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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第八章
239/515

幼子

 その日の夜、人払いをした上で、父上と話をした。

 サヤが将来妻となることを承諾してくれたこと。

 けれど、俺は今まで通り、サヤが成人するまでは待つつもりでいること。

 だから、耳飾も後見人となることも必要無い。

 ただ俺たちの婚約だけ認めてくれればそれで良い……と。


 父上は……。


「本当にそれで良いのか?」


 と、問うてきた。

 俺は即座に頷く。

 これは必要なことだった。

 サヤが子を成せないことを、周りにとやかく言わせないために。

 こうしておけば、少なくとも三年、時間が稼げる。彼女を手に入れ、守るために、必要な三年だ。


「早婚は、色々な面で、良い結果を招きません……」

「そうか……そうだな……。

 子を成すにしても、母体の未熟さ故に出産が困難となり、命が関わることもそう珍しくないのだったか。

 貴族は形式を優先し過ぎる。貴族同士、血を背負った上での婚姻なら相手方の言い分もあるゆえ、致し方ない部分もあるが、お前たちに血の(しがらみ)は無いのだからな……。

 お前がそれで構わないと言うなら、それを受けよう。

 その代わり、血に守られることもない……それは、理解しているな?」


 耳飾があれば、他家の干渉は最小限になるだろう。

 家同士で繋がることを了承している証となるため、そこに割り込むにはそれなりの準備と覚悟が必要になる。

 しかし無ければ、それは隙を見せているのと同じ意味になる。

 サヤは貴族ではない。更に後ろ盾すら無いゆえ、それは正直、致命的なことではあるのだけど……。


 子が成せない。

 今それを知られれば、きっとこの婚姻じたいが、認めてもらえない。


 だから、まずはサヤの成人まで、時間を稼ぐ。

 他家からの干渉に関しては、マルも手を貸してくれるのだし、俺が成人して領主となれば、あとは俺の問題なのだ。どうにかする。

 だからまずは一年……俺が成人するまでの一年を、乗り切るのだ。


「無茶を言っていることは、承知しています……。

 でも俺は……彼女が良いんです。彼女でなければ、駄目なんだ。

 これひとつだけ俺に、我儘を許していただけますか。

 その代わり、セイバーンを……サヤを守ると同じように、守ります。

 必ず、良き領主となります。ですから……」


 脅しつけておいて、許してくれもないよな……とは思ったものの、誠意だけは、伝えなければならないと思った。

 確かに俺は、望んでこの立場を受け入れたのではない。

 できることなら、貴族を辞めたいとまで思っていた身だ。貴族たる覚悟すら、していなかった俺だ……。

 次期領主だなんて、俺みたいに凡庸な小心者には過ぎた地位だと思うし、間違っても適しているとは思えない。

 それでも、やると決めた。ならば、俺に出来る最大限の努力をする。

 民を、国を、支える礎となる。

 サヤと共にあるためなら、そのくらいの覚悟なんて、どうってことない。

 その決意を込めて、父上を見据えると……。


「承知した……」


 父上は、小さく息を吐き、俺に告げた。


「では私も、覚悟を固めよう」


 そう言って優しく微笑んで、また俺の頬に、手を伸ばす。

 節くれだった指で、頬をさすってから「幸せになりなさい」と、俺に言った。



 ◆



 サヤのいる日常が戻った。

 しかし、サヤは病に身を侵されていたため、かなり痩せ細り、体力も落ちている。

 当面、従者の仕事は良いから、まずは体調を整えようと、そういう話をしたはずなのだけど……。


「したはずなのだけど……聞いてた?」

「…………だって……」


 だってじゃ、ないんだよ?


 言葉は口にせず、無言で見下ろしていると、だんだん居た堪れなくなったのかサヤの視線が泳ぐ……。

 手にしていた雑巾を、そっと手桶に戻し、床に座り込んだまま、項垂れてしまった。

 少し遠巻きにして、その様子を一緒に掃除していた女中が見ていて、オロオロと落ち着かなげにしているから、こちらのことは気にしないでくれと声を掛けておく。


「サヤ……俺はさ、間違ったことは言ってないと思うんだ」

「でも、ずっと寝てたんです……これ以上寝てたって仕方がないじゃないですか。

 今は、少しでも身体を動かして、衰えた筋肉を取り戻したいんです。だから……」

「それは、健康を取り戻した後に、することだ。今サヤの身体に、筋肉にできる部分が、一体どれくらいあるっていうの?

 まずはちゃんと食べて、休む。それがサヤのすることだよ」

「…………でも……」


 広がった袴の上に置かれていた、筋張った手が、キュッと握り込まれる。

 分かっているのだ。

 それは充分、承知しているけれど……彼女は動きたい。

 ただ何もせず寝台の上に横たわっていたくない。

 だけどそれがサヤの身体には負担でしかないと分かっているから、俺も譲ることはできない。

 とはいえ……こんな風に、泣きそうな顔でうつむく彼女には、どうしてもつい、罪悪感めいた感情が……。


「…………ナジェスタからの許可があれば、動いて良いから……診察受ける?」


 で、結局折れるのは俺になる……。


 パッとうつむけていた顔を跳ね上げた彼女に、俺は溜息をひとつ。


「先に戻って、ナジェスタが行くまでにちゃんと休んでいること。

 ナジェスタに診てもらって、良いよってことだったら……だよ?」


 そう言うと、一生懸命に頷く。

 そんなサヤに手を差し出すと、彼女は不思議そうに首を傾げて、俺の手を見た。


「……いつまで座ってるの。……冷えてしまう……」


 そう言葉を添えると、やっと意味が分かった様子。

 赤くなって、自分で立てますから……なんて言って、手を辞退しようとするものだから、そのまま無言で手首を掴んで引っ張った。


 案の定……冷え切っている、冷たい手……。

 細すぎて、手首をつかむ俺の指が、かなり余ってしまう。

 そのまま身体を抱き込むと、細ってしまった彼女を抱き締めた。


「れっ⁉︎」

「確認したいだけ。すぐ離すから」


 やっぱり……腕の中のサヤは、だいぶん冷えてしまっていた。

 こんなに細いから、すぐに全身が冷たくなってしまうんだ……。そう考え、溢れそうになる溜息。

 どれくらい目減りしてしまったんだろうな……ロゼ一人分くらいだろうか……。

 少し腕を緩めたら、サヤはパッと俺から身を離した。

 女中の前では、抱きしめられることも嫌であるらしい。


「じゃぁ、ナジェスタには俺が伝えに行くから。ちゃんと、休んでおくんだよ?」

「は、はい……分かってますから」

「手桶の片付けは女中にお願いしとくから」

「…………はぃ……」


 時間のギリギリまで、続きをやろうと思ってたな……。


 サヤがちゃんとこの場を立ち去るのを確認してから、固唾を飲んで見守っていた女中に「悪かったね」と、声を掛けた。

 従者である彼女に床の拭き掃除なんてものをやらせていた女中は怯え気味だが、そもそもハインと三人で生活していた時は俺すらそれをやってたし、何かをやりたくて仕方がなかったサヤがやりたがったのだろうことは想像できたから、今度彼女があんな風にしてたら、知らせてほしいと伝えておくに止める。


「普段ならとやかく言うつもりはないんだけどね……。

 今は、本人が自覚している以上に体力も落ちていると思うから、無理はさせたくないんだ。

 多分、やっているときは一生懸命で、気付かないんだろうから……」


 先日もそれでやらかしたのだ。

 薪を運び込む途中でバラしてしまった女中の音を拾い、駆けつけて手伝ったまでは良かったのだが、雪のちらつく中、上着も羽織らず外と中を何度も往復し、夕方に熱を出した。

 幸いなことに風邪ではなく、衰えた筋肉を酷使しすぎて、身体に限界が来たのだというのが、ナジェスタの診断だった。

 だのにまた……なんでそんなに仕事しようとするんだか……。


「んー……もしかしたら幻痛かなぁ?」

「幻痛?」


 ナジェスタの部屋で、愚痴がてら事情をかいつまんで説明すると、そんな返事が返る。

 聞いたことのない言葉に首を傾げたのだが……。


「荊縛を患った人にはさして珍しくないよぉ。

 あの病、相当心に刺さる痛みと苦痛を味わうから、治った後も錯覚の痛みに襲われたりするの。

 サヤさんの場合、重篤化しかけてたし、熱に苦しんだ期間もだいぶん長かったでしょう?

 だから、幻痛があってもおかしくないと思う。

 特にあれ、眠っている時に夢に見るって人が多いから、休みたくないって思うのは、うっかり眠ると夢に見るからかも」


 それはつまり……彼女はまた……。


「っ、また、俺に黙ってる……っ⁉︎」

「あっあっ、待ってっ⁉︎ サヤさん怒っちゃ可哀想よ⁉︎」

「だけど! そういうことはちゃんと報告すべきじゃないかな⁉︎」


 内緒にされているということに過剰反応し、サヤの元に向かおうとした俺を、ナジェスタが必死で宥め、助手の二人が扉前で、手を大きくバッテンにして抗議する。


「たぶんサヤさんは、幻覚の痛みだってことを理解しているんだと思うから!」

「……?」

「サヤさん、医療の知識を結構深く有してるでしょう?

 だから、自分の身体を襲う痛みが幻覚なのだって、分かってるんじゃない?

 それがそのうち、なくなっていくことも。

 だから、わざわざ誰かを心配させることもない……手を煩わせる必要もない……そんな風に考えているんじゃないかなって。

 仕事をしたがるのも、動いて疲れたら深く眠れる……って、そう考えてるんじゃない?

 で。そういう娘って、そこを指摘して怒ってしまうと、もっと頑なになると思う。

 見つからないように無茶をするようになっちゃう。

 そもそも今だって、幻痛のこと隠しちゃってるわけでしょう?

 これ以上彼女が内緒事を増やすのは、レイ様も本意じゃないんじゃない?」


 と、そんな風に言われてしまい……。椅子に座り直した。

 これ以上内緒事が増えるのは嫌だ……。隠れて無茶をされるのも。


「でも……もうこうして知ってしまった以上、放置しておくことも俺には無理だ……。

 幻覚だろうが、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい……。

 だから、無理に仕事をして誤魔化さなきゃならないんだろう? そんなことを繰り返していたら、またサヤは体調を悪化させてしまう……」


 もうサヤが倒れるのを見るなんて嫌だ……。

 体力が落ちている上にこの寒さなのだ。また病をもらってしまったら、彼女はどうなってしまうのか……。

 もし万が一にでも、そんなことになったら……。


「うん。だから、このままは流石に、どちらにも良くないから。

 見て見ぬふりをしつつ、サヤさんに程よいお仕事を与えてあげるのが良いのかなって」


 予想の斜め上をいくナジェスタの言葉に、俺は一瞬呆気にとられ……。


「…………それ、本末転倒って言わないかな……」


 仕事をさせたくないと言っているのに、仕事をさせるって……と、若干ムッとしてしまったのだが。


「いやいやいや、物事はだいたい匙加減しだいだよ?」


 そんな風に笑って返されてしまった。

 匙加減……。その匙加減ができないから問題になっているのだと思うんだけど……。

 俺が眉間にしわを寄せているのを見て、ナジェスタは。


「……レイ様、ほんっとうにサヤさん大好きなのねぇ」


 と言って、よしよしと頭を撫でてきた。

 …………なんでここで急に子供扱いが入るんだろう……。


「男の子だもん、心配だし、守りたいって思っちゃうのよねぇ。

 けど、女の子にはね、許してあげる度量も必要よ?

 雁字搦めに縛り上げるだけじゃ、全然響かないんだからね?」


 ゔ……。

 前、父上にも束縛したがっている的な指摘をされたのに……。

 俺ってもしかして、しつこい? サヤにも鬱陶しいとか思われていたりするのか⁉︎


 つい動揺してしまった俺を見て、ナジェスタが楽しそうに、にんまりと笑みを深める……。


「今回は、このお姉さんがそれとなぁく、お手伝いしてあげちゃおう。

 好きな子には、かっこいいとこ見せたいもんねぇ」


 と、そんな風に促され……。

 外見的には全然幼い……この人が実は三十路を疾うに越えていることを、思い出した。


「そんな大好きな娘のために、お仕事を探してあげて欲しいのだけど。あるかしら?」

「………………でも……」

「身体を使うお仕事はね、まだ早いのよ。だけど疲れるまで使っても大丈夫な場所があるでしょう?」


 くいくいと指で、耳を貸しなさいと促された。

 ……? ここ、俺たちと助手の二人しかいないのに、何で耳打ち?

 そう思ったものの、とりあえず耳を貸す。


 ……俺はその内容に、あぁ、その手があったか! と、思ったのだった。



 ◆



「…………これは何?」

「ブックエンドです。本棚の途中で本を立てたまま止めておいたりするのに使います」

「……これは?」

「クリップです。書類を数枚まとめておきたい時に便利なんですよ」

「…………これは?」

「クリップボードって言います。これもあると色々便利なんです」


 サヤの部屋。

 執務机の上には謎の図がどんどんと増えている。


 サヤに許された労働は、頭脳労働だった。確かに。これなら体調の悪化はせずとも疲れることが可能だろう。

 そう思い、俺も気安く許可を出したのだが……。


「ファイルも欲しいんですよね……こういう書類を分類分けするのに便利ですし。

 できるならば規格化したいところなんですけど、この村の中だけでもできないものでしょうか」

「……あまり、根を詰めすぎないでもらえるかな……」

「これしかすることないのですから、これに全力投球するのは当たり前です」

「…………投げなくて良いから……」


 机の端には描き潰してしまった木筆が並んでおり、墨壺の墨もたった数日で半分近く減っている……。

 そして今彼女が手掛けているのは、また別のもの……なんだろう……ちょっと斜めに傾いた机かな?……よく分からない構造だ……。


 とにかく、その分量が凄い。やって良いよと言ったら、片っ端から書類仕事を貰い、更に今は、新たな道具を次々と描き記していっている。


 結局何をやらせてもやりすぎるのだなという結論に至った俺は、サヤに「ちょっと休憩に付き合ってもらえるか」と、声を掛けた。


「もうちょっと待ってもらえますか。これだけ描き切ってしまいたいので」

「………………」


 こちらに視線も寄こさず、黙々と手元の作業に集中するサヤ。

 これは言っても聞かないなと思ったので、サヤの背後から、顔を覗き込むように身を乗り出して……。


「フッ」

「ひぁ⁉︎」


 耳周りが弱いのだということは、この前確信を持った。

 息を吹きかけるだけでだいたい動きが止まってしまうのだ。


「これ以上続けるなら俺にも考えがある」


 耳に唇が触れそうなくらい近くでそう囁くと……。


「や、やめます……」


 墨壺に木筆を戻すのを、半分残念に思いながら待って、不承不承といった感じで席を立った彼女を、そのまま腕に抱き込んだ。


「あ、あの……」

「うん?」

「……最近、無駄な触れ合いが、多くないですか……」

「無駄じゃない。

 俺にはだいたい人がついて回るし、サヤは部屋に籠ってる。

 ここに来ないと、サヤに触れられない。二人きりになれない。他が無いのだから増えてない。

 それと、サヤがちゃんと食べているか、こうやって確認してる」

「食べてますよ……」

「うん。ちょっと、柔くなってきた気がする……」


 まるで棒きれのように、骨が浮いた感触だったサヤの肩や、両手で掴めてしまいそうだった腰回りが、どことなく、しなやかさを取り戻しているように思う。

 それでもまだ全然、前の抱き心地とは違うのだけど。

 そんなことを考えつつ、なんとなくサヤの身体を撫でて確認していたのだが……。


「あ、あの…………恥ずかしい……ので、もうそのくらいに……」

「誰も見てない」

「見てなくても! あまり触られるのは、恥ずかしいんです!」

「どうして? サヤは俺の恋人なのに」

「…………レイ、最近遠慮がのうなってきてへん……?」


 やっと口調が崩れたサヤの頬に口づけをしたら、胸をぐいぐいと押して身を無理やり離された。

 朱に染まった顔に、さも怒っているかのように眉を釣り上げた表情。けれど、瞳にあるのは戸惑いと羞恥で、彼女が本気で怒っているのじゃないのは見て取れる。

 まだ全然触り足りない……もっとサヤと触れ合っていたい。それに、これからちょっと、サヤには辛いかもしれない話をしなければいけないのだ……。

 そう思って、サヤにまだ触れたいと腕を伸ばすと……。


「……何か、嫌なことでもあったん?」


 と、そんなことを聞かれ……。

 嫌……と、いうわけではなく……どう話そうかと……悩んでいたことを、結局促される形になった。


「……その……亡くなった者たちの葬儀をね、近々また……行うそうなのだけど……」


 その中に、サヤが手紙で知らせてきたであろう、幼子が含まれていたのだ。


 越冬の最中は、葬儀が行いにくい。

 特に今回のように人数が多いと……一度に葬儀をあげてしまうわけにはいかなくなる。

 特に流浪の民である彼らの葬儀は火葬ではなく、鳥葬や獣葬だ。ひとところに沢山の屍を葬うわけにもいかない。人里の近隣で行うわけにもいかない。

 人の血肉の味を覚え、飢えた獣が村に乱入するなんてことがあってはならないし、その土地の生態系を狂わせるようなやり方は、自然に還るとは言えないからだ。

 この時期だから、雪に埋めておけば腐敗はある程度防がれる。

 それで、日時を選び、少しずつ葬儀が進められているのだが……。


 それを伝えると、サヤの表情が、明らかに強張った。

 …………そんな顔を、するのじゃないかと、思ったんだ……。だから…………。


 もう一度サヤの腕を引き、抱き込む。

 今度は文句も、抵抗も無かった。


「……スヴェンより、サヤにお願いしたいという、話があったんだ。

 あの幼子に……名を与えてやってほしいと。

 その名を手向けにして、葬いに出すと言うんだ。

 その幼子は……殊の外、サヤに懐いていたと、そう言っていた。……手紙にあった子だよな?」


 そう問うと、胸に埋まっていた頭が、こくりと頷く。

 そして、悲しみを紛らわせるかのように、俺の背に細い腕が回され、少々痛いくらいに、キツく抱きしめられた。


「ロゼちゃんと、さして変わらへんくらいやった……母親を亡くして、父親に捨てられたんやて……。

 胸が痛いって沢山泣いてた……最後は私の…………」


 そこでまた、より一層サヤの手に、力が篭った。


「次は、私の……………………」


 胸に押し付けられ、くぐもったサヤの声は、俺の耳には届かない。

 しばらくそうして、サヤを受け止めていたのだけど……。


「あの……葬儀の時、何かあの子に……名前以外のものを、供えたらあかん?」


 と、そう問われた。


「ん……どうだろうな……。

 着ていた服も全て、私物は仲間の中で分配されると言っていたから……。

 鳥葬や獣葬は、自然の営みの中へ還す……全て綺麗に、平らげてもらうんだ。

 だから、貴金属や衣服みたいな、邪魔になるものは全て取り払ってしまうらしいから……」


 食べやすいよう、身体の部位を切り分けることすらするのだ……ということは、サヤには伏せた。

 亡くなった幼子を、身綺麗に整えてやろうとする娘だから……そういうのを聞かせるのは酷だろう……。


「供え物をして良いかどうかは、スヴェンに確認しておく。

 それで……名は、どうする? もし辛いようなら…………」


 言いかけた言葉を、途中で飲み込んだ。

 サヤの手にまた、キュッと、力が篭ったのを感じたから。


 サヤの国で、名付けは……親が子に贈る、一番最初の贈り物なのだと、マルが言っていたのを思い出す。

 サヤという名が、貴き夜……という意味を持つことや、それが難産の末、夜に産まれたサヤを言祝ぎ、贈られたことも……。

 ならサヤは、その幼子の親代わりとして、最初で最後の贈り物をするということで……。


「……二人で一緒に、考えようか」


 サヤが母親の代わりをするならば、俺が父親の代わりをするべきかなと思って、そう言うと……。

 サヤは涙に濡れた瞳を、弾かれたように、勢いよく、俺に向けた。

 一瞬唇を震わせて、何か言おうとして……だけど言葉は出てこなかった。

 その代わりのように、サヤが爪先立ちになって、自ら俺の唇に、己のものを触れ合わせる。

 いつもの、啄むような、細やかな……。だけど、彼女からだなんて、それは本当に久しぶりで…………。


 それが、サヤのありったけの行動で、俺の提案を受け入れてくれた答えなのだということは、その柔らかい感触で充分伝わった。


「良い名を、送ってやろう……来世にも、その言祝ぎが、届くように……」


 そう言い、俺からも啄む口づけを贈ると、何故かサヤは、また泣きそうなほどに、顔を歪めた。


「っ…………うん…………」


 そう呟いてから、俺の胸に、顔を埋める……。

 幼子との間に、何か、あったのだろうか……。

 たくさん見送った中の、ひとり。

 彼女の中で、その幼子は、そうではないらしい。

 そんなことを漠然と思いながら、ただサヤを抱きしめた。

今週の更新を開始します。

先週は絶好調に筆が進んだのに、今週はまた停滞……。い、一話分しか書けてないよ?

そして明日も仕事だよ……頑張って書こう。うん。

とりあえず今週は、お弔いのお話になりそうです。

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