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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第六章
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呪文

 サヤの礼服脱衣事件。

 あれは遊んでいたわけではなく、いついかなる時も俺を守るために戦える服装でありたいと望んだサヤの要望に応え、あのような状態に至ったらしい。


「サヤさん腰回りが少し細身になったじゃない? それで短衣の腰回りを少し調節しようと想ってたのだけど、それなら中にもう一枚くらい着込めるのじゃないかって話になって……。

 ベルトなら腰帯の下でも邪魔にならないからって。

 それで、帯や帯締めの括り方とか工夫して、帯を外すだけで全部するりと脱げるように研究して……」


 私、頑張ったのに!

 と、頬を膨らませたルーシーが恨めしげにギルを見上げる。

 只今夕食も終え、お説教のため、応接室の長椅子だ。ルーシーとサヤを並べて座らせて、俺とギルで怒っていた。

 サヤはシュンとしているが、ルーシーは全く反省の色を見せない。むしろ頑張ったんだという主張。

 女中連中とああでもない、こうでもないと奮闘した結果、目的も達成でき、俺たちの度肝を抜いたというわけだ。


「あのな……衆人環視の中でサヤに袴を脱がせるな……。いくら下に履いていようともだ!

 良くねぇ発想するやつは山といやがるんだぞ⁉︎」


 俺も必死で首肯した。

 あれは本当に、駄目だ。ただでさえ麗しい姿で絶対に注目を集めてる、なのに、袴を人前で脱ぐだなんて! そもそも脱ぐだなんて‼︎ それが大問題だって気付いて⁉︎


「まあ、念の為細袴は着用しておき、何かあれば木陰で脱げば問題無いということです」

「混ぜっ返すなハイン⁉︎ 俺の話ちゃんと聞いてたのかお前の耳は⁉︎」

「聞いてましたが? それに見えないのですから、細袴を履いておくこと自体は問題にもならないでしょう。

 むしろその方が、サヤの情緒が安定するんじゃないですか? 脱がされても見えない安心感で」


 ハインがなんか凄いこと言ってるよ⁉︎

 脱がされないの大前提にしてくれないかな⁉︎

 あああぁぁもう、こんな話したくないのに、説教するにしたってあの姿が脳裏にがっつり焼き付いてるんだよ! 思い出すんだよ‼︎ いつまで経っても全然記憶が薄れてこないじゃないか⁉︎


「もういい、もう分かった……細袴くらい好きに履いとけ……。

 だけど絶対に! 人前で脱ぐな⁉︎」

「隠れて脱ぐ分にはお許しが出ましたよ。良かったですね」


 結局いつもの如く、言葉の揚げ足を取り、ギルを翻弄して勝ちを捥ぎ取るハイン。

 脱力して絶望するしかない俺とギル。

 採用となってキャッキャと喜ぶルーシー。

 サヤは喜んで良いのかな? と、困っている様子だ。


「見えない部分くらい犠牲にすれば良いのですよ。サヤの従者服でもう経験しているというのに、往生際が悪いですね」

「あれは止むに止まれぬ事情があってだろうがあああぁぁ!」

「似たようなものでしょう。今回も」


 ざっくりハインにはあれもこれも似たようなものらしい。

 本当に頓着しないにも程がある。だけどもうこのやり取りを続けているのも辛くて流してしまうことにした。

 うん、袴の下に何履いてたって、別に困らない……うん。困らない、困らない。

 そんな感じで、サヤの女装には秘密が増えた。


「もうその話はいい! それよりも祝賀会の話だ。

 マルにざっくりとした話は聞いてるから、説明するぞ」


 匙を投げたギルがそう言って指示を飛ばすと、ワドがそれぞれの前にお茶を用意する。

 そしてメバックの商業広場と思われる見取り図を小机の中心に広げた。……うん?なんでこんなものが必要なんだ?


「とりあえず祭りにするらしい。

 一日商業広場全区画を貸し切る。とはいえ、屋台なんかを締め出すってわけじゃねぇ。

 この一日を、拠点村への参戦交渉席にするんだとよ」


 参戦交渉席?

 聞き馴染みのない言葉に首を傾げる俺たち。

 その様子にギルは、まあそうだよなと、溜息を吐く。


「なんかな、村全体を一つの商店にするっつって、今その準備とやらにウーヴェも駆り出されているらしいんだ。

 一応店主がそのウーヴェな。

 サヤの仮姿を含め、大量に兇手を雇うんだろう? だから、条件に沿った人間のみを選別して入村許可を出すんだと言ってた。

 言ってる意味分かるか?」

「分かんないんだけど……」

「マジかぁ……お前多少聞いてねぇのかよ、俺も分かんねぇから聞こうと思ってたのに」


 だってまず、兇手のみんなを雇えるかどうかから分からない。まだ胡桃さんに交渉を持ちかけただけの段階だ。

 草からはなんの音沙汰もなく、その話自体が宙に浮いた状況なのだ。


「そもそも、村一つが商店って……どういう意味……」


 全く理解不能なんですよ。

 その俺の疑問に、何故かおずおずとサヤが手を挙げた。


「えっと、それ……私のせいかもしれません……。

 マルさんに、私の世界のショッピングモールとか、道の駅とか、ベンチャー企業向けのレンタルオフィスの話をしたことがあるので、それを考えてらっしゃるんじゃないかと……」


 それは一体何⁉︎ という話になった。


 サヤによると、ショッピングモールというのは、大きな建物の中に街を詰め込んだような店であるという。場合によっては、何棟かに分かれ集合住宅のように店が集まる。もうその説明が既に意味不明だ。

 道の駅というのは、乗り物だけが通る道……人が通れない道であるらしい。人が通れないのにどうやって馬車が走るのか……に、等間隔に作られた休憩所であるそうだ。食事をしたり、物産品を買ったりできるという。

 そして、一番意味不明の長い名前、ベンチャーキギョウムケノレンタルオフィス……もはや呪文だ。その三つが一体なんの関係があるのかもさっぱりだ。


「えっと、レンタルオフィスというのは、新しい事業を始める人に、小規模な店を貸すというものなんです。

 例えますと、ユミルさんやカーリンさんが店を出そうと思うと、出費がバカになりませんよね? 店一つ持つなんて、相当な金額が必要で、一生をかけて用意するようなことになっちゃうかもしれません」


 それには皆が頷いた。

 うん。店を持つというのは、相当な蓄えが必要だ。土地代、店の建築費用、領地への納税、手続き上かかる金も結構ある。

 そして思う土地が見つかるとも限らない。ギルとて、本当は商業広場に面した場所を確保したかったらしいが、まとまった面積を確保できるのは、今の場所しかなかったらしい。


「簡単に言うと、建物の中に屋台を詰め込んだ感じなんです。

 屋台は毎日出入り、入れ替わりがあります。一日置きに貸し出しですよね?

 このショッピングモールや、レンタルオフィスというのは、月や年の単位で店を比較的安く貸し出すんです。

 また、商業広場は色んな店が適当にごちゃ混ぜですけど、一階は食品関係、二階は衣料関係、みたいに分類分けされていることも多く、色々なものを一度に見れて楽しいんです」

「……似た店が集まってどうするんだ……」

「客の取り合いになるだけじゃないのか?」


 同じような店に何件も用なんてない。一軒あれば事足りと思うのだが。

 そう思って疑問を口にしたのだが……。


「え?沢山見て一番良いもの選べた方が、満足しませんか?

 例えば、私が欲しい短剣と、レイシール様が欲しい短剣、形も重さもきっと違いますよ。

 一軒の店だけ見て、その中から選ぶのだと、妥協しなければいけないかもしれないでしょう?

 だけど五軒回って、その中から選べるなら、より目的に近いものを見つけられそうじゃないですか?」


 店の商品から選ぶのじゃなく、店自体から選ぶが始まってる⁉︎

 その言葉の凶悪性に、激震が走った。


「それに、作る職人さんにだって得手不得手があるでしょう?

 短剣が得意な人、包丁が得意な人。

 短剣が欲しいお客様に、包丁が得意な職人さんが頑張るよりは、短剣が得意な職人さんを紹介した方が、顧客満足につながりますよね?」

「いや、でもな……そんなことしてたら、客を取られるだろう?」

「なんでです? そのお客様だって、次は短剣が欲しいかもしれませんよ?

 そうしたら今度は、紹介してもらえるかもしれません」

「してもらえないかもしれないだろ⁉︎」

「だけどお客様の期待に応えられない職人さんは、きっと見限られますよ。

 あの人に相談すれば必ず良い答えをくれる。それだって、立派な商品だし立派な顧客満足、信頼の獲得です。短剣の時は絶対あの人にお願いしようって、そのお客様は思うはずですよ」


 ああ。なんか、見てる時間の長さが、違う。

 今の収入ではなく、未来の収入の可能性を優先する?意味不明だ。

 呆然とサヤの話を聞くしかない俺。

 だけど俺の感覚が一般的であるはずだ。そんな話をして、その拠点村に来てくれる人が果たしているのか? そもそも、誰が包丁が得意で、誰が短剣が得意だなんてこと自体が、秘匿事項に触れている可能性が…………⁉︎


 そこまで考えた時、気付いた。

 これはまさか……秘匿情報開示が、入村の条件?

 ガウリィらとやったようなことを、村規模で、複数の職人、複数の職種でもってやろうとしているのか?

 ……いや、しかしそれだと、より人を集めにくいんじゃないのか?

 まず秘匿情報開示を促したって応じる人がいるとは思えない。

 ……はは、まさか……まさかだよなぁ、ないない。


「はぁー……まあ、分かんねぇなら仕方がない。

 とりあえずあれだ……マルを探すしかねぇな。

 とにかく、商業広場を貸し切ってなんかするのが一つ、祝賀会自体は、夜に打ち上げを兼ねて行うらしい。場所は商業会館だとよ」


 俺たちの参加は、夜からで良いらしい。

 ならば昼間はここに引きこもっておいた方が安全だな。


「祭りに参加できないのは残念だろうが、今回は極力、この店の中で大人しくしてろ。

 祝賀会まで滞在するんだろ?やっとゆっくりできる時間だ。羽を伸ばせ」


 そんな感じで、この話はマルを発見できるまで保留となった。

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