僕
昼食がてらの説明を終え、午後からは現場の変更点のすり合わせを行なった。
拡張する部分には、一部林が伸びていたため、まず地均しが必要となる。
「神殿との交渉もあるし、今年いっぱいは話が進む予定もない。本格的に動くのは許可を得てからになるから、水路と地均しだけ進めておけば良い」
「レイ様、この試験畑というものは、どこに移動させれば良いでしょう……」
「ああ、移動させない。幼年院の庭の部分に来るだろう?
食育という考え方があるそうでね、食べ物の大切さを、育てて学ぶのだそうだよ。そういうのに使おうと思って。庭の一環にする」
色付きの紐を杭に結んで、区画の目印を打ち込んでいく。
地均しを二度手間にしてしまったことを詫びたのだが、仕事が増えて長く稼げるなら文句は無いと、皆は笑ってくれた。
「まああれだな。あんな難しいこと考えんだな、お貴族様ってのは」
「お貴族様……かなぁ……レイ様が考えてるだけじゃねぇ?」
「レイ様、毛色が違うからなぁ……」
そんなやりとりも聞こえてきたりするのだが、まあ、奇人扱いは学舎の頃から慣れてる。姫が付かないだけ有難い。
ルカは水路の作業に行ってしまって、結局あれから口をきけてない。それが少々気になるものの、ここ最近の重たい気持ちは随分と、軽くなっていた。
区画の確認が終了し、そろそろ戻る支度を……と、考え出した頃、シェルトに呼び止められた。
「ちょっと良いか。さして時間は、取らせねぇからよ」
「ああ、構わないが……ここでは難しい話か?」
「そうだな……まあついてきてくれや」
そんな風にやりとりをして、シェルトの後に続くこととなった。ハインは馬車の準備に行き、サヤとディート殿だけが俺について来る。
やって来たのはまたもや仮小屋。
今は皆が作業に出ていて、中はがらんと無人だ。
ここは作業員たちの寝泊まりや、休憩ができるように設置してあるのだが、まだ生活ができるような環境が整えられていない。
とはいえ、何かと物騒であるため、毎日何人かがここに残り、交代で泊まり込んでいる。
本来なら夜間の警備を置くべきなのだが、それも人手不足でままならない状況だった。
「色々とすまないな……本来の仕事でないことまで、させている」
「希望者にしかやらせてねぇし、日当だって付いてんだ。文句言う奴なんざいねぇよ」
泊まりの者は、食事のできる環境じゃないから、保存食なんかで夕食を済ませたり、賄いの残りを貰ってやり過ごしたりといった感じらしい。
これもあまり続けると、職人を疲れさせてしまいそうで、気がひける。
「まあ、そりゃ今いいんだよ。
それよりこっちの話だ。あんたには、言っておく方が良いんだろうって思ったからよ」
何か深刻な話なのだろうか……。
少し眉間に力が入る俺に、シェルトは笑った。
「そんな顔する話じゃねぇよ。
今日のことがあったから、ついでにする話だ……まぁ、老婆心ながらってやつだな」
そう前置いてから、少し外の様子を伺う素振りを見せたから、サヤに音を気にしておいてくれと、視線で伝えた。
まあ、ディート殿もいるし、誰かが潜んで来たとしても、心配はしていないのだが。
「あんたの言動からして、メバックでの色々は耳に入ってんだろうし……ここの現場が上手く回っていること、不思議に思わなかったか?」
それには俺もこくりと同意する。
皆が、事情もきちんと伝えていなかった俺に、心を許してくれているのを感じた。
なんで? と、不思議に思ったのも事実。土建組合員だけなら、まぁ……長く接点があるから、理解できるのだけれど……石工や大工らは、この現場からの参加者だ。
それを言うと、シェルトは。
「ありゃな、ウーヴェなんだよ」
と、俺に言った。
「あいつはよ……現場の責任者ってことになってからな、一人一人職人のとこに回って、人集めしたんだ。
石工は俺の伝手があったし、土建の奴らはもうあんたと気心知れてたからよ、まだ良かったんだ。けど大工が集まらなくてな。
組合長に話つけて、遍歴の職人まであたって、あいつが確保したんだ。あんたのことを、そりゃ丁寧に説明してよ」
そんな報告は、一切されていなかった。
眼を見張る俺に、シェルトは苦笑を浮かべて「あいつはあんたに惚れ込んでるからな」と、言う。
「あんたの事業を、絶対に失敗させまいと、全身全霊で挑んでる。
事情は知らねぇが、氾濫対策の時の、あの揉めてたやつが絡んでんだろう?
今も、仕事は楽しそうにやってるし……まぁ、不満はねぇと思うんだがな……。
俺はよ、ウーヴェには……ここの現場の責任者させとくよりも、もっと適した役割があるんじゃないかと思ってんだよ」
「役割……?」
「もうちょっと目をかけてやったらどうだ? 手が足りねぇってわりに、あんたは人を寄せ付けねぇ。そんなに、あいつが信用なんねぇか」
そう言われ、言葉に詰まる……。
それは…………俺の周りが、不穏であるからだ。
ウーヴェには身内がいる。他領に親戚だっている。俺に関わるのは、よくない……。
「ウーヴェが、信用ならないわけじゃ、ないよ。俺の周りが、きな臭いってだけで……彼のせいじゃないんだ」
「あいつは、あんたのためだったらなんだって……」
「違う……なんだってしそうだから、余計に駄目なんだよ……。
ウーヴェは、誠実な男だ。その分、不器用だ……。追い詰めたくないんだよ……」
エゴンのことは、もう済んだことだ。店は取り潰され、資産も没収され、それで充分、罪の贖いは果たした。
なのに彼は、それ以上を俺に返そうとする。こうやって、俺に見えないところでまで、彼は誠意を示す。だから、駄目なんだ。
マルに使われている分には、俺と直接の接点が無い分、安全だし危険は少ない。
そんな風に言う俺に、シェルトは「あんた本当に心配症だなぁ……」と、呆れた声音で言う。
「ブンカケンってやつの店主だってやらせんだからよ、もう割り切れや」
「ここは良いんだよ。国の関わる事業だから、安全だ」
「その国が関わる事業の店主しつつ、あんたの部下もすりゃいいじゃねぇか」
「…………だけど……」
「あのよ……、別に、命を軽く見ろってんじゃねぇんだ。あんたの心配することも、分かっちゃいる。
けどな、あんたはもっと、人を信用すべきだぜ。
なんもかんも隠した上で、駄目だ駄目だって言ってたんじゃよ、なんも伝わらねぇだろうが。
あいつはもう一端の大人で、あんたより十も年上なんだ。世間のことも貴族のことも理解してる。あんたが思うほど、使えない男じゃねぇぞ」
ピシリと言い切られ、俺は口を噤むしかなかった。
そんな俺に「そんなところが、ぺーぺーだっつってんだよ」と、シェルト。
「あんたがやろうとしてることはよ、人を使わねぇでやれることじゃねぇんだ。覚悟を決めやがれ。
とにかく、今はそんだけだ。考えとけや」
シェルトとの話を終え、待機していた馬車に乗り込んだ。
先程の話に、また気持ちが重たくなってしまっていた俺は、ただ黙って窓の外を眺めていたのだが……。
向かいに座っていたディート殿が「使われる側の気持ちとしてはな」と、ふいに話し出す。
「使われる側としては、主人が望むことならば、どんな難題であっても挑む所存だ。
例えばルオード様が、千人の山賊に一騎で挑み生還せよ。と、命じたとしても、俺はそれを成す。
俺にできると思うからその命を与えて下さったと分かるし、その信頼に応えるのが忠義だと思う。
だから、精神論では挑まん。ちゃんと、勝ちを得るために、足掻くし、妥協もしない。
シェルトが言いたかったのはな、そういうことだと思うぞ。
ウーヴェを、信頼してやったらどうだ。俺も、レイ殿には手数が必要だと思う」
影ばかり増やしても駄目だぞ。と、ディート殿。
「ですが……」
「レイ殿……。姫様は、其方に無理難題と言えるほどのことを要求してきたな?
貴殿は無茶振りだと嘆いていたが、どうだ? 無茶振りだからと、投げ出すか?
姫様は、貴殿に無茶を承知でああ命じたが、腹が立ったか?」
「そ、その質問は……狡くないですか……」
「狡いものか。レイ殿は、地方行政官の長となるのだぞ。部下のおらぬ長など、おかしいではないか。
適当な貴族をあてがわれてもどうせ困るのだろうし、自分の好む者を自分で決めれば良いと思うが、どうだ?」
ディート殿の言葉に、頭を抱える羽目になった。
姫様には、返しきれないほどの恩義がある。
だから俺は……と、考えたその時点で、ウーヴェと一緒だ……と、答えが出てしまった。
無茶振りはいつものことで、やらないなんて選択肢はなくて、やれば姫様は「私の目に狂いはなかったな!」と、そう言うのだ。
その言葉が聴きたくて、俺は無理だと思いつつ、いつも、それを無理のままにできない…………。
「…………狡いですよ……」
そして俺は、そうやって、必要とされたかったのだ。
「レイ殿を、皆が支えたいと思っているのが、伝わるな。
あのシェルトにしてもそうだ。
貴族の我らに、あんな風に口をきくと、下手をしたら首が飛ぶ。だがレイ殿に必要な覚悟をああして説いてくれた。
信頼あればこそ……とは言っても、なかなかああはしてもらえぬものだと思うぞ。
期待には答えてやらんとな」
大人を頼れ。と、言われたことが思い出され、それがじんわりと、胸を満たす。
そんな風に言われたこと、今までにあっただろうか……。
もう一度視線を窓の外に戻し、俺は今日の出来事をじっくりと考えた。
転換期なのだということは、理解している。俺の立ち位置は大きく変わろうとしている。
役職を賜る以上、その期待には応えなければならないし、人手は絶対に必要だろう。
国に賜る役職。まだ半年先とはいえ、それまでに実績をあげろと言われている。
なら、村の建設を待っていたのでは、間に合わない……。もう行動を、起こさなければならないのだ。
手数は、圧倒的に、足りていない……だけど今まで、人を遠ざけることしか考えてこなかったから……。
どうすることが一番良いのかが、分からない……。
そもそも成人前の俺は、ただそれだけで侮られようし、そんな俺に関われば、苦労させることになる。
熟考に入った俺を、サヤとディート殿は黙って見守っていたのだけれど、俺はその視線にも上の空で、どうすれば良いのかを考えていた……。
◆
マルが帰らぬままに、ディート殿の休暇がそろそろ終わりを迎える頃合いとなった。
俺の悩みは結局解決することなく、いまだに思案の中であったのだけど、俺が結論に行き着くより先に、答えは当人が示してきた。
「ウーヴェが来た?」
視察から二日後、夕方近くになって、ジェイドがそう知らせてきたものだから、俺は目を瞬かせて、首を傾げた。
今、ハインとサヤは夕食の準備に行っていて、執務室は俺とディート殿のみ。ジェイドは、いつものごとくそこら辺に姿をくらまし、館周辺の警備をしていたと思うのだが、ウーヴェがこちらに向かってくるのを、見かけたというのだ。
「……帰りどうするんだ?」
「知るか。本人に聞けよ」
こんな時間にセイバーンに来たら、メバックに戻れない……。
馬で来たのか? と、確認したら、食事処の幌馬車に同乗させてもらってきたという。
何か深刻な問題が発生したのか? 胸がざわつくが、とにかく中に通すように伝えたら、すぐにウーヴェは、執務室に通されてきた。
現れたウーヴェは、どこか硬い表情で、俺の前に立つなり、深く頭を下げ……。
「申し訳ございません。現場責任者の任を、解いていただきたく、伺いました」
低く、重たい声音で、けれどきっぱりと、彼はそんな言葉を口にしたのだ。
頭を下げ続けるウーヴェをただ呆然と見つめて、俺はしばし放心した。
任を解いてくれ……って……解雇しろ。という、意味だよな?
「っ⁉︎…………どういう、ことだ?」
ウーヴェがそこまで責任を感じるような問題が起こったのか⁉︎
「事故か⁉︎ それとも、あの小競り合いが殺生沙汰にでもなった⁉︎ 怪我人は何人だ、医者へは……っ」
「ち、違います! 現場は今日も、滞りなく進んでおりますから!」
慌てて席を立ち、外に駆け出そうとした俺に、ウーヴェは必死で取りすがってきた。
違うと言われ、ホッとしたのもつかの間、では何故ウーヴェは解雇しろと言ってきたのかと、別の意味で胸が締め付けられる。
その痛みに俺は……彼を失いたくないのだなと、改めて実感した。
この痛みは、もうウーヴェは赤の他人ではないということ……。望まなかった時は、感じることのなかった痛みだ。
「なら何故…………っ。理由を、教えてくれ……」
ウーヴェの腕を掴んでそう問うと、彼は、申し訳なさげに眉を下げ、一度瞳を伏せる。そうしてから……。
「私は……私の使命を、見出したのです」
そう言ってから、俺の手をやんわりと振りほどいた。
三歩ほどの距離をさがり、また深く、頭を下げる。
「レイシール様に、伏して願います。どうか私を、貴方様の僕としていただけないでしょうか。
貴方様に仇なした罪人を身内に持つ私が望むなど、痴がましいのは、重々承知しております。
しかし、私は、貴方様の手足となれる手段がございます。
お役に立ちたいです。どうか、私にお慈悲を。必ず、成果を出すとお約束いたします。命にかえましてもやり遂げます。ですから……」
「ちょっ、ちょっと待て、何を言ってるんだ⁉︎ ウーヴェはもう充分、役に立ってくれているし、エゴンのことだって、もう済んだことだ!
ウーヴェはもう何も、俺に気兼ねなんてしなくて良いんだ。そんな風に言う意味が分からないよ!」
ウーヴェはマルの元で働いている。そうやって役に立ってくれているのだから、それで充分じゃないか!
そう言ったのだが、ウーヴェは首を横に振った。そうではないという。
「ウーヴェよ。レイ殿の役に立つ手段があるとは、どういう意味だ?
今あの現場を仕切る以上の価値があることなのか? 其方があそこを離れるというなら、その代わりは一体誰が務める?」
「ディート殿!」
長椅子で瞑想し、存在を消していたディート殿が、不意にそう口を開いたものだから、ウーヴェはギョッとして飛び退いた。
どうやら彼に気付いていなかったらしい。
それだけ思い詰めてやって来たということだろうし、ディート殿の隠形が凄すぎるからでもあるのだけど、俺は話を進めようとするディート殿を制止するために、少し声を荒げた。
しかしディート殿は、やはり意に介さない。
「レイ殿もまず落ち着け。ウーヴェは別に、逃げも隠れもせぬだろうが。
慌てる前に、まず事情を聞かねば、何も進まんぞ」
と、窘められてしまった。
言葉に詰まった俺に、ウーヴェは、必死に懇願する。
「現場は、シェルトが責任者を兼任してくれるそうです。
彼は、大きな現場を何度も経験しておりますし、他業種との連携にも手馴れています。経験の浅い私が責任者を務めるより、きっと現場も落ち着くでしょう」
「ウーヴェは、きちんとやっていたろう⁉︎」
「そう言っていただけるのは、誠に有難いのですが……私があの場の最適ではありません」
「あの場にあれだけの人を集めてくれたのはウーヴェだ。あんな良い場に整えてくれたのは、ウーヴェじゃないか!」
そう言うと、彼は口元を歪めた。困ったような、嬉しいような、けれど、気持ちは変わらないのだと、その表情が語る。
「そんな風に言っていただけるなら……私は自信を持って、この任を解いてほしいと、口にできますね」
と、そう言って、微笑んだ。
その揺るがない決意に、俺は途方にくれるしかない。
何が彼にそこまでを言わせるのか……これほど必死で止めても、彼は、考え直してはくれないのか……。
項垂れる俺に、ウーヴェは片膝をついて、俺の手を取った。
「レイシール様、先日のお話です、私が決意した切っ掛けは。
あの村の構想と、目指すもの。私は貴方様のその志を……その礎を支えたいと思ったのです。
私には両替商という前歴があり、多くの職人と、金で繋がる縁を持っていました。
あの仕事が、私は辛くて仕方がなかった……死に金を漁る亡者のような、そんな家業が苦痛でならなかった。
けれど……もう、そんな風に考えなくても済みそうです。私は、私の生まれに、誇りを持てる。あの家に生まれたからこそ、貴方様のお役に立つことができると、気付きました。
私が、集めてまいります。貴方様の目指す先を、貴方様の心を理解して、共に歩んでくれる職人を。我々の同志を」
まっすぐ俺を見上げて、ウーヴェは真摯に、まるで誓約を口にするかのように、そう言った。
いつもどこか一歩引いた、自信の無さは鳴りを潜めてしまっていた。
まるで違う誰かであるみたいに、強い意志を瞳に宿して、言葉を連ねる。
「私には、沢山の職人と関わった経験がございます。金貸しとして繋いだ縁が、貴方様が残してくださった縁が、まだ私に繋がっています。
私は職人が何を考え、不安に思い、望んでいるのかを理解することができます。その生活を整える提案ができます。
少しでも良い物をと、向上心を持って仕事をする、そんな志を持った職人を、探して参ります。
どうか私に、任せていただけませんか。私は貴方様の、お役に立ちたいのです。私や父のことを救い、赦してくださったご恩に報いたいだけではなく、私自身が、そうしたいのです」
そう言って、掌と甲に唇を落とす。
魂まで捧げて、俺に尽くすと、覚悟を示した。
「はっはっ、魂まで捧げられてしまったな。これはもう逃げられんぞ」
「ディート殿!」
茶化すことじゃないでしょう⁉︎ ていうか、貴方がウーヴェを焚きつけるからこんな状況になってませんか⁉︎
狼狽えるしかできない俺に、ディート殿は覚悟を決めろと笑って言う。
「人を使う覚悟をしろ。命じることを厭うな。それが全部相手を縛る鎖であるだなんて、思うなよ?
ウーヴェのように、求める者だって、救われる者だっているのだからな」
「危険です! ウーヴェには自分の身を守る手段が無いんですよ⁉︎」
「レイ殿。不測の事態に陥れば、人は死ぬ。
それはサヤやジェイド、俺だって例外ではない。絶対の保証など、元から無いぞ」
あえて言葉にされたのだろう。それに心臓が跳ねる。
顔を引きつらせた俺に、ディート殿はなおも笑う。
「そんな不確かなものに縋っても意味など無い。
守りたいなら傍に置け。手の届く場所で、貴殿自身が守ってやれば良い。レイ殿が頭を使い、一番安全だと思う手段を講じてやれば良い。
この者らを守るためにも、揺るがない大樹となれるよう、名声を稼げ。立場を確立しろ。その手助けは、貴殿が守る者らがしてくれる」
「俺は成人前の半端者なんです! ただ貴族に仕えるだけでも大変なのに、俺なんかじゃ苦労させるだけですよ!」
「そんなこと百も承知で言っておろうよ。
なぁに、成人前でも、実力さえ示せば、文句等は半分ほどに減るし、年齢如きで貴殿を侮る者なら、目が曇っている証だ、交流してもさして益はない。
いらぬ輩を篩いにかけられる、良い口実だとでも思えば案外、使い勝手も良いぞ」
……ものすごい、前向き……。
ディート殿の言葉に呆れるしかなかったが、よくよく考えてみればこの方も、成人前の身で、近衛に抜擢され、王都にいらっしゃるのだ。
そう考えた時、ああ、この言葉は、この方が俺の前に示してくれた道標なのだと気が付いた。
そんな苦難の道を、この方自身が、今日まで耐え、歩んでいらっしゃったのだ。
つまり俺は、前人未到の地を一人彷徨うのではない。俺の前に立ち、背中を追うことのできる人が、こうして俺の前にいて、標を残してくれている……。
俺の進む先を、示してくれている。背を支えようとしてくれる。
……もう、目を背けておくわけににも、いかないのか……。
いつかは……踏み越えなきゃいけないことだったのだ。
「……ウーヴェ……、この前話したことは、俺の目的の全てではないんだ。
俺の目指すものはまだ他にもあって、それは一歩間違うと、世間を敵に回すようなことで……だけどいつかは、当たり前にしたいと思っていることなんだ。
今以上に深く関わると言うなら、それに巻き込むことになる。
俺は元から、覚悟して始めたことだから良い。だけどね……」
これ以上踏み込めば、知らなかったと言えなくなる。いざという時、切り離してやれなくなる……。
貴族である俺であっても、世間から抹消されるでは済まない結果に、至るかもしれない。
一庶民でしかない彼であれば、下手をしたら、手枷や足枷をはめられ、叛徒だと晒される可能性だって、あるのだ。
「構いません。レイシール様と歩めるなら、どんな茨の道でも厭いはしません」
「…………もうちょっとちゃんと聞いてから判断した方が良いよ……」
「では、聞いて決意が変わらなければ、受け入れていただけるのですね?」
「…………」
「一本取られたな。
レイ殿自身でそのように発言したのだから、責任を取らねば男が廃るぞ?」
「ディート殿……」
頭が痛い……。なんかどんどん、追い込まれてる……。
いつかはこんな風に、踏み越えなきゃいけないんだろうと、思っていた。
必ず巻き込まなきゃいけない相手が、きっといるだろうと。だけど……それが今、ウーヴェだなんて……。望んで進み出てくるなんて……。
そう思ったけれど、俺をずっと見つめ続ける彼の瞳は逸らされることなく、決意に揺るぎは見られなかった……。もう、溜息しか出てこない……。
「分かった……まず話す。
ウーヴェも座って。長くて重いから、覚悟するように」
そう前置きしたら、彼は嬉しそうに、是と首肯した。……もうどうにでもなれ。
「はじめに……うちのハインだけどね、彼は獣人だ。
俺に仕えるということは、彼らに関わるということになる。嫌悪感があるなら、もう諦めてほしい。
……良いんだね?
俺があの村でしようとしているのは、獣人に関わることなんだよ」
そう語り出しても、ウーヴェの視線は俺から離れなかった。
今週はここまでです。
えー、来週からですが、ちょっと分量落ちるかもしれません。
ここ数週、三万字越えてまして……ちょっとペース配分がやばい。二万字前後に戻すと思います。
とはいえ、来週も金曜日更新を目標に書きます!あとちょっと他作品も書きます!
宣言しとけば書かざるを得ない……うん。書くしかない……。
というわけで、また来週もお会いできたら幸いです。




