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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第九章
269/515

夜会 4

 なんとかリヴィ様と和解が成立して、俺たちは歓談室をあとにした。

 やー……あの手の話、学舎では言われてたけど、未だに来るとは思わなかった……。

 ヒゲまで生えるようになって言われるとは……正直結構精神的に衝撃受けたな……。

 内心ではそんな風に考えつつ、けどまあ誤解も解けたし良かったことにしようと割り切ったのだが。


「あれ……?」


 部屋の外に、目立つはずの車椅子と黒髪が見当たらない。「サヤ?」と、声に出して呼びかけてみるも、返事が無く、姿も現れない……。

 父上と一緒だから、滅多なことにはならないだろうと思っていたのに……どこだ⁉︎


「レイ殿?」

「リヴィ様、申し訳ない。二人を探しに行きたいので、ちょっと急いで親族の方と合流頂いて宜しいですか⁉︎」


 ライアルドのこともあり、リヴィ様をこのまま一人だけで残すには気が引けた。けれど、嫌な予感が拭えなくて、口調が焦ってしまう。

 そんな様子の俺に、リヴィ様は少々訝しげな顔。

 それでも、手を上げて使用人を呼び、アギー公爵様方の様子と、セイバーン男爵家関係者の所在を確認してくれた。


「焦って探し回るより、こちらの方が確実でしてよ」

「す、すいません……」


 部屋の近くにいると言っていたサヤが、理由も無しに離れたとは思い難い。だから、絶対何かあったのだという確信があった。

 じりじりとしながら待っていると、体調を崩されたので休憩室にご案内しております。という知らせが入り、慌ててそちらに向かうことに。

 リヴィ様も公爵様方はまだご挨拶で手一杯とのことで、心配ついでについてくることになった。


「サヤ⁉︎」


 案内された休憩室に、サヤと父上はいた。思った通り、サヤが体調を崩していたようだ。

 人払いしてもらえたようで、部屋の外に使用人は待機していたものの、中は父上とサヤ、二人きりだ。


「ごめん……夜会だってことを、失念していた……」

「ええの。私が、残るって、言うたんやし」


 青い顔で、長椅子に座っているサヤ。気丈にも微笑みを浮かべるのだけど、無理をしているのは明白で、触れても大丈夫か確認すると、こちらに手を伸ばしてきたから、その手を取って胸に引き寄せた。

 冷え切った手……小刻みな震え……やはり、同行させれば良かったと、強く後悔する……。


「サヤは、体調を崩していらっしゃったの? 医師は? すぐ手配致しますわ」

「いや、それはお断りさせて頂いたのだ。医師にかかる必要は無いと、サヤが言うのでな」

「遠慮など無用でしてよ。大丈夫、すぐに……」

「いえ。本当に、必要無いので。……医師にどうこうできることでは、ないんです」


 使用人を呼ぼうとするリヴィ様を遮って、サヤの身体を抱き締めた。

 少しでも俺の体温が伝わるように、凍えて縮こまった心が、落ち着くように……。


「何か嫌なこと、言われた?」

「ううん。面と向かって、言うてくる人は、いいひんかったから、大丈夫。

 せやけど、やっぱり目立つし……仕方ない。分かってたのに、あかんやった……かんにん……」

「謝る必要なんて無い。俺がもう少し、考えなきゃならなかったんだ」


 しばらく抱き締めていると、次第にサヤの震えは治まってきて、ホッと安堵の息が溢れる。

 良かった……まだこれくらいで済んで。倒れるとかまで、いかなくて……。


「すまぬ。私がもう少し、早く気付けば良かったのだが……」

「いえ。サヤだけなら、無理やりにでも残ろうとしたでしょうから。

 父上が早めに判断してくださったおかげで、この程度で済んだんです……」


 それに、父上がいてくださったから、サヤに接触する者が現れるまでには至らなかったのだろう。

 そうなっていればと考えたら、ゾッとした。


 貴族の夜会に俺の華として伴われているサヤは、貴族ではない。

 俺の妻となるまでは、一般庶民のままなのだ。

 会場中の誰よりも立場が弱い。その上俺も……男爵家の、成人前……。立場としては、サヤの次に弱い……。

 なのに、耳飾が、無い……。


「……っ」


 そう考えると、もう恐怖でどうにかなりそうだった。


 俺が離れている間に、もし万が一のことが起こっていたら……!

 ライアルドのような者が、権威をかさにきてサヤを強引に求めていたら……後悔では、済まなかった!


 耳飾が無いという状態を、皆が懸念した理由。

 それは、印の無い者は、誰に何をされても文句が言えないからだ。

 大切なら所有権を主張しておく。と、いうのが貴族社会と言えば良いのか……。

 秘匿権や襟飾だって、そういうこと。

 ただでさえ絶対的な身分差という優先順位がある。

 それに対抗するために、数を揃えるという手段を取ったのが飾の類なのだ。

 そんな中で、新たな飾を提案するということは、荒野に道を通すのと一緒。

 誰にも守られない無法地帯に、生身を晒して声を上げる。と、いうこと。

 俺たちは今、それをしようとしていて、その上で最も危険なのが、サヤなのだ…………。


 夜会なんて、ほんの数時間のことだと……ずっと一緒にいれば、大丈夫だと……そんな風に考えていた。

 父上だっているし、アギーの社交界だ。安全度で言えば、高い方だと。

 だけど……ホーデリーフェ様らのあの出来事をみても、それは楽観的すぎたと言わざるをえない。

 実際こうして、不測の事態は起こってしまった。

 結局これも、俺の甘さが招いた結果だ。

 祝賀会の時は、大丈夫だったからと…………。

 場の頂点に立っていたあの時と、最下層にいる今……同じはずが、ないじゃないか…………。


「……サヤ、ハインたちと、先に部屋に戻っておいた方が良いと思う」


 そう言うと、腕の中のサヤが慌てて顔を上げた。


「もうサヤのお披露目はしたわけだし、大丈夫だから……」

「そんなわけあらへんやろ⁉︎ まだ挨拶らしい挨拶もしてへん……耳飾の周知かて、なんもできてへん!」


 うん……けど……それよりも俺は、サヤが心配。


「ここで周知しとかんと、戴冠式の時が、更に大変やって、ギルさんかて言うてたやろ⁉︎」

「そうだけど……だけどサヤ……」

「もう大丈夫。それに、レイと私が一緒におらな、周知の意味があらへんの。

 今後のためやろ? 私たちだけのこととも違う。これから先かて、他の人たちにだって、必要になるかもしれへんものやろ?」

「……なんの、お話ですの?」


 俺たちのやり取りを辛抱強く見守っていたリヴィ様が、たまらずといった様子で声を上げた。


「サヤ、私も、レイ殿のおっしゃる通り、体調が思わしくない貴女を会場に戻す気はなくってよ。

 医師の診察だって受けていただくわ。アギーのお客様に、不手際があってはならないのですもの」

「リヴィ様、これは、病ではないんです。ちょっと、気分が悪くなっただけですから……」

「レイ殿が無理だと判断していらっしゃるのよ」

「大袈裟なだけなんです。前はちょっと失敗しましたけど今度は……」

「根拠を述べてくださらない? 大丈夫だと言い切れる理由。それに私たちが納得できたならば良くってよ」


 厳しい表情でぴしゃりと言い放つリヴィ様に、サヤが困った顔になる。

 と、そこでコンコンと、扉が叩かれた。


「失礼いたします。セイバーン男爵様に、御目通り願いたいと、ヴァイデンフェラー男爵様がお越しですが、お通ししても差し支えございませんか?」


 ヴァイデンフェラー……なんか、聞いた気がする家名……。

 答えに至る前に、サヤが首を傾げて呟いたのは……。


「ディート様の、お父様?」


 ……あっ!



 ◆



「おーおーおー! 何年振りかと思えば……なんだその姿! その椅子⁉︎ 随分様変わりしたではないかセイバーンの!」


 部屋に通された人は、ズカズカと大股でやってきた。

 さして大きくない……リヴィ様と変わらぬくらいの背丈なのだが、横幅と(いか)つさは段違いな人だった。

 禿頭(とくとう)で、そこら中に散りばめられた、傷、傷、傷……。

 ぎょろりと大きな目をしていて、口髭どころか眉もほぼ無い……大きな傷で、殆ど削れてしまっている様子だ。

 男爵様……と、いうよりは、山賊の頭領か大蛇の親分といった雰囲気だな……と、一瞬考えてしまい、失礼だろう⁉︎ と、頭から追い出した。

 だけどこう……貴族の礼装より毛皮を纏って戦斧を担いでいる方がしっくりきそうな人だ。いかにも武将といった風態。


 お隣には、こちらの方がディート殿の面影があるなと伺える女性。若干ふくよかで優しげに見える方だった。

 その後方に、やはり武人だと伺わせる男性。父上似だ。ヴァイデンフェラーの後継殿だと思われる方。

 男爵様よりは若干細身で若干背が高い。けれど、腕の太さと胸の厚み……この人も、歴戦の勇者なのだろう。

 やはり隣には女性を伴っていて、凛々しい顔立ちの、勝気そうな方。

 どちらの女性も、耳飾を両耳に飾っていた。


「いるとは思っていたが……久しいなヴァイデンフェラー殿。また傷が増えておらぬか」

「増えた増えた!

 一向に減らん罪人に、この年寄りも駆り出されてかなわんわ!」

「嘘をおっしゃい。自ら一番に飛び出していくくせに」

「もう前線はやめてくださいと何度言っても聞きやしないんですよ」


 奥方様と息子殿に口を挟まれ、ヴァイデンフェラー男爵様はあっという間に不機嫌そうな顔になる。けれど……。


「でも、お館様が最前線に立たれると、やはり皆さんの士気が違いますから……」


 唯一、ヴァイデンフェラー男爵様を擁護した若奥様の言葉に、一気にデレた。


「そうだろう、そうだろう! まだまだ若いもんには任せておけんものなぁ!」


 満更でもないと言った様子。


 ……なんか、豪快さが、凄い……。

 半ば呆然としていたのだけど、サヤが必死で俺を押しやるので、恥ずかしいのだと理解した。

 仕方なしにサヤを解放し、慌てて立ち上がるサヤに倣って、俺も席を立つ。


「貴殿がおるというから探しておったのに、全く目につかんし、聞いてみれば休憩室というし、まだ体調が思わしくないのかと心配したのだが……。

 まるで鶏ガラのようだな! ワシのくしゃみで吹き飛びやせんかと心配になるわ!」

「これでもだいぶん、良くなっている。冬もほぼ越せたし、もう心配はいらぬさ。

 春の戴冠式には、もう少しマシになっていよう。

 それから、体調を崩したのは私ではない」


 それでようやっと、父上以外の在室者に意識がいった様子。

 まず明らかに煌びやかなリヴィ様に視線がいって、ヴァイデンフェラー一行は慌てて頭を下げた。


「これは、アギーの……! 失礼!」

「気になさらないでくださいまし。面をおあげになって。

 オリヴィエラですわ、お久しゅう、ヴァイデンフェラー様」


 サッと簡単な挨拶を済ませて、オリヴィエラ様は綺麗に微笑まれた。子供だけで三十人以上いらっしゃるアギーの方なので、名前と顔を一致させるだけで一苦労だ。こうして名前のみ名乗るのは相手への配慮なのだろう。そして、場の空気を乱さぬように気を使ってくださったのだな。サッと後方に下がってしまわれた。

 礼を述べたヴァイデンフェラー男爵様の視線が、今度は俺とサヤに向かう。


「この度セイバーン後継となりました、二子のレイシールと申します。お初にお目にかかります、ヴァイデンフェラー様。

 こちらは、私の華、サヤと申します」

「鶴来野 小夜でございます」


 練習通りの綺麗な礼をしたサヤに、ほっと胸をなでおろす。

 唇の震えも落ち着き、顔色もそこまで悪くはない様子だ。


 これはご丁寧に。と、相好を崩したヴァイデンフェラー男爵様が、お連れの方々の紹介をしてくださってちょっと恐縮してしまった。


「はて……レイシールと……最近聞いた名だ」

「ディートからと、王家からだよ。うちの愚弟が随分とお世話になったようですね。色々と無作法な男でご迷惑をお掛けしておりませんか」

「いえ! とても、とても良くしていただいております!」

「此度は、セイバーンの後継となられたこと、おめでとうございます」

「……ありがとう、ございます……」


 ディート殿の兄上、ヴァイデンフェラー後継のイグナート様より言祝ぎをいただき、慌てて頭を下げた。

 兄上のことには、敢えて触れない。

 皆様のその態度に、俺も礼だけを述べて応える。……大体のことは、察していらっしゃるのだろう……。

 それにしても、父上とヴァイデンフェラー男爵様が親しかったとは……。俺はセイバーンのことを何も知らないのだなぁと、改めて実感した。


「そうそう。王家で思い出した。セイバーンの。交易路計画についての通達があったのだ。詳しくはそちらで確認せよとのことでな。

 それを聞きたくて探しておったのだが……責任者は貴殿か? 病み上がりに無体な通達だな……」

「ふふ、私ではないよ。息子、レイシールの方だ。これは通達に記してあったと思うがな」

「馬鹿を言え、貴殿の後継はまだ成人前だろうが。そっちの方が更に無体だ!」

「そうだな。……本来であればそうなのだろうな」


 苦笑してから父上は、俺に視線を寄越した。


「丁度良い、レイシール、私はヴァイデンフェラー殿と会場に戻る。交易路計画に関しても説明しておこう。其方らはオリヴィエラ様をアギー様の元へご案内してさしあげよ。

 サヤ、車椅子の扱い方をヴァイデンフェラー殿に少々伝授してやってくれぬか。……触りたくて仕方がないのだろう? その顔は」

「やはり、車輪が付いておるし、動くのだな⁉︎ 面白いものを持っておるな、セイバーンの!」

「足を悪くしたのでな。その辺はまた説明する。まずは扱いを覚えてくれるか」


 自分のことはヴァイデンフェラー殿に任せて若者は若者で交流してこいと促された。

 いや、でもそれ、良いのかな?

 俺の心配が顔に出ていたのだと思う。奥方様が「うちは兄弟も多いので、人手は余ってますの」と、父上のことは案ずるなと促してくれた。

 その腕に、とても豪奢な腕輪が嵌っていて……成る程、これが例の腕輪かと感心する。


「ではレイ殿。サヤの体調も心配なのでしょうから、私が一席ご用意致しますわ。

 せっかく縁を結んだのですもの、お付き合いくださるでしょう?」


 話にけりがついたと思ったのだろう。リヴィ様がとても優雅に口元に手をやって、私のお願い事、聞いてくださる? と、ばかりに首を傾げる。

 それ、断れないやつですよね……。

 でも、サヤをこのまま会場にやるのは心配だし、どうせ帰って休めと言っても聞きはしないのだろう。


「……畏まりました。リヴィ様にお任せします」


 そう言うと、満足げな笑顔になった。


「ヴァイデンフェラー殿……父上を、よろしくお願い致します」

「任せておけ! 久しぶりだし、旧友巡りでもしておるさ!」


 うーん……父上の変貌ぶりを見ても、車椅子を珍しいと思っても、気にしない感じなのがディート殿の血縁だな……。



 ◆



 休憩室を後にして、リヴィ様の指示のもと、場所を改めることとなった。


「まずは、サヤの体調について。それから、風変わりなその耳飾についてをお聞きしたいわ」


 案内されたのは、先ほどより更に大きく、豪奢な歓談室。絶対上位貴族しか利用しない感じの部屋だ……。


 お茶を用意させ、人払いを済ませたリヴィ様は姫様を彷彿とさせられる、拒否を許さない雰囲気でもって俺にそう言った。

 いや、そんなこと言われましてもね……。

 実際、縁を繋いだとはいえ、それはつい先程。

 ホイホイと簡単にサヤの事情を話すのはどうかという気持ちと、女性にこれを俺が言うのはちょっとどうなのだろうと思ってしまったからだ。

 女性にとって、あまり耳にしたくない話題だろうし……俺とサヤの関係を……まぁ、耳を見れば明らかなのだけど、伝えるっていう……のも……うん。

 そんな俺の葛藤を察したのだと思う。俺より先に、サヤが口を開いた。


「実は私……」


 今までのことを、かいつまんで説明するのに、半時間ほどかかってしまった。

 言うべきこと、伏せるべきこと……諸々の調整が難しく、またリヴィ様にどこまで伝えて良いものかを探っていった結果、サヤがかつて無体を働かれかけたことがあり、男性の性的な視線や、発言等に体調を崩すことがあることと、まだその辺りの心の傷を抱えたままであるため、普段は男装で性別を隠していること。

 諸々を踏まえ、俺との婚姻を強制する手段であり、サヤに無理を強いる行為が必要となる耳飾を、与えたくなかったこと。

 行為を行わずとも済む、耳飾に匹敵する装飾を、貴族社会に定着させたいと考えていることを説明した。


「サヤが従来の耳飾をしていないのは、男装を続けるためなのだと、思っていたわ……」


 聞き終えたリヴィ様が、そう呟いて……。

 パンパンと手を叩き、使用人を呼ぶと「クオンを呼んでいただける?」と、何故か指示。

 そうしてから、ふぅ……と、息を吐いた。


「……話しづらい事柄を、無理やり聞いてしまったわね。申し訳なかったわ……」

「いえ……正直な話、この耳飾を提案する以上、必要なことだと思っていたので」


 俺よりよっぽど覚悟を固めていたサヤの言葉に、リヴィ様は表情を緩めた。

 サヤもそれに微笑みを返して、それに……と、言葉を続ける。


「言うなれば、私一人のために、レイシール様は沢山の我慢をして、無理を押して、決まりすら変えようとしてくださっているのです。

 このひとつひとつが、私をここで、生きやすくするため……。私のためにしてくださってるって、承知しています。

 なら、私一人の我儘としてではなくて……この貴族社会の一員になる身として、意味がある形にしなければいけないのだと、思って」

「意味がある、形?」

「はい。同じような苦しみを感じている女性は、貴族社会に多いのだと聞きました。

 それが問題視されていて、それでも改善する良き案や機会が、今まで無かったのですよね。

 けれど、私の国の、この耳飾が、そのお役に立てるかもしれない。

 いつか、誰かが動かなければいけなくて、その機会が今、私の前にあるのなら、私が動くべきなのだと」


 それは、誰かのために何かをするサヤらしい言葉で、覚悟だった。

 常に自ら立ち向かい、前に進もうとするサヤらしい、行動理由。

 怖くないはずがなく、不安だって、きっと俺が考えている以上に感じているだろう。

 それでも彼女は、前に立つことを選ぶのだ。


 その言葉に、リヴィ様は暫し沈黙した。

 そうして、苦笑気味に笑って「サヤは、とてもお強いのね……」と、呟く。


「いいえ。私は別に、強くなんてないんです。

 故郷にいた頃なら……きっとこんな風には動けなかったですよ」


 リヴィ様の言葉に、今度はサヤが苦笑する。


「私がこうしていられるのは……レイシール様が、いてくださるからです」


 予想外の言葉。

 びっくりした顔の俺から視線を逸らして、少し染まった頬を隠すみたいに、俯いて……。


「……私に我慢しなさいって、言わないんです。レイシール様は……。

 私の気持ちを、常に肯定してくれて……私の全てを、些細なことでも、守ろうとしてくれて……。

 嫌なことは嫌と言って良い。我慢しなくて良いって、言ってくださいます。

 ここの習慣にまだ上手く馴染めない私は、本当に些細なことすら、いちいち引っかかるんです。なのに……それでも」


 そう言って、少し潤んだ瞳を、ちらりとだけ俺に向けて……またすぐに、それは離れてしまった。


「私にさせたくないって思うことがあったら、喧嘩になります。でも、駄目だって言っても、一方的に、我慢しなさいとは、言わないんです……。

 本当は普段だって、私に危険なことはさたくないって思ってて、ディート様との鍛錬だって、自分が死んじゃいそうな顔で見てる。

 私が何かをする度に、ご飯も喉を通らないくらいに心配して、眠れないくらいに心配して、心配して心配して、でも私がやりたいことだから、やると決めたことだから、自分が必死で我慢して、やらせてくれてるのを、知っています。

 私が私らしくできるようにって……そうやって、私を支えてくださるから……今私は、前を向いていられるんです。

 それでも私が、私らしくあることの方を、望んでくれるから……」


 サヤの心くらいは、俺が守らなければと、そう思ってはいたのだけど……。

 実際それができているかと問われると、正直、自信は無かった。

 だけどサヤは、そんな不甲斐ない俺を、例え力不足でも、こうして認めてくれるのだ……。


「だから私、私ができること。私がやるべきことは、やりたいんです。

 それが、巡りに巡っていつか、レイシール様の力になればって、思うんです」


 もう、これ以上ないってくらい、なってくれてる。

今週の更新を開始いたします!

もう二話分書けてるよっ! 明日も仕事だけどねっ!

というわけで、今週も三話更新を予定しております。

楽しんでいただけたら幸いです〜。

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