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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
154/515

選択

 翌日、女性陣は朝から外出となった。まあ、引きこもりが必要なのは俺だけだからな。


「じゃあ、夕刻までには戻るわっ!」

「絶対女だけになるなよ⁉︎ 勝手に一人で先々行くなよ、分かってんな⁉︎」

「ふふふ〜〜、分かってるから大丈夫っ」

「全然信用できねぇぞお前のその顔!」


 超ご機嫌なルーシーは、ひらひらと手を振って軽い足取りで部屋を後にした。

 それをくすくすと笑いながら、サヤが追い、ハインも続く。


「気を付けておきますから」

「お前もだ阿呆。もう流血沙汰とか本当に勘弁してくれ」

「う……。分かってますから、大丈夫です」

「ハイン……お前、マジで頼むぞ⁉︎」

「心配しすぎると毛が抜けますよ」

「好きで心配してんじゃねぇよ⁉︎ お前ら普段の自分をちゃんと思い返して反省しろ!」


 紫紺の髪で、女性の装いのサヤ。昨日の完璧な化粧ではなく、本日はほんのりと装う程度のものがほどこされている。

 おかげで俺もサヤを見てられる。

 何年後かに、サヤがああなるのだとしたら、正直どうして良いやらって思うけれど。


 俺の視線に気づいたサヤが、少し居心地悪そうに視線をうつむけ「行ってまいります」と、言うから、なんとなく意識してしまって、俺も「行ってらっしゃい」が少々小声になってしまった。

 違和感はなかったろうか……? ハインを見るも、特になんの反応も示していなかったから、まあ大丈夫なのだろうと結論を出す。


 それにしても……珍しいこともあるもんだ。

 サヤとルーシーは、祝賀会準備の一環として、女性用の装飾品を吟味しに行くこととなったのだが、護衛と虫除けを兼ねて、ハインが同行するのだ。

 俺から離れないことで定評のあるハインだから、ダメ元でお願いしたのだが、何故かあっさり了解が得られたのだ。

 当然一人ではなく、バート商会の使用人からも、体格の良い者たちが数人同行するのだが。

 まあ……前回、ルーシーとサヤで出かけさせたら、サヤが流血して戻って来る事態となった。流石のハインも、店でのんびりしている俺より、サヤたちを見ておく方が良いと判断したようだ。


 三人を見送って、それなりに時間を空けてから、サヤにもう声が届かないであろうと判断したギルが、キロリと俺を睨む。


「……お前、サヤと何があった」

「……なんで俺と何かあったって確定してるんだよ」


 むくれて言い返すと、まあ座れ。と、長椅子に促された。

 静かにやって来たワドが、俺たちの前にそっとお茶用意し、また壁際に戻る。

 そのお茶をさっそく一口すすってから、ギルはおもむろに口を開いた。


「あの様子見て、何も思わねぇ奴がいんのかよ」


 いるな。ハインとか。

 だが、まぜっ返したって多分誤魔化されてはくれないだろう。

 渋面になった俺に、ギルは何やらニヤついた顔をする。


「……なんだよ」

「お前、分かってんのか?

 今日のあいつ、綺麗だよ。明らかに、人の目を意識して装ってる」


 化粧だって、衣装の色合わせだって、随分気を使ってると言った。

 ギルが、サヤを綺麗だと言う。そのことに、胸の奥が疼く。昨日の明らかに狼狽していた姿を思い出し、サヤを見てほしくないという衝動が、喉元まで出かかっていた。

 そんな俺の心情など気付かぬ様子で、ギルは言葉を続ける。


「昨日だって、あいつはお前のために着飾ったんだぞ?

 ここに初めて来た時は、礼服着ただけで体調崩すくらい拒否してやがった奴が、人の目を意識して自分を飾ったんだ。

 最後の方はアレだったが……アレだってお前のための行動だよな?

 万が一の場合は、ああしてでもお前を守るって気持ちの表れなわけだ。

 さあ、吐け。何があった。それとも……俺に言わせたいのか?」


 女絡みで俺を誤魔化せるだなんて、思ってないよな?と、腕を組んでニマニマ笑われ、そんな楽しいもんじゃない……と、俺は溜息を吐いた。


「……正直どうしていいか困ってる……」


 サヤが選ぼうとする馬鹿な選択肢を、どうやって思いとどまらせれば良いのか、困ってる。

 俺の顔色を見て、あまり期待した展開じゃないぞと気付いたのか、ギルが笑みを引っ込めた。


「……なんか問題ありみたいだな。洗いざらい話せ」


 姫様の顛末は、手紙でも伝えたし、マルからも聞いたとのことで、農法の研究を始めるあたりから、話すこととなった。

 恥ずかしいったらない……。なんで俺、こんなことまで洗いざらいギルに話さなきゃならないんだ?

 そんな気持ちも少なからずあったのだが、結局女性経験も圧倒的に多いのはギルで……もうなんでも良いから縋りたかった俺には、ギルに相談する以外の選択肢が無かった……。

 一通り話し終えると、羞恥と疲労が限界だ。

 うううぅぅぅ、恥ずかしかった……。ワドがずっと微笑ましそうにこっち見てるし……ていうかいつもは気にならないワドの視線なのに、なんか凄い気になった……。

 腕組みして話を聞いていたギルなのだが、俺が口を噤むと茶に手を伸ばし、一気にあおる。

 それを小机に戻してから、おもむろに口を開いた。


「まずサヤを代弁して、お前に言うことがある」


 話しているうちに、ギルが何かイライラとしているのは感じていた。

 だから覚悟をして首肯すると。


「馬鹿はお前だ馬鹿」


 そう言って、頭に拳を振り下ろされた。やっぱりそうなるのか……。


「俺は、真っ当なこと言ってると思うんだけど⁉︎」

「はん、どの辺を真っ当だなんて言えるんだか。

 まず間違ってんのはな、お前が、サヤの覚悟を相当軽く見積もってるってことだ」


 眉間を揉み解しながらギルが、馬鹿だほんと……と、しみじみ言うものだから、そんなにおかしいのだろうかと不安になってしまう。


「ま、正直びっくりしたけどな……。サヤがそんなこと、自分から口にするとは……。

 …………どんだけお前がヘタレかってことでもあるんだけどな」

「悪かったな……」

「悪いと思ってんなら、今後サヤに恋人をやめようなんて馬鹿を言うんじゃねぇぞ」

「そこはやめたら駄目だろ⁉︎サヤを苦しませることになるんだぞ⁉︎」


 俺が認めるってことは、サヤに故郷を諦めさせるってことなんだぞ⁉︎

 慌ててそう食ってかかったのだが、ギルは真面目な顔で、俺を突っぱねる。


「…………それは前に、俺も言ったよな?

 故郷への帰り方を見つけられる可能性は、サヤが言う通りだと思うぞ。

 あいつの方が俺たちよりその現実を、しっかり理解しちまってたみたいだけどな。

 帰り方を探すのは、無理だ。来た場所にすら、なんの手がかりもないんじゃ……な」

「だからって!」

「まだ自覚してねぇのかよ?

 お前はサヤに、自分でその決断を、させたんだ。

 言っただろ?区切りを付けろと。帰り方を探す期限を設けろってな。

 お前、それをしなかったな?

 だからサヤは、自ら区切りをつけたんだ」


 淡々とそう言われ、言葉が無かった。

 サヤは、こんなどうしようもないことに時間を割くなと、俺に言った。

 彼女はきっと、ずっとその可能性を考えてきた。そして、あの結論を出したのだろう。だけど……!


「諦めるなんてそんな……」

「それも前に、言ったはずだ。

 諦めないことが、希望とは限らないんだって……。

 帰れないのだと、はっきりさせてやることも必要なんだよ。

 ……まあ、お前はそんな風に考えられないだろうとは思う。どうせサヤを引き込んだ負い目みたいなもんも、ずっとあるんだろ?

 だからあいつは……自分でその決断を、下したんだ……。お前の負担にならないように」

「……俺の、負担……」

「お前はいつまでだって、それを探すつもりだろうって、サヤに読まれてんだよ」


 そう指摘され、もう顔を上げていられなかった……。

 結局いつも、俺は間違う……。

 サヤの為にと思うことが、余計彼女を、苦しめる……。

 だけど、それでも諦めるべきだとは、思えない。俺がそれを辞めていい理由にはならない。

 でも……そのことが、サヤを、苦しめるなら、俺は、どうすれば……。

 打ちのめされている俺に、ギルはまた一つ、溜息を吐いた。


「……お前の間違いの一つ目はそれ。

 次は二つ目だ。……お前、サヤがなんか使命感でも燃やして、お前の恋人をするなんて言い出したと思ってんのか?サヤだぞ?そんなわけねぇだろ。

 あいつはいつだって、自分の行動の意味を考えてる。結果だって、考えてるよ。

 あいつは俺たちが思っている以上に、ずっと深く、受け止めてる。

 誰かになんか言われたからなんて理由で、お前の横に立つなんて言わない。

 あいつはちゃんと……理解してるよ。自分が何をしてんのかを。

 だから……お前ももう、自覚すべきなんだと思う」


 ふぅ……と、重い息を吐く。

 そして、言いにくそうに、ガリガリと頭を掻いた。

 渋面で、暫く言葉を探すように、口を閉ざしたけれど、最後に諦めた。


「お前…………サヤで自慰したことあるか?」


 ………………⁉︎

 何を言いだすんだ⁉︎


「あの乳や尻を撫でさすりたいとか、服をひん剥きたいとか、唇にむしゃぶりつきたいとか、そういった欲求は?」

「ふっざけるな!って、前も言ったよな⁉︎

 まさかサヤでそんなこと考えたりしてたのか⁉︎ サヤは雰囲気だって読んでくるんだぞ⁉︎

 それくらい敏感になるような、恐ろしい体験をしてんのに、お前ーーっ⁉︎」

「はい、それな。

 つまりお前は、そういったこと全般を、サヤ使って致してねぇんだな?

 正直どんな頭の構造になりゃそうできるんだか、俺にはさっぱり分からんが。

 …………サヤがお前を怖がらずにすんでんのは、多分それだ」

「…………は?」


 気付けばギルの胸ぐらを左手で掴んでいた。

 もう少し、続く言葉が遅かったら、殴っていたかもしれない。右手が、拳を握っていた。

 そんな俺にされるがままになっていたギルが、そのまま静かに言葉を続ける。


「学舎にいた頃から、お前は……無意識なんだろうが、相手の考えを読んで行動する節があった。

 お前自身が自覚してない部分でもそうなんだろうな……。

 だから多分、お前はサヤにもそれをしてる。

 あいつが『女を見る目』って、表現してたのは、多分それだ。

 男女で致すこと全般が、多分あいつには負担で、想像の上で弄ばれんのも、苦痛なんだろうと思う。目や意識で犯されるのを、あいつも読んじまうんだろ。

 そんでお前は、あいつのそういう言葉にしない要求も無意識に汲み取って、全く考えないようにしていたんだろってこと」


 もう一度、ギルは重たい溜息を吐いた。

 そして、少し逡巡した後。


「……似た話を、知ってる……。

 王都の友人に……妻を、貴族に辱められたって奴がいてな……。

 そういう経験をすると……そういったことに対して、妙に鋭くなるんだとよ。

 サヤが……何をどこまで経験してんのかは、知らねぇが……あながち、外れちゃいないと思う。

 つまりな、お前の恋人をやるって言ったあいつは……お前がそういうことを要求してくる覚悟も、してるってことだよ」


 そんなわけがない。

 とっさにそれを否定しようとすると、また頭を叩かれた。最後まで聞けってことらしい。


「お前の好きを、ずっと信用しなかったって言ったよな?

 他のみんなとおんなじにしか見えねぇって。

 それは、お前が好きな女を見る見方をしてないって、あいつが読んでたってことだろ。

 だけどお前は、魂を捧げた。

 だからあいつも……覚悟したんだ。自分を捧げる覚悟。

 サヤは、お前の覚悟にちゃんと、応えたんだ」

「そんなことを、望んだんじゃない‼︎」

「そうだな。お前は、自分から望まない。

 そんなお前が、サヤに気持ちが欲しいって、言ったんだ。

 その言葉の重さを、あいつはちゃんと考えたんだよ。

 サヤはな、随分と沢山の覚悟をしたんだ。

 自分の傷口を開く覚悟。

 故郷や家族を、捨てる覚悟。

 自分の一生を、お前の幸せのために、使う覚悟もだ……。

 それをお前、気の迷いみたいに言いやがって……だから馬鹿だって言った」


 ギルの言葉に、俺はただ惚けることしかできなかった。

 サヤのあの顔は……騎士のように凛々しかったあのサヤは、まさかそんな……自分を犠牲にするような覚悟を固めた、決意の顔だったなんて……。


「そんな、俺は……そんなつもりじゃ…………俺は、ただサヤの幸せを思って……、こんな選択をさせるためじゃない、俺はっ!」

「はい。三つ目だ。

 なんでサヤが、お前の横にいることが、不幸になるって決めつけてる」

「そんなの、分かってるだろ⁉︎

 俺は妾腹の二子で、人の手ばかり煩わせる半人前で、俺の傍にいるだけで命の危険すら……」

「お前の主観なんざどうだっていいんだよ」


 急に重い声音になったギルが、反対に俺の襟首を掴み、引き寄せた。


「俺が聞いてんのは、サヤを幸せにしてやる気はねぇのかってことだ」


 怒りすら孕んだ、燃える瞳で俺を睨め付ける。


「お前を幸せにできるまで、あいつはずっと頑張るんだ。

 お前がそうやって自分を貶めている限り、あいつは頑張り続けなきゃならんってことだ。

 そこ、分かってんのか。

 あいつはもう、お前の横を選んだんだ。

 ならお前しか、あいつを幸せにはしてやれない。それを、自覚しろ」


 ギルの瞳の奥に、何か、黒い感情の疼きを見た。


「あいつに捨てさせるんだ。なら、それ以上のものを与えてみせろ。

 それくらいの覚悟をしやがれ。じゃねぇと、俺だって許さねぇ」


 焼け焦げたような、何か……。それは一瞬だけのもので、すぐに奥底に沈み込んでしまって、見失う。

 そして襟首を掴んでいた手は、唐突に離された。

 俺から視線も逸らしたギルが、溜息まじりに、言葉を紡ぐ。


「それとな、決意一つで心の傷がどうこうできるとか、考えてねぇよな?

 そんなわけねぇよ……。それは、お前が一番よく分かってることだと、俺は思ってるけど。

 サヤは、覚悟は固めてんだと思うぜ。

 ただ、サヤの身体や心が、その意思に従えるとは、限らない」


 いつの間にかワドがやって来ていて、ギルに新しいお茶を用意していた。

 それをまた、ギルは口にする。

 苦いものを飲み込むみたいに、一瞬だけ口元が歪んで、何事もなかったかのように、普段通りの表情を取り戻す。


「だけどな。ただサヤの望み通りに、傷口を見ないふりしてたんじゃ、やっぱ駄目なんだ。

 それじゃあいつだって、幸せになれねぇ……。

 だってそうだろ?

 本来あれは、そんな、苦しむようなもんじゃないんだ……。

 愛する相手との愛を、育むための、行為だろ?」


 幸せになるための手段を、ずっと怖がってるなんて、そんなの可哀想だ……。と、ギルは呟くように言った。


「サヤの想い人……カナくんっつったか。

 そいつは多分、あいつに付き合いきれなかったんだろう。

 サヤは、絶対に受け入れようとしたはずだ。あいつはいつだって、挑むもんな。

 けど、上手くいかなかった……気持ちに身体が、ついてこなかったんだろう。

 サヤがそれに、傷付かなかったはずないよな……。

 拒まれた方もそりゃな、傷付いたろうぜ。だけどサヤは、もっと……辛かったろう。

 お前は、そんな風になるな。

 いつか……愛を、嫌悪しないで済むようにしてやれ。

 どれだけだって、時間をかけてやれ……。

 頼むから……二人で、幸せになってくれよ」


 切望するように、ギルはそう言った。

 俺に、サヤを幸せにしてやれと。

 俺にしか、それはできないのだと。

 選ばれたのは、お前なんだと。

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