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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第七章
207/515

鍛治職人

 また、幾日かが過ぎた。

 異母様方が戻り、若干の緊張を孕んだ日々が続くなか、メバックに行く予定が立てられた。

 手押しポンプの件だ。

 ウーヴェが推薦していた職人が、手押しポンプの図案に惚れ込んで、物凄い熱意でもってあれを早速作り上げたのだという。

 単純な構造でありながらも、水をせき止める弁となる部分にかなり苦労を強いられたとのこと。

 とはいえ、完成までこぎつけたので、まずは検証してほしいということだった。


 朝早くにセイバーンを出発して、昼前には到着。

 事前に言っていた通り、マルは留守番だ。

 昼食を堪能して早々、ジェイドはマルに頼まれたものがあると、買い出しに出て、シザーはいつも通り、寡黙に俺の護衛だ。

 とはいえ、とてもソワソワしている。ギルに会えたからだろう。シザーはギルを、兄のように慕っているのだ。


 昼食が済んだら、サヤはカメリアの装いに着替えることとなった。

 いや、何か予定があるわけでもなく……単にギルの要望だ。潤いが欲しいとかなんとか……。

 今日の彼女は、秋の装い。

 濃紺の短衣は袖口だけ細く絞られた、光沢ある絹の無地。辛子色の袴は、ふんわりと広がりがる意匠だ。生成色に金糸の刺繍が施された腰帯が、細い腰を強調しており、それは面覆いや、髪を一部括る飾り布と同じ薄布が使われていて、その透け感がなんだか大人びた装いだっだ。

 この袴なのだが、少々腰高で、胸のすぐ下で帯を括る。そのため、胸の膨らみまで強調されており……その……視線のやり場にちょっと戸惑う。

 サヤが女性だと知っていたシザーも、女性の装いをしたサヤは初めて見たわけで……その変貌ぶりに、びっくりしていた。カツラで髪色が違うから、はじめ気付かなかったくらいだ。

 今までより若干距離が開いたのは……照れているのかな、多分……。


「思いの外早くてびっくりしました。

 ひと月ふた月、掛かると思っていたのですけど……」


 で、今。バート商会の応接室。

 裏庭の井戸を借りて、手押しポンプ試験運転を行うこととなり、取り付け作業中の、待機時間。


「麗しいサヤを久しぶりに堪能した感想は?」

「…………何を言わせたいんだよ……」


 ニヤニヤ笑って、そんな風に巫山戯たことを口にするのは、久しぶりのギルである。

 サヤに聞こえるように言わないでくれないか……。まぁ、こそこそ言っても大抵聞こえてしまうんだけども……。


 いつもキラキラ美男子のギル。

 が、本日は精彩を欠いている……。こんな姿は、年に一度あるかどうかだ。

 ボサボサの頭に、無精髭。寝不足も甚だしく、くままで眼下に貼り付けている……。俺たちを揶揄いつつも、たまに欠伸を噛み殺しているという……どうした、何があった……と、聞かずにおれない様子なのだ。

 因みに、ルーシーは現在気絶したように眠っているという……。起きておくと言い張っていたのに、撃沈したらしい。


「あの……私のせいですよね……。無理なお願いを……申し訳ありません……」

「気にするな。お前が無理言うなんて貴重なんだから。頼られなかったなら、その方が嫌だったよ。

 まぁ、もし俺たちを労ってくれる気があるなら、ここにいる間は色々要望を聞いてもらえると、嬉しいがな。

 例えば……新しい菓子を提供してくれるとか」

「! それはもう是非! ジェイドさんたちにも卵プリンを作る約束をしていますし、卵割り器を試すついでに、たくさん作りますね!」


 拳を握ってサヤが言う。

 他には何かありませんかと、やる気満々だ。


「そうだなぁ……じゃあ……膝を貸してくれるか」

「……膝?」

「そ。ここに座って、膝枕」


 ポンポンと長椅子の横を叩き、満面の笑みを浮かべるギル。

 ちょ……何言い出すんだよ⁉︎


「ポンプの設置が終わるまで。サヤが良いなら」

「わ、分かりました……」

「だ、駄目!」


 とっさに口から思考が漏れた。

 びっくりしたサヤが俺に視線を向け、その顔がみるみる朱に染まる……。

 俺も少々恥ずかしかったけれど、それくらいのことはどうでも良かった。


「あ、あの……」

「部屋に戻って寝たら良いだろ⁉︎ なんでここで、サヤの、膝⁉︎」

「んなん、がっつり眠りたくないからに決まってるだろうが。ちょっと休みたいだけなの。あと癒されたいの。

 俺はここのところ本当に頑張ってたから、潤いが不足してんの。膝ぐらいでなんだ。本人が良いって言ってんのに……」

「ぐらいってなんだ⁉︎ ぐらいじゃない!」

「あ、あの……そんなたいそうなことではないですから……ギルさんなら、膝くらい別に……」

「駄目! だってそれはっ……そ、そういうのはな……っ」


 み、密着しすぎだろ⁉︎ それに膝に頭があったら、嫌なことされても逃げられないし、お、俺だって膝枕は一回だけ、不可抗力でされただけだし……し、しかも今のサヤだと、胸が、顔の前に、来るじゃないかっ!


 とはいえそれをそのまま口にするわけにもいかず、ギルを睨みつけるしかできずにいたのだが、半眼で俺を見下ろしていたギルが、そのうちフッと、吹き出す。


「ご執心なことで。はいはい、お前の膝ってことだよな」


 と、問題発言。


「そ、そんなことは言ってないよ⁉︎」


 その言い方だと、まるで俺がサヤの膝を独占してるみたいだろ⁉︎


「言ったも同然だろうが」


 慌てる俺に、ギルははいはいと取り合わない。

 適当に長椅子の座褥(クッション)を整えて横になる。

 瞬間、すぐに寝息が聞こえだした。……本当に、疲れていたんだな……。だ、だけどサヤの膝は流石にどうかと思うんだ!


「やっと静かになりましたね」


 それまで黙っていたハインがそんな風に言い、ワドから上掛けを受け取ったサヤが、ギルにそれを掛ける。

 申し訳なさそうに、心配そうにギルを覗き込むサヤに、一体何を頼んだんだろうなぁ……と、ちょっと思う。

 フロシキについてお願いする手紙を出したのは知っているけれど、まさかそれではないだろうし……。

 ちょっと気にしつつ見ていたら、ふと思い立ったように顔を上げる。


「あの……お湯と、手拭いをお貸し頂けますか?

 目元を温めると、くまが薄くなりますし、疲れも緩和されます」

「ではご用意いたします。少々お待ちください」


 ワドにお願いして、熱湯と手拭いを用意してもらって、熱湯で濡らした手拭いをパタパタと叩いて適温に下げると、眠るギルの目を隠すよう、上に置いた。


「ん…………」


 少々反応したものの、気持ちが良いのか、そのまま起きもせず眠り続けるギル。

 その前髪を払って、微笑むサヤが殊の外眩しくて、つい視線を逸らしてしまった。

 女性の装いで、ギルに触れているサヤを見るのは、なんかちょっと、胸のあたりがモヤモヤとする。


 だけど……サヤを託すなら、やはりギルだと、思うんだ……。


 全ての女性に対し優しいギルだけど、サヤには上辺だけじゃない接し方をしているのを、よく知っている……。

 妹だと思っていると、言っていたけれど……それは多分、俺が女性として見るなと、何度も念を押しているからで。

 …………だけど、二人が寄り添っている姿は、想像したくない……。

 ついそう思ってしまうから、さっきも過剰に反応してしまった。


 サヤの今後を、考えなきゃいけないのに、頭が考えるのを拒否する……。


 つい、暗い方向に思考が向いてしまうのを、意識して頭から追い払った。


「まだかな……設置って大変なんだな」

「うーん……何か問題が出ているのかも……? 私、ちょっと、様子を見て来ましょうか」

「そうだな……なら俺も行こう」


 ギルは寝たばかりだし、そっとしておくことにした。


 ハインとシザーを加え、連れ立って裏庭に行くと、ウーヴェと、ウーヴェの推薦という、鍛冶屋からの職人である男女がいた。

 何か……焦った様子だな。バタバタしている。


「やっぱり何かあったみたいですね。水が出ないとおっしゃってます。

 どこか緩んでいるんじゃないかって、今確認中みたいですけど……」


 話を聞き取ったらしいサヤがそのように教えてくれた。

 まぁ、そんな簡単にはいかないよな。


「大丈夫か?」


 そう声を掛けると、ウーヴェがこちらを振り返る。少々困り顔だ。


「申し訳ございません……何か、不備があった様子で……」

「す、すんません! もう少々、お時間を……っ」


 話しかけた俺に、すごく焦った様子で男の職人が必死に頭を下げてくる。

 そうしてから振り返って、女性の方に「おぃ、早くなんとかしろよ!」と、荒げた声をぶつけるものだからこちらが慌ててしまった。


「焦らなくて良い。

 そんな簡単にいくものとは、こちらとて思っていないのだよ。

 そもそもが、(いにしえ)の道具だし、構造だって手探りだ。これで正しいという、確固たる確証があるわけでもない。

 だから、これしきの時間で怒りはしないし、君らに責任を問うようなことにもならないから」


 そう言うと、泣きそうになっていた女の職人まで、きょとんとした顔でこちらを向く。

 これは……俺の言葉の半分も納得できてない感じだな……。

 まあ彼らは鍛治職人……貴族とも多く接してきているだろう。こういった時の相手の反応は……多分、俺みたいなことにはならないもんな……。


「急かしに来たのじゃないんだよ。

 何か問題があったなら、こちらでも原因を考えてみるが……何が問題となっている?」


 極力穏やかに聞こえるよう、声音に注意して問うと、二人は戸惑ったように顔を見合わせた。

 そうしてから、本当に言って良いのだろうかと、恐る恐る視線がこちらを伺う。


「大丈夫ですよ。

 レイシール様はお優しい方なので、言葉通りに受け取れば良いですから」


 ウーヴェにもそう促され、二人は半信半疑といった様子で、口を開く。

 黙っていても、それはそれで不敬として叱責されそうだと考えたのかもしれない。


「そ、その……作業場で、試したぶんには……ちゃんと水が、出たんですが……」

「ここでは出ないということか?」

「はい……。何度やっても、どうしても……。設置に不備がないかだって、何回も確認してるんですけど……」


 言いにくそうに最後を濁す二人。ウーヴェに視線をやると。


「私も作業場では、水が出るのを確認しました」


 とのこと。

 うーん、そうなると……。


「運んでくる途中で、どこか歪んだか……?」

「い、いえそんな!

 そりゃ、台車に乗せてきましたけど、細心の注意を払って、部品一つずつ毛布で包んで、慎重に運んできたんです!」

「……そんな繊細なものではないはずなんですけど……」


 ポソリとサヤが、背後で呟く。

 そうしたかと思うと、ふと、足を前に進め、慌てる二人のもとに、向かってしまった。

 俺も後を追うことにする。


 二人して、設置された手押しポンプを確認した。

 細長い筒状の本体から、一部飛び出した部分があり、そこにはハンドル……と、サヤが言っていた取っ手が付いているのだが、取っ手は筒の上に伸び、そこから細い鉄棒が垂れ下がっている。

 鉄棒の先は三又にわかれて木の栓に打ち付けられており、その栓の中心……三又が被さっている部分に、くり抜かれたような箇所があった。そしてそこには鉄球なのか……丸く磨かれた金属球が入っている。

 それを見た瞬間、サヤは極小さい声で「あ」と、呟いた。


「あの、もう試運転は、してみたのですか?」

「はっはいぃ! 何度も取っ手を上げ下げしました! 何十回と続けても、水が出てきませんでした!」

「作業場の方では、井戸……に、設置して?」

「ちっ、ちがいますっ。…………たっ、樽で……」

「器材の水漏れ等の確認を、挟みつつ?」

「はい! 弁が浮かぶか、木栓が膨張してないかの確認も、ちゃんとしてます!」


 細部に関してはこの女性が担当だったのかな?

 サヤの質問に力一杯返事をしている。

 するとサヤはニコリと笑って「ありがとうございます。では少々、お時間をくださいね」と、俺を視線で促した。


「では、こちらでもちょっと検討してみる。結論が出るまで、休憩していてくれたら良いよ」


 と、二人に告げ、ウーヴェに頼むと視線で伝えておいた。


 その場を離れたサヤは、応接室に戻るでもなく……何故か調理場に向かう様子。


「原因は、分かったの?」


 と、問いかけると、こちらを振り返り、にこりと笑った。


「はい、たぶん……。呼び水を入れていないからかと。

 なので、調理場の水を、少しいただいてこようと思いまして」

「……呼び、水?」

「上部から、水を注ぎ入れて、木栓の隙間を水で埋めるんです。

 そうすると、配管の中が密閉されます。ハンドルを使えば、配管の空気が弁より吸い出され、中が真空になり、それによって、井戸水が吸い上げられるので……」


 うん……何か、凄いことなんだということは、分かった……。

 ちゃんと理解できていないのは、俺の顔で判断できた様子。サヤは少し考えるように、首を傾げた。そして……。


「お見せします」


 と、発言。何を見せてくれるのだろう……。


 調理場に行くと、彼女はまず、盥いっぱいの水を所望した。

 料理長は快くそれを分けてくれる。そうしたら今度は……。


「空の硝子瓶か、杯は、ありますか?」


 そう聞いて、葡萄酒の入っていたであろう酒瓶を一本借り受けた。

 それを盥に入れて、瓶の中に水を入れ始める。


「水の中で、硝子瓶に水が入った状態のまま、伏せて持ち上げると、水面から口を外さない限り、瓶の中に水が入ったまま持ち上がりますよね?

 ようは、その状態を作る必要があるんです」


 瓶の半ばまで水が入った状態で、サヤはそれを、口が下になる形で盥から持ち上げた。

 すると、瓶の中の水が、盥の水面より上にある状態になる……。


「上から水を注いで、空間を塞いでから、ハンドルを上げ下げする必要があるんです。

 ハンドルを上げると、木栓が沈みます。すると、ここの空気……沈んだ分の空気が、弁から外に吐き出されます。その分井戸の水が、配管に吸い上げられるんです。

 多分……作業場では意識しないまま、弁や木栓を濡らした状態を、先に作っていたのだと思います。

 濡らした分の水で、ある程度空間が塞がれたでしょうし、樽なら浅いですから、井戸ほど空間は大きくないし……ちょっとハンドルを動かせば、すぐに水が出たのじゃないかと」

「成る程……。取っ手を動かせば、この瓶の底に溜まっている空気が、上から吐き出されるのか……」


 理屈は分かってしまえば単純だった。

 そのまま瓶だけ返して、盥を持って井戸に帰ろうとするサヤの手から、ハインがそれを取り上げる。


「カメリアは、持ってはいけません」


 今は従者ではないんですから。と、いうことらしい。


 とりあえず調理場でもらった水を、ポンプに使用してみることとなった。

 ついでにお茶の道具も一式お願いして、受け取る。

 結局、盥をシザーが、お茶の道具一式をハインが持ち、裏庭に帰ることとなった。

 見かけた使用人に、ギルを起こしてきてくれるかとお願いしてから、足を進める。

 あっという間に戻ってきた俺たちに、職人二人が慌てて立ち上がった。


「まだ休憩して入れば良いよ。ちょっとひとつ、試してみようと思うから、それを触らせてもらうけど、良いかな?」


 そう声を掛けると、一も二もなく頷く二人。

 ハインと俺がポンプに向かい、サヤは皆にお茶を用意する。シザーは待機。

 恐縮する職人らだったけれど、提供されたものを飲まないわけにもいかず、震える手で湯呑を受け取っていたのだが、そんな二人にウーヴェは苦笑しつつ「そんな怖い方がたではないですよ……」と、言っていた。


「さて……ここに、流し込めば良いんだろうな……」


 ポンプの上部から覗き込むと、中に木栓が見える。

 管を密閉すれば良いというのだから、そういうことだろう。ハインを促すと、そこに盥の水を流し込んでいった。

 盥の半分程の水を使用したところで、ポンプは上部まで水で埋まった……が、少しずつ減っているな……隙間から漏れているのか?


「取っ手を動かしますか」

「そうだな、水が全て落ちきる前に」


 上がっていたハンドル……取っ手を下に引きおろすと、ゴボゴボ言いつつ、動く。


「思ったより抵抗が強いですね……」

「暫く続けようか」


 何度か取っ手の上げ下げをしていると、急に蛇口から水が勢いよく溢れ出した!


「あ、成功だ」

「……本当に、これだけの動作で水が出るのですね……」


 いきなり稼働した手押しポンプに、職人らはポカンとしたものの、慌ててこちらに戻ってくる。

 丁度そこでギルがやって来たので、サヤがまた新たな器にお茶を注いだ。


「おぉ……成功したのか」

「なっ、何が⁉︎ だってさっきまで全然……っ⁉︎」

「ちょ、ちょっとやらせてください……うっ、重っ⁉︎」

「管の密閉がされていなかったようだね。上から水を入れれば、その水が管を塞いでくれる。

 水が入っている間に取っ手を動かして中の空気を抜けば、水は引き上げられるみたいだ。

 井戸の底まで長い分、水を引き上げる距離も長い。

 樽での実験より抵抗が強いのだとしたら、そういうことだと思うよ」


 先ほどのサヤの話から想像できる内容を二人に伝えると、ぽかんとした顔で見られた……。

 マルならもっと深い理解ができるのだと思うけれど、俺にはこれが限界です……。


「桶に、水を残しておくようにしたら良いと思う。

 使う前にここに水を足して、それから取っ手を動かせば、ちゃんと水は出る」

「水を入れると水を出すんですか? 魔法⁉︎」

「成功⁉︎ これで成功⁉︎ や、やったあああぁぁぁ!」

「木栓の密閉性はもう少し向上させた方が良いな。まだ改良の余地はあるということだ。

 結構水が抜けていっていたから、隙間を埋める良い方法がないか、検討を重ねてもらえるか?」

「は、はいっ!」

「とはいえ……これほど短時間で、これを形にしてくるとは思っていなかった……。

 ありがとう。素晴らしい腕だよ」


 そう言うと、二人は顎が外れたように口を開けたまま、固まった。

 オロオロと狼狽える素振りを見せるから、笑ってしまう。


「引き続き、生産してもらえると有難いのだけどね……ブンカケンへの所属は、考えてもらえたのかな?」


 そう言うと、職人二人は顔を見合わせた。

 まだ、決めかねているといった雰囲気だ。

 それにかぶせて、ウーヴェが説明を挟んでくれた。


「拠点村に鍛冶場も用意する旨は伝えました。複数の職人と合同利用になると思いますが……」

「まあそれは、所属してくれる職人が増えればの話だな。

 あそこは拠点村だ。数年で無くなるかもしれない……ということを懸念しているのなら、そうするつもりはない。

 あそこは、これからずっと、こういった、新しい技術を発見したり、磨いたりしていく場として、維持していきたいと思っている。

 きちんと自分らの鍛冶場を持ちたいと言うなら、資金集めや貴族との繋がりを模索する必要があると思うが、拠点村は交易路計画にも関わっているから、私以外の貴族と関わる機会も、多く得られるだろう。

 それに、ブンカケンに所属したからって、あそこに縛られるわけじゃい。他の場所に居を構えることだってできるから、まず数年、技術を伸ばすため、資金を調達するためと割り切って、住んでみたら良い。……まぁ、秘匿権を共有という部分が引っかかるのだろうけど、その分、こんな風に新しいものを知り、作る機会。作れる品数は、増えるよ」

「す、数年で、良いのですか?」

「そ、そうか……他にもこんなのが作れるようになれば……秘匿権を得るより、堅実に、稼げるかも?」

「あぁ。それに所属すれば、この手押しポンプは当面、君らが独占する状況になると思う。まだ作れるのは君らだけだからね。

 その間に稼ぎ、もっと腕を磨いて、他の追随を許さない技術を身に付ければ良いと思う。早く始めた分、君らは他より、先に行けるよ。

 これからも、この手押しポンプのような新しい……あー……革新的な技術を、探していこうと思っているし、我々ではこれを発見したところで、形にはできないんだ。

 だから……君らが協力してくれたら、本当に、有難い」


 そう言うと、女性の職人が、グッと拳を握った。


「やります!」

「えっ……ちょっと⁉︎」

「やるわよ私! こんな風に言われて黙ってられる⁉︎ 女の職人なんかって馬鹿にされないだけじゃないのよ、良い腕だって、有難いって言ってもらえたのよ⁉︎

 これで引き受けなかったら女が廃るじゃない!」

「えぇぇ、いやそうだけど……じゃあ俺との結婚は⁉︎」

「そんなん後よ!」

「嘘だろ⁉︎」


 ギャーッとなってしまった状況に唖然とした。

 鼻息を荒くする女職人に、半泣きで縋る男職人……。え、修羅場? え、えっと……俺、なんか、いけないことをしてしまったか?


「あ、あの……」

「レイシール様は離れましょう。ああいうのは放っておけば解決します」

「えっ、それで良いの⁉︎」

「当事者以外は関わらないのが鉄則です。 馬に蹴られます」


 ハインにグイグイと背中を押されて、サヤの待つ屋敷側に押しやられてしまった。

 するとサヤが、お疲れ様でしたと、お茶を差し出してくれる。

 その隣で、ギルが手押しポンプを興味津々、見ていた。


「……マジで、凄いな。あれだけで水が出るなんて……女中が大喜びしそうだ。

 あぁ……あれがあれば確かに、風呂が作れるかな。桶で水汲みするよりかは、断然楽だろうし……」

「……ギルもあれが欲しい?」

「うん。あれは素晴らしいと思うし、正直欲しい。あの職人がブンカケンに所属したなら、少々値がはろうが必ず買う。

 今まで散々、とんでもないもの見てきた気がするが……あれは本当に、別格だ。

 ……つーか……あんなん、ポンと提供して良いのかよ……いや、そりゃサヤは、再現できねぇんだろうけど……だからって……。

 お前さ、もう少し将来について、考えた方が良いんじゃないのか?」

「将来ですか?」


 首をかしげるサヤに、ギルは、はぁ……と、大きな溜息。


「従者続けるのは難しいって、姫様にも言われたんだろ?

 その後はどう考えてる。

 ぎりぎりまで従者を続けたとしたって、成人まで残り一年あるんだぞ?

 素性を晒した上で、レイの傍に残るつもりなのか。仮姿は維持したまま、ただ性別だけ正直に話すのか。

 仮に残るとしたら、どんな仕事に就くつもりか。そういったことだよ」


 そんな風に言われ、サヤは言葉に詰まったように、沈黙した。

 そんな話し合いはしていない。する意味もないことだったからだ。

 そして、下手に触れれば詮索されかねない話題だ……。

 するとギルはそんな俺たち二人を交互に見て、渋面になった。


「お前ら、ちょっと応接室、戻るぞ。話すことがある」


 そう言って、先に足を進めてしまう。


「ウーヴェ、応接室に戻ります。少々込み入った話をしますから、そちらは任せます。後で報告してください」

「畏まりました」


 ハインがそう言い、戻るよう促されたため、俺とサヤもそれに従うこととなったのだが……あ、そうだ。


「ウーヴェ、手押しポンプ、次はもう、作り始めているのかな?」

「え?……はい……もう半ばまで、完成しているかと……」

「木栓の改良をお願いしたいことだし、このポンプはこのままにしよう。

 手押しポンプの試験場として、ちょっと使わせてもらうことにする。

 出来しだい、次の手押しポンプを食事処に運んで設置してくれるか」

「はぁ……畏まりました」

「あとあの二人、結婚するなら長屋をお勧めしておくよ。

 結婚で戸惑っているというのは、出産に関してだろう? 長屋に若夫婦を集めれば、似た環境の者同士助け合えると思う。

 長屋のひとつを若夫婦向けに提案すれば良いんじゃないかな?」

「成る程……ひと段落したら、伝えてみます」

「宜しく頼む」


 それだけ言い置いて後を追った。

 手押しポンプ、あれ、ギルとルーシーの誕生祝いの品にしてしまおう。

 ギルの話そうとすることなど、全く思い至っていなかったので、俺はそんなことを軽く、考えていた。

やばい……今週分がまだ、書けてないのですよ……。

とりあえず三日連続更新はなんとか維持したいと思いますので、気合いで頑張ります。

本日よりまた、よろしくお願いします。

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