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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第八章
240/515

犬橇

「自然に還るもの?」

「そう。食べ物類ならまず大丈夫だけど、調味料、香辛料等を使用したものや酒類は駄目だって。

 だから基本的に、未調理のものになる。

 けどまぁ……食料は貴重だから、殆ど供えたりしないって話だ。主に花とかだって」


 スヴェンに葬儀者への供物が可能かを確認すると、そんな返事があった。


「花……」

「うん……この時期には……ちょっと、難しいよな……。

 だから供物は、冬場の葬儀には殆ど無いらしい」


 そう伝えると、少し落胆したように、サヤが俯く……。


 食料品は、やろうと思えば当然工面してやれる。

 けれど、サヤがそれをしないであろうことは理解していた。

 その幼子のために、本当は特別なこともすべきではないと、彼女は考えている。

 特に冬場の食料は、感傷だけで軽く扱って良いものではない……。

 他にもたくさん亡くなったのだ。その子だけが特別であってはいけない。

 だけど……サヤの中でそれに勝る、何か理由がある様子だった。たまに彼女は……何か苦しみを押し殺すような、顔をする。

 その幼子のことを話すとき……特に……。


「そう……ですか。

 なら、仕方がない……ですよね……」


 そして、彼女のこんな表情に……俺は居た堪れなくなるのだ……。

 あの苦境に彼女を立たせたのは俺で、こんな顔をさせているのは、俺にも要因がある。

 普段、何かを強く望むなんてことをほとんどしない彼女が、やりたいと言っていることだ。だから……。


「…………無くはないよ、花」

「…………え?」

「セイバーン村の裏山……あの泉の側にね……季節の狂った場所がある。

 この雪に閉ざされた時期でも、山の恵みが与えられる場所なんだ。

 だから、あそこに行けば……何かの花は、咲いていると思う」


 一応ぼかしたけれど、確実に咲いている確信はあった。

 …………まぁ、ちょっとこう……呪われてそうではあるけれど……冬場の貴重な花だしな。


「ほ、ほんと?」

「うん。本当だよ」


 ただ問題は……どうやってあそこまで行くか……という部分だ。

 セイバーン村にいた時はともかく、今はかなり厳しい。

 ここからセイバーン村までは馬車で一時間半ほど……とはいえ、それは雪が無ければの話。今は道も雪で埋まっているから意味を成さないだろうし。

 だからこの状況だと、馬は無理だろう。なら徒歩か……徒歩だと一日で行って帰れるか……帰れなければ途中で遭難するなんてことにもなりかねないし……。

 誰かに取りに行かせるという選択肢はない。行くなら俺が行く。

 あの場所は一応、村にある奇跡だ。簡単に吹聴してはいけない。そしてあの花の場所は、言葉で説明するのはちょっと難しい……。

 と、なると早朝から出発するか……。だがハインあたりが反対しそう……行かせてもらえるかな……。


 そんな風に話し、さてどうしたものか……と、考えていたら。


「道が用をなさない……なら、吠狼の……狼の皆さんなら、動けるのでしょうか」


 思案顔で、サヤがポツリと呟いたものだから。


「あぁ、そりゃそうじゃない?

 だって葬儀……骸を運んで、弔うのは獣化できる者の役割であるらしいから」


 雪は狼にとってさしたる障害ではないと、スヴェンも言っていたしな。

 とはいえ、骸は自ら掴まってはくれない。だからこれも、結構大変なことであるらしい。

 そう伝えるとサヤは、少し考え込んだ。そして……。


「あの、犬橇(いぬぞり)というものが、私の国にはあるんです。

 本来は、数頭の犬が引くのですけど……獣化した方だったら、一人で引くくらいできちゃうそうだなって思うんです。

 それがあれば、ちょっとあの山まで……私たちを連れて行ってくれないでしょうか?

 その後の犬橇は、葬儀の時ご遺体を運んだりに、使っていただけるかと」


 橇?


「極力軽量化した形を考えます。

 普段は解体して馬車に積みこめる方が良いですよね。

 確か……折り畳みのパイプ椅子みたいな感じの形を、していたと思うんです……。

 あれを木で作れば畳める?……スキー板を取り付けられるようにすれば……それともフレームを横木で固定する形が良いやろか……」


 ブツブツと呟きながらサヤは、新しい紙を手に取った。

 凄く集中している。もう、俺のことだって頭には上っていない様子。

 思案を形にするように、似て非なるものがいくつも紙に書き込まれ、吟味され……。


 そうして、何度か失敗を重ねつつ、彼女は一つの形を描き上げたのだった。



 ◆



「ほぼ枠組みだけなんだな」

「軽量化しようと思えばどうしてもそうなります。葬儀までの時間もあまり無かったですし……」


 その橇は、図面ができてすぐ、ヘーゼラーのところに持ち込まれた。

 かなり簡素な作りであり、ほぼ枠組みだけの構造で、部分的に竹を利用することで更に作業時間を短縮したという。

 本来はもっと形を練って無駄を減らしたかったというが、今回はまずこれで試運転だ。

 ヘーゼラーには一体これは何に使うものなのかと不思議がられてしまったのだが、試験だから、ちゃんと使えるようだったら教えるよと誤魔化しておいた。

 とはいえ、サヤの故郷の何かなのだということは察しているだろう。


「これは、二人までなら乗れる橇なんです。この椅子の部分にひとりが座り、操縦者は後方に立ちます。体重移動である程度の操縦が可能ですが、基本、進む方向を決めるのは犬で、操縦者は声をかけて指示する形です。

 まぁ、吠狼の皆さんはそもそも言葉が通じますし、その部分は必要ないと思いますけど」


 ほぼ木枠のみの椅子に、先を曲げた木の板を履かせたような形……。

 橇というのは……こう……小舟のようなものを想像していたのだけどな……。雪に接している部分は先の反り返った細い木の板だけで、人が座ると言っていた座面すら、宙に浮いている構造だ。


「雪面に接する部分が少ない方が、雪との摩擦は少ないですし、引くのも楽だと思うんですよね。

 この椅子の脚にあたる部分に綱を渡して、確か……こんな風にY字になるように綱を繋げて……狼の方用の中衣の、取手にした部分に綱を繋げれば、 輓具(ひきぐ)の代わりになるかなって」

「…………サヤは、犬橇に乗ったことがあるの?」

「いえ、旅行先でレースを見たことがある程度です」


 レースというのが何かはいまいち分からなかったが、まぁ……犬が橇を引くところであるのは間違いなかろう。

 なら、犬橇の作り方を知っていたわけではないのだろうな……。記憶を頼りに、描いたということか。


 館の裏、水路を越えた先の雑木林で、一緒に来ていたアイルが犬笛を吹いた。

 するとさして待たぬ間に、複数の気配。


「う……やっぱりこうして見ると、なんか信じらんねぇな……。狼にしか見えん」


 本日護衛としてついてきていたオブシズが、少々緊張した声で呟くのが耳に入った。彼の視線の先には、三つの影。それが木々の間から姿を現した所だったのだ。

 二匹の狼と小柄な女性。

 狼の餌食にされようとしている少女……という構図にしか見えないが、狼が中衣を身に付けていたことで、辛うじて野性の獣ではないと分かる。


 本日騎狼練習をしていた、新たな吠狼であるらしい。

 見る限り、まだ幼い……十五かそこらに見える少女だ。

 緊張した様子の少女にわざわざすまないねと声を掛けると、二匹の狼のうちの一匹が進み出てきて、俺の前で伏せの体勢をとる。青みがかった灰色の毛が、雪の中ではまるで同化しているみたいだな……。

 そう思った俺の横で、サヤが不意に、声を上げた。


「あ……もしかして、藍白さん?」

「知っている者なのか?」

「あっ、はい……赤縄の、中で……」


 あぁ……、それはそうか。


「い、今は……違います。ウォルテールと、いいます……」


 少女が少々裏返った声で、目の前の狼の名を教えてくれた。

 では君の名は?と、聞き返すと「イェーナ……。こっちは、フォギーです……」と、足元の黄色い毛並みをした狼の名も教えてくれる。

 皆がちゃんと、自身の名を持っていることに嬉しくなって微笑むと、パッと視線を逸らされてしまったが……。


「よ、よく……狼の姿なのに、分かった……ね。と、言ってます」

「髪の色がそのまま体毛の色になるのでしょう?ウォルテールさんの髪色は覚えてました」

「……お、狼……怖く、ないの?……って」

「? 怖くはないですよ。ウォルテールさんだって分かってますし。

 領主様救出の時だって、たくさんの狼の方に手助けしていただきましたし」

「…………撫でてって、言ってる……」

「えっ⁉︎」


 これは俺。


 サヤに触ってと要求した狼に、ちょっとモヤっとした感情を抱いてしまったのだ。

 サヤは、男性が苦手だ。とくに、女性だと認識されている場合、警戒心が強まる。このウォルテールという者が、赤縄の中でサヤと接したというなら、彼女の性別だって理解していることだろう。

 そ、それなのに……自分の身体を触らせるって…………なんかこう……。

 俺のその反応に対し、サヤはというと。


「えっ、良いんですか⁉︎」


 と、なにやら嬉しそうな声を上げるものだから、更にモヤっとしてしまった。

 ウォルテールに駆け寄って、その前に膝をつくサヤ。手を伸ばし、首の辺りの毛をそっと撫でる。

 するとウォルテールは、伏せていた身体を起こして、サヤの首元に自身の首をグリグリと擦り付ける仕草をはじめた。

 あ、なんかこれ見たことあるな……。


「ウォルテール……甘えすぎだ」


 と、そこでアイルの冷めた声。

 キョトンとした視線をアイルに向けるサヤ。

 ウォルテールはというと、若干バツの悪そうな顔だな……。


「子供のうちならともかく、育ってまでそのように甘えるな」


 アイルはウォルテールの表情など意に介さず、ぴしゃりと言い放つ。


「それにサヤは主の番だ。お前の出る幕ではない」

「えっ⁉︎」


 ちょっ、それをわざわざ指摘したってことはつまり……。


「アイルさん、ウォルテールさんはまだ十三歳ですよ?」

「我々にとってはもう子供の範疇ではない。子供だと主張したいなら話は別だが……そいつはそのつもりではなかったと俺は認識している」


 苦笑気味だったサヤの表情が、その言葉で若干、強張った。

 それにいち早く気付いた様子のウォルテールが、項垂れ、伏せの状態に戻ってしまう……。


「ウォルテールは頭を冷やせ。

 フォギー、今日はお前が任務にあたれ」


 それを見てアイルがそう支持を飛ばすと、黄色い狼が進み出てきた。

 ずっと状況を静観していた感じからして、物静かな性格なのかな……。視線も何か、申し訳なさそうに見える。


 気落ちしてしまった様子のウォルテールがイェーナの足元に戻り、アイルがサヤの指示のもと、犬橇をフォギーの中衣に取り付ける作業を始めた。

 とはいえ、サヤにとっても初めての試みであるため、若干戸惑う様子を見せる。


「綱だけで引くのか……?

 馬の輓具のように、橇とは直接繋げないで良いと?」

「う……私もあまり、知らないんです。私が見た犬橇は複数匹の犬で引いてましたし……」

「成る程……ならばとりあえずこれで、試してみよう」


 二本の綱を使い、金属の輪に通し、お互いを繋ぐようにして装着が済んだ。まるで草相撲をするみたいな繋ぎ方だ。


「どうやって乗ればいい?」

「荷物を積む場所は座面部分です。騎手はこの椅子の背の、取手に捕まるようにして、板の上に立ちます」

「成る程……まずは俺が試そう。イェーナ、ここに座ってくれ」


 イェーナが呼ばれ、座面の部分にとりあえず座らされた。ソワソワとしているが、座りにくいわけではないらしい……。

 そして犬笛を咥えたアイルが椅子の後方に立ち、音のしない笛を吹くと、フォギーはゆっくりと、歩き出した。


「始めは、騎手も足で地面を蹴ったり、走って助走をつけたり、してました」


 サヤの助言のもと、アイルが板の上から足を下ろし、まずは橇を押すようにして走ると、フォギーがそれに合わせて速度を上げる。

 そして、頃合いかというところで、アイルは板の上に飛び乗った。

 多少負荷は掛かった様子ながら、フォギーは速度を緩めずに走る。

 そして、あっという間に遠くなってしまった……。


「お、思った以上に、速くないか?」

「……私もちょっと、そう思いました…………あっ⁉︎ 体重移動で方向転換をするって、伝えてませんよね⁉︎

 急に曲がるのも無理なので、ゆっくり……あっ⁉︎」


 言ったそばから遠方の一団が曲がりそこね、派手に振り飛ばされる光景に、息を飲む。

 慌てるサヤの横を、ウォルテールがバッと走り抜け、橇に向かったが、彼が到着するより先にむくりと身を起こす二人の影。……良かった、無事である様子だ。

 そして、また橇に戻る。

 そうしてそんな光景を何度か繰り返した後…………。


「これは、凄く良い、と思う!」


 興奮したイェーナが、とても楽しそうに騎手となって戻ってきた。アイルと交代したらしい。


「乗り方のコツはだいたい掴んだ。今から伝える。騎手はサヤか?」

「いや、俺が乗るんだ。俺が行かないといけないから」

「えっ⁉︎ あの……わ、私は、行ってはいけない……の?」


 俺の返事に、サヤが慌てて声を上げ、俺の表情に、声をどんどん、小さくしていく……。

 見ていると結構危険なようだし、そもそも寒空の下を長時間寒風に晒されて移動することになるわけで、今のサヤには遠慮してもらいたい。そう思ったのだけど……。

 項垂れるサヤの横に、いつの間にやらウォルテールが来ていて、まるでサヤを慰めるかのように身をすり寄せ、あまつさえ、その手をペロリと舐めたものだから、一瞬で頭が真っ白になった。


「あ、ウォルテールさん……」

「…………」


 気付いたサヤが彼の首の辺りを撫で、その手に気持ち良さげに身をすり寄せたウォルテールが、何故か俺をちらりと見る。

 その視線が……まるで俺を値踏みするみたいなその視線が、妙にカチンときてしまった。咄嗟にサヤに手を伸ばしそうになったのだが……。


「あー……レイシール、思ったんだがな。サヤと二人で行ってきたらどうだ?」


 その前にオブシズの言葉で、我にかえった。


「サヤは、その幼子に手向ける花を、自分で用意したいんだろうし、ずっと看病で心身共に酷使したんだ。少しくらい、息抜きをしても良いんじゃないのか?

 そっちのイェーナだって、数回転ける程度で操縦を覚えたのだし、そう難しくもなさそうだ。

 それに、セイバーン村までは一時間以上掛かるんだぞ? 途中で操縦を交代できた方が、効率よく移動できるし……お前はその手だから、長時間ずっと操縦って、ちょっと厳しいだろう?」


 と、そんな風に言われ……。

 右手の握力が心許ない俺が、ずっと取手に掴まっておくのは、確かに無理かもしれないと思い至った。


「前の座席、毛皮の膝掛けと、座面置きを、用意しましょう。

 そうすれば、それほど寒さも気にならないです。

 狼は、休憩を特に必要としませんから、交代の時以外をずっと走れば、あの村までなら、一時間程度で到着できると、思いますよ」


 イェーナがそんな風に言葉を添えてくれ、それと一緒に中衣を掴み、グイッとウォルテールをサヤから引き剥がす。


「ほら、一時間くらいなら、サヤの体調だって問題無いさ」


 …………でも……と、心の中では思ったものの……。

 サヤを残し、そこにウォルテールも残っているのだと考えると、心は決まった。


「分かった……。サヤも一緒に行こうか」


 そう言うと、サヤの表情が、目に見えて和らぐ。


「はい……」


 嬉しそうに微笑んでそう言った彼女を、腕の中に抱き込み。


「そのかわり、隠し事は無し。疲れたら正直に言って、休憩を挟むことが条件だ」


 と、付け足した。

 こくりと頷いた彼女に、アイルが「では操縦方法を伝える」と、言うから、俺たちは橇を引いたまま大人しく待っていたイェーナの所に向かう。

 そして、俺は数度振り落とされ……サヤは落ちた一回も綺麗に受け身を取ったため、操縦の基本はサヤに任せようということで、明日の予定が決まった……。

す、すいませんっ!

やっぱり時間が足らんかったっす!

とりあえず本日の更新。これより明日の分に取り掛かりますが、無理だったらごめんなさいイイィィ!

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