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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第七章
210/515

作戦決行 1

 闇色の外套を更に重ねた出で立ちで、闇の中に立つのは三人と、そして四匹。

 ジェイドとサヤ。そして今回の任務で頭に選ばれた一人、浅葱だ。

 とはいえ、その匹の方も、獣人だ。馬を使わないために、この人選となったそうで、実際は七人の編成となる。


「バンスまでだろ? 半日もかからねぇよ。馬みたいに休まねぇしな」


 とは、ジェイドの談。

 馬や馬車で移動したのでは到底かなわない速さで移動ができるため、相手の裏をかくことができるのだそうだ。

 四人も獣化できるだなんて聞いてなかったんだがな……。


「全部晒すかよ。こっちにとっちゃ、組織の心臓みたいなもンなンだからな。

 それを四人ここにつぎ込ンでるって、結構こっちも冒険してンだ。報酬は弾めよ。

 あと問題は、あんたの親父。獣人嫌悪が強くなきゃ良いンだが……。騒がれても困る、その時は黙らすぞ」

「あぁ。任せる。救出後も、父上が何を言おうと、君らは俺が守る。その時は即、隠居生活にでもなってもらうよ」

「…………あんた、なンか人変わってねぇ?」

「……踏ん切る方向を、切り替えたかな……」


 そう言うと、フッとジェイドが皮肉げに笑い、小声で……。


「女抱きもせず死ぬとか、馬鹿かと思ってたから、まぁ、良いンじゃねぇ」

「⁉︎ ちょっ、と⁉︎」

「いや、分かるだろ……」


 分かっても、それをサヤに聞こえる場所で言わないでもらえるか⁉︎


 少し離れた場所で、マルとの打ち合わせをしているサヤをちらりと見たら、真剣な表情でそちらに集中している様子でホッとする。

 聞いてない……っぽい。よし。


「お前か……サヤにいらないこと吹き込んだな⁉︎」

「なンだよ。効果覿面だったじゃねぇか」

「……………………っ。だけどそういうのは、サヤにとってはな⁉︎」

「お前さ……大事にするって、それだけしか手段がねぇとか思ってンの?」


 子供みたいな顔で無邪気にそう聞き返され、ぐうの音も出ない…………。

 ジェイドが実際何歳なのかも分からないから、余計、困る。


「成人してるかとか、そンなに重要? よく分かンねぇな、それ」

「もうその話はよせ。おしまい。お願いします……」


 結局根負けした……。


 その後すぐに、サヤとの打ち合わせは終えたらしい。マルが顔を上げて、皆を見た。


「さてさて。じゃあ確認といきますか。

 四時間で目処が立たなければ戻ること。

 任務完遂次第、集合地点を目指すこと。

 遠吠えを聞いたら、即離脱すること。

 緊急連絡は犬笛を使うこと。

 任務は?」

「領主の回収。生存優先。手段は任意。殺人は無し。目撃されずに遂行出来れば最良。見つかった場合も、生きて戻るを優先」

「……殺人は…………やむなき場合は許す。それしか、生き残る術のない時は、己の命を優先してくれ」

「……約定違反だけど?」

「約定で君らを死なせられるか。その時の責任は俺が取ろうと思う。けど……命以外で贖うようにしてもらえると、有難いかな」

「……了解」


 ジェスルを刺激するとか、そんなのはもう、気にしなくて良い。

 だから、何よりもまず、自らが生きて帰ることを、優先してほしかった。


 顔を頭巾で覆い、目元には色硝子のはめられた仮面。前回まで漆黒であった装束は、今回皆が濃紺だ。

 闇夜であっても、黒よりこの色の方が、風景に埋没するらしい。これもサヤの提案なのだという……。


「……絶対に戻ってくれ。全員だ」

「無茶を言う……。けど、了解」


 浅葱が、冷静な目でそう言い、狼の背に向かった。

 狼姿の者らはサヤが提案したという中衣ベストのような背負い袋を身に付けており、自身の装備はその中に。

 また、その中衣の形はかなり特殊で、背に乗る者が掴みすいよう取っ手が付けてあったりと、工夫が凝らしてあるため、今までより安定して乗っていられるのだという。

 ギルが寝不足を押して作業していたのは、彼らの装束に掛かっていたからであるらしい。

 あの中衣、人姿の時は裏返して使うそうだ。そうすると、取っ手などは内側にしまわれ、邪魔にならない。効率化民族の真骨頂だな……。


「行ってきます」

「うん……待ってるから」


 最後、サヤと交わした言葉は、それだけ。

 彼女は可愛らしくはにかんで、その後前を向けば、もうその先しか見ていなかった。

 あっという間に、闇に紛れて、見えなくなる…………。


「中に、戻りましょうか」


 マルに促されて、館の中に戻ると……。


「お帰りなさいませ」


 俺とマル以外、館の中で待機していた面々が、温かいお茶を用意してくれていた……。

 黙って進んで長椅子に向かい、ギルの横、ついさっきまでサヤと座っていた場所に、腰を下ろすと、ぐしゃりと頭を、かき回してくる……。


「……」


 誰も、何も言わなかったが、言うべきことは、分かっていた……。


「すまな、かった……」


 自分一人で全てけりがつくなんて、おこがましいことを考えていたこと。

 皆の気持ちも、願いも、何も考えず、自分の過去ばかりに囚われていたこと。


「それは、サヤが無事戻ってからにしようぜ……」


 ギルがそう言って、眉間に深いシワを刻み、はぁ……と、大きな溜息を吐く。


「…………そうだな」


 今なら、皆の表情が、ちゃんと読めた。

 彼らにだって、葛藤はあった。サヤを行かせて良かったのか……。自身にできることは、他になかったのか……。

 それぞれが、皆考えて、この結果を選んだのだろう。

 特にギルは……だいぶん消耗しているように見える。


 そんな中一同を見渡して、マルがパンパンと、手を叩いた。


「さて。じゃあ、今後の予定を今一度、説明しますね。

 今晩中に、彼らはバンスの別邸に到着し、下見を行います。決行は明日の真夜中。もし難しい場合は明後日です。

 明日は、街中で騒ぎを起こす予定です。

 吠狼の別働隊による、衛兵の誘導ですね。窃盗団が街中に逃げ込んでいると、嘘をばら撒きます。数日間は街中の警備人数が増え、巡回経路も変わるでしょうね」

「それ、なんで起こす必要があるんだ? 余計動きにくいんじゃ……」


 ギルがそう口を挟み、ウーヴェが心配そうに眉を寄せる。

 シザーは、サヤがいないため、俺の護衛の責任を担っていると考えているのか、いつもよりキリリとしており、ただ黙って俺の背後に立っていた。

 その質問に対し、マルはへらりと笑い。


「そりゃね。でもそれは、別館の影の連中だって同じなんでねぇ。

 吠狼には鼻も、サヤくんの耳もありますから、他の連中より察知は早いですし、身の隠しようもあります。狼の面々には準備期間でバンスに潜伏し、地図と実際の街を頭に叩き込んでいただいてますから、そこいらは上手くやりますよ。

 とにかく、最大の難所はバンスの街中です。相手に地の利がありますからね。そこを乗り切るための策です」


 長い時間をかけた準備は、かなり細密に、行われていた様子だ。

 また、街中の別働隊には、通り掛かりの旅人を装い、宿に宿泊している者もいるという。最悪、そこに逃げ込めるよう手はずも整えているとのこと。


「最短の道では、領主様の救出に成功したら、夜半を通して移動。夜明け前にはここに帰還します。

 ただ、領主様の体調次第ですから、そこはなかなか、難しいかもしれません。

 第二の道。途中で行商団と合流。そちらに匿ってもらいつつ、距離を稼いで別場所より離れて、帰還。

 アギーに向かう商団と、逆方向、オーストに向かう商談が通りかかるようにしてあります。ただ詳細は伝えておらず、犬笛で緊急時のみ知らせるとしてあります。

 第三の道。負傷などで行動が阻害される場合。とにかく近場に避難。領主様の拠点村到着を最優先とし、残りは各自で対応。

 極力二人以上組んで行動するように訓練も積みましたから、状況が許す限り、怪我人一人を放置ということにはしません。

 その場合も、第二の商団やら利用する手段は色々ありますし、安心してください。

 第四の道。山城への避難。

 どうにも動けないようになった場合は、こちらに帰るよりあちらの方が彼らには近いですからね。

 それに、吠狼の面々も潜伏してますから、怪我人はそちらで離脱、交代してもらう予定です」


 そんな感じに、何重にも予防策が組まれた計画が語られた。

 吠狼の面々を全投入……という様相だ。細かく定められた計画は、全部マルの頭の中で、一枚の図面になっているのだろう。

 ただ通り過ぎるだけの設定の者も、何かしらの役割を担い、その時間帯にそこを通るよう配置されている。


「領主様の確保に見事成功しましたら、ここから傭兵団と共にセイバーンを抑えます。

 出来うるならば、狼の機動性を活かして、バンスの知らせがセイバーンの異母様方に届くより早く、行動したいところですが、それは状況次第でしょうね。

 領主様がこちらの手にあるとなれば、セイバーンの兵はこちらに従わざるを得ませんし、無益な流血を避け、ジェスルのみと対することができるんですけど。

 まあこれも、領主様が旗印として表に出られることが前提ですし……状況によってはそうもいかないんで、覚悟はしておかなきゃですね」

「……それでも、極力、セイバーンの者は巻き込みたくない」

「分かってますよ。傭兵団の面々にも、そのように指示してありますから」


 現在、傭兵団の面々には、拠点村の警備を言い渡しているのだが、いつでも出動できるよう、身支度だけは整えてもらっている。

 父上の安全が確保ができ次第、異母様方を制圧するとあって、彼らの覇気は高まっていた。

 また、本館の様子も吠狼が見張っており、ここまでの道中にも潜伏している。知らせが入れば、すぐさま犬笛を駆使してここに知らせが届く。

 狼煙や急使より余程早い。凄い裏技だ。


「これを切り抜ければ、吠狼もセイバーン領に大きな恩を売りつけることができますからねぇ。

 そういう意味でも、彼らは乗り気でしたよ。やる気も集中力も申し分ありませんから、安心してくださいねぇ。

 というか、干し野菜。あれの情報を提供したことが、かなり高評価で協力的なんです。サヤくんに感謝ですよねぇ」


 定住できない彼らにとって、冬場は、より過酷だろう。保存できる食品を確保しておくにしても、馬車の中。どこかに備蓄しておくというのも難しい。

 だから干し野菜は、彼らにとって黄金より価値のあるものになるのだそうだ。


「山城を備蓄庫にすることも、許してくれたんでしょう?」

「使ってないのだから……掃除をしてもらうついでに、物置に使うことを許可したってだけだよ」


 実際彼らは、麓の住人にも全く悟られず、あそこで干し野菜を作っている。

 そろそろ野菜も品薄になってきているが、葉物野菜等はまだ多少出回っているので、今はそれを干しているそうだ。


「全てがひと段落しましたら、王都への知らせですね。

 領主様に責任能力があることを願いますよ……。間違ってもレイ様を犠牲にはしたくないので」


 そう言ったマルが、ふぅ……と、息を吐く。


「……サヤくんに何かあったら、僕を、恨んで良いですよ……。

 僕は僕の目的のために、レイ様を失えないんです……。だからね、僕にとって最善だと思う人選をしました。

 別邸の構造、警備の配置や交代時間、出入りする業者や……思い付ける限りのことは調べましたし、想定しましたけど……不測の事態は起こり得ます。

 彼らの能力なら、切り抜けられると、思ってますけど……」

「分かってるよ……。できる限りの対処をしてくれているのは、分かってる……。

 マルがサヤを選ばなくても、サヤは絶対、行ったってことも、分かってる……」


 彼女は聡い。たまに失敗もするけれど、大抵において慎重だ。

 そんな彼女が、自分の能力はちゃんと役に立つと、確信して、行くと言った。

 刃物にも怯まない胆力でもって、恐怖をねじ伏せて、何があったって、きっと行ったろう。


「彼らの最善のために、皆が最大限のことをしてくれたんだって、分かってるよ……」


 分かってるけど……。

 不安も、恐怖も、どうにもならない。

 信じてる。絶対に帰ってきてくれると。彼らの能力にだって、不安を抱いているわけじゃない。それでも、どうしても……。

 俺はこうやって、全部を失ってきたのだって、それも分かってるから…………。


 …………あの人も……ヴィルジールも大丈夫って、言ったんだ。

 言ったけど、彼は……。


 不安の塊に押しつぶされそうで、何にでも縋りたい気持ちで、どうか……と、祈りを捧げた。

 どうか、彼らの歯車が、ちゃんと回り続けるよう……俺から外れてしまわないよう……どうか。


 祈ることしかできない自分が、悔しい。



 ◆



 翌日、ハインが一度、セイバーン村に戻った。

 俺とサヤは、風邪を引いたことになり、その報告のためだ。

 高い熱が続いているため、しばらく様子を見るからということで、拠点村に待機することとなったのだが……。


「……もうほぼ、病気ですね……」


 昼、報告から戻ったハインが、第一声でそう口にする。

 虚言では済まないくらい、側から見ても俺は、消耗して見える様子だ。


 一睡も、できなかった……。

 全く眠気が、やって来てくれなかったのだ。

 それどころか、食事もままならない……。

 体が全く欲してくれない。

 一応食べる努力はしてみたのだけれど、すぐに吐き出してしまう始末。まるで身体が、時間が進むことを拒絶してしまったみたいに……。


「補水液だけは、なんとか飲んでいただかないと、困りますよ」

「……分かってる……」


 そんなわけで、ちびちびと湯飲に注がれたほのかにあまじょっぱい補水液を、舐めるみたいに摂取していた。


「もうそんな状態ですし、夜着に着替えましょう。どうせ外には行けませんから」


 呆れ気味のハインがそう言い、朝着替えたばかりの服を剥ぎ取りにかかる。

 長衣を脱ぐと、二の腕部分にくっきりと、指の跡が痣になって残っていて、そろそろ色付きはじめていた。

 サヤの、握った跡…………。


「……やっぱり、やめる。仕事していた方が、気がまぎれるから」


 執務室へと移動して、今検討し直しているブンカケンの方針と運営方法について考えることにした。

 と、いうのも、ギルにより指摘されたのだ。

 この方針では、カメリアのような意匠師など、秘匿権を売ることで生活している職の者が所属不可能だと。

 特に服飾系の意匠師は流行の移り変わりも早く、変化も些細なものが多い。だから金額も、他の秘匿権に比べれば微々たるものだ。

 だからこそ、それを大店に売り渡すということができるとも言えるが……。

 副業が多いとはいえ、それだけで食べている者もいるわけで、今のままではそんな意匠師という職を否定してしまうことになるのだ。


 とはいえ、難しい……。どうしたもんかな、これ……。

 大店のやり方同様、買い取れば良いのだろうけど、そうすると他の秘匿権所持者が反感を覚えるのは必至だ……。

 サヤがいれば、サヤの国のやり方に似たものがないか、聞けるのにな……と、そう思ったらもう、駄目だった。


「……っ」


 腹が、痛い……。

 不安で内臓が擦り切れそうだ……。

 朝食、昼食と食べれてないから、吐き出せるものもないし、正直どうしたもんかと思う。

 今頃サヤは……バンスの近隣で、潜伏中なのかな……。

 まさか、夜の下見のうちに、見つかっていたりは、しないよな……。

 異母様方は現在セイバーンにいるし、あの人たちと鉢合わせだけはないだろうことが、唯一の救い。けれど、影まで使っているようだし、そこいらの兵士よりも当然、厄介だ。


「……。……ぅ……」


 考えたくないのに考えてしまい、結局腹を痛める始末……。

 最短なら、明日の早朝には帰ってきてくれる……絶対と言った。必ず、戻る……。

 自分にそう言い聞かせ、痛みに耐えた。



 ◆



 戻らなかった……。

 早朝はとうに過ぎて、陽は高く昇ってしまった。

 ツキツキと針が頭を突くような感覚は、寝不足ゆえの頭痛だろう。本日も全く、眠ることはできずにいた。


「断食の願掛けでもしているつもりですか……」

「……冗談聞く気力無いから、後にしてくれ……」


 寝れないことには慣れているつもりでいたけれど、全く睡眠欲が湧いてこないというのは、初めてかもしれない……。

 寝台に入り、瞳を閉じる努力はしたものの、結局じりじりと進む時間を数えて終わった。

 食事も喉を通らず、本日も補水液をちびりちびりとやっている。

 仕事をしようにも、思考が空回りして、全く進まない……。


「サヤが戻ったら、怒られてしまいますよ」

「いいよ、いくらだって怒ってくれたら。戻ってくれれば、なんだって……」


 ハインが何を言っても、気力が湧かない……。

 サヤたちが計画を実行に移したならば、本日の夕刻には、セイバーンへ何かしらの知らせが入る可能性が高い。

 それを考えると、腹部はもう、痛いを通り越してしまい、焼いた石でもしまってあるのかというほど、始終軋んだ。

 と、その時。コンコンと執務室の扉が叩かれ、慌てて立ち上がったら目眩で体勢が崩れ、結局机にかじりつく羽目に。


「レイ様、シェルトとルカがお見舞いがてら報告に来てますけど……」


 やって来たのはマルで、そんなことを言う。サヤたちの帰還の知らせではなかったことで、更に落胆し、気力が削られた。


「おぃ……なんで、部屋で休んでねぇんだ」


 入って来たシェルトが、俺の様子に呆れたのか、そんなことを言う。後ろのルカも、きょろりと部屋を見回して、最後に俺を見て、眉をひそめた。


「……休みたい気分じゃ、なくて……」

「気分の問題じゃねぇだろうがよ。……酷い顔色してんぞ」

「はは、飛び火してはいけないから、あまり、近付かない方が良いよ」


 一応、病だということになっているので、そう言って、二人を、その場に押し留める。


「……まぁ、ほどほどにしとけよ。

 宿の方が完成した。なんとか年明け前に間に合ったな。

 明後日を今年の仕事納めにする予定なんだが、問題無いか?

 再開は、いつ頃を考えている?」

「……問題、無い。再開は、雪が、溶けてから……。

 二の月が終わるくらいまでは、休みで良いんじゃないかな」

「村の水路とか、維持管理に人は残す方が良いのか」

「こちらで見るよ。何かあれば、メバックに連絡する」

「…………なぁ、あんた本当に、休んだらどうだ?」

「そのうちにね」


 笑って言うと、呆れ顔でシェルトが嘆息する。


「サヤ坊は……」

「寝かせてるよ」


 さらりと吐けた嘘に、我ながら呆れてしまった。

 ルカにはサヤのことを、知られてはいけないと思ったのだ。

 彼はきっと怒るだろうし、性格上、嘘をあまり重ねさせたくない。

 シェルトは流石にまだ気付いていないだろうし……サヤも見舞おうなんて、言わないでほしかった。


「わざわざありがとう。だけど、ほんと、この時期に飛び火しては大変だから、もう帰った方が良い。

 俺は治りかけだから、これでもずいぶん良くなってるんだ。

 さぁ、現場の皆に、蔓延させたくないから……」

「……そう言うならちゃんと休めよほんと……」


 ルカは口を開かない。

 まっすぐに俺を見据えていて、もしかしたらもう、薄々察しているのではないかと思えた。

 だけどシェルトもいる前だ。分かっていても、口にはしないでくれているのか……どうだろうな……。


 二人を見送ってから、机にまた突っ伏した。

 昨日夜の決行は諦めて、今日夜になってるのかな……? それとも、逃走路が商団を利用する道に切り替えてあって、時間が掛かっているのか……。


 結局、何をしたところで、気なんて紛れやしないのだ……。



 ◆



 第一陣が帰還したのは、昼過ぎ。知らせのためにと、狼の一人だけが戻った。

 単独行動は極力させない方針であったのに、一人戻った彼に、不足の事態が発生しているのだということが、容易に想像できてしまい、焦燥が募る。


「目標の回収は成功。けど、移動が厳しい。

 筋肉の衰えが酷いのと、両脚の腱が切られていて、自力歩行がやっとだ。取っ手があっても、狼に捕まっておくのなんて無理でな、結局担いで移動するしかない状態。

 正気だよ。正常な時はね。豪胆な人だな……侵入した俺ら見て、怯みもしないどころか、にこやかに歓迎されてさ……。待ってたんだと、強盗でも間者でも良いから、第三者の介入を」


 彼はそこまで一気に喋ってから、息を吐き、水を煽った。

 中衣を纏い、毛布を被っただけの、ほぼ裸身を晒した状態だが、服を着る間も惜しんでいるといった様子。全身から湯気が立ち昇っているのは、ずっと駆けていたからだろう。


「本人が、半日もしたら禁断症状が出るって言うから、とりあえず、逃げるよりも、潜む場所の確保を優先した」

「……禁断症状?」

「種類は分からん。けど、何か飲まされてるのは確かみたいだ。

 それが切れると、正気が保てないらしい。叫んだり暴れたりするのを自力では抑えられなくなるって……。波があるから、ある程度耐えると、少し落ち着くとは言っていた。

 それで……目立つから、移動は無理だとなって、まずは俺だけ、報告に行けって。症状伝えて、判断を仰げって。あと、何の薬が使われてるか、絞れるなら絞って来いと」


 …………薬?


「あぁ……一番最悪の状況になりましたか……。

 症状を教えてください。あと、匂いとか、斑点とか、身体に特徴は? 摂取方法は何と言ってましたか」

「これといって与えられてはいないらしい。食事に混ぜてある可能性が高いって。

 口内に甘い匂いがこびりついてるのが、なんかそれっぽい……嫌な、甘ったるいやつだよ。狼以外には、あまり感じないみたいだけど。

 症状は、ここで説明した方が良い?それとも、組の薬師に急ぐ方が良い?」

「薬師を優先してください。僕では、特定はできても対処はできませんから」

「分かった、じゃぁ、もう行く。……あ、皆、無事。今の所、怪我も細やかなもんだよ。対処法が分かれば、また戻って、合流する」

「その前にこちらに寄ってください。計画の立て直しをしておきます。

 背負うしかないってことは、狼の機動性は活かせないということですしね……どこまで自力で移動できるか……。ただ、馬車の利用は控えましょう。第二陣の商団は、利用しない方向で。きっと、そっちは目をつけられます。まあ、現場は分かってるでしょうけど」


 マルと狼の彼が交わす言葉が、うまく、頭に入ってこない……。

 ただ呆然としていると、強引に肩を引かれた。


「……マルが対処する。お前は、ちょっと休め」


 帰り支度を済ませたギルとウーヴェが、様子を見に来ていたらしい。

 いつ現れていたのかも気付かず、俺は惚けていたようだ。


「両脚の腱を切られてるのか……」

「みたいですね。逃亡抑止のためでしょう。

 それに合わせて薬物漬けですか……たとえ逃げたとしても、長距離の移動は難しい……。周到なことです」

「だけど……頭も、意思も、しっかりしていらっしゃるみたいだ。

 自分の状態を、ちゃんと伝えて、対処させてくれているんだから」


 ハインとギルが、そんな風にやりとりしている。

 俺は、記憶の中の父上を思い出そうとして、もう……顔も思い浮かばないことに、今更気付いていた……。

 こんな時に、こんな場違いな思考に囚われている……つくづく、使い物にならないな、俺は。


「レイ様……大丈夫ですか?」


 そんなやくたいもない思考に囚われていると、ウーヴェが心配そうに俺を覗き込む。

 反射で「大丈夫だよ」と答えたけれど、皆に渋い顔をされてしまった。


「レイシール様、横になってください……。酷い顔色です」

「うん……分かってる…………」

「…………分かってらっしゃいませんよ」


 シザーに、無理やり担がれた。

 執務室に運ばれ、そこの長椅子におろされ、後からやってきたハインが、上掛けを運んできて、俺に掛けた。

 俺の様子に、心配そうな表情のギルが、ハインに声を掛ける。


「……やっぱ、残ろうか?」


 俺があまりに、使い物になりそうにないって、ことなんだろう……。


「決められていた通りにしましょう。こちらがここで慌てて妙な動きをすれば、領主様の拐かしが我々の行動だと悟られてしまうかもしれません」

「…………けど、レイは……」

「……予定の、通りに、しよう……」


 足手纏いにだけは、なってはいけない……。

 ここで俺が予定にないことをすれば、全部それがサヤらの負担になってしまう。

 そんな風に考えていたら、掠れた低い声で「あ……」という、呟きが聞こえた。

 シザーが珍しく、声を発したのだ。


「ん?……あぁくそっ……雪が…………」

「悪いことばかりではありませんよ。ある程度視界も遮られますし、行動だって阻害される。吠狼には鼻と耳があるのですから、より有利です」


 だけど、父上という、足枷を嵌められている…………。


 いつの間にやら灰色に染まっていた空から、白い欠片が降りしきっていた……。

 積もるほどではない。すぐに溶けて、消えてしまうだろう。

 けれど、雪は確実に、サヤたちの負担になる。視界も、体力も、体温も奪う。

 濃紺の装束を身に纏っているサヤたちは、雪の中では、きっと目立つ。


 俺は、両腕で顔を隠して、歯を食いしばった。

 叫んで、そこら辺のものに当たり散らしてしまいたい衝動を、無理やり抑え込む。


 サヤの助けになるなら、なりふりなんて構わない。けれど、ここで俺にできることは、何一つ無いのだ。

毎度おおきに。今週の更新を開始です。

今週は……まだ二話しか書けてません!

三話目にやっと入ったんですが……が、頑張って日曜までに書き上げようと思いますが、間に合わなかったら次週持ち越しで……申し訳ないっす!極力頑張ります! でも正念場なんで、今日から色々急展開だと思うんで!楽しんでいただけたらと‼︎

明日仕事なのが悔しいイイィィィィ、時間があああぁぁぁっ。


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