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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十一章
313/515

回想

 正直な話、この時の俺はまだ、明確な敵を定めていたわけではなかった。

 だからあの時攻撃と表現したのは、守りに入るのではなく、攻めの姿勢に転ずるのだと、自分に明確に意識させるための、いわば独白。

 女性の身で、病と闘いながら、更に足場すら捨ててこの地に立とうとする姫様の治世。そこに降り掛かろうとする問題が、言うなれば敵だった。

 ただ。

 まるで、背筋を冷たい指が、撫でていくような……真綿で首を絞められているような……蜘蛛の糸に、身体を緩く絡め取られているような……ずっと遠くから、刃をこちらに向けた人物が、笑いながら、ゆっくりと近づいてきているような…………。

 何か得体の知れないモノの残り香のようなものを、俺は多分、なんとなく感じていたのだと思う……。


「ウーヴェなら心配いらない。

 元々吠狼とだって接してきているし、ウーヴェの人となりはちゃんと彼らにも評価されている」


 ギルの呟きにそう返事を返し、俺もメバックに想いを馳せた。

 ウーヴェとアイル。セイバーンに残した二人。だけど今はもう、セイバーンを離れているかもしれない。



 ◆



 あの日の続き。


「ウーヴェとアイルにはセイバーンに残ってもらって、二手目をお願いしたいんだけど、良いかな。

 拠点村も、少し早いけど次の段階に進もう」


 そう言うと、二人は表情を引き締め、こくりと頷いた。


「まず、売り上げを大きく伸ばしている業種に関して、今後も需要が見込めるから、職人をメバック以外からも受け入れよう。

 セイバーンの中に留まらなくて良い。望むならば、他領からでも受け入れる。

 例えば硝子筆なんだけど……もう生産が間に合わないくらいの状況だろう?」

「硝子筆と洗濯板は、もう揺るぎようがないと思われます」

「よし。その二つは最優先。ただし、ブンカケンの規則は念入りに確認してくれ。後で知らなかったと言われても困るから。同意書への署名捺印忘れずにね。

 文字の読み書きができない者も多いと思うから、全文をきちんと読んで、理解できるよう伝えてほしい。……まぁ、ウーヴェの仕事いつもは丁寧だから、そこは心配するまでもないと思ってるけどね。

 それと、鍛治師をできるだけ確保したい。

 手押しポンプ、あれはまず確実に動く。一台目を王都の騎士訓練所に設置する予定だし、そこから他領にも一気に広まると考えてる。だから、今から職人を増やしておこうと思うんだ。

 ただ……鍛治師を他領からっていうのは無理だから、こればかりはセイバーンの中だけとなる」


 鍛治師は武器の製造ができる職人だ。だから貴族の管理下にある特殊な立場で、家移りひとつとっても領地への申請と承認を必要とする。

 今の職人を確保するのにも、それ相応の手続きを踏み、異母様に突かれないよう細心の注意を払ったのだけど……。

 後継という立場を得た今なら、鍛冶場を持つ大手の職人から、弟子を研修として募ることも可能だろう。さて、どうするかな……。

 そんな風に考えていたら、ではそれは僕が手配しておきますよとマルの声。


「商業会館から、セイバーン内の組合に通達してもらいますよ。

 ついでなんで、木工細工と硝子の職人に関しても募集があると伝えておきます。その方が、後々ウーヴェも仕事しやすくなるでしょうし」


 それは有難い。

 出発まで時間が無いが、大丈夫なのかと確認すると、旅にも吠狼から、数人が隠れて同行するとのこと。書類を書いたら彼らに運んでもらうという。


「ま、この話の分は今書いて用意しちゃいますけどねぇ。あ、執務机借ります。

 お話はそのまま進めちゃっててください。聞いてますから」


 そう言ったマルは、さっさと衝立で仕切られた執務机に向かった。

 とりあえず、書類に関しては彼に任せるとして……。


「アイル。吠狼には、三つ頼みたいことがある。

 まずひとつが、ウーヴェへ同行して彼の警護と補佐。移動範囲も広がるし、まだ情報の周知が行き届いていない地域にも行くだろうから、人数は倍に増やしてほしい。

 ふたつめ、ウルヴズ行商団を使いたい。拠点村の小物を売り歩いてもらいたいんだよ。宣伝を兼ねてね」


 ウルヴズ行商団は吠狼の仮姿だ。

 流浪の民である彼らは、元々行商団として地方を巡っていたし、品を仕入れ、他所で売るというのは彼らの基本的な副業でもあった。


「運びやすい小物中心で良い。小さめの商団で構わないから、何組か用意してもらえると助かる。

 フェルドナレン地方行政官長の研究施設、ブンカケン開発の生活用品って大々的に言ってしまおう」


 旅費や送料を含めると、値段は倍くらいになってしまうと思うが、それでも秘匿権を得ている品としては破格の値段だろう。

 頭の中で品の料金を試算していたのだが、衝立の向こうから「正規品取り扱い店舗の認定証でも持たせておけばどうですかぁ」と、マルの声。


「サヤくんの国では、そういうのを持ってると箔がつくらしいですよぅ。実際、貴族絡みだとしておけば、身の安全も確保しやすいでしょうし。

 秘匿権習得済みで、生活に根差した良品のみを扱う、正規の委託業者ってことにしましょう。

 あ、書類はこっちで書いておくんで、後で紋章印だけ押してくださいねぇ」


 書類仕事のついでに認定証も書いてくれるらしい。


「地方行政官長の紋章印を簡略化した意匠を、現在注文してますから、それが完成したら、ブンカケンの商標として標し、品に付ける保証書にも押印、同封します。

 まぁ、まだ製作途中なので、今は試験営業ということで。

 王都から戻ったら、それを大々的に使いましょう。国の権威を示す良い手段でしょうから」

「じゃぁ、それまで身元の証明ができるものが必要だよな……」


 うん……なら、あれを使ってもらうか。


「ハイン、例の小箱持ってきてくれる?」


 そうお願いすると、畏まりましたと席を立ったハインが、さっと部屋を出る。程なくすると、少し大きめの箱を持って戻ってきた。

 印綬と地方行政官の襟飾が入っていた箱……。印綬はもう俺が身に付けているから、今は襟飾しか入っていないのだけど。


「ウーヴェとアイルに、これを渡しておく」


 中から二つ取り出して、二人差し出したのだけど、二人とも手を出さない……。


「あ、あの……私は咎人を身内に……」

「忘れてるのか。俺は獣だ」

「うん。それはもう良いから。はい、受け取って」


 ずい。と、更に手を突き出し、二人の手に無理やりそれを押し付けた。


「俺は、二人にそれが必要だと思ったし、持っててほしいんだよ。

 いつも身に付けてろなんて言わないから、必要な時には使うように。身の安全確保は最優先にしてほしい」


 認定証も渡すけれど、念には念を入れておきたい。二人とも失えない、大切な仲間なのだ。

 お互い襟飾を手に、二人は顔を見合わせていたのだけど、最終的には諦めた様子で、それを大切に懐へとしまった。よし。


「アイル、ついでに地方の情報も集めてウーヴェへ報告してくれ」


 メバックの職人には伝手や知り合いが多かったウーヴェだけど、流石に他の地方までそうはいくまい。

 だから情報を頼りに、勧誘したい職人を吟味してもらう方が良いだろう。


「人選は、ウーヴェの目と感覚に任せる。これはと思う職人、必要だと思う人材には、出費を惜しまなくて良いから。

 拠点村の貸店舗や長屋にもまだまだ余裕があるし、建築だって進んでいる。なんなら水路を拡張したって良いんだ。

 だから、そこに誰を入れるかは、店主のウーヴェが決めたら良い」


 そう言うと、ウーヴェはとても嬉しそうに微笑み、畏まりましたと、深く、丁寧に頭を下げた。

 そのやる気に満ちた様子に俺も小さく微笑み返し、今一度アイルに視線を戻す。

 さて、三つめ。


「これはちょっと大変かもしれないんだけど……。

 アギーの流民。その中で、女性や子供、生活の困窮が著しいと思う者を優先で探し出し、勧誘。拠点村で雇用しようと思っている」


 それには皆がぽかんとし、動きを止めた。


「…………は?」

「女子供を、何に使うと?」

「流民対策の一環なんだよ。男手は交易路計画が始まれば雇用も進むけど、女性や子供は基本ああいった場所では雇わないから、仕事があるなんて思ってないと思うんだ。

 だけど、小物関係の職人を増やすんだから、当然その周りの備品だって多く必要になるし、探してみたら、他にも女性を雇える仕事が結構あった。

 紙の包装品作り、風呂敷作り、掃除婦、洗濯女、針子、賄い作りの補佐……それから、店舗の売り子、新たにできる孤児院や幼年院にも人を雇いたいし、治療院にも人手が必要だと思う。託児所っていうのも作るつもりだし、なんにしてもまずは人手」


 指折り数えてそう言うと、ギルが「だけどそれ、人集まんのか?」と、口を挟む。


「女と子供だけ募るって、むちゃくちゃ怪しいぞ……」

「その怪しいのにも縋らなきゃならないくらい困窮している人は、急務だろ。まぁ……こういう言い方は、ちょっとあれなんだけど……。

 アイルたちは、そういう、生活に行き詰まっている者らを見つけるの、得意なんじゃないかって、思うんだよ」


 流浪の民として彷徨っていた彼らは、元々そういった出身の者が多い。

 だから、その境遇ゆえの雰囲気というか、匂い……限界に近い者ら独特の感覚を、理解できるのじゃないかって、思ったのだ。

 困惑を隠せない様子のアイルに、その隣で、また変なこと言い出しやがったぞ。って感じのジェイド。うーん……伝わらないかなぁ。


「なんて言えば良いんだろう……過去の君らと同じ者たちを、そのままにしたくない。

 吠狼の皆には、そういった困窮者たちの救い手となってほしいんだ」


 ただ堕ちるだけの今を、今のままにしてほしくない……。


「その救いの手が、お前たちの来世まで、続いてほしいと思うんだ……。だって、ただ堕ちるだけなんて……。そんなの、おかしいだろ。

 それで色々、考えて、検討してみたんだけど……前世の罪を来世で償えと言うなら、徳だって、来世に持ち越せて然るべきだよな。

 今世で手掛かりを作っておけば、例え今世で全ては償いきれなくったって、負の連鎖から抜け出す道は、残せると思うんだよ……」


 来世なんてあるかどうか分からない。

 そもそも獣人が、悪行を重ねた人の成れの果て……という考えは、間違っていると思う。

 だって俺たちは、元々別の種として存在していた。それが交わってできた混血種なのだから。

 だけどそれを言ったところで、今までの全部を簡単に割り切れやしないって分かっているし、今までそうだと思い込んできたことを、忘れることもできないだろう。

 このまま、ただ方便をこねくり回し、否定を重ねたって、今世の彼らは救われない。

 だけど俺は、絶望しながら来世になど、旅立ってほしくないのだ。

 今世を一生懸命生きて、幸せを噛み締めて旅立つべきなんだよ。来世への旅立ちは、送る方も、旅立つ方も、よく生きたって、笑って迎えなきゃ駄目だ。

 ハインにも、ローシェンナにも。生まれ変わりたくないなんて、思ってほしくない。

 ダニルや、ガウリィにも。幸せになって良いのだって、言いたい。


「俺は、嬉しかった……。それを、俺も他の誰かに、与えられたらと思えた。

 だから、そういう……えっと、なんて言えば伝わるだろうな……。

 皆が優しくした人たちが、また誰かに優しさを与えてくれたら、それがずっと続いていく。そして来世に生まれ変わった皆の所にも、巡ってくると思うんだ。

 そんな風になれば良いと思って……その……綺麗事だってのは、分かってるんだけど……」


 うまい言葉が見つからず、しどろもどろ、ごにょごにょ言ってると、くすりと笑う声。


「あー……らしいつーか……。

 貴方みたいな考え方のできる者が増えれば、そりゃ、世界は平和で優しくなるんじゃないですか?」


 そう言ったオブシズに、こくこくと頷くシザー。良い考えだと思う! って、ことかな?

 ハインはなんともいえない渋面になってしまっていたけれど、ギルはそんなハインの頭を撫で回して殴り返され、サヤはとても優しい笑顔で、俺に頷いてくれた。


「ふむ……そもそも、孤児や不幸に見舞われた人たちが、前世の行いゆえに不幸という試練を与えられる。……っていうくだりだって、別にその者たちの不幸を、周りが一生懸命上塗りしてやるべきだ……なんて風には、書かれていませんもんねぇ。

 でも、普段の生活を律し、善行を積むようにとは、記してありますよねぇ。徳を積めば、来世は良い人生を得ることができると……。

 確かに、善行を施す相手の指定は特に無いですし、孤児や不幸に見舞われた者らを手助けしてはいけない……なんて文言も、経典には無いです」


 衝立の向こうから、マルのそんな言葉が聞こえ、続いてくすくすと笑い声。


「レイ様、孤児院の良い言い訳、できたじゃないですか」


 うん、まぁ……それもあって考えてきてたんだけどね。


「そう思う?」

「ええ、一応の言い訳の筋は通ってると思いますよぅ。

 後は……カタリーナを納得させられるかどうかって所じゃないですか?

 まぁ、そこは僕、レイ様にお任せしてるんで、思うようにやっちゃっていただいたら良いですよぅ。

 じゃ、ロジェ村宛の手紙も追加しなきゃですねぇ。流石にここでは書ききれないので、次の村で記して、吠狼に託しますか……」

「適当に箇条書きで良い。俺が直接届けて伝える」


 いつもの冷めた、そっけない様子を取り戻したアイル。

 そして至極冷静に「その任、受けた」と、返事をくれた。


「うん、宜しく頼む」


 獣人は、決して悪事を働いた人の、堕ちたすえの姿ではない。

 だって彼らはとても義理堅く、純粋だ。

 与えられた役割には、とことん忠実に、全身全霊で挑む。例えそれが、どんな役割であったって。

 そんな気質が何者かによって悪用されたから、彼らは今、悪魔の使徒なんて言われている……。ただそれだけだ。

 獣人も、人だ。それをいつか絶対に、証明する。


 そして、獣人をそんな風に扱う北の地…………。

 いつかそれだって、覆してやるのだ。


「では。各自役割を果たしてくれ。

 暫しセイバーンを離れるが、宜しく頼む」



 ◆



 あの折は……皆には敢えて、触れる程度の内容に、留めておいたのだけど……。

 この時には既に、俺は、ある疑念を抱いていた。


 王家の血の濃縮には、何者かの意思が絡み付いていたのじゃないか……と、そういう疑念。

 マルは、白く産まれる方が増えることに、偶然気付いた者がいたのでは……と、言っていたけれど。そんな偶然に、たまたま気付いたとか、そういったのじゃなく……もっとはっきり、目的を持って動いた者がいたのではないか……と、そう考えていた。

 いつの間にか、当然のことのように刷り込まれ、慣習として続けられてきた、公爵家との婚姻……。

 四家から繰り返し続けられてきたという部分に、どろりと濁った、人の意思を感じていた。


 白く生まれることを神の祝福とし、声高に叫ぶことで王家を縛り、絶対的な付加価値をつけると共に、肉体は弱らせ、寿命を縮めさせる、絶妙の采配……。

 五百年も前のその呪いが、ここまで王家を縛るだなんて、その人物は考えていたろうか。

 そうして、王家の滅びまで、招こうとしていることを……。


 この仕組みは、他家の血を入れにくいよう、計算されていたと思う。

 公爵四家で繰り返されてきた婚姻には、勢力の均衡を保とうとする力が少なからず働いていただろう。


 例えば、どの家かが、王家との契りを拒んだ場合、その家は権力的にも、他の四家に大きく遅れをとることになってしまう。

 だから、例え多少の疑念を抱いたとしても、他家への牽制や、力の均衡を考え、嫁がざるを得ない……。

 他家との力関係は、公爵家の選択肢を、常に狭めていたはずだ。

 嫁ぐ方の血筋ひとつ取ってもそう。実際四家は、極力血の地位が高い方……公爵家や、伯爵家の血を優先して、王の妻にしてきているが、これも、ただ王家に見合う血筋の選択をしてるだけでなく、後々の力関係を考えてのことだろう。


 五百年前から始まった、その流れ……。

 それまでの王家は、後宮もあったし王妃様もお一人ではなかった。

 それが、自然災害により作物の不足が続き、財政を立て直すために後宮を廃止したとなっていて、その決断をした当時の国王、ジョスナーレン様は、賢王と讃えられ、歴史にも名を刻んでいる。

 この方とその息子である次の王……先代からの財政難を増税無しに立て直したバルトロメウス様とが、お二人とも白い方であったことで、王家の色を尊き白と称えられる現在の形が定着した。

 そしてこの辺りから、フェルドナレンの代替わりは加速した……。

 五百年前の、誰かの画策は、がっちりと王家に食い込み、息の根を止めるまで、じりじりと牙を進めていた。


 だけど、ギリギリ間に合ったはず。

 サヤのお陰で、王家の血の呪いは、祝福ではないと明かされるのだ。呪いの顎門は開かれる……。


「何か、ございましたか?」


 不意に掛けられた不安そうな声。それで怖い考えを、慌てて頭から追い払った。

 夜、休む準備を進めていたのだけど、今頃アイルたちはどうしているだろうかって、そう思った辺りから、つい思考が深い場所に潜り込んでしまっていたのだ。


 視線を上げると、俺の髪を梳いていたサヤの手が止まっていた。鏡越しに、視線が合う。


「ごめん。もしかして、怖い顔になってた?」

「少し……」

「いや、たいしたことを考えていたんじゃないんだ。

 王家の……病についてだったから、つい、力が入っちゃったかな」


 意識して、口元を笑みの形に切り替える。するとサヤも、表情を緩めた。


「もう少しで終わりますから」


 敢えてにこりと笑って、サヤはまた、俺の髪を手に取って、櫛をあてがう。

 太腿に達しようかという長い髪。それをいちいち丁寧に(くしけず)り、そうして全ての髪が滑らかになったところで、櫛を小袋の中にしまった。


「もう、いいですよ」

「ありがとう」


 絹糸のように艶やかになった自分の髪を確認して、席を立つ。

 そして寝台ではなく、長椅子に足を向け、サヤを手招いた。眠るにはまだ少し早いし、もう少しだけ、一緒にいたかったから。


「明日も女近衛の方の調整作業か」

「そうですね。本日無事到着されていれば良いのですけど」

「問題は、明日到着の方だよなぁ……作ってあるものに、近い大きさがあれば良いけど……」


 本日到着の方はともかく、明日到着予定の方は、かなりギリギリで決まった方で、寸法表どころか名前も記されていなかったのだ。

 リヴィ様より大きかったり、メリッサ殿より小さかったりしたらどうしよう……。


「それでも、極力合うものを、用意してくださいますよ。ギルさんなら」


 そう言ってにこりとサヤは笑った。俺を心配させまいとしているのもあるだろうけれど、それだけギルのことを、信頼しているのだと思う。

 それでつい、サヤを抱き寄せてしまうのだから……俺の嫉妬深さもちょっと病的かもしれない……。


「レイ!」

「少しだけ」


 赤くなるサヤの頬に唇を寄せると、サッと手がそれを遮ってくるから、そのまま指先に音を立てて口づけした。

 すると指先が小さくわななく。引っ込めると唇が頬に触れるだろうし、かといって指先も恥ずかしいし……という葛藤が見て取れて、つい吹き出してしまったら、掌はそのまま握り込まれて拳になった。そしてぽかりと肩を叩く。


「もう!」


 真っ赤になって、眉を吊り上げる。そんな他愛ないやり取りが幸せで、嬉しい。

 ……ダニルにも…………こんな時間が、必要だと、思うんだけどな……。


「なぁサヤ、戴冠式が終わったら、とても忙しくなると思うんだけど……。

 その前にもう一回だけ、一緒にセイバーン村に、行かない?」


 そう言うと、サヤの怒りが急速にしぼんだ。

 そうして鳶色の瞳が俺を見て、こてんと首を傾げる。


「ダニルたちを……あのままにはできないから、もう一回、説得してみようかなって。

 ダニルが納得できる形を、見つけられたら良いと思うんだけどね……」


 そう言うと、ピンときたのだろう。


「…………徳の繰り越しの話?」

「うん。納得してくれるかどうかは、分からないけど……。

 …………まぁ正直、詭弁だとは思うんだよ。思うんだけど……」


 吠狼となった彼らに、もう暗殺なんていう仕事はさせない。

 だけど、今からは手を汚しません……なんて言ったって、ダニルは納得できないだろう。

 今までしてきたことを、忘れやしない。忘れられない……。

 それくらい彼は、カーリンとその腹の子供を、大切に思っているのだ。

 大切だから……苦しくても、辛くても、離れる選択をした。大切な人の来世まで、犠牲になんて、したくないから……。


「だけどそれは、やっぱり駄目だよ……」

「うん。私も、そう思う」

「……ダニルはさ、ちゃんと、良い父親になれると思うんだ」

「うん。私も、そう思う……」


 微笑んだサヤが、肩に身を擦り寄せてきた。

 俺の腕の中で丸まって、まるで安心した風に、身体の力を抜いてから「うん、行く」と、返事をくれた。


「こんな風に……二人ができたら、ええなって思う……」


 まるで俺の気持ちが伝わったみたいに、さっき俺が思ってたのと、同じことを言うから……サヤの心にも触れられた気がして、愛しさがこみ上げてきた。


「うん……」


 こんな風にできたら、どんな苦難だって、たいしたことないって思えるはずだ。

 だって俺がそうだから。

 そうして気持ちのまま、もう一回額に口づけしたら、またサヤに怒られた。


頭っから遅刻……そして明日からの分書けてない……。

結局こうなったよ!だけど頑張る!

というわけで今週も三話更新目指します!

今週も、楽しんでいただけるよう頑張りますーっ!

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