表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
181/515

祝詞

 九の月に入り、相変わらず日差しは強いものの、拠点村は順調に計画が進んでいる様子だ。

 五日に一度くらいの頻度で現場を訪れつつ、俺たちは日々の雑務と、交易路計画遂行の手続きなどに追われていたのだが……。


「……え……?」

「はい、一応」


 長衣の釦をとめるのも忘れ、呆然と、サヤの返答に沈黙……。

 朝の身支度の最中、ちょっと始めた雑談だった。

 九の月の終わりに、ギルの誕生日が来るから、何かお祝いしなきゃなぁって話を……。で、そういえばサヤの誕生日は? と、さり気なく聞いてみたのだが、そうしたら「あ、過ぎましたね」という……びっくりな返事が。


「十七⁉︎ いつ⁉︎」

「えっと……二日ほど前に……」


 気付かぬうちに、サヤの誕生日が過ぎていた。

 いや、知らなかったんだけど……ていうか、全然そういう話はしなかったから……ていうか!


「なんでもっと早く言わない⁉︎」

「私も忘れていました」


 そんな返答に、膝が崩れた。

 い、忙しくしてたよ、確かに。ここ最近特に、色々やることが増えたし。

 だけど……だけどね⁉︎


「そんな……過ぎたなんて…………」

「あの……そんなに大変なことなんですか? この世界の、誕生日……」


 悲嘆に暮れる俺の態度をどう解釈したのか、サヤが恐る恐るといった様子で問うてくる。

 別に、大変なことは何もない。そうじゃなくて、サヤの誕生日を祝うのは、俺の使命みたいなものじゃないかってこと!

 サヤはこの世界に迷い込んだ、たった一人の異界人だ。家族は遠い次元の向こうで、彼女を祝うことができない。だから俺たちが、ご家族の分も、彼女を祝うつもりでいたのだ。贈り物だって用意したかった。なのにだ!

 なんでそんな、適当に流すんだ……。


「レイシール様、過ぎたものは仕方がありませんから、早く支度を済ませてください」


 俺の脇に手をやって無理やり立たせたハインが、上着を強引に着せてくる。

 お前俺の扱いが雑すぎるぞ⁉︎


「異母様のお見送りに遅れます。早くしてください」


 ギロリと睨まれた。

 確かにそれが最優先事項だ。渋々と従い、着替え終わると、サヤがせっせと髪を結う。


「レイシール様の誕生日は、いつですか?」

「……四の月のおわり……」

「ハインさんは?」

「私は分かりませんから、祝詞(しゅくし)日の中で祝って頂いてますね」

「……しゅくしび?」


 こてんとサヤの首が傾く。


「祝詞日……分かりませんか?」

「祝日ですか?」

「……年の移り変わりの、どこにも属さない十日間ですが……」

「どこにも属さない?」


 あれ?


 しばらく沈黙の後、ハッと気付いたのはやはりハインだった。


「その話は後です。早く、お見送りに遅れます」

「そ、そうでしたっ!」


 三人で慌てて館を出た。

 いつも通り厩の前を通り過ぎ、庭の一角、いつもだいたい俺たちが陣取る場所が空いていて、そこに並ぶ。


「先ほどの話は、帰ってから確認しましょう」


 ハインは最後にそう言い、表情を物騒なものに切り替えた。

 ……いや、異母様方にその顔は向けないでくれ……。


「見えないのですから構わないではないですか」

「構うよ⁉︎ お前雰囲気まで険悪になるんだから絶対それは駄目!」


 小声でそんなやりとりをする俺たちの横で、サヤがクスクスと笑う。

 彼女のおかげで、険悪な雰囲気は尾を引かずにすむ。ほんとサヤには助けられっぱなしだ。


 とはいえ……。

 ハインが警戒を強める理由は、よく分かっている。

 別館に侵入し、何かしらを調べた相手は、十中八九異母様であるだろうし、多分サヤの性別は知られてしまったと思う。

 なのに、何も言ってこない……仕掛けてこない…………それが、とても不気味だった。

 けど、黙っているからには、何か思惑があるのだと思う……。あえて、それを追求しない理由が……。

 それを考えると、心臓をぎゅっと掴まれたような不安が、身体を支配する。

 とにかく、サヤは、極力一人にはしない……。ハインとは、そう話し合っていた。

 一番考えられる可能性が、サヤの最も恐れることであるから、彼女を絶対に、不安にさせてはいけない。

 彼女を早く、ここから離れさせたかった。

 ギルにお願いしてメバックに置いてもらうことも一度、考えたのだけど……。

 けれどそうすると、サヤはきっと、怒るだろうし、不安にさせてしまうから…………。


「いらっしゃいました」


 ハインの声で、意向を無理やり、切り離す。

 これを考えると、心が重くなる。だから極力、長く囚われないようにしなければいけない。

 頭を下げて、馬車が目の前を通過するのを待った。

 何も、起こらない……ガラガラという車輪の音と、馬の足音が、順調に通り過ぎていく。

 それが、たまらなく不安を煽った。


 不安ばかりが募る見送りを済ませ、別館に戻る。

 すると、調理場から食欲を刺激する香りが漂ってきていて、そのまま三人で食堂に向かった。


「おかえり。早く朝食にしよう」


 見送りのために朝食のおあずけをくらっていたディート殿が、待ちきれないとばかりに席で伸びていて、その光景につい笑ってしまう。

 急ぎますね! と、サヤが言い、ハインとともに調理場へ向かい、中から微かに、食器などの音が聞こえてきだす。

 そうすると今度は、マルを起こしてくれたらしいジェイドが、マルを引きずるようにしてやってきた。


「もうちょっと寝たいんですけど……」

「食ってから寝直せ」


 大変優秀なジェイドに礼を言って、二人に「おはよう」と挨拶した。

 さて、本日も一日が始まる。



 ◆



 ここのところの朝の日課は、心臓に悪すぎていつも辛い。

 見ていたくないのだけど、見ておかないとより不安を煽られてしまうため、見るしかない……。

 朝食を終え、雑多なことを済ませると、そこから玄関広間で鍛錬の時間となるのだ。


 袖無しの短衣に、膝丈の細袴。お情け程度の防具……籠手と臑当をつけたサヤと、もろ肌脱ぎで、細袴しか身に付けていないディート殿が殺り合う。いや、ほんと文字通り、殺る気満々にしか見えなくって悲鳴を嚙み殺すのに必死だ。

 あまり俺が叫ぶと、二人の集中を邪魔してしまうし、逆に危険だとハインに窘められ、見るんなら黙ってろ、嫌なら引っ込んでろと、言われてしまったため、必死で我慢している。

 因みに、ジェイドとマルは興味ないということで、それぞれの仕事に行ってしまっている。


 大股で踏み込んだディート殿の鋭い突きを、サヤが風に流されるような最小限の動きで避けた。

 これだけの猛者を相手にしても、サヤは最小限しか逃げない。それが恐ろしくて仕方がない要因の一つなのだけど、そのまま躊躇なくディート殿の懐に飛び込む。

 顔と腹部に残像のようなものが一瞬だけ見えたから、サヤは突きを放ったのだろう。けれど、ディート殿もそれは分かっていた様子で、顔への打撃は少し顔を反らすだけでかわし、腹部への打撃は左肘でもって庇う。剣を握り伸ばしていた腕を、とっさに離して防御に使い、サヤの打撃に流されるように距離を空けると、そのまま彼の足がサヤの腹部に鋭い蹴りを放つ。

 足刀蹴りとサヤが呼ぶものだ。ディート殿は剣を扱っていようと、体のいたるところを武器にする。卑怯な手を駆使するハインに近いものがあるのだが、彼の技は捕縛術という、罪人を捉えるために編み出された武術であるらしい。

 体格の良い彼が躊躇なく蹴りだした足は、過たずサヤの腹部に吸い込まれるかに見えた。けれど、サヤはその足に手をつき、あろうことか反動で飛び上がる。足に着地するという、軽業師のような動きを見せたが、ディート殿は揺るがない。彼の体勢を崩すのには失敗した様子だ。

 けれどサヤはもう次の動きに移っていた。

 更に跳躍し、ディート殿の肩に足を踏み降ろす。それでも彼は揺るがない。その踏み降ろした足を掴みにきたので、サヤは更に体重をかけて跳躍。大きく距離を取ったが、着地と同時にまた剣が薙ぎ払われる。

 またもやサヤの腰の辺りを狙ったその一撃は、より低くしゃがんだサヤにかわされるが、流れのままに弧を描き、今度は上段から振り下ろされた。

 もう、無理だろ⁉︎

 しゃがんで体勢を崩していたサヤには避けられないと、悲鳴を上げそうになったのだが、彼女はそのまま飛び込むように前転。刃のない内側に逃げ込んだ。

 そして流れるように立ち上がりつつ、剣を握るディート殿の手首に裏拳を見舞い、軌道を逸らして立ち位置を確保。更に、腕をそのまま握り、自身の体を回すように捌いた。


「うおっ⁉︎」


 ディート殿の驚愕の声と共に、彼の足が地を離れる。


「ひゃっ⁉︎」


 けれど、ただで投げられてやる気はなかった様子だ。

 転がりつつも、左腕を振り回して、サヤの足を払いつつ、サヤに掴まれていた方の腕も強引に振り解く。


「もらった!」


 更に体当たりするみたいに、跳ね起きると同時にサヤに飛びかかる!


「あっ……!」


 あそこまで体勢を崩しておいたのに、まさか飛び掛かってくるとは想定していなかったようで、サヤはそのままディート殿に組み敷かれた。

 サヤに跨るように片膝をついたディート殿の左足は、サヤの右腕を踏みつけて抑え、右手は左腕を抑えている。そして、右手の剣で首を……。


「そ、そこまでにしてください⁉︎」


 我慢できず、とうとう声を上げてしまった。


「よしっ!」

「……参りました……」


 ディート殿が勝鬨(かちどき)をあげ、サヤは力を抜いてだらんと寝転がる。激しく動いたため、息を切らし、頬を紅潮させており、汗で髪が額に張り付いていた。



「……そういていると女にしか見えぬな」


 軽口だと分かっていても、どきりとする。

 サヤは補整着も身に付けているから、余計に暑い。鍛錬をしていると、当然汗を掻くし、化粧が落ちる。

 当初それを指摘されたのだが、女顔を隠すために化粧をしていると言って、無理やり誤魔化した。

 ディート殿は「レイ殿も学舎では散々間違われていたと聞いたぞ!」と、姫様方に聞いたという俺の過去を引き合いに出し、女顔の男に疑問を感じなかった様子で誤魔化された。……女顔が役に立って良かった……。


「もっとしっかり食え! こんな細腕では折れてしまうぞ!」

「私の民族は、こういった体型なんです」


 苦笑するサヤに手を貸して、引き起こす。

 サヤは礼を言って立ち上がり、有難うございましたと一礼。礼儀正しい……。


「そうは言っても、背丈が近いとはいえ、姫様と体型が変わらんのは細すぎるだろう。女の細腰に張り合ってどうする」

「……好きで細いんじゃ、ないんですけどね……」

「まあ、その分身体はしなやかだし、柔軟性もある。サヤは軽さと速さを信条にしておるようだし、それも一つの強さだとは思うが、一撃を食らえばそれで終わってしまう。今のようにな。

 相手の動きを封じるまで、気は抜かないことだ」

「はい。気を付けます」


 一撃……。

 その言葉が重い……。

 ディート殿の腕なら、サヤに刃が当たりそうになれば寸前で止めてくれるだろうが、それでも生きた心地がしない。

 もっと身を守る防具を身に付けてほしいのだが、それは身体の動きを阻害すると言い、サヤは最低限しか身に付けようとしない。

 けれど、剣を相手にする以上、剣を受けられないというのは、不利だ。


「あとはあれだな。やはり防具なりは、考えた方が良い。

 一撃も受けられぬのは、やはり問題だぞ。今回は上手く避けたが、それもままならん時というのは、どうしてもある。奥の手としてでも良いから、刃を受け止められる手段を講じておく方が良い。其方に何かあれば、レイ殿がただでは済まんぞ」


 あっちの方が死にそうな顔をしていた。と、指摘された……。見てる余裕があるんだな……。


「レイ殿は心配症のようだしな。主人を安心させてやるのも従者の勤めだぞ」

「うーん……動きを阻害しないものって、あるのでしょうか……。一応、色々試させてもらったんですけどね、何かしら支障が……」

「むぅ……フェルドナレンは素手での攻防というのは主流ではないからな。サヤに適した防具というのは見つけにくいかもしれん」

「と、なると……特注ですか」


 二人のもとに、手拭いを持っていったハインが話に加わる。

 礼を言って手拭いを受け取った二人が汗を拭いつつ、うーんと唸る……。


「そうだな。そうするしかなかろうな。我々の身に付ける鎧などでは、サヤは多分、動きづらい。関節の動きが阻害されるのは良くなかろう」

「サヤ、その籠手と臑当は邪魔にならないのですか?」

「そうですね。ギリギリなんとか。籠手は少し、手首の動きを阻害されるので、掌底が打ちづらいですが」

「手の甲の防御は捨てた方が良さそうですね……」

「更に薄くなるの却下!」


 とっさにそう口を挟んだら、ディート殿とサヤには苦笑され、ハインには睨まれた。


「動きが阻害されてサヤに危険が増えるのと、どちらが良いですか」

「お前それ卑怯だぞ⁉︎」

「手首は捨てても、手の甲は守れば良いのではないか?」


 ディート殿が助け舟を出してくれたので、それならと頷いた。


「従軍することはなかろうが、そういった状況も想定して武具を開発すべきだ。サヤの動きを阻害しない上で、最大限に守るものをな。

 それと、常日頃から隠して身に付けておけるものがあると、更に良い。

 折角無手で戦えるのだから、その利点は最大限活かすべきだろう。

 これよりレイ殿は公の場に出ることも増えるだろうし、ハインを同行できぬ場合も考えられる。特に、戴冠式は無理だぞ。ヴァイデンフェラーの者にはバレるからな。下手な詮索はされたくなかろう?」


 そう指摘され、ハインの眉間にシワが寄った。その状況は想定していなかった……。


「忍のジェイドもやめておく方が良かろうな。そうなると、サヤしか公の場には出られん。子供だからな、本来はあまり良くないが……レイ殿も成人しておらぬし、そこは目を瞑ってもらえるだろう。念のため、近衛の襟飾は身につけておいたほうが良いぞ。保証になる」


 公の場にあまり出たことのない俺には分からないことだらけだな。ディート殿に感謝を伝え、考えることが増えたなと、内心憂鬱だった。

 サヤを伴うのか……。彼女も女性であることを偽っている身であるから、不安だ……。

 けれど、俺は武官も持っていないし、一人で参加するわけにもいかないだろうし……ギルに使用人を借りるわけにもいかない。人手不足が痛いな……。


「さて、一汗かいたことだし、湯屋に行ってこよう。しばらく護衛を離れるが良いか?」


 放り出してあった長衣を手に取り、適当に身につけつつディート殿がそう言ったから、どうぞと促す。


「サヤも一緒にどうだ? 俺は傷など気にせぬぞ?」

「いえ……その……」

「まあ、無理強いはせぬがな。あまり気にしないことだ。ではまた後でな」


 戸惑いを見せたサヤにあっさりと譲って、ディート殿は外に向かい、それを見送ってからハインが口を開いた。


「サヤ、風呂は沸かしてありますからどうぞ」

「有難うございます。いただきます」


 ディート殿が戻るまでに身支度を済ませなければならないからな。


 サヤが鍋風呂を使っている間に、俺は投擲練習に使った小刀を回収し、着替えのため部屋に戻った。俺たちは風呂に入るほどには汗を掻いていないしな。冷や汗はすごく掻いた気がするけど。


「で、サヤの祝いをしたいという話ですが」


 ハインはそこまで計算してサヤを誘導したらしい。相変わらず、優秀なのだけど……サヤには若干、お前も甘いよな。


「うん。祝ってやりたい……。何か贈りたいけど、どうする?」

「サヤは物欲が無いですからね……装飾品などは必要としなさそうですが……」

「けど、簡素で美しいものは好きみたいだぞ?ゴテゴテは趣味じゃないみたいだけど」


 唯一の例外は蝶の髪飾りだが、あれだってそんなに派手なものではない。

 サヤが欲しがりそうなもの……うーん……。


「明日は拠点村の視察でしたね。でしたら、馬車はディート様に任せて良いですか? 私は少し、メバックに行ってきます。

 ギルにも言っておかなければ、どうせ後で揉めますよ」


 あ、自分だけ抜け駆けずるい!


「俺はいつ買いに行けば良いんだよ⁉︎」

「じゃあ明日までに決めてください。近いものを探してきますから」


 どうせ一人で買い物には行けないでしょう?と、指摘されてしまった。う……それは、そうだけど……。


「明日急には無理ですし、三日後くらいにしますか。

 食事処に連絡をやります。あちらを昼に貸し切って、祝うというのはどうですか? 別館で準備をしたのではすぐに見つかってしまうでしょうし」


 やる気のある時のハインは本当に優秀だ!

 サヤに悟られないように万端整えるつもりである様子に、俺もホッとする。頓着してくれて良かった。


「では、足りないものの買い出しに行くとしておきます。悟られないでくださいよ」

「分かった。全力で演技する」


 サヤが戻るまでに打ち合わせを済ませ、俺たちは何食わぬ顔でサヤを迎えた。



 ◆



 身支度を整えて戻ったサヤに、何食わぬ顔の俺たちは祝詞(しゅくし)日の説明をすることにした。

 ディート殿がいるとできない話だからな。今のうちだ。


「この世界では、ひと月は三十日で、十二の月がある。そして、十二の月から一の月の間に、祝詞日という、月に属さない十日があるんだ。

 だから、一年は三百七十日で一巡りする。

 祝詞日というのは、神の生誕した日と言われている。

 この世界の神は、はじめは唯一神だったんだけどね、色々あって複数に分かれたんだ。体の各部位がそれぞれ別の神になったと言われていて、その生まれ変わりに掛かったのがその十日間。祝詞日は、神を言祝ぐために祝日なんだ」


 大雑把にかいつまんで説明する。

 フェルドナレンではこのように言われているけれど、他国では違ったりもするし、唯一神ですらなく、二柱だったという説もある。

 だから細かくなくても問題は無いだろう。


「一年が三百七十日……私の世界より、五日多いんですね。毎月が同じ日数なのも不思議です」

「そりゃ……そういうもんだろ?」

「私の世界は、二十八日の月もあれば、三十一日の月もあります。一年は概ね三百六十五日ですけど、年によって変わります」

「え?……一年の日数が変わる?」

「それだと、だんだん月がずれてしまいますが」

「いえ、四年に一度一日を増やさないと、ずれていってしまうんですよ。あと四百年に一度は増やしちゃ駄目なんです」

「…………サヤの世界の神は何かとややこしいことがお好きなんですね」


 本当にな……。月の日数を変えるとか、数年に一度増やすとか減らすとか……なんでそんなことをする……。


「うーん……神様……というより、地球の自転と公転周期の問題……いえ、やっぱりなんでもないです」


 サヤは、苦笑しつつ何か言いかけたが、結局止めにした様子だ。

 より一層ややこしい話をされても多分ついていけないし、俺たちには必要ない知識だと判断したのだろう。


「でも、覚えやすくて助かりました。月の日数、バラバラだと覚えにくかったので。

 面白いですね。神様が、生まれ直した十日間が、祝日なのですか……」

「他にも、これに関して疑問点とかは、無い?」

「えっと、私の世界では七日を一巡りとするんです。一週間といって月、火、水、木、金、土、日と、呼び名が決まっていたりするのですけど、ここでそういうのは聞かないなと、ずっと思ってて……ああ、ここは太陽系でもないでしょうし、きっと違うんですね」

「……一年が七で割り切れもしないのに七日という中途半端な日数を一括りにする意味も分かりかねます」

「そういうのは無いなぁ……七をくくりにすることはまず無い。五や、十なら、分かるけど……」


 あー、でも四が一括りになることはあるなぁ。銅貨とか四つに割ってあったりするし。

 世界が違うんだなぁ……と、改めて感じる。

 一年の日数すら違うのか……なら正確なサヤの誕生日は、きっとずれていってしまうな……。


「まあでも、月が十二の区切りで良かったです。ここが十五ヶ月とかだったら、私、本当に十四歳になってしまいますもんね」


 クスクスと笑ってそんな風に言われた。


「まあ、五日くらいの差は考えない方向で良いでしょう。サヤの一生の中で一年ほど歳がずれるだけです」


 ハインの言葉に、それもそうですねとサヤが首肯する。

 これでまたひとつ、サヤの世界との齟齬が埋められた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ