魂を捧げる
夕刻前に、サヤとルーシーは無事戻った。
買い物を堪能し、昼食も外食を楽しみ、甘味屋にも立ち寄ったと言い、ルーシーはホクホクだ。
サヤも気分転換になった様子で、ニコニコと笑顔だ。
夕食までの時間を、応接室でくつろぎつつ、報告を聞くことにした。
「美しい装飾品が、沢山あったんです。
私の世界のと違って、全部手製なのに、すごく細やかで、細部まで作りこまれてて……。
指輪とネックレスを購入したのですけど、髪飾りが蝶なので、花の意匠にしてみたんです。
イヤリングが見当たらなくて……不思議だったんですけど、成人した人しか身に付けないんですね」
「イヤリング……?って?あとネックレスは首飾りであってる?」
「あっ、はい。ネックレスは、首飾りです。イヤリングは……耳飾り?
私の国では、ピアスとか、イヤーカフスとか、色々種類があるのですけど」
「あー……うん。あれは基本、成人した貴族の装飾品……だな」
正確には違うけれど、サヤにこれを言うのは酷だろう。ちょっと色々、アレだし。
ちらりとルーシーに視線をやると、この話題に視線を泳がせている。
彼女も、サヤにこれをそのまま伝えるのは考えものだと思ったらしい。良い判断だ。と、視線で礼を述べておくと、ホッとした顔になった。
うん……まあ……折を見て、また説明しておこう。そんな機会があれば、だけど。
「それで、その……ちょっと、思いついたことが、あるのですけど……」
「うん?」
「私は意匠師で、意匠師は素性を伏せた方が多いと聞いてます。
今回の祝賀会、私はレイシール様の護衛を兼ねて、できるだけ近くにいるようにって言われましたけど……カメリアに扮しているといえど、あまり顔を晒すと、私だって分かりやすいと思うんです」
それは……そう、だな……。
実際、祝賀会には関係者が多く出席するだろう。
サヤがあの大人の女性に扮したとしても、やはり顔を晒せば、幾人か気付いてしまいそうだ。
最悪、護衛を兼ねてサヤがまた女装してくれているのだと言い張る手もあるが、あの麗しさだ……正直、女性だとバレる可能性がとても高いと思えた。
「それでですね、私の世界では、トークハットと呼ばれるものがありまして」
「トークハット?」
「はい、ヴェールのついた帽子です。
この世界の人、帽子をかぶっているのを見たことがないのですけど、もしかして、帽子、ありませんか?」
「いや、あるにはあるな……」
あるにはあるが……あまり利用している者を見たことが、ない。異国の衣装だしな。
それを伝えると、うーん……と、サヤが少し悩みだす。
「なら、目じゃなくて、口? フェイスヴェール……? レースマスクもありかも……」
「サヤ……それらは、どういったものなんだ?」
どんなものか想像ができないとなんともいえない。
そう思って聞いたら、あっと、我に帰る。
「描きますね。ちょっと待ってください」
口では説明しにくいと思ったらしく、サヤがワドにお願いして、執務机を利用させてもらうこととなった。
「えっと、トークハットというのは、ヴェールのついた帽子です。
ヴェールというのは、紗や絽のような、透ける布地ですね。
帽子にそのヴェールが取り付けてあって、頭から垂らします。それで、顔をほんのり隠す装飾品なんです」
頭だけの輪郭を描いたサヤが、それにトークハットというものを被せた絵を描く。成る程……帽子から垂れた布地で、顔を隠すのだそうだ。
長さは、鼻までのもの、顎までのものと、数種類ある様子だ。
「フェイスヴェールは、反対に、顔の鼻から下を隠す道具です。
レースマスクは、レースの布で目元だけを隠すものですね。
どちらも、頭の後ろで括って使いますが、耳にかけても良いかと」
それぞれを輪郭のみの頭に描いていく。
いつの間にやらギルとルーシーも来ていて、サヤの手元をじっと見据えていた。
「全て女性の装飾品です。
口元は異母様が扇で隠されていたのを見たことがあります。
これだと、両手が空けられますし、顔の半分が分からないので、結構誤魔化せると思うんです」
「はい! 私、このレースマスクが好きです!」
「俺はフェイスヴェールかな……。艶っぽい」
「帽子はあまり流行ってないしな……こんなに小さいと、すぐに落ちてしまいそうだ」
「あっ、ピンとかもないんでした。じゃあ、帽子は難しいですね……」
とりあえず作ってみるかという話になった。
なにせ小さな布だ。あっという間に出来上がるらしい。
ルーシーが素晴らしくやる気を発揮して、チクチクと縫い上げていく。サヤもその横で、同じく製作するようだ。手早いな……。
「サヤさん、この部分はどうなってるんですか?」
「布を細く切って、巻くようにしてまとめると、花の形が出来上がるんです。それを縫い付けてあって……」
「ああっ、それでこんなに立体的⁉︎すごい!」
さして時間をかけず、夕食までの時間で作り上げてしまった。
帽子は保留となり、レースマスクとフェイスヴェールを、それぞれ、サヤと、ルーシーが身に付ける。
「視界は案外良好ですね!」
「陽除け外套と変わりませんから。如何ですか?」
「結構良いな。刺繍とか入れて、もう少し顔を隠しても良いな」
「だけどこれ……なんか……」
妖艶……じゃないか?
「うん。色っぽい」
ギルはいたく気に入った様子だ。
顔の露出をおさえているはずなのに、何故かこう……そそられるものがあるというか……。妙にその……うううぅぅ。
「えー? そうですか? かっこいいとは思いますけど」
ルーシーには分からないらしい。ハインも全然気にした様子がない。
あれ? 俺とギルだけ?
「まあ、良いんじゃないか? 俺はこれは、いけると思う。貴族でも、扇の代用品として売り出せば、案外売れるんじゃないか?」
「そう思います!私これ好きです!叔父様、サヤさんだけじゃあ目立っちゃうから、祝賀会、私もこれ使うわ!」
「叔父はやめろ。けど良いな。うん。知り合いの女性陣にも勧めてみるか……。顔を伏せておきたいご婦人は多いだろうしな」
そんなわけで、このレースマスクとフェイスヴェールは採用となった。
採用となったが……なにせ名前が、覚えにくい……。
「女性用の面覆いで良いんじゃないか?顔全般を隠す装飾品をそう呼ぼう」
男性の場合、鎧兜に面覆いが付いている場合があるが、女性用というものは存在しない。
というわけで、面覆いが採用となった。
◆
夕食後。俺はサヤを呼んだ。
屋敷の三階廊下、突き当たりにある露台。空は冴え渡り、濃い闇の中に、綺麗な丸い桃色の月が輝いていて、少し明るい。
ハインは只今就寝準備として、部屋を整えてくれている。
少しサヤと話をするからと、時間を作ってもらっていた。
艶やかな黒髪に戻ったサヤは、髪を下ろしたまま、少し緊張した面持ちでやって来た。
湯浴みも済ませているため、お互い夜着の上に、羽織を纏った状態だ。
どこか怒っている風なのは、また俺が、恋人をやめようという話をするのではと、警戒しているのだろう。
「そこに座って」
露台に置かれた椅子。
そこを指差す。
無言でやって来て座ったサヤの前に、俺は立った。
「まずはさ……謝ろうと思って」
そう口にすると、意味がわからないのか、キョトンとした顔。
そんなサヤに俺は、まず深く頭を下げた。
「色々、ごめん……。まずサヤに、故郷を返してあげられないこと。
それから、自分でそれを捨てるなんて、言わせてしまったこと。
そして……恋人になるってサヤの決意を、踏みにじったこと」
そうしておいてから、片膝をついた。
「もう一度、やり直させて、もらえるだろうか。
サヤの両手を、俺に貸してくれる?」
そう聞くと、怪訝そうにしていたサヤの顔が、一気に赤く染まった。
両手を貸すというものの先に、何があるのかを、察したからだと思う。
俺もそんなサヤの様子に、少々居心地悪い思いをする。顔が熱いから、俺もきっと、赤くなってるんだろうな……。
「や、りなおす?」
「ああ、やり直す。もう一度サヤに、魂を捧げる。良いだろうか」
「なんで?」
「俺の覚悟が、足りなかったと、思うからだよ」
ギルと話をした後、サヤが帰るまでの時間を、ひたすら考えた。
俺はどうすべきなのか。
サヤの言葉を、どう、受け止めるべきなのか。
サヤは、俺のために心を固めてくれたのだ。こんな俺を選んで、横に立つと、言ってくれた。
ずっと一緒にいたのだ。俺の全てを、彼女は見てきてる。どうしようもない部分も、全部サヤに晒してきた。なのに……俺の横に立つことを、彼女は選んでくれたのだ。
どう考えたって、利点なんて無い……。なのに、俺を、彼女は選んだ。
そして、少しだけで良いと言った俺に、彼女は全てを捨てるという選択をしたのだ。
そんな彼女に、俺はどうやって報いれば良いのだろうか。
俺が個人の裁量でどうこうできる範囲には、サヤに支払える対価なんて、ありはしなかった。この世界中を探したって、きっとない。それだけの価値があるものなんて……。
「ほんの少しだけ、サヤの心を欲しいと、俺は言ったろう?
なのにサヤは、全部を俺に、くれるんだよな……。
それじゃあ、割に合わない。そう思ったから、やり直す。良いだろうか」
「……じゃあ、もう、やめるって、言わへん?」
「それも、今から言うよ」
瞳を見据えて言うと、サヤは居住まいを正した。
そうして、恥ずかしそうに視線を少し、逸らし……それでも両手を、差し出してくれた。あの時のように、手のひらを上に。
それを受け取って唇を落とす。次は、手の甲を上に。もう一度。
「俺の魂と、この生涯は、サヤに捧げる」
「……生涯?」
「そう」
俺の裁量で与えられる、唯一のもの。それが魂だった。
だから俺の生涯は、本当は、俺が好きにして良いものじゃない。
貴族である以上、立場が優先されることもあるだろう。
だから本当は、こんな約束は、してはいけないんだ……。
「サヤは、この世界にただ一人、異界から来た、唯一の存在だ。
サヤは孤独だ。きっと、それを重く感じてる時も、あるんだろうね……」
そう言うと、俺の手に載せられたサヤの手が、キュッと拳を作った。
孤独は、重い。それも俺は、よく知ってる……。
「だからね……。
俺だけは、何があっても、サヤを一番にする。
何を捨てても、サヤを選ぶ。俺だけは、サヤが失くさないものになる。
サヤから全てを奪う俺だから……全然、足りないかもしれないけど……俺を全部、サヤに捧げる」
全てを捨ててでもサヤを選ぶ。
サヤはそれを選んで、俺の横にいてくれるのだから。同じことを、俺もする。
たとえそれが、国を敵に回すことでもだ。
「サヤがそれを受け入れてくれるなら、一緒に……幸せにならないか。
どんな形になるか、分からない……俺みたいなごちゃついた立場の人間じゃ、サヤに苦労させるだけかもしれない。
だけど……努力、するよ。
サヤが、つつがなく幸せに、暮らせるよう、幸せだって、思えるよう。
サヤの人生で、俺の隣が、第二の故郷になるよう、頑張るか……」
最後まで言い終われなかった。
なぜかサヤが、急に俺の首に組み付いてきたのだ。
勢いがありすぎて、後ろに尻餅をついた。なんとか手をついて体を支えたから、後頭部強打は免れたが、ちょっとヒヤッとした。
「サヤ……?」
「……もう、聞いたしな。無かったことには、しいひん」
「うん」
「もう、私はレイの恋人や」
「うん……俺なんかで、ほんと良いのかなって、思うけど……」
「レイが良い」
心臓を掴んで揺さぶられた心地。
サヤの言葉で、俺が選ばれた。
耳元で囁かれたその言葉が、ものすごい攻撃力だ。
本当に、俺なんだ……。俺で、良いんだ…………。あり得ないと思っていたことが、何故か目の前に……今、俺の首に、両腕を回してる……。
「だけどサヤ、一つだけ約束してくれ。
お願いだから、いなくならないで……。
自分を守ることを、最優先にしてほしい。サヤを失ったら、俺は、生きる意味も失くしてしまうんだ」
この手に掴むと決めた。だけどそれは、俺にとってとんでもなく恐怖を感じる行為だ。
だって俺は、何かを掴もうとする度に、それを失くしてきた。
今ここでサヤに手を出して、もしサヤに……なにか、あれば…………俺はもう……。
「大袈裟や……。けど、私かて一緒や。
レイを失うたら、私がここにおる意味も、のうなってしまう。
せやからレイも、自分を守ること最優先。自分を、大切にしてくれな、あかん」
耳元で囁かれる言葉が、まるで俺の耳から身体中に染み渡るようで……。
込み上げてきそうになる涙を誤魔化すために、サヤの背中に腕を回して抱きしめた。
どうしようもない多幸感とともに、恐怖がせり上がってくる。
間違ってしまったという気持ちが、胸を圧迫して、叫びそうになる。
それと同時に、今度こそ……今度こそは失わないと、強く決意した。
うわぁ、くっついたよ……。ずっとくっつかないかと思ってたよこの二人……。
とりあえずはハッピーではないかと思うところまで持ってこれました。しばらくアレですね、蜜月?……蜜月?あるのかこの二人に……?そもそもレイ、ハッピーなはずなのに恐れ慄いてるという……。
とりあえず有り得ないはずであったことが起こりましたので、今後に影響してくると思われます。またこれに拘ってリクエストに行き着けなかったな……ら、来週こそは!
というわけで、ちょっとお正月挟むので執筆時間に影響があるかもしれませんが、来週金曜日も同じく八時周辺でお会いできたらと思います。またお会いできたら嬉しいです。
では、
今年一年、ありがとうございました!良いお年をお迎え下さい!




