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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第九章
268/515

夜会 3

 周りを意識することを忘れていた自分に気付いたけれど、もう遅い。痛みが襲う覚悟を固めたら、その手は何故か、俺の代わりにライアルドの襟元を掴んだ。

 ……ん?


「レイシール。いつまでたっても戻らぬではないか。私を待たせるとはいい度胸だな」


 俺の手を遮り、ライアルドを吊り上げた人物。それはまさかのリカルド様。

 公爵家の嫡子であり、騎士団の将。そしてつい先日まで姫様の夫となるフェルドナレン王候補の筆頭であったこの方を、知らない伯爵家の者はいないだろう。

 そしてリカルド様は……猛々しい武将として名を馳せている人だ。

 そんな人が、蒼白になったライアルドを、細めた目で見下ろす。


「所属を言え。見た覚えのある顔だ……。

 軍属とは思えぬ、使えない身体の持ち主だな。これでは進軍時、どこに配属しても足枷ではないか」


 俺からすれば演技だと丸分かりなのだけど、この方を言われるままの気質だと思い込んでいるだろう世間一般の方々には、あまりに凶悪に見える顔だろう。

 首元を締め上げられて口がきけないのは分かっているだろうに、リカルド様は手を緩めない。ギロリと従者に視線をやると、震え上がった彼らは簡単にライアルドの所属を口にしてしまった。


「春から特別訓練だな。一度軍全体の実力査定をする必要があると判明した。

 レイシール、交易路計画。あれに放り込めば、体力だけは嫌でも養えるな」

「……それは、まぁ……でも正確性を求められる緻密な作業です。できなかったでは困りますよ」

「なに、規格に到達しないならば何度でも一からやり直せば良い。

 私の求める速さで、私の求める練度に到達せぬ者など、許しはせぬ」


 あー……それ、夏にもやってましたよねぇ……。

 土嚢十袋を休憩なく作り上げることを、何度もやり直しさせられていたあの時の従者の方々……どうしてるんだろうなぁ……。


「求められる技能が備わるまで鍛え上げてやろう。

 安心しろ、私は気が長い……きちんと育ちきるまで、見捨てたりはせぬ」


 獰猛な笑顔でそう言い、サッと手を振ると、今まで散っていたリカルド様の配下の方が静かに現れた。

 お一人ではないと思ってはいたけれど……従者の質が全然違うな。

 ライアルドの一行は、リカルド様の従者方に連行されて姿を消した。多分……会場の外へと連れ出されたのだろう。


 結局……俺、何もしてないっていう……。

 なんとも居心地悪い感じになってしまった。


「レイシール様!」


 そんな中、場が収まるのを待っていたらしいサヤが、父上の車椅子を押してやって来て、駆け寄ってきた。俺の手を取り、怪我がないかを確認する。


「いや、こんな場でそこまで争わないから、大丈夫」

「ならなんで私を連れて行ってくれなかったんですか!」

「父上をお願いしていたろう?」

「ああいう時は、私が前に立つべきです!」


 従者だから。と、言うならば、それは違う。


「違うよ。前も言った。ああいうのは、俺の役目だ。

 あいつは、サヤのことだってきっと馬鹿にした……。サヤの耳を穢すような言葉を、間近で聞かせたくなんかない」

「だけどっ、万が一があれば、多勢に無勢でした!」

「万が一があれば責められるのは俺じゃない。あの方々だよ。

 公の場で、一人を相手に数人がかりで暴力沙汰なんて、どうやったって弁明できないし、させやしない。それくらいの舌戦はこなせるから」

「そういうことやない、酷い怪我してしもたらどないするんかって言うてる!」

「しないよ。そこまで身体を鈍らせてないし」


 そもそも、さして役にも立ってないのに、そんな風に心配されるのは恥ずかしい……。

 苦笑する俺に、サヤはもう! と、怒ってしまった。

 そんな俺たちのやり取りを、呆れ顔で見ていたのはリカルド様だ。


「まったく、伯爵家相手に……。何故私を呼ばない」

「リカルド様が出てくるような相手ではなかったでしょうに。……でも、ありがとうございます。

 申し訳ありませんでした、手を煩わせてしまって……」

「おおごとにせぬようにという配慮は分かるが……やるならば、もう少し頭を冷やしてことに当たれ」

「本当、そうでした……。お恥ずかしい。未熟ですね、俺……」


 本当は、ライアルドを怒らせないよう、うまく立ち回らなきゃならなかった。

 だけど、最初から俺は、頭に血を上らせていて、元からそんな考えなど、微塵も無かった。


 サヤの拾った言葉から、オリヴィエラ様が剣術を嗜んでいることを揶揄されているのだということは分かっていて、ホーデリーフェ様を庇っていらっしゃるのが見えた時点で、本来の標的は彼女であり、それを庇ったオリヴィエラ様が槍玉に挙げられたのだと理解していたのに……。


 其方、あれの家に恨みを買ったぞ。と、リカルド様。でもそれ、リカルド様が半分肩代わりしてくださったようなものじゃないですか。


「まぁ、あのような小者では、たかが知れておるが」


 そう言って息を吐く。


「セイバーン殿。其方の後継は思っておったより短気だぞ」

「サヤをも冒涜されたと感じたのでしょう。

 これは己の華に心魂を捧げるほどなので」

「もう少し落ち着かせよ。これではサヤを揶揄される度に血の雨が降りかねん」

「そこまで短気じゃないですってば……」


 どうだかな。という顔で睨まれて、俺は肩を竦め、苦笑するしかなかった。

 そんな俺の視界の端で、檸檬色が翻る。顔を上げると、オリヴィエラ様が、ホーデリーフェ様を伴って、俺たちの前に気まずそうな顔で立っていた。


「……アギー二十二子。オリヴィエラと申します。此度は……」

「要らぬ。私はそこなレイシールをさっさと連れ戻したかっただけゆえな」


 リカルド様へ謝辞を述べにきたであろうオリヴィエラ様に、リカルド様は興味無いとばかりに言い捨てる。

 そして……。


「礼ならば、そこな二人だ。運が良かったな」


 気付いてもらえて……。と、言外に言うリカルド様。

 それでいよいよ、オリヴィエラ様は俺に向き合うしかなくなってしまった。

 視線を逸らし、いたたまれない心地を必死で押し殺しているような、そんな表情。

 同じく居心地悪い思いをしていた俺は何を言うべきか迷い……結局俺の代わりに、サヤが動いた。


「あの、先日は茶会にお招きいただき、ありがとうございました。

 それから……偽りを述べていたことを、お許しください。

 普段、私はあの通り、従者をしておりまして。その都合上、男装しております」


 進み出て頭を下げたサヤに、オリヴィエラ様は息を呑んだ。

 先程、会場入りの際に足を止めていらっしゃったし、サヤには気付いていただろう。

 けれど、いざサヤを目の前にすると、どう反応して良いやらと、困ってしまった様子。

 言葉の出ないオリヴィエラ様に変わって、前に進み出たのは、ホーデリーフェ様だった。


「先日は、家名を述べておりませんでした。

 ヘイスカリ子爵家が九子、ホーデリーフェにございます。

 先程は、本当に、ありがとうございました。

 実は私、イングクス伯爵家ライアルド様の従者であります、ナイセル子爵家ヒルリオ様より、求婚を受けております。

 何度もお断りさせていただいたのですが……なかなかそれを、受け入れていただけず……本日も……」

「そうでしたか……。

 ですが、当面はご安心いただけると思いますよ。

 不可抗力でしたが、リカルド様が手を差し伸べてくださいましたから」

「あれでは数年掛かろうな」


 まるで聞こえてない風であったのに、そんな言葉を挟んでくださるリカルド様。

 数年は婚姻など考えていられない程にしごいてやるという意味だろう。いや、頼もしい……。

 それを聞いてホーデリーフェ様は、泣きそうな……ホッとしたような笑みを見せた。そして……。


「オリヴィエラ様、レイシール様、なんとお礼を申し上げて良いか……。特にオリヴィエラ様には、どうお詫びして良いやら……私のせいで、ライアルド様と……」

「いえ……あれは……(わたくし)が勝手に、口を挟んだの。お気になさらないで……」


 控えめにそう言ったオリヴィエラ様であったけれど、サヤは彼女に、思うところがあった様子。


「私、リヴィ様の勇気には、感服致しました。

 ……私は……あんな風に言われて、心を折らないリヴィ様を、尊敬します」


 熱のこもった声でそう言い、強い視線をオリヴィエラ様に向けるサヤ。

 それにはホーデリーフェ様も同意の様子。何度も何度も頷き、目元を拭う。


「そうですわね。私なら、泣いてしまいます……。

 サヤ様も。まさか女性の方であったとは、思いもよりませんでしたわ。

 でも……レイシール様の華でらっしゃるなんて、貴女はとても幸福ね。

 お優しい方とは思っておりましたけれど……本当はとても凛々しくて勇敢な方ですのね。

 このような素晴らしい殿方に、あんな風に言っていただけるほどに、愛されているなんて……」

「あっ、はいっ。いえっ⁉︎ あの……は、はぃ……本当に……私には、過分な程で……」


 なにもしてないのに褒め倒される居心地悪さったらないな……。


 でも、どうやら彼女らは、サヤを否定的に見たりはしない様子。

 そのことにホッとした。

 まだ少し、オリヴィエラ様の様子は気になったけれど、女性三人が語り合う姿は微笑ましい。

 もう一度、リカルド様に「ありがとうございます」と礼を述べると、ふん。と、呆れ顔をされてしまった。

 そうして、少し逡巡したのち、忠告だけはしておこうと思ったのだろう……。


「先程の会話は、サヤがこちらにも伝えてくれていた。サヤは本当に……多才よな。

 だがレイシールよ。あれが、通常の感覚だ。残念ながらな。

 この国において、女性というのは嫋やかであるべきという思想が根深い。あそこまでとは言わぬが、大抵良い顔はされまい。

 あのぼんくらは唾棄すべき小者であったが、あれが例外と思うなよ」

「……心得ております。

 ですが俺は……リカルド様が、サヤをちゃんと認めてくださっていたことが、嬉しかったですよ」

「……ふん、投げ飛ばされておるのだぞ、私は。しかも、剣を持ってすら……。武人として、目の当たりにした実力差を認められぬは、その方が恥だ。

 そもそもクリスという前例があるのだぞ」


 女性でありながら王となるべく努力をしてきたクリスティーナ様。

 彼の方も男装していたし、剣術を身に付けていらっしゃる。まぁ、サヤの強さは規格外として、女性の武術者に偏見を持つということは、リカルド様にとって姫様の努力を踏みにじることなのだろう。

 そんな風に思ってくださる方がいらっしゃる……そのことが、有難かった。


「……だがこれも……起こるべくして起こったということだな……。

 近い将来、似た例はいくらでも耳にすることになろう…….。

 其方は、本当に多難よな……。まあ仕方がないと諦めるほかないが」

「はい?」

「こちらの話だ。その点は、サヤが成人前で良かったではないか。

 早々に手放す必要は無いのだからな……」

「え、あの……なんです?」


 なにやらとてつもなく不穏なことを言われた気がする……。

 眉間にしわを寄せていると、なにやらこちらに急ぎ足でやってくる方を発見した。ホーデリーフェ様のお身内かな? リカルド様に慌て、必死で挨拶するその方々に、当のリカルド様が根を上げた。


「レイシール、また後で時間を寄越せ」

「あっ、はい!」


 ヘイスカリ子爵家の方の挨拶を適当にいなし、さっさと立ち去ってしまった。



 ◆



 ホーデリーフェ様はお身内の方と無事合流され、何度も礼を言って立ち去った。

 それを見送って、さて、我々も夜会の職務を遂行しようかとなったのだが……。


「……レイシール殿……先程のお申し出ですが、宜しくてよ」

「……はい?」


 急にオリヴィエラ様にそう声を掛けられ、何のことか分からず首を傾げると、ツンツンとサヤに袖を引かれた。


「お時間をと、請われた件だと、思います」

「えっ⁉︎ いや、あれは方便だから……っ!

 あの、もう良いんです。あっ! あの折は、不躾にも……申し訳ありませんでした!」


 許可もなく小指に口づけたことを平謝りすると、何とも嫌な顔をされた。思い出したくなかったといった風な……。

 それでもオリヴィエラ様は、絞り出すように言葉を続ける。


「……私の身内は……まだ忙しくしている様子。父上からも、貴方と縁を繋ぐよう仰せつかりました。

 ですから……これも職務でしてよ?」

「いや、ですけど……もう、充分でしょう?」


 俺とはあまり関わりたくないだろうし、それに……。


「あの、私は……妻は、サヤのみと、固く誓っております。

 それゆえ、縁を繋ぐと言いましても……これくらいで充分なのです。これ以上は、求めません。

 アギー公爵様も、そう仰ったのではありませんか? 無理を強いるつもりは、毛頭無いのです。

 それでもと言うなら、どうかサヤを……。

 これからも、サヤとの交流を、続けていただければ、有難いのですが……」


 同じ女性の武人同士だ。普段口にできない悩みなどもきっと多いだろうし、一人で抱え込むより、ずっとその方がお互いのためになる。

 それに、ギルとの縁についてだって、それで充分事足りるのだ。サヤを通じて、どこかで機会を整えれば良い。そんな風に考えていた。

 内容が内容だけに、小声で伝えたのだけど、すると何処からかぽろりと雫が一つ溢れて、大理石の床に落ち、潰れて広がる。

 唖然とそれを見つめ……え、これ……?


「オリ……っ⁉︎」


 顔を俯けたオリヴィエラ様から、溢れた雫……。それはどう考えても……。


「レイシール。家の件は私に任せるよう言ったはずだ。

 歓談室を一つ借り受けなさい。アギーの社交界へとご招待くださったクリスタ様の、お身内の方。無下にすべきではない」


 父上にそう言われ、ただ狼狽えるだけでは駄目だと自分を叱咤した。

 サヤにオリヴィエラ様をお願いし、会場を行き交う使用人を呼び止めて、歓談室を一つ借受けたいとお願いすると、すぐにご案内いたします。とのこと。

 サヤも伴うように言われ、でもそれでは父上が……と、言い淀むと……。


「移動したければ使用人に頼めば良いし、特に問題は無い」


 行けと手を払われたが、こればかりは頷けない……。


「あの、でしたら……歓談室の傍まで、一緒に参ります。声を掛けてくだされば、届く位置に。

 私は、領主様のお手伝いを致しますから」


 サヤがそのように言ってくれて、分かったと頷いた。サヤの耳ならば、それで充分、声が届くだろう。


 そうして案内された歓談室。

 会場の端に設えられた簡易的なものではなく、会場に隣接した、ちゃんとした部屋の方へと案内されてしまった。

 本来ここは、重要な商談など行う部屋だと思うのだけど……まぁでも、オリヴィエラ様のご様子的に、こちらの方が良かったかなと思い直す。


 部屋にはお茶も用意されており、まず長椅子にオリヴィエラ様を促した。俺はその、向かい側の席に座ることにする。


「あの……本当に、申し訳なかったです……。

 あの時は、あそこに割り込むことしか念頭に無く……今思えば、もっと他に、いくらでもやりようはあったというのに……」


 泣かれてしまうとは……。

 いや、でもサヤだってきっと、嫌な相手に小指の先といえど口づけなんてされたら、同じ反応になったろうしな……。


 正直泣かれた理由がそれくらいしか思い付かず、とにかく見当違いでも良いから謝ってしまえ! と、頭を下げたのだけど……。


「……サヤ……女性であったとは……思いもよりませんでしたわ……。

 何よりもあの強さ。無手で、ディートフリート殿と渡り合えるだなんて……。

 一つ、気になったのですけれど……あの場にサヤを伴わず、あれを、自分の役目だと仰った理由を、お聞きしても宜しくて?」


 あの場にサヤを伴わなかった理由……。

 正直それは……答えるには、少々恥ずかしい内容だったのだけど……。


「……サヤは、確かに強いです。でもそれが、サヤを争いごとの矢面に立たせて良い理由には、ならないでしょう?

 特に、女性が武術を嗜むことを、あんな風に口汚く罵る相手の前に、サヤを立たせたくなかった……。

 サヤがどれ程強くとも、傷付かないわけじゃない……。怪我だってするし、涙だって流すんです。

 特に、女性としてのサヤを貶めるような事柄ならば、それは私が引き受けることだと……。サヤの心くらいは、私が守りたいと……」


 まあこれも、ギルに、言われたことなのだけど……。


「強くとも……ですの」

「サヤはいたって普通の女性ですよ。従者の格好をしていると分からないかもしれませんが、とても可愛い人、愛らしい人です。

 芋虫に悲鳴を上げて、半泣きになっていたり、ちょっとしたことですごく恥ずかしそうに……真っ赤になってしまったり。

 料理が上手で、絵も上手で、美しいものは好きですが、華美なものは好まなくて……手入れの行き届いた大輪の花より、野の草花を愛でるような人です。

 頑張りすぎるところがあって、変に思い切りが良いのがちょっと心配で……。たとえ自分が傷付くと分かっていても、私の前に立ち、盾になろうとするので……」

「ふふ、サヤのこととなると……案外、多弁ですのね……」


 そう言いまた、ぽろりと涙を溢すので、返答に困ってしまった……。

 暫くただ黙って、オリヴィエラ様が落ち着くのを待っていたのだけど、涙を拭ったオリヴィエラ様が、意を決したように、深く頭を下げた。


「……一方的に、酷い態度でしたわ……。貴方は悪くない……それは、分かっておりましたの……」


 今までの態度についてだということはすぐに分かったから、いいえ、気にしてませんからと、返事を返した。

 すると……。


「気分を害してらっしゃらなかった……わけではございませんわよね。

 それなのに、ああして身を呈してくださった……。男爵家の成人前……なのに、伯爵家に楯突いて……立場が弱いことは、気になりませんでしたの?」

「俺が行かなければサヤが行くと言いましたし。あれはサヤをも侮辱することでしたから」


 サヤが気付いたという時点で、見なかったことにするなどという選択肢は無い。

 ただそれだけのことだったのだけど、オリヴィエラ様はまた苦笑。


「本当に、愛してらっしゃるのね……」


 どこかホッとしたようでいて、苦しそうでもある……そんな表情で、微笑んだ。


「でも、彼の方のお気持ちを考えると……ずっと長年、ただ支えるに徹してらっしゃる彼の方が、不憫ですわ……」


 ……ん?


「……いいえ。

 はじめにあったのは、ただの嫉妬です。彼の方の愛を独占する貴方が憎くて、嫌いでしたの。

 けれどいざ貴方に、愛を捧げる人が、他に決まっているのだと知ると……それが彼の方ではないのだと思うと……どう気持ちの整理を付ければ良いのか、分からないのだわ……。

 特に、はじめはサヤを、(おのこ)だと思い込んでおりましたから、余計に……」


 えーと……ちょっと、待ってもらえますか。


「彼の方は……きっとお気持ちを、これからもずっと、殺してらっしゃるのね……」

「あ、あの……つかぬことを伺いますが……彼の方ってまさか、ギルじゃありませんよね……」


 まさかとは、思うけども。


 恐る恐るそう聞いたのだけど、オリヴィエラ様は視線を逸らし、また涙を滲ませるものだから……っ!

 っっぁぁあああぁぁぁ! もうそれは無いと思ってたのにまだそんなこと本気で考えてる人いたんだ⁉︎


「あのっ! それ、とんでもない誤解ですから!

 言っておきますが、ギルは、根っから男に興味なんて無いですよ⁉︎ あれは全身全霊で、女性が好きですからね⁉︎」


 俺が力一杯そう叫ぶと、オリヴィエラ様は瞳を見開いて俺を見た。


「……あれほど仲睦まじいではありませんの」

「あれはちょっと、過保護なだけなんです! 俺がその……過去色々ありまして、その関係で。

 それと、俺の幼い時が……その……かなり母親似の容貌をしていたもので……それがなんかギルの好みにとても沿っていたというややこしいのがあるんですが……。

 それだってただそれだけですからね⁉︎ あいつは俺を弟とか、親友とか、そういう風にしか思ってませんから!」

「暖簾分けまでしたんですのよ⁉︎」

「そういう奴なんですよ!

 あ、あとバート商会は兄上殿がもう継いでらっしゃったんで、暖簾分けはもともと決まっていたんです」


 そう言うと、ぽかんとした顔で俺を見る。


「でも、女性と長続き、致しませんわ」

「いや……それは単にあいつが一人に決めないってだけで、俺は関係無いです」

「貴方とは十年以上もの縁を続けてらしっゃるのに?」

「はぁ、まぁ……友情にはとことん厚い奴なんで……」

「あんなに甲斐甲斐しく……貴方が身に纏うもの全てを、手掛けていらっしゃるのに?」

「……あ、それ誤解です。今、礼服の類は確かにギルですが……。

 俺が普段身に纏うものは、大抵アリスさん……ギルの母上の手掛けたものです。

 ギルの作品を俺が身に纏うのも、基本的には試作品の試験導入。新たな機能や意匠を考案した際に、それが貴族社会に通用するかどうかや、着心地等を試しているからですよ」


 この人、いったい何年ギルに片想いしているのだろうか……。


 思いの外、こっちのことを知っているし……。王都にいた頃から、ギルのことを慕っているのだろう。

 とんでもない誤解をされていたものだと思うけれど……ギルがそんな風に一途に想われていたというのは、嫌な気分じゃない。

 あいつは見た目がもう、キラキラの王子様だから、大抵は見た目で好まれる。

 でもそれは本人も重々承知していて、だから……大抵の女性と、関係を長く続けることを、しないのだ。

 だけどオリヴィエラ様は……ギルが俺を支えることに徹していると、先程言っていた。

 それは一見派手なギルを見ている人にはなかなか伝わらない、ギルのとても繊細な部分で、ギルの本質と言える部分で……。


 その部分のギルを知る人ならばと、つい、思ってしまった。


「……あー……これは俺の見解なのですけど……。

 ギルは多分、愛でる蝶には事欠いていないんですよ。それで、美しいものは美しくあれば、それで満足というか……。それはそれで完結してしまうというか……。

 だけどあいつは、とても、心の熱い男で……崩れてしまいそうなものや、壊れてしまいそうなものは放っておけないんです。

 だからその……あいつの華となれる人は、ただ美しいだけでは、駄目なんじゃないかと、俺は思っています」


 美しいものは美しい。それをギルはよく理解してる。

 だけどあいつは……美しくあるために努力したものを、それを磨き続けた努力を、より美しいと、感じれる男だ。


「まだあいつは、そんな風に想える人には出会っていない……そういうことなんだと、思います」


 その可能性がある人物は、いたと思う。だけど……。

 ギルは、女性を一人と決めるなんて、無理だと言った。それは、皆が同列で、その中から抜きん出ている存在が、いなかったというだけなのだと、今の俺は、解釈していた。

 だって、あいつは『俺にとっての華は仕事』だと、言ったのだ。

 心から愛しく思え、またその気持ちを返してくれる。そんな存在には、巡り会えていない。

 そんな風に愛しいと思える相手を、あいつにも得てほしい。

 ……もう俺は、大丈夫だから。


「……あの、近いうち、セイバーンにいらっしゃいませんか。

 友人として、ご招待します。

 うちはちょっと、特殊なので……びっくりさせてしまうかもしれませんが」


 拠点村に来れば、ルーシーがいるし、当然ギルも来るし、それがギルと繋がる縁になれば良いと思う。

 そんな気持ちもあって、そう、言ってみたのだけど……。オリヴィエラ様は、なんとも複雑そうなお顔。


「あの……私、貴方を一方的に嫌って、意地悪していたのだって、理解してらっしゃいませんの?」

「もう誤解は解けたのでしょう? ならば、済んだことは忘れましょう。

 俺は、オリヴィエラ様となら、良い友人となれるのじゃないかって、思っていますよ。

 ……あっ、こんな風な言葉遣いを、許してもらえるならば……より、親密になれるかと」


 つい勢いで、途中から素が出てしまっていた。

 ちょっとバツが悪くて、そんな風に言うとオリヴィエラ様はとうとう、ふっと、口元を綻ばせた。


「貴方、人がよすぎると、よく言われません?」

「俺だって別に、誰彼構わずってわけじゃないですよ」

「そうかしら……。あぁ、でも……本当を言うと、私、友人というものはあまり、縁がなくて……少し憧れていたんですの」

「ならば、どうぞこれからも、縁を繋いでいただけたらと、思います」


 そう言うと、口元に手をやって、くすくすと笑う。

 あぁ、やっとちゃんと、笑ってくださった。


「では、これからもよろしくお願いします。どうぞレイと、呼んでください」

「……なら、私のことも、リヴィと。どうぞよしなに、レイ殿」

「よろしくお願いします、リヴィ様」

ちょっと遅刻……申し訳ないっす!

未だ嘗てない展開……ちょっと自分でもこの方向にいったかとびっくりしていたりしますが。

えっと、展開的にできればもう一話行きたかったのだけどこれが遅刻するくらいにはギリギリで、思うように進められませんでした。

こんばん頑張ってみて、モイうまく行けるようだったらもう一話……無理だったら来週の金曜日八時からで、またお会いいたしましょう。

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