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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
166/515

 胡桃さんがやって来たのは夜半過ぎ。どういうわけか、バート商会三階の俺の部屋へ直接だった。


「はぁい、おひさしぶりねぇ。

 色々あったみたいだけど、無事でなによりだわぁ」


 サヤに教えられていたから、さして驚かずにすんだが、やはり彼女も兇手なのだなと思う。

 今日のバート商会は、祝賀会も無事終えたという建前のもと、ある程度の使用人に休暇を出しており、警護も手薄ではあるものの、皆無というわけではない。

 にも関わらず、こうして誰にも見咎められず、俺の部屋へ直接やって来た。

 前、別館にいらっしゃった時は、分かりやすいよう手加減してくれてたんだなぁ。

 今回は本当に直前まで、サヤも気付かなかったのだ。


「ようこそ。良かった……貴女もお元気そうで」

「ふふ……一応ねぇ」


 そう言った彼女だったが、部屋には入ろうとしない。移動するのを分かっているのだと思う。待たせるのも悪いし、それではと俺も、サヤを促す。


「では、二階の応接室に向かいましょうか。

 今日はちょっと、結構込み入った話になると思うので。……あ、草も同行してますか?」

「外にいるわよぅ」

「なら彼も呼んで良いですか? 多分、気になっていると思うんですよね、彼」


 この前、胡桃さんへの取り次ぎをお願いした際、中途半端に話を伝えている。

 彼個人へのお願いもあることだし、呼んでも良いかと胡桃さんに聞くと、好きにしたら良いとのこと。

 応接室には、俺とサヤ以外の面々……ギル、ハイン、マルがおり、扉脇にワドも立っていたが、これはギルの希望だった。

 俺が動くと決めたなら、バート商会も手駒になるという、あの言葉故だ。


「あらぁ? 商人さん、大丈夫なのぅ?」

「本店はまだ関わらせねぇよ。だが、俺は関わる」


 つまり、ルーシーには伏せてある。

 けれど、支店の主要な使用人にはもう、知らせてあった。ワドもその一人だ。

 俺はそのまま窓辺に移動し、窓を開け、犬笛を吹く。

 暫くすると、その窓から草がひょこりと姿を現した。


「をぃ……なンで俺まで呼ンでンだよ……」


 二階とかほんと関係ないんだな……。


「草もおいで。これは、君にも聞いておいてもらいたいから」


 そう言うと、そのまま窓から入ってきた。

 胡桃さんが義足を投げ出すようにして長椅子に座り、草はそのまま窓辺の壁に寄りかかる。俺は胡桃さんの左隣りとなる一人掛けの椅子へ。サヤとハインは俺の後ろへ。ギルは俺の向かいに座り、マルは胡桃さんの向かいだ。……彼はまだ本調子ではないので、長椅子に寝かされているため、この配置となった。

 マルの様子に、胡桃さんは若干眉をひそめたけれど「また馬鹿やったのねぇ……」と、呆れ七割といった様子。

 それに対しマルは、ガリガリの痩けた頬でありながら、柔らかくふんわりと笑った。


「ええ、やってしまいましたねぇ。

 けど、もう無茶はしないようにします」


 彼はだいたい、いつも明るいのだけど……今の彼は、穏やかだ。

 今までと少し違う雰囲気に、胡桃さんは訝しげにマルを見る。けれど、特に何も言いはしなかった。

 ワドがそれぞれの前にお茶を用意してくれ、ハインが作っておいてくれたお菓子も添えられ、場が整ったところで、俺は口を開く。


「胡桃さん、来て下さって感謝します。

 ざっくりとは、草に聞いたと思うのだけど……今日は俺の考えと、これからのことも踏まえて、まず説明させてもらいます。

 その上で、話に乗るかどうか、考えてほしい」


 そう切り出すと、胡桃さんの手がすっと上がった。


「まずはその前に、確認させてもらいたいんだけどぉ……。

 貴方、あたしらを囲うつもりなのぉ? 人質を取れば、好きに操れると思ってるぅ?

 今まで貴方、そういった様子はなかったから、結構なんでも話を聞いてあげたけどねぇ……そういう魂胆であるなら、あたしらの牙が向くのは、外じゃなくて、内になるわよぅ」


 剣呑な言葉に、殺気混じりの気配。

 義足であっても、胡桃さんの動きは素早かった。すぐ隣に座る今の状態なら、俺を仕留めるのは容易いだろう。

 けれど、こうして言葉にして伝えてくれているということは、本気でそれを危惧しているのではなく、念を押すためなのだと思う。


「無論、そんなつもりはありませんよ。

 だけど、ただ善意でそうしたいと思っている……だなんて言ったって、信用できないのも分かっています。

 意味がなく、こんな行動は取りませんよ。俺にだって目的がある。

 今日は、それについても話をしようと思ってます。

 だから、今すぐ結論は、求めません。聞いてからにして下さい」


 やんわりとそう伝えると、すっと手を下ろし、小机の菓子をひとつ、口に含んだ。


「ふぅん。今日も美味。良いわよぅ。じゃあ、話してちょうだい」


 彼女の鼻は、獣人の中でも特に敏感であるという。

 だから、人と獣の違いも嗅ぎ分ける。菓子の中に何かを仕込んだとしても、やはり匂いでバレてしまうらしい。

 俺が菓子に手をつける前に、それを口にしてくれたのは、俺に対する信頼の形を表すためでもあったのだろう。

 頭目(かしら)だものな。仲間を守る立場だ。ただ信頼だけで行動はできないし、責任もある。それに、俺たちはそれほど長い縁でもない。

 これが彼女の示せる最大の譲歩なのだと思う。


「では、お話しします。

 川の氾濫抑止に成功したら、そこを河川敷に作り変え、上を人や荷物が通ることで踏み固め、強化していける堤にするという案は、もうご存知だと思います。

 それがもう一つ進みまして、この道を、長く伸ばす計画が立ちました。

 まずは、セイバーンからアギーまでです。

 この道ですが、表面を石で固め、高低差を極力つくらない、交易路として整備する予定で、そのための物資を集める拠点村を、設置します。

 そこを……貴方たちの長期滞在が可能な場として、提供しようと考えてました。

 例えば、病気の者、幼い者、老いた者……長期の移動に耐えられなかったり、疲れて休みたかったり、そういった者が、休憩できる場として提供したいんですよ。

 ただ、急に家を与えられても困るでしょう? だから、一つの案を、提案したいのですが。

 あそこに、行商団の利用できる宿を、一つ設けようかと思っています。

 一棟貸しをする宿ですね。それを三棟程。そのうち一つを、貴方たち専用とすれば良いかなと。

 貴方たちが長期滞在しやすいように、我々とも取引を行ってもらう。

 他国や他領の品や、情報などですね。

 また、その宿の運営を、貴方がたが担ってくれたらと考えてます。

 残る人員を、宿の運営に回していただきたいんですよ。

 そうすれば、収入にもなるでしょうし、長期滞在している理由にもなる。

 拠点村ですから、近い将来たたむ可能性もあります。建前上は。

 ですから、定住を考えている者には声をかけづらい……。そこで、貴方がたが、ならばと手を挙げてくれた。という前提でいきます」


 拠点村は、目的が達成されれば片付けられることが多々ある。

 だから、元から定住者を入れにくい性質なのだ。

 その場合、簡易的な建物で場を凌ぐ、本当に仮の村であることが多いのだが、俺は当然、そのつもりはない。がっつりと村にしていく予定だ。

 だが、まだ村が構想である今は、こちらの「つもり」は伏せておける。


「次に、サヤの仮姿を用意する話ですが。

 彼女には今、カメリアという服飾品の意匠師という仮姿があります。

 だが、彼女は鬼才の持ち主で、服飾品に限らず、ちょっとそこいらでは思いつかないようなものを、色々提案してくれる。

 しかし、それをこの娘一人が提案していたのでは、色々問題があるんです。

 彼女自身が狙われかねないし、ここから色々不思議なものが連続して提案されるのも妙な話だ。

 だから、彼女が狙われないよう、新しいものが生まれやすい環境を作る。

 更に、彼女に影を用意したいのです。

 その影となれる職人を、貸していただけたら有難いです。ようは、ガウリィのように、役割をこなせる者ですね。

 木工細工、大工、装飾品、石工……正直、職種はいくらあっても構いませんし、性別も問いません。

 その影となる皆には、拠点村へ住んでいただくことになります。

 で、ここからが、話の本筋なのですけど……」


 一度言葉を区切り、大きく息を吐く。

 これが、俺の打つ布石の一つ目だ。

 ハインが幸せになるための、獣人が人となるための一歩。


「あの拠点村を、獣人の住む村にしていくつもりです。

 胡桃さんほどに特徴があると、すぐには難しいとは思うのですが、ハインやガウリィくらいの者なら、問題無い。村に入れる者に、どれだけ獣人を含めてもらっても構いません。

 というか、極力多い方が良いのですけどね。

 あそこを獣人と人の混在する村にする。そして、獣人が人である証明のため、実績を積み重ねます。ご協力頂けませんか」


 俺の言葉に、唖然としたのは約三名。ハインと、胡桃さん、そして草だ。

 ギルとサヤにも、この話は既にしてあった。

 ワドももしかしたら、ギルから聞いているのかもしれないが……、驚いている様子は全く無い。まあ、彼はいつも泰然としている。サヤが異界人だと聞いても、そうだったしな。


「え……ど、どういう意味だ……?」

「意味は聞いた通りだよ。獣人は人だ。俺たちはその結論に達したから、領民として彼らを受け入れられる礎を作りたい。

 けれど、獣人歓迎! なんて大々的に出すわけにもいかない。神殿に目をつけられてしまうからね。

 だから、まずは拠点村で生活し、そこで極力、長く過ごしてもらう。人との共存ができることを証明していくんだ。

 そしてそれをもとに、獣人が人と認められる社会情勢を作っていく」

「そうじゃねぇよ! 獣人が、人って、どういう意味だって聞いてンだよ!」


 混乱した様子の草が、そんな風に言葉を遮ってくる。

 まあ、ただそう言われても、意味が分からないよな。けれど、他に表現のしようもない。


「言葉の通りだって。

 獣人は人だ。言葉の綾じゃない。正確には、我々は皆が、獣人と人の混血だ。

 世で獣人だと言われている者は、獣人の特徴が顕著に出ただけに過ぎない。俺たちは、その結論に達したんだよ。

 だが……それを証明するには、まだ時間が掛かる。実績も必要だ。ここにいる俺たちの中ではその結論が出ているけれど、世間でそれが受け入れられるのは、きっとまだまだ、先になるだろう。

 だから、世の中にそれを知らしめるために、ひとつずつ、手を打ち、積み重ねて前に進む。

 あの拠点村を、その出発点にしたいんだ」

「マルクスぅ……あんたこれ……どういうことなのぉ?」


 怒気を含んだ胡桃さんの声が、震えながらマルに問う。次の瞬間、彼女は小机を飛び越えて、マルの首に手を回していた。


「あんた、まだそんな戯言、ほざいてたのぅ?

 あんたの主人まで巻き込んで……そんなことしたら、この坊やがどうなると思って……」

「違うよ胡桃さん、俺が決めたので、マルは関係ないんです。

 そもそも、草に話した段階では、マルにはまだ、知らせてすらいなかった。

 俺が勝手に、進めようとしていたことなんですよ」


 やんわりとそう言うと、マルの折れそうな首に手を回したままの胡桃さんが、信じられないといった目を、俺に向ける。

 たぶん、俺の左後ろに立つハインも、似た目をして俺を見下ろしているのだと思う。

 俺は、左側を振り返り、ハインの手を取って、前に引いた。

 俺の横に来るように。


「俺がしようと思っていたのは、獣人の暮らせる場所を、作ることだったんだ。

 お前が、お前らしくいても、咎められない場所をつくりたかった。

 だけど、それだけじゃあ、なんの解決にもならないんだって、はっきりしたから、マルと手を結ぶことにしたんだよ。

 ハイン、よく聞くんだ。

 お前は人だ。俺たちと一緒。俺たちは皆、獣人と人の混血だ。

 お前には、獣人の血がほんの少し、色濃く出ただけ。

 この前、王家の白化の病の話をしたろう? 仕組みはあれとおんなじだ。

 獣人の血は劣性遺伝子。だから、条件が揃わなければ表面に出てこない。

 つまり、獣人の要素を持った両親のもとで、ただ偶然に、それが強く現れるんだ。

 前世なんて、関係ない。悪行故でもない。穢れて堕ちたわけでもないんだ。

 俺たちは、それを今から、証明していく」


 ただ呆然と俺を見下ろすハインを見上げて言う。

 すると今度はサヤが、口を開く。


「……ここでは、前世の悪行や、悪魔の誘惑に負けた者が、病になったり、不幸に見舞われたりするという話でしたよね。

 それは違うのだと、示す手段があります。

 拠点村にも、湯屋を作る予定です。村の人には、それで日々身綺麗にして、過ごしていただきます。

 たぶんそれだけでも、他の街や村より、病に罹る人は大幅に減ると思われます。

 拠点村だけではなく、セイバーンでも湯屋は使われていくでしょうし、これから湯屋を設置する場所では、どんどんそうなっていくでしょう。

 そして、傷口の処理なども、少しずつやり方を改善し、伝えていきます。

 あれは傷口から菌が入って化膿しているだけですから、悪行も何も関係ありません。正しい処置をすれば、かなりの確率で化膿は防げます。

 草の根的な活動ですけど、そういった小さなことが積み重なれば、神殿の教えを覆す要素に育つでしょう」

「しっ、神殿に楯突こうってのか⁉︎」


 驚愕の声を上げた草に、今度はギルが口を開く。


「別に、神の教えを全部ひっくり返そうってんじゃねぇよ。

 ただ、都合よく利用されている部分を訂正しますってだけだ。

 勝算はあると思ってる。今やフェルドナレンは治世も安定して、神の教えに縋り付かなきゃ心の拠り所もないなんて時代じゃない。

 貴族方も、随分と信心が薄らいでいるって話だ。まあ、レイを見てれば分かるだろ?

 神殿に毎日祈りを捧げるなんてことしている人間は、随分と減った。

 貴族だって、髪を捧げるみたいな、昔からの儀式も形骸化して、たんなる成人の儀式になってるしな。

 信心で来世なんて約束されても、しょうがねぇよ。

 だってそもそも、前世すら覚えてないんだぞ? 本当のところは、誰にも分からねぇ。たぶん、神殿の連中にも、分からねぇよ」


 最後に、胡桃さんの手が首にかかったままのマルが、口を開く。


「僕もうね、やけに走ることはしません。

 もっと堅実なやり方を取ることにしました。時間は掛かりますけど、世の中を混乱させて、無理をゴリ押ししたんじゃ、やっぱり人と獣人は、争うことになる。

 僕が欲しかったのは、そういうのじゃないんです……。ただ、貴女を人に戻したかったんだ。

 僕らの街は、ある種の理想郷でした。

 ギリギリの生活だから、目を瞑って、お互いを受け入れていた。

 だけどね……目を瞑ってたんじゃ、駄目だった。貴女は、そこから追われてしまった。

 だからね、そうじゃない場所を、作ります。お互いを分かって、共に発展していける場を。

 だって、考えてみてくださいよ。豺狼組は、人も獣も混在してます。共存できないわけじゃないんだ。場所が無いだけなんですよ。

 移動生活でそれができて、定住でできないなんて、そんなわけないでしょう?」


 まっすぐ胡桃さんを見つめる穏やかな視線。

 胡桃さんは、それに怯むように、首元から手を離す。


「全部レイ様に話したんですよ。

 そしたらこの人、あっさり受け入れちゃって……寧ろ先に、勝手に手を打っていっちゃってるんですよね。

 これはお互い、バラバラに行動するより、手を組む方が得策だと思うんです。

 僕、とっておきの情報で、この人と取引しようとしたんですよ?

 なのに、命賭けて取ってきたそれ、聞きもしないで、あっさりいらないって言われちゃいました。

 そんなものなくても良いんですって……胡桃たちを、受け入れてくれるんですって。

 もう、この人しかないと思いませんか? たかだか男爵家の妾腹二子で、権力的にはあまり旨味はありませんが……」


 おいおい、酷い言われようだな……。

 そう思ったけれど、まあ事実だし、苦笑するしかない。


「僕にはこの人を、上に押し上げる能力があります。

 だからこの人を、一生かけて大きく育てると決めました。

 そして大樹に育ったこの人が、貴女の木陰になってくれます。

 今まで僕のかけてきた時間や、打ってきた布石、それよりずっと大きな一手を、この人はここ数ヶ月でこなしてしまってる。

 だから……そんなに待たせませんよ。僕がおじいちゃんになる頃には、たぶん貴女は、誰から見ても人だ」


 マルの言葉に、しばらく沈黙した胡桃さんが、やっとの事で声を絞り出す。


「……それだって、随分気長な話じゃなぁい?」

「そうですか? でも、全く先が見えてこなかった今までよりは、随分早いと思いません?

 まあ、僕の中ではいつだって、貴女が獣だったことなんてないんですけどね」


 穏やかな声音で、瞳で、そう言うマルに、胡桃さんが困った顔をする。

 これは、マジで行動するらしいぞと、薄々理解できてきた様子だ。


「大丈夫ですよ。俺たちはヤケでもなければ、理想論だけで言ってるんでもないんです。

 きちんと作戦も立てますし、無謀なことは極力しません。

 俺としてもね、ガウリィたちに、領民だと言った言葉を、口先だけにしたくない。

 きちんと形を示したいんだ。

 俺は領主代行という責任のもと、また、貴族であるという責任のもと、貴方がた獣人を受け入れる。

 極力先である方が良いんですが……真実が明るみに出てからの戦いは、俺が責任を担います。

 貴女がたが人である証明を、戦いを、俺に委ねてくれませんか」


 俺であるから、良いと思うのだ。

 曲がりなりにも貴族。この立場を、役に立てることができる。俺がここにいることが、こんな形だが、意味になる。

 そのためにも俺は、貴族社会で実績を作らなければならない。俺の声を、大きくする。少しでも、少しでも大きく。


「……もういいわよぅ。本気で馬鹿なのねぇ貴方たちぃ……。

 あたしは……どっちでも良いの。人だろうがぁ、獣だろうがねぇ。

 今更だし、そういう世の中だって、割り切ってるわぁ。

 ただ……神殿に反旗をひるがえすってのは、お勧めしないわぁ」


 そう言った胡桃さんが、ハインを見る。

 ハインはただ呆然と、俺に視線を落としたままだ。

 まだ、彼には信じられないのだろう。目の前の色々が。


「……ハインのことと絡むなら、俺にはそれを避ける余地はありませんよ。

 俺はこいつの主人ですから」

「……わぁ、ほんとにこの子、大丈夫なのぅ?」

「今更じゃねぇか? 俺ら、人生の半分くらい、共有して来てんだぞ?」


 ギルまでそう肯定し、頬杖をつく。

 言葉はつっけんどんだが、ギルがハインを大切に思ってくれていることは、俺が一番よく知ってる。だから彼も、戸惑い一つ挟まず、俺の行動を支えると、言ってくれた。


「どうせいつかは、こうなってたと思うぜ?

 俺たちは、お互いもう、無しではやっていけねぇよ。そんな風に過ごしてきたんだ」

「私も、このままが正しい形だとは、思わないです……。

 同じ人なのに、愛されて生まれるのに……ちゃんと我が子なのに、それを受け入れられない形が、正しいはずない。

 それに、血を流すような戦いだけが、勝利を勝ち取る手段ではないと、私は知ってます。

 この世界で、できるだけたくさんの人が幸せだって思える形を探すなら、私だって、頑張れます」


 強く拳を握って、それを胸に当てたサヤが言う。

 この世界に身を捧げてくれた少女。私がここに来た意味は、きっとここにもあるんですと、そう言ってくれた。


「拠点村に関われば、本当のことを晒した時、正体を知られます。

 それはいつか訪れることだ。必ず、その日が来る。それを覚悟してもらわないといけない。

 そうであると分かっていても、協力が欲しいんです。

 俺たちだけでは、足りないんだ。できるだけ沢山、大勢の獣人と、関わりたい。その先を手に入れる戦いに、参加してほしい。

 今、ここで決めなくても良いですよ。皆の意見を聞いてからにしてください。

 もし、貴女がたが手を引いたとしても、問題ありません。別の方法を模索しますから。

 けれど、諦めません。俺にはハインの未来を作る義務がある。

 だからどうか、反対だけは、しないでください」


 下手にことを荒立てるなと言われる可能性があった。

 だって俺は、そう考えたのだ。

 ギリギリ均衡を保つ今を、壊したくない。余計な手は出すなと、マルを責めた。

 けれど彼らは、それでも俺の背を押してくれた。根気強く待ち、俺を前に進めてくれたのだ。

 だから今度は、俺が彼らに、返す番だ。


「……分かったわぁ。帰って、みんなに話してみる……」


 けれど、胡桃さんはそう言ってくれた。

 しばらく黙って、言葉を胸の奥に落としてから、静かに言葉を紡ぐ。


「 御子息様、貴方、人が良いにも程があるわぁ。

 そうやっていつも、厄介を拾ってるんじゃないのぅ?」

「ま、そうやってハインを拾ったよな」


 ギルが茶化す。

 そう言えばそうか。ハハッと笑った俺に、サヤもくすくすと笑う。


「私も、そうやって拾われましたっけ」

「なら、悪いことは何もないな。拾ってみるのも案外楽しい」


 何もなかった俺の未来に、光を落としてくれたのは、そんな彼らだ。


「まあそれ以前に、俺を拾ったに等しいのはギルだよ」

「そうなんですか? じゃあ、ギルさんが一番人が良いんですね」

「をぃコラっ、俺を巻き込むな」

「だってそうだろ? 本当のことじゃないか」


 慌てて腰を浮かすギルを笑ってやると、俺の左手にポタリと何かが落ちた。

 それが、続くから……俺も立ち上がって、その雫の生まれる先を抱きしめる。

 そこからしばらくは、ただ沈黙だけが続いた…………。

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