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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
163/515

ロビン

 何組もの相手と言葉を交わしつつ、時間を過ごした。

 有益と思われる商人もいれば、あまり喜ばしくない手合いの者もいるが、あからさまに身内を勧めてきたのははじめの商人だけで、娘や孫、姪や妹を引き連れてきていても、俺が全く興味を示さないと分かるとすぐに引き下がった。

 そしてこの場で一番女性の注目を集めていたのは当然ギルである。大店の息子であり、王都出身者であり、何より未婚で店の主人という素晴らしい肩書きを持ち、更にはかなりの美青年……という世の男性の恨みを相当買いそうな輝かしさを遺憾なく発揮し、多くの女性に囲まれていた。

 とはいえ、彼が特定の女性を持たないことは、この二年で知られている。

 交流を持つ女性は多いものの、一人に定めることを何故かしないもので、それを承知している女性は次の約束を取り付けるだけであっさりとその場を離れ、ギルを知らない者は必死で食らいつくという、見ているだけで疲れてくるような展開をみせていた。


「……よくやるよ……疲れないのか?」

「疲れるに決まってるだろうが。

  だが、俺にとっての華は仕事で、蝶は飯の種。しかも香しく美しい彼女らを疎かにしたら駄目だろう」


 休憩がてらやって来たギルに声をかけると、そんな返事が返る。

 そして上機嫌に髪を撫でつけた。慣れた手つきで、格好良く。

 自分がどう振る舞えば女性が喜ぶのかまで熟知しているさまは、もう天晴れと言うしかない。

 こういったキラキラして良い場所は、ギルの独擅場だ。

 まあ、だらしなくしてようがなんだろうが、格好良く見えるのがギルなのだけれど。

 貴族ではない彼らにとって、貴族のこだわる成人はあまり関係なく、男性も女性も、十代で結婚する者だって少なくない。実際、彼の兄であるアルバートさんは、十代で結婚されていたと思うのだ。

 なのにギルは、娶る相手には事欠かないであろうに、何故結婚しないのだろうなと、不思議に思う。

 が、何時ぞや聞いた時は「一人に絞るとか無理だ」という返事だったので、もう聞かないことにしていた。

 まあギルはともかくハインが問題だよ……こいつは色々捨てすぎている……。


「こういう場でも、変わらずかよお前は……」


 似たようなことを考えてしたのか、ギルが俺の背後に立つハインに、呆れた視線をやる。


「職務をおろそかにする気はありませんので」


 むっすりとした声音でハイン。どうせ眉間にシワも寄っているのだろうと思う。この顔を維持して不機嫌を装い続けている限り、ハインの良さを分かってくれる女性だって現れにくいと思うのだ。

 ……前、ダニルにも『獣は(つがい)を得ようとしない』と聞いている……。だからハインも、そうであるのかもしれない。先日マルと話した内容のことも引っかかり、この意識改革がなぁ……と、溜息を噛み殺したところで、今日はレオンである草がやって来た。


「御子息様、お茶は如何でしょう」

「ありがとう。……レオン、広場の様子は如何なものだった?」


 器で口元を隠しつつ聞くと、にこやかに微笑んで口を開く。


「評判が二極化してンな。

 何考えてあンな配置にしやがったって声と、有意義だったって声。

 職人どもは前者が多い。買い手は後者が多い」


 表情は爽やかレオンでも、口調は草だった。

 ふむ……。やはりそうなるか。だが有意義だったと言う職人もいるのだな、興味深い。


「職人で有意義だったと言う者、洗い出しができるなら、名を記しておいてもらえるだろうか。

 多分マルも、後日似たことを確認すると思うから」


 似た屋台が集まれば、当然品が見比べられる。出来栄えも、値段も、サヤが言っていたように、見定められることとなる。当然良い気はしないだろう。見比べられて、自分のものが選ばれなかった場合など、特にそうであろうと思う。

 だがそれでもそこに意義を感じる者であるなら、マルが拠点村で行おうとしていることに興味を持ってもらえるかもしれないと、そう思った。


「あと、ユミルとカーリンの独擅場だったみたいだな」

「うん?ああ、それはそうなるだろうな」


 食品屋台には甘味が少ない。それは前、サヤと夜市に行った際に知っていた。

 日々商業会館で仕事をこなしていたマルも知っていたろう。だからあの二人は、甘味を売っていたのだ。

 ユミルはカスタードクレープ(この名だと覚えにくいので薄襲(うすがさね)と命名された)を、カーリンは甘めの牛乳茶に麺麭(パン)を添えたものだったのだが、どちらも牛乳が安価なので、砂糖を使ってもまだ利益率が良い。という理由で選ばれたそうだ。牛乳はメバックだと更に割安だ。セイバーンまでの輸送費も浮くのだから。

「前から不思議だったのですけど……牛乳が安いって、何故なんでしょう?


 確かに日持ちはしにくいかもしれませんが、栄養は結構豊富なのに……」


 サヤがこてんと首を傾げて問うてきた。うーん……それは……。


「あー……習慣的なものかな……。牛乳は……牛酪や乾酪の材料であって、直接食すものではないというか……」

「え?」

「いや、美味だというのはよく分かった。だけどそれは、君が調理してくれて、はじめて知ったよ」


 俺の言葉に、サヤがキョトンとした顔をする。

 ギルもハインも、しきりにうんうんと頷いた。


「ああ、直接ってのは正直考えたことなかったなぁ……。

 いや、食えるものだという認識はしてたが……飲むのはやっぱり山羊乳が多いし、羊酪やら乳酪の方が、一般的には好まれるしな。牛は基本、労働力って括りになるから」

「手間の掛かる食材という認識でした。いちいち加工しなければならないので。

 ……王都にいた際は、えり好みできる身ではありませんでしたが、乳類はあたりやすい危険な食品という認識でした」

「私は、美容の為に湯浴みの時、湯に入れて使ってましたけど、食べる感覚は無かったですね」


 と、ルーシー。

 三人の言葉に、サヤはびっくりしたといった表情だ。


「な、何もおっしゃいませんから……」

「いやまぁ……俺たちも、君が当たり前に使うから、それこそびっくりしてね……」


 そこを指摘する隙など無かったというか……。

 サヤの料理はなんだって美味だったから、その頃にはもう、何を材料にされようが、受け入れ態勢が万全だったのだ。


「私は山羊乳って飲んだことがないです。牛が一般的で……」

「それもそれでびっくりだな……いや、色々文化の差があるんだろうが……」


 国どころか、世界が違うのだものな。

 そんな感じに、他愛ない話を楽しんだ。

 一通りの挨拶も済み、訪ねて来る客もいなくなったため、あとは過ぎる時間を待つばかりといった風に過ごしていたのだけれど……。

 会の終わり間近という頃合いになって。


「あっ」


 サヤが不意に声を上げて立ち上がり、さっと、人ごみの中に行ってしまう。


「サっ……か、カメリア?」


 とっさにサヤと呼びそうになってしまい、出足が遅れた。

 俺も慌てて立ち上がり、彼女を追う。すると、さして進まぬうちに、動きを止めていたのでホッとした。進みあぐねて、足を止めた様子だ。だからその隙に追いついて、声を掛ける。


「どうした?」


 俺の声に、サヤが見ていた方向の人だかりが、ギョッとして振り返った。

 質素な出で立ちをした男たちだ。多分、若手の職人……。屋台を出していた者たちだろう。俺の見知った顔は含まれていない様子だ。

 その更に奥には、土建組合員であろうと思われる、ガタイの良い男たちがたむろしていた。こちらには見知った顔もちらほらある。目が合ったので、軽く手を振って挨拶しておいた。


「あの、ロビンさん……」


 土建組合員の方に気を取られていた俺の耳に、思いもよらない言葉が届く。

 サヤが、何故か、職人らの中の一人、ひょろりとした猫背の男に声を掛けたのだ。

 サヤが自ら、男性に声を掛けるという衝撃に、俺も呆気にとられてしまう。

 だって、サヤは今、女性の装いなのだ。男が集まる場に、急に足を向けたことも驚きだったのだが、何故声を掛けたのか……しかも、俺の知らない男に話し掛けた理由が、分からなかった。唖然とするしかない。

 そしてロビンであろう男はというと、自分が呼ばれると思っていなかった様子で「ひゃえ⁉」と、謎の言葉を発して固まってしまっている。


「お、覚えてらっしゃいますか、あの……海渡りの蝶を……」


 一気に集中した視線に、サヤが怯えつつ、それでも言葉を振り絞る。

 そして、首を横にやって、髪飾りを見せる素振りをした。

 そこで初めて俺は、彼女の身につけるその髪飾りをじっくり見たのだが、繊細な蝶が連なって飛ぶ、見事な逸品だった。

 その髪飾りで思い出したのだろう。男も戸惑いつつ、サヤが面識のある人間だと気付いた様子だ。


「あ、あの時のお嬢さん……え、ええ⁉」

「はい。その節は、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる。

 サヤが当然のように首部を垂れるものだから、周りの喧騒が一気に高まった。視線がロビンを含む、俺たちに集中する。

 とはいえサヤは一庶民だ。別段おかしな仕草ではないし、彼女が男に話しかけた理由も分からないため、俺も会話に踏み込めない。

 そして当のロビンはというと、こちらも顔を蒼白にして冷や汗をかいている。

 まさか貴族の関係者に関わっていたとは、考えてもみなかった様子。

 そこに助け舟を出してくれたのはギルだった。


「レイシール様、以前彼女をお預かりしておりました時に、商業広場をご案内したのです。

 そのおりに、この職人の屋台を訪れました」


 遅れてやってきたギルが、そんな風に説明をしてくれる。

 あ、あぁ……俺が、崩れていた時……。

 それで思い出す。

 サヤだって、ずっと俺と一緒だったわけじゃない。メバックに一人残したことだってある。俺の知らない人間と、知り合っていたって、おかしくないのだ……。

 ……それにしても、男が寄り集まっている場に、自ら足を運ぶほど、重要な何かがあるのだろうか?

 と、不思議に思っていると。サヤがじりじりと、怯えたように後退してきた。

 ロビンに向けられた嫉妬の視線や、サヤに向かう野卑た視線……。

 そこはかとなく香る、サヤの色香に釣られた蜂の視線か……。

 その辺りに、怯んでしまったのだろう。肩に手を回すと、ぎこちなく身を寄せてきて……。


「あ、あの……感想を……。ギルさんとの、お約束でしたので……」


 それでもなんとか、必死に口を開く。


「感想……? え、いやいや、そんな滅相もない⁉︎」

「いえ、せっかくの、機会ですから……。

 ですがその……申し訳ないのですが、少し、場所を……」


 そうしている間にも、サヤの顔色が悪くなる。

 怯えるその様子に、辛いのだと気付いた。

 誰かの良からぬ意思を感じている?

 ザッと視線を巡らすも原因は特定できない。

 これは良くないと思い、サヤが言わんとすることを俺が代弁するため、話に割り込んだ。


「ロビンとは其方だな。申し訳ないが、場所を移しても良いだろうか。私の華は少し、体調が優れぬ様子なのでね」

「はっはい! ももも申し訳、ありませんっ!」

「謝る必要はないよ。これは繊細なので、こういうことはままあるんだ。ではこちらへ。あ、すまないが、どこか個室を用意してもらえるか」


 近場にいたレオンにそう言づてると、コクリと頷き、急ぎその場を去る。関係者へ伝えに行ってくれたのだろう。

 俺もサヤの肩を抱き、手を取って壁際まで戻ろうと踵を返した。するとギルが、ロビンに「ついてきなさい」と、言葉を掛け、後に続く。

 ロビンは、慌ててそれに従いつつ、落ち着かなさげに視線を彷徨わせ……。


「あの……サヤお嬢さんは……」

「っ⁉」


 勢いよく振り返り、ロビンを睨め付けた後……自分が間違った反応を返してしまったと気付いた。

 慌てて荒れ狂う感情を抑え込み、平静を装うが、動揺を上手く隠せない……。

 何故、サヤの正体が知られてしまった?

 サヤは俺の腕の中で身を固くし、大きく目を見開き、血の気の引いた顔でロビンを見ていた。ギルも俺同様、状況に激しく狼狽えている。だが、まずいと気付いたらしい。唾を嚥下して、必死で記憶を漁り、理由を探し出した様子だ。


「あ……ロビン! あの時はお忍びでな……知人の名を借りていたんだ。

 彼女は、カメリアという」

「あっ、そっそれは失礼いたしました!」

「いや、知らなかったのだから、仕方がないよ……」


 無理やり笑顔を捻り出し、では行こうと促す。

 よろけたサヤを必死で支え、戻ってきたレオンに案内されて、その場をとにかく離れた。


「後はこちらで誤魔化します」


 会場を出る際、ハインが小声でそう言い、その場に残ってくれた。

 同じく小声で頼むとだけ伝えたが、俺はあの場所にいた土建組合の者たちが気掛かりでならなかった……。

ぎりっぎり……ていうか、ごめんなさい。今週も、毎日更新させてもらいます。まだ書ききれてなくて……。

今のところ、纏めてポンと、毎日更新と、どっちでも良い。全て同票!となっております。

おおぅ……。どうしたもんか……。

書きながらじっくり考えさせていただきますね。

では、申し訳ないのですがまた明日、お会いいたしましょうーっ!

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