至る道
結局、そんな感じでクオン様に振り回されつつ、拠点村を一巡りすることになった。
主筋通りの店舗はあらかた巡り、だいたいどの店でも一つは買い物をするクオン様。お陰で従者らの手荷物がだいぶ凄いことになっている。
ただ、物珍しさで手を伸ばしているのかと思っていたら、どうやらこれも取材の一環であったらしい。
「品揃えはあまり貴族を意識してないのね。庶民向けな品がほんと多い。
しかも全部安い……。硝子筆にしたって、秘匿権を得ているなら、あんな値段にはならないわよね? 本来なら、十倍……いえ、もっとしてると思うのだけど」
休憩のため、中央広場にやって来ていた。
今広場にはいくつかの屋台と、食事や休憩ができるようにと置かれた机がある。
主に工事を行っている職人ら用にそうされているのだけど、その一つを借りていた。
先程からクオン様は何かを一生懸命書き記していたのだけど、ひと段落して口にした言葉がそれ。
「秘匿権は、あくまで独占を防ぐために取ってあるだけなので」
「秘匿権、貴方が有してるのよね。……よく職人の反感買わないわね……」
それは、あの硝子筆を開発したのが、先程の硝子職人だと仮定しての発言なのだろうなぁ……。
多くの秘匿権は、貴族や聖職者に握られている。
それは技術の保護という名目で、貴族が職人を囲うことから始まった、この秘匿権というものの特徴でもある。
だからクオン様も、硝子筆という秘匿権を得た職人を、俺が囲う形で権利を得たと考えたのだろう。
そして、この村の職人全てから、そうやって秘匿権を得ていたとしたら……そりゃ、反感買うだろうね。
「誤解してらっしゃるようですが、元々硝子筆を開発したのは我々です。
この事業に参加した職人は、我々の持つ秘匿権を使用する許可を、得ているにすぎません。
ま、作り方を身に付ける努力はしてもらいますけれど、その後は好きな時に、好きなだけ作ってくれたら良い。ブンカケンに所属し続ける限り、新たな秘匿権を得た場合も同様、それを体得し、使うことが許されます。
その代わり、値段には我々がある程度、口を挟むんですよ。我々の持つ権利を利用するのですから、そこは飲んでもらいます。
硝子筆の値段、確かに秘匿権の発生している品としては格安でしょうが、材料費や手間賃を考えれば、もう少し安くても良いくらいですよ。
まぁそこは、硝子筆を作れる職人が増えれば、自ずと下がり、落ち着いていくと考えているのですが」
「貴方が元から得ているというの⁉︎」
「そうです。ただ、俺は硝子を扱えませんから、職人に作ってもらうほかありません。
今までそういった発見は、多分……数多く捨てられてきていると思います。自らが作れない秘匿権なんて、得ても意味がありませんからね。
それが社会の発展の妨げになっていると考えたので、この事業を立ち上げることになったんですよ」
ま、色々別の理由はあるが、表向きにはそういうことになっている。
「それに、秘匿権を維持すること自体が、庶民にはとても難しいのです。
だから個人で秘匿権を得ている職人なんて、殆どいませんよ。
せっかく得たとしても、身を守るために泣く泣く貴族に差し出すしかなかった場合も、多々あったでしょうしね。
そうやって独占を許していると、いつまでも文明の発展が進まない。民の生活も向上しない」
そう言うと、クオン様はなんとも難しい顔になった。
そうして俺の言葉をもとに、また何かを書き記し……。
「確かにね……。
石鹸然り、木炭然り……。民の技術は貴族に吸い上げられて、今やどれも高級品。
ま、貴方は自ら発見したらしいけれど、その貴族らと同じく高値で売っても良いのに、それを選ばなかったと……。
…………貴方、献身的ね。儲ける気がないの?」
権利を使わせるのに安く作らせる。というその理由が、それしか思い至らなかったらしい。
「まさか。儲けるに決まってるでしょう。
ただ俺個人が儲けたって意味が無いし、この事業と交易路計画を維持できるだけの収入があれば、こちらはそれで充分ですからね。
それに俺は、高値で少数に売り付けるより、安く出して世に広めたいのでこの手法を取るんです。
確かに、硝子筆は貴族に多く愛用されるでしょう。でも一般にも広めたいので、高いと困ります」
「……何故一般に広めたいと思うの?」
「木筆は不経済でしょう? すぐ使えなくなる上結構な出費です。下層の民ほど、識字率が低い理由の一端は明らかにこれですよ。
そもそも識字率が低い理由も、民の生活に余裕が無いからですし、国力を上げることを考えれば、ものを書く……ということを難しくしていたのではいけません」
「え、ちょっと待って、なんで識字率? 国力? 貴方、これ個人的な事業よね?」
「今はね。後々は国の管理下に置くつもりですよ。
識字率向上は文明の発展に欠かせません。我々は既に、大災厄により数多の技術を失っている。それは未だに取り戻せていません。
せっかく再発見した技術が一部の利己的な独占で消えていくなんて無駄なことを繰り返していたんじゃ、いつまでたっても大災厄前には戻れない。
俺の事業は、そういった消えゆく技術の維持にも必要だと思ってます。
本来なら、秘匿権がそうあるべきだった……。でも、ただ貴族の金稼ぎにしかなってないのが現状です」
「ええ? あの……待って、国の事業にする? 貴方何言ってるの? 貴方の目的すら見えてこないんだけど」
「いやだから、俺の目的は国力の底上げですよ。地方行政官ですよ、俺。職務なんですよ。
儲けるのは国。税収を上げることが目的です」
「…………………………税収?」
「そうですよ。姫様が、国力の底上げを当代の目標として掲げているんです。地方行政官としては、市井の生活向上こそが職務。民の生活を豊かにする物を、広めなきゃならないんです。
国力は貴族が潤っても上がりません。民の生活が安定し、豊かになっていくことが、必要なんです。
だから、少し高いけれど後々生活を助けてくれる品……。長い目で見ると得をすると思える品……。あれを得る為に頑張って働こうと思える品。ちょっと努力すれば手が届く品。そういうのが、我々が求めているものなので、民にとって潤いとなる品を優先的に開発するのは当然でしょう?」
そう言うと、なんとも意味が理解できないといった顔をする……。
「だけど貴方……それ、貴方は手間ばかりじゃないの?」
「本来貴族の役割ってそういうものじゃないですか?
俺は皆が苦しんで生活する姿は見たくありません。セイバーンに住みたい。ここで生きていきたい。そう思ってほしいので、そのためにこうするのは当然かと」
「……分かった。貴方、全然貴族目線じゃないのね」
「貴族らしさは無いってよく言われます」
でも貴族らしさなんてものは、さして重要ではないと、最近特に思っている。
結局国を支えているのは民なのだ。民無くしては、貴族も国も成り立たない。なのに貴族中心に世の中を考えるからややこしくなる。
「セイバーンは麦を作る農民らに支えられています。なら、彼らが潤わないと成り立ちません。
だから、氾濫を防ぐ必要があったし、これからも彼らの生活が少しでも良くなるよう、努力をするべきだ。
ただ今を繰り返したのでは先は無いですよ。少しずつ失われて、先細りしていくだけです」
新たなものを作り出していかなければ、失われるばかりになってしまう。
それは、セイバーンを襲っていた氾濫と、サヤの話から痛いほど学べた。
ただ今を維持することは、何も生まない……。よくなろうと努力しなければ、知識や技術を残していかなければ、少しずつ失い、最後は滅ぶ。
「麦を作る農民らが潤ったらどうなるっていうのよ」
「もっと麦を多く作るにはどうすれば良いか、考える余裕が生まれますよ。その結果、国が潤うんだ。
今、セイバーンと他領では収穫率に差があります。
計算してみると、だいたい二倍強……。ま、土地の広さと収穫率からざっと計算したものなので、誤差はありますが、概ね比率的にはそうなっています。
セイバーンは麦の効率的な生産、収穫量向上を常に考えて今日に至っている。
他領では、まだその段階に無い。植えて実るに任せている地方が圧倒的に多いと、俺たちは考えています。
少なくとも水路を設置すれば、麦の生産量は増えます。それは我々の、今までの経験と結果から示せる。
けれど、だからってそれを真似て、水路を引いた領地がどれほどあります?
水路を引くだけの費用の捻出が難しい……税収が伴わない……もしくは、貴族の搾取により、それが進められていない。
それぞれが、それぞれの役割を担えていないのが原因ですか? 違います。貴族が貴族として機能していないからです。
我々は今ある税収から、民の生活を向上する対策を取らなきゃならない。少し無理をしてでもそれをする決断を下さなきゃいけないはずだ。
なのに搾取するために秘匿権を利用する。知識の独占により、現状を民に知らせない。知識を滞らせることで、発展を妨げているんです。
今、フェルドナレンは豊かだと言われていますが……現状は、もっと厳しいですよ。
民からの搾取……身食いが横行していますからね。更に、秘匿権がそれを増長させている。
フェルドナレンは、既に痩せてきているというのが、俺たちの結論です」
いつしか、クオン様はぽかんと口と、瞳を見開いていた。
まさか雑貨類の発明からこんな話を持ち出されるとは思ってもみなかったという感じか。
だけど、今は麦の生産を引き合いに出して話したけれど、これがこの社会の歪み、全てを表している。
我々は搾取することで、自らの成長を閉ざしているのだ。
それが、領地と領民であったり、人と獣人であったりするだけで……。
「まあつまりね、民が潤えば国が潤います。
民の生活の向上こそが今姫様が求めているもので、俺はそのために役職を賜りました。
だから、秘匿権を個人的なことに利用するのは俺のすべきことではないし、それをしてしまったら職務怠慢ですよ。
とはいえ、他領の運営方針にまで口出しできる立場ではありませんからね。
その結果、俺なりのやり方で民の生活の向上を図る手段として、民の生活に根ざした道具類の開発をしている。といった感じです」
そうして、秘匿権の価値を少しずつで良い、削り落としていくのだ。
民の生活にゆとりが出れば、優しさを分け与える余裕だって生まれてくるはず。
識字率を上げ、民の知識欲を上げ、何故? という疑問を育てる。
生活の苦しさゆえに、孤児や獣人を貶め、気持ちを慰めるしかない社会構造を変えていく。
水滴を、小さな波紋を、大きな波へと育てていく……。
本当に小さな試みだ。
だけど、いつか絶対にこれを、育てきってみせる。
獣人だって人だと、当たり前に言える世の中にしてみせる。
皆で笑える社会を作るんだ。
「……貴方、腑抜けて見えるのに……案外深く考える人なのね……」
「クオン、失礼ですわ」
ついぽろりと本音が溢れてしまったクオン様を、すかさずリヴィ様が窘めた。
いや、見た目に威厳とか無いのはよく分かっているので良いんですよ。
恐縮するリヴィ様に自覚ありますからと笑って言うと、なんとも複雑な顔をされてしまった。
そして、たしなめられたクオン様であったけれど、やはり姉上殿の言葉など聞き流している様子。悪びれた様子もなく、更に質問を重ねてきた。
「この村に孤児院を作る話。あれもこの国力向上に絡むわけ?」
そこを掘り下げてきますか……。
ダニルのこともあり、今一番俺が心を悩ませている部分なのだけど、その気持ちを言葉にするのは難しい。
でも、今ここで言い澱むことは許されないと感じた。
ここでクオン様を納得させられないなら、ダニルだって無理なのだ。
「絡みますね。現状での孤児は、将来的に罪人を生むと考えられていますし、その通りです。
でもそれって、子を育てる機能がこの国に無いからですよね。
神殿は孤児を食わせてくれますが、孤児は神に身を捧げ、一生を神殿で終えます。そこに生産性はない。神殿は、貴族や民からの寄進で運営されていますから。
あ、それが悪いと言っているわけではないんですよ。ただ、現状では神殿に収まり切らない孤児が、路地に溢れている。神の救いの手は足りていないのです。
このフェルドナレンに身を置く者は、すべからく国の礎となるべきだ。
ですから孤児院では、神殿が救いきれていない孤児を、一部担おうと考えてます。
国から略奪する身に堕ちるのではなく、生産してもらう立場となるよう、学ばせて、職を得てもらう。将来社会の一端を担えるようにね」
罪を償うのではなく、罪を贖う。世のため、歯車の一つとなるのだ。
これ以上の罪を重ね、来世も堕ちるのではなく、少しでも、明るい方へ。
「孤児は、苦難の生を、罪の償いのために課せられているのよ?
育ててやっては、彼らの労役にはならないのではないの?」
そう問うクオン様に、俺は逆に切り返した。
「では伺いますが、クオン様。
今から硝子職人の元で硝子筆が作れるように修練を詰めと言われたら、貴女はそれを苦もなくこなすことができますか?」
そう聞き返すと、クオン様は首を傾げ、少し考えた後……。
「苦もなく……は、無理というか、身につく気がしないわね……」
「俺もですよ。
でも彼らは……孤児らは、身に付けなければならない。必ずです。
庇護者のいない彼らは、自らを生かすために自らが働くしかありません。
育つのを根気強く待っている時間も与えられない。失敗も許されない。与えられた期間のうちに、与えられたものを得るしかないんですよ。
それは、労役に等しい苦難の道ではないでしょうか。ただ育つ。それだけがどれほど彼らにとって過酷なことか。
だから俺は、彼らを育てることが、彼らが苦難の道を外れることだとは、思っていません。
むしろ、領民である彼らを育てるのは、領主である俺の義務です。領民全ての幸福のために働くのが、領主一族の役割でしょう?
彼らが更なる罪に堕ちることの方が、神の意思に反することだと、俺は思います」
話しながら、俺はダニルの進むべき道が見えた気がした。
そうだ……。神は全ての民を慈しんで下さっている。孤児も、罪人も、きっと獣人もだ。
何故かそれは疑いもなくそう思えた。
分け隔てなく、全ての子を愛して下さっている。手を伸ばす者全ての手を、握り返して下さる方々だ。
あの優しい瞳は、たとえ罪を犯した身であっても見捨てたりはしない。いつか必ず分かってくれると、踏み止まってくれると信じて、ただひたすら、その命の巡りを繰り返し、見守って下さるのだ。
「……はぁ、なんだか壮大ね。
まぁ、神の気持ちや願いなんて私には全然分からないのだけど、一つはっきりしていることはあるわ。
……貴方、分かってやってるのよね?
貴方のやることって、貴族社会と、聖職者を、敵に回すことだって」
それまでとは声の調子を変え、クオン様が真剣な表情で鋭くそう問うた。
流石に聡明な方だなと思う。十五歳でそこを見落とさないか。
「秘匿権を得ている貴族が多いってことは、彼らにとってそれが美味しい果実だからよね。
孤児のことだってそう。神殿にとってそれは、必要な労役なのよ。
それを貴方は踏み躙る。社会構造上、なくてはならないものを壊そうとしてる。そう解釈されても文句は言えないわよね?
それ、姫様は良しとしていると思うの?」
解釈されても、文句は言えない……か。
正しく、その解釈の通りを望み、実行しようとしているのだから、文句なんて言えないよな。
けれど、少なくとも今の先は、荒野へと続く道だ。いつか滅びるしかない、先細りの道……。
「俺は、風除けとしての役割も期待されている……と、伺いました。
女性の王政です。今までのフェルドナレンに無かったことをする姫様ですからね。
姫様が、表立って前に立てば、国が乱れます。
でも俺ならば、成人前の未熟者が、何かゴソゴソ目障りなことをやっている。で、済みますよ」
神殿の力を三割ほど削ぐとおっしゃっていたのも姫様だ。ならば、孤児院計画は姫様の意思に反してはいないだろう。
孤児が生産性を高め、税収も見込めるとなれば、わざわざ彼らを死なせる無駄を、犯さない世になる。そうなれば神殿だって、孤児を消耗品として扱えなくなるだろう。
国力の向上だって、姫様の方針だからな。実績を積めと言われているから、その通りにしているだけだ。
俺の思惑がそこに含まれているとしても、姫様を裏切ることはしていない。
「必ず成果を上げます。
フェルドナレンを動かす歯車の一つとして、その役割を全うします。
とは、姫様にもお伝えしました」
あの方ならば、俺が進む道を信じて下さると思う。
任せた以上、全てを任せてくれる方でもある。
そうしていつか、この行いが実った時。
「お前に任せた私の目に狂いはなかった」
と、いつものように、胸を張って言葉にしてもらえるよう、俺たちは頑張るのだ。
「……取材したは良いけど……。
これ、記事にしにくい内容ねぇ……。
貴方のやることの先を見たいと思ってしまう場合、このまま書いちゃったら困るじゃないの……」
最後にそう呟いたクオン様は、なんとも難しい顔で、溜息を吐いた。




