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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十章
296/515

喪失

 ただ静かな闇と沈黙を、ジェイドと二人で共有した。

 何をすべきか、どうしてやれば良いのかが分からず、でもこのままで良いはずがないことだけは、はっきりしてて……。

 まだ気分は重かったし、なんの解決策だって見出せてはいなかったけれど、ジェイドと話せたことで、少し気持ちが落ち着いた。


 うん……。

 そうだ。解決策……。

 納得いかないなら、俺はこれを、どうにかするために動かなきゃ駄目なんだ。

 だってこんな結末じゃ、カーリンは絶対に幸せになんてなれない……。もう良いって言われたけど、良いわけがないんだ。


 ダニルたちは……元々、サヤの代わりができる料理人の確保が目的で雇った。

 まさか兇手が来るとは思っていなかったけれど、多分マルは、ジェスルの脅威に晒され、手数の少なかった俺の奥の手として、彼らを村に潜伏させることにしたのだと思う。


 今はもう、あの村に危険は無くなった。

 けれど、食事処は既に村の一部として馴染んでいたし、これからの交易路計画だってある。

 拠点村を作る上で必要だったから、ガウリィとエレノラには拠点村に移ってもらい、元々はダニルと、ユミル、カーリンに任せようと考えていたセイバーン村の食事処は、ユミルが弟のカミルの今後を考え、拠点村への移住を決めたことで、結果的に、ダニルとカーリンが残ることとなった……。


 ダニルとの契約は続いている。

 少なくとも俺は、今からもそれを切ることは考えていないし、そうである以上、ダニルはこのままずっと、あの村で料理人としてやっていくのだ。

 彼自身が、それを終わりにしたいと望まない限りは……。

 ……例え、このままカーリンが子を産み、何事もなかったかのように日々が続いたとしても、ダニルがそれを、なんとも思わず受け入れられるだなんて、思えない。

 このままじゃ、彼はきっと苦しくなる……。

 そしていつか、また身を汚す仕事に、後戻りしてしまうような気がしていた。


 紆余曲折の末、吠狼の全ては、俺の翼下に入ることとなったけれど、俺は彼らをこのまま、ただ日陰者として使い続けるつもりは無い。

 彼らが望むのなら、料理人でも、大工でも、騎士でも衛兵でも、それこそ誰かの妻であったとしても……幸福だと思える未来を、選び取ってほしいと思っている。

 だって、獣人は堕ちた人の末路ではないことを、俺はもう、知っている。

 孤児であった者たちだって、選べなかったがゆえに手を汚すしかなかった者たちだ……。更に堕ちろだなんて、口が裂けたって言いたくない。


 だから……。

 ダニルのこと……これから吠狼の皆が未来を選ぶ時、必ずぶつかるこの問題を、俺はなんとかしなきゃならない……。


「……罰を受けて罪を償うのじゃなくて、徳を重ねて、罪を贖う……か」

「なンだそれ」


 いつかサヤが言い、耳に残っていた言葉を、なんとなく呟くと、ジェイドがそう、問うてきた。

 うん……意味としては同じだと思うんだけどね……。


「サヤが……前に言ってたんだよ。

 孤児院を作りませんかって、提案された時にね。

 俺たちは前世を覚えてない……。どんな罪を犯したかなんて、分からない……来世には忘れてるんだよな」

「…………そうだな」


 前から疑問ではあった。

 覚えてもいない罪を、償うことを求められる孤児たち……。

 マルの考察によると、教典に記されたこれらのことは、貴族と聖職者との癒着……取引の結果だという。

 神殿は、孤児らを替えのきく消耗品の如く扱い、苦難の末の死が救いであるかのように述べ、社会もそれを受け入れている。

 それが究極の形で研ぎ澄まされたのが北の地……。生態系に組み込まれた、獣人らの犠牲で成り立つ社会構造……。


 だがこれは、信仰から切り離して考えると、生産性もなく、養うことに金の掛かる孤児らを、体裁を整えた形で口減しする、良い口実とも取れる。

 ……いや、多分、そうなのだ。

 獣人らの扱いに至っては、更に悪い。彼らからは、何もかもを搾取するようになっている。命も含め……だ。


 彼らは消耗することを前提にされている。

 でもただそうするには、世間体が悪いから……信仰という隠れ蓑を利用し、体の良い処分を行っているということだ。


「……罪を償う……罪を贖う……」


 教典の解釈を、曲げたことはできない……。

 ここにも神殿関係者を置かざるを得なくなった以上、それをすれば、即連絡が行くことになるだろうから。

 なら、解釈を曲げないまま、俺たちの理念を組み込む必要がある。

 それができなければ、俺たちの求める未来は拓かれない。

 そしてそこに……ダニルの心を救う手段も、あるのじゃないか……。


 俺はそのまま、熟考に入っていたのだと思う。


「おい、誰か来てンぞ」


 ジェイドにそう言われて、扉が叩かれている音に、やっと気付いた。


 ハインかな? もう夕食の時間なのかもしれない。

 そう思いつつ返事をしたら、扉を開いたのは予想に反し、サヤだった。

 しかも何故か、とてつもなく切羽詰まった表情でそこに立っていたものだから、俺は慌てて自分に喝を入れる。


「どうした⁉︎」


 急いで部屋に駆け込むと、ジェイドも後についてくるのが、気配で分かった。


 何か問題でも起こったのか……?

 それとも、さっきのカーリンのことで、何か思い詰めてる?

 強張った表情で、部屋の前に立ったまま、動かないサヤの肩に手を添えると。


「レイ……」


 サヤは、まるで助けを求めるみたいに俺の名を呼び、ジェイドに一瞥もくれず、ただ縋り付いてきた。

 まるで逢瀬を楽しむ時のように、体をピタリと密着されて……唖然とした。


「さ、サヤ⁉︎」


 いったいどうしたのかが分からず、つい狼狽えて、手が空中を泳ぐ。

 こ、これは抱きしめて良いのか? 何を求められてる⁉︎ 普段なら絶対に人前でそんな風にはしないのに!


「……レイ、あらへん……」


 …………あらへん……って、なんだったっけ……?


 一瞬意味が掴めず考え、あ、無いってことだったっけと、思い至った。

 でもじゃあ、何が? という方向に、やっと思考が到達した時。


「腕時計が、あらへんの……」


 うでどけい……腕時計って確か……。


 一年近くの間、全く記憶に上がらなかったものだ。

 サヤと出会った時に、腕に巻かれていたあの、小さな腕輪。

 俺がそれを目にしたのは、それこそサヤに出会った直後の、その時だけ。

 水の中をくぐり抜け、異界からやって来たサヤの腕輪は、濡れてしまったせいか動いておらず、時計らしき形をした腕輪でしかなくて、こんな小さい時計がこの世にあるなんて……と、ただそう、驚いたのだ。

 無い……無いって…………っえっ⁉︎


「なンだ、どうした?」


 ジェイドの問いに、それまでただ呆然と俺にしがみついていたサヤが、ビクリと慄く。


「……っ⁉︎」


 ジェイドに、気付いていなかったのか……?

 彼の前で、自分の秘密を口にしてしまったと思ったのだろう。それまで以上に動揺して、一歩身を引く。

 どうしていいか分からないのか、逃げ場を探すように瞳を彷徨わせ、もう一度俺を見て……。


「な、なんでも、ないです……」


 追い詰められたような、焦った表情。


「すいません……ちょっと、慌ててしまっただけ。たいしたことじゃ、ないです。ごめんなさい」


 そう言って、踵を返すから、俺は必死で腕を掴み、サヤを捕まえた。


「サヤ、落ち着いて! 大丈夫だから。

 無いって、どういうこと? サヤは何処にしまってた?」


 大丈夫だ。

 まだそんな、大層なことじゃない。

 サヤの持ち物が、ひとつ見つからないってだけだ。


 そう思ったのだけど、彼女は俺の言葉に首を振る。

 ジェイドの前で口にしたくないと、態度で表す。

 まるでおおごとであるかのように、頑なに。


「サヤ。どうした? なんでそんな……大丈夫だよ。慌てずに、ちゃんと説明して。

 サヤが言ってるのは、あの腕輪のことだよな? 無いって、しまった場所を忘れたとか、そういうことじゃないんだな?」


 改めてそう問うと、泣きそうな顔が、非難を込めて俺を見る。


「……なンだよ? 何が失せたか知らねぇが、俺らを疑ってるとか、そういうことか?」


 不意にそう、皮肉げな口調でジェイド。

 彼を避けようとする素振りに、ついそう口を挟んだ様子。

 その言葉にサヤは、びっくりしたように瞳を見開いた。

 その可能性は考えていなかったのだろう。そう受け取られたことに動揺する。


「ち、ちが……っ」

「あっそ。じゃあ俺が消えりゃいいのかよ? 邪魔して悪かったな」

「待って、違うっ、ごめんなさいっ、そうやのうて、私はただ……っ」


 そこが、サヤの限界地点であったようだ。

 涙が溢れ出してしまい、それに今度はジェイドがギョッとする。あああぁぁ、なんか収拾つかなくなってきてるぞ。


「な、泣くほどのことかよ⁉︎」

「ジェイドごめん……サヤにとってはかなり、大切なことなんだよ。それで必要以上に、動揺していたのだと思う。

 ジェイドたちを疑ったとか、そういうことじゃなく、ただ、焦ってたんだ」

「…………分かってるよ、ンなこたぁ……」


 どうやらジェイドもバツが悪いらしい。ちょっとした嫌味と、揶揄いのつもりだったのに、おおごとになってしまったと思ってる様子。

 泣かせるつもりは無かったンだよとか、ごにょごにょ言っている。

 それで俺は、もう一度サヤを抱き寄せて、落ち着けるようにと、背中をさすった。


「大丈夫だよ、サヤ。落ち着いて。

 もう一回ちゃんと話して? ジェイドに聞かれたくないことなら、場所を変えよう。

 あの腕輪、大切なものだったんだな?」


 大切……。それはそうだろう。

 サヤが己の世界から持ち込めたものは、本当に少ない。

 そのうちのひとつが見当たらないとなれば、そりゃ慌てるよな。そう思ったのだけど……。

 サヤは腕の中で、激しく頭を横に振った。

 そういうことじゃない?


「違う、そうやない……あれは……あれはここにあったら、あかんもん、オーパーツなんや。

 せやから、厳重にしまってた。箱に釘まで打ってた! なのに、あらへん…………」


 オーパーツ……?


 いつもの不思議な単語。また新しい言葉だ。

 ただ、普段からそれはよくあることで、俺にはまだサヤが危機感を抱く理由が、理解できていなかった。



 ◆



 とにかくサヤの部屋へと移動した。ジェイドには申し訳ないけれど、少し俺の部屋で待っていてくれとお願いして。

 誤解を誤解のままにしておきたくない。ちゃんとサヤの言い分を聞き、理解ができたら、今一度説明するからと伝えたら。


「そンなこと必要ねぇよ、別に気にしちゃいねぇし……」


 彼はそう言ったけれど、待っててと念を押した。

 また長らく姿を眩まされたらたまらない。


 サヤの部屋は、俺の部屋同様に片付いていて、間取りや家具は別館の時とさして変わらないはずなのに、妙に新鮮だ。

 前に入った時は、緊急事態の最中で、部屋の中を見る余裕も無かったし……。

 そのまま寝室に足を向けた彼女を追って良いのかどうか、ちょっと戸惑い、俺は主室で足を止めた。

 ここの部屋には、壁紙が無い……。サヤが、漆喰壁と飾り板のみの、簡素な内装を求めたから。その代わり、ギルから貰った布の切れ端でちまちまと小物が作られ、部屋に彩りを添えている。

 ふと、飾り棚の上に置かれた、何かの動物を模したと思しき人形が目についた。これは何かな……サヤの世界の動物?


「レイ」


 なんとなしにその人形を見ていたら、サヤに呼ばれたから、慌てて足を進める。

 やっぱり寝室、入らなきゃ駄目か……。い、いや、こんな時に別に、不埒なことを考えたりとかしてるわけじゃないけど。断じて、ないけど。

 内心ではドキドキしながら、見ちゃ駄目なものが見える場所に置いてあったりしないよな? と、不安に思いつつ足を踏み入れると、窓際の化粧台の前に、サヤはいた。


 化粧台の上には木箱と、その横に置かれた、サヤがこの世界にやって来た時の衣服。

 その中には下着らしきものまであって、俺は慌てて視線を逸らした。ちょっ、それ、ななななんで出してる⁉︎

 俺としては重大事項だったのに、サヤはそれを気にする素振りも見せない。

 でもそれは、そんなことに構っていられないくらいに大変なことが起こっているのだと、サヤの表情でやっと理解した。

 未だ、恐怖に強張った表情……。


「……サヤ、オーパーツって、何?」


 なんとなくそれが肝心なのだと思った。腕時計を、オーパーツだと言ったのだから。


「オーパーツは……渡来の略語でな、直訳としては『場違いな工芸品』って意味になる……」


 そう言ってからサヤは、丈の短い、サヤの世界の袴を手に取り、それを広げた。

 出会ったばかりのあの時は、サヤが全身濡れそぼっており、透けて肌が見えてしまっていたことや、膝がむき出しになっていたことに慌てて、あまり視線をやらないようにしていたから……その袴をきちんと見ていなかった。

 サヤの世界の袴は、紺の無地だと思っていたけれど、細かい格子柄だった。

 均一に、綺麗なひだがきっちりと並び、格子の柄のずれも無い。とても丁寧で、精巧なものであるようだ。

 ギル辺りが見たら喜びそうだよな。生地は毛織物にしては……うん? これ、毛織物じゃないような……。でも、綿でもないよな、無論麻とも違う……なんだこれ?


 サヤが敢えて広げて見せている箇所が、特に気になった。

 腰の部分なのだが、一部開いており、留め金らしきものがある。けれどその下、何か、ギザギザと刻まれた……金属? よく分からない。紺色の、目立たない色をした、硬質な何か。


「……これ、何?」


 考えても、分からなかった。触れてみたけれど、やっぱり分からない。謎の手触りだ。硬い……とにかくこの小さなもの一つ一つが全て同じ形で、寸分の狂いもなく等間隔に並んでいて、それがひだの間、割れ目の両側にある。

 交わる箇所にはまた違う部品があり、その下側…………っ、なん、だ? これ……。


「…………くっついてる?」


 ギザギザの部分が、部品の下からはくっついているのだ。……くっついてると言えばいいのか? これは……。


「これはファスナー。この小さな一つ一つが互い違いに噛み合って、隙間が塞がるようになってる。

 機械生産で作られた、私の世界では一般的な金具の一種。人の手ではまず作れへんもんや……。

 生地はポリエステル、ウールが主。ウールは羊の毛。それとポリエステルは石油……黒い、地中から湧く油って分かる? それから作られた繊維を織り交ぜて織られてる」


 サヤの言っていることが、全く理解不能だった。

 そしてそれ以上に、目の前にあるものが、分からなかった。

 ごくごくありふれた布地だと思っていたものが、異質すぎて、触れてしまったことが今更怖くなる。

 石油は分かる……分かるけど……あれは、こんなものじゃない……。あんなものから、どうして糸ができる? どうして色が違う? どうしてあの独特な匂いが無い? どうしてそんなものを、身に纏うんだ?


「場違いな工芸品……ってな。ようは、その時代の技術では、到底作ることがかなわんはずのものを言う。

 つまりこれや。私が、私の世界から持ち込んだものが、ほぼ、全部そう……」


 そう言ったサヤは、俺の前に広げていた袴を、ぐしゃりと握り潰した。

 きっちり綺麗に畳まれ、余計なしわなどひとつも入らないよう、気を付けてしまってあったはずになのに。

 そうして何故か、震える声で絞り出すように「かんにん……」と、口にした。


「……なんで、謝る必要がある?」

「危険やて、思ってた。これがここにあったらあかんって、分かってた。

 前……別館に、誰か侵入したことがあったやろ? あの時慌ててこれを確認した。

 けど、失くなってへんかったし、きっとこれには、気付かんかったんやろうって……。

 だけど本当は、そんな風に楽観したら、あかんかった。あの時処分せなあかんかった! ひやりとしたあの瞬間に、それは重々、分かってたのに!」


 そうして、ボロボロと涙を零した。

 あの時は……あの時のサヤは、まだ帰るはずだったのだ。自分の世界に。

 だから、この衣服は必要だった。


「その後箱に入れて、釘で塞いで、取り出せんようにした。それで対策は充分やて、自分で言い訳した!

 そのまま今日までずっと、大丈夫やって、思って……思い込んで!」

「……なんで今、箱を開けたの?」


 そう問うと、サヤは暫く沈黙した……。


「……もう、ええ加減、覚悟せなあかんって、思うたの……。

 ここに骨を埋めるって決めた。レイの隣におるて。

 せやったら、私が異界の人間である証拠は、あったらあかん…………」


 ……処分、しようとしたのだ。

 だから、厳重に封をしたはずの箱を開けた。そうしたら、腕時計が、失くなっていた。

 ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 あったはずのものが失くなったのは、いつだ⁉︎


「……封は、してあったんだね?」

「うん、してあ、あった……」

「全部、確認したんだね」

「箱も、ひっくり返した。服も、一枚ずつふるって、確認した。

 入れる時は、絶対にあった。スカートとブラウスの間に、下着と一緒に、挟んでしまったから」


 ただひたすら泣くサヤを抱き寄せた。

 考えろ。考えろ。どうすべきかを、今すぐ決断しなきゃならない。

 一度しか見なかったけれど、あの小さく精巧な装飾品が特殊なものであることは、充分に理解していた。

 それが無い。

 まず考えられるのは、ここに誰かが侵入したかもしれないということ。

 だけどここには、吠狼がいる。

 一見分からないよう、この屋敷は常に警護されている。

 なのにここに、侵入することができるだろうか?


「かんにん、かんにんほんま。私……」

「大丈夫。大丈夫だよ」


 本当に大丈夫か?


 サヤを抱く腕に力を込め、俺は自分に問うた。

 腕時計を持ち去った人物は、いくつかあったこの異質なものたちの中から、それだけを持ち去ったのだ。

 それは何故だ?

 やはり、理由の一つは、発覚を遅らせるためだろう。

 小さな小物ひとつだけなら、箱の重さはさして変わらなかったろうし、服に挟んであったなら、音がするでもない。釘で封印までされていたなら、そうそう開けられることもない……それを分かって、選んだんだ。

 きちんと考えて行動している。

 他のものだって充分価値があるものであったはず。

 なのに、ただ一つだけを選び、持ち去った……。欲望を優先していない。なら転売目的じゃない。ちゃんと意図して、腕時計だけを、選び取ったのだ。


 意思を感じた。誰かの思惑を。

 腕時計だけで終わるのか? 否、きっとそれだけで満足なんてしない。

 だけど目的のために、欲望を制御することのできる相手だ。

 なら、次も狙ってくる……。

 もっと良いものを、確実に得るために。

 そう、相手の最終目的は…………。

 きっと、サヤだ。


 ……もう、無理だ。


 苦い思いで、その結論を下した。


 これは、俺たちだけでどうにかできることじゃない。

 サヤが異界の者だって知ってるのは、たったの六人。俺と、ハイン、ギル、マル、ワド、シザーだけだった。でももう、そうじゃない。第三者が、きっともう、何かしらを掴んでる……。サヤが特別であることを、知られてしまっている。

 つまり既に、サヤを守りきれない段階に達している。


「…………サヤ、よく聞いて」


 腕の中の華奢な肩を、小さく揺すって名を呼ぶと、濡れた瞳が俺を見上げる。

 その瞳に、大丈夫だよと笑い掛けて、俺は息を吸った。

 サヤを不安にさせては駄目だ。だから、落ち着け。ちゃんと対処できると、冷静だと、そう見せろ。


「サヤ、相談してみよう。皆に」


 ジェイドと、アイル、ローシェンナに。

 サヤのことを……本当のことを伝える。

 その上で協力を仰ぐ。


 彼らを信頼してる。それを示す必要もあると思う。

 これは、皆の結束が揺らぎかねない事態だから。

 俺が態度をはっきりさせなければ、きっと俺たちは、瓦解してしまう。

今週もご覧いただきありがとうございます!

本来ならば、今日までの更新で今週は終了なのですが、明日も更新したいのですよ……。とりあえずまだ書けてないけど!

というわけで、明日もお付き合いいただければ幸いです。

ついでに、ツイッターを見れる方は、そちらにてギルとハインも加わったイラストが本日よりお披露目です。よかったらご覧くださいませ!

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