隔たり
ギルが女性に優しい性質であることを、リヴィ様は理解している。
だからギルが、特別リヴィ様のみに手厚いだなんて風には、きっと考えていない。
なにより、リヴィ様は大貴族、アギーの方。
何かにつけて手厚く遇されることに慣れている。
それゆえギルがどれほど心を砕いて接しても、きっと『アギー』に対してのものだと、その意味を深く汲み取ることはしないに違いない。
「妙齢の女性に対し、そりゃあんまりな命じゃないのか?」
「姫様のお立場は、小を切り捨て大を取ることを必要とするのだろう? 前にそう言ってたのはお前だよ、ギル。
俺たち貴族も、その覚悟を求められる立場だ。当然、自らが小に含まれることもね。
それは、お前だって理解しているだろう?」
そう言うと、また沈黙。
理解と納得は別物だ。
そう思ってるよな。分かってる。
だけど他人事なら、可哀想だで済ませられることが、今そうできないのはさ、お前の中に、リヴィ様を他人事にできない理由があるってことだろう?
お前はそれをこのまま、うやむやにしておいて良いと、本気で思っているのか?
どうして今こうしていてすら、お前はイラついてる?
リヴィ様のことばかりを、心配している?
そんなに気になるなら、もう他人事にできないなら、お前がするべきことはひとつだろう?
「言わなきゃ、伝わらないよ……」
ついその言葉が口を突いて出てしまい、ハッとしたのだけど、俺以上にギルは驚いた様子。
目元は隠れて見えないままだったけれど、ぽかんと口を開き、固まった。
「………………おまっ……⁉︎」
「ごめん、失言だった」
リヴィ様の気持ちは、前から知っている。
だけどギルの気持ちが分からなかったし、元々身分差という隔たりがある。
下手なことをすればただの押し付けになってしまうと思ったから、敢えてこちらから差し出口を挟むことはしなかったのだけど……。
どちらも、踏み込まない。
このままじゃ、二人ともずっと、すれ違って終わる気がする……。
そう思ったらつい、言葉が口から溢れていた。
暫く気まずいまま、とにかくギルの顔の手入れを進めた。
一通り終わって「いいよ」と手を離すと、起き上がったギルはそのまま頭を抱え込む。
目元を隠していた手拭いは、そのままぽとりと床に落ちた。
「…………お前、なんか言われてんのか?」
リヴィ様とのこと? それなら……。
「特には何も」
お前との縁を繋げて欲しいと示唆された。
だけど、それ以上をどうこうなんて、言われなかった。
まぁクオン様は特に心配して、念押ししていかれたけどさ。
だけどギルは、俺の返事に納得できなかった様子。
胡乱な瞳を俺に向けてくるものだから、仕方なしに答えを出すことにした。
「俺がリヴィ様の気持ちの方を知ったのは……お前との縁を疑われたからだよ……」
「は?」
「俺とお前」
「…………はぁ⁉︎」
「三年前なら、見た目的にアレだったし、勘違いも仕方ないかなって思えたけど、今はキツいよな……」
「やめろ、考えたくねぇ……こんなゴツく育った男とか……悪夢だ」
あ、俺ゴツくなったんだ。
それはなんか嬉しいなぁと思う。
「俺がサヤを婚約者としたから、影に徹して俺を支えてきたお前が不憫だって。
俺への気持ちをずっとひた隠しにして、今からもそうしていくのかと……」
「わあああぁぁぁ! 止めろ、なんだそれ、どういう設定だ⁉︎」
ブワワッと鳥肌を立てて全力否定するギルに吹いた。
ひとしきり笑って、ふっと息を吐くと、隣のギルがまた別のことを考え出していることに気付く。
その思考を占めている人、お前はもう、認めるべきだと思うよ。
「いつからそういう気持ちがあった?」
もうバレてるって分かってるだろ。
なのにギルは、まだ無駄な抵抗を試みるつもりのようだ。
「巫山戯んな。ねぇっつうの。
だいたいあったからって、なんだってんだ。お前ら二人ごときの身分差じゃねぇんだぞ」
無いと言いつつ、男爵家と庶民を引き合いに出す。やっぱりそこが引っかかって、行動に出ないんだな。だけど……。
「……それもう答え出してない?」
そう茶々を入れると、ぐしゃぐしゃと髪を引っ掻き回す。
そうしてまたああぁぁと呻いて、頭を抱えた。
「なんでお前にこんなこと言われてんだ俺えええぇぇぇ」
「うんまぁ、今までじゃ考えられなかったかなぁ」
俺はお前の隣にいなかった。ずっと手を引かれて歩いていたようなもんだったから。
何よりギルは年上だったから、兄たろうとして、俺にそういった弱い部分を見せはしなかったし。
「俺に晒しちゃうくらい余裕が無くなってるってなら、もう諦めが肝心だと思うけど」
「巫山戯んな! 言ったろうが、身分差考えろ! 公爵家のご令嬢に、一庶民が関われるわけがねぇ。
しかも女近衛長拝命して、王都に行く人に、何を言えってんだ⁉︎」
そう喚いたギル。
受けた命を無かったことにはできない。リヴィ様は、女近衛長という役職を賜り、王都へと赴く。
どうあがいたってこれから数年……下手したら十年以上、彼女は王都の戦場に立たなければならない。
気持ちを伝えたところで、助けてやれるわけじゃない。その責任から解き放ってやれるわけでもない。
一般庶民でしかないギルは、大貴族のアギー家に、なんの影響力もありはしない。
しかもメバックで責任を担う立場のギルは、傍にいることすら、してやれないのだ。
…………だけど。
だからって何もできないわけじゃないと、俺は思ってる。
「ギルは、それで後悔しない?」
そう言うと、眉間にしわを刻む。
リヴィ様の日常は、ライアルドのような輩に、心を傷つけられる日々になる。
それを分かってて、お前は彼の方から、目を背けていられるのか?
「言葉にすることが、彼女の盾になる。心を救うよ。
力が及ばなくても、心くらいは守ってやれって、お前が俺に、それを言ったんだろ?」
逃げ込める場所がある、守ってくれる腕がある。たったそれだけのことが、どれだけ気持ちを救ってくれるか……。
「もう認めろって。リヴィ様を好ましく思ってるんだろ?
気持ちが動くのに身分なんて関係ない……無かったよ、俺も」
そう言うと、ギルは暫く葛藤していたのだけど、最後には視線を足元に落とし、溜息を吐いた。
「…………はぁ……。薄々分かってたけど……自分の性癖実感しちまった……」
「ギルは逆境に立ち向かおうとする人に弱いよね」
「言うな! だってお前仕方ないだろう⁉︎ あんな健気な姿見せられてみろよ⁉︎」
「しかも男女関係無いよな。俺やハインだって結局ほっとけなかったし、サヤだって……」
「だってお前、ほっといたらどうなると思ってんだよ⁉︎」
つまりギルはとことんお人好しなのだ。俺のことなんて、とやかく言えない。
と、いうか。お人好しだと散々言われる俺を育てたのが実質ギルなのだから、それはもう、当たり前というか。
そんな心優しいギルだからこそ、幸せにならなきゃいけないと思うんだ。
「ギルがリヴィ様を助けたいと思うなら、協力するよ。
確かにセイバーンと王都じゃ離れてしまうけど、王都には本店だってあるし、お前には女近衛の正装を手がけたという実績もある。縁は繋がってる。
俺だって王都にちょくちょく顔を出さなきゃいけなくなるんだろうし、お前に繋ぎ続ける意志さえあれば、ちゃんと繋がり続けるよ」
お前は俺との縁を十二年も繋げてきた男だから、俺は案外、縁については心配してないんだ。
「いつか訪れる未来の心配は、ひとまず置いてさ、今を、リヴィ様を、大切にして差し上げてよ」
それと、自分の幸せを考えてほしい。
ギルの言う通り、身分は大きな隔たりだと思う。だけど、身分が全てに優る価値を持つとは思わない。
気持ちは、そんなものとは全く違う、別のものだと思うのだ。
身分の無いサヤの世界に、魂を捧げるなんて手段は無かった。
俺たちが魂を捧げるのは、魂にその隔たりを越えるものがあるって、知ってるからだろう?
「だいたいお前、俺とサヤなんか身分どころじゃないよ。
世界すら違うんだぞ? 身分くらいなんだ」
最後にそう言うと、はたと動きを止めるギル。
そうして居心地悪そうに頭を掻いて……。
「お前それ、反則だろ……」
「なにが反則だ。俺たちが繋がれたのに、お前が駄目な理由なんてあるもんか」
そう言って笑いかけると、ギルは最後の最後にようやっと少しだけ、口角を持ち上げた。
◆
「お待たせして申し訳ありませんでした」
いつものキラキラしたギルが、何事もなかったかのように応接室に戻った。
くまも多少はましになり、若干疲れ気味ではあるものの、いつもの王子様っぷりが復活だ。
「やっとひと段落いたしましたし、明日お帰りと言うならば、本日はオリヴィエラ様にお付き合いいたします。
何かご要望はございますか?」
「まぁ、何を仰いますの。私への気遣いは無用です。
連日の激務だったのでしょう? どうかそのまま、お休みになってくださいまし」
「それは明日以降、充分に取らせていただきます。それで事足りる程度のことです。
そんなことよりも、オリヴィエラ様とのお時間は、明日の昼までと限りがあるのですから。一秒とて無駄にしたくないのですよ」
王子様復活……してるなぁ。
完璧な笑顔でそう言うギルに苦笑する。
気合が入ってるなぁ。まぁ……彼が本気になれば、こうなるのは分かってたけど。
あの後、ギルとまた少し、話をした。
身分を越えてリヴィ様と縁を繋ぐ決意なんて、良識あるギルにはなかなかできるものじゃないらしい。
だから、そこは踏み越えてもらえなかったのだけど……。
「俺は、あの馬鹿野郎に花を持たせてやることだけは、断固、阻止したい」
だから、協力しろと、ギルは言った。
リヴィ様を貶める輩に好き勝手させることは、たとえリヴィ様がそれを許そうと、納得できないという。
彼の方が身を犠牲にする性質であるならば、尚更だと。
その意見には俺も賛成だったし、協力を惜しむつもりは毛頭無かった。
なによりライアルドの人となりが、俺も信用できなかったのだ。
一度その手段を与えたら、ライアルドはそれを一生、振るい続けるに違いない。
己のために二人の間柄を伏せ、身分だって下位であるのに、リヴィ様より優位であると驕っていたあの男は、たとえリヴィ様がどのようなお立場となられても、常に見下しに来るだろう。
それは近い将来、リヴィ様の足枷にだってなりかねない。
近衛と軍はなにかと絡む場合も多いだろうし、捨て置くことも難しい。そんな相手に、付け入る手段を与えてしまうなど、もってのほかだ。
「とはいえ相手は伯爵家だろ。下手なことはできねぇし……お前、なんか思いつかないか?」
と、そんな風に話を振られ……。
「ひとつ、案があるには、ある」
「マジか。なんだ?」
「いや……うん……だけどやっぱりちょっと、どうかなと思って……」
効果としては絶大だと思う。
この手段を使えば、ライアルドはリヴィ様との縁を公に口にしにくくなる……というか、寧ろする方が奴の評価を下げることになるだろう。
なにより、リヴィ様との縁を隠していたのはあの男自身なのだから、自業自得でもあるわけで、そうされたからってリヴィ様をとやかく言うこともできない。
それでも逆恨みして、何か言ってくるかもしれないが、それをした場合、身分違いの相手に対する不敬で、更に自分の状況を不利にするだけになる。
つまり、ライアルドとリヴィ様の縁を、無かったも同然にできる最高の手段なのだけど……。
「は? そんな手段があるなら、是非やるべきだろ?」
「いやでも……結構厳しい、内容だと……思うし……」
「………………言え。聞かねぇと分からん」
言ったな? 自分で言ったからな? 聞いて後悔するなよ?
と、いうわけで。
俺の提案にギルは懊悩し、頭を抱えたのだが、その効果ゆえに捨て置くこともできず、最後には覚悟を固めて、首を縦に振るに至った。
そしてギルは、現在こうして事前準備に取り掛かっているわけだ。
「ギルさんどうされたんですか?」
「んー、今日まで仕事優先だったから。
残り一日足らずのお時間だけど、リヴィ様のお望みを叶えて差し上げようって思ったんだってさ」
サヤには適当を言って誤魔化した。
彼女がこういった手段を、宜しく思わない場合もあるから。
だけどこれは、今ギルが、リヴィ様のためにできることで……俺たちにとっても価値あることで……。
なにより、ギルが今後もリヴィ様との縁を繋げていく手段でもあった。
今は無理でも、いつかは踏み越えられるかも、しれないから。どうか続いてほしいという、俺の願いも込められていたのだけど……。
…………こ、込められていたのだけど、その……ちょっと手段がね……色々その……あまり、公言できない類というか……。
「申し訳ないですわ……。
私のしたいことをとおっしゃるならば、私は店主殿に、きちんとした休養を取っていただきたいです。
急に押し付けた依頼で無理を強いてしまったことは、こちらとて重々承知しておりますの。これ以上の負担など、望みませんわ」
「ですがそれでは俺の気が済みません……」
とはいえ、早速難航している様子だった。
まぁ、さっきの疲れた様子のギルを見てれば、リヴィ様ならば我儘なんて、言えやしないよな……。
仕方ない。ここは少し、手助けするとしよう。
「じゃぁ、二人のご意見の、間を取るというのはどうです?」
俺は会話の区切りを拾い、笑顔でそう口を挟んだ。
ハインが胡散臭そうな顔をしているけれど、他の皆は俺の表情をそのまま受け止めている様子。
リヴィ様も、俺に視線を寄越す。
「……間……ですの?」
「ええ。リヴィ様はギルを休ませたくて、ギルはリヴィ様を喜ばせて差し上げたいのだよな?
ならばリヴィ様、ここでギルの仕事の手伝いをしていただけませんか」
そう言うと、リヴィ様は訝しげな顔。
「私は、店主殿を休ませたいのよ?」
「無論、心得ておりますよ。だから、出掛けずこの屋敷で過ごしましょう。疲れた様子を見せれば即休憩を挟めます。
いやね、今からギルの手掛けていく仕事に、うってつけのものがあるのです。今後必ず、ギルを悩ませるに違いないって案件がね。
リヴィ様が手助けしてくださったら、ギルの心労が一つ減ります。この問題が解決すれば、彼はもっとゆっくり、しっかり休める。
今後の指針にもなるから、とてつもなく助かるのですけどね」
ニコニコ笑顔でそう言うと、リヴィ様は少し思案顔。
ギルも、俺の案が何か思いつかない様子で、眉間にしわを寄せている。
「なんのお仕事ですか?」
同じく思い至らなかったサヤが、俺にそう聞いてくるから、俺はえへんと胸を張った。
「決まってる。女性の仕事着開発だよ。
貴族女性の目線って、普段からなかなか得られなくて難儀しているだろ?
リヴィ様は女性の所作や作法にも精通なさっているし、うってつけじゃないか」
そう言うと、サヤは、あっと目を見張る。
「あー……それは、まぁ……なぁ……。だけど別に今することじゃ……」
ギルは、なんで今それを引っ張り出してくる……といった顔。
馬鹿、これ以上の良案は無いぞ。まずは聞けって。
「今すべきだよ。
だってさ、正装だって、リヴィ様のご意見が参考になったじゃないか」
「えっ⁉︎……私ですの?」
「ええ。実はそうなんです。
リヴィ様がサヤにおっしゃっていたことが、今日のあの細袴に繋がったんですよ」
俺は元々作っていた細袴とは別に、今回の細袴を作った経緯をお話しした。
俺たちだけだったら、きっと新たな細袴を開発しようなんて思わなかったろう。
サヤが動きやすいことには配慮していたけれど、所作や作法については意識が向いていなかった。
「女性を貴族社会に進出させるということは、難題です。格式を重んじる貴族社会ですからね。今までと違うってだけで、反発を招く。
必要に迫られ、女騎士、女近衛を取り入れていくのだとしてもです。
だから、極力摩擦を減らす努力をすべきで、そうであればやはり、馴染みやすさっていうのは気にすべきでしょう?
あまりに規格外なことを畳み掛けても、反発を招くだけになってしまう。
今回のことで言えば……この袴に見える細袴は、とても良いものになったと、俺は思っています。
社会の習慣を真っ向から否定するのじゃなく、女性らしさを損なわずに、新たな手段を模索する。その良い例になった」
女性が足捌きの所作を見せてしまうことは、はしたないと思われかねない。
けれどあの新たな細袴は、その問題を見事に解決してみせた。
「今までも、男性側の流行に関しては、俺が試着して試したり、意見を伝えたりしていたんですよ。
やはり身につけてみないと分からないことは多々ありますし、世に出してから問題が発覚したのでは遅いし、店の名にも傷が入ってしまいます。
バート商会が信頼に厚いのは、そういった細やかな部分をきちんと踏まえて、細心の注意を払っているからだ。
俺は昔からここの世話になっているから、その縁でこうして、関わってきているのですが……。
女性側は、なかなかに難しくて……。
まず本音を聞ける相手を見つけることから難儀しますし、試し着をお願いできるような間柄の方なんて、そうそういらっしゃらない。
特に女性は、本音を隠しますからね。
サヤも、意匠に関してはとても優秀なのですが、やはりこの国の習慣や作法には疎い……。
サヤにとって当たり前のことが、この国ではそうじゃないなんてことも、ザラにある。
無論、その逆も然り……なんですけどね」
そう言うと、サヤはうっと言葉に詰まり、頬を染めて顔を逸らす。
何か思い至ったらしい……。
少し気になったけれど、今はリヴィ様の説得が優先と、俺は頭を切り替えた。
「それにね、これはリヴィ様にとっても良いことだと思うんです。
これからの女性のあり方を模索していかなければならないリヴィ様にも、女性の動きやすい衣服の開発は、他人事ではありませんし、寧ろ女近衛は、現場の最前線なわけでしょう?
女近衛には、忌憚ない意見が言え、注文ができる相手が必要となるはずです。
貴女はこれからすぐに、女近衛としての働きを求められていくのだし、正装だけでは到底対応できない。この案件は、早々に取り掛かっておくべきだ。
ね? これはお互いにとって、価値あることじゃないですか?」
「…………確かに、おっしゃる通りね。
私、とりあえず目先の式典にのみ、意識が向いていたのですけれど……あれはあくまで正装ですものね」
例えば式典後、リヴィ様が王都に残り、そのまま職務に就くとしても……そのための適切な衣服が無い。
当面は正装を活用することになるだろうけど、鍛錬や、警護任務に就いた時、果たして正装が動きやすいだろうか。
階級を示すための、袖の折り返しや釦だって、場合によっては邪魔になる。
時間が無いからとりあえずは正装! と、姫様は思ったのだろうけれど、この問題だって正直、待った無しなのだ。
「バート商会には、サヤがいます。動きやすさに関しては、彼女自身が示せる。
この国で数少ない、武術を体得した女性ですから。リヴィ様の剣術にだってそれは活かせるでしょう。
それを補強する形で、その提案が貴族社会にとって受け入れられるものか否かを、リヴィ様が見てくださったら、こんな有難く、素晴らしいことはありませんよ。
どこよりも早く、且つ迅速に、状況に対応できるのじゃないですか」
「そうだな!」
俺の力説で、どうやら話の流れが作戦に到達しそうだと察したらしいギル。
急に乗り気になった。
「とりあえず今、サヤの女性用従者服を手掛けているが……あれを参考に、貴族対応のものをまずはひとつ、作りたい。
オリヴィエラ様にも必要とあらば尚更。
オリヴィエラ様、もし宜しければ今すぐ、ご意見を賜りたく存じます」
「えっ⁉︎」
「サヤの描いた下絵がございますし、なんならサヤにここで描かせますし……。
そうだ! まずはオリヴィエラ様に相応しいものをお作りします。どうかそれを、本日のお詫びとお礼を兼ねて、受け取っていただけますか。
王都での生活を支える品も我々が、早急にご用意し、王都に届けましょう」
「えっ、そん……そんな……い、いただけませんわ!」
「はいっ、描きます!
私も、貴族女性の所作や作法は是非、聞いておきたいです!
……その、三年後までに、身につけておかなければ、ならないので……かなり、切実です!」
状況は分からないまでも、これは頑張らねばならないことらしい。
サヤもそう悟った様子で、リヴィ様を籠絡する手助けを始めた。
三人がかりで迫られ、狼狽えたリヴィ様だったのだけど……。
結局、サヤの縋るような視線が、リヴィ様攻略の決め手となった。




