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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
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裏の思惑

 どこか楽しんでいられたのはそこまでで、遠巻きにしていた者たちの中から、前に進み出してくる者が現れ出したのは、そのしばらく後だった。


「失礼致します。御子息様、どうかご尊顔を拝することをお許しください」


 左側から近付いてきた中年ほどの男が、そう言って首部を垂れる。

 その後ろに二人の女性が、同じく頭を下げていた。

 来たなと思いつつ「どうぞ、面を上げてください」と声を掛ければ、表面上にこやかな笑顔が三つ、こちらを品定めする視線を投げかけてくる。


「有難うございます。私、材木商をしておりますトーレンと申します……」


 つらつらと自己紹介から俺への賛辞に話を移行させ、さらに娘という二人を紹介された。

 娘がいかに良い娘かを親馬鹿気味に伝えてくるのだが、そのあからさまな勧めに顔を歪めないようちょっと努力が必要だった。

 正直、美的感覚や踊りの上手さは、俺にさして重要なものとは思えなかったし、姉にあたる方は明らかギルが気になって仕方がないと言った様子で、正直どう反応して良いやらと思ってしまった。そのギルはというと、俺の横でにこやかな笑顔を振りまいている。


「そうですか、良い娘さんをお持ちで羨ましい。

 私も将来妻を娶りましたら、一人は娘が欲しいですね。

 私の華に似てくれれば嬉しいが、嫁に出せなくなってしまうかな」


 とりあえず斜め上の返答を心掛けた。

 商談すらすっ飛ばして、まず娘を勧めてくる商人では、程度が知れているというものだ。

 俺の返答に、トーレンと名乗ったその商人は若干頬をひきつらせる。いや、それは俺がする表情だと思うけどなぁ。だがここぞとばかり攻めておく。


「カメリアに似れば、さぞ美しく育つだろうな。

 だがその前に、二人の時間をまだ暫く堪能したいが……」

「そちらの方は……」

「ああ、私の華。近い将来妻となる者です。

 彼女の麗しさは罪深い程でね。一人にすると彼女の意思に関わらず無粋なものを呼び寄せてしまうので、片時も目が離せません」


 対抗して思い切り褒め、にっこりと笑っておく。貴方の娘には全く興味がありません。という気持ちを込めて。

 するとトーレンは、サヤの方に視線をやった。


「ご挨拶させていただいても宜しゅうございますか?」


 例の、胸に手を当てる仕草。それにサヤがビクリと反応する。

 トーレンの視線が、サヤを品定めするかのような、粘っこいものに変じていた。本来なら、ここでサヤが左手を差し出すのだが、俺はサヤの腕が掛かっていた自身の左腕を、サヤの腰に回して引き寄せる。


「申し訳ないが、お断りする」


 意識などせずとも、自然と声が低くなった。お前に品定めさせる気はない。


「カメリアは異国の華。この者の国では、夫となる者以外とは妄りに触れ合わない。私が許す相手にしか、挨拶といえども触れさせないのだよ」


 ギルは例外なのだ。と、暗に示唆する。

 そもそも、知り合いならまだしも、貴族でないなら、初対面での挨拶なんて普通遠慮するものだ。


「其方とはここで初めて面識を得たに過ぎぬ。

 だから、私の華を、愛でてほしくない」


 はっきりと拒絶したものだから、面食らった顔をされた。

 そこをついでに、攻めきることにする。


「それに、私はここに、蝶を愛でるため来たのではないのだよ。

 麗しい、私の華を同行させたくもなかった。この華の(かぐわ)しさは格別だから、蜜を求めた蜂が狂い飛び、私の華を露に濡らそうとする。

 そんな荒れ園に、誰が喜んで連れて来たいものか」


 貴族との接点が多い者は、俺の言葉に苦笑を溢したり、サヤをいたわる視線をこちらに向けてくる。後方の方で、ルーシーがワドに止められているのが見て取れた。あ、怒ってるのか。彼女もさすが大店の後継。ある程度の隠語は理解している様子だ。

 トーレンが難しい解釈の混じる言葉に戸惑うのが見てとれる。

 つまりさほど貴族との取引を経験したことがないのだろう。これでは尚のこと、取り引きは願い下げだ。正しい手順も踏まず、線引きもできない商人では、バルチェ商会の二の舞になる。


「それでも同行させたのは、華の願い故だ。夜会に一人立つ私を思いやってくれたから、伴ったに過ぎぬ。

 この際であるからはっきりと告げておこう。

 私の唯一無二の華はカメリアのみだ。蝶は求めぬ。この華を愛でるのは私のみ」


 その言葉を待って、ハインがすっと前に出た。

 多分すごく険悪な顔で、後ろが詰まっているから早く退けという趣旨の言葉を丁寧に述べる。

 娘を伴ったトーレンが慌てて礼をし、足をもつれさすようにして立ち去った。

 露払いには丁度良い男だったが、サヤが気掛かりだ。


「気分は大丈夫?」

「大丈夫です」


 意外とはっきりした、覇気のある返事が返る。

 だが腰に回した手を外すのはやめておくことにした。


「暫くこうしておく。……良いだろうか」

「……その方が安心できます」


 小声で言われた言葉に、胸の奥が疼く。

 俺に身を委ねてくれている……頼ってくれていると思うと、妙に満たされた心地がする。


「次の奴は手強そうだ。あれはアギーの商人だぞ」


 ギルが小声でそう言い、サヤに視線を向ける。


「カメリアが同行できない話になったら、俺が引き受ける。

 ルーシーも戻った様子だし、問題無いだろ?」

「ああ、その場合は、暫く頼む」


 近寄って来た男が、俺から五歩ほど離れた位置で首部を垂れる。

 従えた者は更に後方、距離をあけていた。

 成る程……きちんとした手順を踏む気がある様子だ。おきまりの口上に返事を返し、視線をあげた男の目は、俺の品定めに手を抜く気は無いといっていた。


「アギーの流通で一端を担います、リディオ商会に籍を置く、エルランドと申します。

 此度は、氾濫抑止、成功おめでとうございます」

「ありがとう。

 申し訳ない、私は無知な為、リディオ商会という名を存じ上げません。何を扱っておられるのか、伺ってもよろしいか」


 一応は知っていたけれど、レブロンに渡された書類で確認したに過ぎず、意味が理解できていなかったので聞いてみた。

 書類にあったのは商材は『うんそう』という文字で、書き間違いかと思ったのだ。

 俺の問いに、エルランドは清々しい笑みを浮かべる。


「我々の扱う商材は『運送技術』です。

 アギーでは鉱石の運送を一部担っております」


 ……運送技術?

 やっぱり意味が……と、思ったら、サヤがクッと身を寄せてきた。


「私の国にもあります、運送特化の職種。

 多分、流通経路に独自の路線や手法があるのではないでしょうか。あとで詳しくお伝えします」


 耳元で囁かれた言葉に成る程と思う。

 通常、行商団が他国との流通を担うことが多い。もしくはバート商会ほどの大店になると、その店自身で運送も行う。

 行商団は独自に仕入れた物を他国で売る。だから商材は『仕入れた商品』であるはずだった。大店の場合は自店の商品となる。

 サヤの囁きが聞き取れたかどうかは分からないが、エルランドの笑みが、深くなった。

 視線がサヤを見ている……。


「麗しいだけでなく、聡明な方であるのですね。

 流石、御子息様は先見の明をお持ちだ」


 ……聞こえてしたらしい。

 サヤが、少し動揺した様子を見せるから、大丈夫だよと伝えておいた。

 聞かれて困ることは喋っていない。


「私の華は、格別なのです。王都にいた頃から、色々助けられてきました」

「……御子息様は、王都にいらしたことがおありで?」

「ええ。十年ほど。学舎におりましたから」

「学舎……、では……」

「いえ、卒業資格は得ておりません。途中で、領地での役割を担いました」


 ここで、半分の人間は俺を(あなど)る。

 卒業資格を得られなかったという事実だけを捉えるからだ。

 だが、このエルランドという男は違う様子だった。


「御子息様は、十八歳だと、お伺いしたのですが……」

「そうですよ。在籍しておりましたのは六歳から十六歳までです」


 どの過程まで修めているかはあえて言わない。

 それを推し量る手段はいくらだってある。そしてこのエルランドは十年……と、唇を動かすのみに留めた。


「私の友人にも、おります。学舎へ在籍しておりました者が。仕事柄、護衛の依頼をすることが多いのです」

「……護衛……」


 とっさに、あの人を思い出していた。

 かつて学舎に在籍しており、傭兵となった異色の人。けれど……。


「……珍しい、ですね……。あそこに在籍していらっしゃった上で、護衛のお仕事をされる方というのは、あまりいらっしゃらないように思います」

「そうですね。珍しい男です。傭兵なんてやっておりますからね。ですが、腕は確かですし、誠実で、良い人物です」


 同じ、傭兵……。

 サヤの右手が、俺の背中に回された。

 心配そうにこちらを覗き込む。ギルも、少し神妙な顔になった。

 俺たちの様子に、何か違和感を感じ取ってしまったらしい。エルランドが訝しげな顔をする。


「いえ、申し訳ない。私の知人にも、おりましたもので、懐かしくて……」


 苦しくて……。

 脳裏にある、あの綺麗な瞳には、二度と出会わないだろうと思うと、せつなさがこみ上げてきたのだ。

 けれど頭を振って、切り替える。今は、仕事中だ。


「私の、在籍中の方であったなら、存じているかもしれません」

「いや、もっと前ですね。あれが学舎にいたのは、二十年近く前かと。オブシズという名で、金星という通り名なのですが、ご存知ではないですよね」

「……ええ、流石に分からない……ああ、けれど、友人にその頃学舎にいた者がおりますから、もしかしたら、あれは知っているかもしれません」


 マルの記憶力なら、あるいはと思った。

 なのでその名を、心に留めておくことにする。


「……運送技術を売る……ですか。とても興味深い。

 ですが、交易路計画を、どこでお聞きになったのですか? 今日初めて、公にしたのですが……」

「少し前から、こちらのことは話題に上がっておりましたもので、興味を持っておりました。麦用の麻袋の在庫が一気にはけたと、お客様が面白おかしく話して下さいまして」

「……そのようなことから、興味を?」

「商売は情報が命ですから。気になったものは心に留めておくことにしております。

 そして石や材木を大量に仕入れていらっしゃる。氾濫対策は成功を収めたにもかかわらずです。

 これは、興味を持つなという方が難しいというもの」


 にこやかな笑顔でそんな風に言う。ちゃんと調べたってことだな。

 この人は、商機を読むのに長けているようだ。とても興味が湧いた。


「我々には、安全な経路というのは命よりも大切です。ですからとても興味深く、是非とも色々、話をお聞きしたく思うのですが。

 それに……近場から石や材木を購入し続けるのは、色々弊害も多うございます。

 我々は、行きしに鉱石を運ぶ。帰りは行商団と変わりません。ですから、この帰りの仕入れをご利用頂ければ、比較的手頃に、お望みのものを提供できると思うのですが」


 爛々と瞳を輝かせてそんなことを言う。

 確かに……エルランドの言う通りだと思った。交易路は長く続く。石も材木も、まだまだ必要だ。

 だが近場からだけ仕入れていれば、値段はどんどん高騰するし、材料も枯渇する。別の商いのついでに仕入れを行うというなら、片道のみの運送料で済むということだろう。

 エルランドを、もう一度視界におさめた。灰味がかった桃色の髪に、鶸色の瞳。年は四十手前だろうか……。


「私も、とても興味があります……。

 リディオ商会、エルランド殿。メバックへは、いつまで滞在の予定で?」

「商機があるなら、都合をつけます」

「では、滞在していらっしゃる宿を、教えていただけますか。また後日」

「畏まりました。有難うございます」


 あえていつとは指定しなかったのだが、エルランドはそこに言及しなかった。

 つまり、いつまででも待つつもりなのだろう。もしくは……我々が彼らをどのように捉えているか、出方を伺うためかもしれない。

 潔く一礼して、その場を去る。途中で給仕係を一人呼び止め、何かを言伝ていたので、たぶん宿名を伝えていたのだと思う。

 そのまま見送っていると、仲間が合流し、何か話していた。そこでこちらには、また新しい客が訪れた為、視線を離す。


 次は見知った顔だった。大店会議でお馴染みの、材木組合長エイルマーだ。


「久しいな。大店会議の折は、世話になった」


 うーん……年功序列でもなんでもなくなってしまっているのは……一番初めがルカだったからだろうなぁ。

 そんな風に思うとおかしくて、少々戸惑い気味の彼らに、にこやかに対応することができた。


 会場の中心部では、音楽に合わせて踊りも披露されている。

 夜会は出会いの場でもあるから、俺という標的を見失った蝶の中には、別を狙う姿も見受けられる。

 元から俺なんて眼中にない女性も当然たくさんいて、中には露台の席に移動している男女の姿もある。

 まあぶっちゃけ、貴族なんてろくなものじゃないので、幸せになりたいのなら、関わらない方が良いとすら思う。

 身分差のある婚姻というのは、そんな生易しいものじゃない……。

 地位の価値など、この場に来てみればどれだけ儚いものか、すぐに分かる。

 ……そんな世界に、俺は、サヤを、引き込もうとしているのだけれど……これで本当に、良かったのだろうか…………。


 一瞬よぎってしまった負の感情は流し、目の前のことに集中するよう、自分に言い聞かす。そしてまた、次の来客への対応に向かった。

今週の更新はこれにて最後です。

来週も金曜日にあげられるよう、全力投球する所存……とは言え、今まだ1話も書けてない……やばい……。


連日投稿、如何だったでしょうか?

まとめての方が良いなーとか、今回のほうがいいよーとか、一言でも一文でも良いので頂けると、今後の参考になります。ツイッターの方でも構いませんよー。


というわけで、また来週金曜日にお会いしましょう。それまでの反応結果で、まとめて更新にするか、連日更新にするか、決めようと思います。

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