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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第八章
248/515

閑話 研磨

 赤縄の中がとうとう空になるかもしれない。

 その報告に、俺たちは安堵の息を吐きかけ、いや、まだだと気持ちを立て直した。


「あと三日……あと三日は、気を抜くな」

「そ、そうですよね。まだ、まだ分かりません……」


 荊縛の感染力が強い期間というのがある。

 熱が引いてからも十日間はその期間と定めてあるが、このふた月近くの間、記録を取り続けた結果、実際の感染力は七日間ほどでほぼ機能しなくなると出ている。

 とはいえ、楽観しては危険なのがこの病だから、十日間の隔離を継続してきた。

 後三日だ。それで、赤縄の中の者は、皆解放されることとなる。


「良かった……サヤが飛び火しているし……ジェイドやユストにもするのじゃないかって気が気じゃなかったから……」

「まだ気を抜くべきではないと言った先から抜いてますが」

「……ちょっとくらいは許してくれ……」


 ハインに揚げ足を取られて渋面になる俺を、皆が笑って見てる。

 どちらにしろ、皆安堵しているのだ。もうほぼ、問題は無い……と、思えるのだものな。


「では、三日後の終息をあてにして、僕は荊縛資料のまとめに入りますねぇ。

 んっふふふ、地方行政官の成果のひとつですよ、これもね。畳み掛けろと言われましたからねぇ。

 越冬の食料確保としての干し野菜提案に、荊縛の対処法、手押しポンプに、数多の生活用品……。たった半年足らずでこれだけすれば姫様も納得してくださいますよねぇ」


 とてもご機嫌にマルがそう言い、紐で括られた紙の束をどっこいしょと運んでくる。

 いや、それ全部を業績として叩き出そうとしている君の肝の太さが凄いと思うんだ……。分野問わずになんでも推すあたりが……。

 半ば呆れていたのだが、その様子を見ていたサヤが「マルさん」と、机脇の木箱を漁りつつ、呼び止めた。


「どうしました?」

「これ、使ってみませんか?ファイルの試作品なんですけど、ふた穴式にしてみたんです。

 記録を日にち順に閉じていけば、荊縛の飛び火や患者の推移がこれ一冊にまとまります。同じ資料をひとまとめにするのに便利なんですよ」

「え? 記録に表紙を付けるんですか? なんでまた?」


 革の表紙と、紐だ。紐を通して括るだけの簡単な構造で、どんな意味があるのかいまいち釈然としない……。そんな表情のマルを、まぁまぁと宥めすかしてサヤは、資料の一部を取り、一番上の一枚だけを半分に折り、上部に少しだけ印をつけた。

 そうしてから、木箱の中を漁って、何やら金属と木材で作られた小物を取り出し、机に置く。

 それに紙の束を挟み、取っ手を引き下ろすと、重ねられた紙に均一の穴が穿たれ…………はぁ⁉︎


「これで、この紐に通して纏めます。中に当て板を挟んでありますから、穴が裂けてしまいにくくて……」

「その穴開けたのは何⁉︎」


 慌てて問いただすと、均一の場所に同時に穴を穿つための道具なのだという。原理は簡単ですよと平気な顔をして言われたっ⁉︎


「穴あけパンチって言うんです。バネで跳ね上げるようにしてあるだけの簡単な構造ですよ。

 目打ちで穴を開けるのでは、場所がズレてしまいがちですし、裂けやすいでしょう?

 この中心の印に折った印を合わせれば、丁度均等に穴が開くようにしてあるんですけど、それがこのファイルの紐通しと同じ間隔になってるんです」


 なんでもないことのようにサヤが言う。それよりも、革のファイルというものが紐で括る形であることがいまいち納得いかないのだと話す。金具に通す形にしたかったが、まだ金具の形が上手く再現できないらしい。

 ただ俺たちからすれば、この穴を開ける道具が既にとんでもない代物だと思えた。

 大量の紙を一度に処理できる道具……。そもそも識字率も低く、大量の紙を使用するという場がなかなか少ないこの国において、それが必要とされているのは貴族や大店など、金の巡る場だ。目打ちで穴を穿つのは、地味に手間だし、まとめる紙が増えれば一度に処理することも難しくなる。だから多分、印に合わせるだけで、同じ場所に穴を空けられる道具は、きっととても重宝される。


「効率化民族の本領発揮ですねぇ……」


 マルですら呆然とそう呟く始末ですよ⁉︎


「少量を纏めるならクリップが便利なんですけど、どれも名前が馴染まないと思うんですよね……」


 いや、名前とか今は、どうだっていいから……。


「金の成る木ってまさかの人型かよ……」


 同じく貴族出身であるオブシズにもことの重大さは伝わったらしい。

 学舎出身者は総じて呆然としていた。

 まさか貴族相手の商売を始める気なのだろうか……?


「これ、秘匿権管理に良いと思うんですよね。

 似た用途のものや、職業別にまとめておけば、新しい品に挑戦しやすいかと。難易度別に仕切りを挟んでも良いと思うんです」


 ちょっと待って。


「もしかしてこれ、全部ここの、仕事道具……?」

「はい。書類の処理が格段に増えていましたから、必要かなって思ったんですけど……駄目でしたか?」

「図面と用途を見せてもらった時は、秘匿権に被らないことだけにしか注意を向けてませんでしたし……まさかこんなものだと思いませんでしたねぇ」


「なんというか、頭の構造の差ですね」と、マル。

 そもそもの発想が無いのだ、我々には。作業を効率化できるかもしれないという感覚が。

 ちゃんとできるのだからそれで良い。そこにどれくらいの時間を費やしているかは気にしない。

 多少不便を感じても終わればもうどうでもよくなる。大抵がそんな感じ。

 彼女の中では、そうではないのだろう。


「……うん。とても良いと思いますよ。確かにね。

 僕なんかはどこに何があるかとかはある程度覚えてられますけど、普通の人は無理でしょうし」

「うん。無理だね」


 マルの頭に入っている分量、尋常じゃないし。


「目的の書類が二百五十八枚目とかになってくると数えるのも億劫ですもんね。目打ちで穴を開けていくのも面倒ですし……綴じてあればめくりやすいです」

「……………………」


 マルの水準が遠い……。


 とりあえず荊縛関連はこの一冊に纏めてみようとなった。物は試しだ。

 紙を幾度かに分けて穴を開け、紐に通していく。位置さえズレていなければ、必ず同じ場所に穴が開いた。素晴らしい……。

 ふた月近くにも及ぶ書類は枚数にして二百枚弱あったのだが、それは一冊のファイルに、美しく収まった。


「うん。これは綺麗にまとまりますねぇ」

「シールや付箋がありませんから、糊付けになりますけど、見出しをこんな風に……紙に挟んで貼り付けておけば、ここからはこの項目って分かりやすいです」

「細かい! けど分かり易い!」

「なぁ、ここの穴の部分の紙はどこに行った?」


 不思議そうにオブシズがそう聞くと……。


「あ、パンチの底がスライド式……えっと、横にずらせるんですけど、ここに溜まってます」

「……一切の無駄が無い…………」


 ゴミすら出さないとか……。凄まじすぎて、もう何も言えなかった……。


「これだけの機能を掌に収まる大きさにしますか……」

「もっと大きくすれば、もっと大量の紙を扱えるようにもできますけど、今はこれくらいで充分かなと思って」


 今は。

 つまり、これよりさらに先だってあるのだな……。


 場を震撼させていることなど気付きもしないといった様子で、サヤは「革張りのファイルも格調高くてかっこいいですよね」なんて言ってる。

 彼女の国は、こんな、ちょっとしたものまで熟考され尽くし、洗練された国なのだと、改めて理解した。

 俺たちが研磨前の短刀なのだとしたら、サヤの国は、触れるだけで切れてしまう程に研ぎ澄まされているのだろう……。


 そんな感じで、ただただ驚いていたのだけど……。


「あと、やっと形になったのがもう一つ。これなんですけど」


 そう言いつつ取り出されたのは、薄い木箱。

 蓋を開けると中には綿が入れられており、その中に幾本かの硝子棒が並んでいた……。


「……複雑な形の硝子棒? だけど……これは?」

「筆です。ガラスペンっていいます」


 筆⁉︎


「金属のペン先を作りたかったんですけど、越冬中は色々火力的な問題が……燃料の木炭にも限りがありましたし……。それならと思ってこれを。

 硝子なので、強度がちょっと心配なんですけど……木筆より断然、書きやすいかと思います」


 毛筆を硝子で再現したような形は、確かに筆なのだと思うが……穂の部分まで硬いわけで、それでは書きようがないように思うが……。

 そう思ったのだが、サヤはその中の一本を手に取り、木筆同様墨壺に先を浸けた。

 取り出すときに、墨壺の縁にそっと慎重に、穂先を当てたが……。


「……え?」


 取り出された穂先は、墨が纏わり付くようにして、柄になっていた……。


「毛細管現象……っていうのを利用しているんですけど、この溝に墨が吸い上げられるんです。

 木筆より長い間、墨を付けずに書き続けることができるんですけど……硝子なので、割れやすいんですよね……。適当に墨壺に突っ込むなんてことはできません。

 はじめは力加減にも気を使わなければならないと思うんですけど、筆自体はとても滑らかに動きますし、扱いやすいと思います。

 あの、本数はあるので、皆さんでそれぞれ、試してみてください。

 あっ、先が特に欠けやすいので、扱いは慎重に。ペン先を浸すだげで、墨を吸い上げますから」


 サヤに言われるまま、その硝子棒を一本手に取った。ちょっと考えて……墨壺の蓋をひっくり返し、そこに墨を入れる。どんな風に吸い上げるのか、見てみたかったのだ。


「うわっ、ホントだ、吸い上げる……⁉︎」


 先を少し浸しただけなのに、透明な硝子に黒い筋が何本も現れた。


「書き方は、筆と同様です。まっすぐ立てるよりは、少し寝かせた方が墨の出が良いです。

 書いていくうちに溝の墨が薄くなりますから、そうしたら次の墨を補充してください。

 まだたくさんあるのに掠れる時は、少しだけ筆を回すと書けます」


 そんな助言のもとそれぞれが好きに書き始めたが…………。


「…………なくなりませんね……いつまでも書けますよ」

「墨の出も一定ですね……太さが乱れません。どの方向にも動かしやすいというか、滑らかに動きます」

「え……何だこれ……え⁉︎ ちょっと待て、これとんでもないんじゃないのか⁉︎」

「オブシズ、ここ、そのとんでもないが連発されるから、そろそろ慣れないと頭皮に負担が掛かるぞ」


 長屋でそのとんでもないの連発を日々見ている様子のエルランドが、なにやら達観している……。


「…………うん。とんでもない」


 信じられない。一度墨を付けただけなのに相当書けた……。

 木筆なら墨壺と紙の上を十往復以上しているだろう。


「その墨壺と紙の往復回数分、時間が短縮できますし、イライラも減りますよ」

「効率化民族ってどんな頭しているんだ⁉︎」


 そこはほら、多分考えても分からないからね、保留。

 まだ頭がついてこないオブシズに、皆が同情的だ。

 これは相当凄いと分かったけれど、では置く時どうするのかという問題があるわけだが……。

 木筆は墨壺に突っ込んでおけば良い。だけどそれをすると筆先を割ってしまいそうだ。


「投げ込んだりしなければ大丈夫ですけど、筆置きを用意してあります。

 ですが……小皿にくぼみをつけて、そこに立てかけて置く方が良いかも……。

 レイシール様みたいに、小皿の墨を吸い上げてもらう方が、筆先を傷めませんし、墨をつけすぎずに済みそうですね。

 筆置きと墨入れの小皿を一体化させたものを考えてみます」


 どこまでも妥協しないサヤの発言に、俺たちはもう呆れるしかない。


「別々じゃ駄目なの?」

「道具が沢山必要だとかさばるじゃないですか。片付けるものも増えますし、手間ですよ」

「……オブシズ、こういう思考が必要らしいよ」

「これも勿体無い精神ってやつなんですかねぇ……」


 なんかこう、俺たちの中ではもうこれは、こんなもんだ。という感じです……。



 ◆



「耳飾、できましたっ!」


 ルーシーが跳ねるようにしつつ、なかばロビンを引きずってやって来たのは、翌日のこと。


「もうっ、最高ですっ。とても麗しいんです!ロビンさんだからこその見事な逸品だと思います!」


 飾りを麗しいと表現するルーシー……。かなり舞い上がっている様子。

 形は内緒にされていたので、いったいどんなものが出来上がったのかと、俺も興味深い。


「見せてくれるか」

「あの、でしたらサヤさん、呼びましょう。どうせだから、着けてもらいたくありませんか⁉︎」

「いや……それはまぁ……だけどさ……」

「一回ちゃんと、他の装飾品との釣り合いも取れているか確認したいですし!

 あ、でも礼服がありませんものね……。まぁでも、髪型くらいはっ。予行演習にもなりますよ⁉︎」


 物凄い、グイグイ来るな、ルーシー……。

 彼女がかなり力を入れていたのは知っている。

 吹雪の日すら長屋に行こうとして、今日は絶対に駄目だと皆で止めたこともあったものな。


 麗しいサヤを見たいのは俺も一緒。

 だけど、着飾ることをサヤがさほど欲していないことも知っているので、なんともお願いしにくい……。

 社交界ではどうしても無理を強いることになるし……何度も飾ってもらうのは悪い気もする……。


「とりあえずものを見せてもらってから考えようか」

「………………はぃ……」


 いったん保留。と、ルーシーに告げると、ちぇっ。みたいな気持ちが返事に滲み出ていて笑った。

 だがそこで、思ってもみなかった相手から……。


「あ、あのっ。試してもらいたい、です。

 その……初めて作る形の装飾品ですし、ちゃんと肌にに沿うよう、微調整も必要かと思うので!」


 ロビンだ。

 普段はどこか引いた感じの印象が強い彼が、必要だと主張する。

 …………そうだな。製作者の彼が言うのだから、これは重要なことなのだろう……。


「分かった。ではサヤを呼んできてくれと……」

「はいっ! 私が行ってきます!」


 使用人に伝えて……と、続ける前にルーシーが飛んで行ってしまった……。

 …………俺たちって使用人使うの下手だよな……なんか全部自分で先にしようとしてしまう……。


「とりあえず、ルーシーが戻るまでに見せてもらえるか」


 ルーシーを呆然と見送ったロビンにそう声をかけると、慌てて俺の前にやってきた。


「こ、これです」


 そう言って、大事そうに抱えていた木箱……思いの外大きなそれを開いたのだが……。


「…………こんな大きいもの、耳に飾れるのか……?」


 美しさよりもまず、それが、重要に思えた。

 だってこれ……明らかにサヤの耳より大きな飾りだぞ…………。


「はい。なので俺も、作っておいてなんなんですが、不安で…………」


 手に持ってみると、耳飾にあるまじき重み……。

 …………耳にこれは…………無理じゃないか⁉︎



 ◆



 ルーシーが、なかなか戻ってこないと思ったら……サヤの髪を整えていた様子だ。

 朝はいつも通りきっちり馬の尾のように纏められていたサヤの髪が、左肩から流れ落ちる緩い三つ編みになっていた。


「はいっ、サヤさんここに座ってくださいな。それからこれ。即席ですけど、衣装の色味だけ合わせておきましょうね」


 短衣の襟だけを短い外套に取り付けたような肩掛けを、サヤに身に付けさせるルーシー。

 用意……。それの用意いつしたんだ……今まで見たことないんですけど⁉︎


「あ、私の職の場合、大抵衣装と装飾品が同時進行で作られていくことになると思うので、雰囲気が分かるものを作った方が良いかと思って!」


 溢れるやる気をこんな細やかなところにも発揮していたらしい……。


 そうしておいてからルーシーは、一緒に持って来ていた大きな木箱を開く。

 前回見せてもらった装飾品だ。それを一つずつサヤに取り付けていく。え……全部付けるのか? この耳飾だけではなく?


「一応。

 当日、全部使うとも限らないんですけどね。雰囲気は纏めましたけど、全部付けると重厚になりすぎるかもしれませんし……。

 でもいったん全部身につけた状態を確認しておくのが良いと思います」


 真面目な顔でそんな風に言う……。ただサヤを着飾らせてみたいだけじゃなく、きちんと仕事として、必要としていたのだなということは、その真剣さで伝わった。

 いかん。俺はもう少しルーシーの真剣さを理解しなきゃな。つい勢いとかに押されて、軽く考えがちだ……。


 化粧はいつも通りの男装の状態だし、正直どうかと思ったのだが……凛としたサヤが、装飾品を纏うとなんとも華やかになった。

 だがあの大きな耳飾はいったいどうするんだというハラハラばかりが先に立つ。


「な、なぁルーシー……さっきの耳飾は、流石に大きすぎないか?」

「大きな方が良いんです!従来の耳飾との違いをはっきりとお見せする必要があるんですから!」

「いや、だけど…………」


 あれを耳にぶら下げるなんで、耳が痛いどころの話じゃないと思うぞ?


 そうしてとうとう耳飾の登場だ。

 改めて見てもデカすぎる!


「へぇ……豪奢なもんですねぇ。でもこれどうやって付けるんです?」


 様子を見ていたマルが興味津々そう聞いてくる。

 それに対しルーシーは、何故かえへんと胸を張って……。


「これは付けるんじゃなくて、引っ掛けるんです」

「……掛ける?」

「えぇ。耳の付け根にね、引っ掛けるんですよ。後ろ側に。こうです」


 髪をすっきりと纏められ、綺麗に晒されていた右耳。そこにルーシーは、その大きな飾りをあてがう。そうして、耳の付け根に言葉通り、引っ掛けた。


「これは美しい」

「魚のヒレですか?なんでまた……」

「課題が水の乙女だからです!」


 晒された耳を覆うように、大きなヒレがある。

 けれど透かし彫りにされているので、存在感は案外大人しかった。耳で大半が隠れていることもあるだろう。

 部分的に真珠があしらわれているのは水滴を表現しているのだと思う……あと他の装飾との統一性を持たせるためか。

 そしてヒレだけではなく、耳の前に出てくる部分や、耳の下にくる部分に、同じく真珠を使った飾りが模してある。特に耳下から肩に垂れてくる飾りは敢えて細い鎖で吊るされており、動きに合わせて揺れる仕様だ。


「豪華だけど、とても繊細だな……」

「そうですね。盛りすぎかなって思いましたけど、案外大丈夫そう!」


 やっぱり盛りすぎって思ってたんだ……。

 つい苦笑してしまったが、ルーシーは小さな定規を取り出して、更にサヤの耳の周りを測りだす……。


「ロビンさん、下部から二(センチ)(ミリ)辺りから、一(ミリ)強浮いてます……。

 サヤさん、頭を動かしてもらえますか」

「こうですか?」

「……もう少し、耳の前に出てくる部分、重くした方が良いかしら……」

「いや、そこは後ろを調節したら、多分大丈夫。これ以上の重みは負担が大きすぎるよ……」

「じゃあまず調整してからですね。外しますね」

「あ、はい」


 ルーシーが測ったり付けたりしているのは、サヤを配慮してなのだろう。

 そうして外された耳飾を、ロビンが持参した道具類を広げ、その場で微調整し始める。


「これでどうでしょう」

「サヤさん、もう一度付けますね」

「はい……あ、良い感じです」

「そうですね。頭を動かして……うん。ぐらつきはありませんね。重さは本当に大丈夫?」

「えぇ、私にはさして重いとは感じません。問題無いですよ」


 あ。サヤにとっては重くないのか……。

 力持ちで寝台すら持ち上げられるサヤならではの重量であったらしい。ちょっとホッとした。


「ん……もう若干……って気がしなくもないんですけど……大丈夫です、か?」

「はい。違和感は無いですけど……」

「…………やっぱりもう一回ちょっとだけ良いですか。………うん。これで……痛いですか」

「いえ、痛くないです……? なんだか軽くなった気が……」

「釣り合いが取れたんですよ。痛くないならこの方が良いと思います。長時間耳に掛けていれば、やはり重いと思うので」


 サヤの耳に触れつつ、真剣にロビンがそう言い……そして慌てて飛び退いた。

 触れてしまっているのを、今更ながら思い出したのだろう。


「も、ももももも申し訳ありませんでしたあああぁぁ!」

「いえ、大丈夫ですよ」

「お仕事仕様の時は触れても平気なんですよね」

「はい。そういう時は大丈夫です」


 サヤとルーシーのやりとりに、冷や汗をかいていたロビンが俺の方を見る。……二人は良くても俺はどうかってことだなこれは……。


「大丈夫だよ。サヤのためにしてくれているのだし」


 苦笑してそう言うと、ホッとしたように肩の力を抜くロビン。

 いや、俺だって誰彼構わず警戒したりしない……というか、俺ってそんなにサヤに執着している感じなんだろうか……。


 若干自分がいけない人みたいな気分になった……。


「レイ様、サヤさん如何ですか?」


 微調整が済んで、満足したのかルーシーがそんな風に問うてくる。

 サヤの艶やかさを取り戻した黒髪には言わずもがな。青い肩掛けにも、真珠はとてもよく映えていた。衣装を纏っていれば尚更だったろう。

 サヤには真珠がよく似合う。ギルは本当に、サヤを際立たせるものをよく分かっているのだろう。金より、銀。そして他のどんな宝石よりも真珠だと……これだと思ったに違いない。

 素晴らしい。とても美しいと思う、本心から。だけど……それを贈ったのがギルであるという部分が……。

 俺以外の者にも、サヤの美しさは理解されているのだと思うと、歯痒い……。


「……独り占めしたい……」


 そう、本当は独り占めしてしまいたい。サヤの美しさは誰もが認めるところである。……というのが、正直本当に辛い……。

 なのに、美しいサヤを、飾り立てた上で、更に人前に晒さなければならない。そう考えると、モヤっとする。

 本当は社交界になど連れて行きたくないし、いちいち人目に触れさせたくない。

 それはサヤ本人が望まないことであるし、それ以上に俺が…………。


「ごもっともですわ!」

「……は?」

「でも大丈夫、レイ様の横に並んでこそ映えるように、ちゃんと考えてますから!

 他の方には手出しができないほどに仲睦まじいところをお見せしちゃいましょう!」

「え⁉︎」


 いったいルーシーが何を言い出したのか、分からなかった……。

 力の篭った「ごもっともですわ!」に、意識を引き戻されてみれば、周りは顔を伏せたり赤くなったり……更にはニヤニヤ笑っていたり……。

 そんな中から、エルランドが苦笑しつつ、皆の反応の理由を教えてくれた。


「思考が溢れてましたよ」

「…………⁉︎ どの部分が⁉︎」


 慌ててそう問うと、周りが一気に吹き出した。


「どの部分⁉︎ どれだけ考えてたんだよサヤのこと!」

「大丈夫。たいした量ではないですよ。『独り占めしたい』の部分だけですからね!」

「他にも沢山あったのでしょうが、かろうじてそれだけですから、ご安心ください」


 サヤは真っ赤になっており、ひたすら縮こまって俯いている。

 ロビンとシザーはオロオロと手を泳がせ。どう反応したものかと困っている様子。

 俺は……羞恥のあまり、とりあえず頭を抱えて机に突っ伏した。

いつも見てくださってありがとうございます!

今週の更新を開始します。今回はちゃんと三日分ほぼ書けた!

というわけで、安心して三話お送りいたしまーす。

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