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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第七章
212/515

作戦決行 3

 服を着替え終え、サヤが用意してくれたという革製品を身に付け、腰の後ろには短剣を。いつの間にやら三つ編みを習得していたハインが、俺の髪を結って支度を終えて。

 戻ったら、もう作戦会議の準備が整えられ、進められていた。

 執務室横の会議室に揃ったのは、俺、ハイン、シザー、マル、ジェイドと、ジーク、アーシュ、ユスト。更に、傭兵団の班長が四人。

 そのままマルの本館制圧作戦を説明されたのだが、言ってみれば強行突破だった。


「だってねぇ……全員戦力として数えたとしても、三十人そこらですし。

 大人数でかかってこられたらどうしようもないんですよ。

 その上、レイ様はセイバーン兵を極力巻き込みたくないとお考えですし」


 そう言うマルに、無茶を言ってごめんと心の中で謝る。

 館の兵力を総動員すれば、俺たちなんてひとたまりもないだろう。夜明け前の急襲を仕掛けるとはいえ、それでも警備や夜間勤務中の衛兵や騎士は三倍をくだらない。

 それに対しこちらは非正規兵二十人とジークら三人。更に俺を含む戦力外三人に、ハイン、シザーだ。

 非正規兵とはいえ、傭兵団の彼らはそこそこの腕前であるという。試験さえ受ければ合格であろう実力がありつつ、それを成せていない者らだ。

 例えば試験を受けるだけの準備資金が無いであったり、媚びるのを嫌い(おもね)らなかったり……そんな理由で。

 そもそも、騎士となるためには自身の馬と鎧が必要とされるため、平民には相当負担が多い。しかも装備の維持管理にだって金は掛かる。

 だから、従者や兵士として下積みを重ね、資金を工面し、上にいかに気に入られるかが重要であったりするのだ。上司に騎士となるよう望まれれば、それなりの援助も環境も、期待できるのだから。

 つまり……剣の所持はともかく防具に関しては持っていない者も多く、武装も薄い。

 それで一人につき三人以上を相手取るには……正直無理がある。

 まぁ、全身を鎧で固められても、煩いし機動力に欠けるので、今回の急襲に関しては装備が整っていなくとも良いのだが。


「俺たちだって、セイバーン兵は極力相手したくないよな……」

「明日の同僚と揉めたくなんてありませんしね。

 作戦が成功して、せっかく平和になったって、この作戦で殉職した兵の身内は良い気分じゃないだろうってのは、よく分かりますから」

「あぁ……しかも仕えるべきと思っていた相手が領主様を拉致監禁してた悪党でした。じゃ、俺なら死んでも死にきれない……」

「だけど家族守るためだとなぁ……どうしてもって場合あるよなぁ」

「正直板挟みだよな……こっちもあっちも」


 隊の班長が渋面で頷きあう。

 因みに、班長というのは五人に一人選ばれている。つまり五人隊が四つあるわけだ。


「まあそれでですね、まずは懐柔作戦でいこうかと。

 夜間警備って、基本セイバーン村に居を構える者たちです。当然家族が近場にいる。

 領主様が健在であった頃は、領主様自身にも多く関わっている者たちです。

 なので、領主様の置かれた状況を、堂々と宣言し、こちらの正当性を主張して兵らの混乱を誘います。本来の主人の現在を詳らかに伝えるんですよ。

 正直、異母様に好きで仕えてる人、あまりいないと思うんですよねー。

 レイ様が自身の正しさを声高く宣言されれば、場合によっては味方についてくれるかもしれません。

 その上で『迷う者は、見なかったことにしろ』と、逃げ道を用意します。

 つまり、僕たちに気付かなかったふりをしたり、倒されたふりしておけば、攻撃対象にはしませんよと宣言するんですね」

「それ……言って実行してくれますかね?」

「それに、ジェスルの者が紛れてても見逃しそうですが……」


 班長らが困惑顔でそう呟く。

 するとマルは、ムフフと笑った。


「田舎の村をなめてもらっちゃ困りますよぅ。

 兵士の名前、家族構成、最近の夫婦喧嘩の内容から、幼少期のおねしょの回数まで、大体村人全員が、把握済みですよ」

「ま、マジですか⁉︎」


 いや、さすがに大袈裟だよ……。


「まあつまりね、誰がジェスルかそうでないかは、皆理解してます。誤魔化せませんよ。

 それに、レイ様は、案外この村で上手く過ごしてるんです。

 レイ様が兵や使用人らと関わらなかったのは、彼らを守るため。

 それだってちゃんと、伝わってると、僕は読んでます。

 でなければ、説明がつかない部分が、沢山あるんですよねぇ」


 にこにこと笑うマル。

 正直、正気を疑う台詞だ。

 村人の心なんて、押し計れやしないのに、楽観的すぎる。班長らの表情は、まさにそんな感じ。


「あなた方はまだレイ様との縁が薄いですからねぇ、納得できないのも分かります。

 でもね、レイ様が村で農家に混じって作業しているところ、十六歳からハインと二人で孤軍奮闘しているところ、別館を農民の避難小屋がわりに利用したいと異母様に提案し、断られて凹んでたところ、村の子供の怪我に自分が怪我したみたいな顔してるところ、食事処を作ったり、湯屋を作ったり、気さくに村人と話してたり、案外偉い方々がレイ様と懇意にしてたり……。そんな全部を皆、見てきてるんですよ。

 レイ様は一見頼りなさげですが、実は優秀で、だけど偉ぶらなくて、優しい人で、有言実行の人だということも、理解してます。

 自分たちを大切にしてくれる。寝てたら攻撃対象にしませんよと宣言したなら、絶対にそうしてくれる。身内にも累が及ばないようにしてくれるってね。

 だから、僕はレイ様が本気でお願いしたら、案外結構なことでも聞いてくれると、思うんですよねぇ……」


 マルは、「思う」だけでそんなことは口にしない。それなりに情報を集め、分析をし、ありとあらゆる可能性を検証した上で、そう発言してる。

 だから、彼が口にすることは、かなり信頼度が高い。そう、知ってはいるのだけど……。


 そう……なのだろうか……。

 でもメバックでは……。


 ブンカケンを提案した際の、はじめの反応は、そんな甘いものじゃなかった……。

 そう考えてうつむく俺に、マルがまた、笑いかけてきた。


「レイ様が一番関わって、大切にしてきた場所です。なに、試す分には時間も費用もかかりませんし、やって損は無いですよ」

「けど……聞いてもらえなければ、皆をより、危険に晒す……」

「聞いてもらえなければ強行突破で目標の捕縛。少人数の鉄則を遂行するだけのことです。どっちにしたってやることは一緒ですよ」

「…………そうだけど、急襲の意味がなくなるだろ」

「それはね、こちらの正当性を主張するためにも、裏からこそこそ行動するより、堂々と見せた方が良いと思うんです。あ、セイバーン兵にですよ?

 この作戦が成功したところで、レイ様が後々後ろ指さされるようでは、今後に影響します。

 後ろ暗いところはないと示しておきましょう。なに、宣言に数分使ったってさして変わりませんよ」


 結局、マルの主張が通り、一応正当性を宣言して行動を起こす……という、急襲らしくない作戦で決定となった。

 領内の、本来は味方であるセイバーン兵を相手にする数が、少しでも減るならその方が良い。

 結果、こちらを見ないふりしている、倒れて寝たふりしている等、戦う意思の無い者は攻撃対象にしないと決められた。


「ジェスルとの簡単な見分け方も一応伝えておきますねぇ。

 一般衛兵は全てセイバーンの者です。使用人、騎士はジェスルと混在してますが、セイバーンの者は装飾にこだわりが薄いですし、ジェスルに目をつけられたくないですから、簡素な服装の者が多いです。これだけで随分標的は絞れるでしょうから、後は各自、油断の無いようにね」


 きっかり三十分で作戦会議は終了し、外に向かうと、一台の馬車に二台の幌馬車、数頭の馬がすでに用意され、馬具も装着済みだった。傭兵団の皆が準備は進めてくれていた様子。

 馬車に向かうと、ちらほらと仮小屋の窓が開かれ、人が覗いていることに気が付いた。

 ……まぁ、夜中に騒がしくしていれば、な。


「すまないな、起こしてしまって」

「いや、良いんだけどよ……なんか問題があったのかい? レイ様がそんな、物々しいの……初めて見た」


 恐る恐るといった感じに、一人の石工がそう口にする。


「あぁ、ちょっとね……。

 申し訳ないが、警備も全て、連れて行く。ここが手薄になってしまうのだけど、特に問題は起こらないと思うから、本日一日、ちょっと無理を通させてもらう。シェルトにも、そう伝えておいてくれると助かるんだけどね」

「直接言え」


 石工の後ろから、そんな声。

 シェルト、いたのか。


「きちんと、説明してもらえるか。あんたが何をしでかすのか」

「……領主の館を急襲することが決定した。今から向かい、朝には実行だ。

 父上が、急病ではなく、幽閉されていたことが判明したんだ。だから、首謀者を確保してくる」

「……分かった。ここの警備は気にするな。

 どうせ今日は、殆ど片付けしかすることもないしな。

 夕刻には戻ってくれると助かるが、それも状況次第だろうし……まぁほどほどにな」


 あっさりと納得されてしまった……。


「……シェルト?」

「そんな内容なのに、あんた、首謀者を殺すとかじゃねぇんだもんよ……。

 なら、思い込みとか、暴走とかじゃなくて、それが必要ってことなんだろ。

 とりあえず、無茶なことはするな。あんたは自分が守られる立場だってことを、ちゃんと分かってなさそうだから、一応忠告しとくぞ」


 欠伸を噛み殺しつつそう言い、最後に「武運を祈ってる」と、付け足された。

 そうして、部屋の中に眠っていたであろう同僚を起こしにかかる声が聞こえる。

 急遽、警備を石工から捻出してくれるのだろう。


「ありがとう……」


 俺もそれだけ口にした。と、背後からイラついたハインの声が俺を呼んでいるから、慌ててそちらに急ぐ。


「うろちょろしないでください。早く乗って!」

「分かったから……」


 馬車の中に押し込められると、ジェイド、ジーク、アーシュ、ユストが同乗しており、そこにマルまでいたのでびっくりした。


「留守番じゃないの?」

「本日は同行しますよぅ。事後処理等、色々やることがありそうですもん」

「サヤたちから、連絡が入るかもしれないのに」

「それは犬笛で知らせてもらえますから、問題無いです」


 とのこと。

 まぁ、ジェイドが乗って帰った狼の人はここに残るのだろうし、良いか。


 傭兵の面々は二台の幌馬車と馬で移動。シザーも馬だ。

 夜道だし、速度は落として進むしかない。到着には、普段より少し時間がかかるだろう。

 緊張した雰囲気の車内。

 ジェイドは体力温存のためか、早くも目を閉じて眠りに落ちた様子。もしかしたら、もう熱が上がってきているのかもしれない。

 ジークらもピリリと引き締まった表情で、自身の剣を足の間に立てるようにして、握っていた。

 命のやり取りになるかもしれない……。

 俺自身、異母様や、兄上をこの手にかけると、つい先日まで、そう思っていたのだけれど……。

 感情に任せ、そうすることをとどめてくれたサヤに、心の中で感謝を捧げた。


「ちょっと、聞いて欲しいのだけどね。

 これから俺たちは、仇敵に挑むのだけど……どうか、怒りは、おさめてほしいんだ」


 話し出した俺に、ジークらが怪訝そうな視線を向けてくる。

 正直俺が言うことじゃないとは思うんだけど……。


「これは、私心で行動しては、いけないことなんだと思う。

 父上への仕打ちや、セイバーンを食いものにされている状況や……母のこと。

 色々、腹に据えかねることはあるのだけど……それで視界を狭めてしまってはいけないと思うんだよ。

 ジェスルの思惑や狙いは、まだはっきりしていない。資金を得て、それを何にどう使っているのかとか。

 そういう、まだ見えていないものを見定めるためにも、俺たちは冷静でなきゃいけない。

 それに、ジェスルの者にだって、色々な事情の者がいるだろう。

 ただ、ジェスル憎しで一括りに片付けてはいけない」

「……レイシール様は、それで良いんですか。

 貴方は……もっと、怒ってしかるべきだと、思いますけど……」


 ユストにそう指摘され、情けないことに、自分もそこについ先日まで囚われていたのだと、正直に話した。


「異母様方をこの手に掛けて、セイバーンを終わりにしようとまで、考えたけどね……」


 そう言うと三人が唖然とした顔になり、慌て出す。


「いや、もう、考えてないから。

 それが、俺に関わってくれた人たちを、ただ苦しませ、悲しませることだって、よく分かったから……。

 だけど怒りのままに、恨みを晴らすってさ、そういうことだろ? もう、取り返せないものを、他を壊すことで誤魔化すってことだよ……。

 今でも、苦しいし悔しいし、色々、思うところはあるのだけどね。

 でも俺たちは……過去じゃなく、先を見なきゃいけない。

 セイバーンを取り戻すのは、私怨を晴らすためじゃない。

 ここに暮らす人らの安寧を、取り戻すためだ。

 我々はこの国に仕える者で、それが俺たちの責務。

 失くしてしまったものじゃなくて……これからを、大切にしていかなきゃいけない。それを、汚したくないんだ」


 あの人を忘れやしない。

 けれど、俺の痛みは、それすら宝だ。

 俺を今のこの形にしてくれた。

 この痛みが、今ある沢山の宝に、巡り会わせてくれた。

 怨みで行動するということは、その宝を、汚す。苦しませることだ、と気付けた。


 サヤやみんなを大切にしたい。

 なら俺は、私怨で動いてはいけないのだ。


「だから、ジェスルだからという理由で、行動しないでほしい。

 ちゃんと相手を見極めて。本当に正しいかどうかを、自身の良心に聞いてくれ。

 自分が後で苦しくならない選択を、してほしいと思う」


 異母様や兄上を手に掛けて、俺も同じく終わろうなんて考えてしまったのは、それが苦しいと、薄々感じていたからだろう。

 二人をこの世から消し去ったところで、あの人は戻らない。それはもう、分かっていることだ。

 だけど、他を守るためだと、皆の幸せのためだと言い訳して、苦しみをぶつけて、何も得られないことに絶望する前に、全部を終わらせて、目を背ける。

 そんな、逃げの気持ちがあったと思う。

 二人を始末するだなんて行動に出て、ジェスルが何もしないで済むはずがないのに……セイバーンがなくなれば、ケリがつくだなんて、自分勝手に考えていた。

 そうやって、皆に悲しみを押し付けてしまうところだった……。


「そんな風に、割り切れるものですか!

 綺麗事です。貴方は領主様や、ロレッタ様を……っ」

「アーシュ!」

「うん……言いたいことは分かる。

 セイバーンを快く思っていないから、そんな風に簡単に、言ってしまえるのだって、そう思うんだろう?」


 それは確かに、あると思うのだけど……。


「それでも俺は、ここに戻って二年半、歯車を回した。ここに時を刻んだよ。

 (しがらみ)も、大切な人も、沢山できた。君らだって、その内なんだ。だから……君らを汚したくないって思う気持ちも、本心だよ」


 恨みごとを晴らすために、誰の命も使いたくない。

 幸せにしたい。これから先も、そうしていきたいのだ。


「……心得ました。

 私怨は捨てる。隊員にも徹底させます。

 我々がこれより行うことは、セイバーンの秩序を取り戻すという任務です。

 それ以外はありません」


 ジークが、はっきりとそう口にし、胸に手を当てて頭を下げる。

 隊長の決定に、他二人も戸惑いを見せつつ、従った。

 そんな簡単に、気持ちを切り替えられるものじゃないのは分かってる。

 けれど、その意識があるかないかは、全く違うと思うのだ。


「うん、宜しく頼む」



 ◆



 セイバーンに到着したのは、空が仄かに、色彩を取り戻しはじめた頃合いだった。


 村の端で馬車を降り、俺たちはまず隊列を組んで、作戦の確認を行った。


「まず我々の任務は、フェルナン、異母様(アンバー)の両名を捕らえることだ。

 さらに、ジェスルの上位陣、特に執事長は必ず捕縛。取り逃がすな。

 ジェスルの者は、極力捕らえよ。武器を捨てた者には刃を向けるな。意味を成さない流血は許さん。

 我々はセイバーンの秩序を取り戻す。そのために剣を取るのだ!それを忘れるな!」

『っ!』


 非正規兵であるとはいえ、それなりの役割を担い、経験を積んでいる者たちは、一糸乱れぬ動きで左手を胸に当て、踵を揃えた。

 それを見届け、さあ出発だと思ったのに、一同が俺の方を向いて動きを止める。

 …………え。何か言えってこと?

 ちょっと怯みかけたけれど、自分に喝を入れ、顔を引き締めた。自分の気持ちは、自分の言葉で、きちんと届けよう。


「……今までの長い時間を、よく、耐えてくれた。

 そして父上も、同じ時間を共に戦っておられた。

 あちらは大丈夫だ。必ず、父上を無事、守り抜いてくれる。

 だからこちらも、セイバーンの者として恥じぬ行いをしよう。

 我々は、セイバーンの安寧を取り戻す。

 だがそれは、非道な行いの先には無い。

 苦しく、辛い日々を耐えてきてくれた君たちにだから、敢えて言う。これは、務めだ。

 明日の幸せのために、怨みは捨て、務めを果たしてくれ。必ず、報いるから、協力してくれ、頼む」


 皆、思うことはそれぞれあるだろう。けれど、それを敢えて飲み込んで、最敬礼でもって意思を示してくれた。


 そんな彼らの、命を預かる。

 失ってしまう者も、出るかもしれない。

 だけどその働きには、必ず報いる。セイバーンを、豊かで平和な地にする。その責務を、俺が果たす。

 今も戦ってくれているに違いないサヤたちのためにも、ここを抑え、終わらせる。


 村の中を進むと、ちらほらと起きていた農民たちが、何事かと顔を覗かせる。

 慌ててかけてきた警備の兵が、腰の剣に手をやって、俺たちを呼び止めるから、対応しようと前に出たら、それを横から遮られた。


「村の中は僕が。

 レイ様は本館へ急いでいただく方が良いと思いますよぅ」


 マルがそう言うので、ここは任せることにし、隊の一つをマルに残した。


「何かあれば……」

「良いですって。心得てますから。さぁ、急いでください」


 ポンと背中を押されて、先へ進んだ。

 橋を渡り、村の中を足早に突っ切る。

 朝の早い農民らと違い、北側の区画はまだ静かなものだ。

 村を抜け、ゆるい先道を登り、馬車用入り口を通り過ぎて、本館の門前にさしかかると、警備の兵二人が驚いた顔で俺を見る。

 そしてちらりと本館を見たかと思うと、一人が慌てて駆け寄ってきた。


「な、何事ですか⁉︎ こんな物々しい……いけません、ヤケを起こしては……」


 そう見えたか……。


「ヤケじゃないよ。必要があって、こうして来た。

 父上を救出した。病ではなく、監禁されていたんだ。

 今は安全な場所へ避難してもらっているが、こちらを放置するわけにはいかない。

 我々はこれより、アンバー、フェルナン、ジェスル幹部らを拘束しに行くので、ここを通る」


 そう言うと、あんぐりと口を開けて、棒立ちになった。

 きっと頭の中は混乱の極みにあることだろう。


「君たちは、誰も何も、見ていないとしておいてくれ。

 ここに父上がおられない以上、私の立場が反逆者となることは理解している。けれど、今動かなければ、被害を食い止めるのはより難しいことになるだろう。

 だから、君らがどれほど職務に忠実であっても、押し通る。

 が……セイバーンの者同士で、争うことはしたくない。

 だから、君らは何も、見ていない。ことが終わるまで、そうしておいてくれ」


 静かに、冷静な口調を意識して、言い聞かせるようにそう、伝えた。

 その場にその男を残し、足を進めようとすると……。


「待って、ください。

 し、正面からなんて、駄目です。

 そもそも、人数が、全然、少ないのに……!」


 そんな風に言い、必死で俺の上着を掴んできた。

 周りがザワリと警戒すると、慌てて手を離し……。


「あっあの……。ちょっと、ちょっとだけ、待っててくださいませんか。兵士長を、呼んできますから。せめて、長の判断を、仰がせてください!

 僕らは、貴方様を害す気はありませんが、のこのこ行って、貴方様に何かあっては……そ、それが、一番、怖いんです! お願いします!」

「……人数が少ないことは、承知の上だ。それでも為すことは成さねばならない。

 それに申し訳ないが、時間が無い。行かせてもらう」

「ちょ、ちょっと待った! 待ってくだせぇ!

 お前も声がでけぇ、聞こえちまうだろうがっ」


 馬車用出入り口から、壮年の男が慌てたように駆けてきた。門番の頭を一発叩き、俺に対し礼をとってから「確かなのですか」と、口調を改め、問うてくる。


「領主様のことは、確かに、監禁であったのですか」

「……聞こえていたのかい?」

「門の内側にたまたま遅れてた、交代役が。それが急ぎ知らせてきました。

 それが確かであれば、我々は、貴方様に従うべきであります」

「なんの保証も持ち合わせていない。

 だから、見なかったふりをしていろと言っている」

「みすみす失敗しそうなのに、そんなん承知できますか!

 ああもう、協力します! 貴方様には、借りがあるんだ俺は。娘を助けてくださったことが……覚えていらっしゃるかは存じませんがね!

 馬車出入り口から入ってください。兵舎の通用口から館へ。ジェスルの騎士らの控え室前を、極力通らないで進めます。

 ジェスルの者らは、どうするおつもりで……」

「無益な流血は望まない。

 目的は、異母様、兄上、ジェスル上官職の捕縛だ。早急に上を抑える」

「畏まりました。

 では我らは極力足止め、拘束に務めます。……信用してくださいますか?」


 その壮年の男は、真面目な顔で、俺にそう問うてきた。

 うん。できないわけがない。その男がどこの誰か、どんな人かを、俺は知っている。


「宜しく頼む」


 そう言うと、胸に手を当て一礼し、交代員の到着した門番が入れ替わると、先ほど俺に縋り付いていた男に……。


「お前は、給仕長の元に走れ。領主様の密命だ。ジェスルの者を拘束するとな。事を荒立てずと念を押せ。

 二年半ぶりだと、そう言ってやれ」

「い、いいんですかね……」

「いい! 行けっ」

「はいっ」


 門番が駆けていくと壮年の男は「まあ、嘘にはならんでしょ」と、呟き、俺たちの誘導のため、こちらへどうぞと促した。

 馬車用出入り口から、厩の前を通り過ぎ、本館横の兵舎へ向かう。中に入るなり鋭い声で「整列!」と、号令をかけた。

 仮眠をとっていた者も、慌てて起き整列する。あっという間だ。


「領主様より密命。ジェスル捕縛の任だ。

 時間がねぇ、早急に上を抑えるとのことだ。お前ら、ジェスル控え室の扉を縄で括っていけ! 時間を稼げりゃいい。

 殺生は極力控えろ、容疑者は皆尋問せにゃならん。重ねた罪を一つ残らず晒してやるためにな」

「はっ!」

「レイシール様、補足等はございますか」

「自身の身の安全を優先しろ。無茶はしないこと」

「……は、はいっ!」


 言葉を添えると、兵舎の者は瞳を潤ませ、兵士長は苦笑した。

 そうしてから、ご案内しますと通用口を開く。


「兵士長……」

「館内の者に説明が必要なんでね。同行します」


 引く気は無いらしい。

 先程の領主様からの密命という発言も、自身で責任を持つ気でいるのだろう。

 そのことに苦笑してしまう。彼らも、この時を待っていたのかもしれない……。


「では行く。

 ジーク、ここからは気を引き締めよう」

「承知しておりますよ。では各隊、指示通りだ」

乱戦までたどり着かんかった……。来週金曜八時以降は、修羅場からお送りいたします。

ギリッギリっすね、本日も。けどなんとか間に合った。


来週は少々血生臭いかもしれませんが、またお会いできたら幸いです。

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