浅慮
セイバーンに帰り着いたのは、十の月も半ばに差し掛かる頃。
正直、そのことにも気付いていなかった。
「おや……水撒きが始まってますね……。あぁ、もう十の月も半ばですか」
そろそろ夕刻という頃合いに、見えてきた村の風景。畑に水路の水を引き込んだり、水を柄杓で撒いたりしている村人の姿があり、やっと気が付いた。いつの間にか、秋に差し掛かっていたことに。
「水撒き?……何も植えていない畑に、水を撒くんですか?」
「あぁ、この地方特有の農法というか……この時期に水を撒いて、土を潤すんだよ。それから耕して、種蒔きが十一の月になる。
理由はよく分からなかったんだけどね……代々そうしてきているみたいだから……」
「村はいつも通りの様子ですね。これなら大丈夫じゃないですか?
まあ、マルは野垂れ死んでいる可能性が否めませんが」
「今はその手の冗談はよしてくれないかな⁉︎」
確かに見た限りでは、平和そのもの……去年も見た光景だ。
畑の村人が馬車に気付き、こちらをちらほらと振り返る姿が見える。俺だと気付いた者は、手を振ってくれたりした。
一応振り返しておいてから、別館へ急ぐ。そのまま別館の入り口へ乗り付けて、俺は馬車を飛び降り、中に走り込んだ。
「マル、何処にいる⁉︎」
館内に飛び込んでそう叫ぶ。すると間を空けず、執務室の扉が開き……。
「おかえりなさーい。どうしました? そんなに慌てて……」
平和そのものといった感じで、マルが平常通りにこやかに迎えてくれた。
その背後にウーヴェの姿もあり、柔らかい笑顔で「おかえりなさいませ」と、言葉をくれる。
「手紙の内容ですか? それなら慌てなくてもちゃんと細かくお伝えしますよぅ。
けど、ちょっとそれは後にして、まずは異母様にご報告、行かれた方が良いんじゃないですか?
そろそろ取り合ってもらえない時間帯になってしまうと思うんですけど……」
これは、何事も無かったな……。
はぁ……と、安堵の息が漏れ、ついその場にへたり込んでしまう。
良かった、ほんと、マルたちは無事だ。あとは拠点村の安全……。
「拠点村は、皆息災にしているか……」
「ああ、丁度ウーヴェが覗いてくれましたよ。本日その報告に寄ってくれていたんですけど、レイ様が帰られましたし、異母様への報告が済んだらこちらの報告会を……」
「マル、異母様の報告は明日にします。それよりも、二日前に兇手の襲撃がありました」
荷物を運び込んで来たハインがそう口を挟む。
その背後からジェイドが別の荷を持ち込み、「所属不明八人。髪色、瞳色は後で報告する。襲撃目的で待ち伏せくらったから強襲した」と、報告を重ねた。
「おやぁ? それはまた……唐突ですねぇ。
じゃぁ、本日はまずその話からですね。それとレイ様の今後について。僕らの報告はその後で行いますよ」
襲撃を受けたと聞いても動じた様子を見せないマル。
逆にウーヴェは相当驚いてしまったらしく「怪我人は⁉︎ 手当は⁉︎」と慌て出す。それにジェイドが呆れ気味に「二日前っつったろうが」と乱暴な言葉を投げた。
「此方は吠狼の数人が少々の手傷程度で済んだよ……。俺たちは無傷。
先に気付いて、対処してくれたそうだから……」
「それは良かったです。
動けないような怪我の者が出なかったのも幸いでしたね。
じゃぁジェイド、髪色と瞳色の報告お願いしますよ。レイ様は、まずはお部屋で休憩なさってください。ジェイドの報告を聞きましたら、部屋の方に伺いますから」
決定事項としてそう告げられた。
たぶん、俺に聞かせたくない報告も含まれるのだろう……。教えてもらえないことには少々不満を覚えたけれど、とりあえずは従う。
荷物を全て運び込んだら、ハインは馬車を戻すついでに本館へ。遅くなったからと、報告は明日にする旨を伝えに行き、シザーはそのまま俺の護衛。サヤが身繕いを手伝ってくれることとなった。
部屋の中に待機するシザーを残し、寝室に入る。
ほっと息を吐くと、サヤが「やっと帰って来たって感じですね」と、そう言って微笑んだ。
うん、そうだな……。やっと少し、気持ちが落ち着いた気がする。
「傷はもう、大丈夫そうですね」
「ああ……」
「体調とかは、違和感ございませんか?」
着替えを手伝いつつ、そんな風に聞かれたから「大丈夫だよ」と返事を返しておく。
山城のこと、襲撃のこと、確かに精神的にキツい日々ではあったけれど、今はそれに気を取られている場合ではない。
マルが来たら、父上の状況と、救出の計画を立てなければならないし、それを異母様方に悟られないようにしなければいけない。
更には、拠点村や交易路計画の方の進み具合も確認しなけりゃいけないし……やることは山積みだ。
「レイ、あまり、根を詰め過ぎんようにな……」
「あぁ、焦っても仕方ないってことは、分かってるよ。今まで通りに見せておかないといけないし……気をつける」
確実に異母様、そして兄上の関与が疑われる状況だ。俺たちが知ったことを、相手に悟らせてはいけない。
だからいつも通り、極力そのように動かなければならない。分かってる。
そんな俺に、サヤは心配そうに表情を曇らせた。
「……レイ」
手をそっと握られ、それを胸元に抱きしめるようにされて、少々戸惑う。
「俺、いつもと違う?
サヤが心配してしまうくらい、違和感があるかな……?」
「ううん、大丈夫。いつも通りのレイや。
いつも通りやから…………余計ちょっと、心配になってしもうただけ……」
いつも通りが心配?
よく分からない言葉に首を傾げると、サヤはそんな俺に、仕方ないなとでも言いたげな、笑みを向ける。
「ええの、こっちのことや。気にしんといて。
でも……気持ちが重くなったら、言うてな。聞くことくらいしかできひんけど……溜め込んだらあかん。
…………また、あんな風になるんは、嫌やしな」
そう言われ、肩口にサヤの頭が預けられて、背中に両腕が回された。
急に密着して来たサヤにびっくりしてしまった。
「だ、大丈夫だよ。
だけど、うん……き、気をつけるから……」
「うん……ほんまやで。絶対な。絶対……」
泉で急に錯乱したからかな……?
酷く心配させてしまっている様子に戸惑う。もう全然大丈夫なのに。色々不安は尽きないけれど、それ以外は本当、問題無い。
居た堪れず、オロオロする俺を知ってか知らずか、サヤはしばらく、俺を抱きしめたまま離れなかった。
◆
「レイ様を狙った人物、異母様ですかねぇ。
おおかた、急に思い立ったとか、そんな感じだと思いますけど……」
ジェイドの報告後、俺の部屋に集まった一同を前に、マルは開口一番そう言った。
ウーヴェとシザーもいる。俺のおかれた状況を理解しておいてもらわないといけないからだ。
飛び火するかもしれないし、身の安全を確保するためには情報が 必須だ。
「今更? 何故でしょう……? エゴンさんの、横領の時のようなことですか?」
「たぶん……レイ様はもう必要ないと思われたんじゃないですかねぇ。
それと、ちょっと虫の居所が悪かったのじゃないかと」
マルの言葉に、場がシン……と、静まり返った。
そして、おずおずと、またサヤが口を開く。
「あ、あの……意味が……」
「前々からそんな風ですよ。
状況から推測するとですね、別邸にカークさんがいらっしゃったことが、そもそも腹立たしかったんですよ。
正直話を聞きたくもなかったけれど、領主様との関係が強かった方ですから、無下にもできなかった。
それで仕方なく、セイバーンに連れ帰って来られたんだと思うんです。
で、レイ様に丸投げしました。
そうしたら当然、レイ様は手駒をほぼ持っていないことになっていますから、自ら動くしかありませんよね。
勿論そうなりました。
それで、思いついちゃったか、誰かの進言があったんじゃないですか?
カークさんに呼ばれて出向き、その道中で事故なり起こってレイ様が死亡した場合、国に反逆することなく、レイ様から功績だけひっぺがせるなって」
肩を竦めてマルはそう言い、皆は呆然としていた。
俺も正直、どう反応したものやらといった心境だ……。いくらなんでも、短絡的すぎる。本当にそんなことが、兇手を使った理由なのか?
「学舎からレイ様を呼び戻したのは、セイバーン村周辺の農地管理と、領地運営を丸投げするためだったでしょう?
それって、セイバーン村周辺の農地管理……氾濫が主に問題点だったじゃないですか。
それが片付いたから、もう誰に管理させても問題無いって思ったんじゃないかなぁと」
「え……あの……。
片付いてないですよね? 土嚢壁がずっとあのままでは、いずれ崩れてしまうでしょうし……交易路計画だって……農法の再検討だって……!」
「異母様にその判断ができると思います?
壁ができたからもう終わった。くらいに思ってそうですけどねぇ。
けど、ここにいる時に手を出したのでは、国への反逆を疑われかねません。領の問題を他に知られたくもないでしょうし。
だから、カークさんへの当てつけも兼ねて、その道中でレイ様が不幸な死をとげれば、言い訳もきくと思ったんじゃないですかね。
責任者が死亡してしまった場合、もうしょうがないから、領内から別の誰かを責任者に立てることになります。
そうすると当然……フェルナン様が名前だけ出す感じになりますよね、きっと。
たぶんレイ様も名前だけ出してると思ってるんでしょうねぇ。成人前ですから。
そんな感じだと思いますよ。
そもそも、レイ様が西へ出向いていることを知っていた人間って、殆どいないんですよ。
ここの面々と、報告した異母様くらいでしょう?
他国の影である可能性は、どう考えても低いんです」
秘匿権のことだって、一見ほぼ頓挫してる状況ですから、八人もの刺客を差しむけるほど脅威に感じている組織なんてありませんよ。と、マル。
「まあ良かったじゃないですか。
たぶん、別邸の守りについていた兇手ですよ。相手の戦力が削減できてこちら的には良い結果です」
と、軽く言われてしまった……。
「別邸の……守り?」
「はい。手紙、見ましたよね?
領主様はどうやら幽閉状態なんです。あちらには、領主様の側近はいらっしゃいません。
元々が、あまり配下を傍に置かない方でしたし、有能な者は各地域に役割を振ってしまいましたからね。
そうなった理由? 当然ありますよ。
疫病が、かなり猛威を振るった時代に、セイバーンは領主家系だけでなく、配下の方々も、使用人らもかなり数を減らしたんですよ。
だから元々、セイバーンは人手不足。広さのわりに、仕える人間が少ない。
その結果、領主様の婚姻の際に、ジェスルの者を多く引き入れなければ仕方なかったのですよね。
なにせ異母様は、貴族意識のかなり強いご婦人です。しかも伯爵家より降嫁されてこられた。
不便をさせたくないと言われれば、断れなかったんでしょう」
全く意識してこなかったけれど、セイバーンは他領に比べると人手不足であるそうだ。
まあ、そもそもが小麦生産が主な産業の田舎であるし、好き好んで他領から仕官してくる者も少ない。概ね領内出身者から雇用されるが、領地全体的に人手不足であったから、その少ない人数のままで、じりじりと回復を待っていたといったところなのだろう。
そこに伯爵家から降嫁された姫君だ。いきなり田舎の生活は無理であったろうし、ジェスルから使用人を大量に連れて来て、そのまま居着いたといった状況だったと推測できる。
父上は異母様と結婚し、兄上を授かった後、カークの引退を理由に助手を探し、俺の母が選ばれた。
領地運営と農地管理は、この二人が主にこなしていたらしい。
それというのも、セイバーンの者を多く傍に置くことを、異母様が良しとしなかったからであるという。
父上は元々配下をあまり持っていなかったし、数少ない優秀な人材は地方管理に回した方が良いと、早々に踏ん切りをつけたのだそうだ。
そうして、身の回りはほぼジェスルの者となり、女中や下男など、館の使用人のみを残す形となったらしい。
そんな風に話しながら、マルはふっと、笑った。そして俺を見る。
「正直ねぇ……血だなぁって、思いましたよ、僕は。
選択が、レイ様と同じなんですもん。
たぶんね、レイ様が受けた仕打ちと、同じだったのだと思います。セイバーンの者を多用すると、異母様の怒りを買い、その者が叱責を受けることが増えたのでしょう。
悋気深い方ですしねぇ……それで、余計ないざこざを起こさないようにと、あえてセイバーンの者を遠去けた。地方に優秀な人材を回せるし、どうせ各地を巡るのだから、その時に会えると考えたんですねぇ。
けれど、セイバーン村周辺の管理だけは、そうも言ってられなかったみたいです。ロレッタ様だけは、手放せなかった。
ここは特殊過ぎますからね。ジェスルの官僚には、全く務まらなかったみたいで、ロレッタ様を見出すまでは相当大変だったみたいですよ」
母が助手となったのは、カークの推薦であったらしい。
僅か十五歳という若さでだ。結局、男性で良い担い手が見つからなかったのだという。
正直十五歳で抜擢など、かなりの特例であるだろう。それだけ人材不足だったということもあるのだろうが、母は読み書き計算に強く、快活で気がきき、更に父上とは親子ほども年の差があり、異母様が悋気を抱く対象でもなかったのだという。
「……そういえば、領主様とは二十ほど年が離れているのでしたか……」
「小柄な方だったみたいですしねぇ。更に幼く見えてたみたいですよぅ。
色々な場所で、親子に見られてたって噂が残ってましたし。
あ、安心してくださいねぇ、ロレッタ様が領主様に恋慕したんですよ。領主様からの強要じゃないですから」
俺の内心を見透かすように、マルがそう言葉を添えた。
両親の馴れ初めまで調べてるのかこいつは……。若干狼狽えつつこくりと頷いておく。
ちょっと予想外だったな、母からだなんて……てっきり逆らえなくて、強要されたのかと……。それが母からとは……まあ、妾であっても並みの生活よりは裕福になれたろうし、な。
「お母様にしか助手が務まらなかったって……ここの農法って、そんなに特殊なんですか?」
内心でそんな風に考えていると、サヤが不思議そうに口を開いた。
ああ、それはうん……かなり違う……かなぁ。
「うーん……独特の習慣が多いかな。まず十の月の水撒きからして、そうだね。
これ、他の地方ではやらないし、セイバーン村でも氾濫が起こった年はしないんだよ。十一の月までになんとか畑を整備し直して耕して種蒔き。
氾濫が起こらなかった年は、何度も水撒きをして土を潤わせてから耕して、種蒔き。
常時そんな感じで、色々やることを挟みつつ一年をこなすことになるな」
「そう、その特殊な習慣。これが何かと、ややこしくってねぇ。
レイ様はあまり意識してらっしゃらないようですけど、セイバーン村近隣の管理って、そりゃ手間なんですよ。
通常の麦生産地って、毎日畑の見回りなんてしませんし、農家と密に連携を取る必要なんて無いんですから。
種を蒔いたらほぼ放置。春に収穫。なんてざっくりした地域もあるんですよ、いまだにね。
けれどセイバーンは違う。代々の領主様が、麦の生産には並々ならぬ労力をかけていらっしゃいます。
管理の手間が段違い。そのかわりに、あの生産量。氾濫をあれだけ繰り返しているにもかかわらず、黒字収益。これね、異常なくらいなんですよ」
マルの言葉に、それはまぁ……と、頷く。
他の地域より相当手間がかかっているというのは、俺自身も承知している。
王都周辺の農地は、こんな風じゃなかった。
「正直ね、セイバーンの歴代領主様のマメさは相当ですよ。毎日毎年、きっちり資料も残してらっしゃるでしょう?
基準が無かったから雨量に関してはバラけてましたけど、収穫量とか、天候とか、はっきり記せるものに関しては細かく残してらっしゃいます。
残ってない期間は、領主様の不在……氾濫に巻き込まれて亡くなられたり、病没されたり……そういった不測の事態の時とかでしょうかね。だいたい重なってますから。
それだけきっちりと管理された資料が残っていた。それがあったから、レイ様もここの管理を、手探りながらもこなせた……と、思っているでしょう?」
それも違いますからね。と、マル。
いやでも実際……この時期には何が起こりやすい。何をしなければならない。そんなことが細かく記されていたからこそ、行動できたのだ。他領とのやり方が全く違ったからこそ、特にそれを重要視した。父上の繰り返してきたことを、守っただけだ。
「まあそれも確かにありますよ。でもね、最もたる部分は、レイ様に農家の話を聞いて、それを受け入れる度量があったからですよ。
彼らは記録こそ残してきていませんが、代々口伝で伝えてきたことがある。経験則。これは侮れません。勘違いとか思い込みとかも多く含まれているでしょうけどね、記録には残せていない重要事項も、沢山含まれていたと思います。
レイ様は、資料とその経験則。それを上手く取り入れた。だからなんとか、無理やりにでもここの管理ができたんだと、僕は推測してるんです。
他の人には務まりませんでしたよ、きっとね。レイ様以外の貴族には、民の声なんて雑音も同様の扱いでしょうし」
いや、そこまでじゃないだろ……。
呆れ顔の俺に、けれど皆はうんうんと頷く。マルに肯定らしい。
「基本的に貴族の方は……結果ありきの方が多いのではないでしょうか。
決定事項のみ伝えて、結果のみを受け入れる。そういった方が大半であると思います」
おずおずと、ウーヴェがそう言う。
どんな形を取ろうと、その結果に到達していれば問題無し。求めたものがなければ、手打ちも当然と考えるのだと。
「その割に余計な差し出口を挟むことも多いですね。
ギルの仕事を見ていると本当にそう思います……いちいち細かいわどうでも良いわ……よくあれに付き合っているものですよ」
珍しくハインがギルを評価した……のかな?
確かに貴族は、体面とか形式とかを重要視するし、農家とは逆の意味で理由の理解できない言動が多い。そしてそれを一般に強要してしまう節がある。
相手の理由不明は受け入れないのに、自分らの理由不明は当然の習慣とか、伝統なんだよな……。
「聞く気無いんですよ、民の言葉なんて。きちんとした理由のない経験則なんて、特にです。
例えばね、畑に川の水を撒いて、土を潤す。その後耕やし、種を蒔く。けれど、雨が降った直後に種は蒔かない……とか意味不明ですよ。
どっちでも良いじゃないですか。同じ水なんですから。むしろ雨を選ぶでしょうよ、通常は。わざわざ労力かけなきゃいけない手間考えたらね。
今まで中々領主様の補佐が務まる者がいなかったのも、その辺りが原因であるようですねぇ。
他領の効率良い農法を推し進めようとしたり、呪いめいた作業を省こうとしたり……ね。
けれど貴方は、川の水で土を潤してから畑を耕し、土に水が馴染んだとみなされたら、天候を見て種蒔き。雨が降れば種蒔きは見送る。そういった、謎でしかない手順を守った。忠実に。
その中にどれほどの意味があるのか、僕にはまだ分かりませんが、意味が無い行為ではないんでしょうね。そんな積み重ねを、一年通してやってるんです」
他の農地の農法を取り入れたって良かったのに。と、マル。
「それは……どの農地でも、やり方は少しずつ、違ったから……どれが正しいかが分からなかった。
だからまずは、この場でされていた方法を、きちんと理解してからと思っただけだ」
この形になった理由があると思っただけだ。
そもそも、地方によって天候に差だってある。特にここは、雨季の特徴が顕著だしな。
農業は天候を相手にするのだから、その土地の特性というのはとても影響するだろう。だから習慣を重要視するのは、別に特別なことではないと思う。
「ま、誰かに教えられてそうしたのなら分かりますけどねぇ。
十六で急に連れ戻されて、押し付けられた領地管理という重圧を、指導者も無しにこなしてしまったのって、普通じゃないんですよ。
しかもいきなり農民たちと交流を密に取るとか、普通しませんからね」
それは…………。
……館にいるより、畑にいる方が、よほど気が休まったからだ……。
皮肉だよな……。正直苦笑するしかなかったのだけど、ことが良い方に運んだなら問題無いかと思い直す。
そんな俺の様子を見て、皆はそれぞれ表情を巡らせたのだが……とりあえず、この話はここまでとしましょうという、マルの言葉で話の筋を正すこととなった。
「では、そろそろレイ様の今後についての話にしますね」
今週も始まりましたー。3話更新でございます。
楽しんでいただけたら幸いです。




