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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第一章
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ギルバート

 ギルの店は、表側が服飾店、裏側が生活の場となっている。

 つまり裏側に招かれる俺は、仕事上の付き合いではないということだ。

 ギルの家族は昔、俺にバート商会は自分の家だと思え。来るのに連絡も遠慮もいらない。部屋もあるからいつでもおいでと言った。

 親戚でもないし、利点もないのに、その待遇は優遇しすぎだと思うのだけど……有難く、そうさせてもらっている。遠慮したら押しかけられたし……。


「さっきはごめん……。もうちょっと説明しておけばよかった……」


 後ろについて来ているサヤに、小声で話しかけた。

 耳元で囁くほどの小声だが、サヤには聞こえているようだ。


「ギルとハインはいつもああなんだ。あれはじゃれ合ってるだけだから、喧嘩じゃない。

 はじめにそう伝えておけば、心配させないで良かったのに……気が回らなかった」


 俺にとっては日常で、問題点にも登らなかったんだよな。

 するとサヤから微かな呼吸の音。続いて小声で「聞いていても、びっくりしたと思います」という返事が返ってきて、どっちでも変わらなかったかと二人で小さく笑う。


 廊下をしばらく進み、階段を上る。すると奥に見えてくる大きな扉が案内される先、応接室だ。

 ギルが手を挙げると、扉の横に控えていた使用人が、さっと扉を開く。両開きの重い扉だが、軋む音一つしない。

 そのまま中に進み、全員が室内に入ると扉が閉められた。

 応接室に残った使用人はワド一人。あとはギルと、俺たちだけ。

 そこでまた俺の首に腕が伸び、抱きすくめられてしまった。

 あぁもう鬱陶(うっとう)しいな! サヤの前で子供みたいに扱うなよ!


「ギル! それはもうよせよ、さっきもやったろ!」

「そのさっきはなんだ! 貴族よろしく私とか言いやがって!」

「しょうがないだろ! こんな服装だし……お前の職場を乱したくないから……」

「てめぇその他人行儀をやめろ!

 ここはお前の家も同然だろうが、遠慮される方が気持ち悪ぃわ」


 腹立たしげにそう言われて困った。

 そうは言っても、お前にだって立場があるだろうに……。


「だっ……だってルーシーは初めて見たし……新しい使用人もいるように見えた……。

 こんな格好してるのに、分別つけないのは良くないかなって……」


 そう言うと、ギルは顔を手で覆って盛大な溜息。


「あのなぁ……。使用人の貴族教育は俺の領分だ。お前が心配することじゃない。

 お前はここに何しに来た。仕事なら表側から来るよな。そうじゃねぇなら遠慮すんな。いつも通りで良いんだ」


 ワッシワッシと俺の頭を掻き回す。サヤに整えてもらった髪がぐしゃぐしゃだ。

 その手をペイッと剥がして、俺はギルを睨んだ。ほんともうこいつは……そう思うけど口元が緩む。ギルはいつも、俺を甘やかす……。兄みたいな顔をしてくるのだ。


「それで。俺にお願いってのは?

 あっ、ハイン! お前ここに来たら仕事すんな! レイが寛げねぇだろ!」

「……上着を掛けるくらいのことで目くじらたてないで下さい」

「あいっかわらず敬語……ああもう聞き飽きた!

 お前の頭には敬語以外の言語が入る余地がねぇのか!」

「性分ですのでお気になさらず」

「顔に全然、合わねぇんだよ!」


 いつも通りのやりとりだが、サヤには刺激が強すぎるようだ。

 またオロオロし始めたので、笑って手招きしたら、急いでこっちにやって来る。


 ……ん? やっぱり気のせいじゃないな……サヤとの距離が近い。俺に慣れてきたってことか?


 俺の座る長椅子の隣を指し示すと、緊張した面持ちで座り、ギルにぺこりとお辞儀をした。


「今日は、サヤのことでお願いに来たんだよ。

 ちょっとおかしな話をすることになるんだけど……聞く?

 ギルには、どうせ誤魔化せないと思うから、全部話すつもりで来たけど……正直、耳を疑うような話なんだ」


 俺がそう前置きすると、ギルは片眉を上げ、俺とサヤを交互に見比べ。


「……聞かないって言ったらどうなる?」

「当たり障りない方の作り話をする」

「可愛くねぇな! ぜひ聞いてくださいだろうがっ。俺がお前の話信じないとでも⁉︎」

「そう言うと思うからこんな話してるんだろ」


 俺たちのやりとりをワドは微笑ましく見つめて、お茶を入れだした。

 

 

 サヤとの出会いから、ギルに話した。

 泉から出てきた異界の娘。どういった理屈か、泉の中には戻れなかった。サヤの世界とこことでは何かが違うらしく、力が強くなったり、耳が良くなったりしている。そして、帰り方を探す間、俺が保護すると決めたことをだ。


「俺としては何の問題も無いんだけど……兄上のことがある。

 だから、サヤを男装させて傍に置こうって話になってるんだけど……その準備をギルにお願いしたいんだよ」


 途中で夕食も準備され、食事をしながらの長い話だった。

 その全てをワドが取り仕切る。俺が来た時は、寛げるようにと余計な使用人は入れず、彼が一人で仕事をこなすのだ。

 ワドは……ハインの師でもある。


 今は食後のお茶の時間。俺たちは応接室に設えてある長椅子に座り、ワドは壁際に控えていた。

 話を聞き終えたギルは、ふぅ……と、大きく息を吐き、サヤを見て。


「異界の娘……ねぇ。確かに、俄には信じ難いが……」


 お前が言うんだから嘘じゃねぇだろうしなぁと、頭を掻きつつなんとか自分を納得させているよう。


「……男装の準備や、家具の手配は任せろ。

 だけどその前に……そっちで無理して雇わなくても、俺にサヤを預ける方が良いんじゃないか?」


「ぶっちゃけお前の兄貴が信用ならんし」と言って、腕を組む。

 ギルもハインも……兄上を嫌悪している。二年前の俺の怪我で、それはもう決定的になってしまった。

 確かに、兄上や異母様のことを考えると、サヤはあそこにいない方が良いと思う……。


「異界の人間だなんてことは他言しねぇし、社会常識や仕事だって教えてやる。

 ただでさえこれから忙しくなる時期に、人一人とはいえ抱える負担だってあるだろう」

「それは……」


 が、言い淀んだ俺に慌てたみたいに、サヤが口を挟んだ。


「私が、あそこに居たいんです! 泉から、離れたくありませんっ」


 懇願するように、ギルに預ける話が再熱するとでも思っているのか必死だ。


「それに……レイシール様はハインさんとたった二人でお仕事をされてます……。

 その……私では、たいして役に立たないと思うのですが、少しでもお手伝いしたいです。

 幸い、ここでの私は強いみたいなので、力仕事とか、護衛とかなら、お力になれるかなって。

 ただ、お世話になるだけなのは嫌なんです!」


 神妙な顔で、膝の上で拳を握りしめたサヤが、決意表明のように。

 その様子を見て、ギルはまた溜息を吐いた。


「そうか……。まぁここは近いって言ってもセイバーンまで半日かかるし、すぐに行ける距離じゃねぇよな……」


 長椅子に胡座をかき思案顔。男前だからどんな状態でも男前に見える……得だよなぁと思う。

 俺なんか二年ほど前まで何やっても女みたいだって言われてた。なんなんだこの差……。


「だけどな……お前ら本気で、サヤを武官に雇うのか? いくら強いって言っても女性だぞ?

 もし怪我でもして傷が残ってみろ、どう責任を取るつもりだ」


 そう言われて、言葉に詰まった。

 護衛というのは武官の仕事だ。常に身を盾として俺を守る。

 だから第一に危険と向き合うわけで、確かに女性にやらせるようなことではない。

 ……うん……考えなかった訳ではない。それはそうなんだが……。逆に言えば、武官を女性だと思う者は、まずいない。良い隠れ蓑でもあるということなんだよな。


「サヤは本当に、強いのか?」

「相当、強い」


 俺では確認できないけど、それくらいのことは分かる。


「私は瞬殺されました。貴方(ギル)も瞬殺ですよ。保証します」


 ギルの懐疑的な視線にも怯まず、ハインもお茶を啜りながら肯定した。

 ハインはギルの実力をよく知っている。二人でしょっちゅう喧嘩し、真剣でやり合ったことすらあるのだ。実力ではギルの方が上。卑怯さではハインが上だ。ハインはどんな手でも使う。勝てれば良いという割り切りが凄い。

 そして、ハインの保証はギルに火を付けた。喧嘩を売られたと受け取ったようだ。多分、売ったけど。


「はぁん……俺が瞬殺? 女だからって容赦しねぇぞゴルァ」

「してられませんよ。そこまで時間も掛かりません。瞬殺ですから」


 バチバチと視線で刺し合う二人。しばらくそうして、唐突に立ち上がったギルは、壁に飾られてた装飾の剣を掴む。二本ともだ。それの一つをサヤに投げてよこすが、サヤはそれを受け取ったものの、すぐ小机の上に置いてしまった。


「いえ、要らないです。剣は扱えません」

「はぁ⁉︎」

「私が鍛えているのは素手の武術なんです」

「をいをいをぃ……お前ら本気で護衛をやらせるつもりか⁉︎」

「剣は扱えなくとも、サヤは強いですよ。良いからさっさとやってください」


 ギルの方に視線すらよこさずハインが言い捨てる。

 それでギルもカチンときたよう。後でお前もシバく! そう言ってから剣を構える。


「宜しくお願いします」


 律儀にお辞儀をして、長椅子から距離を取るサヤ。

 そして……。


 ハインの宣言通り、瞬殺だった。

 大股の踏み込みで突き出された剣を、サヤは頭を逸らすだけで避けた。

 次の払いも怯んだり、距離を取ったりする素振りすら見せず、身体の動きにぴたりと沿うような最低限の体捌きでいなして、そのまま踏み込んで、剣を持つギルの手に自身の手を添えたのまでは見えていたのだが……次の瞬間、ギルの足が天井を向いていた。

 そのままふわんと、優しく床に背を落とす。


 絶句だ。手加減されてた。ギルを床に叩きつけないように、最後にちょっと引き上げたのが分かった。

 けどどうなったらギルの体が宙を舞うんだ……サヤが力持ちなのは知ってるけど……力でどうこうしたんじゃないよな?

 ギルとサヤの身長差は頭一つ分以上……体重なんて、倍くらい違いそうだ。その上で剣を持ってるんだぞ? 間合いに踏み込むだけで相当な胆力を必要とするはずだ。なのにサヤは……ふうっ、と息を吐き、にっこりと笑ってから俺に言うのだ。


「この前、関節技はお見せできなかったので、今回やってみました」

「なにを、どうしたの?」

「剣を持つ手を外側に捻って、体勢が崩れたところを投げたんです。人の腕はこちらに曲がらないので」

「……ごめん、全然分かんないけど、凄いことは分かった」


 駄目だ……説明されても分からない。なんで剣を持った人間を投げれるのか全く意味不明だ……。怖くないのか?

 飾りとはいえ剣。当たれば骨も折れる。なのにサヤは、何故踏み込んでいけるのか……。


「当たらなければ、怖くないですよ?」

「いや、違うから……当たりそうなのが怖いんだよ……」

「師範が、冷静であれば何が怖いか見極められるって言いました」

「相当見極めができてるってことだね……」


 サヤの凄さが計り知れない……。

 サヤにあっさり投げられてしまって、ギルはしばらく呆然としていた。

 起き上がって、無言のまま戻り、長椅子にどかりと腰を下ろす。そしてまたジ……っと、サヤを見つめる。

 しばらくその視線に耐えていたサヤだったけれど、次第に及び腰になってきた。

 それを確認してからギルは、徐にまた口を開く。


「まああれだ……武官が務まりそうなのは認める……。認めるが、納得できん。

 だって女性だろ⁉︎ どう見たって俺より華奢だろ⁉︎

 強いっつっても俺が見るだけでこの通り半泣きだぞ⁉︎

 どうするんだそっちの対応は! 男が怖いって言ってる時点で論外だと思わねぇのか⁉︎」

「そ、それは男装で……なんとかならないかな……」

「男装すれば男に見られても平気になんのかよ⁉︎」


 う、そ、それは……やってみないと分からないというか……っ。

 すると、それまで壁際で待機していたワドが、そっとこちらにやって来て一礼した。


「申し訳御座いません。差出口を挟みますが、お許し下さい。

 サヤ様は従者見習いとして、男装でお傍に置かれる……それで充分ではございませんか?

 お見受けした所、成人男性として扱うには些か幼すぎるかと……」


 そう言われて、それはそうだなと思う。

 男装すれば体格的にも実年齢より幼く見えるようになるだろうし、武官と思えないくらい華奢だろうし……。

 そんな俺の表情を見て、ワドはより深く微笑み。


「でサヤ様は、奥の手としておかれては如何でしょう」

「奥の手?」

「武装しなくとも強いサヤ様は、相手の油断を誘えますから、それを有効活用なさいませ。

 敢えて戦えるなどと、知らせてやる必要はございません。

 レイシール様にお仕えする従者として、いざという時は身を盾にする。それは肩書きが武官でなくとも、できることでございます」

「それだ! サヤは男装させれば子供にしか見えん。下手したら十二、三だ。

 武官だと思うからおかしい。レイの従者で充分だ。それで行こう」


 ワドの提案にギルが乗った。言われてみればもっともで、俺も目から鱗が落ちた気分だ。

 そうだよな……ついサヤが強いから、護衛役としてばかり考えてしまったけど……従者でいる方が自然か。それに従者だって、男しかいない職種だ。


「そうだな……その方が自然。それで良いか」

「では、サヤ様の従者用衣装を早急にご用意致します。

 明日よりまずはそれで、男装の練習をなさいませ」


 ワドルがそう言ってにっこりと笑う。サヤが異界の人間だと聞いても全く動じた様子もなければ、疑うふうでもない。

 本当にワドは執事の鏡だ。彼はいつもこうやって、俺たちのやりとりをそっと聞き、的確な提案をしてくれる。


「ありがとう、ワド。貴方は本当に聡明だ。おかげでいつも助かる」


 そう言うと、目を細めてにこりと微笑み。


「私めにまでそのようなお言葉……身に余る光栄でございます。

 それにしましても……相変わらずレイシール様は、人の縁をお持ちでおられますね。

 何にも変えがたい宝です、大切になさいませ」

「うーん? 何をどう大切にして良いか分からないけど……」

「そのままでいろってことだ。可愛くあれ」

「……それは俺をバカにしてないか?

 もう随分背も伸びた。ハインだって追い越したんだぞ?

 なんで俺より小さいハインは可愛いに含まれないんだよ」


 子供扱いをやめるつもりはない様子のギルに、少々むくれてそう言い返したのだけど。


「背が伸びても可愛いもんは可愛いんだよ。どうしようもねぇ」


 茶化されて、それをサヤにクスクスと笑われた。

 やめてくれ……サヤにまで可愛い扱いされたら憤死してしまう。

 可愛いっていうのはサヤみたいなのに使うべきなんだよ。俺には却下だ。


「あとどれくらい背が伸びれば、俺は可愛いを卒業できるんだ……」

「背の問題じゃないと気付いた時ですね……」


 最後にハインにグサリと刺された。

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レイシールさんの人柄を気に入って傍によってくる方たちがたくさんいそう!本当に素直だし気さくだしすごく好かれるタイプだと思います(*'ω'*)ちょっとほっとけない感じもあるし! 護衛としてではなく従者…
[良い点] 異世界の人から見た転移者という視点はなかなか見なかったので新鮮でした。 また、男性目線もあまり読まないのですが、彼目線だからこそ、サヤの可愛らしさが際立っていて良かったです。 個人的に京…
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