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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
179/515

国境

「朝から美味だ。たまらんな!」


 とても上機嫌なディート殿が、満面の笑みを浮かべて朝食を堪能している。

 今日の朝食はハインが担当で、美味い美味いと食すディート殿をまえに、ムスッとした顔で自身の食事を進めていた。

 まあ、不機嫌なのではなく、照れているのだけど。


 サヤはというと、少々目元が赤く、いつもの元気さが陰ってしまっている。

 昨日の話が、彼女にはやはり、重かったのだと思う。少し心配だった。


「さてさて、やっと許可を得ましたし、昨日のうちにメバックへは連絡を出しておきましたから、本日より拠点村の建設計画開始ですよぅ。

 とりあえずは仮小屋の建設ですが、これはまあ二日も掛からないでしょう。

 で、地ならしは進めてますから、まず水路ですねぇ。これができた場所から、上物を建てていってもらいますが、汚物溜めと、食事処と風呂の建設が最優先で……」


 食事の最中に今後の予定やお互いの仕事を報告し合い、共有する。

 一番報告が多いマルが、一番最後に長々とした報告を済ませ、各々が午前中の仕事を始めることとなった。


 さて、本日よりディート殿がいる。なのでハインとサヤの二人は、午前中を使い雑務に集中。午後からは、ディート殿を拠点村の予定地に案内しようと決まった。

 マルはメバックへ。ジェードは留守番役だ。別館を無人にはできない。……という名目で、周りを警戒しておいてもらう。


 従者二人が雑務に向かい、俺はディート殿を伴って、執務室にて書類仕事に専念。

 セイバーンの地方を任せている士族らからの報告書に目を通し、署名、捺印の繰り返しだ。

 しばらくはただ紙を繰る音と、筆を走らせる音だけが部屋を満たしていたのだが、未処理の書類が、処理済みの書類より少なくなってきた頃、不意にディート殿が口を開いた。


「レイ殿の衣装……それは、ギルの所のものか?」


 本日の衣装は翡翠色の上着に紺の長衣。白の細袴という出で立ちだ。腰帯は使わず、革製のベルトを利用していた。

 貴族の服装としては少々特殊であるだろうが、普段着なのだから俺は気にしない。


「そうですよ。試作品ですけどね」


 これは、サヤの従者服用の意匠を、応用したものだ。

 この前借りたハインの服が、思いの外快適だったので、ギルに長衣も作ってみてくれとお願いした。そしてその試作品を、本日は纏っている。

 上着も同じくだ。


「試作品……随時、そうやって試しを着ている?」

「ええまぁ……。だいたい新しく提案された意匠は、一通り作られて、試しますね」

「友人とはいえ、貴族を使うとは……思い切ったことをする」

「俺がそうしろって言ったんですよ。貴族社会に提案した後で、不備が出てくる確率が、段違いなんです。貴族目線で見る目が加わりますから」


 そう答えると、しばらく沈黙……そして。


「レイ殿は身分差に固執しないな。何故そのような考えに至ったかを伺っても良いか?」


 と、聞かれた。

 ディート殿もその辺の垣根は低いと思うのだけど、何故そのようなことが知りたいのだろう?

 不思議に思ったけれど、表情は真剣であったし、真面目に答えた方が良いんだろうなぁと結論を出した。


「そうですね……俺は三歳まで認知されずにおりましたから、元が庶民だったというのもありますけど……。

 ……学舎にやられている間、ギルの実家で長く、世話になりました。

 ディート殿も、任務の際に色々聞き及んでいるのでしょう? 俺の家庭環境は、あまり褒められたものじゃない。

 ギルは……多分それを、ある程度知ってたんでしょうね。だから、俺を家族同然に……あえて、そこまで踏み込んで、接してくれたんです。

 俺が家族から得られなかったもの全てを、あの一家が与えてくれた。

 見返りなんて期待できない、爪弾き者の俺をですよ?

 なら、その家族同然扱いされる友人としては、役に立ちたいと思うものでしょう?」


 バート商会は長年貴族との取引を行う大店だ。貴族に関わることがどういったことかは熟知している。

 だから本来は、そんな踏み込んだ関係は持たない。実際、俺以外に、こんな風に深く関わっている貴族はいないだろう。

 何も言われたことはない。常に、当然のようにそう接してくれた。

 けれど、それは簡単にできることではなかったろうと、思う。


「ギルは、レイ殿の兄も同然か」

「そうですね。親友であり、兄であり……掛け替えのない宝ですよ」


 本人には言わないけれど……そう思ってる。


「ならば、獣人を従者にしているのにも、それなりの経緯があるのだろうな」


 そんな風に切り込んで来られて、とっさに言葉が返せなかった。


 ハインが獣人だって、知ってた?……いつ、どこから……誰まで、それが知られている⁉︎

 つい警戒してしまったのを察したのだろう。ディート殿が手を振って、苦笑する。


「そんな顔をするな。俺の個人的な興味だ。姫様方に告げ口する気もないし、知られてもおらぬ。

 種あかしをするとな、俺の領地での職務は国境警備だったのだ。

 我が領地で国境警備に関わる家系は、十を過ぎたら警備に回される。人手不足なのと、実戦経験がいちばんの教材だからだ。

 無論はじめは雑用なんだが……国境を超えようとする罪人を多く見てきた」


 淡々と語りながら、視線を窓の外にやるディート殿。

 十歳から実戦って……それでこの人、鬼のように強いのか……。泰然と構えていて、物事に動じたりしないのも、経験故なのかもしれない。


「俺にも兄がわりが山ほどいた。国境警備に就く者全てが兄同然だった」

「共に過ごされることが、多かったのですか?」

「俺は領主一族の子息とはいえ、嫡子ではない。家督は上の兄全員が殉職でもせねば回って来ぬ。

 だから生まれた時から、人手不足の国境警備要員に決定していたし、物心ついた頃から勝手に入り浸っていたからな。顔見知りしかおらんわ」


 そう言ってから、何故かフフフと意味深に笑った。


「我が領地の国境警備は人を選んでいる余裕もない。なのでハインのようなものは案外いるぞ。

 見分け方のコツも、当人らに教わった。罪人にも獣人は多い故な。見分けられぬと仕事に差し支えるのだ。

 とはいえ、ハインはだいぶん薄い。なかなかその特徴をあらわにしなくて、少し自信も無かったんだが……そうか。獣人か」


 っあっ! カマをかけられていたのか⁉︎

 どうやら確信を持っていたわけではなかったようだ。俺の反応を、確認したかったのだろう。

 そして、ハインを『だいぶん薄い』と表現したということは、それすらも分かってしまっているということ。なら……この村にいる獣人が、ハイン一人ではないことも、分かってしまっていそうだな……。


「獣人と知って、傍に置いているのだな」

「獣人であることが、何か問題になるとでも?」

「それはなるだろう。獣人は罪人の温床だ。他に知られれば、良い顔はされまい?」


 まるで、獣人が全て悪人だとでもいう風に言い、皮肉げに笑う。

 領地に獣人も多いというなら、その言葉は、あんまりなのじゃないか?


「獣人は罪人の温床などではありません。彼らをその環境に追いやっているから、そうなるだけ。そしてそうしているのは、我々だ。

 そもそも俺は、ハインが獣人だろうが、人だろうが、どうだって良い。ハインはハインです。

 たとえ誰かにそれを知られようと、手放す気もありません。あいつはもう、俺の血肉の一部なんですから」


 言うなら言えばいい。だからって、俺は何も変える気はない。

 ハインの生活に、後ろ指をさされるようなことは何一つ無いのだ。

 自分のことすら投げ打って、俺の全てをこなしている。俺はハインを誇らしく思いこそすれ、恥だなんて思わない!

 俺の言葉に、ディート殿は楽しそうに、にこりと笑う。


「ああ、やはり貴殿は面白いな。こういった話を振って、動揺もせずきっぱりと本音を答えてくれる人物は、なかなかに珍しい」


 振りまくってるのか、この人は……。

 本当に型破りすぎだと思う。こじれたり、問題になったりしそうなものだが……。


 眉間にしわを寄せる俺に、ディート殿は笑顔で、こう付け足した。


「……それもあって、貴殿とは縁を続けたかった。価値観を共有できる友人というのは、貴重だろう? お互い」


 ………………。


「もうちょっと、聞き方があるんじゃないですか?」


 なんでそう、探るみたいに、話をした?


「本心を……隠しているもの全てを、見たかったのでな。

 真正面から聞いても大抵の人間ははぐらかす。退路を絶っておかねば、本音を口にしてはくれまい?

 特にレイ殿は、何か思惑があって、獣人をあえて、(はべ)らせているようにも見受けられる」


 そう言ったディート殿は、ゆっくりと足を組み、窓にもう一度、視線をやった。

 窓向こうにある木々を見据えて「二人……いるな」と、呟く。


「見える者だけではなかろう? そこかしこに、気配があるんだ。相当な手練れが、貴殿の影には潜んでいる。

 男爵家二子の、日陰者が持つ手駒としては些か、不似合いだな?」


 こっ、この人は…………っ。


 相当な実力者であることは、分かっていた。分かってはいたのだけど……それが、ここまでだということは、考えて、いなかった……。

 あえてもう、言い逃れも誤魔化しもできないように、ここまで踏み込んだ…………⁉︎


「……姫様方には……」

「俺の興味だと言ったろう? わざわざ報告などせぬ。

 何かしら犯罪に加担していると言うなら話は別だがな。そういった様子は見受けられん。姫様がここに滞在していた時も、そのような動き方はしなかった。

 あの者たちは、誰ぞの意志のもとで、管理されている。そしてその中心は、当然、レイ殿だな?

 黙ってただ眺めておくのも性分ではないんだ。この際だと、思わんか? 俺は結構、役に立つと思うがな」


 とんでもなく鼻のきく人だ……。

 犯罪者を取り締まっているとこうなるのだろうか…………いや、絶対この人が規格外だ。

 …………サヤの性別も、分かっていたりするんじゃ、ないだろうな?

 溜息を吐くしかなく、もうこの人、巻き込もうと覚悟を決めた。巻き込まれる気満々で、ガスガス足を突っ込んできたのだ。逃がさんぞと言われている気しかしない。


「じゃ、もう腹くくって一蓮托生を受け入れてくださいね」

「心得た!」


 ものすごく嬉しそうに返事をされ、俺は盛大に溜息を零しつつ、仕事の手を止め、長椅子に移動した。



 ◆



 ディート殿に、姫様の病の性質や、獣人の生まれる条件。世の中の仕組みについての話なども含め、延々と話すこととなった。

 一応信心の方は大丈夫か? と確認したのだが、獣人と絡む人間が信心など拘っているものかと笑われた。まあ、拘ってたら関わりにくいのは確かだしな。

 途中、耳の良いサヤが、ディート殿に全部を明かしている俺に気付き、お茶を入れてきてくれたのだが、少々不安そうにこちらを見るも、大丈夫だよと伝えると、一礼して部屋を去る。

 程なくして、仕事を終わらせたのか、また執務室にやってきて、話に加わった。


「はぁ……壮大な話だな。我らが皆、人と獣人の混血か」


 一通りを聴き終えた後の、第一声は、たったそれだけ。


「白化の病の性質を考えると、辻褄が合うのですよ。

 我々が皆、種を元から有していると考える方が自然ですしね」

「まあそうだな。そもそも、身に降りかかる不幸と自身の行いは、全く影響しあっておらんのは明白だ。

 でなければ、世の中に『悪い杭ほど残り立つ』などという言葉は無いだろうしな」

「『正直者ほど損をする』とかね」


 結局、さした抵抗もなく受け入れたなぁ、この人……と、感心するしかなかった。

 表情を伺っていても、全然素なのだ。

 案の定というか、ジェイドが前々から俺たちの周りに潜んでいた者の一人だということも察知されていた。


「面白いことを考える……忍とな」

「サヤの国にはある職種ですからね。考えついたというわけではありませんよ」

「いやいや、百人にその話をしたとして、それを使おうと思って形にする人間は、普通おらんだろう。行動力が半端ないな」

「で、元国境警備担当のディート殿は、彼らを裁くのですか」

「裁かれるのは依頼人であろうが。

 とりあえず、元の職からは足を洗った様子であるし、レイ殿の管理下のもと、更生して正しく暮らすならとやかく言う必要もなかろう。

 罪を犯して我が領地に押しかける罪人が少しでも減ってくれるなら、こちらは喜びこそすれ、困ることはない」


 そう言って、机の茶に手を伸ばし、一気に煽った。


「そもそもな、俺も今の世の在りようには一言物申したいと、常々思っていた。というか、我が領地の国境警備隊は全員同じ思いであろうと俺は確信している。

 考えてもみろ、今の形であると、必ず一定量の犯罪者が量産され続けるのだ。これではいつまでもイタチごっこではないか。

 我が領地では、親を亡くした子は、大抵近所のどの家庭かが引き取る。

 任務中に殉職する者も多いうえ、警備は常に人不足。子供を路頭に迷わせておく余裕など無いのでな。

 そうして育った者は、別段悪事に染まりもせん。見捨てるから悪事を働くしかないのだろうが」


 ディート殿の話に、俺たちは口を半開きで聞き入ることとなった。

 意外だったのだ……。他の領地のこう言った話は、あまり聞くことがないから……。


「面倒を見る余裕が、無い家庭も、あるのでは?」

「将来の戦力だ。多少の無理は承知で引き受けるし、そういった子供を引き取る場合手当も出る。

 それに、我らの領地は、国境警備員となる子を一度に教育する場がある。各家庭の負担は、案外少ないぞ」

「一度に教育⁉︎」


 サヤが食いついた。


「学校ですか?」

「似たようなものだ。

 国境警備は連携が大切なのでな。一定量の力量が備わらぬと邪魔だ。それは十歳までに身に付けさせる。

 例えば任務上の隠語や、任務の際の行動などだな。年齢によって役割が違う。はじめに配属される十歳の任務は伝令と雑用だ。そのための必要最低限の能力は備えさせる」

「向き不向きもあるのでは?」

「む……そこはまあ……。だが、あまりに戦力外の者は、前線任務には回さぬように後方担当になるな。足手纏いも困るし、死なれても困るのだ」

「……ディート様の領地……犯罪件数も少なそうですね」

「そこだ! そうなのだ。我が領民の犯罪件数は決して多くない。孤児とてほとんどおらんのだ。にも関わらず、犯罪者が減らん! この腹立たしさが分かってもらえるか⁉︎」


 それはたしかに腹立たしいだろうなと思った。

 それだけ統率がとれており、獣人もさして差別対象になっていない様子ならば、当然治安も良いはず。

 なのにディート殿の領地、ヴァイデンフェラーは、決して治安が良いとは言い難い状態なのだ。

 その理由が、国境に隣接するということ。

 隣国は、シエルストレームスなのだが、あの国への玄関口が、フェルドナレンからは、ヴァイデンフェラーひとつしかない。

 逃げようとする、もしくは入国しようとする罪人が、彼の領地をただ通過しようと押し寄せる。


「子供は皆で育てれば良いのだ。そうすればちゃんと、まともな大人になる。

 だのに、王都をはじめとする都の孤児はどうだ。自己責任? 馬鹿が。子供に自己責任もクソもあるか。社会の責任だ。

 前世だの、今世の行いだの……ごちゃごちゃ言う前に、生活を正せば良いではないか。堕ちるに任せておくから罪人が減らんのだ。

 神殿が孤児の更生に努め、育てているというが、全く機能しているように見えぬのが、本当に腹立たしくてな」


 昨日、ハインに聞いた話を思い出し、自然とサヤの視線が床に落ちた。

 更生……あの実態も、更生というのだろうか……。

 機能……していないのだろうな。神殿は。

 元から、なのか、時代の流れによって、なのかは分からない。

 番号持ちだの、狂信者だの、まだよく分かっていない言葉も多い。

 ただ、俺たちが見て、日常だと思っていた世の中の仕組みは、思いの外、裏や闇があるのだろうということだ。

 孤児と関わるような貴族は、少ない。だから……この実態も、ほとんど知られていないのではないか……。


 これも、放ってはおけない……もう関わるしかない、問題なのだと、思った。


「何か、考えよう」


 膝の上で拳を握り、俯くサヤの手を、握った。

 我がことのように受け止めて、悩んでくれる優しいサヤ。見て見ぬ振りはしないと、そう伝える。


「知った以上は、当たり前だなんて、思いたくない……。

 何か、できることを、探そう」


 正義感とか、使命感とか、そういったものではなく、ただそこにハインがいて、苦しんでいたということが、捨て置けなかった。

 ハインは救い上げられたと言ったけれど、きっといまだ、救われていない。

 だって、あんなに辛そうに、苦しそうに、語ったのだ。

 きっとそうやって死んでいった仲間を、明日は我が身だと思いながら、見送っていたのだ……。


「何かしら力になれることがあれば、俺も手を貸そう。

 レイ殿の試みようとしていることは突飛だし、一体何がどうなるやら予測もできんが……何もせず手をこまねいているよりは、ずっと良い。

 価値観の根本を覆せば、孤児の扱いだって変わるやもしれんしな」


 そう言ってくれたディート殿に感謝を伝え、とにかく今は元気を出し、昼からの視察を楽しもうと気合を入れた。


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