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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第七章
218/515

アルドナン

 ほぼ十三年間、全くお互い、関わってこなかった相手。

 俺の記憶にある最後の父上は、あの人……ヴィルジールとの邂逅の最中にあった面会。あの時が最後だ。

 もう記憶の中に、父の面立ちすら、残っていない。

 何より、貴族となった時から俺は、自ら父上と接することを、許されてこなかった。


「その誓約、領主様はご存知ないそうです。

 そんな誓約を許すはずもないとおっしゃいましたしねぇ」


 日程調節のため、父上らと手紙のやり取りを続けていたマルはそんな風に言うのだが、今まで身に染み付いていた習慣だ。今更違うのだと言われてもなと思う。

 けれどこの日が来て、俺はこの恐怖の理由を悟っていた。もう、誤魔化せなかった。


 誓約のせいではない……。

 俺は、父上にお会いすることが、怖いのだ……。


 異母様は現在幽閉中。捜索の済まされた別邸で、父上と入れ替わりに、少数の見張りと、使用人のみを残してだ。

 そして少数の捕らえた重役たちは、牢に繋がれており、取り調べの最中だった。


 異母様をジェスルに送還することも検討されたが、それは今回、見送った。

 肝心の、ジェスルの悪事を証明できる証拠が、無いからだ……。

 ジェスルがセイバーンから、どれくらいの金策をしていたか。その記録は尽く処分されてしまっていた。

 セイバーンの中で長年続けられてきたこの歪な状況も、家庭内の問題と言われればそれまでだ。

 で、ある以上、異母様も大切な情報源。

 だから、世間的な体裁を守ることで、ジェスルを貶めることは避ける選択となった。

 相手は伯爵家……二つも位が上なのだから、下手に突くのは危険だったのだ。

 異母様は、兄上を病で亡くしたことによる傷心のため、表舞台から退いたという建前で、貴族社会からも退く。

 今後ずっと、一生を、バンス別邸で過ごしていただくことになる。

 異母様を人質とすることで、ジェスルがまたセイバーンにちょっかいを出すことを牽制しつつ、下っ端らは送り返すことで、こちらは全て承知しているという、意図を伝えた。次は無い。と、いうことをだ。

 まぁ、異母様に人質としての価値があるかとなると……期待はできないのだがな。


「レイシール様、お髪を、結えましょう」


 準備が一通り済んだところで、サヤがやって来た。

 その姿に、つい狼狽えて、視線を泳がせてしまう……。

 顔が勝手に火照ってくる。やばい、落ち着け俺。


 拠点村に戻ってからもずっと、サヤは今まで通りの男装だった。

 もうそうする意味も無いし、皆に性別だって知られてしまっているのにだ。

 だけど本日のサヤは、女性の装い……。紫紺のカツラも被っていない。

 本来の、サヤの姿だ……いつ以来……? あぁ、なんかもう頭もよく働かない。

 顔の傷を隠すためか、化粧もしっかりめに施されていて、祝賀会準備の時の、麗しすぎたサヤの再来に、動揺を隠せなかった。


 今日の装いは、白い短衣に深緑の袴。ごくありふれた、一般的な配色。腰帯は深い茶色。腰高の編み上げる形のもので、豊かな胸と細い腰がとても強調される。

 ギルめ……なんかサヤの体型をやたらと際立たせる衣装を選んでやしないだろうか……なんかそんな気がする。

 少し変わっているのは、深緑の袴が少々短く、真ん中でぱっくりと割れていて、下から紺地の、もう少し長い袴が見えていること。

 髪は横髪を少々編み込み、簡素なピンで、後れ毛をおさえ、左肩でひとまとめにされていた。さほど凝ってはいないのだが調和がとれており、とても清楚で好ましい。

 可憐であるのに、どこか落ち着いた……なんだかとても、サヤらしいと思える出で立ちだった。

 サヤの魅力は強調しておきながら、サヤらしさは的確におさえてくるとか……くそっ、なんかちょっと、ムカつく。


 髪を結ってもらいながら、サヤを直視できずに困り果て、ただひたすら無心を心がけていたら……。


「あの……私、どこか変ですか?」


 と、心配そうに聞かれてしまった。

 ち、違う。そうじゃない。


「大丈夫、とてもその……似合ってるから」


 とてもよく似合っている。本当に……。だけど、だからこそ余計、サヤが女性であることを意識させられて、落ち着かない。

 サヤがこんな服装をしているのは、父上を迎えるためなのだ。

 サヤは既に、父上にお会いしている。けれど、父上はサヤのことを……きっと影の一人だと、認識しているだろう。

 約十三年ぶりに、父上に会う……それだけでも重圧なのに、サヤを……俺の唯一無二だと、生涯を共にすると誓っていることを告げる。そのことに恐怖を感じていた。


 セイバーンの後継は、もはや俺しかいないのだ……。

 もし、政治的な都合で、サヤ以外を娶るよう言われたら、俺は貴族の義務として、それを受け入れなければならないのだろう……。

 父上だって、そうしてきた。当然、俺にもそれを求めてくるのだろうと思う。

 だけどまだ、その辺りのことを、サヤとは一切、話していなかった。

 忙しかったことを理由に、今日まで先延ばしにしてきてしまった……。

 話すことが怖くて……今日、この時まで……。


「…………っ」


 今も、言うべきだと、話さなきゃならないのだと分かっているのに、口にできない……。


「レイシール様?」


 サヤに呼ばれてはっと顔を上げると、心配そうな表情が、俺を覗き込んでいた。

 いけない。俺が不安そうにしてたら、サヤもきっと、不安になってしまうから。

 急ぎ表情を取り繕ったのだけど、そんなのはお構いなしに、サヤが俺の頬を両手で包んできて、ドキリとしてしまう。

 すぐ間近にサヤの顔がある……。少し身を乗り出せば、唇が触れてしまう距離に。

 紅の引かれた唇に、視線が吸い寄せられて、慌てて目線を、斜め下にずらしたけれど、もう脳内にしっかりとその唇が刻まれてしまい、全く意味が無かった。


 あの、火事の夜から……。サヤと口づけは、交わしていない……。

 火事の最中(さなか)の、啄ばむようなアレ、それすら無い……。

 俺たちの今後のことを話せない後ろめたさで、どうしても……。

 それに加えて、誘惑に揺さぶられてしまう自分が、まざまざと想像できてしまうのだ。

 サヤと口づけをしてしまえば、それ以上を望みかねない……。

 あの約束の夜、サヤが口づけ以上を許そうとした記憶が、絶対一緒に引っ張り出されてくるに決まっている。

 そんなことは起こらないと分かっているうちは割り切れていたというのに、いざそれが望めるかもしれないとなると、途端にこれだ……。


「……不安?

 そうやろね……十年以上、お会いしてへんのやし……その不安は、最もや思う。

 けど、お父様は、怖い方や、あらへんかった。

 そないに緊張せんかて、大丈夫や」


 そんなこと知る由もないサヤは、俺を安心させるためか、そんな言葉を優しく、言い聞かせるように口にする。

 ごく近距離にある美しいサヤに、潤った唇に、こっちがどんな衝動を掻き立てられているか、気付いていないのだろうか?

 いや、こういったことに敏感であるサヤのことだから、もしかしたら、分かっているのにあえて、こうしてきているのだろうか……。


 そんな雑念に囚われている俺なんて知らない風に、サヤは俺の頬を両手で挟んだまま、じっと見つめてくる。

 愛おしいものを見つめるような、どこか熱を帯びた視線に、つい鼓動が早くなった。


「髪や瞳の色なんかは、似てへんかったけど……声は、レイとよう、似てるって思うた……」

「声?」

「うん……レイよりもう少し、低いけど……優しい喋り口調とか、声の質感? よう似てるって、思うた。

 …………レイも、あと三十年くらいしたら…………あんな声に、なるんやろか……」


 その言葉に、何か嫉妬めいた感覚が疼く。

 自分が何にそれを抱いたのか理解できないまま、サヤの唇に、己のものを重ねようとしたのだけど。


「おい、仕度まだかって、ハインがイラついてンぞ」


 という、扉越しの声が乱入したことにより、直前で身体が硬直した。

 目の前のサヤも、瞳を見開き、驚いた顔。その頬が、みるみる染まっていく。

 自分の態勢に気付いたのか、慌てたように、頬から手が離れ、そのままサヤは立ち上がって、二歩ほど俺から遠去かる。


「あ……、お、終わりました」

「うん……」


 名残惜しくて、サヤをじっと見つめたまま返事をしたら、顔を横に背けて、恥じらいを覗かせるものだから……余計にざわついた気持ちを宥めるのに苦労した。


 言わなきゃいけないことは言えないくせに、求めることは抑えられないとか……どれだけ都合が良いんだ、俺。


 鏡を確認すると、白い長衣に濃紺の上着と細袴。枯草色の腰帯を巻いた俺がいる。今日の俺は、普段のサヤがよくする、高く結わえた馬の尾のような髪型なのだが、細い三つ編みが編み込まれ、少し大人びて見える。

 壁に立て掛けてあった杖を手にして、さて、行こうかと思ったら。


「あのっ」


 と、サヤに呼び止められて。


「ん?」

「……い、いえ。なんでも、ないです……」


 とても良く、お似合いです。と、言葉を濁されて……。

 お互いそれ以上が続けられず、黙って部屋を後にした。



 ◆



「お。やっと来たか」


 玄関広間にて。

 杖に縋ってゆっくり歩いてきた俺に、やはり普段よりも更に王子様にしか見えないギルがそう言った。

 前髪を上げて、渋めの配色の礼服を着る姿は俺よりよっぽど威厳がある……。

 隣にはルーシーもおり、こちらも気合の入りようが凄い……。キラキラ過ぎる二人に、少々苦笑してしまう。


「お待たせ。父上はまだかな」

「先触れはもう到着した様子だぞ。今、マルが対応してる」


 本日は、俺の配下となった者が全員揃っている。ギルたち二人は賓客としてだけど、こんな風に勢ぞろいするなんて、初めてのことだ。

 ハイン、ウーヴェ、シザー、ジェイド。マルは今外しているけれど、ジークら三人と、吠狼からも二名。

 とはいえ、獣人である者はまだ憚られるため、本日は父上奪還の時に頭であった浅葱と、干し野菜作りの時に参加していた女性……名は確か、牡丹。この二人のみだ。

 他にも、父上の身の回りを世話することとなった女中や使用人が後方に並んでいて、落ち着かなげに、そわそわしている様子。


 しばらくそのまま待機していると、サヤが一旦席を外し、椅子を一つ持って、戻ってきた。


「レイシール様、傷に響きますから、座っていてください」

「……ん、ありがとう」


 ほんの少しの間のことだから、気にしなくても良いんだけどな……。と、内心では思ったものの、極力早く傷を治そうと思えば、言われた通りにしておく方が良いだろうと、持ってきてくれた椅子に腰を下ろす。


「傷の具合はどうなんだ?」と、ギルに聞かれたから、素直に答えた。


「脛の方はもう多分、大丈夫。太腿が、まだちょっとね。痛みの方は、だいぶんマシだよ」

「そうか……」

「まあでも、どうせもうすぐ越冬だ。屋敷に引きこもっている間に、良くなるさ」


 動きたくても動けない季節が来るからな。

 一の月から二の月にかけて、世界は雪で閉ざされる。その間は、どう足掻こうと屋敷に引きこもっておくしかないので、いやでも安静にすることになるだろう。

 そう伝えると、たまに様子を見にきてやると、ギルに言われた。


「越冬の最中にか?」

「あぁ。どうせこっちの仕事だって暇だしな。冬の様子も見ておきたい。来年以降のことがあるし……」

「来年?」

「そう。うちもここに、一つ店舗を持つことにしたから」

「…………は?」


 ……今、何か聞き捨てならないことを言った。


 だが聞き返す前に、サヤがスッと立ち上がって「いらっしゃった様子です」と、玄関扉に向かう。

 ハインも続き、両開きの扉を大きく開け放つと、冷たい外気が一気に吹き込んできた。


 椅子から立ち上がって、玄関先まで出向くと、通りをゆっくりと進んで来る馬車がある。

 周りを馬が数騎。護衛のための、武官や騎士だろう。


 ドキンと心臓が跳ねた。

 この寒さなのに、嫌な汗が背中を伝う。

 父上を救い出すためという大義名分の元で、俺は動いた。

 それは念願叶い、こうして形を成したけれど、果たして現状は、父上の望む結果であったろうか……と、思わずにはいられない。

 もっと、他にやり方があったのじゃないか……。

 兄上を死なせてしまった。

 館も燃やしてしまった。

 兵に、死傷者だって出した。

 更には己まで、不注意で死にかける始末。

 こんな不甲斐ない俺を、父上は、いったいどんな風に思うのだろう。

 不安に胸が押し潰されそうだった。


 そんな俺の前に、馬車はゆるりと入ってきて、停車する。

 まず前方の扉が開き、年配の男性が一人と、その血縁関係を伺わせる、青年が一人、降りてきた。

 二人は一旦俺に一礼してから、後方の扉を開く。

 若者の方が、もう一度馬車の中に乗り込み、細身の男性を抱えるようにして、外に出て来たのを、もう一人の年配の男性が更に支える。


 馬車から降ろされたのは、びっくりするくらいに、細身の人。支えられてなければ、自力で立つこともままならないのではと思えるほどに、頼りない。

 麦色に近い金髪は、記憶にあるよりも随分とくすんでみえる気がする。けれどそれは、髪に白髪が混じっているからだと、気付いた。

 もう、五十を超えていらっしゃる……そうか。俺の記憶にある父上は、もうこんなにも、過去なのか。

 ずっと大きくて、近付きがたい存在であったはずの父上が…………俺よりも小さく、華奢だった……。

 一歩ずつを踏みしめて、こちらに近づいて来るたびに、それを更に実感させられる……。


 俺からほんの数歩という距離に来るまで、俺は呆然と、父上に見入っていた。

 父上の歩みが止まり、一拍の沈黙……。はっと、自分が不敬を働いていることに気付き、慌てて手を胸に、頭を下げようとしたのだけれど。


「無粋なことはするな」


 はっきりとした、鋭い声音に止められた。

 見た目に反し、声色は、違う。

 どっしりと重い声。

 今まで伏せていた顔を上げた父は、桃色の瞳をしていた……。記憶の中のぼんやりとしていた父上がやっと今、鮮明になった。

 目の前にいらっしゃる方と、記憶が重なる。


「もう良い」


 父上がそう言うと、父上を支えていた二人が、すっと手を離し、一歩下がった。

 今にも折れてしまいそうな細い足で、俺の前に立った父上は、それでも自力で、なんとか二歩、進む。

 とはいえ、衰えた筋肉と、腱を斬られた足の一歩は小さい。俺の一歩分の距離も、詰めることができていない。

 その現実に、じんわりと、視界が霞んだ。


「負傷したと、先程聞いた。大事無いのか」


 そう問われ、嗚咽で詰まりそうになる喉を、必死で動かす。


「た、たいしたことは、ありません……。筋を痛めたりも、しておりませんから……」


 そう言うと、そうか。と、溜息。

 そして、もう二歩を進んだ父上は、俺に手を伸ばした。身を竦めた俺の肩に、その手が置かれ……。


「……もう一度、こうしてお前に触れる日が来るとは、正直なところ、考えていなかった」


 そう言われ、なんと答えて良いやら、困ってしまった……。

 その言葉は、もう俺と会うつもりはなかったと聞こえる。

 実際、こんなことにならなければ、俺はここに戻らなかったかもしれないし……。

 父上自身も、俺を望んでなどいなかったと、いうこと……。


 俯いた俺に、父は何を思っているのだろう……。

 表情を見れば、きっと何か分かる。そう思うのだけど、それをする勇気が出ない……。


 何も答えない俺のせいで、場が沈黙に支配された。

 何か言わなければと焦るけれど、言葉を探し出すことができない。

 そんな風にただ焦りだけを募らせていたら、肩の手が、頬に触れた。


「顔を、ちゃんと見せてくれ」


 命じられ、慌てて顔を上げる。

 逆らうなど、許されない。反射だった。けれど……途端に、胸を抉られた。

 悲しみ、後悔、落胆、喪失感……複雑な感情の揺らぎ。

 父上にとっての俺は、そういったものなのかと……その表情に、胸を刺された。


「まさか……こんなにも大きく、育っていたとは……。

 それはそうか。十二年も……春になれば、十九になるのだよな……」


 しみじみと、父上が噛みしめるようにそう言ってから、戸惑うように、視線を彷徨わせる。

 けれど、苦そうに小さく微笑み、そのまま俺を腕の中に。

 抱きしめられたことが信じられず、ただ呆然と、されるがままになる。


「お前には、合わせる顔がなかった……。幼いお前に、酷い仕打ちばかりだったセイバーン(ここ)は、思い出させることすら、酷に思えて……。

 帰らなくて、良いと思っていたんだ。学舎でお前は、楽しそうに、生き生きとしていると、聞いていたから。

 ここで、最後に見たお前は、表情を失くして、話しかけても返事すら返らない、呼吸をしているだけの、人形だった。

 私は、お前をそんな風にしか、できなかった。お前に、親らしいことは何一つ、してやらなかった。

 だからお前は、帰ってこなくても、良かったんだ。

 ここを忘れて、構わなかったのに……」


 カランと音を立てて、手の杖が床に倒れた。

 父上の細い身体は、支える必要もないほど軽くて……。

 だけど、首に回された腕には、力があった。


「お前が身を犠牲にするほどの価値が、私やセイバーンにあったか? 無かったろう? なのに何故そうまでした。

 私はお前に、どう償えばいい? 何を返せる?……何をしてやれる」


 熱が、身体に染み込むみたいで……。

 父上のその言葉が、愛情が、苦しいくらいだった。

 あぁ、俺、ちゃんと愛されてたんだと、そう理解できた。


 この人は、俺と同じだ。

 突き離すことで、守ってきた。それしか選べなかった。

 血なのかな。

 やっぱり、親子なんだな……。

 こんな不器用なところばかり、俺は、似てしまったのかな……。


 さして触れ合ってこなかった。だけどそれでも、繋がりを、確かに感じる……。


 不敬にならないだろうかと、少し考えて……それでもこの衝動に抗い難くて、おそるおそる父上の背に、手を添えた。

 触れたかった。

 十五年ぶり……セイバーンに来てからは、自ら父上に触れることも、許されなかったから……。

 細く軽い……だけど確かに、生きている。

 その温もりに、自然と涙が溢れてくる。


「名を……呼んで、くださいませんか…………」


 我儘かなと思ったけれど、呼んでほしかった。


「レイシール。……………………レイ、会いたかった」


 俺もです。父上。

 そう伝えたかったけれど、言葉はもう、紡ぐことが、難しくて。

 折れてしまいそうな薄い背中を、ただ抱きしめ、泣くことしか、できなかった。

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