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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十一章
314/515

戦場

 結論から言うと、女近衛の正装は無事、お相手にお渡しすことができ、ギルは大役を無事果たした。

 修正箇所は然程無く、調整も裾や袖丈など、手軽に直せる範囲に収まっており、俺たちはそのことに安堵。

 ギルはハインに変態呼ばわりされていたけれど、まぁ……それも安堵の表れってことで……。


 そうして本日、戴冠式当日である。


「私は大広間に直接向かうが、レイシールとサヤは先に謁見となろう。

 ここで別れるが、粗相の無いようにな」

「父上も、無理をなさらないでください。アーシュ、ルフス……父上を頼む」


 身分を持たぬ者は待合室で待機しなければならない。よって、ルフスは途中まで同行するが、待合室で待機。父上の車椅子はアーシュが押すことに相成った。

 熱は下がったものの、やはり体調が少し心配だ……。


「其方は自分の心配を先にしなさい。一番の若輩者なのだから」

「そうですね……早めに会場入りしておくことにします」


 重鎮よろしく、一番最後に部屋に到着……なんてことになったらたまらない。

 俺はサヤと共に、王宮内に足を進めた。


 受付で襟飾と印綬を示し、手荷物の確認を済ますと、女中がこちらですと先導してくれることとなり、迷わず済んでホッとする。

 先を歩く女中に続いて足を進めていると、サヤがこっそりと、耳元に唇を寄せてきた。


「……照明が、暗めだと思いませんか?」

「ん?……言われてみれば…………」


 二人で進む廊下は、窓という窓に薄布が下されており、早朝だというのに仄暗い。

 とはいえ、透けるほどに薄い布であるから、さほど不便は感じないのだけど。


「姫様のために、してあるのでしょうか……」

「そうかも」


 小声でコソコソと話して、二人で笑った。

 サヤの助言がちゃんと有効に活用されているようで、良かった。


 さて。

 本日の俺は、今までに無いほど華美な装いだ。

 青を基調とした配色は相変わらずなのだけど、今まで以上に刺繍が凄い……。

 まず上着は褐返色という、深すぎて紺に近い青緑色。袖口の折り返しや襟ぐりにはこれでもかと金糸の刺繍が施されており、正直普段より重く感じる……。

 長衣は百群色。ほんのりと薄い青緑色で、細袴も褐返。腰帯は紺。髪はサヤに頼み、極力簡素に肩から垂れる三つ編みのみにしてもらった。

 服が凄いから、頭まで凄くなったら怖い……。

 襟には真珠をあしらった、銀の襟飾。腰には銀の丸紐で飾られた印綬。

 本日は正装だから、腰帯の下には剣帯が巻かれており、飾りの長剣も下げている。


 サヤも女近衛の正装に身を包み、凛々しくも美しい。

 短衣のみ白く、その他の上着や袴は全て紺藍色。中衣だけは若干薄い色合いだ。同じく腰に剣を佩いているが、初めての帯剣なので違和感が凄い。

 本日も馬の尻尾のような髪型だが、顔の化粧は男装用ではなく、女性らしく……けれどほんのりと、慎ましい薄化粧だ。

 ルーシーがとてもやる気で、サヤを着飾らせる気満々だったのだが、主役は姫様なのだから注目を集めちゃ駄目だと説得して化粧は抑えてもらった。

 サヤに群がる蜂の視線は極力減らしたいし、注目されては困るのだ。

 サヤの左耳に、俺の襟飾と対になる、銀を基調とした耳飾。魚のひれを思わせる装飾は大きく、やはり人目を引いた。


 因みに、俺の手には一つ手荷物もある。リヴィ様の耳飾だ。少し遅れたが、なんとか届いた。


「サヤ、体調は大丈夫?」


 周りの視線はやはりこちらを見ているけれど……遠巻きだから、俺の耳に声は届かない。


「大丈夫です。どちらかというと、女近衛の正装に注目が集まっている感じなので」


 さもありなん。たった六人しかいない女近衛だものな。


 前を向いたまま、視線のみ周りに巡らせる。女性を伴っているのは領主の方々だろうか……大広間に向かうのだと思われる人の流れに、逆らう方向に進む長髪の俺を、訝しげに見る者もいる様子。でも、サヤを見られるよりは全然平気なので、俺はその視線をあえて無視した。どうせ任命式で、皆に分かるのだし。


 案内されたのは絢爛な待合室。

 部屋には机や長椅子が用意されていた。そのうちの一つに案内され、お飲み物は如何されますかと聞かれ、無難に香茶をお願いする。

 部屋にはまだ人影は無く、どうやら一番乗りできた様子。

 とりあえずそのまま席で待機していると、そのうちちらほらと、招かれた者らが集い出した。

 やはり、初めは若手が来るもので、先日お会いした女近衛の面々が。


「おはようございます」


 そう挨拶すると、彼女らは揃ってこちらに来る。

 ユーロディア殿、メリッサ殿、フィオレンティーナ殿に、マルグレート様。


「サヤ……と、セイバーン後継殿?」

「ここは、上座の者と、新たに役職を賜る者のみが呼ばれると聞いたけど」

「あぁはい。私はその役職関係です」


 そう言い腰の印綬を示す。まさか⁉︎ と、いった顔の方々に、そうなるよね。と、俺は頷く。


「とはいえ、しがない端役です。この通り成人もしておりませんから、色々至らぬ点も多いかと存じますので、どうぞご指導、ご鞭撻の程をよろしくお願い致します」

「えっ、わ、我々より貴方様の方が上役になりますよ⁉︎」

「そこが正直難しいところなんですよね……だって成人前でしょう?」


 フェルドナレンの貴族社会は成人していることがそもそも前提なのだ。

 だからいくら役職を賜るとはいえ、成人した皆様より上の立場だなんて言って良いものか……。


「役職を賜ったのですよ。ならば成人と同じ扱いですもの。レイ殿は一般近衛より上役。当然ですわ」


 と、そこに待ちわびた人の声が割って入った。


「リヴィ様」

「御機嫌よう、レイ殿。貴方は色々遠慮しすぎですわ。

 皆様、御機嫌よう。私、女近衛長を拝命致します、アギー公爵家が二十二子、オリヴィエラと申します」


 これで女近衛六名が全て揃った。やはり、統一された正装で並ぶと壮観だ。

 全員が顔を揃えたのはこれが初めてである様子。其々が出身と身分、名を名乗る。

 俺はバート商会で一通りお聞きしていたので、一応ここで紹介しよう。


 まずヴァイデンフェラー士爵出身、ユーロディア殿。

 士爵なので姓は持たない。女性の身でありながら、前線が担当だったらしいので、実力は折り紙付きだろう。使用武器は短槍。

 本日は正装なので腰に剣帯を巻き、小剣を佩いているが、式典に参列といっても護衛役としてなので、短槍もお持ちだ。この短槍、二つに分かれる構造となっており、普段は両腰に佩くのだそうだ。


 次は、ノーデル士爵出身、メリッサ殿。

 領地が南の樹海に接しているため、野生の獣を相手にすることが多い領地であるという。そのため、男女共に弓に長けた者が多い土地柄で、彼女は女性射手の中で早射ちの名手であるとのことだ。

 現在も、腰に小剣を佩いているが、それに加え左肩に短弓を通し。背に矢筒を背負っている。


 そして、ムーレイン男爵家のフィオレンティーナ・フォルフィ・ムーレイン殿。

 裏葉色の髪、萌黄色の瞳で、筋骨隆々……という言葉が褒め言葉となる女性だ……。

 髪は短髪のメリッサ殿より刈り込まれ、ほぼ坊主頭に近い。喋ると声も低く掠れており、正直、男性にしか見えない。男装していないにも関わらず。

 この方も相当異色の方だと思う……。後継は年子の兄上殿であるそうだが、あまり健康ではないとのこと。

 その為、見た目も似ているフィオレンティーナ殿は、兄の代役をしばしば勤めていた。元々兄上殿より男らしいと言われる性格であったそうで、習い事も剣術も兄と同等こなし、成人した途端さっさと髪を兄上殿と同じ髪型に刈り込んでしまい、服装まで男性風に整えた。母親は諦めていたが、父親は絶望したそうだ……あまりに似合いすぎていたから……。

 この度、兄上殿の妻が無事出産を終え、後継が生まれたため、お前もそろそろまともな女性として云々……というようなお説教を喰らっていたらしいのだが、女近衛への打診が入り、飛びついたのだという。刺繍とか舞踊とか、今更無理。という理由で。

 使用武器は長剣。見事な筋肉の持ち主なので、軽々と振り回すそうだ。


 最後はセーデルマン子爵家のマルグレート・カーミ・セーデルマン様。

 波打つ葡萄茶色の髪と、藍色の瞳の、艶やかな方だ。なんというかこう……女性らしい女性。どこか婀娜っぽく、歌姫や踊女だと言われた方が納得できると思う。

 扱う武器は小剣よりも短く、短剣よりも長い剣をふた振り。便宜上短剣扱いだが、俺の持つ短剣より倍ほど長い。本日は左腰に小剣を佩いているが、どうも腰の後ろにもうひと振り、その短剣がある様子。最後に急遽決まったのがこの方。短剣を両手に持ち、まるで舞うように扱うのだという。


「本日、姫様の護衛と申しましても、基本は男性近衛が主となります。

 我々は、姫様のお着替えや休憩、不浄場など、男性近衛の立ち入り難い場を担当致しますので、どうぞ職務に務めてください」


 そう締めくくったリヴィ様に、一同は胸に手を当て、頭を下げた。


「しっかし、使わない小剣が腰にあるってほんと邪魔……」

「文句言わない。正装だもの、仕方ない」


 早速ユーロディア殿とメリッサ殿がそんな風に話を始める。士爵出身同士、接しやすいのかもしれないな。

 俺はリヴィ様の所へ赴き、耳飾を差し出した。


「ご依頼の品、無事完成いたしましたので、どうぞ」

「まぁ……」

「サヤが整え方を聞いて参りましたので、まず付けていただきます。

 本日多少の調節はしますが、後日、時間がある時に、職人に微調整していただく方が良いだろうとのことですよ」

 そう伝えると、リヴィ様はいそいそと長椅子へ移動。サヤが小箱から取り出した耳飾を、リヴィ様の耳に掛けた。


 リヴィ様の耳飾は、耳に引っ掛ける部分は思いの外簡素にできており、ほぼ飾りは無い。その代わり、耳から垂れ下がる飾りが凝っていて、金緑石の珠を蓮型の座金が包んだようになっていた。

 その蓮の飾りの下に、更に磨かれた黄水晶……こちらは剣に見立てて、振り子型に研磨されているものが続いている。

 リヴィ様は、それをとても愛しそうに眺めた。まぁ、お分かりだと思うが、宝石にはギルの色を使っていた。

 逆にギルの指輪には、内側……指を通す部分に、小さなリヴィ様の色の宝石が埋め込まれている。

 女中に手鏡を持って来させたリヴィ様が、鏡越しにそれを確認し、少しぐらつくとのことで、サヤが耳裏を確認。そして、耳飾を一旦外し、力技になるのだが……浮いていると思われる部分をえいっと指で曲げて調節してしまう。

 ……まぁ、こっそりとしゃがんで行われたわけだが。


「……如何ですか?」

「先程より良いわ。もう頭を振ってもぐらつかなくてよ」

「それは良かったです」


 部屋の隅の席でそんなことをしているうちに、新たに人が増えてきた。女近衛の面々は、そのお歴々に萎縮して俺たちの周り……部屋の隅に移動してきて、リヴィ様の耳飾を不思議そうに見ている。

 サヤにも似たようなものが付いているし、なんだろうな? と、いった雰囲気だ。


「サヤ、ちょっと挨拶に回ってくるから、ここにいて」

「え、でも……」

「サヤはここに。私と共に、レイ殿をお待ちしておきましょう。

 後で、私たち女近衛は揃って挨拶に回ります。その方が、一度で済んで良いわ」


 その言葉に、緊張した様子であった女性陣はホッと息を吐く。


「では、サヤを頼みます」

「承りました」


 サヤの頬をさっと指で撫でてから、俺は席を立った。

 さて。サヤに触れて栄養補給も済ませたし、気合いを入れよう。ここからは戦場だ。



 ◆



 まあ予想はしていたとはいえ、反応はなんとも芳しくなかった。

 アギー公爵様が無理を通したとおっしゃっていたし、俺の任命を納得している方はほぼ皆無に近い様子。

 酷い場合は、手を払われあちらに行けと、庶民にするようにあしらわれてしまった。

 きちんと名を名乗り、役職を告げて下さった方は片手で数えられるほど。


「気を悪くせぬことだ」

「はい、ありがとうございます」


 財務官長と名乗ったカスト伯爵家の方は、白髪の混じった初老の男性。温和そうな方で、多分ピリピリとした場の雰囲気に、俺が心を痛めていると思われたのだろう。

 泣いて逃げ出しはしないかと心配になったかな?


 そうこうしていたら、また扉が開いた。そうして、見知ったお二人の入場に、まぁそれなりにすり減っていた俺の気持ちが少々癒される。


「リカルド様、ルオード様」


 駆け寄ったのだけど、ルオード様の服装に驚いてしまった。

 近衛隊長と、前お聞きした時は名乗られたはず……。だけど……。


「この度、近衛隊、副総長を拝命することになった」

「っ! おめでとうございます!」


 優しい笑顔でそう説明してくださる。けれど、耳元で「建前として、それくらいの地位がないと……ということだ」と囁かれ、あぁ、姫様の夫となるのだものなと納得。

 けれど、ルオード様は副総長に相応しい方だと思うので、俺としては実力を評価されただけだろうと結論を出した。

 若いけれど、配下によく目を配る方だし、どちらかというと補佐に向いている。あまり主張しない方だから、副総長という立場はこの方にとても適していると思うし、あの実用重視の姫様が、建前だけで役職を選ぶはずもない。


「リカルド様は……」

「変わらん。国軍、(セキ)騎士団長を拝命する」


 流石将という風格で、そう言うリカルド様。

 そして、そのまま「先日赴いてくれたそうだな」と、言葉が続いた。


「はい。騎士訓練所に設けます湯屋の見積もり等をお持ちしたのですが、なにぶん重いものなので、本日は持参しておりません。

 また後日、式典を終えてからお渡ししようかと思うのですが」

「水の問題はどうなった」

「解決しました」


 簡潔に述べると、俺を見つめて瞳を見開く。


「……解決と?」

「はい。あ、やはりある程度の労力は掛かりますが、人海戦術を用いて訓練に組み込むほどのものにはなりません」


 手押しポンプなら、少人数が交代して暫く頑張れば、水はすぐに溜まるだろう。


「一応、実物を一つお持ちしたのですが、設置するには職人と手間が掛かりますから」

「分かった。楽しみにしていよう」


 そう言い笑う。……笑った⁉︎


「全く、其方には毎度、驚かされる」


 い、いや……驚かされたのはむしろ俺では?

 俺たちを見ていた方々すら愕然としているって気付いてますか?


「驚かされたのは私もだよ。

 あの筆! とても良い祝いの品を、有難う。彼の方も、大層喜ばれていた」


 そう言ったルオード様が、俺の手を握る。そして「今日は驚かないでくれよ?」と、謎の言葉……。


「ルオード、先に挨拶を済ませよ」

「そうでしたね。

 レイシール、ではまた後ほど」


 おっと。和んで話し込んでいる場合ではなかった。俺も早く回らないと。

 リカルド様の登場する時間帯だ。次々と長や将といった方が入室してくるので、俺は頃合いを見計らって挨拶を再開した。

 相変わらずの感じだったけれど、リカルド様が俺と親しくしていたものだから、対応は若干改善され、名乗ってくださる方が今までの倍くらいに増えた。

 それと同時に、対応を逡巡する様子も垣間見えるようになった。


 なんだろうな、これ……。俺が煙たいとか、若輩者が役職を賜ることに不快感を感じているといった様子ではないな……。

 いや、確かにそういった気持ちもあるのだと思うけれど……そこまで深くないというか……?

 なんとなく、その様子が大店会議の時を思い起こさせる。

 (しがらみ)があると言い、希望とはそぐわない答えを出していた職人や、商人たち……。

 リカルド様の心象を良くしようと思う方は、俺に辛い対応をしては睨まれるのではないか……と、考えるかもしれない。

 だけど、意識している人物が、リカルド様だけでない場合、こんな対応になるかもしれないな……。

 さて、国の中枢に俺が煙たかったり、蹴落としたいなんて思う人物、全く思い至らないんだけど……。


「地方行政官長を拝命いたします、レイシール・ハツェン、セイバーンと申します」

「ほう。其方が姫様の……。

 外務大臣を拝命致す、エルピディオ・ホグン・オゼロである」


 その名乗りに、ピクリと身体が反応しそうになるのを気合いで押し殺した。

 姫様が無駄口をたたくなとおっしゃったオゼロの方……。


「成人前の身で役職を賜るとは、前例の無い偉業。

 セイバーン殿もさぞお喜びであろう」


 なにやら子供をあやすような口調で言われた気がした。

 にこにこと優しい笑顔で、自らの孫を前にしたように、何か、距離感がおかしい……?


 このギスギスとした空間で、けんもほろろな対応をされ続けてきた、文字通りの若輩者であれば、この優しい声音に救われたかもしれない。

 けれど作られた表情と、姫様の忠告。警戒すべき方と認識できたため、合わせてにこりと笑っておく。


「過分な評価に肝が縮む思いですが、期待に応えられるよう、精進致します」


 俺が思った以上に距離を置いたと判断した様子のエルピディオ様。一瞬だけ笑みが引っ込んだが、また柔和な笑顔を取り戻した。

 けれど、細められた瞳が笑っていないのを、俺も見逃さない。


「何か困ったことがあれば、いつでも話を聞こう。もう年だが、経験だけは積んでいるのでね。

 其方のような若者が、早々に潰れるなど、あってはならない」


 それは、あっという間に潰れるよという、脅しですよね?


「有難うございます。

 極力お手を煩わせぬようにとは思っているのですが……なにぶん経験不足なもので、失敗も多いかと思います。

 その折は、どうぞ宜しくお願い致します」


 距離を取れば追ってくるだろう。だから、敢えて受け入れる言葉を選んだ。

 けれど、誰に頼るかは、俺が自分の目で見て決めるので、余計なお節介は必要ありませんよと、笑顔に隠す。


 当たり障りない挨拶で区切りをつけ、では。と、頭を下げて場を離れた。

 背中にはまだ視線を感じていたけれど、それはあえて無視。気付いていない風を装う。

 外務大臣、エルピディオ様……。

 帰ったらマルに、どのような人物か聞いてみるか。


 その後も挨拶に回ったのだけど、エルピディオ様の後は、それまでより更に、対応が緩和された。

 財務大臣であるアギー公爵様が、俺にとても親しげに話し掛けてきたのが主な理由だと思う。


「おー、レイシール殿! 先日は娘たちが世話になった。

 大変有意義だったとあの口の辛いクオンが褒めておったぞ!」


 エルピディオ様以上に親しげでかつ胡散臭い雰囲気。

 けれど、アギー公爵様は敢えて胡散臭い風を装っているのだと思う。瞳が笑っていた……。

 敢えて胡散臭く見せる理由ってなんなんですか……全然意図が読めないんですけど……。内心そう思ったのだけど、ただ楽しんでいるだけかもしれないと割り切ることにする。


「いえ、こちらこそ。とても有意義な時間を有難うございます」

「なんのなんの。これからも遊びに行きたいと我儘を言われたのは初めてだ。普段なかなか甘えてくれない娘なもので、とても楽しめたぞ。

 あれは気質が猫に近くてな、要望がある時だけは気前が良い。土産までくれた」


 ……土産?


「あの筆は良いな! 妻たちにも贈りたいのだが、どうだろう」


 あー…………。


「今、注文が立て込んでおりまして……職人を増やそうと思っているところです……」


 製造分が全部アギーに持っていかれてしまいそうだ……。

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