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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第七章
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閑話 夢

 天使というのは、死した者が、来世へと旅立つまでの、つかの間の姿であるらしい。


 炎から逃れるために跳んだサヤが、俺すら飛び越して、地に落ちた。


 沢山の腕に絡め取られて、サヤを受け止めることもできなかった俺の前で、(むくろ)となったサヤから、もう一人の彼女がゆっくりと、身を起こす。

 (カラ)を残し、背に羽を携えて。

 あぁ、これが天使の羽化なのかと、絶望の最中に、思う。


 美しい。

 美しいけれど、なんて、虚しい……。


 艶やかな黒髪に、玉虫色の羽。羽ばたくための練習なのか、大きく広げて、閉じて、何度かそれを繰り返してから、んーっと、伸びをした。

 骸を脱ぎ捨ててしまったサヤは、一糸纏わぬ無垢な姿で、艶やかな白い肌が眩しい。普段なら、視線のやり場に困っていただろうと思う。


 無垢なサヤは、傷付き、無残な傷を沢山身に刻んだ己の骸を、ちらりとだけ見下ろした。

 そうして、ただそれだけで、未練なんて無いみたいに、羽を広げるから……。


 いかないでくれ!


 必死でそう呼びかけ、駆け寄って、抱きしめた。

 香りは同じ。柔らかく心地よい肌の、温かさも。

 だけど決定的に違ったのは、もう何ひとつ今世に興味なんてないといった風な、あどけない表情。


 記憶は(カラ)に置いていくからね。来世には、必要ないものだから。


 そう言うーーに、そんなのは嫌だと首を振った。


 仕方がないよ。死ねば、誰だってそうなるんだよ。


 死んでない。死なせない! こんなところで死んで良い娘じゃないんだ!


 腕に力を込めると、無垢なサヤは嬉しそうに笑って、俺の背に腕を回してくる。

 こういった遊びだと思っているのかな……。

 ぐりぐりと、ロゼみたいに、頭を首に擦りつけて、キャッキャとはしゃぐ。


 たまにいるんだよね。なんの因果か、紛れ込んでしまう迷い子が。

 異物だから、普段ならさっさと取り除くんだけど……。


 そう言ったーーが、サヤを鷲掴みにした。

 いやいやと身を捩るサヤを、雑に扱って、ぶら下げる。

 苦しいのか、それとも怖いのか、羽を震わせて涙を零すから、俺は慌ててーーの指を掴んだ。


 …………なに?

 やめてくれ。

 なに、そんなに気に入ってるの?


 不思議そうに首を傾げる。


 サヤは俺の女神なんだ……。

 女神? ははっ。あぁ、ほんと気に入ってるんだ。何がそんなに良かったの?


 大した興味もなかったのか、あっさりと手を離してーーは、だけどと、言葉を続ける。


 でもそれ、異物なんだよ?

 種が違う。

 君らは、全く別物なんだ。それを、分かってる?

 別物なのは、分かってる。

 だけど、だから、なんだっていうんだ。

 彼女は彼女で、大切で、俺はそれを、愛おしいと思うんだ。

 へぇ……。

 怖いとか、異質だとか、そんな風には思わないの?

 サヤを怖いだなんて、全く思わない。

 だけど、俺のせいで傷付けてしまわないか、穢れさせてしまわないか……。それを思うと、怖い……。


 そう言うと、ーーは、また不思議そうに、俺を見て……。


 でもさ、そうやってる限り、この子は異物だよ。

 この世界に馴染まないなら、やっぱり異物だ。

 異物ならいらないよ。


 そう言われて、カッとなった。


 異物じゃない!


 腕を伸ばすーーから、サヤを庇って抱きしめる。

 するとサヤは、安心したように、身を擦り寄せてきた。

 愛おしくて、額に口づけを落とすと、嬉しそうに、唇を啄ばんでくる。

 歓喜に身体が震えた。

 求めてくれることが嬉しくて、腕に力を込める。

 だけど、壊してしまいそうで……それ以上のことを、求められなくて……。


 その様子を見て、ーーは……それまでのどこか無機質だった存在感を、ガラリと変えた。


 そう思うならさ、ずっとお客様にしておくのは、どうかと思うよ?


 その大きな指を伸ばして、サヤの頭を、優しく撫でる。

 愛子をあやすみたいに、優しい手つきで。まるで、慈しむように。


 今回のあれはさ、この子が特別だからじゃないよ。

 こうやって、死んでしまうようなことだったんだ。

 命懸けだったんだよ?


 そう言われ、まざまざと思い出されたあの情景に、身の毛がよだつ。


 だけどこの子は必死だから。

 紛れ込んでしまった異物なんだって自覚してるから、自分の全部を担保にして、必死に存在意義を示そうとするんだ。そのために、命だって賭けるんだよ。

 この子のしたことは、失敗したら最後の、危ない賭けなんだ。

 この子は自分が特別じゃないって知ってる。だけど特別を求められたら、それを演じるよ。

 そしていつか、できないことまで求められて、それでも拒めなくて、失敗する。

 そうなってしまって、良いの?


 腕の中の無垢なサヤが、サラサラと崩れ出した。

 サヤという存在が消える恐怖に悲鳴をあげる。必死で掴もうと、守ろうと、かき抱くけれど、散っていく…………。


 ぼくは、この子を呼んじゃいないよ。

 そんなことはしない。本来はこんな風にだって、しやしないんだよ。

 この子は勝手に、紛れ込んだんだ。

 だから何も、意味なんてない。

 なのに、そんなものに縋ったこの子は、どうなるんだろうね?

 縋りつけるものが無いって分かったら。足場なんて無いって、気付いたら。


 最後の一欠片まで消えてしまい、絶叫して地面を掻きむしった。

 失くなってしまった。また。


 まだだよ。


 そう言われ、ーーが指差したのは、骸のサヤ。

 傷だらけで、ボロボロになって、それでも安らかな表情で、呼吸をしていた。

 這い寄って、抱きしめると、温かかった……。安堵に涙が溢れてくる……。


 君が受け入れてあげなきゃ、この子はずっと、異物だよ。


 そう言ったーーは、仕方ないなというように、溜息を吐く。

 そうして、俺にその指を、突きつけた。


 君、ほんとヘタレだから、特別に念を押しておくけどね。

 この子、自分からは絶対に、求めやしないよ。

 本当は欲しているのに、遠慮して、端っこのちょっとだけ、少しだけもらえれば充分だって、きっとそう言うんだ。

 君は、この子のこと、強い子だって思ってるけど…………本当は、もっとずっと、脆いんだよ。

 はじめっからそうだったでしょ?


 そう言われ思い出したのは、出会った当初の、遠慮して、我慢して、必死だったサヤ。


 そんな……じゃあ、どうすれば?


 そう問うと、ーーは、悪戯っ子みたいな、人の悪い笑みを浮かべて、言った。


 分かってるくせに。

すまん、諦めた!

本日より仕事再開で、八千文字書く時間なんて無かったさ!


申し訳ないのですが、もう一週間、お付き合いください、そこでなんとか、まとめようと、おも、思います……。


で。本日は閑話。今週はこれで、締めくくらせていただきます。

来週また、金曜日八時以降、お会いいたしましょう。

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