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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
189/515

 昼食がてらの説明を終え、午後からは現場の変更点のすり合わせを行なった。

 拡張する部分には、一部林が伸びていたため、まず地均しが必要となる。


「神殿との交渉もあるし、今年いっぱいは話が進む予定もない。本格的に動くのは許可を得てからになるから、水路と地均しだけ進めておけば良い」

「レイ様、この試験畑というものは、どこに移動させれば良いでしょう……」

「ああ、移動させない。幼年院の庭の部分に来るだろう?

 食育という考え方があるそうでね、食べ物の大切さを、育てて学ぶのだそうだよ。そういうのに使おうと思って。庭の一環にする」


 色付きの紐を杭に結んで、区画の目印を打ち込んでいく。

 地均しを二度手間にしてしまったことを詫びたのだが、仕事が増えて長く稼げるなら文句は無いと、皆は笑ってくれた。


「まああれだな。あんな難しいこと考えんだな、お貴族様ってのは」

「お貴族様……かなぁ……レイ様が考えてるだけじゃねぇ?」

「レイ様、毛色が違うからなぁ……」


 そんなやりとりも聞こえてきたりするのだが、まあ、奇人扱いは学舎の頃から慣れてる。姫が付かないだけ有難い。

 ルカは水路の作業に行ってしまって、結局あれから口をきけてない。それが少々気になるものの、ここ最近の重たい気持ちは随分と、軽くなっていた。


 区画の確認が終了し、そろそろ戻る支度を……と、考え出した頃、シェルトに呼び止められた。


「ちょっと良いか。さして時間は、取らせねぇからよ」

「ああ、構わないが……ここでは難しい話か?」

「そうだな……まあついてきてくれや」


 そんな風にやりとりをして、シェルトの後に続くこととなった。ハインは馬車の準備に行き、サヤとディート殿だけが俺について来る。

 やって来たのはまたもや仮小屋。

 今は皆が作業に出ていて、中はがらんと無人だ。

 ここは作業員たちの寝泊まりや、休憩ができるように設置してあるのだが、まだ生活ができるような環境が整えられていない。

 とはいえ、何かと物騒であるため、毎日何人かがここに残り、交代で泊まり込んでいる。

 本来なら夜間の警備を置くべきなのだが、それも人手不足でままならない状況だった。


「色々とすまないな……本来の仕事でないことまで、させている」

「希望者にしかやらせてねぇし、日当だって付いてんだ。文句言う奴なんざいねぇよ」


 泊まりの者は、食事のできる環境じゃないから、保存食なんかで夕食を済ませたり、賄いの残りを貰ってやり過ごしたりといった感じらしい。

 これもあまり続けると、職人を疲れさせてしまいそうで、気がひける。


「まあ、そりゃ今いいんだよ。

 それよりこっちの話だ。あんたには、言っておく方が良いんだろうって思ったからよ」


 何か深刻な話なのだろうか……。

 少し眉間に力が入る俺に、シェルトは笑った。


「そんな顔する話じゃねぇよ。

 今日のことがあったから、ついでにする話だ……まぁ、老婆心ながらってやつだな」


 そう前置いてから、少し外の様子を伺う素振りを見せたから、サヤに音を気にしておいてくれと、視線で伝えた。

 まあ、ディート殿もいるし、誰かが潜んで来たとしても、心配はしていないのだが。


「あんたの言動からして、メバックでの色々は耳に入ってんだろうし……ここの現場が上手く回っていること、不思議に思わなかったか?」


 それには俺もこくりと同意する。

 皆が、事情もきちんと伝えていなかった俺に、心を許してくれているのを感じた。

 なんで? と、不思議に思ったのも事実。土建組合員だけなら、まぁ……長く接点があるから、理解できるのだけれど……石工や大工らは、この現場からの参加者だ。

 それを言うと、シェルトは。


「ありゃな、ウーヴェなんだよ」


 と、俺に言った。


「あいつはよ……現場の責任者ってことになってからな、一人一人職人のとこに回って、人集めしたんだ。

 石工は俺の伝手があったし、土建の奴らはもうあんたと気心知れてたからよ、まだ良かったんだ。けど大工が集まらなくてな。

 組合長に話つけて、遍歴の職人まであたって、あいつが確保したんだ。あんたのことを、そりゃ丁寧に説明してよ」


 そんな報告は、一切されていなかった。

 眼を見張る俺に、シェルトは苦笑を浮かべて「あいつはあんたに惚れ込んでるからな」と、言う。


「あんたの事業を、絶対に失敗させまいと、全身全霊で挑んでる。

 事情は知らねぇが、氾濫対策の時の、あの揉めてたやつが絡んでんだろう?

 今も、仕事は楽しそうにやってるし……まぁ、不満はねぇと思うんだがな……。

 俺はよ、ウーヴェには……ここの現場の責任者させとくよりも、もっと適した役割があるんじゃないかと思ってんだよ」

「役割……?」

「もうちょっと目をかけてやったらどうだ? 手が足りねぇってわりに、あんたは人を寄せ付けねぇ。そんなに、あいつが信用なんねぇか」


 そう言われ、言葉に詰まる……。

 それは…………俺の周りが、不穏であるからだ。

 ウーヴェには身内がいる。他領に親戚だっている。俺に関わるのは、よくない……。


「ウーヴェが、信用ならないわけじゃ、ないよ。俺の周りが、きな臭いってだけで……彼のせいじゃないんだ」

「あいつは、あんたのためだったらなんだって……」

「違う……なんだってしそうだから、余計に駄目なんだよ……。

 ウーヴェは、誠実な男だ。その分、不器用だ……。追い詰めたくないんだよ……」


 エゴンのことは、もう済んだことだ。店は取り潰され、資産も没収され、それで充分、罪の贖いは果たした。

 なのに彼は、それ以上を俺に返そうとする。こうやって、俺に見えないところでまで、彼は誠意を示す。だから、駄目なんだ。

 マルに使われている分には、俺と直接の接点が無い分、安全だし危険は少ない。

 そんな風に言う俺に、シェルトは「あんた本当に心配症だなぁ……」と、呆れた声音で言う。


「ブンカケンってやつの店主だってやらせんだからよ、もう割り切れや」

「ここは良いんだよ。国の関わる事業だから、安全だ」

「その国が関わる事業の店主しつつ、あんたの部下もすりゃいいじゃねぇか」

「…………だけど……」

「あのよ……、別に、命を軽く見ろってんじゃねぇんだ。あんたの心配することも、分かっちゃいる。

 けどな、あんたはもっと、人を信用すべきだぜ。

 なんもかんも隠した上で、駄目だ駄目だって言ってたんじゃよ、なんも伝わらねぇだろうが。

 あいつはもう一端の大人で、あんたより十も年上なんだ。世間のことも貴族のことも理解してる。あんたが思うほど、使えない男じゃねぇぞ」


 ピシリと言い切られ、俺は口を噤むしかなかった。

 そんな俺に「そんなところが、ぺーぺーだっつってんだよ」と、シェルト。


「あんたがやろうとしてることはよ、人を使わねぇでやれることじゃねぇんだ。覚悟を決めやがれ。

 とにかく、今はそんだけだ。考えとけや」


 シェルトとの話を終え、待機していた馬車に乗り込んだ。

 先程の話に、また気持ちが重たくなってしまっていた俺は、ただ黙って窓の外を眺めていたのだが……。

 向かいに座っていたディート殿が「使われる側の気持ちとしてはな」と、ふいに話し出す。


「使われる側としては、主人が望むことならば、どんな難題であっても挑む所存だ。

 例えばルオード様が、千人の山賊に一騎で挑み生還せよ。と、命じたとしても、俺はそれを成す。

 俺にできると思うからその命を与えて下さったと分かるし、その信頼に応えるのが忠義だと思う。

 だから、精神論では挑まん。ちゃんと、勝ちを得るために、足掻くし、妥協もしない。

 シェルトが言いたかったのはな、そういうことだと思うぞ。

 ウーヴェを、信頼してやったらどうだ。俺も、レイ殿には手数が必要だと思う」


 影ばかり増やしても駄目だぞ。と、ディート殿。


「ですが……」

「レイ殿……。姫様は、其方に無理難題と言えるほどのことを要求してきたな?

 貴殿は無茶振りだと嘆いていたが、どうだ? 無茶振りだからと、投げ出すか?

 姫様は、貴殿に無茶を承知でああ命じたが、腹が立ったか?」

「そ、その質問は……狡くないですか……」

「狡いものか。レイ殿は、地方行政官の長となるのだぞ。部下のおらぬ長など、おかしいではないか。

 適当な貴族をあてがわれてもどうせ困るのだろうし、自分の好む者を自分で決めれば良いと思うが、どうだ?」


 ディート殿の言葉に、頭を抱える羽目になった。

 姫様には、返しきれないほどの恩義がある。

 だから俺は……と、考えたその時点で、ウーヴェと一緒だ……と、答えが出てしまった。

 無茶振りはいつものことで、やらないなんて選択肢はなくて、やれば姫様は「私の目に狂いはなかったな!」と、そう言うのだ。

 その言葉が聴きたくて、俺は無理だと思いつつ、いつも、それを無理のままにできない…………。


「…………狡いですよ……」


 そして俺は、そうやって、必要とされたかったのだ。


「レイ殿を、皆が支えたいと思っているのが、伝わるな。

 あのシェルトにしてもそうだ。

 貴族の我らに、あんな風に口をきくと、下手をしたら首が飛ぶ。だがレイ殿に必要な覚悟をああして説いてくれた。

 信頼あればこそ……とは言っても、なかなかああはしてもらえぬものだと思うぞ。

 期待には答えてやらんとな」


 大人を頼れ。と、言われたことが思い出され、それがじんわりと、胸を満たす。

 そんな風に言われたこと、今までにあっただろうか……。

 もう一度視線を窓の外に戻し、俺は今日の出来事をじっくりと考えた。

 転換期なのだということは、理解している。俺の立ち位置は大きく変わろうとしている。

 役職を賜る以上、その期待には応えなければならないし、人手は絶対に必要だろう。

 国に賜る役職。まだ半年先とはいえ、それまでに実績をあげろと言われている。

 なら、村の建設を待っていたのでは、間に合わない……。もう行動を、起こさなければならないのだ。

 手数は、圧倒的に、足りていない……だけど今まで、人を遠ざけることしか考えてこなかったから……。

 どうすることが一番良いのかが、分からない……。

 そもそも成人前の俺は、ただそれだけで侮られようし、そんな俺に関われば、苦労させることになる。

 熟考に入った俺を、サヤとディート殿は黙って見守っていたのだけれど、俺はその視線にも上の空で、どうすれば良いのかを考えていた……。



 ◆



 マルが帰らぬままに、ディート殿の休暇がそろそろ終わりを迎える頃合いとなった。

 俺の悩みは結局解決することなく、いまだに思案の中であったのだけど、俺が結論に行き着くより先に、答えは当人が示してきた。


「ウーヴェが来た?」


 視察から二日後、夕方近くになって、ジェイドがそう知らせてきたものだから、俺は目を瞬かせて、首を傾げた。

 今、ハインとサヤは夕食の準備に行っていて、執務室は俺とディート殿のみ。ジェイドは、いつものごとくそこら辺に姿をくらまし、館周辺の警備をしていたと思うのだが、ウーヴェがこちらに向かってくるのを、見かけたというのだ。


「……帰りどうするんだ?」

「知るか。本人に聞けよ」


 こんな時間にセイバーンに来たら、メバックに戻れない……。

 馬で来たのか? と、確認したら、食事処の幌馬車に同乗させてもらってきたという。

 何か深刻な問題が発生したのか? 胸がざわつくが、とにかく中に通すように伝えたら、すぐにウーヴェは、執務室に通されてきた。


 現れたウーヴェは、どこか硬い表情で、俺の前に立つなり、深く頭を下げ……。


「申し訳ございません。現場責任者の任を、解いていただきたく、伺いました」


 低く、重たい声音で、けれどきっぱりと、彼はそんな言葉を口にしたのだ。

 頭を下げ続けるウーヴェをただ呆然と見つめて、俺はしばし放心した。

 任を解いてくれ……って……解雇しろ。という、意味だよな?


「っ⁉︎…………どういう、ことだ?」


 ウーヴェがそこまで責任を感じるような問題が起こったのか⁉︎


「事故か⁉︎ それとも、あの小競り合いが殺生沙汰にでもなった⁉︎ 怪我人は何人だ、医者へは……っ」

「ち、違います! 現場は今日も、滞りなく進んでおりますから!」


 慌てて席を立ち、外に駆け出そうとした俺に、ウーヴェは必死で取りすがってきた。

 違うと言われ、ホッとしたのもつかの間、では何故ウーヴェは解雇しろと言ってきたのかと、別の意味で胸が締め付けられる。

 その痛みに俺は……彼を失いたくないのだなと、改めて実感した。

 この痛みは、もうウーヴェは赤の他人ではないということ……。望まなかった時は、感じることのなかった痛みだ。


「なら何故…………っ。理由を、教えてくれ……」


 ウーヴェの腕を掴んでそう問うと、彼は、申し訳なさげに眉を下げ、一度瞳を伏せる。そうしてから……。


「私は……私の使命を、見出したのです」


 そう言ってから、俺の手をやんわりと振りほどいた。

 三歩ほどの距離をさがり、また深く、頭を下げる。


「レイシール様に、伏して願います。どうか私を、貴方様の僕としていただけないでしょうか。

 貴方様に仇なした罪人を身内に持つ私が望むなど、痴がましいのは、重々承知しております。

 しかし、私は、貴方様の手足となれる手段がございます。

 お役に立ちたいです。どうか、私にお慈悲を。必ず、成果を出すとお約束いたします。命にかえましてもやり遂げます。ですから……」

「ちょっ、ちょっと待て、何を言ってるんだ⁉︎ ウーヴェはもう充分、役に立ってくれているし、エゴンのことだって、もう済んだことだ!

 ウーヴェはもう何も、俺に気兼ねなんてしなくて良いんだ。そんな風に言う意味が分からないよ!」


 ウーヴェはマルの元で働いている。そうやって役に立ってくれているのだから、それで充分じゃないか!

 そう言ったのだが、ウーヴェは首を横に振った。そうではないという。


「ウーヴェよ。レイ殿の役に立つ手段があるとは、どういう意味だ?

 今あの現場を仕切る以上の価値があることなのか? 其方があそこを離れるというなら、その代わりは一体誰が務める?」

「ディート殿!」


 長椅子で瞑想し、存在を消していたディート殿が、不意にそう口を開いたものだから、ウーヴェはギョッとして飛び退いた。

 どうやら彼に気付いていなかったらしい。

 それだけ思い詰めてやって来たということだろうし、ディート殿の隠形が凄すぎるからでもあるのだけど、俺は話を進めようとするディート殿を制止するために、少し声を荒げた。

 しかしディート殿は、やはり意に介さない。


「レイ殿もまず落ち着け。ウーヴェは別に、逃げも隠れもせぬだろうが。

 慌てる前に、まず事情を聞かねば、何も進まんぞ」


 と、窘められてしまった。

 言葉に詰まった俺に、ウーヴェは、必死に懇願する。


「現場は、シェルトが責任者を兼任してくれるそうです。

 彼は、大きな現場を何度も経験しておりますし、他業種との連携にも手馴れています。経験の浅い私が責任者を務めるより、きっと現場も落ち着くでしょう」

「ウーヴェは、きちんとやっていたろう⁉︎」

「そう言っていただけるのは、誠に有難いのですが……私があの場の最適ではありません」

「あの場にあれだけの人を集めてくれたのはウーヴェだ。あんな良い場に整えてくれたのは、ウーヴェじゃないか!」


 そう言うと、彼は口元を歪めた。困ったような、嬉しいような、けれど、気持ちは変わらないのだと、その表情が語る。


「そんな風に言っていただけるなら……私は自信を持って、この任を解いてほしいと、口にできますね」


 と、そう言って、微笑んだ。

 その揺るがない決意に、俺は途方にくれるしかない。

 何が彼にそこまでを言わせるのか……これほど必死で止めても、彼は、考え直してはくれないのか……。

 項垂れる俺に、ウーヴェは片膝をついて、俺の手を取った。


「レイシール様、先日のお話です、私が決意した切っ掛けは。

 あの村の構想と、目指すもの。私は貴方様のその志を……その(いしずえ)を支えたいと思ったのです。

 私には両替商という前歴があり、多くの職人と、金で繋がる縁を持っていました。

 あの仕事が、私は辛くて仕方がなかった……死に金を漁る亡者のような、そんな家業が苦痛でならなかった。

 けれど……もう、そんな風に考えなくても済みそうです。私は、私の生まれに、誇りを持てる。あの家に生まれたからこそ、貴方様のお役に立つことができると、気付きました。

 私が、集めてまいります。貴方様の目指す先を、貴方様の心を理解して、共に歩んでくれる職人を。我々の同志を」


 まっすぐ俺を見上げて、ウーヴェは真摯に、まるで誓約を口にするかのように、そう言った。

 いつもどこか一歩引いた、自信の無さは鳴りを潜めてしまっていた。

 まるで違う誰かであるみたいに、強い意志を瞳に宿して、言葉を連ねる。


「私には、沢山の職人と関わった経験がございます。金貸しとして繋いだ縁が、貴方様が残してくださった縁が、まだ私に繋がっています。

 私は職人が何を考え、不安に思い、望んでいるのかを理解することができます。その生活を整える提案ができます。

 少しでも良い物をと、向上心を持って仕事をする、そんな志を持った職人を、探して参ります。

 どうか私に、任せていただけませんか。私は貴方様の、お役に立ちたいのです。私や父のことを救い、赦してくださったご恩に報いたいだけではなく、私自身が、そうしたいのです」


 そう言って、掌と甲に唇を落とす。

 魂まで捧げて、俺に尽くすと、覚悟を示した。


「はっはっ、魂まで捧げられてしまったな。これはもう逃げられんぞ」

「ディート殿!」


 茶化すことじゃないでしょう⁉︎ ていうか、貴方がウーヴェを焚きつけるからこんな状況になってませんか⁉︎

 狼狽えるしかできない俺に、ディート殿は覚悟を決めろと笑って言う。


「人を使う覚悟をしろ。命じることを厭うな。それが全部相手を縛る鎖であるだなんて、思うなよ?

 ウーヴェのように、求める者だって、救われる者だっているのだからな」

「危険です! ウーヴェには自分の身を守る手段が無いんですよ⁉︎」

「レイ殿。不測の事態に陥れば、人は死ぬ。

 それはサヤやジェイド、俺だって例外ではない。絶対の保証など、元から無いぞ」


 あえて言葉にされたのだろう。それに心臓が跳ねる。

 顔を引きつらせた俺に、ディート殿はなおも笑う。


「そんな不確かなものに縋っても意味など無い。

 守りたいなら傍に置け。手の届く場所で、貴殿自身が守ってやれば良い。レイ殿が頭を使い、一番安全だと思う手段を講じてやれば良い。

 この者らを守るためにも、揺るがない大樹となれるよう、名声を稼げ。立場を確立しろ。その手助けは、貴殿が守る者らがしてくれる」

「俺は成人前の半端者なんです! ただ貴族に仕えるだけでも大変なのに、俺なんかじゃ苦労させるだけですよ!」

「そんなこと百も承知で言っておろうよ。

 なぁに、成人前でも、実力さえ示せば、文句等は半分ほどに減るし、年齢如きで貴殿を侮る者なら、目が曇っている証だ、交流してもさして益はない。

 いらぬ輩を篩いにかけられる、良い口実だとでも思えば案外、使い勝手も良いぞ」


 ……ものすごい、前向き……。

 ディート殿の言葉に呆れるしかなかったが、よくよく考えてみればこの方も、成人前の身で、近衛に抜擢され、王都にいらっしゃるのだ。

 そう考えた時、ああ、この言葉は、この方が俺の前に示してくれた道標なのだと気が付いた。

 そんな苦難の道を、この方自身が、今日まで耐え、歩んでいらっしゃったのだ。

 つまり俺は、前人未到の地を一人彷徨うのではない。俺の前に立ち、背中を追うことのできる人が、こうして俺の前にいて、標を残してくれている……。

 俺の進む先を、示してくれている。背を支えようとしてくれる。


 ……もう、目を背けておくわけににも、いかないのか……。

 いつかは……踏み越えなきゃいけないことだったのだ。



「……ウーヴェ……、この前話したことは、俺の目的の全てではないんだ。

 俺の目指すものはまだ他にもあって、それは一歩間違うと、世間を敵に回すようなことで……だけどいつかは、当たり前にしたいと思っていることなんだ。

 今以上に深く関わると言うなら、それに巻き込むことになる。

 俺は元から、覚悟して始めたことだから良い。だけどね……」


 これ以上踏み込めば、知らなかったと言えなくなる。いざという時、切り離してやれなくなる……。

 貴族である俺であっても、世間から抹消されるでは済まない結果に、至るかもしれない。

 一庶民でしかない彼であれば、下手をしたら、手枷や足枷をはめられ、叛徒だと晒される可能性だって、あるのだ。


「構いません。レイシール様と歩めるなら、どんな茨の道でも厭いはしません」

「…………もうちょっとちゃんと聞いてから判断した方が良いよ……」

「では、聞いて決意が変わらなければ、受け入れていただけるのですね?」

「…………」

「一本取られたな。

 レイ殿自身でそのように発言したのだから、責任を取らねば男が廃るぞ?」

「ディート殿……」


 頭が痛い……。なんかどんどん、追い込まれてる……。


 いつかはこんな風に、踏み越えなきゃいけないんだろうと、思っていた。

 必ず巻き込まなきゃいけない相手が、きっといるだろうと。だけど……それが今、ウーヴェだなんて……。望んで進み出てくるなんて……。

 そう思ったけれど、俺をずっと見つめ続ける彼の瞳は逸らされることなく、決意に揺るぎは見られなかった……。もう、溜息しか出てこない……。


「分かった……まず話す。

 ウーヴェも座って。長くて重いから、覚悟するように」


 そう前置きしたら、彼は嬉しそうに、是と首肯した。……もうどうにでもなれ。


「はじめに……うちのハインだけどね、彼は獣人だ。

 俺に仕えるということは、彼らに関わるということになる。嫌悪感があるなら、もう諦めてほしい。

 ……良いんだね?

 俺があの村でしようとしているのは、獣人に関わることなんだよ」


 そう語り出しても、ウーヴェの視線は俺から離れなかった。

今週はここまでです。

えー、来週からですが、ちょっと分量落ちるかもしれません。

ここ数週、三万字越えてまして……ちょっとペース配分がやばい。二万字前後に戻すと思います。

とはいえ、来週も金曜日更新を目標に書きます!あとちょっと他作品も書きます!

宣言しとけば書かざるを得ない……うん。書くしかない……。


というわけで、また来週もお会いできたら幸いです。

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