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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第七章
201/515

閑話 泡沫

 翌日より、表向きの日常が戻った。

 まずは折を見て、異母様への報告があったのだが、道中で賊に襲われたが、交易路計画の絡みかもしれないから調査中だと伝えれば、それで済んだ。

 俺が無事であったことを不満に感じているのか、終始機嫌は悪かったものの、こちらが何かに勘付いているという発想は無い様子だ。

 内心ではホッとしつつ、普段通りにと、自分には言い聞かせた。


 マルとウーヴェは連れ立ってメバックに向かい、サヤは二人に、ギル宛の手紙を託した。

 そしてマルには新しい紙で作り直した包装品を渡し、ウーヴェには、瓶を包む手法から、簡単なものを二種類伝授したらしい。

 交渉に使うということらしいが……どう使うのだろうなぁ……。


 そしてサヤとジェイドは、二人でアーロンの元に向かった。

 吠狼の装備を再検討するために、道具をあらためさせてもらいに行ったのだ。

 アーロンも宿舎建設に忙しくしているのだが、朝方と夜なら比較的空いているということだったので、この早い時間に向かった。

 というのも、食事処はガウリィとエレノラが抜けたため、目の回る忙しさであるらしいのだ。

 賄いの出張は終わったものの、村人と、訪れる旅人への対処でてんやわんやだという。朝や夜も、仕込みなどで働き通しだ。

 旅人……増えているらしい。だから自ずと、食数も増やさざるを得ないのだ。

 わざわざ、食事処の食事を食べに、遠回りして来る者がいるのだそうなのだが、いったい何故そんなことが起こっているのか……。

 今のところは食事を済ませば通り過ぎるしかないのだが、拠点村や、この村の宿舎ができたら、また様子が違ってくることだろう。

 うーん……更にユミルが抜けるのだから……大丈夫かな……? 一応、カーリンの所の妹たちが、手伝いに来ているらしいのだが……。


 で、そのカーリンの兄弟に世話を任せていたコダンだが……。

 畑にかじりついている。そしてひたすら何かを書き殴っている。食事と寝るとき以外はずっとその調子らしい。

 水撒きの様子をいちいち観察し、何故そうするのかを村人に聞いて回っているそうだ。同じ質問を延々と、村人全員から聞き取っていっているという……。

 何をしているんだろう……。正直目が爛々としすぎていて、やっぱり怖い……。そのうち俺の所にも質問に来るのだろうか……。


 あ、本日ハインは、洗濯三昧だ。

 お気に入りの洗濯板を堪能する一日となる様子。

 遠出中の洗濯物が山とあるからご機嫌だろう。俺が吐いて汚した衣服も、再度洗い直すと言っていたし……。

 でもって、現在の俺は、執務室にて……。


「シザー……それもう、良いんじゃないかな……」


 にぎにぎと指を曲げ伸ばしさせられつつ、熱心にそれを繰り返すシザーに、そう声を掛けた。

 右手薬指……。怪我の直後は全く動かせず、筆を握るにも不便だったこの指を、シザーはこうして根気よく訓練して、少しは動くものにしてくれた。

 今では指を縛ったりせずとも筆を握れるようになっており、そもそも学舎にいた頃既に、一定の効果以上を得られなくなっていた。

 つまりまぁ……俺の指が良くなる限界は、もう迎えていると思うのだ。

 怪我から十年近く経過しているし、これ以上は難しいと思うのだけど…………。

 何故かシザーは、思い立ったようにそれを始めた。


「もう、充分使い物になってるよ。

 シザーがこうしてくれてなかったら、俺はここの仕事にも支障をきたしていたと思うから、そこは本当に、感謝してる。

 だけどこれ以上は難しいんじゃないかなぁ。時間も経ってるし……」


 一応言い聞かせるようにそう言うと、ふるふると首が横に振られた。

 喋らない……。


「指の機能回復のためじゃない……ということ?」


 こくり。


「……うーん……じゃあなんだろう……」


 分からない……。

 だけど言葉で説明を求める気は無い。シザーは、本当に無口なのだ。嫌だと思うことを強要したくはないので、なんだろうなぁと、頭を悩ませる。

 すると、彼は俺をジッと見て……いや、瞳は見えてないのだけどな。


「……」


 俺の手を、丁寧に撫でてまた、甲と掌に唇を落とした。

 …………あのなぁ……。


「そんなに何度も忠誠を誓ってもらわなくても大丈夫だよ……。

 シザーの忠義を疑うわけないだろう?」


 苦笑しつつそう伝えると、ふるふると、首が横に振られた。

 忠義を示すためではないらしい……。

 ……………………。

 いや。

 違う違う、愛を示しているわけでも、ない。と思う……そうだったらちょっと、考えものだし……。

 うーん……なんだろうな、これ……。


 表情を読もうにも、彼は瞳が見えないうえ、彼独特の雰囲気でもって意思を伝えてくるものだから、他と勝手が違って案外戸惑う。

 発散しているというか、表情では表現しないのだ。

 俺に尽くそうとしてくれているのは、全身から伝わる。

 主君だと、唯一無二だと、俺以外には仕えないと、ひたすらにそれを、伝えてくる。そこに表情は、あまり伴っていない。

 二年も音沙汰無かった相手であるのに……。何も言わず、去った俺なのに、学舎にいた頃からの、変わらない忠義だけが、雰囲気で前面に押し出されているのだ。


「……ありがとう。

 俺には過ぎた忠義だと思うけど」


 そう言うと、激しくぶんぶんと、首が横に振られた。

 苦笑が溢れる。

 まぁ、もし気になるようなら、ギルに聞こう。正直、シザーに関しては、俺よりギルの方が、感情をよく汲み取るのだ。


「ただ今戻りました。レイシール様、お時間宜しいですか?」


 執務室の扉が叩かれ、サヤの声。

 どうぞと促すと、ジェイドを伴ったサヤが、荷物を手に顔を覗かせた。


「……何をしてらっしゃるんですか?」


 手を握られている俺を見て、サヤが不思議そうにこてんと首を傾げると、シザーが慌てて手を離す。

 あわあわと、必死で空気をかき回し、他意は無いのだと訴えるのだが、言葉は発さない。サヤには全く伝わらないと思うぞ、まだシザーとは日が浅いものな。


「学舎にいた頃には、いつもこうやって訓練をしていたんだけどね、シザーがなんか急に、それをするって言い出してね」

「あぁ、リハビリをされていたんですか」

「りはびり?」

「指の可動範囲を広げる訓練ですよね? 私の国では、それをリハビリテーション……略して、リハビリと呼んでました」


 サヤがそう言い、俺の前に歩いてくる。

 そうして荷物を机に置いて、俺の手を取った。

 シザーがしていたみたいに、指を曲げて、伸ばし。手の表裏を確認して……。


「……前より、可動範囲が狭まってしまっている気が、したのでしょうか……?」


 そう呟くと、パァッと、シザーの纏う雰囲気が明るくなった気がした。それはサヤにも伝わった様子で、シザーの反応に、小さく微笑む。


「え?……特に何も、感じないけど……」

「ご自分では分かりにくいと思います。日々を重ねていると、記憶が上塗りされていきますし、それが当たり前になってしまうから……。

 えっと……シザーさんがレイシール様と過ごされていたのは、二年前まで……なのですよね? その頃と今を比べてと、いうことなのかなって」


 サヤがそう言ってシザーを見上げると、こくこくと必死に頭を縦に振る。

 尻尾があれば千切れんばかりに振られていたろうなぁ……という、必死さだ。


「あぁ、ならマッサージ……毎日続けた方が、良いのかもしれませんね。

 つい庇って、使わないでいるうちに、筋肉が衰えてしまったりしているのかも……」

「……まっさーじ?」


 また出た。謎の言葉。

 するとサヤは、悩ましげに眉を寄せた。


「あっ……うーん……簡単に説明しますと、人って、寝たきりで過ごすことが長いと、歩けなくなったりするでしょう?

 寝ていることで使わない筋肉が衰えて、弱ってしまうからそうなるんです。

 レイシール様の場合も、日々なんとなく使う以外は、つい庇ってしまっているのかなって。

 そうなると、使用頻度が減って、筋肉が衰えて……もっと使わなくなって、衰えての、悪循環に陥るんです。

 筋力低下以外でも、血流が悪くなったりとか、関節が固まったりとか、問題点は色々はあるのですけど……指が前より、動かなくなっている可能性が、あるということなら、マッサージ……つまり、こうやって人の手で曲げ伸ばしをさせるだけでも、血の巡りは良くなりますし、筋肉は動きますから、状況改善に繋がります。

 これ、日々の日課に、戻した方が良いかもしれませんね。……それが言いたかった……とか?」


 こっくり。

 シザーはとても喜んでいる……。通じた! という歓喜を全身で表して。

 なんで俺よりサヤの方が理解できたのだろうか……。正直、ものすごい敗北感が……。


「シザーさんの日課だったのですか?」


 そう聞くと、こくこくと頷く。うん、まぁ……出会えばやらされていた……。学年が違ったから、会わない時はハインが一日一回は挟んできていた。

 こちらに戻った当初は続けていたのだけれど、そういえば、いつの間にか忘れがちになって……近頃はほぼ、していなかったなぁ……。


「なら、日課を復活させたらいかがでしょう。

 私も、やらないよりやった方が良いと思いますし……」


 なにか言いかけて、口を閉ざした。

 途中で止めるなんて珍しい気がして、顔を覗き込んだのだが、パッと手が離され……。


「わ、忘れてました!

 ごめんなさい、道具の件で、伺ったのでした!」


 急に一歩引いて距離を取り、サヤがそんな風に言う。

 後ろで、ニヤニヤと笑うジェイドが、腕組みをして俺たちを見ていた……。


「いや、気にすンな。続けろ?」

「続けません!」

「なンだよ。シザーだって手くらい握ってたろうが。何か問題あンのかよ?」

「……ジェイド、サヤをからかって遊ぶのは止めような」


 真っ赤になってしまっているサヤが可愛くて、何をそんなに意識してしまったんだろうなぁと思いつつ、ジェイドを嗜めると、チッと舌打ち。


「分かったよ……で、ほら、早く報告しろよ」

「あ、その……はい。

 えっと、一応ひと通りの改善が認められまして……あっ、ジェイドさんだけじゃなくて、アーロンさんにも意見を伺って、概ね、忍道具改良の案が採用になったのですけど……」


 そう言ってから、視線を泳がせるサヤ……。これは何か、言いにくいことがあるのだな。ということはつまり……。


「作りたいものができた?」


 そう聞くと、驚いた顔になった。

 いや……分かりやすいよ。

 きっと、確実にこの世界に無いと思える道具とか、特殊な道具とかなんだろう……。

 どうぞ、言って。と促すと、口元に手をやって、言いにくそうに、視線を逸らしつつ……困った顔をする。


「…………その…………卵割り器を、開発したいんです……」


 ……あー…………なんか久しぶりだ、この、支離滅裂な感じ。


 忍の為の道具を開発するのになんで卵を割る道具を開発するのか……。


「……詳しく教えてもらえるかな?」



 ◆



「さして難しい構造ではありません。

 素材は金属です。棒の先に、帽子状の被せを作り、その棒に貫かれた錘をつけるだけです。この錘は、稼働できるようにします。引っ張り上げて、落とす構造ですね」


 図に描いて見せてくれたのは、なんとも不思議な道具だった。

 というか、卵の殻を割るのに何故道具が必要なのか……そこらへんに打ち付ければ済む話ではないのか……。このような道具が存在することが、そもそも謎すぎる。サヤの国は何を目的にこれを作った。


「この重しを持ち上げて、落とした衝撃が帽子に伝わり、この帽子の触れた場所だけが、割れます。

 つまり、卵の上部が、綺麗に丸く切り取れます。これが重要なんです」

「えっと……卵を綺麗に割って、それをどうするの?」

「目潰しの器に使います!」


 えーっと……うーん……どういうことかなぁ?

 反応に困っていると、はあぁ、と、溜息を吐いたジェイドが。


「今ある目潰しな、手乗りくらいの、素焼きの壺に入ってンだよ。蓋の上から紐で括って封印してある。

 使う場合は、蓋を取って、振り回すか、投げるンだが……。振り回した場合、器を持って帰るのが手間だし、投げた場合、値段的に高くつくし音がでかい。とにかく使いにくいンだよ。

 しかも結構重いしかさばるしよ……こちとら壁やら屋根やら上り下りすンのに、邪魔で仕方ねぇし。

 だからだいたい、団体での仕事の時に、一人くらいが持っている程度の道具なわけなンだが……こいつが目潰しは必須だって、言いやがるから……」

「卵の殻を器に使えば、値段も手頃ですし、軽いですし、投げて使っても音が煩くありませんっ!

 でも、手で割ったのでは、器として使える卵の殻が入手しにくいんです。こう……切ったみたいに、スパッと一部だけ割れるのが理想で、卵割り器は、そうするための道具なんです」

「成る程……」


 それが必要であることは分かった。

 分かったが……それ、どうやって注文するかって話だよな……。


「うーん…………これは鍛冶屋に特注しなければならない。秘匿件の問題もあるが、それはまぁ、手続きで済むから良いとしてな……。

 目潰しを作るために、卵の一部だけを割れる道具を作りたい。だなんて風には、依頼できないだろう?」


 どんな理由をつけて、これを注文するかなんだよ、問題は……。


 そう言うと、サヤはきょとんとした顔になった。

 そこは考えていなかったのかな……。

 額を抑えて溜息を吐くと、サヤは「それは問題無いです」と、予想外の返事。


「料理に使うって言えば良いので」

「……卵の殻をどう使うんだ……」

「目潰しと同じです。器として使えますよ。例えば……お持ち帰りの容器としてとか。

 私の国では、卵プリンというのがありまして、卵の殻の中にプリンが入れてあるんです。人気商品なんですよ?

 他にも例えば……マヨネーズをお土産として小売する場合とかに、使い捨ての器として使うとか。

 あっ、サルモネラ菌の問題がありますから、ちゃんと長時間煮沸して殺菌してから使わなきゃいけないですけどね」


 若干謎の単語が含まれるが……概ね意味は通じた。

 ところでな……。


「卵プリンって?」

「あれ? プリンまだ作ってませんでしたか?」

「食ったことない!」


 今まであまり乗り気でない様子だったジェイドが、食い気味に身を乗り出して訴えてきた。サヤが仰け反るくらいに。


「それ、甘いやつ、辛いやつ?」

「……あ、甘いですよ? 甘くない方だと茶碗蒸しになりますね……」

「あ、それは食べたな」

「俺はどっちも、食ったことない!」


 心なしか、隣のシザーもソワソワしている……気になる……のか?

 期待に満ちた二人の様子に、サヤと二人、呆然と顔を見合わせて、吹き出してしまった。

 そんな風に期待されたんじゃ、作らないわけにはいかないよなぁ。


「じゃあ、忙しいところ悪いけど、ダニルに時間を取ってもらわないとな。

 彼らからの要望とした方が自然だろうから」

「! あ、ありがとうございます!」

「この帽子部分の大きさで、卵の割れる範囲を調整できるのか?

 なら試作として数種類、大きさを変えて注文してみるか」


 というわけで、卵割り器の秘匿権習得が決まり、メバックの鍛冶屋に外注、ブンカケンの所持権利がまた一つ、増えたのだった。……かなり、謎の道具ではあるが。

 ……うーん……これ使いたいって人、出てくるのかなぁ……。



 ◆



 その日の午後は、久しぶりの見回りだ。サヤとシザーを伴って、馬で村を巡る。

 そこら辺に、吠狼も潜んでいるのか、たまにちらりと気配を感じたりするのだが、姿は見えない。一応念のため、護衛は厚めに控えているのだけど、マル曰く、セイバーンと拠点村では狙われないだろうからということで、見回りは許可された。

 しばらく馬を歩かせ、出会う村人と挨拶を交わしていると、目的の人物が畑を手伝っているのを発見した。近づくと、声をかける前に気付き、こちらを振り返って……。


「うわっ、なにそのでかい人!色黒っ⁉︎ 異国人? どっからきたんだ⁉︎」

「やぁカミル、彼はシザーだよ。俺の武官になってくれたんだ。異人じゃないなぁ。セイバーンの南の方の街で、衛兵をしてたんだ」

「ギルの兄ちゃんくらいでけぇ! なぁ、この人も強いの⁉︎ ……なんか俺、ビビられてんの?」

「ははは、シザーは人見知りするんだよ。大丈夫、カミルが彼を気に入ってくれるなら、そのうち慣れるよ」


 シザーの肌色に対する反応は、大抵否定的なものが多いのだが、カミルは開けっぴろげに、ただ見慣れない色であったことに興味を示した様子。嫌悪感の無い、好奇心のみの視線は、シザーには新鮮だったのだろう。少々ビクついてしまっていたのだ。

 カミルはこの通り表裏の無い性格だし、きっとすぐに打ち解けてくれるだろう。


 っと……いけない。今日はカミルに用があって来たのだった。


「……カミル、この村を出たいって、聞いたんだけど……」


 そう切り出すと、それまでの明るい表情が、途端に陰る。


「……あー……その話?……うん、それなー……」


 視線を逸らし、手が所在無げに、首の後ろを無駄に触ってみたり、服を引っ張ってみたりと動いた。横を向いた彼の脚に、大きな傷も見える。サヤと出会った頃には、まだ生傷だったのだけれど、もうしっかり塞がっていた。大きな傷だったが、足の筋を痛めたりするものでなくて、本当に良かったと思う。

 そんな風に考えている最中も、カミルは何か言葉を言い澱み、悩んでいる風だった。

 あー……やっぱりそういう展開……かなぁ。


「……フロル辺りに、反対された?」


 そう問うと、口元を歪める。どこか泣きそうに見えてしまうのは、きっと見間違いじゃない……。


「……そうか。まあな……離れたくないと思うのは当然だろうな」


 フロルは、カーリンのところの弟の一人だ。他にも数人、カミルとよくつるんで遊ぶ連中がいて、村の悪ガキは大抵一蓮托生で怒られる羽目になる。

 ここ最近は、子供ながらにやることも増え、あまりそんな、悪戯めいた遊び方はしなくなっていて、皆それぞれ、何かしらの仕事をこなしたりしていることが多かった。

 氾濫対策の工事辺りから、畑仕事以外の内職とか、増えたしな……。その分収入も増えて、腹一杯食えると喜んでくれているのは救いだが……。

 そんな中でも、彼らは交流を繋げてきていたのだと思う。そして……普通は、それが一生、続くのだ。こんな田舎では、それが当たり前。その当たり前を、彼は手放さなくてはならない。


 この村は……セイバーン村は、大きく変わろうとしている。

 特にカミルの家は、氾濫対策のために、畑を手放すしかなかった。

 正直……今から進もうとしている彼の道は、彼が好き好んで選んだわけではない。そうするしか、なかったのだ……。


 なのに責められたら……辛い、よなぁ……。


 畑仕事ができないほど身体を壊した祖父と、まだ十四歳の姉。そして十歳を過ぎた程度の年齢でしかない、カミル。

 その幼い姉が支える三人家族は、もう畑を持っていない。

 姉は料理人という職を得たけれど、カミルは……畑を継ぐことができない。

 他の家の畑を手伝って、小銭を得る生活では、姉に苦労を掛けてしまうと、考えているのかもしれない……。


「……拠点村に移ってもらう目処が、立ちそうだよ。

 当面は、湯屋の管理を、君の家に頼もうと思っているんだけど、大丈夫かな?

 湯船は二つに増えてしまうけど、管理の仕方はここと一緒。当番でやっているから、大丈夫だと思うけど……」

「あぁ、大丈夫。爺ちゃんも湯屋は気に入ってるから、喜ぶと思うよ」

「そうか……。

 移ってもらう家だけど、賃借式の戸建てになる。

 あの村、試験的にカバタというものを設置してるから、井戸の水汲み当番は必要なくなる。

 ただ、規則を守って使わないと、使えなくなってしまうものだから、そこはきちんとしてくれよ」

「何、そのカバタって……」

「調理場に水路が流れてる感じだ。湧水も出ていてね。それを利用するから、水汲み不要。食器や野菜を洗うのも、その水路で洗う」

「うおっ、何それかっけーな⁉︎ でも想像できねぇ! うわぁ、都の家なの⁉︎ すげえ!」


 興奮した様子で盛り上がるカミルに、少しホッとする。

 友と離れるのは、辛いだろう……だから少しでも、楽しみを見つけてほしかった。

 少しでも、進む先を、明るくしてやりたい……俺が……いなくなったとしても、この子らの生活が、どうか安定するように……幸せになれるように……。


「……拠点村は、馬車で一時間ほどだ……。いつでも帰ってこれる。拠点村に、遊びにだってこれるさ。

 生活が落ち着いたら、フロルたちを呼んでやれ。今の家より広くなるし、数人泊めるくらい大丈夫だぞ、きっと。

 それにさ、フロルも多分……将来、家を出なきゃならない……。あそこの兄弟は、お前と同じ悩みを、近いうちに抱えることになるんだ。

 だからその時は、相談に乗ってやれ。お前が手を引いてやれ。そのために、力をつけに行くんだ。カミルなら、きっとそれができる」


 そう言い肩を抱くと、グッと、口元が引き締められた。

 ここを離れなければならない不安と、仲間から離れる哀しみ……。だけど、友の将来のためにも、何かできるようになっておくために、行く。その覚悟が見えた。

 泣くまいとしているのが、肩の震えから伝わる……。男前だなカミル。学舎を離れる時の俺は、お前よりもっと大きかったのに、もっと情けなかった。

 そんな風に踏ん張れるお前なら、絶対に大丈夫。フロルたちとの縁だって、切れたりなんか、しない、絶対に。


「……遊びに来いって、言ってくる……」

「ああ、そうしろ」

「ありがと、レイ様。……また、なんかあったら、相談しても、いい?」


 上目遣いに……恥ずかしそうにそう言うカミルに、俺は微笑んだ。

 ぐしゃりと頭を撫でて言葉を探す。


「……あぁ」


 俺がここにいられる間は。

 だけど、その先は……ごめんな。

今週の更新開始であります!

だがしかし、まだ書ききれてない⁉︎ とりあえず三話目標に、頑張りたい所存であります!

今週もお楽しみいただけたら幸いですー。

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