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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第九章
271/515

夜会 6

 本日二度目の、耳飾について説明する時間となった。

 はじめのうちは俺から説明していたのだけど、どうにもクオンティーヌ様の風当たりが強い……。で、結局見かねたサヤが、途中から話を引き継いだ。

 アギー公爵家……俺とは相性が悪いのだろうか……。学舎の時はひたすら男性陣としか触れ合う機会が無かったのだけど、結構友好な関係を築いてこれていたのだ。

 だのに、女性陣……やたらとぶつかる……。なんか胃が痛い……。


「ふーん……穴を開けない耳飾……そんなものがあったのね。

 面白いじゃない。でもそれどうなってるの? どこまでが耳飾?」

「外しましょうか?」

「……え、いいの? うん。見たい」


 話の流れでそのようになり、少々首を傾げ、左耳に手をやったサヤはそれを簡単に外そうとしたのだけど……。


「あ、待ってサヤ、髪に引っかかってる!」


 三つ編みに引っかかった箇所があり、そのまま外せば髪も崩してしまいそうだったから、サヤを押しとどめて俺が外すことにした。


「じっとしてて。

 ……うん。もういいよ。どうぞ、クオンティーヌ様」

「…………」


 胡散臭そうな顔された……。俺が何をするのも駄目らしい……。

 けれど、耳飾への興味が優ったようで、そのまま飾りに手を伸ばす。


「大きいし重い……」

「耳に密着させますから、付けてみれば思いの外軽いですよ。

 あ、でもそれは、目立つようにあえて大きく作ってあるので、多少重たいですけど」

「……私が付けてみても良い?」

「ええ。でも私仕様に調節してありますから、多分グラグラすると思いますよ。

 これは全て、その人専用に職人が調節する感じになります」

「へぇ……他の人が身につけても駄目なのね。面白い……」


 サヤの耳飾を付けてみたクオンティーヌ様の感想は、「思っていたよりも重くない」だった。


「でもやっぱりグラつくのね。ありがとう」

「きっちり密着させると、びっくりするくらい軽く感じますよ」

「ふーん…………で。あんたのその襟飾はなに」

「え、これですか?」


 なんで俺を見る時いちいち怒ってくるんだろう……。


 サヤが付けてくれた襟飾に手をやると、取らなくて良いわ。と、言われてしまった。風当たり強い……。


「…………どう見ても、耳飾と揃いよね……」


 その言葉にサヤが、頬を染めてしまう。

 首を傾げた俺に、サヤは少々言いにくそうにしながら、この襟飾の意味を教えてくれた。


「は、はい。実は……その……繋がりが分かる方が、嬉しいな……って。

 私の国では、ペアアクセサリーって、結構普通で、色々あるんです。

 あっ、ペアアクセサリーっていうのは、お揃いの装飾品って意味です。

 指輪だったり、耳飾りだったり、首飾りだったり……。

 でもこちらの国の方は、男性ってあまり装飾品は身に付けてらっしゃらないでしょう?

 だから、難しいかなって思ったのですけど……襟飾なら、所有権を知らしめるという意味でも理にかなっているって、ルーシーさんが提案してくださって……」


 頬を染めながらそう言ったサヤが、可愛くってどうしようかと思った。

 それはつまり、俺と揃いの何かを身に付けたいと、サヤ自身が思ってくれたということだから。

 俺の所有権を、主張したいって、サヤが思ってくれたと、いうこと。


「ここの……耳の前に出る部分の真珠を、半分に割ったんです。それを……」


 俺の、襟飾に、使ったのだという。

 一粒の真珠を、半分ずつ。


「これもあの……私の国では、さして珍しくないことで……。

 二つを合わせると読める文字になるとか、意味ある形が見えるとか、そういった隠し装飾というのも多くて。

 それをお伝えすると、面白いって、その……それで……」

「なにそれ⁉︎ うん、面白い!」


 あ、食いついた。


「隠し装飾⁉︎ 二つを合わせると意味が出てくるってこと⁉︎」

「は、はい。例えば、同じ植物の花と葉をそれぞれが身に付けるとか、二つの飾りをくっつけると一つの図になるとか、文字や言葉を半分に割るっていうのもあります。二人だけの秘密というか……」

「えええぇぇ、お揃い、半分こ、なんか萌える! 二人だけの秘密まで⁉︎」

「あ、あの……はぃ…………」

「それ浪漫だわ! 良いわ! 断然興味が湧いてきた!」

「……実はなこやつ、本当は、ひときわ憧れが強いのよ」


 急に人が変わったように叫び出したクオンティーヌ様に面喰らっていたら、姫様よりそんな耳打ちがあった。


「きついことを言うし、やたらと男性評価が辛辣だが、期待の裏返しということだ。

 安心しろ、お前だけにあの態度なのではなく、大抵にきつい。

 特に、期待が高いほど辛辣になるな……。つまり其方の見た目は好評価ということだ」

「はぁ……」


 全くもって嬉しくない……。

 先程リヴィ様がおっしゃっていた、クオンティーヌ様の好みとやらを鑑みるに、ようは男らしくない方が好まれるということで、それって全然、嬉しい要素じゃないよね……。

 渋面になった俺に、姫様は可笑しそうに笑った。そして、秘密を打ち明けるから耳を寄越せと仕草で促され、耳元で囁かれたのは……。


「クオンなのだぞ。五年前に襟飾を作り上げ、見事定着させたのは」

「……っ、ぇ⁉︎」


 五年前って……この方、十歳ですよね⁉︎


「まぁ、色々こやつにも思うところがあったのよ。

 耳年増なのもそれが絡んでおる。

 色魔というわけではないから、あの言動には目を瞑ってやってくれ」


 それだけ言うと、姫様は俺から身を離した。

 俺も、姫様に向けていた視線を、話に盛り上がるクオンティーヌ様に戻す。


 ……人は……俺が思っている以上に色々を、抱えているものなのかもしれない。

 サヤに、乗り越えたい壁があったように。

 姫様に、強い決意があったように。

 リヴィ様が剣を握ったことにも、きっと何かしらの理由が隠れているのだろう。

 そんな風に考えていたら、クオンティーヌ様が使用人を呼び、紙と筆を用意させた。

 サヤの話を聞きながら、それにひたすら何かを書き殴りだす。


「興に乗ってきたようだな……」


 呟き口角を釣り上げた姫様に、ほっと胸をなでおろすリヴィ様。

 ここまで漕ぎ着けたことに安堵を滲ませる様子に、目的が半ば成功してきたことを知った。


「良いわね。穴を開けずに包み込む……まさしく『我が(かいな)で護れり珠玉の華』ってことね。

 襟飾に絡めてあるからそっちも利用できるし出発地点としては悪くない……。

 じゃあとりあえずあれね、不遇の恋人たちをどれだけ引っ張り出せるかと、耳飾をどれだけ用意できるか……戴冠式まででは難しいかしら……。

 ねぇ! これを作れる職人は何人なの?」


 おっと、こっちに話を振られてしまった。


「今のそれは、試作で、職人は一人きりです。

 ですが……作り方が難しいとは聞いていませんし、幾人か心当たりはありますね……五人から十人くらいは確保できるかと。

 装飾も、そこまで大きくしなければ、制作期間はさほど長くかかりません。十日ほどです」


 確か、ロビンの勤めていた工房がそれなりの規模だ。貴族との取引経験もあり、抱える新人も多いと聞く。

 ロビンにお願いして、技術的に問題無い職人を選び、外注を出すことは可能だろう。

 秘匿権に絡むが、まあそこは交渉次第かな。


「調整が必要ってことだけど、その職人を呼び寄せると間に合わないわね……出向く方が早いか。

 ねぇ、私一人すら歓待できないって話だけど、屋敷等を一つ借りたりってことも無理なの?」

「貴族対応のできる屋敷なんてあの村にはありませんよ……」


 まだ村自体が未完成なのに……。

 あぁでも……領主の館があそこになる以上、使用人は増やさなきゃならないし、交易路計画だってあるから、貴族の要人を歓待する備えも必要になるな……。

 でもそれは今すぐどうにかできる問題でもないし……。

 どうしたものかと頭を悩ませていたら、サヤが「あの」と、声を上げて。


「レイシール様、ギルさんに相談しましょう。バート商会ならば貴族対応には慣れてらっしゃいますし、メバックならば拠点村とも程々に近いですし……」

「バート商会⁉︎ あんたあそこに伝手あるんだ!」

「はぁ、伝手というか……」


 自分の部屋まで持ってますね。


 ギルの名が出たことに、リヴィ様がピクリと反応した。

 瞳を揺らし、そわそわと落ち着かない様子を見せるものだから、あー……と、内心で苦笑する。

 ギルは公爵家のご令嬢にだって惚れられるんだもんなぁ。なんかやたらと嫌われてる俺と雲泥の差だ……いや、別に俺は、サヤにだけ好かれていれば良いのだけど。

 だけどせっかくバート商会にお願いするのなら、この機会をうまく利用できないものか……。

 そう思いつつ、ちらりと隣に視線をやると……姫様も、似たようなことを考えていた様子。

 俺が、リヴィ様がギルに想いを寄せていることを理解していると悟った様子で、またニヤリと口元を歪めた。……それ、凄く悪い顔ですよ……。


「あー……サヤよ。バート商会だが、今手隙かな?」

「え……と。はい、比較的余裕はあると思います。

 越冬中の仕事の納品後は、閑散期だと、おっしゃっていたかと……」


 社交界が済めば、大きな行事は戴冠式等の、春の行事。それの後は暫く空くことが多い。

 わざわざそれをサヤに確認したのは、サヤがバート商会専属の意匠師だと承知しているからだろう。

 それを聞き、姫様はまたちらりと俺に視線をやった。


「実はな……女近衛の正装を、バート商会に依頼しようかと、思うておるのだ。

 女性の身に纏うものは繊細だ……。だが、剣を握ることが想定された、女性の装いなどというものは、この国に無い。

 これは、従来の女性衣装をどれほど作っておったとしても、即座には対応しきれぬ依頼であろう。

 そんな中で、私や、其方の衣装作りという、圧倒的な経験値を得ておるのだよ、バート商会はな。

 男装まではいかずとも良い。しかし、女性らしくも動きやすい衣装というものは、実現可能と思うか?」


 その言葉に、サヤの表情が真剣なものになる。


「女性近衛の、正装……ですか?」

「華美なものが必要だ。華美過ぎてはいかんが、式典などで着用する衣装となるからな。

 その辺りの匙加減はギルバートに確認してみればよかろう。

 色は黒以外を基本にしたい。男近衛は黒が基本であるからだ。

 今ある男近衛の衣装を一式貸そう。参考にすると良い。

 素材は式典用ゆえ絹。当然、動きやすさは最重要だ。隊員用と、隊長用が必要となる。

 あとで要望の細かくは書類を渡そう。……どうだ?」


 これは……バート商会としても、今までで一番大口の仕事だ。なにせ、王家からの依頼となるのだから。

 現在、近衛の正装を手掛けているのは王都にある別の老舗だ。本来ならばそこに任せるはず。それを敢えて、バート商会にすると言っているのだ。

 近衛の正装は、一度決まれば何十年と同じ形が発注され続けることになる。当然、莫大なうえに、定期的な収入になるのだ。

 今はともかく、将来的には女近衛も人員を増やしていく予定であろうし、当然、バート商会もその恩恵を受けることになる。

 まさか姫様やサヤの男装衣装が、こんなところに結びつくとは。


「実現可能かどうか……ではなく、やらなければならないのですよね?」

「ははっ、そういうことだ」

「畏まりました。お受け致します」

「よし。では近日中に依頼書と使者を送ろう。先に話を通しておいてくれ。出来うるならば、戴冠式に間に合わせてほしい」


 っそれ、実質ひと月無いんですけど⁉︎

 出来うるならば。と、言ってはいるが、間に合わせろということだ。

 これは急ぎ知らせないと、大変なことになるな……。

 それはサヤも理解している様子で、真剣な顔で「はい」と、応えたが、クオンティーヌ様は「なんで従者が返事するの?」と、不思議そうだった。

 いや、その依頼に絶対サヤ本人が関わってくるからですよ。言わないけど……。


「まっ、良いわ。話を耳飾に戻すわよ。

 とにかくその新しい耳飾の意図は承知したし、協力してやっても良いなって思える内容ではあったわ……。

 とはいえ、そんなお綺麗な目的で打ち出したって受け入れられないと思うけどね」


 殴り書きも興奮もひと段落した様子で、クオンティーヌ様。

 何か不備があっただろうか……? そう思ったのだけど、そうではないと首を振られて、彼女は俺に向かい、ビッと木筆を突き付けた。


「だってさ、あんたのその気持ちが、褪せない保証なんて、どこにあんの?」


 ……、保証?

 俺のサヤへの気持ちを……本気を疑うって意味か?


 俺は、半端な気持ちでサヤを欲しているんじゃない。

 異国どころか、異界の人だ。本来なら、手なんて届くはずのない人……。

 種が違うから、子だって成せないと言われた。

 サヤに対し、無茶苦茶な要求をしていると思う。それでも、俺はサヤが欲しい。サヤでなければならないのだ。

 それを願う以上、俺の全てを投げ打ってでも、彼女を守らなければならないと、思ってる。

 それとも、彼女がどれだけ多くのものを捨てて、今この場所に立つことを選んでくれているか……。その意味と重みを、俺が理解していないと、言いたいのか?


 クオンティーヌ様の言葉が衝撃すぎて、返事を返すことも忘れてただ見入っていたのだけど……。


「そ、そんな顔することないでしょ。

 興味本位でちょっと、聞いてみただけじゃん……」


 何故か怯えたように視線を逸らし、言い訳までされてしまった。


「心に決めようが、魂を捧げようが、世の中では心変わりなんていくらだって起こるわよ。

 契りを交わしてたって起こるんだもん。……まあ、だからってもう変更はききませんよって部分に、今の耳飾の価値の一つがあるんだけど……」


 ごにょごにょと言いにくそうに言葉を続ける。

 確かに……それはそうなんだと、思う。

 一般には、離婚というものが多々あるのだけど、貴族にはほぼ無いに等しい。だから異母様は、ずっとセイバーンの正妻であられたのだし……今だって、そうなのだ。

 一度決まってしまったことは、覆せない。貴族の婚姻というのは、契約なのだ……。


「だからね、ただそれを許せない。覆したいと思って打ち出したって、反発があるだけよ。もみ消されて終わりだわ。

 そうじゃなくて、今の耳飾の利点を理解し、それを使用している連中にも、旨味があると思わせなきゃなんないのよ。

 その連中を利用するために、表面的な理由をまずは打ち出すって手法を、取るべきだって言ってんの」


 そう言ったクオンティーヌ様に首を傾げてみせると、察しが悪いなぁと溜息。


「つまりね、今の耳飾の前段階を作るという意味で、この耳飾を提案するの。

 決まってしまえば変更できない。それって、良いことばかりじゃないわよね。後悔している人もきっと多いわ。

 今より良い条件のものがあれば誰だって鞍替えしたいのよ。

 でも、契っておかなければ、他が掻っ攫っていくかもしれないし、思案してるうちに誰かに取られたらたまらない。今より良い条件のものが見つかる保証もないしね。

 だから、我慢できずに妥協できる段階で契約……契りを交わすことを急いじゃうわけでしょ」

「それはまぁ、そう……でしょうね」

「だからさ、あなたたちの提案する耳飾で、仮抑えができるようにするってこと。

 本決まりじゃないから、まだ可能性があるって錯覚できるでしょ。他の家にだって、まだ仮の段階ですからって言い訳が立つの。お互いの動向も見て分かるし、手が打ちやすい。だからこれは、案外利用価値が高いと思うわ。

 家の承諾を得られない場合も『あくまで仮なので』って、当人同士で飾りを勝手に用意してしまえば良いわけだし。

 仮であったとしても、そこには確かな『繋がり』がある。今の、なんの寄る辺もない状態よりは断然、マシ。

 で、利用者を増やしていく間に、その繋がりに意味を持たせる。

 本来の目的を、別の手段で擦り込み、強化していくのよ」


 クオンティーヌ様の中では、もうその筋道がはっきりとしているのだろう。

 思いの外しっかりとした発言に、ちょっとびっくりしてしまった。まだ夜会への参加も許されない、十五歳の少女がする提案とは思えない……。

 まぁ、夜会は無理でも、社交界の経験値は俺なんかとは比べものにならないのだろうな……。


 まぁまずは、その前段階までを、戴冠式に打ち出しましょ。と、クオンティーヌ様。

 それはもう、協力することで話を進めてくれるという意味だろうか?


「時間が無い。今からが勝負よ。今日できることはとにかく周知を広げるだけなんだから、ちょっと気張りなさい」

「え……今から……ですか?」

「そうよ! 今から私、淑女草紙の愛読者募ってくるから、懇話会を開きましょう。ここで自力で周知なさい。人を集めてやるだけ感謝してよね!

 新参で、話題のセイバーン後継との懇話だから、関わりたくてうずうずしてる人、多いでしょうしね。

 とにかく今日は、お揃いの装飾品と、隠し装飾。この二つを強調するのよ。分かった⁉︎

 リヴィ姉様、姉様にも協力してもらうから! 姉様が座ってるだけで、女の子の人数、倍は集まるんだからね!」


 そう言い、さっさと席を立ったクオンティーヌ様は、ちょっとあんた。と、ディート殿に声を掛ける。


「ここに残ってるんだから暇でしょ。付き合いなさい。私、庇護者無しじゃ、夜会会場うろつけないんだから」

「ディート、許す」

「は。仰せのままに」


 協力の有無を確認する間もなく、クオンティーヌ様はディート殿を伴い、さっさと部屋を出ていってしまった。

 ぽかんとただ見送るしかなかった俺は、サヤと顔を見合わせて、結局どうなったんだろうと首を傾げる。

 その様子に、リヴィ様が「あれはもう、大丈夫ですわ」と、声を掛けてくれた。


「協力、してくれると?」

「ええ。もう始まってましてよ。

 淑女草紙の愛読者と言うならば、歳若い女性が主、夜会に参加したてであったり、まだ相手が定まっていらっしゃらない方が多いはず。

 つまり、その新たな耳飾の顧客となりうる層の方々を集めてくるということですわ。

 レイ殿がしなければならないことは、先日の茶会とほぼ一緒。華の大切さと、守りたい気持ちを、伝えてくださいませ。

 ただし、クオンの取材も、意識することを忘れてはなりませんわ」

「うむ。そこは気を抜くなよ。

 もし其方が信用に値しないとなれば、そこからでもクオンは手を切ってくるぞ。

 まぁ、普段通りしておれば良いだけだ。そう気負うこともない。

 サヤと仲睦まじくしておれ」

「それ……公開処刑って言ってませんか……」

「サヤのためだと思えばそれくらい耐えられよう?」


 いやそれ、俺じゃなく、サヤ的に最大級な難題なんです……。

 人前での触れ合いを極端なくらい恥ずかしがるサヤには無体すぎるお達しだ。

 正直困った状況ではあったけれど、草紙の愛読者方は、まだ相手も定まらぬ方が多く、サヤと同じほどの年齢の方々ということ。

 ならば、従来の夜会のような、あからさまなことはせずとも良いだろうし、茶会と同じと言うのだから、言葉の説明で済むはずだ。

 サヤのためにも隠語を駆使して意味を誤魔化すしかないな……。

 そう決意を固めたのだけど、当のサヤは顔面蒼白だ。多分姫様の『仲睦まじく』を極端な方向に考えて震え上がっているのだろうと見当をつけた。


「サヤ、大丈夫。多分サヤが考えてる感じのことはしなくて良い。今から説明するから、まずは聞いて。

 姫様、俺の解釈、間違っていたら教えてください」

「解釈?」

「其方、その辺りは得意分野であったろうが。……たかだか三年で忘れたりなどせぬだろう?」


 首を傾げて不思議そうにする二人。


「サヤはこの国の、社交上の常識なんて知らないですし、貴族特有の言葉選びや推し量り方なんてものにも、縁が無いんです。

 でもこういうことは、その場になってみないと伝えにくいもので……まだ」

「そういえば、そうか。サヤは異国の者なのだったな……。

 いや、分かってはいるのだが、言葉も不自由せぬし、作法や礼儀も別段問題を感じぬし……つい忘れてしまう」

「私も、配慮が足りませんでしたわ」

「いえそんな、私が不勉強なだけなので……」


 恐縮するサヤを遮って、俺はこの際だからと二人に向き直る。

 このお二人は、特にサヤに目をかけてくださっていると思えるから、きっと大丈夫だろう。

 元々姫様にはお願いしようと思っていたのだけれど、リヴィ様も、サヤの大切な友となってくれる方だと思う。


「俺自信が未熟で、色々配慮が足りない部分が多いので、お二人にもご迷惑をお掛けすることが多々あるかと。

 それも含め、手を貸していただきたいです。どうかサヤを宜しくお願い致します」


 なんの後ろ盾も持たないサヤだ。

 こういった縁のひとつひとつが、とても貴重で重要となる。


「心得ておるわ。わざわざ言わずとも良い」

「私も、微力ながら協力させて頂きたいですわ」


 快く引き受けてくださったお二人に、ありがとうございますと揃って頭を下げた。


「じゃあ、改めて。

 今さっきの話だけどね……」


 懇話会では、何をすれば良いかという部分の説明を、クオンティーヌ様が戻られるまでに済ませてしまうため、口を開く。

 姫様はその様子を眺め、リヴィ様はというと、使用人を呼び、懇話会の準備を進めるよう指示を飛ばした。


 俺の話を真剣な顔で聞くサヤを見守りながら、内心ではただ、サヤの素晴らしさに感心していた。

 ……実際、サヤは凄いと思う。

 先ほどのクオンティーヌ様とのやり取り、その間彼女は、ずっと黙っていた。

 とても集中していることは隣に座っているだけで感じていた。全ての情報を逃すまいとするかのように。サヤはただ、情報収集に専念していたのだと思う。

 苦手な言葉も数多く出てきていたはずなのに……。


 この世界での生活を受け入れることの全てが、サヤにとって未知の領域で、逆境に向かうに等しいことだろう。

 常に戦場の只中に立っているような状態で、彼女はそれでも、立ち向かうことから逃げる素振りを見せない。

 無理だと言わない。

 ……いや、流石に人前での触れ合いに関する事柄には無理って言われたけれど、そこはトラウマのこともあるし、サヤの可愛さでもあるというか……うん。

 本来はもっと、ずっと沢山、気後れしてしまうものだと思う……。

 だけど、彼女は怯まない。俺の隣に立つということを、とても一生懸命考え、行動してくれているのだ。


「と、いう感じ。どう? 分からなかった箇所はある?」

「…………大丈夫だと、思います……。

 でも、難しい……ですね。きちんと判断できるかどうか、自信はありません……」

「大丈夫。これも全部、場数でどうにかなることだから。今すぐ身につけなきゃいけないなんて思わないで良い。

 こんな風に考えるんだってことを理解してくれたなら、今はそれで充分。

 今日は俺が主で話をするし、分からないことはそう言って良い。

 サヤが異国の者だっていうことは、皆にちゃんと説明するし、俺がついてるから」

「はい……」


 もう大丈夫と、気丈に笑ってみせるサヤが愛おしくて、俺は一度だけサヤを軽く抱擁した。

 そうしてから、外されていた耳飾をサヤに付け直す。大人しくしているサヤの耳をひと撫でして。


「じゃ、もう一仕事、頑張ろうか」

「はい!」


本日も遅刻……すいません……。

実は本日、誕生日でして、誕プレに一日好きに執筆時間確保をもらったにも関わらず、時間掛かってしまった……。

というわけで、本日はここまで。ちょっと色々説明くさい週でした。申し訳ない。

来週も金曜日八時からお会いできるよう、頑張って執筆していきます!

うーん……今回はいちゃこらさんの出番があんま無かったわ……。

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