぎで朝食を掻き込んで、サヤと共にアルバートさんとの商談に向かうことにした。
朝食会は父上とスランバートさん夫婦にお任せする。三人は親同士の親睦を深めましょうかと笑って送り出してくれた。
そうしてギルとサヤを伴い、応接室のひとつに通された俺は、そこで沢山の意匠案を目にし、唖然とすることになる……。
机の上にある、紙の束。
いくつかに分けられたそれは、見覚えのあるものが含まれていた。
これ……こっちはサヤのだよな? この絵柄を見間違うわけがない。だけどこっちの似て非なるものは……誰のだ?
首を傾げていたら、ギルが説明してくれた。
「だいぶん前から、サヤには意匠の草案も全部送ってもらってたんだけどな。
それは、こちらの意匠師にこれを模写させるためでもあったんだ。
意匠師の練習法って、レイは知らなかったろう? 流石にこれ、お前には見せてなかったんだけどな、人の意匠の模写から、かなり多くを学べるんだよ。
サヤの発想っていうのは、この国に無いものが多い。で、この国の意匠は結構行き詰まってたから……この新しい発想っていうのは、とても良い勉強になった。
でだな。これから女性の仕事着を、本店の意匠師とも連携して考えていくことにしてる。
当然その仕事着作りはメバックの支店が主流になって行うんだが、意匠案ならばどこからだって集められる。
だから、本店の意匠師にも、描かせようと考えてるんだ。
で、そのついでにサヤの勉強にも、使えるなって。
サヤはサヤで自由に意匠を考えてくれりゃ良いんだが、お前にとっても、こちらの意匠案の模写は良い勉強になるだろう。
それで、今日はその下見な。一回他の意匠師の描くもんを、見せておこうと思った」
その言葉に、サヤは一枚の草案に手を伸ばした。
少し興奮しているのか、瞳がキラキラと輝いているように感じる。
「……この国の、別の方の描いた意匠案、初めて見ました」
そう言い、熱心に草案を眺め、次の一枚を手に取り、かわいい! と、声を上げる。
メバックにだって、他に意匠師がいるだろうにと不思議に思ったのだけど、今までは、サヤの案を元に描き直されたものしか見たことがなかったという。
「あまりお前の発想を制限したくなかったんだよ。
こっちの草案を見たら、こう描かなきゃって風に、考えてしまうかと……。
だけどもう、お前はお前のやり方ってやつが、見えてきていると思う。自分自身の強みも、足りないものも、分かってるだろう?
だから、そろそろ良いかと思ってな」
実際、こちらの常識に疎いサヤは、細々とした決まりごとや、それこそ貴族の階級による刺繍の判別などもつかない。
そういったことも、数をこなしていけば理解できてくるだろうとギル。
「まぁ、今から少しずつ身につけていけ」
そう言い、クシャクシャとサヤの頭を掻き回す。
サヤはそれをくすぐったそうに受け入れて、ありがとうございます。と、言葉を返した。
けれどギルの瞳は俺の方を見ていて……。
あぁ、これは三年後、貴族社会に身を投じるサヤのためなんだと、理解した。
彼女が気負わないよう、自然とそうなれるように、仕向けてくれているんだ……。
そんなことを、自然と感じれるよう、日常に織り込むギルの優しさに、頭が下がる。
「それよりも私は、サヤくんが本当に意匠案を目にしたことがないことの方がびっくりだ……。
独特な描き方をしてくるとは思っていたが、本当に基本知識が無かったとは……」
それであの完成度で描いてくるのか……と、呆れとも感嘆とも取れる息を吐くアルバートさん。
「だから何度も言ったろうが。
学舎で趣味の延長みたいに独学しただけだって」
何度も言わせんなよと言うギルに、だけどサヤが、言いにくそうにソワソワと視線を彷徨わせる。
「あっ、あの、それは……。
あれはその……私の国の、意匠案の描き方と、言いますか……」
「…………お前、習ってねぇって言ってたよな⁉︎」
途端に目を剥くギルであったけれど、そんな彼に対してサヤは、真っ赤になって手をブンブンと振り回す。
「習ってないです! と、いうか……」
もじもじと、恥ずかしそうに言い淀み、視線を彷徨わせ……。
「……習う、つもりで、いたんです……。
その……大学は、服飾デザイン学科のある学校をって、そんな風に思っていて……。
あ、最終課程の学問所なんですけど、そこは学びたい学科と、学校を選び、受験して、合格したら入学できたんです。
それで私はその……祖母の影響で、身に纏うものに興味が強くて、こ、こういった仕事がしたくて…………」
恥ずかしそうに肩を小さく縮こめ、手で顔を隠す。横から見ていても、羞恥で耳まで赤いのが、分かった。
「ま、まだ何も……何も身に付けていないのに、それを仕事とされているギルさんに、私の図案を見せなきゃいけないのが……初めは本当に、恥ずかしくて……。
私からしたら、雲の上の人で、憧れの職業に、就いている……人で……。
なのに、お金をもらうなんて、とんでもなくて。ただ私の描いたものが形になるだけで、それだけでもう、胸がいっぱいで……」
言葉を絞り出すサヤが、真っ赤になっている様が、可愛くて胸がギュッとなった。
だけどそう感じたのは俺だけではなかった様子。俺が手を伸ばすより先に、ギルがサヤを腕に引き込み、抱きしめる。
「ああぁぁ、くそっ、そういうことはもっと早く言っとけよ⁉︎
そうすりゃもっと、色々、お前に挑戦させてやったぞ俺は! あああぁぁぁ、遠慮なんかするんじゃなかった!」
「ギルっ⁉︎ やめろ、手を離せ、サヤを抱くな!」
「嫌だ。今はこうしたい。憧れって、雲の上って、うわむちゃくちゃ嬉しい」
「お前わざとだろう⁉︎ サヤは俺の婚約者だ、簡単に触れるな!」
必死で取り戻して腕に抱き込む。
お前、自分の外見分かってるだろうが! お前がそんな風にしたら、俺の心には波風しか立たないって分かってわざと、やってるだろう⁉︎
ニヤニヤ笑いつつサヤを奪おうとにじり寄ってくるギルから、必死でサヤを遠去けていたのだけど、当のサヤの手が俺の背に回され、ギュッと抱きしめられたから、びっくりして彼女を見下ろした。
「私は、幸せ者です。
やりたかったことに触れられて、生きたいように、生きられる……。それを、許してくれる人に恵まれて……。
本当なら、私……っ。
ありがとうございます。こんなに大切にしてもらえて、ここにいれることが、幸せです」
それが涙声だったから、俺は更に胸がいっぱいになった。
そんな俺たちを、ギルが二人まとめて腕に抱き込む。
「バカ、お前はまだこれからだぞ。
今ので満足なんかしてんなよ、もっともっと幸せになりゃいいんだ。
そのためにも気張ってもらわなきゃ困るぞ。お前はもう、うちの立派な専属意匠師だし、頼りにしてんだからな」
「はい」
俺も……。俺だって、幸せだ。
こんな風に、愛する人が腕の中にいる。幸せだって、言ってくれる。
ありがとうを言いたいのは俺の方なんだ。
絶対に無いはずだった、こんな未来を、サヤが与えてくれたんだ……。
だから、サヤの耳に、小さな声で「俺も幸せ」と、気持ちを捧げた。
そうして涙が落ち着くのを待って、商談を始めようかと声をかける。
まだもっと、幸せになるんだ。そのための一歩をこうして毎日、毎日、歩んで行くんだ。
◆
「動きやすい仕事着とのことで、今回提案したく考えましたのはふたつ。
ひとつは、ワンピース型。もうひとつは、カスタマイズ型です」
そう言い、サヤが机に広げたのは、数枚の紙に描かれた数多の服。
「まずワンピース型というのは、一枚で全身を覆う服のことを言います。頭からかぶる仕様であることが多いのですが、今回はこちらの亜種である、ジャンパースカート型……。
見ての通り、中衣と袴が一体になったものを提案したいです」
全身を覆う仕様のものがワンピースと呼ばれ、これ一枚のみで着るものであるらしい。
紙に描かれたものは、短衣と袴がくっついて表現されており、一枚の着用だけで良いのは確かに楽そうだと思った。
しかし今回の提案はそれの亜種……中衣と袴がくっついたもの。袖は無く、そこはかとなく前掛けを連想する形をしている……。
「それです。女性の仕事着の基本と言えば、エプロン……前掛けなんですけど、このジャンパースカート型は、まさしく前掛けから派生。私の国ではエプロンドレスなんて別称もあるんです。
私の国の女中服にはメイド服というのもあるのですが……この国の衣服を考えると、あちらはあまり、好まれないかなって。
それにこれ、着方がとても簡単で、まず短衣を纏ったら、袴部分を履き、腰の後ろで帯部分を括り、繋がった中衣の部分を首に通すだけ。
中の短衣は、季節により袖丈を変えたり、色合いを変えたりできるので、統一感を持たせつつも融通が効きます。
冬場には、更に上着を羽織ります。私の国で制服は、だいたい年間を通して着ることが多く、このような仕様になっています」
「たった二枚で、衣服を全て、身に纏えるのか。それは確かに楽そうだな」
図で見ると、全く普通の服装に見える。中衣や帯の部分の色を変えたりすれば、きちんとした服装にもっと近付くだろう。
ただ、着るときはたったの二枚。三行程くらいで着替えが終わってしまう、まさに画期的な衣服だった。
「丁度、幼年院の制服を考えていたので……その延長で、女中の仕事服もいけるのじゃないかって。
それで、今までのやり方を大きく変えていくならば、ひとつ提案したい製造法がありまして、それも合わせて提案させていただこうと思いました。
それがこのカスタマイズ型です。
見ての通り、色々な形があるのですが……これ、組み合わせるだけで、何通りものパターンが作れるんです」
二枚の紙に渡り、数種の上着、数種の短衣、中衣、袴、先程のワンピース……と、描かれている。
それにはひとつずつ番号が振られており、サヤは、これと、これと、これを合わせて身に纏ったのがこれ。これと、これだとこれ。と、その番号の組み合わせで全く雰囲気の変わる図を更に出してきた。例えば袴が同じものであっても、上着と短衣が違えば、別のものに見えてくる。
「私の国で制服は、言わば、所属場所を示す顔。流行より、統一された形式を重んじます。長く使われれば使われるほど知名度も上がり、親しまれます。
男性の近衛正装など、正しくそうですよね。騎士団など軍属の方は、特に意識の統一を重要視されるのか、分かりやすくするためか、統一感を大切にされているように感じました。
でも、全てを特注で作っていては、とんでもない費用が掛かりますし、大きさの調整も大変です。
所詮使用人ですし、雇う側は然程の拘りを持たれていない……だから使用人服は、あまり統一されていないのだろうなと。
決まった形式の中で、家ごとの意匠を提案するのも大ごとですし……。
そこで、定まった形の中から組み合わせを選んでいただき、次に色を決める。それを量産する。という手法を提案します。
決まった形の中から選んで纏めるならば、製造は特定の形を量産すれば良いので、見込みで先に作っておくことも可能。そういった意味でも無駄が少ないです。
例えば、短衣の基本色は白と決めて、少し手頃にしておくのも有効ですよ。特別な拘りが無ければ皆さんそれになさいます。
人気の無い意匠は一定期間過ぎたら廃盤、新たな案を組み込むなど、少しずつ変更していくこともできるんです。
長年統一された形式には格が備わります。あの使用人はどこの家の者か、形と色で伝わります。
現在既に、色の統一や使用人服の支給を行なっている家ならば、特に需要が見込めるのではないでしょうか。
同じように、男性使用人の服もパターン化し、色合いなどを家全体で纏めれば、統一感はもっと上がります」
サヤが説明をしている途中から、ギルは笑い出していた。
クックと声を殺して、可笑しそうに。
訝しむアルバートさんは無視し、説明を終えたサヤにギルは、なんとも好戦的な笑みを向ける。
「お前……女近衛の正装の時から、これを意識してたろう」
「実は……はい。制服って言われたらどうしてもイメージが引っ張られてしまって……」
「分かってるのか? 俺たちは秘匿権申請を廃止する。これは直ぐに模倣されるぞ」
「直ぐには無理ですよ。数が多過ぎます。一年かそこらの経験では読み違えているかもしれませんけれど、模倣なら、それこそ一年近く掛かるのではないですか?
それに、前人未到の地に、先んじて一歩を踏み出すことに、一番大きな意味があります。
女性の仕事服を、制服として初めてつくり、提案。それが秘匿権申請放棄と共に発表されれば、街中の話題を独占すること間違いなしです。バート商会の名は、必ず記憶に刻まれて、残ります。
例え二番煎じの方が秘匿権を取ったとしても、卑怯者の誹りを受けるだけだと思います。
なにより、数がこれだけ多ければ、模倣するのも大変ですし、中途半端に真似ては、我々以上に充実した提案など、絶対に行えません。
だからまず、下準備を入念にこなし、種類とサービスで勝負に出るのが大切じゃないかと、考えます。
例えば各部位ごとに四種類の意匠を用意すれば、組み合わせは二千を超えます。色や小物で、更に差を付けられます。痒い所に手が届く対応を目指しましょう。
まずこの分野の創業者になることが、この手法で勝ち抜く最善手だと、私は考えています」
私の国でも、創業者はだいたい老舗として長く残ってますし、きっと大丈夫です! と、サヤは拳を握った。
それでギルは更に腹を抱えて笑い出し、成人前の、女性意匠師から、まさかここまで経営に踏み込んだ提案がなされるとは思っていなかったであろうアルバートさんは、固まってしまって言葉が出てこない。
「……制服の契約は長く続くってのも、見越してんだなお前……女近衛の正装と同じに。……いや、それを知って、この形を考えたのか……?」
そう言葉を零したギルに、アルバートさんはハッと我に帰り、更に愕然とした様子。
それより俺は、サヤの読みの深さに驚いていた。前から、サヤの提案はとても深いと思っていたけれど……孤児院の時だって、土嚢壁の時だって、思っていたけど……。
女近衛の正装を依頼されて、たったひと月程度だというのに……!
「新たな道を歩むための、武器です」
そう答えたサヤに、俺の肩をポンと叩くギル。
「お前、本当に良い嫁を得るぞ。こんな運営に明るい男爵夫人、二人といない」
そう言われてサヤは、それまでの表情を一変させ、真っ赤になって俯いてしまった。
今週の更新開始。本日もギリでしたね……。
今回も、三話更新を目指してまいります。一話半しか書けてませんが!
というわけで、今回もお楽しみいただければ幸いです。今からがんばりまーす!
 




