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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十章
291/515

伴侶

 耳飾受注の準備と、女近衛正装の準備は着々と進んでいた。

 耳飾に関しては、ウーヴェとルーシーが動いてくれており、その間に俺たちは正装の方を片付けられる。お陰で随分と順調だ。

 だけどジェイドはあれ以来全く姿を見せてくれなくて、怒ったままなのか、それとも腕の傷が相当酷かったのか、心配でたまらない。

 ウォルテールはというと、一旦アイル預かりとなり、一足早く拠点村に戻った。そして近日中に、ロジェ村へと向かうらしい。

 彼が脱走してまでサヤを求めたのは、もうサヤに会えなくなるかもしれないという、不安や焦燥があったのも要因だったのだろう。


 そうそう、メバックに戻り二日目の出来事なのだけど……。


 ウーヴェの助手を紹介され、ルカの妹ということで大いに驚いた。

 いたのか妹⁉︎


「リタでーす! 鳥頭の兄がとてつもなくご厄介になってまーす!」

「…………はい、いえ、こちらこそ、いつもお世話になってます」


 赤橙色の髪に臙脂色の瞳。鼻のそばかすが愛らしい、快活そうな女性。色調に赤味が強い家系なのかな。

 大きな声で元気にハキハキと挨拶され、もう雰囲気からして明るいなという印象。前髪を新しい髪飾りで纏めているのは、商品の宣伝を兼ねているのかな。


「土建組合長の娘ということもあって、家の手伝いも色々としてきている娘です。

 顔も広く、彼女に喧嘩を売ろうと思う者は、メバックにはまずおりませんので、安心して受付を任せられます。

 この通り物怖じしませんし……少々喧嘩っ早いのが気がかりですが……」

「ウーちゃん⁉︎ 私、お兄ちゃんより時と場合を選べます!」


 う……⁉︎


「「「ウーちゃん⁉︎」」」


 何人かの声が被った。

 瞬間、ウーヴェが未だ嘗てないほどに赤面するものだから、更なる衝撃⁉︎


「リタ!」

「仕返しですぅ」

「あっ、いや……かっ、彼女とも昔から、面識がありまして……っ」

「幼馴染なんでーす」


 慌てるウーヴェを尻目に笑顔でそう言い愛想を振り撒くリタ。

 物怖じしなさ加減が兄によく似ているな……血を感じる……。

 ウーヴェはいつも黒服だし、髪もきっちりと油で撫で付けている。面差しは爬虫類系というか、目が細くて鋭いから、見た目は少々怖い印象を受ける。

 更には前職が金貸しで、父親が罪人として咎められたという経歴であるから、決して気安く接しやすい人物とは言い難い。

 話せばとても誠実で、優しい男なのだけど……表面的な触れ合いだけでは、決してそれには気付けないだろう。

 そんな彼をこんな風に手玉に取り、慌てさせるのだから、成る程。素晴らしい幼馴染だなと感心した。

 彼女はウーヴェの前歴も、父親の罪も、兄同様気にしていないのだろう……。それが伝わって、とても嬉しくなる。


「心強いな。ウーヴェ共々よろしく頼む」

「レイ様⁉︎」

「えっ、ウーちゃんも任せて下さるんですか⁉︎」


 ん?


 問われたことの意味が分からず首を傾げた。

 いや、ウーヴェの助手なんだから、ウーヴェをお願いするのは当然なんじゃ?


「ですってウーちゃん、私、いつでも任されるよ⁉︎」

「い、いや、間に合ってます。そもそも私はレイ様に忠誠をお誓いしましたので……」

「なにその硬い口調! いつも通りに話してくれたら良いのに!」

「今は職務の最中です!」


 本当に物怖じしないなぁ……。

 なにやらウーヴェと押し問答した挙句、隙を見てこちらに視線をちらりと寄越し、ペロッと舌を出す。

 俺が小煩くしない貴族であるという認識がある態度だな。まぁ、ルカが生きているのだから当然なのか? なんにしても、ルカよりはかなり察しが良いようだ。

 そして仕事に誠実であろうとするウーヴェを気遣う能力も持ち合わせているようで、職務を持ち出された途端、ピシリと踵を揃えた。


「はーい。職務は誠心誠意頑張ります!

 ウーちゃんのお役に立てるならば本望です!」

「それしつこい……!」


 あまり虐めても駄目だと判断したのか、それまでの押しの強さをさっと引っ込めて、けれどウーヴェへのひと刺しは忘れない。

 ウーちゃん呼びに悲鳴をあげるウーヴェ。けれどその表情に、ピンときた。


「リタ、君は幾つなのかな。俺はルカを五つほど読み違えてたから、ちょっと自信が持てなくて」

「私ですか? 十八でーす。いつでも輿入れできまーす!」

「リタ!」


 あ、これ確信犯だ。


「そうか。では公私共にウーヴェを支えてやってもらえると嬉しい」

「レイ様⁉︎」


 目を剥くウーヴェだったけど、リタの表情はパァッと、花が咲くように輝いた。年の差十……いや、十一か?まぁ、開いてるけど貴族ではそう珍しくもないし、死別などで後妻を貰う場合などにもまま見られる年齢差だ。特別目立ちも、咎められもしないだろう。

 なによりリタはその気満々である様子だし、彼女はウーヴェの性格や立場的に、押さなければどうにもならないと理解して、敢えてこうしている様子。

 その上で俺を突いてきたのは、俺の反応を確認するためだったのだろう。多分、ウーヴェが俺を理由に、拒んだからだな。

 だけどウーヴェの心は……もう、定まっているはずだ。


「ウーヴェ、何度も言ってることだと思うけどね。

 俺の職務は領民の生活を守ること。幸せに暮らせるよう地盤を整えるのこと。

 ウーヴェはそのためにとても良く働いてくれているけれど、それは君の生活を犠牲にしろってことじゃないんだよ。

 ウーヴェは罪を犯してなどいないし、家業や父親のことは、お前の与り知らぬことだったと承知している。なによりもう済んだことだと、言ったろう?

 それに君だって俺の領民だ。セイバーンに住むからには、幸せになってくれないと、俺の管理能力が問われてしまう。

 それともウーヴェは、俺の元では幸福を得られないとでも、言うのかな?」


 敢えて全てを言葉にしたのは、リタに俺の見解を伝えるため。

 そしてにっこりと笑って小首を傾げてみせると、ウーヴェは朱に染まった顔で、戸惑ったように口籠る。


 思いつめてしまう彼のことだから、自分は幸せを得る資格は無いとか、身内に罪人がいるだとか、俺へ魂を捧げたからだとか、そんなことを色々考えて彼女を拒んだのだろう。

 だけどそれは、俺には全く嬉しくない事態だ。

 俺は昨日見たような、柔らかく微笑むウーヴェでいてほしい。

 あんな表情、今まで見たことがなかったのに、それを俺に見せたのは……ウーヴェの中で、もう心の変化が起こっているということなのだと思う。

 なら、俺への忠誠なんて、秤に掛けなくても良いんだ。

 俺は、戸惑うウーヴェの手を取り引き寄せて、耳元に口を近づけ、小声で囁いた。


「なんなら魂だって返すよ」

「レイ様⁉︎」


 悲壮な顔で悲鳴をあげる。

 違うって、そういうことじゃないよ。


「ウーヴェの忠義を疑うからじゃないよ、分かってるだろう?

 俺だって、国に魂なんて捧げてない。俺の魂はサヤに捧げたからね。ほら、こんな立場なのに私欲に走ってるんだ。

 俺がそうしてるのに、ウーヴェがしちゃいけないはずないじゃないか。

 実際のところどうなの。彼女を愛しいと思ってる? ウーヴェは俺に偽りなんて、言いやしないよな?」


 サヤには聞こえているだろうけど、他の者には聞こえぬよう、声は潜めた。

 少し後方のリタは、ウズウズとした表情で、聞こえない俺たちの会話に耳をそばだてている様子。

 俺の言葉に、ウーヴェは赤い顔で必死に止めてくれと瞳で訴えてくるが、当然俺は、そんな訴えを聞くつもりはない。

 否定の言葉を口にできないのは、肯定と同じだよ、ウーヴェ。


「幸せになってほしいよ、ウーヴェ。

 彼女なら、きっと明るい家庭を築いてくれるし、ウーヴェの性格だって、過去だって、全て知ってる。その上で、ああして笑ってる。ウーヴェを求めてる。

 後は、君が気持ちを固めるだけじゃないかな? 彼女を泣かせたい? そんなわけないよな?」


 ぐいぐいと押していくと、居た堪れぬ様子で口をはくはくとさせるが、声は出てこない。

 だから最後に、もうひと押しすることにした。


「式の時は、拠点村の館が、ウーヴェの家になるよ」

「…………っ」


 式で、花嫁を迎え入れる場所になるよ。と、ウーヴェに伝える。

 それは俺が身元を保証するよという意味でもある。

 そうすれば、彼の出自も、身内の罪も、声高に叫ぶ者はいなくなるだろう。つまらないことでリタを悲しませるなんて、したくないものな。


「貴方は……どうしてそう……」

「何もおかしなことは言ってない。配下がそうなれば、俺は他の皆にだってそうするんだから」

「ですが私は……!」

「ウーヴェ。貴方が幸福だと、俺だって今よりもっと幸せだと感じれるよ」


 苦しんでいたのを知っているから。

 その試練を乗り越えて幸せを掴んでくれたなら、俺はきっと、とても嬉しい。あの事件に関わった皆がそう思うことだろう。


「そういうことだから。必要ならばいつでも言っておいで」


 声量を戻し、最後にそう付け足した。

 決断は自分でくださなきゃな。ウーヴェが自分で選びとらなきゃいけない。だからこれ以上は、踏み込まない。


「待たせたねリタ。これからどうぞよろしく。

 新しいことだらけだから、きっとバタバタした職場だと思うけど」

「いーえ! ウーちゃんのお手伝いができるなら、本望ですから!」


 まだウーちゃん呼びをやめない。彼女の本気がうかがえるというものだ。

 ニパッと笑うリタは、まるで麦のような娘だなと思った。

 踏まれても、茎を増やして育ち、黄金色に輝いて、大いに実る。

 近い将来、ウーヴェの家庭がそうなるんじゃないかって予感がしてるよ、俺はね。



 ◆



 更に翌日。メバック三日目のこと。

 女近衛の正装は、動きの妨げになる箇所は無いか、着脱が難しくないかを確認し、一応の目処が立った。

 素材は絹。染料は藍。色としては、藍で表現できる最も濃い色、紺藍と定まった。極力重厚感が出るようにということらしい。


「けどなんか……納得いかないって顔だな、お前」


 試作を着て、一通りの動きを確認し、一旦は納得したはずのサヤが、何故か今、釈然としない顔。

 その様子にギルもまた、難しい顔をしてそう問いかけたのだけど、サヤはそれに首を振った。


「いえ、納得いかないってわけじゃなくて……なんでしょう、ちょっと引っかかるという感じで……」

「どこだ。細袴の足捌きか?」

「いえ、この細袴自体がどうこうじゃないんです。それにこの形は、元々他国の軍服に採用されていたものですし、今も乗馬などで利用される形ですから、動きの妨げは少ないと思います。これはこれで、ちゃんと用途に適っていると思うんです……けど……。

 そうじゃなくて……うーん……ギルさんが女性らしい服装をっておっしゃったのが、引っかかっていて……」


 そう言いサヤは、難しい顔で腕を組んだ。

 自身で身に纏った不思議な形の細袴を机に広げ、それを見下ろしていたのだけど、暫くしてまた首を傾げる。


「……リヴィ様が、細袴をもの凄く、気にされていたんですよね……」


 サヤのその呟きに、弟の細袴を借りていることを「はしたない」と恥じていたリヴィ様を思い出した。


「あぁ、そういえばそんな風だったな」

「リヴィ様ってのは?」

「アギーのオリヴィエラ様だよ。ギルは面識あるはずだけど?」


 そう言うと、ギルが驚いたように瞳を見開く。


「オリヴィエラ様……って、あのオリヴィエラ様だよな……。お前、略称って……」

「ご本人が、そう呼べって。友人に加えていただいたんだよ、俺たち。まぁ俺は……初めすごい嫌がられてたけど……」


 それがまさか、ギルとの縁を疑った結果だという……ね。

 苦笑しつつ、その不名誉な部分は伏せて誤魔化したのだけど、ギルの驚いた顔はそのままだ。

 面識自体はあった様子だけれど、どうやら俺とギルの間にはリヴィ様の認識に差異がある様子。


「お前……彼の方とよくまぁ打ち解けたな……。

 俺もいい加減アギーとの縁は長くなってるが……彼の方とは未だに口をきいたことがないんだぞ」

「え?」


 リヴィ様はギルをよく知ってる風だったのに?

 サヤもキョトンとした顔でギルを見る。


「リヴィ様……私が男装している時だって、普通にお話ししてくださいましたけど……」

「と、いうか。初めすごいサヤに食いつき良かったよ」

「あぁ、彼の方は男性に不慣れな様子だしなぁ。男装のサヤは幼く見えるから……ギリギリ大丈夫だったのかもな。

 にしても……お前の女顔効果は凄いな。まさかオリヴィエラ様の許容範囲に入るとは……」

「……いや、顔の効果じゃないよ……ないと思います……」


 リヴィ様の勘違い、お前がそうやって俺の顔をいつまでも女認識しているのが、そもそもの原因じゃないのか……。

 ちょっといい加減、そこはなんとかしてくれないかな。


 まあそれはともかく、リヴィ様とギルを少しでも近づける必要がある俺としては、この機会は掴んでおかなければならないだろう。

 そう思ったので、そうそう。と、言葉を続けた。


「リヴィ様も女近衛の推薦、お受けするって」

「……………………え……」


 固まるギル。そして……。


「ぇぇぇぇえええええ⁉︎ ちょっ、大丈夫なのか⁉︎ 彼の方、断るに断れないで姫様に押し通されたんじゃ⁉︎」


 とんでもないことだぞ⁉︎ と、頭を掻きむしって大混乱。


「……ギルはリヴィ様が剣を嗜んでいたことは知ってるんだね」

「そりゃ分かるだろうよ⁉︎ お前俺の特技は知ってんだろうが⁉︎」


 うん。そうだね。

 ギルは服を着てても相手の体型が分かってしまう特技がある。服のシワやヨレから、輪郭が理解できてしまうらしい。

 例えば晒で胸を押さえて男装していようと、その方がそうしていることも、分かってしまう。

 それにより、逸早く姫様の男装を見破ってしまい、緘口令を敷かれていたほどだ。

 だから、リヴィ様との面識があれば、彼の方の鍛えられた肉体だって承知しているのは当然だった。服を着た状態でしかお会いしたことがなくとも、ほぼ正確な目測ができてしまうのだ。


「姫様押しが強すぎるからな……。彼の方くらい気弱だったら流されかねん……っ。

 おい、レイ。お前今度姫様にお会いしたらそれとなく言っておいてやれよ。あまりにも不憫だぞ⁉︎」

「……いや、リヴィ様がお決めになったんだよ。姫様のごり押し……は、あったと思うけど……でも、それだけじゃなくてね」

「はい。リヴィ様がお気持ちを固めた旨を、私たちもお聞きしましたから」

「いや、しかしだな、彼の方の年齢的に、もうご婚礼も間近のはずだろう? 今から近衛って、そりゃ無理だろ。それに確か、伯爵家の、ほら……」

「イングクス家のライアルド様? それならお断りするって方向で進むはずだけど」

「嘘だろ⁉︎」


 ギルが頭を抱える。

 まぁ、貴族の常識として考えると、女性の場合、もう結婚しなければやばいくらいの年齢だ。二十三にもなれば行き遅れと言われかねない。


「彼の方たしか二十一だよな⁉︎ 良いのか今からそこ蹴っても⁉︎」

「……正直彼のお相手は、蹴って正解だったと思うけどな……」

「ですよね。彼の方の元に嫁いだのでは、リヴィ様は不幸にしかなりません」

「…………なんかあったのか?」


 夜会での出来事を、ギルに掻い摘んで説明した。

 イングクス伯爵家のライアルド様が、リヴィ様に対しどのようなことを口にしていたかは、サヤの耳が拾っていたし、俺だって面と向かって腹の立つ暴言を吐かれたからな。言葉に熱だって篭るというものだ。

 それを聞き同じく憤慨した表情となったギルであったけれど……。


「だけどお前……伯爵家に喧嘩売ってんじゃねぇよ……いくらリカルド様が手を差し伸べてくださったにしても……あああぁぁ」

「あれを黙って聞いていられるわけないだろ」

「いや、そうだが……そうだが伯爵家だぞ相手は⁉︎」

「まぁそれはリカルド様にも言われたけど……だけどあの時は俺も頭に血が上ってたんだよ……。

 だってな、あまりだと思わないか⁉︎ 今でも一文字一句違えず思い出せるくらいだぞ。

 どこを愛でているんだ、あの広い肩幅か? 厚い胸板か? ゴツゴツとした剣だこだらけの硬い掌か? 筋の浮いた二の腕か? って……」

「それは殴っても良かった!」


 だよな⁉︎

 納得したギルに、ハインが呆れたとばかりに溜息を吐き、オブシズは苦笑気味だ。いつもの如く、シザーはオロオロしている。

 ギルは憤懣やる方ないといった様子で、よくぞ言った。と、俺を労い、オリヴィエラ様が醜いなどあってたまるか! と、力説しだした。


「オリヴィエラ様も、サヤに劣らず均整のとれた美しい肢体をされていると思うぞ、俺は!

 上背があるんだから、あれくらいの筋肉が無いとおかしいだろ? なにより、剣術をされているだけあって、とても動作が嫋やかな方だ」

「ですよね! 普段の所作がとても美しくて……うっとりするくらいでした」

「静と動がきっちりしているからな。あれは筋肉あっての動きだ。しかも相当意識していらっしゃると思う。

 女性らしく、美しく魅せるよう、きちんと修練を積んでいらっしゃるはずだぞ。

 彼の方は……上背があることを気にして、いつも控えめで、そういう女性らしい所作とか、特に拘ってらっしゃったんだが……俺はもっと堂々としていれば良いと思ってたんだ。

 そうか……縁を繋いだ相手に、そんなこと言われて……くっ、女性に対して……! ほとほと美学の無い奴だな、腹立たしい!」


 女性全般に優しすぎるくらい優しいギルには、信じられない暴言だろうとも。


「そもそも、筋肉に裏打ちされた優美さってのの見分けがつかねぇのかよその男は!

 分かるだろ、普通⁉︎ 貴族は剣術必須だろうが⁉︎」

「リカルド様が鍛え直すって言ってた。軍属らしいよ」

「……マジか。死ぬぞ、そんなんじゃ……」


 学舎に来てたら留年確定だったなと肯き合う俺たち。

 正直、学舎出の方ならあり得ないことなのだ。

 貴族である以上、剣術と肉体維持は職務に必要な最低条件といえる。いざという時に使えないでは話にならない。

 だから学舎では、最低限の体力作りは義務として徹底的に習慣化される。貴族ならば尚のこと。


「マルには身につきませんでしたけどね……」

「良いんだよ、あいつは。貴族じゃねぇし」


 揚げ足を取ったハインを、ギルが雑に切り捨てる。


「まぁ、話を戻すけど……そのライアルド様との縁を切る上でも都合が良いからって、女近衛の任を受け入れる方を選ばれたんだよ。

 アギーから女近衛が選出されれば、下のどの家の女性が選ばれても文句は言いにくくなるだろうって。そうおっしゃってた」

「……お優しい……。彼の方らしい言動といえばそうだが……。

 けど……アギー公爵様は、なんともおっしゃってなかったのか? 愛娘だろうに……」

「……イングクスとの縁を続けるよりは、その方が良いってお考えなんじゃないかな……。

 リヴィ様が晒されていた仕打ちに関しては、ご存じないはずはない……。鷹の目と、兎の耳をお持ちの方だ……」


 そう言うと、さもありなん。と、ギル。

 まぁ、その辺の真相は置いておいて、大いに逸れてしまった話の筋道を正すとだな……。


「そのリヴィ様が、袴を凄く、気にされていたんです。

 鍛錬の時も、弟さんの細袴を借りているって話した時、はしたないわよねって、恥ずかしそうにおっしゃったんです……それが印象に残ってて……。

 バート商会との縁があるなら、ギルさんにお願いすれば、私の履いていた幅広のものも作ってもらえますってお勧めしてみたんですけど、乗り気じゃない様子でしたし……。

 なので、細袴だと分かる形は、あまり良くないのじゃないかって……」

「んー……まぁな。貴族女性の袴捌きは、女性の優美さを見せるための武器と言っても過言ではないしな」

「そうなんですか?」

「例えば歩く時だって、一定の速度を保ち、頭も上下に揺らさない。地面を滑るような、足の動きを感じさせない動きが、貴族女性の最も美しい所作とされている。

 細袴は足捌きが全て晒されるからな……。優美さに拘りがあったオリヴィエラ様には、かなり恥ずかしいことなんだと思うぞ」


 俺は見えた方が嬉しいけどな。と、ギル。

 まさかサヤをそういった目で見てないよな……いや、見てたらサヤも気付くと思うけども。


「考えたこともありませんでした……」

「サヤは案外できてるぞ。お前は常に警戒することが身に付いてるし、無駄な身体の上下が少ないからな。……戦闘時以外は」


 臨戦態勢の時のサヤは、まるで飛び跳ねるかのように、身体を小さく弾ませている。だがあれは、速度を活かすために必要な動きなのだと思う。

 それ以外では、意識などしたことなくても、サヤは物腰柔らかで美しい所作だと、俺も思う。

 彼女だって武人。洗練されて見えるだけの動きを、既に身につけているということだ。


 ギルの言葉で、サヤは熟考に入った。

 暫くはただ無言で考え込んでいたのだけど、そのうち新たな紙を取り出し、硝子筆に墨を吸わせてから、何かを描き始める。

 そうして、いくつかの図案を作り上げてから。


「あの、まだ、試作を検討する時間はあるでしょうか?

 急ぎ、試したい細袴があるのですけど」


 と、真剣な顔でギルに切り出した。

 ギルはそれに、不敵な顔で笑い返す。


「いいぞ。見せてみろ」



 ◆



 そして今。メバックに馬車が到着したのは、その夕刻のことだった。

ギリギリ間に合った……。もう捻り出した。頑張った、私! おかげで眠気が凄い、とりあえず仮眠取って明日分を書く。

というわけで、今回も三話を目標に頑張ります。

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