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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第七章
190/515

カーク

 翌日、ウーヴェは拠点村に戻り、その日のうちにシェルトへ引き継ぎを終え、メバックへと向かった。

 ここに訪れるまでの二日間で、大抵のことの調整は済ませてきていたということで、シェルトへの報告に戻っただけといった形だ。

 用意周到に、全て準備を済ませて行動している辺りが、ウーヴェの決意と、性格が現れているなと思う。

 俺が拒んでいた場合、どうしたのかと問うたら、責任者は辞め、立場を持たぬままでも、陰ながら力になる決意だったと、恥ずかしそうに彼は言った。


 そう。つまり彼は、俺の関わる全てを受け入れ、それでも俺に仕えるという意志を曲げなかったのだ……。

 獣人という存在について。我々が全て、獣人と人の混血である可能性が高いことなど、壮大な規模の話に半ば呆然とはしていたものの、そんなおおごとに関わるならなおのこと、力になりたいと懇願され、結局、俺は折れる以外、選べなかった……。


 彼自らが課した自身の任務は、拠点村の構造や方針について、周知を進めることと、職人集めだ。

 獣人のことは繊細な問題であるため、当面伏せると決めて、まずはあの村を、村として機能する形にする。

 しかし、誤解から現場に押しかけてくるほど過激な連中もいる。いかつい現場の職人らと一緒ならまだしも、ウーヴェ一人にことの収拾を任せるなんて危険過ぎる。

 だから一人では行かせられないと言ったのだが、ジェイドより「忍を数人警護に付けりゃいいだろうが」と進言され、そのように手配がなされた。

 それでも、身の危険を感じたら業務を中止すること、何かあれば商業会館かバート商会に逃げ込むことを約束させ、ウーヴェを送り出したのだった。


 良かったのか……これで……。

 ウーヴェを危険に巻き込んでしまうのに。

 でも、俺一人ではどうにもならないのは事実で、彼が担うと言ってくれたことは有難い。けれど…………っ。


 あれからずっと、そんな自問自答を繰り返していたのだが、異母様が帰還したため、迎えに出ていた。

 館の前庭に入ったきた馬車は、いつも通り、列をなして俺の前を通過する。

 それを見送って、さあ別館へ戻ろうかと顔を上げたところ、館より異母様がお呼びだと、使用人が俺を呼び止めにきた。

 いつもより、少し早いお帰りだった。それが関係しているのだろうか……?


「ハイン、ついてきてくれ。サヤは館へ戻って……」

「嫌です」

「……サヤ」

「嫌です」


 取りつく島のない拒否。

 けれど、異母様が何を言ってくるか見当もつかない状況で、サヤを連れて行きたくはない……。とはいえ、この顔は、諦めてくれる気皆無の様子だ。


「レイシール様、近衛の襟飾を取りに戻りましょう。それが目につけば、おいそれと手出しはできないでしょうし」


 それで妥協するしかないか……。


 普段は厳重に管理している襟飾を急ぎ取りに戻った。

 サヤは俺の襟飾を左襟につけているから、反対の右襟に近衛の飾りを身に付けさせる。

 俺も近衛隊長の襟飾を左襟に付けた。


「俺は出向かぬ方が良いのかな?」


 待機していたディート殿がそう問うてきたので、留守番をお願いしますと伝え、俺たちは本館へと足を向けた。


 調度品が色々入れ替わっているな……。季節ごとにいつも、何かしら買え変えられているのだけれど……。

 本館の中は相変わらず豪奢で、行き交う使用人は極力俺を視界に入れないよう努めている様子だ。うーん……何か無理難題でも押し付けられる兆候かな。

 そんな風に思いつつ、いつも通される応接室へ出向く。すると、珍しく異母様が既に在室しており、何やらお客人もいらっしゃった。

 これは……馬車に同行していたのかな。

 来客がいるのに呼ばれた意味が分からない……。


「お呼びと伺いました。何かございましたか」


 まあ、同室されているということは、俺に関わることなのだろうなと思ったので、そう問うてみたのだが、異母様は俺が出向いた途端、席を立ち。


「其の者が対処いたします。詳しくはあれに」


 急な馬車の移動で疲れたと退室してしまった。

 呆気にとられて見送ったが、とりあえず状況を確認しようと思い至る。


「セイバーンが二子のレイシールです。

 未熟ではありますが、現在領内の政務は私が預かっておりますので、要件は私が伺います」


 このような場合、相手はだいたい、俺を見て表情を曇らせる。

 成人前の未熟者に失望し、自分の願いが聞き届けられない現実を目の当たりにして、言葉を失うのだ。

 振り返ったお客人……それはひょろりとした、老齢の男性だった。

 かなりのご高齢だ。冗談抜きで、いつ天に召されてもおかしくないと言えるほど。

 しかし、俺の方に向き直ったその方は、しゃんと背筋を伸ばして立ち、きっちりと模範のような礼を取った。


「カークと申します。

 お初にお目にかかります、レイシール様」


 名前を、呼ばれた……。


 いや、名乗ったけど……。まさか名を呼び返されるとは思っておらず、少々驚いてしまう。

 成人前の未成年は、一人前とは認められない。だから大抵は御子息様……と、そんな風に呼ばれるのだ。

 名を呼ぶのは、特に親しくしたいと思っている時や、縁を繋ぎたいと思っている時だろう。このカークという老爺が、俺との縁を望む理由が見えない。

 しかし、気の迷いとか、つい間違ってとかではないのは明白だった。カークは、年をうかがわせぬ矍鑠とした佇まいで、惚けている様子もなく、ひたすら慈しみを込めた瞳を、俺に向けていたのだから。


「……………………あの……?」

「おお。これは失礼いたしました。

 いえ、性別が違いますから、ここまで似ていらっしゃるとは思っておらず。懐かしさに浸ってしまいました。

 ああ、よく……本当によく似ておられます……ロレッタ様に」


 ギクリと、表情が固まる。

 不意打ちに出た母の名に、俺は心臓を掴まれた心地だった。

 そんな俺の心情を知らないカークは、これは失礼。と、また頭を下げる。

 そして、すっと俺に身を寄せ、小声で呟いた。


「私、もう二十五年も前に引退した身でありますが、アルドナン様の元に仕えておりました」


 ⁉︎


「父上の⁉︎……え……じゃぁ……」

「はい。病により身を引かせていただいたのですが、思いの外寿命が尽きず、まだこうして生を賜っております」


 父上の、配下の方⁉︎

 ここに戻ってから、一度とて……誰一人として、俺の元にそれを名乗る人は、現れなかったというのに⁉︎


「ああ、年寄りはつい、昔話に気が逸れてしまい、困ります。

 そのような場合ではありませんでした。アルドナン様に、是非お頼みしたきことがあり、バンスまで足を伸ばしたのですが、お会いすることが叶いませんでした。

 奥様に掛け合いましたところ、政務は一切が貴方様の任とのことでしたので、申し訳ありませんが、よろしいでしょうか」


 丁寧な口調ながら、言葉は真剣そのもの。

 政務に関わることであるなら、急いだ方が良いだろう。


「では、別館へお越し頂けますか。今はあちらに執務室が移されております」

「……レイシール様、私は、もう引退いたしました、ただの老爺でございますれば、そのような丁寧な口調は、私に似つかわしくございません」


 ピシリと指摘されてしまった……。

 領主一族の者であるのに、民に対した態度ではないと。


「……ですが、私はまだ若輩者で……成人すら迎えておりません。目上を敬うのは当然の立場かと……」

「いいえ。そのような配慮は無用にございます。レイシール様はアルドナン様の名代。それをお忘れなきよう」

「……分かった。では別館へ。そこで話を聞こう」


 カークを促し、場所を移す。

 移動の最中も、彼の熱い視線を背中に感じていた。

 執務室に到着すると、早速ハインがお茶を用意してくれた。ご高齢の方を立たせておくのも気がひけるので、お茶を理由に長椅子へ導く。ディート殿は俺の護衛らしく、俺の背後に姿勢を正して立った。


「一度報告書を送らせていただいた件なのですが、どうにも対処に困り、こうして出向いたのです。

 と、いいますのも、傭兵団崩れの野盗紛いな連中が、山城に立てこもってしまいまして、近隣の警護をしていると主張し、村から金品や食料を強要するようになりました。

 当初は、通過するのみという話だったのですが……気付けば居着いていたという状態でして。

 山城は元々、セイバーン傍系の山荘であったのですが、一族は流行り病により死滅、今は男爵家の所有地となっております。

 ただ、もう数代も前の出来事でありましたし、未だ嘗て男爵家で山城を利用したことはございませんで、もうご存知の方がおられないのだと思い、報告に上がりました」


 傭兵団……。確かに報告書があった覚えがある。氾濫対策に追われている時期だ。

 あの時は報告のみであったように記憶している。その後連絡も特に無かったし、何事もなく通過したのだと、思っていたが……。

 少し、違和感を感じた。

 確かに由々しき事態だが、わざわざ出向いてまで伝える必要がある内容だろうか。通常は、近場の街にでも報告し、管理をする士族や代表者を頼れば良い。

 いや……男爵家の所有地だと言うのだから、この対応がおかしいわけでは、ないのだが……。


「……近場の役人では、手が回りませんでしたか」

「ええ。あの辺りは村の男衆が作る自警団しかなく、役人は書類手続きのための文官が、少数のみなのです。

 だからこそ、山城に居つかれたことに気付けず、更には周りを警護しているなどと主張されているのですが……。

 傭兵団崩れというのは厄介でして、争いごとに場慣れしている分、自警団ごときでは対処できず……」

「それはつまり……かつてはその傍系の一族が、近隣の管理をしていたのだな? けれど死滅してから、管理者が置かれていないと……」

「左様です。そもそも、セイバーン男爵家自体も大きな被害を受けました。今ですら、血筋の男児はアルドナン様と、貴方様ご兄弟のみでございます」


 それは……確かに。

 元々父上は兄弟がおらず、俺の祖父母にあたる方々も、早々に他界しており、セイバーンの血筋は随分と細まっている。

 それは数代前、この地域を襲った流行り病により、たくさんの命を失ったからだと記録にあった。

 国全体としては、拡大する前に収束し、さして問題とならなかったのだが、セイバーンはその病の中心地であったため、被害が大きかったという。


「血が残っただけ僥倖という惨事であったのです。当時の御領主様一家も病に倒れられ、幼き御子息様お一人のみが、学舎に行かれており、難を逃れたと記憶しております」

「ああ、記録を確認したことがある。領民にも大きく被害があったとか。

 あの折の問題が、まだ尾を引いていたのだな……」


 その惨事があり、セイバーンは、このセイバーン村一帯のみを男爵家の管理下とし、他の地域は士族や役人に任じることとなった。

 まあ……それが功を奏したと、言えば良いのか……父上が急病で倒れた現在でも、セイバーン領内は問題なく運営されている。父上の任じた士族や役人らが、そのまま役目を続行してくれているからだ。

 地図を確認し、山城の位置を聞くと、随分不便な場所である様子だった。つまり、管理者を置くほどに価値を持たなかった場所であるのだろう。そしてその理由の最もたる部分が……。


「……西の地域……だな」

 その山城は、セイバーン村より南西に位置した。

 水害により、道が置かれなかった地域の、更に先だ。

 これから、交易路を通し、西への道を新たに作る予定の我々にとって、無視できない位置。ホセの村がある、オーストとの境の山林も、程近い。


「傭兵団崩れの……か。どういった連中なのかな」

「それがまた、少々厄介でして」


 カークによると、その一団全員に問題があるのではないという。

 二十人前後のその団の中には派閥が存在するらしく、その一つが問題であるそうなのだ。


「団の上位者の一人が粗暴で、実力ゆえに驕りが強いようなのです。団の中で順位争いが起きているのか、もうその結果が出たのか……その粗暴な者の影響が強くなり、要求が悪化してきているといった様子でしょうか。

 どうやら、団長が病に倒れたかして、地位を退いたようです。

 当初は食料も金を払い、買い上げていたのですが、近隣の警護をしていると主張しだし、支払わなくなりました。

 一部農村の娘にちょっかいをかけている者もおり、状況が悪化の一途をたどっているといった様子でして」


 鎖が切れてしまった野犬ということか……。


「まだ住人を傷付けるような問題は起きていないんだな」

「時間の問題といったところでしょうか……。

 ただ、団の中にその粗暴な連中を押し留めようとしている者もいる様子で、後で謝罪があったりもするのです」

「……その者らは、また移動を始める様子は無いのか? セイバーンに傭兵団を雇うような者は、あまり無いだろうに」

「もうふた月から動きがありません。雨季の間は、天候により足止めを余儀なくされているのだと思っておりましたが、明けても動きが無いのです」


 思案するふりをして、カークの様子を伺った。

 やはり、我々にこれを伝えにきた理由が、いまいち釈然としない。

 セイバーンに来るより近い位置に、兵士を派遣できる街はある。なのに、バンスへ赴き、父上への面会を希望した。病については知っているだろうに。

 更に、異母様に接触して、セイバーンまで同行してやって来た。


「……近く、交易路を作る計画が動く。カークも目にしたと思うが、川横の壁。あれを土台に道を作っていく。

 それに伴い、西に伸びる道も整備する予定だ。

 西の地の管理は今後の課題として考えておこう。あと、その傭兵団だが、こちらから部隊を派遣すれば良いか?」


 そう言うと、一瞬の沈黙。


「……一応、男爵家の所有地であります。これより、西側を開拓していくというのであればなおのこと、一度西の地を、目にされておく方がよろしいのではございませんか?」


 やんわりと、部隊の派遣を押しとどめる発言。


「まだ、問題と言える問題も起きていない状況です。罪状としても、弱いでしょうし、兵の派遣を行うには、些か早計であると私めは考えます。

 また、あの山城はセイバーン男爵家の所有地。正当な所有者が立ち退きを要求すれば、居座れるものではありません」


 そんな主張が、まさか理に適っていると、本気で思っているのだろうか……。

 わざわざ男爵家の者に出向けと?

 顔色を伺うが、表情を見事に笑顔で隠した老爺は、考えを読ませなかった。年の功なのか、見事に作られたと分かる笑顔なのに、その奥が見通せないのだ。

 俺に出向けと言っているように思えるのは、勘ぐりすぎだろうか?


「面白いことを言う御仁だな。

 確かに、男爵家の所有地だと言うならば、レイ殿が出向くこともおかしくはないわけだ。

 だが、そのようなもの、男爵家所有地であることを示す書状を持たせた使者を派遣すれば、済む話なのではないのか?」


 ディート殿にも違和感は伝わった様子だ。

 楽しげな表情ながら、裏に闘志を滲ませている……。良からぬ思惑があるなら、容赦せぬぞと、そう匂わせているのだ。

 だが、カークは動じたりしなかった。

 笑顔も崩さず、姿勢を正す。


「はて。このような老いぼれが何を企みましょう。

 私めは、これより西の地を整えようと言うなればなおのこと、見ておく方が宜しいのではと進言しただけで、他意はございません」


 ディート殿が手練れであることは伝わっていようし、小者なら闘志だけで威圧されてしまうだろうに。

 しゃんと伸ばした背筋に、後ろ暗いものは感じなかった……。


「……山城までは、ここからだとどれくらい掛かるかな」

「レイシール様!」


 俺がそうす口にすると、即座にハインから制止の声が飛ぶ。

 サヤも、キュッと表情を引き締めて、俺に視線を寄越した。

 何か言う前にと、手で制する。一応、聞いているだけだよ。まだ、決めていない。


「南から迂回する道しかございませんので、馬車でなら三日は掛かるかと」

「……往復で最低六日か。拠点村の視察もあるし、五日以上を空けるのは難しいな……。マルが戻ればここを任せられるが……」

「っ! レイシール様、貴方はご自分の立場を理解されていますか⁉︎」

「ハイン、誰かを派遣するにしても、俺たちにはそれだけの仕事を任せられる人員がいない」

「本館の者に任せれば済む話ではないですか!」

「……男爵家の書状を任すほど信頼のおける者を、お貸しいただけるかな……難しいと思うよ」


 冷静に指摘すると、一瞬言葉に詰まったハインが即座に「では私が出向きます。一人であれば馬で飛ばせますし、三日もあれば済みましょう」と言う。どれだけ飛ばす気だ……そんなに急いでは馬が潰れる。それに……。


「……それだと、カーク殿を送り届けられないぞ」

「ご自身で勝手に帰っていただけば良いではないですか!」

「ウォッフ! ゴフッ。いや、申し訳ありません。持病の気管支の調子が……」


 急に咳き込み、明らかな演技を挟まれ、一瞬唖然とした。

 何故急に? と、考え……カーク殿を送り届ける……と言う言葉に同意を示す行動だと察する。

 この人……案外茶目っ気がある方なのだろうか。


「うん……やはり仕方がないな。

 カーク殿は体調も思わしくない様子だし、お一人で帰すのは些か心配だ。

 場所も正確には分からないのだし、道案内も必要だろうから、同行していただくのが得策だと思う。

 準備もあるし、明後日にその山城へ向かうことにする」

「レイシール様⁉︎」

「とはいえ、ディート殿は休暇も終わりですよね……」

「そうだな。レイ殿が明後日に発つと言うならば、俺もそれに合わせよう。方向が違うから同行できぬのが口惜しいが……」

「本当にお構いもできず……護衛ばかりさせてしまいました。申し訳ない……」

「なに、分かっていて来ているのだから気にするな!

 俺としては美食や風呂を堪能できたし、良き友も得た。有意義な休暇だったと思っている。

 ほぼダラダラ過ごしていただけで、活躍の場がなかったのが申し訳ないくらいだ」

「そんなことはありません。

 ディート殿がいてくださったからこそ、大きな問題も起こらず過ごせたんです。俺たちだけでは、もう少し色々絡まれてましたよ」


 武官を連れているのといないのとでは、全く違う。

 周りに対する印象もだけれど、安心感もだ。

 ギルだって手練れだし、サヤやハインだって強いのだけど、彼らは本来、ただの商人であり、従者だ。

 普段の仕事があり、それだって忙しいから、危険ごとにだけ目を光らせておくわけにもいかない。

 ディート殿がいてくれた間、二人は思うように仕事ができたし、表情が穏やかだった。きっと普段は、常に周りに気を配っているのだろう。それがディート殿のおかげで、気持ちを休めることができていたのだ。


「レイシール様‼︎」


 のほほんと挨拶を始めた俺に、ハインがキレる。

 本気で怒っているのは目のギラつきでよく分かったけれど、ここは我を通させてもらうことに決めていた。

 まあ、本当に危険だと思えばディート殿のことだ。こんな風に雑談に乗ってはくれないだろう。

 サヤはというと、気がすすまない風ではあったけれど、様子を見ようと考えているのか、まだ口を挟まないつもりのようだ。


「サヤ、悪いけど、遠出の準備をお願いするよ。

 カーク殿は、今日、明日と、ここに滞在しておいてくれ。山城に向かう際、一緒に送る。ハイン、本館へ連絡してきてくれるか」


 別館内ではなく、本館へと促したことで、ハインの怒りが若干収まった様子だ。畏まりましたと即座に動く。

 こんな胡散臭いことを言ってくる人物は俺の傍に置きたくないと考えているのだろう。更に、多分二日のうちに俺を説得して、行動を改めさせるつもりだ……。される気は無いけど。

 即座に動く二人を部屋から送り出すと、カークは一つ息を吐き、俺に今一度、視線を戻した。

 過ぎた時間を懐かしむように、俺を見る。

 沈黙しておくのもなんだし……ただじっと見られているのも落ち着かない。だから「お身体の方は、大丈夫ですか?」と、声を掛けた。


「病により退いたと、おっしゃってましたよね。バンスからここまで馬車で揺られてこられたなら、お疲れではありませんか」

「レイシール様……そのような口調は適切ではありませんと、先程も申しましたが」


 またピシリと言われてしまった……。


「すまない。慣れないので……。特に、父上の配下の方だったと聞いてはどうにも……居心地が悪い」


 父上を知っているならば、俺は随分と見劣りするのだろう……そう思ってしまうのだ。だからつい失礼だけは無いようにと、自然に言動が改まってしまう。

 するとカークは、また一つ、息を吐いてから。


「……ご立派になられました……。あの幼き(わらし)が、このように大きくなって……。

 この年まで棺に入らずにおいて良かったと、今心から思っております。

 冥府への土産ができました。ロレッタ様にも、良いご報告ができそうです」


 とても心臓に悪いことを言う。

 冥府への土産って……年齢的に冗談じゃ通じないからやめてほしい……。

 それと………………?


「先程……初めてお会いしたはずですよね?」

「レイシール様」

「あっ、いや……すまない。……先程、初めての挨拶を受けたと思ったが、思い違いだったろうか」


 そう問うと、カークは少し口角を持ち上げた。


「私めは貴方様を存じ上げておりますが、貴方様にとって私は初対面でありましょう。

 あの折は……瞳を閉ざしておられましたから」


 眠っていた時に会ったということかな?

 なら、赤ん坊の頃に、お会いしたということだろうか。

 母の名を度々出すことが、少々重たく感じたけれど、それは俺個人の感傷だから、顔には出さないよう注意することにした。


「部屋の準備ができたら、ゆっくり休んでおいてくれ。でないと、当日一緒に連れていけない気持ちになるかもしれない。

 父上も、お元気ならばそう言うと思う」


 厳しい方であったけれど、部下は大切にしていたと思う。でなければ、足繁く、他方に通い詰めはしなかったろうから。

 そう思って言葉にすると、カークは慈しみのこもった瞳で、また俺を見た。


「勿体無いお言葉。有難く、休ませて頂きます。当日置いていかれぬためにも」


 茶目っ気ある、そんな返事を返して。

いつもありがとうございます!

今週は……ちょっと難産しておりまして、更新、二日になるかもです……。

仕事が土曜日までありやがるんですよ……三月になってからさあああぁぁぁ。

ちょっと執筆時間足りないのと、別話の影響もあるのですが、更新だけは毎週欠かさないように頑張りますので、おつきあい頂けたら幸いです。

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