二つ目の呪い
年が明けた。そしてもう、一の月が終わろうという頃合いだ。
世界は白に侵食されている。村の中はまだ良いものの、人の通らない場所は、もう相当積もっていることだろう。
「案外平気ですねぇ調理場。水が流れているし、外とも繋がってるからどうかと思ってたけど、むしろ暖かいと感じるくらいで」
「あぁ、地下水だからね。地中の水温は一年を通して一定だから、夏は冷たく冬は暖かいのだそうだよ」
「へえぇ、そうなんだ」
「何にしても、冬場の早朝に井戸まで水桶持って何往復もしないで良いなんて、楽園ですよここは」
「ほんとそれ!うちはまだ子供も小さいから、あの時間が要らないだけですごく助かってる!」
「赤ん坊のうちは、せっかく寝かしつけても扉開け閉めする度に、寒風が吹き込んで起こしちゃうのよねぇ」
「今年はまだあかぎれもできてないのよ。ほら」
きゃっきゃとはしゃぐ子供の声を聞きながら、それを見守る母親の輪。何故かその中に取り込まれている自分……。
母親たちは子守。父親たちは仕事に勤しむ。それが冬場の日常だ。
村人に言伝をするため出向いたのだが、訪れたら焚き火のそばにどうぞと促され、そのまま井戸端会議に突入してしまったのだ……。
まぁ、村の暮らしについて聞こうと思ってたのもあるから、別に良いのだけど……。
ここは店舗長屋の近場にある、広場。というか、まだ建設が進んでいない土地だ。
村の中心地は建物も建っているが、まだ周辺は色々と空白が多い。
今その中の一つで、子供たちが雪合戦をしたり、雪人形を作ったりと遊び倒していた。
これは冬の間、結構大切な行事であったりする。
と、いうのも、ずっと家の中に閉じこもっていたら、子供は暇過ぎて鬱憤が溜まり、悪戯を繰り返すようになる。
だから天候の恵まれた日に、近所で集まって、こうやってひたすら遊ばせる。
たくさんの大人の目がある中なので、安心してのびのびとできるのだ。
「それでレイ様、今日は何の用だったんです?」
「あ?……あ、そうそう。今日は湯屋を開きたいから、それをカミルに伝えに来たんだ。
三時頃から夕刻までの予定だから、遅れないようにって」
「まああぁぁ!今回も良いんですか⁉︎」
「そりゃ有難い! カミルー! 今日もお仕事入ったよー!
あんたたちもー、お風呂までは遊べることになったからー!」
きゃー!という、歓喜の声。
寒くないのかなぁと心配になるくらい雪にまみれた子供たちの中に、ロゼやカミルの姿もあり、馴染んでるなぁと苦笑する。
まずカミルの一家だが、越冬の間の湯屋は指定日以外休みとなるため、この職人長屋に移動している。越冬は近所で寄り集まって行うのが常であるため、湯屋だけ少し離れているから不便なのだ。
因みに、食事処も客商売をしていられるほどの食料確保はできないため休みとなっていて、現在は三人まとめて館にて、臨時の料理人として雇われている。
で、ロゼとエルランドだが、流石に館での越冬は恐れ多いと辞退されてしまい、こちらも職人長屋の一つを借りて、越冬となっていた。
ロゼの事情は村の職人らにも話しており、母親が身重で、状態があまりよろしくないため、この冬は家族と離れて過ごさなければならないのだと言うと、皆がこぞって面倒を見てくれるようになった。
「独り身の男にゃ無理ですよぅ、子守なんて」
「そうそう。半日で根を上げることになるんだから」
「半日保てば偉いわよぅ」
かくして、婦人らの言葉通りになった……。
なので日中のロゼは、こうして婦人らに預けられることが多い。
婦人ら的には、子供が一人増えたってさした労力にはならないとのことであったし……。
「それにエルランドさんの保存食、一風変わったものが多いから楽しみだしねぇ」
「いろんな地方巡っているって言ってただけあるわぁ」
食事も婦人らが集団で作るのを分けてもらうため、持ち寄った保存食を使うのだが、エルランドは地方色豊かな内容であったため、珍しがられて喜ばれていた。
「でも一番嬉しいのはやっぱりあの干物野菜よねぇ!」
「あぁあれ、凄いわよねぇ。この時期に人参や蓮根が出てきたときはどんな魔法かと思った!」
……………………危険だ。
話題をふられる前にその場を離れることにした。
ここの婦人は、分からないこと、知らないことは何でもかんでも俺に聞いてくるのだ。あの干物野菜を作っている国はどこだなんて聞かれたら、やばい……。
まだ試験導入で、村に回す量はないからな。エルランドのおすそ分けで我慢してもらおう。
「それじゃ、俺はそろそろ仕事に戻るから……」
「あ、ごめんなさいねぇ。呼び止めちゃって」
「レイ様の麗しいご尊顔を拝するのは、私らにとって栄養補給みたいなものでさぁ。つい長く見たくなるのよねぇ」
「旦那の顔見てても全然癒されないしさぁ」
「お肌が潤う気さえするわよねぇ」
ケラケラと笑い会うご婦人らに、はぁ……と、生返事しつつ、俺も笑って誤魔化す。
……俺はそんな特殊能力持ってないけどね。
と、いうわけで。
子供に混じっていた者たちにそろそろ行くよと声をかけたら、雪の中から黒い塊が立ち上がる。
言わずと知れたシザーと、ものすごく不機嫌そうなハイン……。
だがしかし、カミルは慣れているし、ロゼがやたらとくっついていくためか、危険ではないと理解した様子で、子供たちはもう、ハインの怖い顔を警戒すらしなくなってしまった。
ついさっきまで、新雪の中に子供を放り込む遊びに駆り出されていたのだが、どうやら雪の中に引き倒されていたらしい。
この寒さの中で汗をかいている二人にお疲れ様と労いの声をかけると、ハインに恨めしそうに睨まれた……。
「ハイン、またなー!」
「シザもねぇ!」
子供らに手を振られても、ハインは無視。シザーは振り返しつつ、無反応のハインをチラチラと見る。手を振ってあげてと言いたいのだと思うが、口にはしない。彼は極度の無口だし、言っても多分ハインは手を振らない。
まぁ、それでも子供らは関係なしに絡みにいくんだけどな。
「思いの外、生活に不満は無さそうだったよ」
「水汲みはどこの家庭でも重労働の代表格でしたからね……。
それが無いだけで、かなり高待遇に感じることでしょう」
「まぁな。あれは雪が積もってもやらなきゃならないから……越冬最大の問題点だったもんな」
人は水がなければ生きていけない。
だからどれだけ雪が積もっても、その雪を掻き分けて井戸まで行き、水汲みをせねばならない。
冬場はこの作業を子供にやらせるわけにもいかず、大抵の家庭でその重労働を担うのは、母親になるのだ。
……物わかりの良い旦那がいるなら、その限りではないが。
来た道を引き返し館に戻ると、着膨れしたマルが執務室にて「おかえりなさい」と、迎えてくれた。その向かいにはエルランドがいて、丁度書類の整理をしていたところであるらしい。
「随分と時間がかかりましたねぇ」
「母親たちに捕まっちゃって……二人は子供に捕まってたけど」
「うわ、何してたんです? べちゃべちゃじゃないですか……」
「……着替えてきます」
「うん、いってらっしゃい」
シザーとハインはそのまま着替えのため、部屋を後にした。
焚き火のそばで温まっていただけの俺は外套を脱ぎ、そのまま自分の席に。
お疲れ様ですと声をかけてくれたエルランドに、ロゼも楽しそうにしてたよと伝えておく。
「湯屋の件、喜んでた。有難いって」
「それは良かったです」
「贅沢ですよね……降り積もる雪の季節に、本来は貴族だってなかなか使えない風呂だなんて……正直はじめは耳を疑いました」
「むっふふ。まさか健康促進目的で、定期的に風呂を供給されているなんて、思ってないでしょうけどねぇ」
そうなのだ。
湯屋を定期的に開いているのは、村人の健康管理を秘密裏に試験しているためだったりする。
本日は久々に晴れたから、多分あの行事が行われると思っていたのだ。
子供の鬱憤晴らしをすると、大抵一人二人は風邪を引き、数日寝込むことになるのが定例なのだが、今年はどうだろうな。今の所、その洗礼を受けた子供は発生していないのだけど。
それに、この時期は湯浴みも億劫で、不衛生になりやすい。
なにせ、水は冷たいし、そもそも水汲みは大変だし、体を拭くために湯を沸かすなんて薪も勿体無い……と、なるためだ。
当然洗濯だって水だし、同じ手間がかかるので回数が減る。
「湯屋の湯は帰る前に洗濯に使えるし、ほんとお得ですよねぇ」
身綺麗になると、子供たちは夫や寝かしつけ担当の者が先に連れ帰り、寝かせる。身体があったまっているから、寝つきも良いらしい。
湯屋に残った婦人方は、残り湯でそのまま家の洗濯物を済ます。そこまでが湯屋の料金に含まれているから、当然利用する。湯屋に来る時ついでに、家中の洗濯物を持って来るのだ。
今年はそんな感じに過ごしてもらうつもりだが、来年以降はどうだろうなぁと、思案していたりする。
村がもっと大きくなれば、湯屋を数時間で切り上げるのは無理だし、洗濯するにしても、村全体で使うには、湯の量が足りないだろう。
まぁ、それは来年以降の問題だ。今は今年の越冬だけに集中しよう。
「で、どうだ? だいたい纏まった?」
「ええ。やはり、玄武岩の取れる区画。ここに隠れ家を作るのが一番無難かと。やはり避難場所は必要でしょうから。
採掘場の現場管理用の小屋だと言っておけば良いですし、いざとなれば森の中に逃げられます。
あとはセイバーン側の森を切り開いて、ここに家屋の増築でしょうかね」
「すまないな。まさか獣人が普通に村の中で生活しているとは思わなかったから」
「いえ、我々もそれを隠してましたから……」
「まぁ怪我の功名ってやつじゃないですか?」
エルランドと俺がお詫び大会を始める前に、マルがさっと結論を入れてくる。
「吠狼衆の分かりやすい獣人たちを拠点村に住まわせるのはまだ難しいですし、山城だって隠れ住んでるわけで、あまり良い状況じゃないですもんねぇ。
獣人をそのまま受け入れている村なら、吠狼衆の隠れ場所にももってこいですよ」
越冬時期、ここにとどまることとなったエルランドだが、丁度良いので冬の間だけ、臨時の文官として雇うことになった。
と、いうのも。あるひとつの大きな問題を、解決しなければならないからだ。
それは、ロジェ村のこと。
元オーストの捨場であり、隠里だったあそこ。実は獣人が普通に暮らす村であることが発覚した。
聞けばノエミだけではないというのだ。住人の三割近くが獣人であり、特徴が顕著に出ている者が、そのうち半数以上に及ぶという。
それも当然で、村の中は大体が親戚という状態なのだ。
元々が外から血の供給がされにくい環境だ。おかげで、血の濃縮が進んでしまう結果となったようなのだ。
だがこれは、大問題だぞとなった。
春になれば人口の調査に役人が行くことになっていたのだが、そうなれば獣人は隠すことになるだろうし、そうすると村民の数を不正することになるし、そもそも役人は定期的に村へ立ち寄ることになるわけで、その度に誤魔化すなんていうのも無理なことだ。
とはいえ、もう正式に登録してしまった村を、今更無かったことにもできない。
そこでマルが出した提案が……。
「ロジェ村を吠狼の管理区域にするってどうです?」
というものだった。
セイバーンの特殊部隊である吠狼衆。それの直轄地とし、獣人をここに住まわせる。
吠狼衆は俺の直属の配下であり組織となるため、役人の介入は必要ないと主張できる。
そう、実は俺は……大貴族でもないのに影組織を持ってしまったのだ。
つまりその……一度は断ったスヴェンらの申し出を、受け入れる形となった。
元々この拠点村は、表向きは交易路計画における物資管理のための村だが、獣人と人との共存を目指すために作られた。
ハインを見て分かる通り、獣人としての特徴がほぼ外に無ければ、人となんら変わらない。
若干短気だったり、筋肉質だったり、怒ると目がギラついたりするのだが、言ってしまえばそれだけのことでしかない。
そんな外見的特徴の薄い獣人をこの村に数多く住まわせ、将来それを、世間に対して公表する。
その時に、この村に住む獣人は、自身が獣人であることを、晒す役目を担うことになるのだ。
当初胡桃さんに協力をお願いしたのだが、その時に協力すると言ってくれた獣人は、ガウリィを除いて一人だけ。サヤの仮姿のうちの一人として選ばれた、四人の職人のうちの一人だった。
将来的にであるとはいえ、獣人であるということを白日の元に晒すということは、世間から相当な非難を浴びることになる可能性が高い……下手をしたら、住む場所も、名誉も全て、命だって失うかもしれない……ということだ。
なにせ獣人は、世界を滅ぼす悪魔側の存在だとされているのだから。
しかし獣人は、人から生まれる。
もう滅びたと言われているにもかかわらず……。
それは、悪魔が人の中に、災いの種……獣人の種を、残したからだと、神殿は教典に記している。
……まぁ、俺たちの見解としては、神話同然の古いお伽話だし、信仰を集めるための作られた物語だという結論なのだが。
話が脱線しかかっているので戻すことにしよう。
つまり、この村には一人でも多く、獣人が欲しい。
人と混じって生活してもらい、獣人も人であり、なんら恐ろしい存在ではないということを、証明するために。
最終的には、実は我々皆が獣人と人の混血で、獣人の特徴が顕著に出てしまったのが獣人なのである……ということを、証明するためにだ。
その協力要請に対し豺狼組は、いったん一人の協力者を出すだけという結論が出ていたということ。
そして先日、豺狼組の全てが俺の手駒になると言われ、それを断り今まで通りで良いと伝えたのだが、それから半月ほどして、再度面会を希望され…………。
「この村の方針に全面協力することに決まりました」
と告げられた。
つまり、豺狼組全体が、この将来の計画に、全てを捧げてくれるということだった。
「貴方様は我らの命を預けるにふさわしい方。
人として幸せにならねばならないと言うならば、この村で、我らはそれを目指します。なので、我らを吠狼衆としてお使い下さい」
俺の手駒になどならなくて良いと言ったのに、彼らは自ら、その立場を獲得しに来たのだ。
必要ないと言ったはずだと言う俺に、しかしスヴェンは。
「心配せずとも、我らの頭目は今まで通り、貴方様ではありません。
我らは対等。今までも、これからも。
けれど頭目が、貴方様のやろうとすることに全面協力すると決めましたので、我らはそれに従うのです。
頭目の指示のもと、我ら豺狼組は吠狼衆として動きます」
決意を帯びた強い視線で、だけどしらっとそう告げられて、結局俺は、それを受け入れることとなったのだ。
しかしここで問題となったのが獣人らのこと。
吠狼衆には、獣としての特徴が顕著な者も数多くいる。その者たちが、拠点村で人に混じって生活するのは難しい。
で、丁度良いということで、ロジェ村が彼らの待機、生活する場にどうかとなったわけだ。
元隠里であるため、人目を避けた場所にあることも好条件であるし、西に街道を通せば、馬車ならば三日程度で行ける距離になる。
獣化した者ならば、拠点村からロジェ村は一日も掛からないの距離なのだ。移動も容易であるらしい。
「村との交渉は私が請け負います。
けれど、獣人がいると知って、受け入れた上での処置ですし、レイシール様に、あの村は多大な恩を感じてますから、まず拒否はされないと思いますけどね」
春にロゼを送って行く際に、エルランドが交渉を請け負ってくれることとなった。
これまたこの際だからと告白されたのだが……エルランドらの特殊な商業路……本来行商人が避ける道筋を利用していることが多いのだが、彼らはそれを独自の手法で利用可能にしている。
その手法というのが……こういった社会から弾かれた者たちとの交渉、商売だった。
「街なんかには顔を出せない者たちが多いですからね。彼らに必要なものを差し出すことで、その道を安全に通してもらうんです。
お互い、命は一つしかありませんから、争わずに目的が叶うなら、その方が良いに決まってますからね。
通行費として差し出すこともありますが、大体は仕入れを希望され、代金を頂いてお渡しします。
どんな者でも、お金を払ってくれるならお客様ですし、早く目的地に着きたい私たちに協力的なら、こちらとしてはわざわざ告げ口する必要もない。
相手からしたら、我々は数少ない、言葉の通じる取引可能な商人なのです。持ちつ持たれつ……というわけですね」
他領の祝賀会に急遽飛び込んでくる商魂にも感心したけれど、そんなことまでしていたとは。
山賊とだって交渉し、その関係を作り上げているというのだから恐れ入る。
この人って凄いんだな……と、改めて思ったものだ。
それにしても……もう、一の月が、終わろうとしているのか……。
「……ノエミの出産は、そろそろなのかな……」
「まだですね。二の月の半ばから、終わりの頃のはずですから」
「そうか…………」
どうか無事に、出産してほしい。
元気そうにしているけれど、やっぱりロゼは……寂しいのだと思うから。
ハインにやたらと甘えたがるのも、きっと母親の匂いを求めているからだと思うのだ……。
「ところでレイ様、今日の手紙、ちょっと興味深いことが書いてあったんですけど、まだ見てないですよね?」
思考が逸れていいたところを、マルにそんな風に呼び掛けられ、意識を引き戻す。
「今日は報告だけじゃなかったんだな」
最近……手紙は報告のみになっていることが多い。
しかもサヤの手が含まれていないことも多々あり、俺は確認するのが苦痛で、まずはマルに回してしまっていた。
彼の反応で、サヤからの手のものがあるかどうか、知ってから中を見る。その方が、落胆しないで済むためだ……。
ジェイドからは、犬笛でたまに連絡が浅葱に入るらしい。だから元気なのだと分かるのだけど……。
笛では、皆元気にしていると、伝えられているらしいけれど……。
忙しいのも、分かっている。
でも、俺やルーシーからの手紙にすら返事が返らないことに、やはり不安を掻き立てられた。
当初、収束は早そうだと思えたものの、思いの外飛び火は続き、ポツリポツリと罹患者が増えるのだ。
それにより、一度は五日ほどと思われていた潜伏期間は、七日に変更された。
「それがねぇ、荊縛の考察というのが入ってましてね。それがまぁ、結構興味深い内容だったんです」
考察……それは初めてだな。
椅子に座りなおし、それに集中することにする。
荊縛は、熱や咳といった風邪のような症状に加え、荊に囚われたような痛みを伴う病だ。
高熱にうなされ、痛みに苛まれ、早い者は四日……耐えても半月程だ。苦しんだ後、死に至る。
その病の怖さは皆が知っている。だからかつては、家族に一人でも荊縛が出ると、村から家族ごと叩き出されたなんて話もあるのだ。
「……うん?…………荊縛だけではない?……⁉︎」
先程述べたのが、荊縛という病、快方に向かう者は、二、三日で高熱が引く。
が、そこで気を緩めると、また高熱がぶり返したりすることがある。
だが考察では、あまりに高熱が続く場合と、こうしてぶり返す場合、違う病に移行している可能性が高いと記されていた。
サヤの国にも、似た病があるのだという。
高熱に咳、そして筋肉や関節への痛み。インフルエンザと言う名の病であるらしいが、これが別の病を併発する場合があると書かれている。
高い熱と病の素、繰り返す咳により、喉や肺に傷が入り、そこに、普段は無害な攻撃力の弱い菌が、影響を与え出すとあった。
傷口に剣を刺されるようなもので、通常より深く傷付く。それによりまた、高熱が出て、状態が悪化。更に……。
「痛みが、胸に、移るのが特徴……肺に⁉︎」
胸が苦しくなり、呼吸が浅くなる。痰と咳が増える。最後には熱にやられるか、喉が詰まるか、体力を消耗しすぎて衰弱し、死亡する……。
今まで一つの病だと思っていたものが、繋がった二つの病であるかもしれないという。その内容に衝撃を受けた。
「患者に、喉を保護する薬湯を処方し、経過を観察……。
高熱が長く続いていた者には効果が薄かったが、日の浅い者は……快方に向かっている!
荊縛の発病直後から喉を保護する治療を継続しておくと、ほぼ快方に向かう様子……⁉︎」
それは想像だにしていなかった朗報だ。
今は軽度のうちから喉の保護を優先しているため、熱が長く続く患者がここ数日出ていないとある。
また、ここのところ罹患者の発生しない日もあるため、喉の保護は荊縛抑止にも効果があるのかもしれないとあった。
そのとんでもない内容に、心が高揚した。
「肺炎……インフルエンザの後に併発すると、重篤化することが多い……。
………………流石というか…………結局サヤに、また、救われたんだな……」
現場に行かなければ分からないと、強く言っていた。
自分で見れば、気付けることもあるかもしれないと……。
その通りだったなと、実感した。
「サヤ…………」
抱きしめたかった。愛しくてたまらない。やはりサヤは、俺たちの女神だ。
その書かれた内容が、一体どんな犠牲のもとで記されていたかを知りもしなかった俺は、ただその内容に喜ぶだけだった。




