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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第八章
229/515

祝詞の祝い

 祝詞日。

 それは年の移り変わりにある、十日間。

 一柱の神が生まれ変わり、数多の神になった祝いの日。

 また、越冬に入る直前となるため、皆ささやかな祝いのみを行い、静かに過ごすものなのだが……。


「なにこれ可愛すぎるんですけどーーーッ」

「あぁんもうどうしましょう、食べたくないっ。でも食べちゃいたいっ!」

「ルーシー! こっち、こっち来て! 見てこれっどうよ⁉︎」

「うそ……ウフプリンより愛らしいだなんて……サヤさああぁぁんっ、これプリンでもできませんかあああぁぁ⁉︎」


 女性陣が鬼気迫りすぎていて正直ちょっと、怖くて近寄り難い……。


 拠点村の第四通りにある長屋店舗。一見、小さな店が並んでいるような造りなのだが、その裏は、長屋店舗で共有する調理場や作業場が大きく設けられており、鳥の視点から見下ろせば、大きな建物を小さな建物が取り囲んだように見えることだろう。


 ここの調理場で今、祝詞日のささやかなお祝いが用意されているはずなのだ……が。

 ささやかになりきれていない……なんでそんな、熱気が凄いんだろう……。女性陣の高揚が、半端ない。


 雪解け後の春から本格的に始動することとなる拠点村なのだけど、一足早く移住を済ませた職人や衛兵。その家族や、兵舎にも騎士らがいるわけで、せっかくだから、祝詞日を一緒に祝おうかと、何気なく口にしたのが……この状況だ……。

 思ってたのと違う……。


 女性陣が取り囲んでいるのは、芽花野菜(めはなやさい)(ブロッコリー)のはずだ。

 二日前、メバックより職人らと共に今年最後の荷物が届いたのだが、薪等と共に、同じく今年最後の収穫物であった芽花野菜が大量にあった。この時期の貴重な野菜ながら、やはり日持ちするものではないため、荷馬車の隙間を埋めるように大量に積んであったものだから、さっさと食べてしまう必要がある。

 とはいえ、芽花野菜ばかり大量にあってもなぁ……というわけで。

 祝いに使ってみんなで食べるか。

 という結論になったのだけど……。

 物思いにふけっていた俺に、ルーシーが気付いた。ギラリと目が光ったような気がしてびくりと身を竦めたら。


「レイ様! こっち来てください、これ見て! まるでお伽話か箱庭かって可愛さですよ!」


 ルーシーの声に、女性陣の視線が一斉にこちらを向く。

 …………皆一様に……目がキラキラしているなぁ……。


 芽花野菜だろ? 可愛いってなんだ……。


 そう思ったものの、期待する視線に逆らえず、名指しされた以上逃げることもかなわず、覚悟を決めて足を進めたのだけど……。


「……ぅわ…………」

「ねっ? ねっ⁉︎ この愛らしさたまらないですよねっ!」


 皆が取り囲んでいたのも納得の、不思議なものが出来上がっていた。


 大皿の上に、大量に積まれた芽花野菜……であることに変わりはないのだけど、どうやったのか、それは綺麗に円錐状となるよう積まれていて、まるで小さな(もみ)の木のよう。そこに、多分卵白のみであろう炒り卵が散りばめられ、マヨネーズが掛けられている。

 それだけでも感嘆ものなのだが、彩のためか、細かく刻んだ色の良い干し野菜が散らされ、所々に鶉の卵が添えられているのだけど、その卵がまた……小鳥になっていたのだ。

 卵に胡麻や小さく刻んだ人参らしきものがくっつけてあって、つぶらな瞳の小鳥が可愛く表現され、それが何羽か、樅の木の間からちょこんと顔を覗かせている。


「はあぁ……さすが職人。作業が細かいなぁ」


 俺の背後からそんな声。護衛についてきたオブシズも、納得の出来栄えである様子。

 だがそれに対し、何故かルーシーが、とても鼻高々にえへんと胸を張る。


「違いますっ。これはサヤさんが作ったんです!」

「えっ⁉︎」


 視線を巡らすも、本日男装のサヤはいない。

 とはいえ、目立つ黒髪は隠しようもなく、女性職人の背中に隠れていたサヤは、あっさり見つかった。

 女性の装いなのだ。

 本人はとても嫌がったのだが、そんなことでルーシーは振り払えなかった……。


「祝詞日はお祝いの日なんですよ! 礼装しなきゃ駄目なんですっ!」


 と、そう言ったルーシーに、部屋へと連れ戻されたのを、朝見かけていたのだけど。


「本当にサヤは、女性だったんだな……」


 初めて女性の装いを目にすることとなったオブシズは、なんとも驚嘆の表情だった。

 少年姿の時との差が凄まじいのだものな……。本日は化粧もばっちりだから、尚更だ。


 今日のサヤの装いは、海松(みる)色という、渋い灰緑色の上着に、淡い象牙色の短衣と袴。袴には珊瑚色で大輪の花がいくつも刺繍されていた。

 花に添えられた葉も海松色で、腰帯は胡桃色。配色は地味と言える部類だと思うのだが、珊瑚色の大輪が、なんとも華やかで、地味さは微塵もない。

 髪にはやはり海松色の飾り紐。横髪を少しだけおろし、残りの髪を飾り紐とともに編み込み、纏め上げられており、とても清楚で美しい。

 晒されたサヤの白いうなじが、今は羞恥ゆえか、少し色付いていて、それがまたなんともいえず、扇情的なのだが、そこはぐっとこらえて、頭から追い払う。


「サヤ」


 声を掛けると、サッと更に、身を引く。けれど、他の女性陣にグイグイと押し出され、慌てる間も無く俺の前に突き出されてしまった。


「朝はちゃんと見せてくれなかったから言いそびれたけど、とても綺麗だ。よく似合ってる」


 そう言うと、周りの女性陣から黄色い声。

 人目があっても遠慮せずそういったことを口にする俺に、サヤは口をパクパクさせて赤くなるばかり。

 外堀を埋めにかかる俺に、非難の視線だけ寄越してくるけれど、俺はもう引く気は無いので、そんな目をしたって駄目。


「凄いなこれ。どうやったの?」


 とはいえ、ただひたすら押したって意味がないのも分かっているので、今はこれだけにしておくよと話を逸らす。


「どう……というほどのことは、何も……。

 ポテトサラダに、ブロッコリーをくっつけていっただけです」

「あぁ! この中、サラダ入ってるんだ!」


 ちょっと動かしたら全部崩れてしまうんじゃないかと思ったけど、そうはならないらしい。

 それにしたってすごい発想だな……食べ物でこんなものを作ってしまうだなんて。


「デコるのは、私の国では、さして珍しくもないことです……。

 お祝いだと言うから……せめて見た目だけでも豪華にできたらと、そう、思って、その……」


 ちまちまとこの愛らしい箱庭を作ったらしい。

 その華やかな装いで、鶉の卵に一生懸命胡麻をくっつけていたのかと思うと、愛らしいやら微笑ましいやら、愛しくて仕方がない。


「皆きっと、喜ぶと思うよ」


 そう言って、サヤの頬にくっついていたひと房の髪を、指で撫でて外すと、途端にサヤは飛び退いた。


「…………他意はない。髪が……」

「分かってます!」


 朱に染まった頬に手をやったサヤが、瞳に動揺を滲ませて声を荒げるから、これはちょっと刺激しすぎたかと反省する。

 もう少し一緒にいたかったのだけど、これ以上は怒らせてしまいそうだし、我慢して退散することにしよう。


「悪かったよ。

 じゃあ、他の準備も見てくる。

 みんなもご苦労様。もう少し、頑張って」


 そう声を掛けると、皆一様に良い笑顔ではーい! と、揃った返事を返してくれた。

 村の中を進んでいると、あちこちで村人とすれ違う。もっぱら男性陣だ。椅子や机を運ぶような力仕事は、彼らにお願いしてあった。

 それらは村の中心にある、中央広場に集められている。祝いの席は本日昼から始まる予定なのだ。


「それにしたって化けるものですね……。いや、美々しい子だとは思っていたのですが……。

 普段からああしていれば良いものを……なんだって男装を?」


 すれ違う村人らの挨拶に応えていたら、オブシズのそんなつぶやきが耳に届くものだから、俺はサヤの事情をかいつまんで話すことにした。


 元は、兄上に女性だと知られないための男装で、ハインと二人きりで孤立した状態だった俺たちの生活を、手助けするためでもあったこと。

 それにサヤは、女性であるけれど、武術の達人だ。あの格好である方が、動きやすいし、サヤの国では女性だって細袴を履く習慣があるから、特に抵抗は無いのだということ。

 更に……サヤ自身が、幼き頃に拐かされ、無体を働かれた経験があり、女性を見る視線に恐怖を感じるため、男と思われている方が都合良かったこと。


「俺たちにはもう随分慣れて、触れることも平気になったけど、まだ日が浅いオブシズには、警戒が強く出ると思う。

 けれど、他意はないんだ。気を悪くしないでやってくれ」

「それは良いんですが……。

 サヤが貴方との婚姻を渋るっていうのは……その……拐かされた時のことが、原因で……?」


 言ってしまえば玉の輿だ。しかも彼女は天涯孤独の身。オブシズには、断る理由が正直分からないと言った様子。

 それでも嫌がるということは、身体や経歴に、何か問題がある場合と考えるしかない。


「……分からないんだ。

 サヤは一般庶民だと言い張っているけど、あれだけの教養を、あの若さで身に付けている……。父親は学舎の師で、母親は医療従事者であったと言っていたから、それなりの家系なのだろうな。

 拐かされたのも、そういった部分が絡むのかもしれない……けど彼女は殆ど、語らないから……。

 十歳の頃のことだと言うから、まだそんなに、前でもない……。反応からして、心の傷だって癒えてない……だからこちらから聞くことは、したくなくて……」


 そう言うと、オブシズまで押し黙る……。


「彼女がああまで鍛錬を重ねて強くなったのは、その恐怖を振り払いたかったからなんだ。

 サヤには幼馴染が……好き合っていた相手がいて……その人すら拒絶してしまうくらい、男性への恐怖が拭えなかったのだと聞いてる。

 実際俺と出会った当初は、夜着の俺を見ただけで真っ青になって震えてた。

 だから本当はさ、恋人になってくれたことだって、奇跡的なことなんだ。

 それで満足しなきゃいけなかったのかもしれない……嫌だって言ってるのに、無理強いするようなことを、してるんだものな……」


 脅すような真似までして……。

 だけどああでもしなければ、サヤが姿をくらませてしまう気がしたのだ。

 前にも似たようなことがあった。姫様の時も、サヤはどこかに行こうとしていた。

 だから、逃げても無駄だと、念を押したのだ。

 もっと穏便で、良い方法があったのかもしれないけれど、俺にはあれしか思いつけなくて……。


 それに……俺が引いてしまえば、彼女は一生、孤独を貫くような気がしてならない。

 彼女の事情を知っているのは俺たちだけだ。異界から来ただなんて、おおっぴらにできる内容でもない。

 そうである以上、俺たちの元を離れたら、彼女は一人でそれを、抱えて生きることになる。

 そんなのは駄目だ……どうあってもサヤを、孤独になんてしたくない。


「……あと理由があるとすれば……故郷に戻りたいから……とか?」

「故郷には、帰る手段がないんだ…………遠い海の彼方で、どこともしれない……」


 遠すぎる、異界の地だ。

 俺の隣にいるために、彼女は帰らないという選択をした。

 正確には、帰れない……から、それを選んだのだろうけど。

 なのに、俺の隣は、彼女の安寧の地には、できないという……。


「んー……分かりませんね……。あとはその幼馴染に未練があるとか?

 だけどあれは、どう見てもレイシール様を意識している様子ですし……」


 そんな風に言って天を仰ぐオブシズ。

 ざんばらな前髪で目元を隠しているから表情はあまり見えないけれど、お手上げと思っているのは口元で分かった。

 んー……。


「オブシズ……かしこまった口調、やめてくれないかな。それは他者の目があるときだけで良い。

 それともう一つ。もう、目元を隠す必要も、ないんじゃないか?」


 ずっとサヤの話を引きずっていても、気分が重くなるだけだ。今はとにかく、サヤを口説いていくしかないわけで、理由なんてもう二の次で良い。

 話を切り替えようと思って、オブシズにそう問うた。


 ジェスルの脅威は、もうセイバーンには無いのだ。

 彼が生きていたからって、誰も問題にしない。だから、顔を隠す必要は、もう無いと思うのだけど……。

 そう聞くと、彼は何故か、ギクリとした。

 そして少々困ったように視線を泳がせてから、口を開く。


「俺の目とか、今関係ないだろ?」

「いや、そりゃ……サヤの話には関係ないけど……もう隠す必要無いのになんでまだ、その髪なのかなって。

 見えにくそうだし……せっかく綺麗なのに、隠しているのは勿体無い」


 それにもう子供じゃないから、見たくても、下から見上げることができないんだ……。


 内心でそう思いつつ、さして考えもせず口にした言葉であったのだけど、オブシズは何故か、困った様子を見せる。


「あー……そういやお前、ガキの時も、そんなだったよなぁ……。

 そういうとこは、親父さ……じゃなくて、領主様と似てるっつーか……親子感あるよなほんと……」


 顔を背けて、そんな風に言う。そして少し、逡巡してから。


「あのな……お前はそんなに、気にしてない風だけど……。

 この目はあんまり、晒さない方が良いんだよ。なんつーか……気持ち悪いだろ?」

「は?」

「いやだからぁ……こんな目の奴そうそういないから、気味悪がられんだよ。

 その……獣っぽいっつーか……」


 獣。

 瞬時に理解した。獣……獣人だと、思われるということか。

 けれど、怒った時のハインは瞳がギラつくけれど、別にこんな風じゃないし、何より獣人全員が瞳をギラつかせるわけでもないと、ディート殿は言っていた。

 それに……。


「……オブシズ。

 お前はもう俺の配下になった。なら、俺が良いと言うのに、何が駄目なんだ?」


 獣のようであるから……という理由と、せっかくの美しい瞳を否定された腹立たしさで、ついそう……口答えしてしまった。


「え、いや……」

「俺はその瞳を気味悪いなんて思わないのに、そんな風に言われるのは不快だ。

 そんなことに拘りだしたら、サヤの黒髪はどうなる。姫様の白髪は?

 珍しいから問題だなんて馬鹿げた理由は、俺たちの気持ちより優先すべきことなのか。

 言っておくが、俺の配下は誰一人として、オブシズの瞳の特徴を聞いて、獣っぽいだなんて言わなかったぞ。

 だいたい、その瞳が獣人由来だなんて、なんの根拠があってそう言うんだ」


 俺はたぶん、そこいらの人の中では獣人の知り合いが多い方だろう。

 だけどオブシズのような瞳の獣人には、まだお目にかかったことがない。

 獣人どころか、数多と巡り会った人らの中で、彼一人だ。

 マルあたりに聞けば、その辺のことがもっと詳しく分かるのかもしれないけれど、正直、獣人に現れやすい特徴であったとしても、俺は瞳を隠すべきだなんて風には、思わない。それがそうだと分かる人は、きっとほとんどいやしないのだ。


「心配しなくても、俺の周りは一風変わった外見の者が多い。

 オブシズの瞳くらい、埋没すると思うけど」


 そもそもハインは獣人だし。

 オブシズがたとえ獣人であったって、何の問題にもならないのに。


 不機嫌なまま、言葉を口にしていたら、オブシズが驚いた顔のまま、俺を凝視していて、目上の相手に対しての態度じゃなかったことに、今更気付いてしまった……。

 ハインが獣人だってことも、まだ伝えてないし……だけどこの流れでは言いにくいよなぁ。


「……言葉が悪かったなら、謝る……。

 だけど本当に、俺は……俺たちは、その瞳を気味悪いだなんて風には、思わない。

 それは、忘れないでくれ」


 そう言うと、なんとも居心地悪そうに口元を歪め。


「あーもぅ……おめでたいっつーか……。お前本当に……良い育ち方したなぁ」


 ガシガシと頭を掻いて、照れたように。


「お前、ほんとガキの頃から思ってたけど、そういうとこ強いよな……。

 あの境遇で、そうやってまっすぐ育って……。並大抵のことじゃないと思うぜそれ……。

 うんまぁ……お前がそう言うんなら、ちょっと……考えとくわ」


 そんな風に言って、ついでとばかりに俺の頭をぐしゃりと撫でた。


「ありがとうな」


 そうして後は、何事も無かったかのように、足を進める。

 けれど、オブシズの肩の力が、ほんの少しだけ抜けているような気がしたのは、気のせいではない……と、良いなぁと、思った。



 ◆



 広場を確認し、食事処の面々に挨拶して、それからぐるりと回って兵舎へ。

 本日はここも祝詞日の祝い準備に追われている。


「レイシール様」


 いち早く俺に気付いたジークが手を挙げ、にこやかな笑顔で俺を迎えてくれた。

 その向こうでは、アーシュやユストら、他の騎士団の面々に混じってハインが、ある重大な任務をこなしていた。


「なぁ、焦げてないこれ……やばいんじゃ……もうひっくり返そうよ⁉︎」

「さっきもそう言って位置を変えたばかりだろうが!」

「あーもー、肉汁がたまらん匂いだああぁぁ」

「…………」


 ハインがものすごく不機嫌な顔しているのは、多分煩いって思ってるんだろうなぁ……。

 山城にいた時も思ったけれど、彼ら、あまり料理が得意ではない様子なんだよな。だからちょっと不安で、ハインに手伝いをお願いしたのだけれど。

 もう焼くだけの状態になったら、ただ群がってる子供と一緒だ。嫁の出産を待つ夫かって感じに、焼かれる豚の周りでウロウロと落ち着きなくしているものだから、鬱陶しくて仕方がないといった様子。だけどその感じがなんだか、とても平和で、微笑ましい。


「昼までに焼きあがりそうか?」

「表面は。中はやはり、切り離して別焼きしなければどうしようもありませんので」

「中央広場の準備は問題無さそうだった。中は食事処の調理場を借りて焼く感じになるかな」

「そうしなければ仕方がないでしょうね」


 訓練用の広場。その片隅で行われているのは、祝いのための調理……豚の丸焼きだ。

 鉄串を突き刺された一頭の豚。俺一人分くらいゆうにありそうな大きさ。これを早朝からずっと焼いていた。

 村の全員が、本日の昼と夜に食せるだけの分量だからな。

 この豚は、越冬のための備蓄となる家畜であったのだけど、ひときわ立派で飼料も大量に必要そうだったので、祝詞の祝いに提供することにしたのだ。館の者と騎士らとで食べるにしても、大きすぎる感じだったし。


「こんな立派な豚が振舞われるなんて、村人も喜ぶでしょう」

「まぁ、この大きさを越冬させるのはちょっとな。今が食べどきだと思うよ」


 そう言うと、近くにいた騎士らが揃って苦笑する。


「……なんというか……飼料の金額だとか、そういったことまで考えているレイシール様ってほんと……庶民的……」

「なのにこれをポンと民に提供してしまう辺りが、貴方らしいですね……」

「拠点村に参加してくれている、奇特な人たちだからね。感謝の気持ちを伝えたかったし……丁度良かったんだよ」


 実はこの家畜、地方の管理をしていた父上の部下らから送られてきたものだ。

 館の炎上により、越冬用の食料も焼かれてしまったため、地方の備蓄を一部送ってもらうよう、父上が手配してくださったのだけど、その中に含まれていた。

 生きたままの豚十数頭が、家畜用の飼料と共に。

 けれど、ジェスルの者らを領地に送り返したのと、試験的に大量生産された干し野菜があるため、肉類はそこまで必要ではない。

 ……本来なら、正直、肉しか食べ物が無くなる……もしくはそれすら腐って、食べられる部分だけを削って食すのが越冬というものだ。

 だから、干し野菜が有用となれば、来年以降の越冬は大いに変わってくるだろう。


「干し野菜、そろそろ到着するかな」

「間に合えば、一緒に祝詞の祝いができるのですが」


 俺の呟きに、ハインが答える。

 マルの試算によると、本日の昼過ぎにエルランドらは戻る予定であるという。

 運送の専門家であるエルランドらは、この時期の移動にも慣れているし、元々が優秀だから、予定がずれることは、そうそう起こらないだろうと言っていた。

 なので、彼らの帰る頃合いと、この祝いの席を揃えたのだけど……前回脱輪して到着が遅れるという不測の事態が発生したし、やっぱり少し心配だ。


「貴方がどれほど心配したところで、なんの足しにもならないのですから、邪魔にならないよう、大人しくしておいてください」


 ちょっと村門まで確認しに行ってみようかな……なんて考えてたら、暇を持て余して動き回ってんじゃねぇぞと、ハインに釘を刺されてしまった。

 仕方がない……館に戻って待機しておくか……。


 お前の従者、容赦ねぇな……なんてオブシズに言われつつ、館に戻って一休みしてようと踵を返したのだが。


「レイ!」


 村の男らと一緒に力仕事を担当していたギルとシザーが、村門に馬車の一団が到着したと知らせてきた。

 想定していたより早いが、エルランドらの帰還かと思ったのだけど……。


「ジェイドが、お前を呼べって。ウルヴズ行商団だ」


 何故か深刻な顔で、兼ねてから決めていた、吠狼の表向きの行商団名を告げてきた。

 遅れていた吠狼の者たちがやっと到着したと言うなら、喜ばしいはずなのだが。


「村の中を突っ切るには、広場が祝いの準備で埋まってるだろう?

 だから、横手から回り込んでいく方が、良いかと思うんだが」


 そう言いつつ、俺に顔を近付けて……。


「飛び火が、だいぶん深刻らしい。

 本当に入村して良いのか、今一度確認したいと言ってきたそうだ」

いつも見て頂きありがとうございます。

今週は、二話半書けてますよ⁉︎ ここ二週間に比べてらなんて順調!だけど書ききってないです。頑張ります。はい。

今週より越冬シーズン到来。雪が積もり出すまでカウントダウンが開始された感じです。

そして早速……イチャコラが遠退く、大問題……みたいになりそうです……何故だ。

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