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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
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言葉の裏

 祝賀会当日となった。

 マルは相変わらず監禁状態だが、本日は昨日よりも食べられる量が少し増えた。

 心のつかえが取れたのか、急に大人しくなって、言われた通り、体の回復に専念することに集中しだしたため、ギルとハインに気味悪がられていたが、俺としてはホッとしている。


 昨日の話は、まだ俺の中で伏せられていた。この祝賀会を乗り切ったら、皆に話そうと、マルにも伝えている。

 それに、今まではただ漠然と、ハインを幸せにしたい延長で獣人に関わっていたけれど、それでは駄目だとも、気付いた。

 ハインただ一人だけ救うだなんて、無理だ。彼は獣人を辞められないし、忘れない。そうである以上、根本を解決しなければ、幸せになんてなれないとはっきり分かったのだ。


「痛い所はありませんか?」

「ああ、無い。……また手の込んだことをしたな……」


 頭皮から編み込まれ、後頭部で束ねられた髪が、そこからまた幾本もの細い三つ編みにされている。サヤとルーシー二人掛かりでせっせと編んでいたのだが、それでもかなりの時間を有した。


「レイ様、凄くかっこいいですよ! ねっ、サヤさん!」

「はい。すごくその……凛々しい感じです。お似合いです」


 渡された手鏡の俺を見ると、もう唖然とするしかないような見事に編み込まれた銀髪が、確かになんとなく凛々しく見えるよなぁと思う。

 髪の毛をひっつめにするから、目尻が引っ張られているのかな?とか、どうでも良いことを考えつつ、サヤに視線をやった。

 ルーシーの視線が辛い……。ものすごい訴えかけてくる……。


「えっと……サヤも凄く、麗しいと思う……」


 お願いだから、ルーシー……これで勘弁してくれ……。できるなら君のいないところで言いたかった……。

 内緒にしているから仕方がないのかもしれないが、ルーシーからサヤを褒めろという圧が凄かったのだ。心配しなくてもサヤの麗しさはちゃんと分かってる。俺だってそこまで朴念仁じゃない。


「あっ、私ちょっと用事があるから、先に席を外しますねっ」


 今更白々しい言い訳をして、ルーシーが軽い足取りで俺の部屋を後にする。

 それを見送って、俺も立ち上がった。するとサヤが、上着を俺の肩に掛けてくれたので、そのまま着込む。


「……ん?」


 そのサヤの視線がずっと俺を見据えているから、何か言うことがあるのかと思い、問いかけたら、ハッとしたサヤが、慌てて視線を逸らした。

 今日のサヤは、例の完璧な装いなのだが、面覆いで顔の大半が隠れている。

 その面覆いも、刺繍がふんだんに施されているもので、サヤの美しさはそこはかとなく理解できるものの、見ていられるくらいには隠されている。

 とはいえ……やっぱり何か、艶めいてみえて困る……。この面覆い、なんで俺とギルには、そう見えるのだろう……。


「い、いえ……ちょっとその……見惚れていたといいますか……」


 視線を逸らしたサヤが、頬を染めてそんな風にごにょごにょ言うから、こっちまで赤面してしまった。いや、俺に見惚れる要素ないからね。何言ってるんだこの子は。


「や、夜会服だもんな……ちょっとその、大人仕様というか……」


 俺もサヤに見惚れてしまうし、視線のやり場に困るので、その気持ち自体はよく理解できる。なんとなく背伸びしている感覚で、妙に小っ恥ずかしいよな、これ……。


「まあとにかく、三時間ほど耐えれば任務完了だ。サヤはちょっと、辛いかもしれないけど、気持ち悪くなったりしたら、我慢せずに言うんだよ。俺もそれを口実に逃げるんだから、遠慮しなくて良いんだし」

「は、はい……。だけど今更、関係者の皆さんにバレやしないか、心配になってきました……」


 そう言ったサヤが、不安そうに……心細そうに両手を握りしめる。

 この祝賀会、言うまでもないことだが、工事に関わった者が多く参加する。サヤとも深く関わっている人たちだから、その不安は当然だろう。けど……。


「大丈夫。これは分からないよ……」


 まさかあの少年が、こんな艶めいてる美女になるなんて、きっと誰も思わない……。色香が違う。

 普段のサヤはもっとさっぱりした、爽やかな元気さしかない。

 今のサヤは…………色々忍耐を問われる……。


「ごめん……その……俺が気持ち悪かったらそれも言って」


 正直、どうやっても、煩悩が捨てられません!

 ずっと心よ凪げと言い聞かせてるし、今日まで見慣れるように全力で努力してきたつもりだったのだけど、無理……。余計意識してしまうようになっただけだった。辛い。

 もうなんというか、触れたくって抱きしめたくって手が勝手に動く。やばい。


「だ、大丈夫! レイは、そういう風な感じ、しいひんから!」

「そう? なら、良いけど……」


 まだ辛うじて耐えられているようで良かった。

 多分、ギルの見立ては正しいのだろうと思う。サヤが怖いと感じる、身体が拒否反応を示してしまうことの定義。

 だから、極力そっち系のことは視界から外すよう、全力で挑んでいる。

 ああいった行為は、まだ彼女には重たいと感じたからだ。


 フェルドナレンで十六歳というのは、結婚だってする年齢だが、当然庇護者の同意を必要とする。政略結婚でない限りは起こらない。……あ、貴族に限りの話だ。

 サヤの世界もそこは、法律的にも同じであるらしい。

 そして世間一般の常識として、相当な理由でもない限り、この年齢での結婚はまず行われることがないらしい。

 我々の常識では婚期を逃したと言われるような年齢が、サヤの国の結婚適齢期であるとのこと……と、いうのを、何故かルーシーが聞き出しており、俺にコソコソと教えてくれた。

 なんであの娘はこう……いや、聞けて良かったけど……助かったけどなんかこう……色々先走りすぎだと思う。

 サヤには絶対にそういったことを仄めかすような話をしないでくれと念を押しておいたけれど、ちゃんと分かってくれているのか、不安でたまらない……。

 まあそんなあれこれは置いておくとしても、つまりサヤの世界の常識としては、まだそういったことを考える年齢ではない。ということなのだ。

 俺も庇護者と縁のない身であるし、正直今より先のことは成人しなければ関わってこないと思われる。現状俺が耐えれば済む話で、だから、まだ触れないでおこうと、結論を出していた。

 なにより……カナくんが怖くて、けれどその理由が分からないと泣いていた彼女を思うと……多分、そういうことを言葉無く求められて、それに恐怖を抱いていたのだろうと思うと……踏み込めないと、思った。


「うぅ、なんや、緊張してきた……」


 サヤがそんな風に呟くのを耳にして、俺の思考も現実を取り戻す。

 サヤは、夜会とか、舞踏会とか、そういった社交の場自体に参加したことがないらしい。

 サヤの世界では一般的ではないということだったので、想像ができないのだろう。

 なんでも見事にこなしてしまうサヤが、今回ばかりは不安を抱いていると思うと、つい俺が守らねばという気持ちが育つ。

 まあ、俺も夜会は初めてではあるのだけれど、学舎ではこの手のことも学んだし、何を求められる場かは知っている。


「サヤ、とりあえずえっと、注意事項を伝えとく」


 そう声をかけると、少し不安そうな顔でこちらにやってきた。


「まずね、挨拶として、女性は左手の小指に口づけされるんだけど……」

「む、無理!」


 あ、一気に引いた。まあそうなるよなと、内心で頷く。

 これはあれだな、やっぱりあのことも、誤魔化して伝えておくか……。


「分かってる。基本無いから安心してくれれば良いし、あってもそれは俺が全部対処するから、サヤは俺の腕に捕まっておいてくれれば良い。

 あと、俺が多分……かなり意味不明なことを色々喋ると思うけど、その内容も、気にしなくて良い。

 関係者なら良いのだけどね、それ以外の人にはできるだけ気安く接してほしくない。だから、牽制として貴族らしく振舞うってだけのことだから。

 ただちょっとその……サヤにベタベタ触るかもしれない。

 恋人を演じる以上必要なことで、極力、無いように努めるから……」

「……あの、それは演技やのうて、ホンマやし……そないに気にせんで、ええよ?」


 必死の言い訳に見えたのかもしれない。

 サヤがそんな風に、言葉を遮ってくれた。嬉しくもあり、なんか情けない気もする……。一応、有難うとお礼を伝えておいた。


「あの、腕に捕まるて、エスコートするいうこと?」

「エスコートって?」

「えーっと……なんやろ……引率? 牽引? 適当な言葉が、思いつかへんのやけど……」

「あー、とりあえず、俺が左腕をこうやってるから、この肘のあたりに手をかけててくれたら、まあだいたい大丈夫だよ。もしくは掌を差し出すから、その時は手を乗せてくれたら良い。

 あ、そうだ。言葉で気持ち悪いって言えない場合もあるよな……んー……俺の後ろに隠れてくれたら、それを合図ってことにしようか」


 そんな風に約束事を決め、俺たちの馴れ初め設定を確認したりしつつ過ごしていたら、コンコンと扉が叩かれた。


「時間です。会場へ向かいましょう」


 こちらも礼服のハインに促された。

 本日の彼は、深い藍色の上下に薄灰色の短衣。腰帯が髪色に似た青色だ。あまり目立たないよう、あえて地味な配色でまとめられている。……より怖く見えるとも言う。

 前髪を一部後ろに撫でつけられており、黄金色の瞳と眉間のシワがしっかり見える。その怖い顔が分かりやすく晒されていた。

 ……ルーシーだろうなぁ……怖がりもせずこんなことするのだから、彼女も結構な女傑だ。


「マルは留守を守る使用人に任せてあります。

 ルーシーとギルは、別の馬車で先に向かいました」

「ああ、じゃあ俺たちも行こうか」


 サヤを促し、左腕を腰にやって待つと、暫くキョトンとされた。

 ここだよと場所を示すと、慌ててやってきて、おずおずと右手を肘のあたりに回してくる。


「お、落ち着かへん……」

「すぐに慣れるよ。もう少しこちらに寄って歩こうか。離れてると逆に歩きにくいから」


 恥ずかしそうに身を寄せる姿がもう可愛くて仕方がない。

 こんな時であるのに、口元が緩みそうになる。それを必死で引き締めて、視線を前に、足を進めた。

 …………。

 ……しまった。

 身を寄せるとサヤの身体が腕に当たる……これは、俺にも相当な、苦行になりそうだ……。



 ◆



 祝賀会会場は、商業会館の大広間だった。

 三階にあり、警備の面でもやりやすいため選ばれた。大きな露台にはいくつか机や椅子が配置され、衝立でゆるく仕切られている。俺たちがここを使うことは無いだろうけれどと、内心思いつつ、横目で確認だけしておいた。

 広場の屋台も只今片付けられており、後で出店した職人らもここに集う予定。昼間の祭りの打ち上げも兼ねているわけだ。


 まずはそのまま控室に通される。

 主賓となる為、あとで登場することになる。暫くここで待機だ。

 通過した会場にはちらほら知人の姿もあり、手を振る程度の軽い挨拶をしておいた。

 居合わせたギルに、早く控室に行けと身振りで追い払われたためでもある。

 どうやら、俺目当ての望まぬ客も、すでに幾人かいるようだった。


「御子息様、何か不都合はございませんか」


 控室でのんびりしていると、商業組合長のレブロンが様子見がてら、挨拶にやってきた。

 不都合は特にないよと伝え、マルに無理をさせたことを詫びると、あれはマルの独断ですからとレブロン。


「いつものことですから、お気になさらず。

 むしろ今回は、ウーヴェにきちんと引き継ぎを済ませてありましたから、通常より問題無いくらいでしたよ」


 はっはと笑われ、普段から苦労かけてたんだろうなと、ちょっと申し訳なく思った。

 マルは確かに有能なんだけど……ほんと、奇行に走るのが唐突だからな。


「まあ、それよりも、まずお耳に入れておきたい件がございまして、こうしてご挨拶がてら、お邪魔させて頂いたのですが……。

 御子息様が、これから起こそうとなされております事業に興味があるという商人や職人が、今日は多数出席しております。あとそのぅ……?」


 そこで、この女性は? と、サヤを見て訝しげな顔をする。


「レブロンも、前に大店会議で顔を合わせたろう? 私付きの給仕係をさせていたのを、おぼえていないか? カメリアという。今はバート商会で専属意匠師をしている」


 そう言うと、ああっ。と、思った様子だ。

 ぺこりとお辞儀をするサヤに会釈を返して、ちらりと俺を見る。


「……本日は夜会であるからね。だが私にはもう、時が来れば手折ると決めた華があるから、蝶は望まないんだ」

「左様でしたか」


 ニッコリと、レブロンが微笑む。


「でしたら、これはお伝えすべくもありませんね。

 話の通じる相手にはそれとなく伝えておきます」

「そうしておいてもらえると助かる」

「しかし……今までそのような話は、耳にしておりませんでしたのに」

「伏せていたからね。マルにも手を借りていた。

私の貴冑(きちゅう)の華は、幼き頃より私の(かたわら)にあったのだけど……私の都合で、一度手を離すしかなかったから……。やっと今年、こうして再び、手元に戻った。やっとね」

「王都にいた頃よりの(えにし)でしたか」

「ああ、ほんの小さな蕾の頃からね。私の心魂(しんこん)を捧げる、唯一の華だ。心を許せる者にしか託しはしない」

「心得ました」


 レブロンは王都にて勤めていた経験があるという。

 俺の言葉に問題なくついてくるところをみると、結構な大店で貴族相手の商いに携わっていたことがあるのだろう。

 まあこれで、多少は捌く人数が減ったかな。

 事情は了解したといった様子のレブロンが、念の為にと、参加者の名簿と、簡単な職種の説明、同行者の年齢や容姿、推測できる目的を書き込まれた書類を渡してくれた。

 これが有ると無しでは大違いだ。礼を言って受け取る。危険度の高そうなものは頭に叩き込んでおくことにしよう。


 レブロンが退室すると、サヤがほぅ……と、溜息を吐きつつ。


「貴族の喋り方って……難解なんですね。レブロンさん、凄いです」


 ……この様子は全く意味を理解していないな。

 そのことに内心でほっと息を吐きつつ「回りくどいだけだよ」と、言っておく。

 サヤの横で、ほんと回りくどい。と、顔で言ってるハインには、絶対意味をサヤに教えるなよ。と、仕草で釘を刺しておいた。多分注意しておかなかったら、こいつは躊躇せず口にする。

 演技込みとはいえ、相当な言葉を口にしていると自覚しているため、俺も表情を取り繕うので精一杯だ。


「サヤ、悪いのだけど、温かいお茶が欲しい」

「はい、頂いて来ますね」


 控室をサヤが去ると、俺は椅子にだらしなく身を投げ出した。顔が火照る。恥ずかしいっ、サヤがいる場所であんな言葉を……っ。


「結構なことを口走りましたね……」

「演技だよ! お前間違っても、サヤに意味を言うな⁉︎」

「さっきも聞きました」

「何回でも注意しておきたい心境なんだよ!」


 間違っても言葉をそのまま俺の考えていることだとは思って欲しくない!

 いや、考えてないわけじゃなく……責任としてそれは……だけどまだ早いから! 全然急いでないから! 俺もサヤも成人してないんだから考えなくて良いんだから!


 一生懸命自分に言い聞かせ、サヤが戻るまでに顔の火照りと動悸を治めることに心血を注いだ。

 だけど頭の中では、自分の吐いた言葉がぐるぐる回る。うあああぁぁぁ。忘れろ俺!


 |時が来れば手折ると決めた華があるから、蝶は望まない《セイジンしたらダくときめたオンナがいるからホカにキョウミはない》


 |私の貴冑の華は、幼き頃より私の傍かたわらにあった《コウキなうまれのオンナだ。ムカシからオレのものだ》


 |ほんの小さな蕾の頃からね。私の心魂を捧げる、唯一の華だ。心を許せる者にしか託しはしない《オレのためにミサオをたててくれてる、オレのタマシイほどにタイセツなアイテだから、テをダすなよ》


 意味を知られたら俺、真面目に悶死するかもしれない……っ!

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